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終わりの次はまた始まりでもある

「では私からエンドウ殿に正式な称号をあたえ・・・」


「いらん」


「ぇ?」


 俺は速攻で御断りの言葉を発した。王子様が最後まで言葉を言う前にバッサリ切る。

 王族が喋ろうとしているのにソレを途中で途切れさせるような真似は不敬罪だろう。だけど心の底から要らないのだ。

 その先にある展開は見切った。称号とか言われたらすぐにピンとくる。そして称号なんてそもそも要らない物だ俺にとって。


「えーと?最後まで私は言い切っていませんが、本当に要りませんか?」


「どうせ「賢者」だとか何とか言うんだろう?もうほんと、そう言うの要らないんだよ。いや、ホント。あ、王様、一つお願いができました早速。俺に「賢者」だなどと言った称号などの類は一切与えないって言う事でお願いします。あ、そう言った事を周囲に誤解させるような物だったりも要らないです。儀礼的な催し事などにも出席はしないのであしからず。」


 王子様がこの俺の言葉に目を見開いて驚く。それはそうだろう。称号を与えようとしていた事を読まれていたにもかかわらず、しかもそれを要らないと言われているのだ。しかも強く拒否をする為に王様にまで「お願い事」として頼む程に。

 俺は「何も要らない」事を王様に願う。まあ王子様の護衛をした分のお金はしっかり貰いはするが。


「ふは!フハハハハ!分かった。その願い受け入れる。ああ、ではこれだけはさせてくれ。お主には迷惑をかけたようで、しかし助かった。ありがとう。」


 王様は会釈と言う小さい物ではあるが俺に頭を下げてきた。コレは余り良い事じゃない。国のトップが頭を下げると言うのはその国の国民全員が頭を下げたと言うのと同等だと聞いた事があるからだ。


「あんまりそうやって簡単に頭を下げるのはどうかと思いますよ王様。じゃあ、俺はもういいかな?王子様、コレで俺は失礼するよ。」


 もうコレで俺のやる事など無いだろう。一応はひっそりと王子様には魔法を掛けておくが。三日は続くだろう分の魔力を込めておく。その服に。

 恐らくはコレでまだ襲われたとしてもある程度までの攻撃は無効にできるはずだ。


「ありがとうエンドウ殿。貴方がいなければこうして全く被害無く事を収められなかっただろう。混乱もより一層大きくなっていたはずだ。」


 俺は部屋を出ながらその言葉を背中越しに聞く。手を挙げてひらひらとさせるだけでその言葉の返事とした。

 こうして俺は城を出る門の前に来た。そこにはケリンが待っていた。その手には小袋が。


「コレが報酬です。お受け取りください。では、お見送りさせて頂きます。」


 本当なら王子様が見送りをするくらいしてもいいだろうと言った場面だが、この後は仕事がたんまりと山のように出てくるだろう。

 そちらを優先すると言う事だ。ここに王子様が居ないと言うのは、それだけこの後に大仕事がまだまだ待ち受けていると。

 まあその代わりの見送りにケリンはどうなの?とも思うのだが、そこら辺に思惑と言ったものは挟んではいないだろう。コレは単純に。


「最後に一つ聞きたい。お前は、一体何者なんだ?」


 多分これを最後に聞いておきたくてケリンが報酬の渡し役を買って出たんだろう。その俺へと問いかけてくる視線が鋭い。


「ふざけた方の答えがいい?それとも真面目な方?真面目な方だと話が長くなるから一緒にお茶でも飲みながら出ないと、ここでは説明は難しいかな?」


 俺はちょっとだけ揶揄うようにケリンにそう答えた。コレには盛大にケリンに睨まれたが。


「・・・ならふざけた方で良い。」


 と一言だけ。俺にはコレが彼女は自分の中に整理をつけたいのだと思えた。

 自らがこの様な王子様のお付きメイド兼、護衛などと言った事になるとは思ってもいなかった。そこへと至る事になった俺と言う存在に対してしっかりと受け止めたい、と考えたのだろう。それがどんな形であれ。


