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何処までも強くありたいと願う心

「お待たせしました。夜間警備の件でのご相談、これから外の見回りですね。微力ながら協力させて頂きます。」


 アリシェルが食堂へとやってきた。ちょうど俺がお茶を飲み終わったタイミングだ。


「じゃあちょっとだけ、夜の散歩と行きましょうか。」


 俺は湯飲みを食堂のカウンターへと返却してアリシェルと一緒に稽古をつけていた場所へと向かう。


「じゃあここからグルリと一周、この屋敷を囲う壁を回って行って、どこか気になる場所があれば指摘してくれないか?」


「承知いたしました。警備上でどこか問題が無いかどうか、ですね。注意して見ていきましょう。」


 俺たちはその言葉の後には直ぐに歩き出す。先ずは屋敷の裏手へと向かって歩く速度はゆっくりと、しかし目線はどこか見落としなどが無いようにと注意を払って。


「どう?どこかに侵入者が入ってこれそうな場所ってあった?」


 この壁にはもう既に俺が魔力で結界を追加しているので、その結界を乗り越えて侵入できる者は「相当な手練れ」以外では入っては来れないだろうと思っている。

 だが、思っているだけでは駄目なのだ。俺の知らない手段で結界の中へと入ってこられると言った可能性は残っている。


「ふむ?別段一般的な屋敷の壁と変わらないですね。これでは侵入専門の者であれば容易に乗り越えてくるでしょう。」


「じゃあちょっと足場を作るからアリシェルがそこに上って壁を超えて外に出ようとして見てくれない?」


 この俺の言った事に「は?」と理解がされないでいる。アリシェルは「何を一体・・・」と訝し気に俺を見る。

 暗闇でもその「なんだコイツ」と言った視線は俺には見えている。魔力を目に集めて暗視ゴーグルをイメージすると闇夜など昼間の如くに明るく見えてしまうのだ。


 俺はそんなアリシェルを無視して壁の前に階段を地面から作り出す。魔力を流して土を柔らかくし、それを集めて固めたのだ。

 これをアリシェルは「ギョ!」とした顔で驚き見る。彼女はまだまだ俺の事を何も分かっちゃいない様子だ。

 この階段を作る事よりもよっぽどワープゲートの方が一大事なのに。先により「問題」の大きいモノをアリシェルは目撃、そして体感しているはずなのに、彼女はどうやらまだまだ俺の事を完全には呑み込めていないようだ。


「じゃあここから登って行って壁を乗り越えようとしてくれ。あ、あんまり勢いよく飛び込んだら駄目だよ。怪我するから。」


 俺のこの注意が何を指しているのか理解できていない様子ではあるがアリシェルは恐る恐る階段を一歩一歩上ってから壁の上へと手を伸ばす。そしてまた驚いて固まってしまう。

 そう、結界で壁から外へと伸ばそうとした手がそれ以上は進まないからだ。その中空には何も無いのに、それ以上はどうやっても先へと進めない。


「こ、このような仕掛けが!?ど、どういう事だ・・・こ、これがもしや、壁の全周に?」


 透明で見えない壁を広範囲にペタペタと触って、アリシェルは信じられないモノが目の前にあると言った感じで目を血走らせて確認をし続ける。


(アリシェルの仕事は護衛騎士だと言っていたっけ?だとするとこうした護衛対象を守るための強力な手段は喉から手が出るほどに欲しいと思うんだろうな)


 コレでアリシェルは自分が「魔法に向いていない」と言われた事を蹴っ飛ばして魔法の修練をするようになるかもしれない。その時には俺も少しくらいはそれに付き合ってもいいだろう。


(まあ、常識の範囲内でな・・・とは言え、この世界の護衛騎士の常識なんて俺は知らんけども)


 こうして暫くアリシェルは「結界」の感触を確かめ続けた。それこそこの結界を「自分のモノにしたい」と言った心の中身が透けて見えるままに。

 指先でなぞったり、ぺちぺちと叩いたり、あるいはガンガンと殴ったり、もしくはデコピンをするようにはじいてみたりと。

 そうやっている内にとうとう鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅いでみる、顔を思いきりくっつけて見えないのにも関わらず結界を凝視しようとしたりと。

