求める強さに限りなど無い
さて、荷に隠れて侵入を果たしたそいつは一旦放っておく。とは言え、この倉庫から出られない様にしておくために魔力でこの倉庫を結界で覆う。
「従業員たちに知らせておかないといけないな。ガドンの実は倉庫から今日は出さないでおいてくれって。」
今魔力薬の製造で出してあるガドンの実が足りるかどうかの話を現場を監督している者に聞きに行く。
まだまだそう言った仕事の割り振りやら場所など、人員配置をしっかりと覚えていないので道行く従業員に声を掛けて話を聞きつつ屋敷の内部を行く。
そうして果汁を絞る仕事をしている現場へと到着した。そこで書類とにらめっこをしていた人物へと話しかける。
「すまない、ちょっと良いか?実は・・・」
俺は倉庫に入ったガドンの荷の中に侵入者が隠れている事を告げる。そうしたら驚かれてしまった。
「ええ?!なんてことです!そいつを早くとっ捕まえて蹴りだしてやらないと!」
この剣幕に俺は落ち着くように言う。そして俺が警備担当として対応するから心配はしない様にも。
「大丈夫だ、落ち着いてくれ。あの倉庫から出られない様に閉じ込めてあるんだ。時間を見てそいつの対処はするから。それと、そいつを処理するまではその倉庫から荷は取り出せない状態なんだ。今ある数で大丈夫か?」
そう聞くとどうやら今日の分は既に充分な量は確保してあると言う返答を貰う。なのでまだその侵入者を閉じ込めておくのと、処理をしたら連絡をする旨を伝えてその場を去った。
「さて、後はっと。どうなったかね?」
その後はアリシェルの様子を見に部屋へと向かう。ドアをノックして入って良いかを確かめたのだが、どうにも返事が無い。
なので俺は断りを入れながらドアをゆっくりと開いた。するとそこには汗びっしょりで集中し椅子に座り続けているアリシェルが居た。
「おーい!ちょっとちょっと!脱水症状を起こすんじゃないか?って言うくらいに汗ダバダバじゃんか!水分補給して!」
アリシェルはどうにもあの後ずっと自分の内部へと集中をし続けていたようだ。
俺は慌てて声を掛けて水差しを取り、コップへと水を注いでアリシェルの目の前に出す。そうしてやっと俺が居た事に気付くアリシェル。
「あ・・・いつの間に?ふぅぅ~。すみません、精神統一をしていました。言われた通りに「違和感」にずっと意識を向けていたので。」
「あー、喋らないでいいよ。ゆっくりと水飲んで。喉が大分乾いてるみたいだから。喋るのは落ち着いたらでいい。」
からからになって掠れているアリシェルの声は凄まじい集中力を発揮していた証拠だ。これだけの汗を流す程に全力で取り組んでいたとは俺は思っても見なかった。そしてその結果も。
水を一杯飲んで多少は潤った声でアリシェルは自分のやっている修行の結果を話しだす。
「自分の中に起こったあの違和感を自由に動かす事ができる様になりました。次の段階はどのような方法で?」
「はいはいはい、ちょっと待った!早い!早いよ!?あと、汗びっしょりだから風呂にもう一回入って。落ち着いて頭の中身を湯に浸かってゆっくり整理してきて。」
俺はとにもかくにもアリシェルを風呂に入れる事を優先した。なにせこのままでは風邪を引きかねない。それほどまでにびっしょりだ、全身が。汗で肌に張り付いた服が異様に艶めかしい。
それをなるべく視界に入れない様にさっさとアリシェルを風呂場へと押し込む。昼に張った湯はまだ捨て流しては居ないのでそれを再び俺は温め直して即座に風呂場を出る。
「ふい~。何あの速度?もう習得した?早くね?早過ぎね?ちょっとその後はどんな方法で教えればいいかまだ考えてもいなかったんだが?」
魔法、その教え方が変わればこうも習得が早くなるものなのか?それとも俺の教え方がオカシイのだろうか?そんな疑問が湧いて来る。
でも魔法をこの世界で教える場合にどんな教え方をしているのかと言ったモノは俺は詳しくは知らない。師匠から少しだけそこら辺の話は聞かされているが、実際に教わってみた訳でも無いのでどうもモヤモヤする。
