全ての始まりはこれにアリ
それを見て師匠はどうしてその考えが浮かんだのかと聞いてくる。それは単純な事だった。
「えーと、魔力水で果汁を薄めちゃうと味が一緒に薄まるのは当たり前ですよね。んで、混ぜるのだから魔力ポーションの中の魔力の質も薄まっちゃう。当然ですよね。果汁には魔力を溶け込ませてないんだから。なので味の方は混ぜ合わせる割合で解決で、瓶一本に対する内包する魔力量は果汁に魔力が溶けていれば解決できますよね。無いなら入れればいいんですよ。」
「そうか、単純な考えで解決できる事だったか。しかし、この果汁には魔力が溶けてくれるのか?水とはまるきり違う条件だろう?」
「だからこれが上手く行けば解決できると言いました。だからこその実験ですよ。誰もやった事が無いんだから、それを初めてするんです。俺たちが。」
この言葉にふっ、と笑った師匠。
「そうだったな。改良しているんだった。私たちが魔力薬を変えるんだ。もっと飲みやすい物に。私は妥協していたよ。以前と比べたら天と地ほどの差だとな。」
「師匠、変わりましたか?なんかこう?若返って考え方に余裕が出てきているみたいに見えますよ?」
「ふむ、そうだな。確かに以前の自分なんかとは違って生まれ変わって別人になったかのような錯覚に陥りそうだ。」
そうやって師匠は冗談っぽくそう言った。
「で、エンドウ。凍らせてみるのは良いが、コレが解凍できるまで時間が掛かるだろう?いくつか同じものを作ってみるか。」
こうして五つ同じものを作って小休止する。
「コレを増産するのにこの融けるまでの時間が長くかかるのは厄介ですね。いっその事そうだな?魔法で融かしちゃえばいいか。」
一番最初に凍らせたものに魔力を俺は流す。当然凍ったソレが早回しで融けるイメージをだ。
「せっかくだし、どれくらいの時間凍らせておくと変化が出るか確かめてみましょう!」
こうして五つあるガドンの果汁は時間差で解凍して果汁に戻していく。
一番長く凍らせたものは修行のために師匠が解凍した。俺が教えたイメージを師匠も同じように頭の中に思い浮かべて実践する。
その前の四つは俺が解凍していたのでソレを間近でジッと見ていた師匠はいとも簡単に再現できた。
こうしてできた五つのサンプルをまたしても師匠に試して見てもらう。
「体感的に凍らせた時間の長い三つ目と四つ目、それと一番長く凍らせた五つ目は変わらんな。逆に一番短い物は全然駄目だ。短いやつの二つ目は改良前の不味い物と同量、と言った所だ。」
「じゃあソレはつまり?」
「成功だな。」
俺はガッツポーズを決める。幾度も。
しかし師匠の方は静かなものだ。この魔力ポーションの改良に初めて成功した人物として喜んでもいいはずだ。俺なんかよりもそこら辺の事情を分かっている師匠の方が喜ぶ場面であるはず。
「師匠は嬉しくないんですか?」
「正直に言って、嬉しい事はうれしい。しかし、この成果は全てエンドウ、お前が居たからだ。お前が居なければこんな成果は出なかっただろう。だから、私がそうして大きく喜ぶのもどうかと思ってな。」
「師匠ぅ~?ダメですよ?一緒にもろ手を上げて喜んでくれなくちゃ!ホラ!バンザァ~イ!ばんざーい!」
こうして師匠は苦笑いをしつつも俺と一緒に万歳をした。
ちなみに師匠にはその後「ところで、バンザイとは何だ?」と聞かれた。
それから十日間を、一日に二十五本を作り上げる事を毎日の目標として、売りだす為の試作品を製作開始とした。
これらを先ず入れる容器が必要なのでソレをマルマルの都市へとワープゲートで向かい買い込みをする所から始めた。当然師匠の伝手で。と考えていたがソレはできない。師匠は若返ってしまったのでまだその姿を人目にさらさない方がいいと判断したからだ。まだ時期が早いと。