「じゃあ、まあ、いいか。俺は不本意ながらも知り合いの幾人かから「賢者」何て呼ばれてしまっている。ガラじゃないし、器じゃ無いと俺自身は思ってるんだけどさ。じゃあケリンも新しい人生頑張れよ。」


 俺はそう答え、丁度その時に空いた門の隙間から城を出て行く。この答えを聞いた時のケリンの顔は見ていない。どんな顔をしていたのかはちょっとは気になったが、振り返りはしないで真っ直ぐ街の中に続く通りを行く。


「あ、この街の観光でもしてから皆の所に戻るかな?・・・ん?あれ?当初の目的って、なんだっけ?・・・ああ!あの申請通ったのかなぁ?一応ソレを確かめてから城を出るんだった。今更戻るのもねえ~?」


 俺はそのまま街の中の一番活気のある通りの店を見て回り、皆へのお土産でも買って行こうかとブラブラと歩いた。


 さて、もうここには用は無い。ブラブラするのも疲れてきたのでマルマルへと戻ろうと思って路地裏へ。そして周囲の人気が無い事を確認してからワープゲートでクスイの家へ。


「こんちわー。ただいま帰りました。あ、丁度良かった。」


 勝手知ったる他人の家。入ってすぐにクスイが茶をゆっくりと飲んで一息ついていた。


「おお、コレはおかえりなさいませ。・・・で、また何かやらかしてきたのですかな?」


 クスイは冗談っぽくそう言ってきた。別に嫌味な感じでは無い。クスイの想像の斜め上に飛んでいく事を俺がした後だと言うのを察しているだけだ。


「コレをまた資金として利用してくれ。別に俺はそこまで今お金に困ってたり欲しい物がある訳じゃ無いからな。」


 そう言って俺はケリンから受け取っていた小袋をテーブルに置く。その中身をクスイは確認するために手に取る。


「何ですかなコレは・・・何故、魔白金が十枚も?このような金額を一体どうしろとおっしゃるのですか・・・」


 いきなり渡された巨額にクスイが困惑する。まあ俺も中身の金額を確かめていなかったからちょっとだけ驚いた。


「まあいつものようにクスイの裁量で使ってくれていいよ。この店を大きくするも良し、他の事業があればそちらにテコ入れするも良し、かな?」


 何処でこの金額を稼いできたのかはクスイは聞いて来ない。俺も俺で別に犯罪を犯して稼いだ額じゃ無いので別にここでやましい事は無い。

 そのまま俺はクスイと店の事や、魔力薬の売れ行き、後は香草焼きの件などの近況を聞いてから家を出た。


「さて、一回森の家に帰ろうかな。風呂に入ろう。ゆっくりしたい。んぁ~っと!」


 俺は一つ背伸びをしてからまたワープゲートを開いて移動した。その後は森の家で風呂に入り、食事を摂ってたっぷりと睡眠を取って翌日となった。


 魔力固めで放置したマルマルに居る使者どもも、諜報カッコ(笑)の奴らの事も忘却の彼方だ。どうなったのかは知らない。どうしているかなどの事も知る気にすらならない。思い出さないのだから。