 アリシェルはありとあらゆる自分が「感じられる」方法で結界を観察し続けた。流石に結界を舐めた所で俺はアリシェルに声を掛けた。


「えー、あー、もうそろそろいいかな?他の場所もこれを踏まえた上で意見を聞いてみたい所なんだが?」


 これが夜間で良かった。でなければアリシェルの名誉と言うモノがある。昼間の明るい時にやっていたら、もしアリシェルのこの行為を見た人たちがいれば彼女を「変態だ」と見てしまいかねなかった。夜間を選んで良かったと心から俺はホッとする。

 まあ、俺が止めるのが遅かったので彼女は結界をその舌で舐め上げていたのだが既に。


「・・・あ!も、ももももも!モウシワケアリマセン!つい夢中になってしまいました・・・あの、見てました?」


 アリシェルがバツが悪そうにこちらの様子を窺ってくるが、俺は顔を手で覆って首を横に振るというリアクションをするだけに留めておいた。多分言葉にするともっとアリシェルが落ち込むと思ったからだ。

 でもこのリアクションだけでも相当なダメージになったらしく、アリシェルは階段から降りた後に直ぐにガクッと膝を地につけて顔を真っ赤にさせる。そして両手で顔を覆った。


「し、死にたい・・・」


 心底恥ずかしいと感じた様子のその声音はもの凄く震えていた。俺はこれを聞かなかった事にして先へと促した。

 その後はぐるりと壁を一周。俺は一応は門の部分にはこの結界を張っていない事も告げている。


「完璧ではないでしょうか?警備と言う上で先ず「入らせない」と言った点がありますが、これでは外部から入ってこられる者は皆無でしょう。門の方は一応は結界を張っていないのは仕方が無い事です。見張りは立っていますし、そこは警備上何も言う事はありません。これほどの理想の警戒態勢は何処を探しても見つかりませんよ。」


 食堂に戻ってきてアリシェルの感想を聞く。で、お墨付きを貰えた。


「一応はこの屋敷をこう、球状に結界で囲いたいな、とか考えたんだけど。」


 この俺の発言にアリシェルが額を手で押さえる。


「頭が痛くなってきそうです。それは要するに、それだけの魔力をエンドウ殿が維持し続けると言う事でしょう?ああ、壁の件も考えたら普通じゃありませんね。恐らくはここに侵入しようとしていた者が居たとしたら、もうこの情報は持ち帰られているでしょう。外壁からは入れない、そうなると門からしかはいれないのでは、と言った予想を立てて真正面から堂々と入ってくるかもしれません。」


 侵入者がいるとして、真正面から入ってくると言う指摘を受ける。それは多分だが。


「それって出入り業者を装って、って事かな?うーん?じゃあその点をクスイ、あるいはジェールに説明をしておいた方が良いな。明日にでも話しておこう。そっか、そのお決まりのパターンがあったか。」


「鋭いですね。私が答えを言わずともその点を先ず理解しましたか。こう言った厳重な場所へと入り込もうとした場合はそうした関係者に混ざってしまうのが一番成功確率が高いんですよ。良くある手ですが、しかし防ぐのが難しい。」


 いつもの事、その毎日が人の警戒心を下げてしまうのだ。いつもの業者の人が病気で休んでいる、または他の用事で来られない。そう言った場合に「臨時で来ました」なんて言う見ない顔がそこに横入りしてくると、人は「しょうがないな」と言ってそれを何も怪しまないのだ。

