売り上げ、・・・そして伝説へ・・・
もう結果を言ってしまうと、この魔力ポーションは地味に売れて行った。五日間掛けて用意してあったポーションは売り切れた。
コレは買っていった客は魔法を使える冒険者たちがメインなのだが、試してもらえるのは大分後になるだろう。その影響も。
売る時には限定品として売り出していたのでそこら辺の事を見越して売った。
しかもクスイの店の冒険者たちの必需品関係の物も色々と横で売り出しつつだったので売り上げも結構アゲアゲになり好調な滑り出しであった。
「後は反応次第だねぇ。いや、ホント。コレで問い合わせが多く来るようなら一定量を生産できる工場を仕上げないとな。」
「少々ドキドキしてこの先の事に不安はありますが、それでもこの商品は革命ですよ。私はもう覚悟はできています。」
クスイの娘、ミル目当てで買いに来た客もチラホラいたようだったが、そこはスルーだ。
大多数の冒険者に行き渡ったはず、その手応えが俺には有る。
なのでこの波が大きくなった場合の事を考えて急遽生産ラインを確保するための土地の購入や工場建設など、従業員確保もと色々考えていたが、もうその辺はクスイが準備万端らしかった。
「コレの反応が鈍くても構わないんですよ。コレを世の中に広められる事ができればいつかはこの魔力薬が普通になっていくのです。それを、ここから。マルマルの都市から始めましょう。そのためには資金がより一層必要になります。エンドウ様、申し訳ありませんが、その点は大丈夫ですかな?」
クスイはもう腹を括って一世一代の大勝負を掛けるつもりになっていた。
ならば言い出しっぺの俺がコレを成功させようと動く事は当たり前だ。
「もうクスイには薬のレシピは師匠が渡してあるんだろ?だったら俺は最初の内は冒険者として金稼ぎをして活動資金を確保だな。」
「では私はあちこち奔走しましょう。店の方はミルに任せてしまう事にします。あの子に早くイイ男が見つかれば私も不安は無くなるんですけどね。」
どうにもクスイは娘を心配しつつも、本人の自由意志と縁に任せているようだ。
親としてそんな思いは複雑であろうと察する。しかし俺にはそこら辺は気にする事でも介入しておせっかいを焼く立場にも無い。
ならば早い所金をバンバン稼いでクスイのこの一大事業を金が焦げ付かない様に潤沢な資金を確保するだけだ。
「じゃあ、冒険者ギルドに言ってくる。この間の売り忘れてた素材を売るのと、後メルフェを一個売るかなぁ?」
そう言ってクスイの店から出る俺。師匠は森の方でお留守番だ。
いや、お留守番では無く修行である。毎日毎日魔力のコントロールをし続けつつも魔力ポーション作りをしていた。
どうやらあの魔力ポーション造りは魔力量を上げるのに最適らしい。
魔力を凍らせる事に使い、そしてできたポーションの余りを飲んで魔力回復を図る。
コレを繰り返すとドンドンと師匠の魔力量は上がって行った。
師匠はコレを論文にしてまとめるつもりになっているらしく、こもりっきりだ。
俺はそんな師匠に釘を刺しておくことを忘れずにしておいた。
「根を詰めて倒れられても困りますんで、ちゃんと食事、休憩、睡眠は取ってくださいよ?じゃないと俺もう師匠に何も教えませんからね?」
健康第一である。師匠は自身に偶然にもかけた魔法で若返って体力の方も大幅にアップしていた。
なのでその体力が上がった事に頼ってのめり込み過ぎてしまう傾向にあった。元気が有り余っているからちょっとくらい無茶をしても大丈夫だろうと。
俺はソレを危惧したのだ。もしかしたら見せかけだけであって根本的な所はもしかしたらガタガタのまま、いつソレが崩れて師匠にどんな事が降りかかるか分からないと。
もしかしたら若返ったのは見た目だけで、しかも短期間だけのブーストである可能性も。
そのせいで調子こいて飛ばし過ぎて、そのブースト効果が無くなった瞬間によぼよぼの師匠になってしまうのではないかと。