 魔力固めに使われている魔力が無くなれば勝手にあいつらもその後の身の振り方を考える位には反省はできているはずだ。

 そうで無ければまあ救いようが無いと言う事だ。一度城に戻るも良し、もしマルマルでまた無法を働こうものなら俺が始末をつけていいだろう。

 一度は見逃す事もある、気まぐれで。だけども俺は聖人君子じゃないから二度目を起こせば赦しはしない。


「あーよく寝た。飯食ったら朝風呂入ってサッパリして、それからマルマルの様子をもう一度確認してから皆に追いつこうかな。」


 こうして俺はもう一度マルマルへと移動する。様子を見に行くのは香草焼きの店の方である。

 店は再開したはずなのでクスイに昨日聞いた話で実際にはどれくらいは現場は忙しくなっているのかを見に行こうと思ったのだ。

 そして店に着いた時には「あー、行列」と自然とこぼしてしまった。列が何処まで行っても途切れない。

 いや、途切れたと思ったらそこは通路であり、その先にずらりと客が列を繋げていたのだ。

 これにはテルモの手伝いをチョットだけして行ってあげた方が良いかと思って店の裏口から入る。すると。


「ひぎゃーぁ。もう後どれくらい作業したら終わるんですかぁ~。休みを!私に休みを!」


 そう叫びつつも作業は途切れず動き続けるテルモが。そこへと俺は声を掛ける。


「手伝うよ。大丈夫か?ほら、ここの山を片付ければ良いのか?ならテルモはお茶の用意をしておいてくれていいよ。」


 俺は大量の魔力をエコーキーの山へと流して一気に下処理を全部終わらせる。香草に漬け込むのも一緒に。


「・・・し、師匠うおうおうおうお~ありがとうごじゃいまシュゥ~。ふへぇ~。助かりましたぁ。連日連日殺されるかと思う位にお客さんが来て、もう私死にそうでした・・・明日明後日は休みなんですよぉ。良かった、師匠が来てくれて。」


 テルモは壁に寄り掛かって全身の力を抜いていた。どうやら毎日、客の多さで目が回っていたようだ。


「なぁ?俺は今日偶々来ただけだから今後またいつこうして顔を出すか分からないからな?もう今後二度と顔を出さないかもしれないから、そこら辺わかってるか?」


「え~、そんなぁ~。うう、私も同時処理をできるようにならないと今後は過労で倒れるかも知れないですねえ。師匠みたいにパパっと処理が済ませられればいいんですけど。本格的にもう一人働き手がいないと私いつかぶっ倒れるかも・・・」


 お茶の用意をしつつテルモがぼやく。コレは確かに俺もそう思った。テルモがまだ下処理を複数同時に熟せないのであればもう一人は同じく下処理のできる者が必要だろう。でないとテルモ一人がブラックである。


「じゃあもう一人増やそうか。とは言え、クスイにまた相談しないといけないだろうし、そうなるとまだまだもっと導入は先になるぞ?テルモからクスイに相談しといてくれ。休みの調整とかも、もっと自分の身体を大事にするように働く日数を組めよ?」


「ううっ、そうですねえ。わかりましたぁ。そうします。・・・それと、あともう一山残ってるんですけど、師匠お願いできませんか?」


 チラ、チラ、と俺へと視線を向けてくるテルモ。お茶をズズズと飲みながらもお願いを口にしてくる。その態度に結構まだ余裕があるように見受けられる。

 でも別にコレを俺は労力だとは思わないので助けてやる。別にこうして俺が店に様子を見に来た時くらいは楽をさせてやっても良いだろう。俺は頼まれたそのもう一山を処理した後に店を出た。


「後は師匠へ事後報告?状況説明?とりあえずは紹介状も書いて貰った事もあるから一応は話をしに行くか。」


 魔力薬製造工場と化している専用屋敷へと俺は足を向ける。でも、こういう時に限って邪魔者が道を塞いで来るのはお約束とでも言うのだろうか?


「見つけたぞきさまぁ!よくも私をコケにしてくれたな!貴様は国の使者への職務執行妨害でこの場で処刑だ!」


 そいつらは俺が魔力固めで動けなくさせていた奴らだった。どうやらこの調子だと魔力固めが解けた後に俺を必死で探していた様子だ。

 俺を逃がさないとばかりに道の前後を塞いで来る。当然この様な大立ち回りに他に道行く人々が遠回しにこれを見物してくる。

 でも俺はここで一言だけ、一応は伝えておいた。


「もう「つむじ風」への徴兵の件は取り下げられていると思うんだけど。こっちに確認とかは来ていない?」


 まだ恐らくはそう言った連絡は届いていないと思ったが念のために聞いておく。まだ俺がここに戻って来て一日も経っていないので、伝達は届いて来ていないはずだ。


「何を馬鹿を言っている?そんな事があろうが無かろうが関係無い!きさまは私に恥をかかせた!万死に値する!」


「つむじ風」をマルマルで探し続けてその尻尾すら掴めずにいた国からの使者がどれくらい無能なのかはお察しなのだが、そのリーダーを務める者がどれくらい高い地位なのかなど俺は知らない。