なのでそこら辺の事は全部クスイにしてもらう事になった。
実験成功したあの後に師匠と一緒にクスイに全ての事情を話しに行き協力を仰いだのだ。
もちろんクスイからは速攻でいい返事を貰えた。
「モチロン喜んでお手伝いさせて頂きます!」
かなりの勢いで喰いついて来たそのクスイの表情から「繁盛間違いなし」と言うのが簡単に読み取れた。俺が頼んだからその中には「命の恩人の頼み」という部分もきっとあったはずだが、それは俺の節穴の目ではクスイの表情から読み取れなかった
こうして先ずは軌道に乗せるための準備は整った。しかしここでちょっとした問題が発生する。
お金である。何事も大きな事を始めるためにはソレに投資する資金が必要である。だから俺は考えた。
「この森で取れるものを売りましょう!もちろん森が枯渇やら疲弊しない程度の量で!」
この思い付きに師匠は賛成の意を示してくれた。
「メルフェの実を一つ売ればかなりの資金源になる。お前なら簡単に取りに行けるんだ。採りに行くのに何の手間賃も掛からんのだからエンドウにはうってつけだろう。森の奥に行ったあの時に狩った素材を売れば相当な金にもなる。特にあの猿は高いぞ。」
師匠は若返っている見た目ではマルマルの都市にはまだまだ行かない方がいい。ならば俺が「お使い」に行かねばならないと言う事になる。
そうして話しあって結論に至り「行ってこい」そう言って俺を見送る師匠。
(初めてのおつかい・・・俺は何歳児であるか?)
自分がそれを今更の歳でしなくちゃいけない事に若干「おや?」と困惑しかける。
しかしこの世界の俺は何をするにしてもアレもコレも初めてである。以前の俺の生きていた世界でのTV番組の子供が受ける試練なんて目じゃ無いのである。
先ず前提として状況がおかしすぎだ。一体誰が原因不明の異世界への転移を予測できると言うのか?
こっちとあっちではそもそも全てが違う。そんな中で物価と通貨を多少理解したとは言え、自分の知る世間の常識は全く通じない異世界である。
そして魔物の素材、こんな向こうの世界ではありえない売り買いをしにいかねばならなのだ俺は今から。
その難易度はかなり高い。不安で不安でたまらないのだ。
クスイに相談して一緒に付き添いに来てくれないかと頼めば。
「私はこれから方々を駆け回らなければなりません。同行したいのは山々なんですが。」
と断られた。そして魔物の素材もクスイが買い取ってくれないかと投げかければ。
「その猿の毛皮は専門の所に売るべきです。とまあ言ってみてもソレを買い取れるだけの資金がお恥ずかしながらウチには在りませんで。専門の売りさばく販路も無いもので、申し訳ない。」
と言う始末。なので結局俺はこうして冒険者ギルドの入り口に一人立っていた。
そうして立っているだけでは何も始められないので中へと入る。そしてクスイに以前案内で連れて行ってもらった買取所へと足を運ぶ。
「どうも、買取をお願いしていいですか?」
そのカウンターに立っていた職員に声を掛ける。
その職員は釣り目で目つきが鋭く、への字口で「暇だ」と呟いている、もしゃもしゃの赤い長い髪の女性であった。
先ず真っ先に思う所は「暴走族か?」である。この買取所は閑散としていた。
ギルドの中に入った入り口はそれなりに他の冒険者が居たが、ここは全く人の気配が無い。
そんな中で俺に声を掛けられたその女性職員は「ん?」と一瞬俺の事に気付いていなかったと分かるリアクションをしていた。
「おー、おー、仕事だ仕事!どいつもこいつも俺がここに立つとビビッて素材を持ち込みやしない。何なんだってん、ったくよぉ。よっしゃ!久々に鑑定だ、鑑定!」
かなりドスのきいた声でそう愚痴を吐いた後に上機嫌になって俺の出した袋を掴む。
