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始末をつけましょう

 いきなり出て来て貰って申し訳ないのだが、これほどのクズは早々にご退場願おうと思う。

 気分が悪い。いや、本当に心の底から人殺しを「楽しい」と感じている人物の笑顔程に醜悪なモノは無いだろう。

 俺はそいつへと魔力を纏わせた。そして「捻る」。


「・・・?ぐ、ぐへ?ぐへろぼ?ごぼぼぼぼ!?ぐべえべべべべべええええ!?」


 先ずはその汚い声をそれ以上出せない様に腹を絞る。そこからゆっくりと足の指から丁寧に「搾り」「捻って」いく。

 少しは今まで自分が殺してきた人たちの痛みや感情、その他諸々を「十分の一」でも自身の身体で感じながらこの際は死んで貰おうと思う。

 ジリジリとこの公爵の「切り札」の身体が捻じれていく。その際に外れていく関節、折れていく骨の音が静かに周囲に響く。

 徐々に、それこそゆったりとしたペースではあるが、それは止まらない。


「どうした!早くこやつらをぐちゃぐちゃにしないか!・・・あ?」


 公爵は俺たちを指さしながらそう叫ぶ。しかし一向に自分の自慢の切り札が返事をしない事でそちらを剥いた。

 しかしそこには段々と身体が曲がってはいけない、捻じれるはずが無い方向へグルリと回って言っている切り札の姿が。


「おい!何をふざけている!・・・おい、どうした!?な、なんだと言うんだ一体!?」


 公爵は様子がおかしい事に気付いたがもう遅い。と言うか、俺とこうして対峙した時点で全てが遅過ぎる。


 未だにこの殺人鬼は意識が有る。だけども腹が捻られ、肺が潰れて呼吸は困難を極めている状態だ。

 だがそんな状態でもまだまだ身体のあらゆる全身がぐりぐりと捻じれていっている。その指も、腕も、脚も膝も太腿、股関節すら捻じれ続けている。少しづつ。確実に。

 コレがどれだけの激痛かは俺には分からない。けれどもこれぐらいはこの殺人鬼がやってきた事に対してはまだまだ生温い事であろう。

 叫びにならない息を吐く音がし、顔は汗、涙、鼻水でぐちゃぐちゃだ。汚い。だが俺はこの顔が快楽殺人を犯す様な者にはお似合いだと思える。


 これだけの事をして何故この男が死なないのかと言えば、生きるための重要器官を生かす上で最低限、魔法で保護しているからだ。

 取り合えず脳への酸素供給も一緒にしている事でこいつは意識を手放す事ができないでいるのである。

 流石にこれほどの拷問だ。これをやっている俺も気分が悪い。しかしそれ以上にこいつに対しての嫌悪が上回っていて止めようと思えないでいた。

 非常に今の俺の心は不安定だと言ってもいい。腹の底に沈んでいた黒い何かが浮上して来ているのが自分でも分かっていた。


「さあ、いい加減こいつに使う時間もそんなに長引かせるのもどうかと思うからコレで最後だ。」


 俺は最後にあの有名な暗殺拳を思い出す。「あべし」である。再現できるかな?とも一瞬疑問に思ったが、それでもそのイメージを込めた魔力を最後に流し込んだ。

 すると俺の思い浮かべた通りのその「殺人鬼」の最後となった。破裂、と言ったら良いだろうか?全身があれよあれよとゆっくりと膨れ上がりはじめ、最後には限界が来たように、まるで風船が「ばあん」と破裂すしたみたいに身体は弾け飛んだ。

 絶命したその時の男の顔はぐちゃぐちゃ。痛み、苦しみ、恐怖、死にたくないと言った表情がごちゃ混ぜとなった顔で死んだ。

 その頭部が地面に「ゴトリ」と落ちる。人の破裂する様を初めて見たのだろう公爵は意識がどこかにすっ飛んでいたらしいが、その鈍い音で意識を取り戻したのか次には叫び始める。