とは言え、こうしてできる様になった事は別に悪い事では無い。しかし次にやらせる鍛錬方法はどうしようかと考えていた最中だ。ならばここは時間稼ぎとしてまだまだ暫くはアリシェルに自分の内部の魔力操作を続けて貰おうと考える。
そして自在に魔力操作ができる様になったら、アリシェルの魔力量を上げると言う事も後々に実行する予定だ。
それには俺が魔力を無理矢理流し込むと言った方法を採らない。魔力薬を飲ませると言った方法を採って様子を見る事を考えている。
そんな風に計画を脳内で整理しているとアリシェルが風呂から出てきた。
「こんな昼間からお風呂に入れるなんてもの凄く贅沢ですね・・・病みつきになりそうです。」
アリシェルは新しい服に着替えている。あのまま濡れた服を着続ける事はできない。当たり前だ。
充分な数の着替えも用意してある。これにも彼女は「贅沢だなぁ」と続けてぼやく。
風呂上りの水分をしっかりと摂らせてから、俺はアリシェルを椅子に座るように促す。
「じゃあ、えっと。魔力を今すぐにでも自由に動かせる?即応はこう言ったモノにも応用だ。」
魔力操作ができる様になった後にはアリシェルに魔法を使わせようかとボンヤリ思っていたのだが、これほどまでに短時間で習得するとは思っても居なかったので俺は少々ぎこちない。こちらの用意ができていないから。
「もう今直ぐに動かせていますね。今右手の甲から肩へ、肩から鳩尾、足のつま先へ、そこから戻って首へと真っすぐに上って頭頂。」
「はい分かった。じゃあ今はその動かしているのは「一つ」のだけ?二つ同時は?」
俺はここで時間稼ぎにピッタリな事を思い付いた。どうにもアリシェルの「感覚」はその違和感は一つの状態での様子だ。
ならばこれを二つ、三つと言った感じで全身に複数の魔力操作を起こしてそれらを破綻無く自由に操作できるようにするのを目標にさせればいいだろう。
そうすれば俺がアリシェルに魔法を使わせようとするのに説明する文章を考える時間が捻出できるはず。
それはどうやら上手い事いきそうだった。むむむ、と言った感じでアリシェルが眉根を顰めたからだ。
「なかなかに難しいですね。二つまでは何とか意識的に動かせますが、三つ目となるとどうにも動かすのにぎこちなくなります。」
俺はコレにギョッとした。もうできるんかい!と。アリシェルは才能が無いと言う事だったらしいが、教え方が変わるとこうも変わるのかと再び戦慄が俺の背中に走る。
「は、ははは、そ、そうか。じゃあ何だろうな?アリシェルさんが魔法の才能が無いって言われたのは嘘だったのかな?」
俺は思わずそう口走る。でもアリシェルはコレに対してこう答えてきた。
「この教え方はもの凄く私に合っているのかもしれません。この様な魔法の教えなど聞いた事も無いです。この方法をもってすれば魔法を使用できるようになる騎士が増えるかも知れないですね。いや、確実に増えると思います。」
キリッとした良い顔を俺へと向けてそう言ってくるアリシェル。でも俺はここで予防線を張って置いた。
「いや、俺は君以外に教える気は無いから。この方法をアリシェルさんが他の護衛騎士の仲間に施すのは止めないけどさ。」
コレに残念そうな表情をしたアリシェルだったが、しかし次には「はっ!?」と何かに気付いた様子になった。
「私がここでこの方法を仲間に施せるくらいに完璧に魔法が使えるようになれれば良いのだった。エンドウ殿にお頼みしようと最初は考えましたが、それでは余りに図々しいですからね。なら今この時にでも鍛錬を続けなければ・・・」
「はいはいはい!休憩も大事だよ!適度な休憩を挿む事はずっと連続して続けているよりも効率上がるから!集中の質も上がるからね!今はまだもうちょっと休憩を入れて!ね?」
この俺の説明にアリシェルは「そうなのですね」と素直に従ってふーッと息を一つ付いて水を一口飲んだ。
余りの習得速さと前向き発言に俺は思わず腰を引く。しかし俺の言う言葉にちゃんと従ってくれているのでここはちゃんと最後まで面倒を見てやるのが筋だろう。