魔法は、魔力は、その性質や効果、それらがどれだけの威力を発揮して、どれだけ続くのかの検証もして行かなければいけないのだこの場合。
師匠は若返った事で「自分の身を実験に使えるなんて一番詳しく分かるじゃないか」と笑うが、俺は心配であるのは変えられない。
「分かっているさ。エンドウからこの先、「教えてもらえない」事の方が損失だ。自分の健康管理くらいはそれに比べたら訳は無い。」
と師匠は言って至って健康的な暮らしをあの森でし続けている。
そんな事を思い出しながら冒険者ギルドに到着だ。
そして入って見ればこの間のお馬鹿三人がお出迎えである。あの後どういった経緯でかは知らないがどうやら助かったようだ。
アレは履いていた靴、そして脚首辺りまで完全に覆うように魔法で包んでいたので、少量で解けるようにしていたとはいえ、しっかりと魔力を流さなければ解除できなかったはずだ。靴を脱げば解決、なんて間抜けな方法で抜け出せるようにはしていない。
「てめえ!見つけたぞコラ!散々コケにしてくれたな!今日はその礼をたっぷりとしてやる!」
「すんませんでした!もう二度と関わらないと誓うんでカンベンシテクダサイ!」
「後でこいつには良く言い聞かせておくんでもうご勘弁を!」
モヒカンは怒り、ヒョロガリはもう懲り懲りと言った感じで、そしてゴリラ面はモヒカンを後ろから羽交い絞めにして抑えている。
他の冒険者の目がこちらに集中してくるが俺はソレを全て無視して買取カウンターに向かう。
さもこいつらとは関係無いと言った感じで。
いきり立っているモヒカンは「テメエコラ無視してんじゃねえ!」と怒鳴っているがそんなモノはどこ吹く風である。
こちらまで付いて来て俺に掴みかかってこないと言う事はきっとゴリラ面がキッチリと抑え込んでくれているからだろう。
「買取お願いしまーす。コレとこれと、それとアレと、ソレも、でお願いします。」
果物を取りに行った時の師匠が倒した魔物の素材をカウンターへと出す。
「はい、こちらは・・・なんて事だ!デッドタイガーの牙ですか!こちらは爪?しかも全身が綺麗に剥ぎ取られて・・・尻尾まで繋がっている。コレは・・・今までに見た事も聞いた事も無いですね。あぁ素晴らしい。」
他にも紫色をした何の器官か分からない物や、骨や舌、眼球など、色んな魔物の部位を取り出す。
ハッキリ言って俺はもうどれがドレだか覚えていない。
師匠に教えられつつ魔法で剥ぎ取りをしたのだが、言われた通りの部分を取り出すイメージをしながら魔力を魔物の死体に込めるだけだったのだ。
採れたものはインベントリにさっさと入れてしまい何処の部位がどんな魔物の物だったのかしっかりと覚えようとしていなかったのだ。
なのでしきりに鑑定士がコレは凄いとか、まさかこの部位が傷一つ無くとか、驚いてばかりで訳が分からない。
魔物の名前を口に出していたりするのだが、一向に俺の頭の中には入ってこなかった。
(これだけ綺麗に部位が採れたのは師匠が一撃で余計な傷をつけずに仕留めたからなんだけどね)
森の中で師匠は早め早めに魔物を見つけては先制攻撃を仕掛けて見事に一発で仕留めていたのだ。
コレは偏に経験と言っていいモノだろう。流石はあの森に隠れ家なんてモノを持っている訳である。
魔物に覚られないギリギリの間合を図れる。それは今まで積んできた経験の数が桁違いだからであろう。
「はい、全て計算出ました。契約書を持って参りますので少々お待ちを。」
どうやら買取金額が出たようだ。そこに俺は待ったをかける。
「あのさ、ここは果物も一緒に纏めて買取してくれるのかな?」
「果物?ですか?・・・ええ、確かに珍しい物であるならこちらで纏めて鑑定をしますが。」
「じゃあさ、コレをお願いしてもいいかな?」
手持ちの袋から取り出したかのように見せかけインベントリからメルフェの実を取り出してカウンターに置く。