「ぎゃああああああああ!?なんだ!なんだァ!?し!し!死んだのか!?あんな死に方があるかぁあァあ!?おい!どうなっていると言うんだァ!?」


 その側にいた公爵は血塗れ、肉屑塗れ、臓物塗れである。それらを気持ち悪いと叫びつつ払い除けている。


「おおおお!お前は一体何者だと言うんだァ!わ、わ、わ!私に対してこの様な真似をしてただで済むと思うなよぉ!?」


 まだこれから来るだろう兵士たちに期待をしているのだろう。公爵はまだまだ強気と言った感じだ。だけどもその姿は「様になっている」とは言い難い。

 足は震えてガタガタと、腰は引けていてさもこの場を早く逃げ出したいと言った感じだ。顔と言えば恐怖で引き攣っていて、血塗れも相まってその顔がホラーになっており、俺の方が逆にその顔に恐怖を感じてしまいそうになるくらいであった。


「さて、えーっと?何だったかな?ああ、そう、暗殺組織と繋がりが有るんだったよな?さっきのあんたがこいつらに言い放った言葉は覚えているよ。関係者じゃ無ければ言わない台詞だった。で、しかもこいつらの上司って立場の意味だったよなアレは。じゃああんたがこの組織の首領って事で良いのか?」


「何を馬鹿な事を言っておるか!貴様の様な下賤な者が私を誰だと思ってこのくそがあ!」


 公爵が喚いているが少々支離滅裂になりかけている。よっぽど切り札があのような死に方をしたのが衝撃だったのだろう。心が元通りに未にできていない様子だ。

 公爵が後ずさるのだがどうやら足にも来ているらしく、尻餅をついてしまっていた。


 そこに現れたのが正規兵たちだ。この屋敷の庭にぞろぞろと入ってきている。そして俺たちを取り囲んで警告をしてくる。


「動くな!抵抗をすればこの場で即座に斬り捨てる!無駄な抵抗はせずに投降せよ!」


「お前たち!こいつらを早く取り押さえんか!いや!殺すんだ!このような凶悪な者共は裁判に掛けるまでも無い!今すぐに殺せ!殺せぇエエ!」


 どうやら頼みの綱がやって来た事で公爵は流ちょうに一息で俺たちを殺せと兵士に命じていた。だけどコレに兵の動きが少々おかしい。


「どう言う事だ!早くやってしまうんだ!こ、これだけの数が居るんだ!こんな奴は早く殺せ!殺してしまえ!」


 公爵はそう怒鳴るが、兵たちは動かない。そもそも俺はこの兵たちに「魔力固め」を施してはいない。居ないのだ。

 なのに公爵の命令をまるで「聞こえない」とばかりに全く動じない兵士たち。

 流石にコレは何かがおかしいと思って公爵は狼狽しつつも左右を見渡す。すると兵の囲いの一部が開いてとある人物が入ってきた。それは。


「エンドウ殿、お疲れ様です。助けに来ました、と言いたい所だったのですが。どうやら別に要らなかったみたいですね。」


 ソレは王子様だった。どうやらこの兵士たちは王子様に従う者たちであるようだ。


「エンドウ殿一人に何もかもをやらせると言うのはどうかと思いましたので、こうして最後の一つに間に合ってよかった、と言えばいいのでしょうか?共に攻略を、と思ったのですが、エンドウ殿の突撃の方がこちらの準備よりも早かったですね。驚きですよ。本当に。」


 どうやらこの屋敷への突撃を王子様が俺と一緒にやりたかったらしい。実績作り、と言えば聞こえはいいが、実際には博打と変わらないだろう。

 幾ら自分の命を狙ってきた暗殺者からの確度の高い情報だとしても、王子様自らが陣頭指揮を執っての突撃とは大胆が過ぎる。


「エンドウ殿に掛けて頂いた魔法があったからこそ、この様な大胆な行動が取れたんです。感謝します。そして、どうやら大物が狩れそうですね?」


「こ、コレはこれは殿下、この様な場所にどのような御用で?」


 公爵はその様な言葉を口にした。どうやら反射で口走っただけの様である。それは表情が物語っていた。

 ここに王子様が来るはずが無い、そんな驚きに顔が満ちていたのだから。


「このような場所に逆に寧ろ公爵が何故いるのかの方が私には疑問です。さて、貴方の口から事情説明はできますか?ああ、そうですね。私からこの場に来た事情を説明した方が話が早いでしょう。おっと、この屋敷は誰も住んでいなかったはずですよね?王家の預かりにはなっていましたし。ああ、そう言えば管理は・・・さて、誰が受け持っていたのだっけな?」