 万死に値する、とか言う位だからもの凄くお高い所にいる御貴族様なのだろうと思うのだが。

 そう解釈してみても頭の悪さは一目瞭然と言った感じだ。何せ自分にそんな恥を掻かせた相手がどれ程の実力の持ち主なのかを見抜けていないからだ。


「そもそもどれだけの力量差がお宅らと俺との間に有るのかすら理解できていない、って相当だよ?どうすんだよ、コレ・・・」


 馬鹿は死ななきゃ治らない、という。俺はこの時に死んでも治らない奴もいるよね?と言いたくなる。目の前のリーダーの男がそうだろう。

 そう言いたくもなる。なにせ他の者たちには脅えが見えていたからだ。

 結局は動けずにいた期間で部下たち全員の方は「身の程を知った」と言った具合だろう。だけどもリーダーだけが頭に血が上ったまま。


 先程からそのリーダーが喚いているのだが、俺の耳にはそれらはシャットアウトである。俺への文句を口にしているだけだと分かっているから。


「ちゃんと一応は言っておくけど。死にたい奴はかかってこい。だけど動かないでいる奴にはこちらからは手を出さないでおいてやるから選べ。」


 俺のこの脅しで誰ひとりとして近づいて来る者は出なかった。それはそうだ。動けなくさせられたらそこで終わりだ。反撃すら許されないそんな状態になれば自分の死が確定だからだ。

 恐怖で前に足が一歩も出せないのは別に非難される事じゃない。寧ろ当たり前だ。自分の命が掛かっているのだから。

 幾ら上司の命令でも死ぬと分かっている事に積極的に踏み込めるはずが無い。自分の命は誰だって惜しい。


「ぇえい!貴様ら動かぬ気か!この私の命令を聞けぬと言うのか!後で覚えておけよ貴様ら!」


 一向に吠えるだけでリーダーは俺へと仕掛けてこない。そもそも自身の命を懸ける勇気すらこの男には無いと言う証拠である。


「なあ、命令ばかりしてないでさぁ?さっさと掛かってきなよ。そもそもあんた自身で身体を張って率先して動いて見せる気は無いの?ほら、部下の皆さんに見本を見せてやりなよ?ああ、そうか。人の上に立つ役職の癖に口ばかりで自分では動かないって言うヤツね。そう言うヤツって尊敬に値しないよね?そんな奴の命令なんて聞きたくないのも頷けるわー。」


 俺は煽った。別にまた魔力固めで動けなくしてやっても良かったのだが、多分ソレをした所でこのリーダーの男はまたその事で腹を立てるだけだろう。諦めたり、もしくは力の差を感じ取って気持ちが萎えたりとか言った事にはなら無さそうに思える。

 なのでどうせならここで片を付けて逃げてしまおうと思ってしまった。その内容は。


 攻撃された。殺されそうになった。正当防衛で返り討ち。力加減を誤って殺害。部下の人たちに後処理を頼む。俺、逃げる。と言った下衆な話である。

 この男に説得は通じそうにも無いし、殺意を向けられてしかも二度目の殺害行動に移されたらこちらも容赦をする気が起きなくなると言うモノだ。

 俺にそう言った攻撃が通じなくとも、この場合は関係無い。一度ならず二度までも俺を殺そうとしてきた奴に三度目のチャンスは与えない。与える気は無い。


 俺が煽ったおかげかリーダー男は剣を抜き放った。まだここで引き下がるなら俺は手を出したりはする気は無い。

 だけどもやはり思い止まったりはしない様で。


「殺してやるぞ!私を侮辱した罪は重いぞ!生かしたままに地獄を見せてくれる!」


 部下たちはこれを止めようとしない。自分がとばっちりを食らうのを恐れてだ。寧ろ力の差が理解できていない奴はさっさと死んでくれと言わんばかりの白い目をリーダーに向けていた。自分たちに危険が及ばない様に早く消えて欲しいと願ってさえいるかもしれない。