 理由があるから来られない、だから代わりを寄こした。それでも全く今まで見た事が無い人物であるのに、それを疑うと言う所まで精神が行かないのだ。

 警備をする人間の中で勝手につじつまを合わせてしまい「いつもとは違うけど、中身は変わらない」などと言った怠慢で。

 そう言った油断を突いて行われる犯罪はニュースでも良く見た。業者を装って内部に侵入、そして盗みをする。

 今のこの魔力薬製造工場ではコレが一番の「危険」だ。しかし、それがもう分かっていれば俺が注意をするだけでいい。

 ならば業者の出入りがあればそれを俺が「調べれば」いいのである。俺には幸いにもいろいろとそう言った事案を調べるのに打って付けの魔法と言うのがあるわけだ。


「ああ、今日はありがとう。ゆっくり休んでください。それじゃ明日も稽古をつけます。朝食を取った後は門の前に集合で。」


 俺のこの言葉にアリシェルは頬をちょっとだけ引きつらせた。


 そして翌日。俺は食堂でアリシェルと朝食を摂っていた。こうして顔を合わせたのは別段偶然だ。どうやら同じタイミングで起きたらしい。


「朝が早いね。どうしてこんな時間に?」


 アリシェルに俺は軽く声を掛けた。コレにアリシェルは。


「ああ、朝練がありますから騎士にも。習慣ですね。・・・あと、今日も鍛錬、宜しくお願いします。あと、お手柔らかにお願いします・・・」


 アリシェルはちょっとだけ引き気味にそう俺へとお願いをしてくる。


「まあ今日は打ち合って実戦形式で行きましょう。朝食は軽めで、昼飯はガッチリと摂って頂きますので。あ、それと午後は業者が来るそうなので俺はそちらに早速「調べ」に行きます。その間にアリシェルさんには別の鍛錬をしてもらおうかと。」


「べ、別の鍛錬?で、ですか?・・・あの、何を?」


 俺はこの質問に対して「その時までは秘密です」と言っておいた。コレにアリシェルが頬を引きつらせる。

 こうして食事をお互い取り終えた後は門の前へとそれぞれ準備をした後に向かう事に。

 とは言え、俺には何ら準備などと言ったモノはする事が無い。アリシェルは自分の服、そして装備を取りに行っているのだ。

 そしてやってきたアリシェルは完全装備だ。どうやら実戦形式と言う事で鎧に剣も自分の装備している物を使用すると言った感じだ。

 コレに俺は別段何か言う事も無い。やる気充分、ならばそれに俺は応えるだけだ。


「では、行きますよ?」


 俺はアリシェルが気持ちの切り替えをギリギリする直前を狙い昨日作った棒を振りかぶる。

 コレに咄嗟にアリシェルは剣を抜くと同時に切り上げる様に振るって俺の攻撃を弾いた。


「いきなり何を!?・・・そうですか、実戦形式と言うのはそう言う事ですね?」


「何処で、誰に、なんて。襲われる時には関係無いからね。先ずはそう言った事を知るためにも不意打ちには即対応できるような反射神経は養っておかないと。敵からの初撃で死んでいればそう言った敵の正体すらつかめないと言った事態になる。と言う訳で。魔法で地面から無数の攻撃を仕掛けます。心の準備はいいですか?」


 と、俺は言い終わる前に足裏から魔力を地面に流し、早速アリシェルの鎧の胴の部分を狙って「棘」を発生させて狙う。

 しかしその「棘」は先端が丸くなっており刺さると言う事は無い。それと強度は非常にもろくしてある。アリシェルに怪我をさせるつもりは無いからだ。

 ただし、ぶつかればそのまま脆く崩れる土の「棘」がそのまま鎧に汚れをつけるので被弾が分かりやすくはなっている。


「くっ!この様な激しい攻撃!しかも密度が!避けるだけで無く剣で切り払わねば!・・・何!?」


 アリシェルが「棘」を避けつつも剣で切り払ったり弾いたりして攻撃を受けない様にする。脆いと分かった時にはその表情に「イケる!」と言った確信が浮かんでいた。

 なのでここで俺はその「隙」に「固い棘」を挟み込んだ。その時にはもう駄目だ。アリシェルは剣で切り払えなかったその「棘」に先程まで攻撃を避け続けていたその動きを止めてしまった。


 その止まった胴に連続で汚れが付いていく。そうなるともうアリシェルの鎧には土汚れだらけだ。


「はい、こうなったらもう命は無いね。さっきの思い込みは致命傷だった、と言う事だ。自分が思っていた結果と違う事に戸惑って対応が遅れた。考える事も大事だけど、思考の停止で体まで一緒に動かないで硬直してしまうとこうして自分を殺す事になる。じゃあ、もうちょっと繰り返しやってみようか。」