 そう言って惚けているような雰囲気で王子様は公爵へと「釈明しろ」と。この場に居るはずが無いのはお前の方だ、と。

 そして王子様がこちらから先に事情説明をする、と言っておきながら公爵へと説明をする様子は無い。

 これに公爵は言い訳など上手く説明できるはずが無い。


 そこへきてこの囲いの中に一人の女性が入ってきた。それはケリンだった。

 コレに反応したのはチャラ男である。「何故貴様がここに?」などと言った言葉を発した訳では無い。


「お前が裏切ったのか!貴様のせいで!」


 どうやら直ぐに今の現状が、ケリンが情報を漏らした事によるものだと悟ったのだ。

 この発言は迂闊だ。自分は暗殺の関係者ですと言ってしまっているような物で。少しでも白を切るのであれば言ってはいけない言葉である。

 俺はこの五人があの地下の隠された部屋でどの様な会話をしていたのかをこの場で王子様に説明をした。そしてこうして「捕縛」したと。

 ついでにさっきの公爵の発言もそっくりそのまま、一字一句間違える事無くこの場でついでに報告をする。


「ああ、ありがとうエンドウ殿。さて、公爵、言い逃れはできない様に思いますが、せめて最後に言い残す事はありますか?」


「さて?なんの事で御座いましょう?私はこの様な者たちは知りません。ましてやこの男の言った事など私を罠に嵌めるために口にした嘘です。全てはでまかせに過ぎませんよ。私と殿下との間に有る信頼を壊そうとしているのです。信じてはなりませんぞ?」


 よくもまあスルスルとそんな事を喋れるものだと俺は感心した。まるで事前に良い訳でも考えていて練習していたかのような滑らかな喋りだった。しかし王子様は苦笑いをする。


「でまかせ、ですか。この方は私が雇っている護衛でしてね。彼には私の命を何度も助けられているんですよ。そしてこのようにこれ以上刺客を送ってこない様にと暗殺組織の壊滅に出てくれたのです。そのような者の発言にでまかせ、嘘などと言った事を申し立てられても、貴方の言葉に重みは感じられないですね?天秤に掛ければどちらに信用が有るかなど、明らかでしょう?」


「この国に長く使える公爵の私の言葉よりもこの様な何処の誰だかも分からぬ者の言葉を信ずると?」


「ええそうです。それと私と公爵との間を引き裂くために彼がでまかせを言ったと仰っていましたが、さて、私は貴方と一度たりとてその様な「信頼」を作った覚えは無いのですが?ここでその公爵の言う「信頼」と言うのをこの場で今、私に見せて頂けませんか?」


 王子様の返しに公爵はここにきてとうとう黙ってしまった。王子様が「何が差し出せるのか?」と暗に言ってきたからだ。

 第二王子と繋がりがあったと既に判明しているのだからこの言葉に公爵が悩むのは仕方が無い。

 暗殺を依頼してきたのは第二王子。そして公爵は要請を受けて暗殺組織を動かした。その裏には何らかの取引が有った事は明白だ。


 公爵はその取引内容を思い出しているのだろう。そして自分の今のピンチをひっくり返せるような「答え」を必死に考えているに違いない。

 まだこの場で言葉だけで何とか言い逃れがギリギリできる、と公爵は信じているのかもしれない。

 でも俺はそんな公爵に構わずにこう王子様に告げる。


「この屋敷には隠し部屋があるみたいです。ああ、そこの扉入って正面の階段を上がって二階、右手側通路の一番最初の部屋ですね。入って右壁の本棚を横に滑らせるとあります。」


 コレに公爵の顔のパーツが全て全開になった。目、鼻、口、全てが驚愕によっておっぴろげとなってしまったのである。

 驚きが過ぎて言葉が出せなくなっているようで、「はがはが」とだけ公爵の口からは息だけが漏れ出る。


「さて、ではそこへと向かいましょう。お前たち、この者たちの身柄を拘束せよ。公爵の身柄も同じ扱いで良い。牢へと放り込んでおけ。」


 俺が動けなくしていた者たち、そして生き残った者たち、公爵が次々と縄できつく縛られていく。縛られた者たちからぞろぞろと兵たちに引っ張られて敷地を出て行く。

 ちなみに組織の幹部五人は俺が魔力固めをしたままである。捕縛をさせていない。それは「こいつらは油断も隙も無いからこのまま俺が拘束しておく」と王子様に言っておいたからだ。