「魔力は放出していないから体内から減ってはいないね?じゃあそのコップの中身を魔力薬に変えようか。」
俺はそう言ってもう一杯水を飲もうとしていたアリシェルの動きを止める。しかしコレに彼女に疑問を持たれた。
「何故です?それは魔力消費での枯渇によって起こされる症状を緩和するために飲むのではないのですか?それにかなりの苦さだと聞いた事がありますが・・・」
と言って俺の言う言葉を否定したいようだ。しかし俺は既にコップの水に俺の魔力を流し込んで魔力薬へと変えている。
別段コレには苦みなどは全く無く、普通の水と変わらず飲めるだろう。アリシェルがこれを飲んだ場合の観察もして見てどのような効果が出るかを調べるのは大事だ。
「いや、王子が注文した魔力薬は逆に甘くて美味しいよ?あ、飲んだ事無い?それに多分だけど魔力量は増えると思う。どれくらいになるかは分からんけど。」
コレにアリシェルがうーんと唸る。腕組をして。そして質問に答える。
「確かに噂では聞いていますが、実際には口にしたことがありません。それと、魔力量が増える、ですか?魔力薬の事でその様な話は聞いた事が無いですね・・・」
魔力を体内へと半ば無理矢理にでも取り込む事でその本人の持つ「器」が大きくなる。コレは俺が実証済みだ、つむじ風に。
本来のこれまでの修行方法だと自身の魔力を自身内部で「溜める」と言った方法を用いると言うのは師匠に最初に会った時の説明を聞いた。
アリシェルは魔法の適性を自分で調べた事があるのならば、そう言った所の話にも詳しいのかもしれない。
「と言っても、もうその一杯分は既にアリシェルさんは飲んでるんだけどね。」
既にこの会話の間に俺が作り出しておいたコップ一杯分は飲み切っていた。その魔力の吸収がどれくらいの時間で為されて、どれ程の分量が「器」を大きくするかは俺も分からない。
俺がもうすでに飲んでいる、と説明をして見ても只の水を飲んだとしか思っていないアリシェルは頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
体内の魔力操作で集中してきた疲れが今になって時間差で出てきているのか、アリシェルはすっかり全身の力を抜いて椅子に座っている。
その座っている彼女が突然立ち上がる。跳ね上がる様な勢いで。まさしく「びょーん」だった。
でも直ぐに腰が落ちる。そのまま椅子にボスッと重力に引っ張られるがままにお尻を乗せる。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・い、今のは一体・・・!?」
短い呼吸をして恐怖か驚愕か、そんな表情を見せるアリシェルは息を整える事に集中し始めた。
そして自身に起きた変化が無いかを調べるつもりでどうやらまた魔力操作をしようとしている。
まあいきなりこの様に飛び上がられて俺はビビったのだが、どうやらつむじ風のリアクションの短いバージョンだと見ていいらしい。彼らに施した時には結構な時間魔力をその体内に流していたので「あばばばばば」状態だった。しかしそれが一瞬で終わればこの様な反応になるのはしっくり来た。
「えーと、集中している所悪いんだけど、どんな感じか感想聞いておきたいんだけど?」
俺はじっと静止し続けるアリシェルに声を掛ける。どうやら自身に起きた変化の確認で精いっぱいで、こちらの声は届いていないようであったが。
「・・・凄いです!三つ!三つ同時ができています!こ、これは一体どうした事でしょうか!?」
それはこっちが聞きたいのだ。しかも魔力を吸収した時間も早ければ、三つ同時の魔力操作もできていると言う。
さっきまでは難しいと言っていたのに。これでは時間稼ぎができない。
「あー、そ、そう?じゃ、じゃあそれをもうちょっと続けていてくれる?今日の残りの時間の修練はそれを自由自在に意識しないでもできる位にまでにして見ようか・・・」
俺はこうしてきっぱりと「今日は魔法を教えない」と言っておいた。コレは俺の時間稼ぎの為である。
しかしコレに素直にアリシェルが従ってくれるからやりやすい。そうで無ければ教えてくれとせがまれ続けていたはずだ。