 部下たちはジリジリと俺から距離を離す様に下がっていく。逆にリーダーが俺へとジリジリと間合いを詰めに来る。


「・・・う、うおおおお!」


 多分この男は文系で運動などはそこまで得意では無いのだろう。いっちょ前に剣筋は立っていて斬りこむ姿勢も綺麗なものだが、いかんせん、キレが無い。

 俺は軽く身体を捻るだけでその剣を避ける事ができてしまった。


「ふんしょ!」


 その軽く入れた気合と共に俺は男の服を掴んで思いっ切り投げ飛ばした。空高くに向けて。

 だけどソレだけじゃ終わらせない。魔法だ。ここで俺は一つ実験を試みた。

 そう、他人を飛ばす、という。俺が自分に掛けて飛んだ様に、この男にも同じ様に魔法を掛けつつ投げ飛ばしたのだ。

 しかも一応はこの男をしっかりと「始末する」ためであるので、楽しい楽しい空の旅を満喫させるつもりなどは無い。

 カタパルト、人間大砲、そんなモノをイメージして俺の持つ魔力を込めたのである。

 その男が飛ぶ瞬間は下手をすると誰の目にも映らなかったかもしれない。瞬き一つでその姿が消える程の初動。

 その後も何も無い空中にレーンを魔力で引いておいたので、その勢いは増してこの街の外壁を越えて男は何処までも飛んでいく。


「昼の空にお星さま、と言った演出みたいになるんだろうな。ギャグアニメとかになると。」


 もう見えない。男はスッと一秒も掛からずに青い空の彼方に見えなくなる。何処まで飛んで行ったかは俺にも分からない。

 九割九分九厘はコレで死んだだろうが、もし奇跡が起きていれば命だけは助かるかもしれない。後は運任せだ。まあどれだけの奇跡があれば助かるかなんて、そこら辺の事は分からない。


 静かだ。事が終わった後は誰もかれもが言葉を失っていた。この場を遠巻きに見ていた野次馬たちも飛んで行った男の行方の方を見やって視線が固定している。

 まるで最初からあの飛んで行った男はさも「居なかった」と言わんばかりに誰も口を開かない。いや、呆気に取られてポカンと大きく口だけは開いている。そこから言葉は漏れてこない。


 誰も俺へと視線を向けて来ていないのでさっさと音を立てずに俺はこの場を去った。

 このマルマルで以前にモヒカンを「消して」いるので恐らくは野次馬の中に俺の事を知っている奴はいただろう。

 けれども今は誰も俺に注意を向けてくるような事は無かった。多分目の前で起きた事が信じられ無いからだろう。そっちに意識が全力で持っていかれているのだ。


「まあ都合がいいけどね。早い所師匠に城に居た間の事を話して皆と合流しよう。・・・でも別にそこまで急いでる訳じゃ無いからゆっくりでもいいか。」


 こうして俺は師匠の下へとゆっくりと歩いて向かう。恐らくだが今頃はもう「つむじ風」の皆は目的地であるダンジョンが数多くあると言うその都市に到着しているのではないだろうか。道草を食っていなければ。