 この場に残った王子様の兵は二十人。これから俺が教えた「隠し部屋」へと向かう事になっている。指揮を執るのは当然王子様だ。


「エンドウ殿にも一緒に来て頂きたいのですが?」


「別に隠し部屋には特別な罠やら証拠隠滅用の機構が組んである様では無いので行かなくても大丈夫でしょう。」


「・・・では、その者たちを連行して先に城に戻るのですか?」


「いえ、ここで待っていますよ。特にやる事もありませんが。」


「分かりました。では行ってきます。少々待っていてください。」


 こうしてザックリとした会話を終わらせる。俺と王子様のこの会話には別段重要な意味など含んではいない。

 隠し部屋には俺が行くまでも無いと言う事と、この五人は先に連れて行かれた者たちとは別で連行した方がいいと考えただけである。

 何故別でかと言うと、この五人は特別だ。雑魚とは一味も二味も違う実力の持ち主だ。魔力を操ってこいつらを戦わせていたから分かる。

 俺の「魔力固め」を解除するとたちまちの内に捕縛を抜け出して逃走される可能性があっただけだ。だからそういった可能性を潰すためにも今は俺がこいつらの管理をしていた方が安心だ。逃げる途中で捕まった奴らを解放して戦力を上げて逃げ切るとか、ドサクサに紛れ逃走するなどと言った事が起きるかもしれない。

 魔力固めを破れる実力がチャラ男に有ると見なして慎重を重ねているのだ。他の四人も、もしかしたら破るだけの実力を今も隠している可能性も無くは無い。

 込める魔力は一応は多くしてあるから安心はしてあるが、足元を掬われる、と言った事は勘弁だ。警戒するに越した事は無い。油断から「逃げられました」は一番やってはいけない。

 今はこうして俺が直接に管理をしているから良いが、コレが一旦離れた後だとどうなるかは分からない。だからこうして俺はここに残って五人を拘束している。


 そして先に城に行かない理由は隠し部屋の件で何か分からない事があったらすぐに対応をする為だ。そこまで複雑な入り口ギミックにはなっていないはずだが、一応は念のため、と言った感じである。

 この場を俺が居なくなって「隠し部屋が開きません」と言った事になったりしたら俺が出張らなければいけなくなる。

 そんな事になると先に城に行ってしまっていると、戻って来ると言った手間が発生する。だからとりあえずここに残ると言う選択をしたのだ。

 だから「特にやる事もありませんが」となってしまうのである。


「くそがぁ、このクソガキ、裏切って俺たちの重要拠点を吐きやがった。殺してやる。てめえは生きたまま細かく切り刻んで苦痛塗れにして惨たらしく殺してやる。刻んだ肉をゴブリンに食わせてクソにしてやる・・・」


 恨み言を呟いているチャラ男。だが、そう言った気を持っているのはチャラ男だけだった。他の四人は諦めた様子になっている。


 ここでケリンが口を開いた。王子様と一緒に兵たちは全員が隠し部屋へと向かっている。この場にはケリンが残っていた。ずっと口を開いていなかったケリンがここでぼそりと。


「私はこんな「化物」と敵対したくない。組織を一人で潰すなんて言った時には正気かと思ったが、結果はコレだ。こんなの逆らえるはずが無い。」


 チラっとケリンが転がる首へと視線を向けた。そして身震いを一つするとそれ以降は固まってしまった。

 チャラ男もコレにつられて転がる首を見る。その首は「あべし」を再現して身体が吹き飛んだあの男の首である。

 その時の映像を思い出したのかチャラ男がケリンと同じく「ブルリ」と一つ震える。どうやら自分がいつあのような殺され方をされてしまうか分かったモノでは無い今の自分の立ち位置に恐怖したようだ。

 既に他の四人はチャラ男よりも先にこの境地に至っていたらしく、どうやらソレによって「諦めた」と言った感じらしい。


 そこに王子様たちが帰ってきた。ニコニコ顔で。


「さあ、戻りましょう。この後はもうエンドウ殿の手を煩わせるような事は起こらないでしょう。この件はもうさっさと終わりにしてしまいたいと思います。」


 こうして俺たちは城へと戻る事に。取り合えず俺は城に到着後は地下牢へと行く事になった。この五人を牢へと入れてしまうためだ。

 その際には五人の着ている物を全部剥ぎ取った。ついでに持っていた武器も、隠していた暗器も全て取り上げて素っ裸にした後に質素な囚人服へと着替えさせて別々の牢の中へと入らせる。