人は自分が興味を示すモノに対して貪欲になる生き物だ。そして彼女は自身を強くする事にここまでの異常な集中力を発揮できる人物である。
明後日か明々後日にはもう俺が魔法を教える事などない位になっている可能性が高い。俺が教えようと思っているのは特に「思考の柔軟性」にしようかと考えているからだ。
この世界の人々は魔法に関する事はどうにも固い傾向にあると俺には感じられた。それはこれまでに培われてきた体系から来る部分が大きいのだろう。
しかし俺が居た地球では「魔法」と言うものはもっとカジュアルで軽いモノだと言ったイメージがある。ファンタジー、そう言った「あり得ないモノ」であるから自由度が高かったように思う。
ゲーム、物語など、そう言ったジャンルで「魔法」と言うものは娯楽としての要素が、特に日本では高かったように感じる。
だからだろう。私の今までの「魔法」と言うものと、こちらの世界の「魔法」とは大分差が付いている。
そしてこちらの魔法使いがずっと調べ考えて体得してきた魔法を上達させる手法は「固い」のだ。それはそうだろう、勉学なのである。
悲しい事に私の「魔法」の考え方の方が「合っている」と言うのが、そもそもこの世界の人たちとの「ズレ」を生じさせた大きな一因だと言える。
その証拠に師匠は魔法で若返るし、つむじ風の皆は信じられない強さを発揮し、そして今アリシェルは自身の魔力に関する事に大いなる躍進を果たした。
(マズイなぁ。魔法が使えるようになろうね、って言った手前、どうやって教えればいいかね?科学的に教える?理科の授業を俺が?教員免許なんて持ってないし、科学はそこまで得意じゃ無いんだがなぁ)
恐らくは小学生に授業を教える位の優しい内容で無ければならないだろう。いきなり化学式など見せても分かるはずは無い。
俺がプロパンガスの式を覚えていた事が奇跡なだけだ。あれは本当にできるとは考えてもいなかった代物だ。
そしてそんなガスはこの世界では危険物だと言う認識も今改めて考える。
こんな事を考えている間もアリシェルは体内の魔力操作に夢中になっている。じっと目を瞑って静かである。
俺は静かに部屋を出て行くと廊下で一つ溜息を吐く。
「はぁ~、夕食の時間に近くなったら呼びにこよう。多分その時にはまた汗びっしょりなのかな?まあ、いいか。」
どうやら三つの魔力操作を出来るようになったのは単純に体内の魔力量が増えたからだと見られる。
少ない量の魔力では二つが限界だったと。それが魔力薬を呑んで吸収された魔力分で体内の総量が上がってそれを出来るまでになったと。
単純な事だった。もう既にアリシェルは体内の魔力操作において既にマスターしていたと言う事になる。成長が著し過ぎる。
こうしてまたしばらくの間アリシェルを放っておいて、俺は倉庫の前にまた向かうのだった。
そこで俺は倉庫内の動きを探る。魔力ソナーで。すると侵入者はどうやら箱から出ては居たらしいが、倉庫からは出るのを諦めているのか、床に座っていた。俺はそれに声を掛ける。
「あー、侵入者君。聞こえるかい?君は完全に閉じ込めてある。俺の許しが無い限り君はここから自力で出られる事は無いだろう。しかし、俺のコレから言う条件を呑んでくれたら、ここから出してあげよう。」
この俺の言葉にびくりと侵入者は反応した。どうやら自分が居る事がばれているのを驚いたようだ。
どうやっても小屋を出られない事で鍵でも掛かっているのか?と言った所で思考が止まっているのかもしれない。間抜けな侵入者だ。
「先ずは君には訓練相手になって貰いたい。あ、やっぱちょっと言い方変えるわ。条件呑んだら出すって言ったけど、これ強制ね。ああ、ちゃんと訓練相手を務めてくれたら敷地内から出してあげよう。あ、これも違うな。出してあげるんじゃなくて御退出してもらう、ってな。」
コイツを屋敷内で自由にさせるつもりは無い。だからちゃんとこれも伝えておく。