「凄いですね!見た所採れたてじゃないですか!あ、ちょっとお時間長くいただきますがよろしいですか?この実に関して少しこちらの都合で手続きをしなければならない事が有りまして。そのお時間を貰いたいのですがよろしいですか?」
俺はこれを了承する。別に今日は急いでいる訳では無いし、それに今暇潰しに使える奴がギルドにはちょうど居るのだ。
「じゃああっちのギルドカウンターの方のテーブルで休憩していますので声かけてください。」
こうして俺は丁寧な対応をしてくれた鑑定員に会釈してその場を離れる。
そしてそこで待っているのは当然モヒカンである。諦めずに俺が戻って来るまで買取所への廊下の前で仁王立ちしていたのだ。馬鹿である。
「俺はな!舐められっぱなしが大嫌いなんだ!決闘だ!勝負しろ!テメエをボコボコにしなけりゃ俺の気が済まねえ!逃げんじゃねーぞ?逃げればてめえの事を臆病者だと吹聴してやる。そうなればてめえは冒険者廃業だ!やる場所は訓練所だ。付いてきやがれ!」
大声がギルド内に響く。それに注目の目がもう一度集まる。しかし、俺はここでもスルーである。
何故かって?面白いからだ。こいつをからかうのは。いや、揶揄っているのではない。
マトモに相手をするつもりが無いのだ俺は。その上で勝手にあっちが盛り上がって頭にきてぷんすかしているのを見て楽しむのだ。
目線を向けず、そしてごく普通に、モヒカンに対して意識も向けないで俺は隅のテーブルへ近づく。そうして椅子にそのまま座った。
背もたれにグッと体重を掛けて背伸びを一つ。腕組をして静かに鑑定員が仕事を終えるのを待つ。
「て、て、テメエ!俺を無視すんじゃねえ!これだけ馬鹿にされちゃもう我慢ならねえ!死ね!」
モヒカンは腰に下げていた剣を抜き放ち、鞘をそのまま床に投げ捨ててから大上段に構える。そのまま俺へと振り下ろしてきた。
「ぐ、ぐぞ、何でこれ以上動かねえ!?」
かなり力んでいるモヒカンだったが俺に当たる直前で剣は止まっている。
コレは寸止めしたのはモヒカンでは無い。俺である。床を這わせてモヒカンへと魔力を流す。そしてそのまま俺の魔力でモヒカンを包み、俺に当たる寸での所で「固定」をしたのだ。
モヒカンがそのまま剣を振り切っていたとしても俺には傷一つ付けられなかっただろうが。
俺はクスクス笑ってやる。もちろんモヒカンをニヤニヤ見ながら。
未だにモヒカンは動けない。剣と腕を空間に「固定」してやったからだ。
だからモヒカンが幾ら踏ん張っても、剣から手を放そうとしても、引っ張って動かそうとしても、ビクともしない。
そんな憐れなダンスを見つつ時間が流れる。「うー!」「くっそ!」「どうなっていやがる!?」「ちくしょう!俺は負けてねぇ!」と言った耳ざわりな声すらも今は時間を潰すためのBGMである。
モヒカンはこうしてまた見世物として反省してもらわなければならなくなってしまった。
彼は今回で「相手が悪かった」と思い直してくれるだろうか?
(三度目の正直とか言ってまたこれが解ければまた喧嘩売って来るのかなぁ?)
何となくそうなるだろうと言う予想が立つ。立ってしまう。
こう言った連中は面子がどうの、恥をかかされたからどうのと、そう言った感情が基本で突っかかってくる。
文句をぶつける相手が違うのに。そもそも自分が弱いから返り討ちに会うのだから、自分の弱さを読めていない自分に文句をつけるべきなのだ。要するに反省しろ、である。
相手の強さが分からなくてもいい。しかし、自分がどれだけ弱いかは把握しておくべきなのだ。
その上で周囲にどれだけの人数、自分より強い人物がいるかを調べてから行動にすべきで。
初見の人物に際しては慎重に下調べをした上で、実際の相手の力量を自分の目で見て図るべきなのである。相手にちょっかいを出してもいい存在か否かを。
そうすればこんな目に遭わなくても済むのだ。己を知り、相手を知れば百戦危うからず。
戦わない、その選択はとても大事なのである。このモヒカンは自分の中の何を以て俺に対し「引き下がれない」としたのか?