 コレでこいつらに関しては一段落着いたと言ってもいいだろう。公爵はと言うと、どうやらここの牢へと入れられている訳では無く、別の貴族専用の牢へと入れてあると言う説明を王子様から受けた。

 後はケリンの処分だろうか?どうするかは王子様にゆだねるとして、俺はコレでお役は御免かな?と一息ついた。

 ケリンの処分と言っても殺す訳じゃ無い。今後の処遇と言う事だ。このまま野放しにしてもいいだろうし、刑罰の代わりと言って働かせると言った手もある。


 こうして王子様の私室に戻って来た。戻って来たのは俺、王子様、そしてケリンである。

 そして部屋の中にはメイドさんが残っていた。そして「おかえりなさいませ」と一礼してお茶の用意を始める。


「じゃあちょっとだけ息を抜こう。エンドウ殿もさぞや疲れている事だろう。ゆっくりとしてくれ。・・・あー、それと。聞きたい事があるのだが、良いかな?」


「その前にケリンの事を決めてやりなよ。彼女への処分が未だに決まっていないだろ?そこら辺は王子様に任せるから。」


 出されたお茶を俺は一口飲んでそう答える。どうせ聞きたい事と言うのは窓から俺が飛んで行ったアレの事だろう。

 だけどそんな質問に答える気は無いのでケリンの事に話をすり替える。


「じゃあそうだな。君には私の護衛をして貰いたいな。ちゃんと給料は出すし、休みも与えるよ。コレでどうかな?仕事内容は私の身の回りの世話が基本で。」


「なあ?自分の事はなるべく自分で、って言うのは良いのか?」


 王子様が前に言っていた事を俺はここでツッコんでみた。すると。


「ああ、あの私付きのメイドはね、雇われているんだ。誰にかって?私の弱みを握って操ろうとしていた貴族に、ね。だから私に対して近づけない様にするために別仕事を押し付けて遠ざけていたんだ。ああ、言った事は本当だよ。自分で出来る事は、って言うのは嘘じゃない。」


 どうやら王子様は自らの優秀さ「牙」をひた隠して研ぐタイプであるようだ。こう言った手合いを敵に回すと恐ろしい。

 真綿で首を絞める、などと言ったゆっくりと、しかし気付かぬうちに、な感じで物事を進めてくる所だ。敵となる者からすると、分かった時にはもう遅い、既に進退窮まって致死へと至る所まで詰め寄られていると言った具合である。

 こう言った人物を出し抜いて蹴り落とすには相手を上回る智謀か、もしくはそんなモノすら単純にひっくり返せる「力」が無ければ対等に戦えない。

 今回の王子様はそれこそ俺と言う「力」を得て何処までも無敵になり、敵を追い詰めるための計画の最終段階を圧倒的に早める事になったと言う訳だ。

 今までも入念に準備はしていただろう。だけども王子様には手駒が足りていないと言う現状だったはず。王子様自身がその点を「苦労している」と言っていた覚えがある。

 そんな時に現れた俺は喉から手が出る程に「欲しい」人材だったに違いない。


「もしかしてあの路地裏で襲われた時って別に俺の手助け無くても助かってた?」


 思わず俺はその点を漏らす。すると苦笑いして王子様がソレは違うと否定してくる。


「あの時はエンドウ殿が居なければ間違いなく私は殺されていましたよ。。・・・まあその危機は私が招いた物であるのは確かですね。自業自得でした。」


 どうやら王子様は婚約者にはめっぽう甘ちゃんだったのだろう。でれでれのズブズブに溺れていたのかもしれない。恋愛脳?自らの愛する人を疑うなんて事はあり得ない、って位だったのではないだろうか?