「ウチを探りに来たんだろうが、そうはさせないから。ああ、それと、依頼主を素直に教えてくれると助かるんだがね。まあ教える気は無いんだろうが。さてさて、君は不正な方法で許可無く違法にこの敷地内に侵入した。これすなわち犯罪と言う。俺の寛大な判断でこれを罪には問わない事にするが、痛い目には合って貰うつもりでいるので、その覚悟をしておいてくれ。じゃあ夜に出してあげるからこのまま大人しく待っていてくれ。」
俺は倉庫から離れる。侵入者の返事など待たない。その後は庭で日向ぼっこをして俺は時間を潰す。
「ああ、そう言えば。ずっとあの倉庫に居続ける訳だから誰も見て無いんだよな。ガドンの実に何か細工がされていたりする可能性もあるのか?まあ、後で調べればいいか。」
スパイ映画などであったりするのが時限爆弾だ。展開的に見ても主人公が潜入先で敵に捕まったりすると、その前に仕掛けておいた爆弾が絶妙なタイミングで爆発して危機を脱するというものだ。
俺は日向ぼっこをしている間ずっと侵入者の件を考えていた。まるで「0◯7」だと。
そうやってそのシリーズを次々に思い出していたらそんな展開の事を思い出したのだ。今あの倉庫に閉じ込められて侵入者はピンチだ。
ならばもしかしたらガドンの実に何かを仕掛けていて、それが起こした騒ぎに乗じて逃げ出したりするかもしれないと。
「食品衛生上、ガドンの実はそっち方面でも調べておかないとダメかなあ?」
魔力薬とは人が経口摂取するものだ。なのでガドンの実の果汁が使われていると言う事はその点でもちゃんと検査をしないといけないだろうと。
今回は倉庫に一緒に侵入者が居るのだ。そこら辺でももしかしたら工作されている可能性に辿り着いた。
「くっそー。本当に面倒臭いな。・・・あ。あの少女が止まったな?さて、暗殺者を雇ったのは誰だ?そうでなくともその暗殺者を抱えている組織が分かれば対処ができるんじゃないかと思うんだがなあ。」
俺は日向ぼっこを一時中断してその場所へと向かう。当然ながらその場から解散されると面倒なので直ぐに現場に到着できるようにと空を飛んで行く事にした。
「まあ姿は一応隠すよね。光学迷彩ができるようになるとか、本当に魔法って不思議。」
俺は姿を周囲の風景に溶け込ませてから空を舞う。もう少しでコツを掴めそうなのだ。もう後、幾度か空中飛行を繰り返せば俺は自由自在に空を飛ぶ事ができるようになると思えた。
「とまあ到着したわけだが。なんの変哲も無い一件のお家の中ですか。早速お宅訪問と行きましょうかね。夕飯前には帰らんとアリシェルさんがどうなってるか分からんしな。」
集中し過ぎて水分も口に入れずに汗だくになっている可能性がある。そうなると脱水症状で倒れるか、最悪は死亡する。
早い所この件を片付けて戻るのがいいだろう。そう思ってその家の入り口のドアをノックする。
「こんにちはー。お宅の娘さんに殺されかけましたー。殺人未遂の被害者です。保護者の方、出てきてください。」
俺はふざけている訳では無い。ノックの後に何と言えばいいか悩んで、まあ事実を言えば良いか、と思っただけである。断じて相手を馬鹿にしている訳では無い。
しかし返事がかえってこない。確かに中には人が三人居る。その内の一人は俺を殺そうとした少女だ。
まあこの家に結界を張って閉じ込めているので逃げられはしないだろう。
「もしもーし?居るのは分かっているので話し合いと行きませんかー?とり合えず出て来てくれないですかね、責任者?」
俺はまたノックを再びする。だけどもやはり息を潜めて居留守をしている。追い詰められたと判断して自殺をしている訳では無い。ちゃんと生きているのも俺は確認できている。魔力ソナーは万能過ぎてちょっと怖ろしいくらいだ。
と、そうしていても一向にドアは開かない。どうやら俺とは話をする気は無いようだ。このまま俺が諦めて去る事を祈ってでもいるのか。
「まあ、その考えは甘いけどね。じゃあ、お宅らがドアを開けてくれないなら勝手に入らせてもらうよ。」
俺はカチャリとノブを掴み簡単にドアを開いて見せる。確かにこのドアには鍵が掛かっていた。それと、このドアを開けた時に発動するように仕掛けられたトラップのスイッチもあったのだが。