ソレがとてもくだらない事であるならば相手にする価値も無いのである。
「テメエ!卑怯なマネしねえで正々堂々勝負しやがれ!コレを解け!このやろ!」
大声で騒いでいるが気にしない。奴は自力で脱出できない。動けない。
ならばそれは邪魔な粗大ゴミなだけだ。テーブルの前にやかましく騒ぐオブジェ。それ位の価値しかない。
未だに喚き散らしているモヒカンに俺は言っておく。
「卑怯なマネ、それから抜け出せないあんたはどれだけの力量があるって言うんだ?ソレから自力で抜け出してからモノを言えよ。それと、アンタは正々堂々と言っておきながらいきなり剣を抜いて斬りかかって来たな?ソレのどこが正々堂々だって言うんだ?弱いくせに相手がどんな力を持っているか分からずに突っかかっていくのは馬鹿のする事だよ。様子見って事を知らないの?だから今あんたはそうやって動けないでマヌケを晒しているんだよ。それが理解できていない馬鹿である証拠だ。自分が強いと勘違いをしていたいのなら、自分よりも弱い相手とだけ絡んでいろよ。お前なんかよりも強い者たちに笑われながらな。目障りだし迷惑だから、今この場でそこら辺をちゃんと理解してから何処かに消えて欲しいもんだ。」
俺は煽りに煽りまくった。そのモヒカンの反応はすこぶる見ていて面白かった。
青、赤、青、赤と目まぐるしく変わっていたからだ。それは他の冒険者たちが俺の煽りに反応してクスクスと笑ったり、「あいつクソだせぇ」と小声で呟かれているのが聞こえていたからだ。
その他にも様々にモヒカンを馬鹿にする声が上がっていた。これに対しモヒカンは同じ言葉を叫ぶ人形と化した。
「許さねえ許さねえユルサネエ!ちくしょう!てめえはブッコロす!どんな手を使ってでもブッコロしてやる!ユルサネエ!許さねえ!許さねえぞ!」
それでもまだ動かない剣と腕。暴れてもビクともしない。モヒカンは暴れ疲れ始めていた。
(うーん?俺の心の奥底はこんなにも酷くねじ曲がった性格になっていたのか・・・)
どうやら表面上のいつもの「自分」では無く、今出てきているのは働いていた時に心の奥底に沈殿して固まってできた「ブラックな自分」であった。
自分勝手で人に迷惑をかけ、そして恫喝などと言う犯罪を仕掛けてくるこのモヒカンに容赦などと言う気持ちが湧いてこないのは当然として、ここまで煽る、けなす、見下した発言をしてしまった事に驚くと共にすっきりとした気持ちになった。
そして止めである。
「ギルド員さーん!この男が何もしていない俺に突然切りかかって来たばかりか、殺すと脅してきました!捕まえてください!コイツは何をしでかすか分かりません。他の見ている方たちもこいつを抑え込むのに手伝ってくれませんかぁー!」
この声にカウンター奥で作業していたギルド員が二人程出て来た。
そして冒険者たちからは二名こちらに近づいてくる。
「ほほう?なぁ?コレってどうなってやがるんだ?綺麗に剣が空中で止まってら。ピクリとも動いてねぇや。不思議だねぇ?」
そう口にしたのはカジウル。そう、このギルドで一番最初に接触したあの時の冒険者。
そして続いて口を開いたのはマーミであった。
「こいつはずっと裏で小っちゃい罪を重ねてた馬鹿だからね。この際だから犯罪者として牢に放り込んで犯罪奴隷に落としちゃえばいいでしょ。」
結構怖い事を平気で口にする女性だと言う事がこの時判明である。俺はこれにちょっと引いた。
「さて、どうしたらいいですか?こいつの処分は?」
俺はそうして職員の判断を仰ぐ。そしてその答えは。
「ギルド内で暴れる事は減点ですね。しかも大幅減点です。この冒険者は以前から質の悪さが目立っていましたから、そこら辺の分を加味してギルドカード剥奪と言った所でしょう。」
モヒカン、ご愁傷様。いや、因果応報?自業自得?とにかく厳しい処分が下される事になるようだ。
「おい!臆病者!てめえは俺と決闘するのが怖いだけだろうが!勝負しろ!この際カードを剥奪だの何だのは関係ねえ!テメエをグチャグチャにしてやらなけりゃ気が済まねえ!ブッコロしてやる!」
未だ暴れようとして手が付けられない状態のモヒカン。それに追い打ちで俺が空間固定をしたままの腕の位置が邪魔で御縄を掛けてグルグルと簀巻きにしてやろうにもできない。