 王子様を仕留めるならその穴を最大限に使えば即座に始末ができていたはず。

 だが敵はそれを仕掛ける時期が遅すぎた。コレは運だろうか?俺があの時に追いかけられている王子様を見かけなければ?もっと早く婚約者を餌にして王子様を殺す計画を起こしていたら?運命は変わっていたかもしれない。


 ここで扉がノックされる。どうにも慌てている様子だ。どうやら伝令が来たようで。


「殿下!ご報告します!公爵様が牢から抜け出しました!」


「ああ、分かった。君は持ち場に戻ってくれていい。報告ご苦労。」


 王子様はこれに全く動じない。どうにもソレを見越していたかのような。


「ああ、公爵邸には兵が先行して行っているよ。父上、国王陛下の令状を持ってね。公爵はまあ、追い付けやしないだろうね。このままここでのんびりとしていても問題は片付くだろうけど。エンドウ殿、申し訳ありませんが念のためにも、もう一働きして頂いても?」


 王子様はコレにもう一言。


「公爵が動いても、動かなくても、どっちでも良かったんですがね。動くにしても私の予想よりも断然早い。もしかしたら大人しく連行されたのは貴族牢に入れられても直ぐに出られる方法があったからなのでしょう。」


 それも恐らくは「腐った」繋がりと言うモノであろう。王子様がわざわざ公爵を牢に入れておけと命じているのにもかかわらずに、ソレを勘単にひっくり返して外に出してしまうなどと言った事ができる立場と繋がっていると。


「まあ、いいんだけどね。最後まで付き合いますよ。」


 俺のこの承諾に王子様が「ああ言っておきながら申し訳ない」と謝ってきた。俺の手を煩わせるような事は無いだろうと言っておいてこうして頼みごとをするのだ。そりゃ申し訳無いと思う心理になるだろう。


 こうして次は公爵邸へと向かう事になった。ちなみにケリンとメイドさんはこの王子様の私室でお留守番だ。保護と言う名目で。

 それにしてもメイドさんは自分を殺そうとしたケリンと一緒でさぞ精神が参ってしまうのでは?と思われたが、何故かそんな風には見えない。寧ろ何故かケリンと親し気にしている。


(何をどうやったらそうなるのか・・・分からん、世の中不思議なことだらけだ)


 部屋を出る際にチラリと見えたダケの雰囲気だったが心配はいらない様子だった。

 俺と王子様は城を出る。するとそこには馬車が用意されていた。公爵邸に向かうのは馬車での移動となる。

 会話も無くサッと馬車へと乗り込むと音も無く出発となった。静かな馬車の中で王子様が俺へと話を振って来る。


「で、エンドウ殿。空、飛びましたよね?・・・私も飛ばしていただけませんか?」


 その願いを口にした王子様の目はまるで夢見る子供の様にキラキラと輝いていた。あの時に姿を消してから飛び出していたはずなのに何故かバレている。

 コレに俺はちょっとだけ引きながらもちゃんと冷静に断る。


「他人を飛行させるのは危ういですね。制御が利きません。王子様の命を危険に晒す事は出来ないので勘弁してください。」


 この返しに王子様はもの凄く残念だと言ってくる。まあコレは嘘ではないので聞き入れてもらうしかない。

 やろうと思えばできはする。しかし王子様が無事と言う保証ができない。何かトラブルが起きた際にその責任は誰が取ると言うのか?もちろん俺は取りたくはない。

 そんないきなり制御ができなくなると言った事は起こさない様にはするだろうが、万が一と言う事もある。


(いや、初めて空を飛んだ時によく俺はその万が一を考えずにあんな無茶をしたなあ?自信はあっただろうけど、だからってもっと慎重にやるべきだったはずだ。うわぁ・・・)


 今この時にその事を思い出してブルってしまう。今更だ。あの時は勢いと言うモノもあったし、自分は魔法が使えるからと言った安易な事を考えていた。

 もっと練習をしてから飛ぶべき所を思い付きと勢いだけであの時は実行した。もっと思慮深くならないと今後が不安だ。


 こうして馬車は早くも無く、遅くも無く、只々ひたすらに一定の速度で走る。


「もうソロソロ到着します。・・・公爵は既にこちらに先に着いていたようで。おかしいですね、何故でしょうか?」


 別に驚きもせずにニコニコと笑顔で王子様がそう言っている。


(こうなる事をちゃんと分かってた、ってか?王子様、何だかもの凄く最初に会った時と印象が変わって来てるなあ?)


 腹黒い、と言えばいいか。王子様がここにきて策謀を巡らし始めているのだ。公爵の動きを先読みしているというか、誘導しているのか。

 公爵が自分の屋敷の庭に私兵を展開して入らせない様にとガードを固めている。


「貴様ら!ここを何処だと心得る!ええい!入って来るな!勝手に入って来た者はその首をこの場で即、切り落としてくれる!」


 公爵が展開して陣を敷く私兵の後方に陣取ってそう喚き散らしていた。

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