 そんな事を考えている間に目的地に到着した。入り口の門番は俺の事を覚えていたのですんなりと門を通してくれた。

 そのまま会釈をして俺は屋敷へと入るのだが、いきなり中に入ってみれば師匠が難しい顔をして腕を組んで唸っていた。


「師匠、どうしました?何かありました?深刻そうですけど。・・・なんか厄介そうですね?」


「ああ、エンドウか。そっちは終わったのか?こちらは少々嫌な事になっていてな。」


 それなら話をゆっくりできる場所に移動しましょうと俺は師匠へと言う。ここでウンウン悩んでいても仕方が無いだろう。

 問題に対してじっくりと腰を据えて対峙するのが精神的にも負担は少ないはずだ。

 お茶でも飲みながら俺へと説明をしながらであれば、気が多少は紛れて冷静に問題を見つめる事もできるだろう。


「そうだな。今工場の生産は安定している。少し時間を貰ってこよう。私の後釜を担う者を今育てている最中でな。丁度いいだろう。」


 師匠は仕事が早かった。どうやらもう少し待てば師匠はこの工場から離れても大丈夫になるようだ。


 俺たちは休憩室になっている部屋に入った。そこで師匠はサッとお茶の用意をし始める。どうやら手慣れたモノらしい。


「で、師匠。何がありました?結果だけ先ずは気になるんで教えてください。俺の御城であった話は後回しにしましょう。」


 真っ先に知っておきたいのは起きた問題の方だ。対処が遅れて手遅れになるのは避けたい。


「この工場に侵入者が来た。幸いにも私がすぐ側にいて発見も早かったのでな。工場内に入られる事は防ぐ事はできた。しかし今後もこう言った事が増えると私が外に出る事は叶わないだろう。」


「そうですねえ。防衛という意味では師匠が離れられなくなりそうですね。代わりに侵入者対策用の道具とかは無いですか?あー、そういったモノがあっても師匠が居た方が良いに決まってはいますね。これじゃあ師匠が動けないのは同じかあ。」


 お茶を飲みながらしんみりとそう話は続く。俺はこの侵入者と言う事に対しては余り深刻には思っていない。

 製法が拡散したらソレはそれで世の中には良い事だと思うから。でも、違法にこうして情報が抜き取られるのは黙ってはいられないとも思える。

 そうして悪事を通して物事を横から掠め取ろうとする者は、そもそも金儲けや自身の権威などを上げようと欲望に塗れた者であるのが確定しているからだ。

 本来なら真っ当な商売を考えて製法を得たいと思っているのなら、クスイに対して契約を結びに来るのが普通だ。

 改良魔法薬の製法を「買いたい」と願い出てくるモノである。そこにはしっかりとした契約書が作られるはずである。こちらが不利な契約がされない様に、相手がしっかりと儲けの出る契約がされるように。

 でも、それらをすっ飛ばすのはどう考えてもマトモでは無いのは確かな事だ。ゆえに俺はこれを許しはしない。


「師匠、その侵入者は取り押さえられましたか?情報は得たいですね。」


「駄目だった。相当な手練れだったよ。逃げられてしまった。ギリギリの所でな。単独犯であったから撃退はできたが、これが集団であれば防ぐことはできなかっただろうな、私では。」


 どうにも師匠の説明によるとそいつは魔法の事に関して相当慣れていた様子だ。まあ確かにこうした裏の「お仕事」をしている者にとって知識や経験は武器だ。

 もしコレがただ単に土地に侵入するのが上手いだけのヤツだったなら師匠が逃がしてしまうような事は無かったはずだ。

 そうなれば相当な手練れだと言う事になるだろう。しかもかなり魔力量もその操作の腕も上がっているだろう師匠から逃れたヤツだ。そんな奴を相手に師匠が昔のままであれば屋敷内へと侵入を許してしまい情報は抜き取られていただろう。


「師匠、こうなれば俺が対処をしますよ。俺が屋敷に在中します。師匠はお休みを貰ったらどうです?そうですね。「つむじ風」の皆に言伝を頼んで良いですか?そのまま「つむじ風」の皆と一緒にダンジョンアタックでもして魔法をぶっ放してきてスッキリすればいいと思います。こっちは俺に任せてくれたらいいですよ。」


 この言葉に師匠は驚きの顔をする。次には溜息だ。


「・・・その言葉に甘えさせて貰うとしようか。クスイにはまだ話してはいなかったんだこの件は。エンドウがやると言うなら、心配は・・・無いな。」


「何ですかその間は?やらかすと思ってます?いや、そういや、やらかしてますね。まあいいでしょう。大体の事は師匠からクスイに話しておいてください。あ、それと出発する前にテルモの店の手伝いをちょろっとしてやってあげてくれません?あいつ忙しさで悲鳴を上げてるんで。」