なので俺は提案した。暇つぶしもクライマックスだ。
それとついでだが、通路の影で既に手続き用の書類仕事が終わった鑑定員が隠れてこちらを見ているのも知っていたが敢えてソレを俺は無視している。
だってこいつとのケリを「最後まで」付けないとしつこくちょっかいを出されそうだから、ここで全て片付けるつもりになったのだ。
ちょっかいだけならあしらえばいい。しかし本当に「邪魔」をされるような事が後々あればあの時「始末」していれば、と思う場面も出るかもしれないのである。
「職員さん。ここらで暴れても大丈夫な広場ってありません?立会いの下で正式なこいつの言う「決闘」を受けようと思います。そうですね。俺が負けたらこいつに白金貨十枚出しましょう。その代わり、コイツが負けた場合・・・は別に何も無しで。」
俺のこの提案にギルド内の誰もが「はぁ?」って顔になった。最早俺が何をしたいのか誰もわからない。
そこに口を出してきたのはカジウルだった。
「オウオウオウ!お前さんはクスイとあの時に居た奴だよな?面白そうだ!俺が立会人になるぜ!ギルドの職員もどいつか一人立会人になってくれ。あ、そだ、申込書を書かねえとな。それと見物人もな!がっはっはっはっは!」
この立会人を受けてくれたカジウルへマーミが目を手で覆って天井を仰ぎ見た後、俺へと視線を向けて呆れたと口にする。
「こんにちは。こうして顔を合わせるのは二回目ね。それにしても、あなた、どういう考えなの?そんな前代未聞な条件、初めてよ?」
マーミのこの感想を聞いた後に俺はモヒカンへと掛けていた魔法を解く。
俺が決闘を受けると言って逆に呆けていたモヒカンは突然動かせるようになった剣と手に驚いて思い切り引いてその勢いで後ろにこけそうになっている。
「今の言葉取り下げんじゃねーぞオラ!今から一時間後にこのギルドの練闘場で決闘だ!逃げるんじゃねーぞ?決闘から逃げ出そうもんならテメエはこの先、一生負け犬呼ばわりだ、ゲハゲハゲハゲハ。」
そう言ってモヒカンはカウンターに職員と向かう。どうやら決闘の申請を早速出すようだ。
俺もソレに見習ってその手続きとやらをしにカウンターへと向かう。
俺と一緒にカジウルが立会人の申請手続きをする為に俺の隣に来る。
「なあ?どうして奴には負けた時の条件をつけなかった?何か思惑があるのか?それと、あんな条件、アリャ自分が勝つのが絶対だと言ってるようなもんだろ?大胆だなぁ、お前さん。」
わっはっは!と笑うカジウル。俺はそんなカジウルに一つだけ聞く。
「決闘って相手を勢い余って殺しちゃう、何て事もあるんじゃないか?そう言うのってどういう決まりになってるの?」
「んん?何だか初めあった時と雰囲気が大分変っているなお前。まあいいか!ソレはな、決闘する奴がこんだけ殺気だってたら「しょうがない」で暗黙してるんだよ。良くも悪くも実力主義だからな冒険者は。力が無いから死んだ、これだ。決闘には別に「殺すな」なんて条件は無い。だけどお互いに殺し合う事を目的として決闘する奴らは少なからずいるな。そう言ったものは珍しくもないが、しかしそこまで頻繁に有る訳でも無いがな。」
話をしながら俺とカジウルは書類に名前を書く。それを正式にギルドに提出、受理と相成った。
「さあ、コレで思う存分テメエを痛めつけてブッコロしてやれる!精々怯えて待っていろ!」
ドンダケ俺とお前に差があるのか理解していないのか?と煽ってやりたい所を我慢した。
どうせ結末は決闘でつくのだ。モヒカンがどれだけ怒りで我を忘れていようと俺はこいつを見逃してやる気は無い。
俺に斬りかかって来たあの時のモヒカンは完全に俺を殺す気で剣を振ってきていた。
脅してやろうとか、ビビらせてやろう、そう言った事が一切含まれていなかった。
ならば俺もソレに応えるだけだ。目には目、歯には歯、モヒカンが俺を本気で殺すなら、俺も本気でモヒカンを殺す。
そもそも人殺しなんて普通に生きて来た人にとってはあり得ない経験だろう。そんな俺はもう師匠を狙った刺客を返り討ちで殺している。あの時が初めての「人殺し」だった。
平和で平和な日本と言う社会で地道に生きて、地味に働いて、それでいて人との接触も最小限なような暮らしを送って来ていた俺のそんな人生で誰を殺す事ができたと言うのか?