俺は今回この買取に関してあらかじめ袋を用意してその中に猿の皮を入れて持って来ていた。
何しろクスイに驚かれて、師匠には驚愕され、インベントリがこの世界では「ヤバい」と分かったからである。
なのでここで騒ぎにならない様にと気を利かせてこうして手間を掛けて持ち込んだのだ。
「・・・おい、こりゃどう言う事だ?テメエ、説明しろ・・・」
とそこにいきなりガン飛ばしまくりでその鋭い釣り目をより一層上げて俺を睨んでくる鑑定員。
「どう言う事だと言われてもな?皮を買い取りしてくれるだけでいいんだが?」
蛇に睨まれた蛙、たぶんこの目に睨まれたら誰もがビビッて緊張するから鑑定の持ち込みをしないのだと分かる。
しかし俺はそんな事でビビりはしない。普通に買い取ってくれればそれで解決なはずなのに、この鑑定員は詰め寄ってくる。
「こんな皮は今までで初めて見る。どうやってこんな剥ぎ取りをした?そもそもコレは剥ぎ取ったのか?違うだろ?剥ぎ取るにしちゃ傷が全く無い。しかも見事に一切無駄の無い剥ぎ取りだこいつは。おい、吐け!てめえどうしたらこんな風に皮を取れるんだ?ああん!?」
三体の猿の皮を台に綺麗に広げてあるソレを指さしつつもこちらを睨み、その顔をググイと近づけて俺のスーツの襟を掴んでくる。
「そんな性格してるから皆ビビッて素材の持ち込みをしないんですよ。ご自分で分かって無かったんですか?呆れるなぁ。」
俺はその掴んできている手を払いのけながらそう言ってやる。
その事に対しては何も文句を言ってこない。しかし、より一層皮をどうやって採ったのかを質問してくる。
「うるせえよ!それどころじゃねえ!こいつはどうやったのか答えろ!薬品に漬けて特殊な方法でやったのか?それとも何か特別な方法があるのか?どうなんだ!吐け!テメエ!」
より一層食いついてきて話すまで絶対に逃がさないと言わんばかりに仁王立ちになる鑑定員。
「俺の目の黒いうちはこんな皮を放っておかないぜ!こんな皮の採取が今後出来るようになれば常識が変わる!この上級鑑定士のゲルダ様が聞いてるんだ!ちゃっちゃと口を割りな!」
どうやらこの女性職員、上級鑑定士と言う立場らしい。しかも自分の事を指す場合「俺」を使うと言うお転婆まっしぐらのようだ。
コレは誰だって彼女に鑑定をしてもらいたいと思えない態度である。他の冒険者がいない事が良く納得できる。
「貴方の態度が改められるようにならなければきっとこの先も貴方に鑑定してもらおうと思う冒険者は現れないでしょうね。」
そう俺は冷めた感じで忠告する。彼女の怒鳴り声は離れた所まで良く響いていて、きっと他の冒険者にも聞こえている。そりゃもう凄く響いていたので今このギルドに居る人に漏れなく聞こえている事だろう。
こうして質問に答えない俺と上級鑑定士ゲルダとの睨めっこは続いた。しかも三分も。
いい加減、話が先に進まないので俺はとっておきのセリフを口にする。
「貴方がさっさと鑑定金額の書類を出してくれないのなら仕方が無いです。売るのを拒否しますのでその皮返してください。他の方が勤務についている日にまた来ますので。さあ、返してください。」
このセリフにまるで般若にでもなったかのような表情になるゲルダ。しかも怒ったのか顔を真っ赤にする。
「なんだと?もっぺん言ってみろ!こんな見事な今までに見たことも無い様な美しい皮を返せだとぉ!テメエふざけんな!売りに来たんだろうが!俺以外にこいつを鑑定なんかさせるかよ!」
どうやら俺の要求を無視する気のようだ。別に俺はこの皮をどうやって剥いたか?の質問に答えても良かったのだが、このゲルダの態度が気に入らなかった。
なのでどうしてもすんなりとは教えるつもりにならない。
無駄な時間がこのまま過ぎるのも馬鹿馬鹿しいので大声を出して責任者を呼び出す事にした。