 アリシェルは俺が言った言葉を直ぐに呑み込んだ。苦い顔をしているが、そこへ間髪入れずに俺はまたしても地面から「棘」を生成してアリシェルへと伸ばす。

 その速度も量も先程と一緒だが、違う点がある。中に固い「棘」を混ぜてあるのだ。先程は剣を当てても破壊できなかったそれを混ぜる事に因ってランダム性を上げる。

 そしてそれらをずっと対処させ続ける事で対応力を上げさせる狙いだ。コレにすぐアリシェルは付いて来るようになった。

 剣が「棘」に当たった瞬間に固いか、脆いかを即断できるようになったのだ。そして破壊するために込める力の分量なども直ぐに理解して無駄な力を籠める事が無くなり、体捌きにも磨きがかかる。

 でもたったこれだけで終わらせるつもりは俺には無かった。今度はまた違う性質を持たせた「棘」を仕掛ける。


「う!?こ、これは!?」


 アリシェルは驚きの声を上げる。それはもちろん俺が新たに出した「棘」で剣を止められたからだ。

 剣に触れると「絡め取る」ものを混ぜておいた。こうしてまたもやアリシェルは鎧に土汚れが増える。


「さて、慣れてきた所でやはり違う種類の新たな攻撃が加わればこうして隙を作る事になった。また動揺したね?動き続けなければ敵の攻撃に一方的に晒されてしまうと分かっていたはずなのに、思わずまた体が動かなくなった。さて、続けよう。」


 今日はこれを昼までずっと繰り返した。アリシェルへと攻撃する「棘」に次々にいろんな性質を付けて次々に差し向ける。

 そうやって様々な新たな対応を迫られるたびにアリシェルは動きを止めてしまうのだが、大抵二度は通用しない。コレは凄い事だった。

 棘の先が爆発する、鞭の様にしなる、棘の先が二又に分かれる、クネクネと曲がって真っすぐな軌道を取らない、などなど。

 他にも俺が思いつくだけのいろんな動きや効果や性質を持った「棘」を発生させてアリシェルへと向けて発生させた。

 アリシェルはそれでも必死にそう言った諸々に二度目からは対処をして見せて即応してくるようになった。


「今日はもうこれくらいにしましょうか。お疲れ様です。」


 昼にはまだまだもう少し時間はあったが、アリシェルが風呂に入る時間を確保するために早めに切り上げる。

 この時にはもうアリシェルの全身は土汚れ塗れだ。でも俺が魔力をさっとアリシェルの表面へと流せばそれらの土汚れは「パッ」と消える。まるで乾いた泥が浮き上がって「ポロッ」と剥がれ落ちる様に。即座にアリシェルは稽古を付ける前の状態に戻る。

 しかし動き続けた事で掻いた汗は元には戻らない。鎧の下のインナーはびっしょりだろう。


「しっかりと水分補給をして塩分も少量摂取してください。只の水だけだと吸収も悪いので。それと風呂の用意をするのでさっと汗を流してください。その後は昼食にして、午後はお待ちかねの別の鍛錬をしてもらいます。じゃあ戻りましょう。」


 アリシェルはまだ呼吸が整っていないのでハアハアと荒い息をしている。地面にぶっ倒れないのは流石騎士だと言う事だろう。普段から鍛え続けてきている証拠だ。

 でも、俺の稽古はどうやらそう言ったモノを遥かに超える密度だったらしい。まだまだ体力はすぐには戻って来ないようでアリシェルの歩みは少々ふらついている。


「あ、有難うございましたぁ・・・き、キツイ・・・と言うか、お待ちかねって、待ってませんけども・・・」


 堪らない、と言った感じでアリシェルの口からは最後にそんな言葉が漏れ出した。

 こうして俺たちはアリシェルの部屋へと戻る。俺が風呂のお湯を魔法で張る。そしたら直ぐに俺は部屋を出た。

 昼は一緒に食事を摂る。その時に午後の鍛錬をしてもらうための説明をしながらになる。


「アリシェルさんは今日の午後は魔力鍛錬をしてもらおうかと。」


「あの、私は魔法がからっきしなので、その鍛錬の効果が出るかどうか・・・」


「ああ、その点は心配しないでください。その結果が出せるか出せないかはアリシェルさんの「強くなりたい」って言う気持ちの強さで変わりますので。」


「それは強くなりたいと言う気持ちは誰にも負けたりはしないと思っていますが。昔に言われましたから。魔法は駄目だと。」


「それに納得してしまったらその時点でお仕舞いなんですよ。それ以上強くなれない。強くなりたいんですよね?じゃあそんな言葉なんて無視して魔法を使えるようになってもっと、もっと今よりも強くなればいい。そう言った気概はアリシェルさんには無いんですか?」