殺したいと思う程の相手と出会った事も無ければ、事故を起こして思いがけずに殺してしまった、などと言った経験すら有りはしない。有り得はしないのだ。
そんなものは普通に生きて来た俺にとってTVの中のニュースである。自分が経験する立場では無く、そう言った事件事故と言う情報で享受するものなだけ。
(でも、どうやらこの世界は殺す事が簡単なんだよなぁ。人の命を奪うのにはナイフ一本あればいいけれど、この世界「魔法」なんてモノがあるから余計になぁ~)
あの刺客を石の棺に閉じ込めて殺した時、何の感慨も無かった事が思い出される。
「はぁ、どうやらあの森での生活は大分俺の中の黒い部分を浮き上がらせたようだなぁ。」
こうしてカウンターでの手続きがサッと終わってさっきまで座っていた席へと戻る。
一時間後に決闘をするのならば、別に歩き回ってどこか別の場所に行くことも無い。ここで待っていればいい。
そこに声を掛けてくるのは鑑定士であった。買取金額が書いてある書類を持ってこちらに近づいてくる。
「えー、と、その、決闘の前にこちらの書類のサインと手続きをお願いします!」
どうやらこの鑑定員は俺があいつに殺されるだろうと思っている様子。
そして書類が手続きされずに残ってしまったら面倒だ、と考えている。早い所決済してしまいたいと言うのが目に見えて解った。
それに直ぐに応じた俺は買取金額が幾らになってたかを何も確認、見もしないでソレをカウンターへと持っていき直ぐに決済を終わらせた。
有難うございましたと言う声を背にもう一度席へと戻る。
そして今度は違う人物が声を掛けてきた。今度はマーミだった。
「うちのカジウルが悪ノリして立会人を受けてしまったけど、良かったの?あいつ今あちこち奔走して人を集めて賭けをやるつもりよ?それよりもあなた、あの屑の実力を知っている?C級よアレでも。子狡い事ばかりしていて今まで犯罪をしていても証拠がいつも薄くてスグに開放されているの。それだけ用意周到なのよ本気を出したあいつは。一時間できっとあらゆる手を用意してくるわよ?大丈夫なの?」
マーミはカジウルのやろうとしている事への説明と、モヒカンの情報を教えてくれた。
俺はこの忠告に素直に礼を述べる。
「あー、心配してくれてありがとう。だけど、大丈夫だから。あれくらいの魔法を自力で解除できないって事は俺の相手にはならないんで。それにしても賭け?ですか?じゃあ、ちょっと頼まれてもらえません?」
ここで俺は悪い事を思い付いた。昔の考え方じゃ絶対に今こんな事を思いつかなかっただろう事を。
その話をマーミにする。その事に大層驚かれて、考え直せと言われたが、それを押し通してマーミに頼んだ。
「ほ、本当にやるの?良いの?本当にやるわよ?」
「ええ、こんな事頼める人は貴女以外に居ないんで。遠慮せずにやっちゃってください。」
そうしているうちにあっと言う間に一時間は過ぎて行った。
そしてカジウルが現れてその練闘場へと案内してくれた。
随分とギルドから出て離れた場所にあったそれは外観からしてコロッセオである。そのままボケっと眺め続けている訳にもいかないので案内のままにその建築物へと入る。
するとやっぱり中も想像通りであった。しかも観客席になっている部分は大勢の人でみっしりと詰まっていた。
(そうか、決闘ですら娯楽か。しかもこいつはかなりの規模だ)
冒険者ギルドとは大分儲かっているのかな?と考えてしまう。
こんな広い土地にここまで巨大な物を建てる事ができるだけの力が有るというのが分かる。
「レディース・アンド・ジェントルマン!この度はお集まりいただき誠に感謝!今回この練闘場で殺意をぶつけ合うのはこの二人だ!」
カジウルがいつの間にか居なくなっているかと思えば、一段高くなっている台の上に上がって何やらマイクの様なモノを手に叫んでいた。
(何だよそれ・・・レディース・アンド・ジェントルマンって・・・うん?要するにそう言った言葉がこちらの世界にも有って翻訳されているって事か?そう言う風に俺の頭の中に入ってくるって事はそういうことなんだろうなぁ)