「すいませーん!ギルド長を呼んでください!話があります!クレーム対応お願いします!責任者出てこーい!」
「おい!てめえ!話は終わってねえぞ!答えろよ!どうやったらこんな風に皮を採れるのか!おい!」
俺はゲルダの追及を無視して同じセリフを繰り返す。こうして三回目に俺が声を上げた時にその人物は現れた。
「ゲルダ、黙れ。どうも、私がこの冒険者ギルドの責任者です。名をミライと言います。以後お見知りおきを。さて、事情は聞こえていました。申し訳ございませんね、うちの問題児が。そのお詫びと言っては何ですが、よろしければ鑑定が終わるまで客間にておもてなしさせて頂きたいのですが、どうでしょうか?」
ギルド長ミライと名乗った彼女が来た途端に口をピタッと閉じたゲルダ。
そう、ギルド長は女性であった。グラマー美人でウェーブのかかった肩までのその髪はフワフワで紫色である。
肩、胸元が大胆に出たセクシードレス、脚が出ている部分はこれまた深くスリットが入っていてチラチラと眩しい太腿が見え隠れするどころかバッチリと目に入る。
この申し出に俺は「そうさせて頂きます」と一言だけ出してその客間へと案内してもらう。
その間ゲルダと言えば俺の背中を睨みつつ「ぐうううう」と唸り続けていた。
ギルド長の案内で入った部屋にはテーブルに茶菓子が用意されていた。どうやらマドレーヌに似ている。
そうしてソファに座るとお茶を出されたが、香りがこれまた紅茶であった。
見た目は少しだけ濃い赤ではあるが透き通っており、香りも凄くイイものだった。
お茶を一口飲み、菓子に口をつける。
「ウマイ。コレ美味いなぁ。んで、懐かしい。」
これらは俺の世界、地球での紅茶とマドレーヌで間違いないと言える味であった。
(こっちは全然向こうとは別の世界なのに似たようなモノが潜在するんだなぁ)
奇妙な所に感心しているとギルド長がこちらへと謝罪をしてきた。
「申し訳ありませんね。貴重な時間をあのように無駄に使わせてしまって。あの子は二十歳になるんですけど、どうしてもあんななので、嫁の貰い手が居なんですよ。本人は鑑定が面白くて大好きだからそんなのは要らないなどと言って。貴方が持ちこんだあの皮が余程珍しく映ったのですね。あんな風にどうやったら皮を剥げるのかお聞きしてもよろしいかしら?」
ギルド長は喧嘩腰に聞いてきたあのゲルダとは違い、ちょっとした会話の流れから「自然な疑問です」とばかりに質問を入れてくる。
結局はゲルダもギルド長も聞きたい内容は同じなのに、こうして「答え」を話してもいいかな、と思えるのはやはりギルド長の方である。
「魔法ですよ。簡単な事です。」
この短い答えに目が一瞬真ん丸になったギルド長。しかしその後すぐに目を細めて俺を睨むように見つめてくる。
「魔法ですか?して、どの様に魔法を使用するのか具体的に教えて頂いても?」
「知りたいですか?では、その答えの対価はいかほどに?あのゲルダ上級鑑定士は「今までにない」と口にしていましたよ。ならばそんな情報は対価無しには答えられません。貴重な情報は何物にも代えがたい物です。」
この俺の言葉にギルド長は目を暫く閉じたままになった。その間俺はゆっくりとお茶と菓子を楽しむ。
そんな中ドアをノックする者が現れる。ギルド長が俺に許可を求めるように目線を送って来た。
そこへ入ってきてもいいと言う合図を送る。一つ頷くだけではあるが。
どうぞ、とギルド長が一言口にした後に部屋へと入ってきたのはゲルダだった。
その手には鑑定金額の書かれた用紙がある。それをギルド長に差し出して一礼し去って行った。
その紙の中身をよく読んだギルド長は頭を額に手を当ててうーんと一つ唸る。
どうやら前代未聞の皮である事が「入った」金額になっているようで。