「強くなる、その気持ちに嘘は無いです。けど、魔法の使い方は小手先の技術はどうにか使えるかも知れませんが、それ以上は・・・」


「周囲を囲っている結界、アレを観察していた貴女にはその様な弱気の部分は出ていなかったように思いますけど?」


 この一言でアリシェルは「忘れて欲しいです・・・」と小声で返してきた。どうやらあれを自分の恥だと考えているのだろう。まあ確かに結界へと舌を伸ばして舐めるまでしたのだ。確かにそこまでするか?と言った感じではあるが。


「確かに、魔法を使えるようになれば今よりも一層に強くなれる気はします。けれど、いくら試しても良い結果は得られたことは無いんです。」


「ああ、それは頭が固いからですよ。柔軟で、それでいて強靭な想像力が欠けている、足りていないだけです。先ずは自分にも魔力があると、その感覚をハッキリと感じるための修行から始めますから。自分を信じてください。頑張っていきましょう。そんな弱気なままで強くなりたいと言って「やらない理由」を探すのは只々純粋な強さから離れていくだけにしかなりません。心の底から強さを求めるならちゃんと「できない」と悩んで止まらないで、できるまでやる、と根性を見せてください。それと、魔法を勉強するのは自分が魔法を使えなくても、魔法を使ってくる相手には有効です。知識を持ってして相手のやろうとしてきている事を先読みできるようになりますからね。無駄じゃないんですよ。」


「なるほど、身に着けるのは魔法じゃ無くとも、その知識は武器になると言う事ですね。分かりました、頑張ります。」


「勘違いしてるみたいですけど。魔法も使えるようになってもらいますよ?まあ今は信じられないかも知れないですけど。ちゃんとその点でも貴女を強くさせられるようには考えてありますから、安心してください。」


 この俺の言葉にアリシェルは何故かモニョっとした何か言いたげな表情になったがそれを無視する。


「じゃあ午後の業者が来る前の間にさっと入りだけやってしまいますので。部屋に行きましょう。その後はずっとその「感覚」を覚えてもらうまで自分の内部へと意識を沈めて貰います。集中力が必要ですよ。覚悟をしておいてください。コレはアリシェルさん一人の戦いになります。踏ん張りどころですよ。」


 こうして昼食をがっつり食べた後はアリシェルの部屋へと戻る。そして彼女だけを椅子に座らせてリラックスするように言う。


「力を抜いてください。さて、これからほんの少量、俺の魔力を貴女の体内へと流します。その違和感を「追いかけて」ください。そしてその後は自分の中のその「違和感」へと意識を向けて体中にそれが廻るようにと自らの意思で動かせるようになってもらいます。コレに今日の午後、夜の時間全て使ってゆっくりと焦らずにやっていく予定です。コレが初歩ですよ。」


 この教えにアリシェルが何やら目を見開いた。そしてその口から疑問が漏れ出てくる。


「その様な教わり方をしたことが無い。本当にそんな事ができるのですか?」


 まあ確かに俺にもこんな風な教え方でいいのかどうかは不安だ。今まで魔力を教えると言っても「つむじ風」の皆にしたような方法しかやったことが無いからだ。

 あの場合は無理矢理に俺の膨大な魔力を送って皆の「器」を思いっきり大きくすると言ったゴリゴリ方法だった。なのでそもそも魔法の才は無いと言われたアリシェルにこんな悠長な方法での修行、鍛錬は適切かどうかは分からない。