どの様な仕組みなのかは分からないが、こちらの世界の言語は勝手に俺の耳には翻訳して伝わるのだ。
阿保らしいと思えるくらいに都合が良過ぎる。本当にこんな現象は「神様のやる事」である。
くだらない事にその力が使われているなと思うと「神、暇なの?」と考えたくなる。
「さて決闘する人物の紹介だ!赤コーナー!狂犬!モッゴズ!」
モヒカンの名前が判明した事で俺は意識を俺の立っている反対側へと向ける。
それは何故か?カジウルのアナウンスに合わせて向かい側の入り口からモヒカンが出てきたからだ。
その姿は俺にちょっかいを出してきていた時とは比べ物にならない位に装備が充実していた。
剣はもちろん、ナイフ、鎖鎌、ハンマー、槍、鞭。それと大きな袋を持って来ていた。
中身は不明だが、たぶん俺への奇抜な攻撃へと使うための何かが入っているのかもしれない。
「青コーナー!その実力、未知数!新人!エンドウ!」
俺の事を呼ばれたので一歩に二歩と進んでいき練闘場の中央に立つ。モヒカンは練闘場内へと入って来たその入口前から離れずにじっとこちらを睨んで来ていた。
「新人に対してモッゴズはちょっかいを掛けたがあしらわれた!舐められっぱなしで居られるかと決闘に発展!さあ!この二人はお互いにヤる気マンマンだ!どっちが勝つか?皆さんはもうお賭けになりましたよね?ならばあとは結果を待つばかりだ!」
俺はここまでの規模になるとは思いもよらなかった。ちょっと読みが浅すぎた事に溜息を吐く。
そんな俺の様子などお構いなしと言う感じでカジウルは闘いのゴングを鳴らすために、その手には木槌が持たれていた。
そしてソレを大きく振りかぶり。
「決闘!モッゴズ対エンドウ!レディー・・・ゴー!」
カジウルのそんなノリノリな宣言から闘いの火蓋は切って落とされた。
カーン!という金属を叩いた乾いた高い音が会場内に響き、一斉に観客が興奮をあらわにして「ワー!」と一斉に叫ぶ。
それと同時にモヒカンは先ずそのナイフを俺へと投げて来た。その迫るナイフの軌道も早さも並ではない程に鋭いモノであった。
只の牽制である。あの怒り心頭であったはずのモヒカンがやけに慎重な様子だ。
投げられたナイフは俺の目の前で静止して空中で止まる。
そのナイフを俺は手に取り弄んだ。
「ふーん、単純な投げナイフか。一時間で相当冷静になったんだなぁ。どんな攻撃が通るか、実験しようって所かな?どんな攻撃も俺には通用しないんだけどね。って慢心していると痛い目見るんだよなぁ。でも、これくらいじゃ躱す事すらしないけど。」
俺はこの自分を守るバリアに相当力を入れている。それは痛い目を見たくないからだ。
普段から自分の意識外の攻撃に備えてこのバリアには相当気合を入れている。とは言えそれでも節約して薄い膜みたいになる様に節制しつつであるから、自分の持つ膨大であろう魔力量にかこつけて大量の魔力を注ぎ込んでいる訳では無い。
それでも「魔法はイメージ」であるからその想像は俺の考え得るありとあらゆる現代知識を色々とツッコんだ代物である。
投げナイフ如きでソレが崩れてしまうと言う事は絶対に有り得ない。
「じゃあ、ちょっとお返ししようかな?でも、俺投げナイフ術なんて持って無いんだけどね。」
俺は弄んでいたナイフをポイっと放る。それは空中でクルクルと回転する。しかし、一向に落下しない。
「ホラ、行け。」
この一言でナイフは一直線にモヒカンへと飛んでいく。そして自慢であろうその髪をバッサリと切って落とした。
立派だった天を衝くモヒカンが、中途半端なザックリ雑なモヒカンへと変わる。
モッゴズは俺の「魔法で」加速させて投げた?ナイフが見えなかったらしい。反応は全く無く、一拍間を置いてから自分の髪が切られている事に気が付いたのだ。
「て、て、テメエ!ふざけるな!俺の自慢の髪が!ド畜生がァ!すぐにミンチにしてやるぅ!」
モヒカンはどうやら髪を切られた事に相当オカンムリみたいだ。
剣、槍、鞭などの持っている武器を手に取らずに袋の中からごそごそと何かを取り出していた。
何やら秘密兵器を取り出したようで、怒りで様子見をする事を止めたようである。一気にカタをつけようとする気になったみたいだった。