「あの皮は一枚で魔法金貨一枚と鑑定が出ました。本当に頭が痛い・・・」
あの猿の皮はどうやって剥けたかと言うと、頭のてっぺんからへその上辺りまで一直線に綺麗な切れ目が入って、まるでそこから被り物でも脱ぐかのようにスルリと剥けたのだ。
魔法は何と怖いモノなのだろうかとその時は戦慄したが、こうして魔法金貨一枚と言う鑑定結果が出た事で俺はその事を忘れる。
「確かにあのバッドモンキーは狩る事が難しく大変珍しい物。これだけの値段が付くのは当たり前でしたか・・・」
どうやらあの猿は大分狩るのが困難であるようだ。一匹の全身皮であっても激しい戦いを繰り広げる事によって全身傷だらけで買取で著しく値段が落ちるのだと言う。
猿は大分器用で武器を持って戦う事も慣れており、仲間を呼んで集団戦になったりと、一匹討伐するにしても非常に、かなりの難易度を持つモンスターであるそうな。
そんな魔物の皮を綺麗なままで三頭分。傷と言えば俺が放った雷であいた穴と皮を剥く際の魔法で入った切れ込みのみ。
流石にこれだけの一品を買取となると相応な値段をつけるしか無いようだ。
「確か・・・あの伯爵様は剥製を飾るのが好きだったはず・・・一枚分はイケるから・・・後は他に工房をいくつかと・・・」
ギルド長は美しい顔を少し苦い表情に変えつつ頭を抱えて悩み始めた。
俺の事はほったらかしになりかけている。どうやらついた金額が回収できるための売るプランを考えてしまっているらしい。
先程まで俺に魔法での剥ぎ取りに関して「対価」をどのようにしたらいいか考えていた姿は今は無い。
俺は別にこれに機嫌を悪くする要素は無かったので静かにお茶と菓子のお替りを部屋の中で待機していたメイドさんに頼んだ。
と、ここでようやっと目途が立ったらしいギルド長が顔を上げる。
その表情は美しい笑顔に戻っていた。営業スマイルと思われる。
「では、お時間がよろしければお手続きを致します。受付へお願いしたしますね。では、私はお先に席を外させて頂きまして。本日は当マルマル冒険者ギルドのご利用、ありがとうございました。」
そう言ってギルド長は部屋を出て行った。
その後、俺は齧りかけのマドレーヌの残りをヒョイと口に全て放り込んでお茶で流し込み席を立ちあがる。
「じゃあコレで一仕事終えたな。」
こうして俺は手続きをする為に部屋を出るとそこにはどうやらここの職員が出迎えていた。
「今回のお手続きは私が担当をさせて頂きます。どうぞ、こちらへ。」
こうして買取所の方へと案内されたのだが、その途中にある部屋へと入ってくれと言われた。
そこにはカードの読み取り機か何からしい箱がテーブルに置いてあるだけのシンプルな小部屋だった。
「申し訳ありませんね。買取所の方に行ってしまうとゲルダがうるさいと思われましたので、急遽このような狭い部屋で。大変ご迷惑をおかけしますが、どうかご勘弁を。」
配慮されてのこの部屋での手続きらしかった。
「構いませんよ。では手早く済ませてここからおさらばするとしましょう。」
この俺の返事に職員は苦笑いをする。どうやらこの職員もゲルダから相当迷惑を掛けらているんだろうと察っせられた。
鑑定用紙はそのまま契約書になっており、買取金額の下に名前を書く欄があったのでソレに署名する。
その紙はテーブルの上の箱の上に置かれる。
「カードをよろしいですか。お預かりします。」
俺は懐から出したかのように偽装しつつ、インベントリ内から冒険者カードを取り出して職員に渡す。
すると箱の横にあったカードを差し込むのだろう隙間部分に職員はカードを入れる。すると紙が光って消えた。
「はい、これで終了で御座います。また何かありましたらどうぞお気軽に当ギルドにいらしてくださいませ。」
カードを返却され綺麗な一礼をされて部屋から早速出る俺。