でもそれらは用をなさなかった。鍵は俺が魔力を流して操作する事で開き、トラップのスイッチは魔力固めで動かなくさせてあるのだ。
もう既にこの家の中に仕掛けてある罠は把握済みだ。魔力ソナーを流して一発で全てどれもこれも判明している。俺に隙は無い。
そうして中に入ると俺の命を狙って失敗した少女が目の前に居た。その顔は驚きと疑問の二つが混ざっている。
「何故罠が発動しない?正規の鍵を使わずに開けた場合は必ず発動するはず・・・」
「ねえ、責任者は出て来てはくれないのかな?まあ居る場所は二階の奥の部屋だって言うのは分かってるんだけどね。」
恐らくはこの少女に俺の迎撃を命令でもしてあるのだろう。そしてその残りの二人はその間に逃げる算段でも練っていると。
結界を隙間無く張ってあるので逃げられはしないと思う。なので俺は余裕を持って少女と対峙した。
「さて、君は俺を殺そうとした少女だね。君のお名前は?」
俺は子供に接するような態度でこの小さな暗殺者へと対応する。けれどもコレに「なめるな」と口にした少女が瞬時に飛び掛かって来る。
その手にはナイフが。両手に持っていて二刀流だ。十字に刃を交錯させて襲い掛かって来ている。そしてナイフの刃の部分で俺の首を挿み切って落とすつもりか、鋏の様にして突き出してくる。
「さて、どうしようかな。この少女は俺と会話をするつもりが無い。しょうがないから二階の方へと向かうか。」
暗殺者はナイフを突き出した格好のままで固まっている。当然コレは俺が魔力固めで動けない様にしているだけだ。
しかしどうやらこの暗殺者は魔法の方も仕込まれている様子で、魔力を身体中から放出して俺の魔力に対抗してきている。
「どう言う事だ?ぬ、抜け出せない・・・」
どうやら一気に拘束を抜けてもう一度俺へと襲撃を掛けようとしたのだろう。魔力をその分の密度と量を一息に込めて脱出を図ろうとしたようだが、無駄に終わる。
「子供を殺すのは寝覚めが悪いからしないけど、大人しくしていてくれ。まあ、逃がさないけど。」
俺はそう言って二階へ続く階段へと向かう。そしてゆっくりと一段一段上る。
「えー、責任者の方たち、お二人いますよね?申し訳ありませんがアナタたちに説明を求めに参りますので、話す事を整理しておいてください。」
俺はその二人が居る部屋のドアを開ける。すると中には男女一名ずつ。
男の方はいかにも普通の何処にでもいそうな顔。しかし多少薄目がちの表情がデフォルトらしい。胡散臭さが上がる。
もう一人は老女。しかし背はぴんと伸びていて髪はウェーブがかって銀髪だ。杖を突いていてこちらをじっと睨む鋭い釣目がこわい。
「ちっ!失敗したか。あいつは再教育が必要か?」
「やめておきな。あの子は別にあれ以上詰め込まない方がいいだろう。むしろ、アンタよりも強くなっているからね。理不尽な事を命令されれば返り討ちに会うのはアンタだよ。」
最初は苛立った様子で男が吐き捨てるように言葉を絞り出す。次には老婆がそれを諫めた。
「さて、別に俺はもうこれ以上俺に付き纏ってこないでくれればいいだけでね。もしあんたらが直に俺の命を狙っているのであれば潰させてもらうが、背後に依頼人が居るって言うのならそれを吐いてくれれば手は出さないでおくよ?」
「怖いねえ。やはり手を出すべきでは無かった。あんたが金に目が眩んだからこんな事になったんだよ?反省してるのかい?」
老婆が男をそう言って説教する。しかし男は言い返した。
「あんたがアレでならイケなくも無いんんじゃないか?とか言ったから俺はそれに乗っただけだろう?」
「馬鹿を言いなさんな。私がそう言わなくても最初から値段を見て乗り気だっただろうお前は。私の反対を押し切って無理して勝手に依頼を受けたんじゃないか。」
老婆はコレにまたしても説教を上乗せする。すると男はバツが悪そうに視線を斜め下に落とした。
「で、教えてくれるの?くれないの?どうやら依頼人が居るみたいだけど。」
二人のやり取りを遮って俺は話しの核心を喋るように促した。