 俺はこの後に「つむじ風」が何処に向かっているのかを師匠に教えた。どうやらその都市は有名な所らしく師匠も「なら暴れられそうだ」と言ってニンマリと怪しい笑みをこぼしていた。

 その黒い笑みに俺は「相当なストレスが溜まってたのか?」などと勘ぐる。


 つむじ風の向かったのはダンジョン都市、そういった通り名らしい。それ以外の名前で呼ばれている所は聞かないそうだ。

 どうやら長年攻略されずに成長を遂げているダンジョンが多く有り、毎日毎日冒険者が突入してはいるものの、ダンジョンで得られる獲物で生計を立てる冒険者ばかりで攻略と言った事をしている者は少ないらしい。

 そういった事情でダンジョンの成長がどんどんと進んでしまい今に至ると。どうにも「死と隣り合わせ」と言った緊張感がもう無くなっているそうな、その都市では。

 攻略組と呼ばれるパーティーは存在するものの、どうやらある一定の深さの所で足踏みをしていると言う情報が流れていると。


「じゃあ師匠と「つむじ風」の皆が協力すればそれも一気に解消しそうですね。あ、でもダンジョンから取れる富で形成された都市ならダンジョンが無くなったら死にますね、その都市?」


「仕方が無いだろう。その都市に住む者たちの生活もあるだろうが、ダンジョンを放置しておけばどうなるか何ぞは目に見えているからな。独自にその都市を収める自治はあるらしいが、その法にはダンジョンを「攻略してはならない」という文言は無い。既にあそこを治めている役員たちは腐っていると言う話だからな。痛い目を見るのはその役員共さ。罪の無いそこで暮らしている者たちには悪いが、攻略はさせて貰うとしよう。」


 師匠は大分ヤル気でいる。どうやらもう攻略の道筋も考えているみたいだ。


「じゃあまだ時間もあるし、師匠はクスイの所に行ってきますか?善は急げって言いますしね。」


 師匠に「何だその言葉は?」と不思議がられた。地球、しかも日本の言い回しを知らない師匠がそう言うのは当然の事だ。なのでザックリとこの言葉の意味を教えておいた。


「良い事は早めにやっておいた方が良いよね?って事ですよ。じゃあ師匠、行く前に侵入者が入ってきた場所を教えてくれません?あ、それとここの職員の方たちにちゃんと事情説明しないといけないですね。」


 忘れていた事をちゃんと思い出す。「報告・連絡・相談」は組織運営に大事な三つの要素だと師匠に教える。


「ああ、そうだな。やっておかないと混乱するか。じゃあ少しだけ休憩を入れさせよう。その時に集めて話をしてしまうのが良い。エンドウの話は・・・まあ、また今度聞かせて貰うとしよう。いつかな。」


 こうしてこの屋敷の広間へと職員を集めさせる。話をした後は各自暫くの休憩と言い渡して師匠が俺の事を紹介した。


「えー、私の横にいるのはエンドウと言うモノだ。急遽、私はこの工場から離れて別行動を取る事になった。彼の言う事は私の言葉と思って良く従うように。それともう耳速い者は知っていると思うが、先日に侵入者があった。撃退はして情報を持っていかれると言った事は無かったが、皆、気を付けてくれ。そういった怪しい者を見かけたら絶対に近寄らない事、逃げる事だ。良いか?情報を盗まれそうになっていたとしても、それを妨害しようとは思うな。そんなモノよりも、君たちの命の方が大事である。もう一度言う。君たち職員の命の方がその情報などよりも重い。それをしっかりと皆の心に留めておいてくれ。」


 従業員の命が第一優先。この考えや方針というのはこの世界では恐らくだがもの凄く珍しいのだろう。集まった者たちの誰もがザワザワとこの師匠の言葉に驚きを隠せないでいた。

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