(あれ一体どんな風になっているのだろうか?まあ別に気にしなくてもいいや。今はギルドを出てクスイの所に戻らなきゃな)
俺はこの金額を全て下ろすために受付へとおもむき、引き下ろしの手続きをお願いした。その時の受付嬢のあの驚き顔は半端では無かった。
こうして予想を超えて結構な金額になった事をクスイと師匠に相談せねばならない。俺と師匠とクスイ、三人共同名義での改良魔法ポーションを売り出すのだから、この皮を売った資金をどのように運用していくかはクスイに全面的に頼むつもりでいる。
素人が商売に首を突っ込むものではない。餅は餅屋に、だ。
こうしてギルドの出口が見えた所で俺は声を掛けられた。
「おう、お前そんなヒョロイ恰好してお貴族様かよ?冒険者舐めて貰っちゃ困るんだがなぁ?」
このセリフは前回俺が冒険者に登録しに来た時に聞いたセリフである。
このセリフをその時に言った人物はカジウルと言う名だったはずだ。
しかし、今回掛けられたその声は、その時に聞いた本人の声とは全く違う男の声であった。
振り向けばその男はモヒカン頭で、後ろにヒョロヒョロな出っ歯の男、背の低いゴリラ面の男を引き連れて俺を囲んできた。
「おう、今なら俺たちがお前に冒険者の何たるかを教えてやるぜ。しかも金貨一枚でな。」
俺の事を睨みつつ額に「鴨が葱背負ってやって来たぜ」と分かり易く書いてあるモヒカン。
コレはいわゆる恫喝だと思われた。何せ俺の見た目はこの世界では見たことも無い服。スーツ姿。目立つ。
しかも見た目が十代後半、もっと悪く言えば前半などと呼ばれてもおかしくない幼い見た目。
それでいてこのギルドで見かけない顔。いくつか上げて見ても「あ、コレはヤバい」と言えるくらいに絡まれる要素満載である。
この世界でもきっとむやみやたらにつっかっかて来るような者は少ないだろうと、そんな基準でいたのだ。向こうの世界の常識に当てはめて「あり得ないよな?」と高を括っていた。
しかしこうして突然の事に心の準備と言えばいいか、それができていなかった。
キョトンとした俺に何を勘違いをしたのか、このモヒカンは値段を釣り上げてくる。
「おうおうおう、そんなにビビっちゃっていいのかよ?俺たち三人分で金貨三枚だぜ?さあ、あっちに行ってお話しようかぁ?」
この世界の「法」を俺はまだ詳しく知らない。しかし、このギルド内であからさまな恫喝行為を慣れた様子でしてくるこいつらを見れば大体察しがつく。
(法律がザル、もしくは警察機構が怠慢、もしくは冒険者は冒険者同士で話を付けろ的なアレだな)
ゴクロムの姿を思い浮かべれば、彼がこういった者たちを放っておくビジョンは浮かばない。
法律がスカスカなのはこのマルマルの都市のまるで「古い西洋の」的な風景に予想はできる。
それらを加味して考えると、どうしても最後の考え方がしっくりくる。
「あー、冒険者と言う職業は自己責任な訳ね。法に触れなければ自由?トラブルには自己対処しろって事なんだろうなぁ。」
モヒカンに肩に腕を回されそうになったが、しかしモヒカンはそれ以上動けない。何故なら。
「あ、脚が動かねえぞ!?んだこりゃあ!?ちょ!ウゴ!ウゴ!ホントに動かねえぞ!オイ、テメエ何しやがった!」
どうもこうもそんな事をするような人物はこの場に俺しかいないのだから何しやがったなどと悠長な事を言ってられないと思うのだが。ただ単に俺の魔力が床を這って奴の足と床を接着しただけである。
しかも相手が俺の魔力に「抵抗」すれば簡単に抜けだす事ができるイメージも少し混ぜてある。
そうコレは只の脅しだ、彼らがやった様な。しかしその中身は静かでスマートな方法を使ったやり方なだけに過ぎない。
しかし、そんな事をこいつらはまるっきり分かっていないようだ。そう、三人とも俺の魔力で足を接着されている事なんてわかってもいない。。