 でもここで俺がしっかりと自信を見せて安心させなければいけない。


「大丈夫。これで貴女も偉大な魔法使いに!」


 何だか詐欺の勧誘まがいのセリフを吐いてしまったが、思いのほかこの言葉に込めた力強さはアリシェルの不安を払拭したようで。


「・・・はい!お願いします!」


 と気合の籠った返事が引き出せた。ならばこの方法でアリシェルに魔法を強く意識させられるように俺もこの修行法のケアを万全にせねばならないだろう。


「よし、じゃあ行くよ。」


 こうして俺は人差し指の先をアリシェルの肩にちょこんと付けた。そして少量の魔力をじわっと流していく。コレにアリシェルの体は硬直した。


「はい、感じられたようですね。では、そのままじっと自分の肩に意識を集中して、少しづつ実感してください。コレが貴女の体の中にあるんです。魔力、これはアリシェルさんの体の一部です。自由自在に操れる「力」です。それを自覚しましょう。指先から火が出せましたね?なら、その大本になるのがこの魔力ですよ。貴女の中にあるモノです。コレは貴女の力なんです。受け入れてください。決して魔力は貴女と別々では無いんです。一体なんです。」


 俺は魔力を小さな小さな玉をイメージしてアリシェルの体の中へと流し込んだ。そしてそれが肺、心臓、胃、腸、足の先へと非常にゆっくりと落ちていくイメージで動かしていく。

 そして足の先まで行ったらそれがまた戻ってくるように。そうやって上下に何度も往復させた。

 大量の魔力を流し込まずに極微量の魔力を込めた玉を、アリシェルの体の中で操る。


「はい、じゃあここらへんで一旦休憩にしましょう。俺はその間に「業者」の確認をしに行ってきます。じゃあ、落ち着いたら先程の「感覚」を思い出して自分の内部へと意識を持っていく練習をしていてください。」


 アリシェルの額には玉の様な汗が幾つもできていた。どうやら集中はかなりできていたようで、俺が魔力を引き上げた後はもの凄く深く深呼吸をしていた。


 こうして部屋を出た俺は門の前へと向かう。そこにはガドンの実を届けに来た業者が。馬車には大量のガドンが積みあがっていた。


「おーい、何で今日はここで待たなきゃいけないんだ?いつもなら直ぐにでも倉庫にこいつを突っ込みに行かせてもらえてただろ?」


「すまないな。いろいろと問題が起きていて荷を調べなきゃいけないんだ。それと、今日はいつもの人員だな。変わりは無さそうか。」


 俺は昨夜に門番へと業者の立ち入り検査をする旨を知らせていた。理由もちゃんと伝えてある。

 しっかりとその理由を理解した門番たちはしっかりと業者を門の所で待たせてくれていた。


「ああ、ちゃんと理由を話すから。おっと、その前に来なすった。」


 門番は俺が近づいてきたのを見て安堵の顔をする。そんな門番を待たせるわけにもいかないし、業者も早い所運び込みたいと言った感じだ。


「ああ、すまないな。今からさっと積荷と馬車の中を調べるから待ってくれ。あ、いつもの業者さんの顔ぶれで変わっていないか?なら安心だな。」


 俺は門番から業者のメンバーに入れ替わりなどが無いかの確認をする。それが確認できてから馬車の中を直接この目で見る。


「馬車の中にこれだけ一杯に詰め込んできて、荷山が崩れそうじゃん。おいおい、詰め込み過ぎて無いか?」


 これではこのガドンの実の中に侵入者が紛れ込んでいたら分からない。とは言え、俺の魔力ソナーであればすぐにそんなのは発見できるのだが。


「よし、通ってくれ。あ、俺も一緒に行って荷下ろしを手伝うよ。」


 業者は門を通っていつも荷を下ろしていると言う倉庫の前まで馬車を移動する。こうして木箱に詰められているガドンを全て降ろして終了だ。


「はい、お疲れさまでした。帰りも気を付けてくださいねー。」


 俺は家一軒程もある倉庫の入り口前で業者たちを見送る。これに業者は「まいどどうも」と返してさっさと門を出て行った。


「さて、いつ頃動き出すかね?直ぐにとっ捕まえても良いんだが。さてはて、俺を殺すための刺客か、あるいはこの魔力薬工場の秘密を探りに来たスパイか?」


 まだそのどちらかは判明していない。そう、この荷物の木箱の中に人が一人隠れている。大人一人が武装して。


「そうだな、これをアリシェルさんの修行相手にしてみるのも面白いか?」


 どうせ捕まえるなら有効活用したい、そう思って俺の心にちょっとだけ悪戯心が湧いた。

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