こいつらは足が床からはがれないので、上半身を一生懸命振って動け動けと踊り始める。
まるっきり俺が「脅している」と言う事が理解できておらず、自分たちが逆に追い詰められていると言う自覚も頭に無い。
俺はそんなトライアングルの中から早々に脱出していた。
「テメエ!逃げんなコラ!コレを解きやがれ!」
「ふざけるなぁ!待てコラ!出て行こうとするんじゃねぇ!?」
「マジでブッコロ、あ、いや、すいませんでしたぁ!俺だけでも動けるようにしてください。お願いしますぅ!」
最初はモヒカンが、続いてゴリラ面が俺を怖くも無い脅しで怒鳴ってくる。
しかし早くも謝罪を口にして懇願してきたのはヒョロ出っ歯である。
「テメエ!裏切るのか!ぶん殴る!」
モヒカンは怒りの形相でヒョロ出っ歯を睨むが、怖くない。何せその場から一歩も動けていないからだ。
手を伸ばしヒョロ出っ歯の胸倉を掴もうとしても届いていないのだ。それ以上伸ばせば状態が保てずに倒れるギリギリである。
「あ、あのぉ。俺も謝るんで、コレ、解いてくれませんかね?」
次に裏切ったのはゴリラ面である。何とも言えない空気がこの三人を包んでいた。
「テメエもか!よし!お前もぶん殴る!」
さっきと言っている事は同じ。しかも手が届かないと言う状態も同じである。
どう考えてもこいつらは馬鹿であった。その馬鹿劇場を俺は振り向きもせずにギルドから出て行った。
(あそこで一日反省して貰おう。徹底的に。かつ、念入りに。ああ言う馬鹿は心の底からぽっきりと折っておかないと何度でも突っかかってくるだろうからなぁ)
こうして俺は奴らを無視してクスイの店へと向かう。
奴らが自力で抜け出せたらソレはソレ。しかしあの馬鹿具合である。その映像が俺の頭の中には浮かんでくることは無かった。
こうして店に戻ると丁度戻って来ていたクスイに俺は今回稼いだこの猿の皮の金を全て渡す。
「コレでどうにか軌道に乗せるための資金にはなるかい?足りなかったらもうチョイ出せる。すぐに言ってくれ。」
猿以外の素材をギルドに売るのをわすれていたので、後で追加資金が欲しければ何とでもなると伝えておく。
「・・・エンドウ様、賢者様、大賢者様。このような大金を私めに預けるのですか?本当に?もしかしたら軌道に乗せられずに失敗に終わるかもしれないのに?」
最初にこの話をした時のクスイの勢い凄い食い付きとは打って変わり、少々お金の事で声のトーンが下がる。
だがしかしこのクスイの心配を俺は気にしない。別に駄目であったなら駄目で構わないと思っていたからだ。
「そうしたらそれはソレ。売れなくて手応えを感じれなかったら、世の中が求めていなかったと思ってこれ以上はやらかさないよ。クスイは俺と師匠の成果をどれだけ世の中が評価して流通に乗せようと動くかを試してくれるだけでいい。クスイには手間と労力を掛けてしまうかもしれないけれど、お金の件で損はさせないつもりだから、安心してやりたいようにやってみて。あ、もしかしてクスイの考える流通の規模にお金がこれじゃ足りてない?」
「馬鹿を言わないでください。ほら、分かりますか?震えているんですよ私の手が。これ以上出せと言う方がどうかしてます。お金に関しては充分過ぎて言葉が出ないですよ。過剰と呼べますね。まだまだ本格的に売り出す事にはなっていないのに、準備金でいきなりこれでは・・・こんな小さな店にどこまで手を広げさせようと考えておいでですか?」
クスイは俺と二人しかいないので若干敬語である。俺はそれに自分の答えを述べる。
「改良魔力薬はクスイに全て一任するつもりだけど?師匠がこの考えに乗ってくれたら全部任せるよ。製造ラインが必要で工場を作るならその資金を出すし、それに雇う為の人の給料も暫く出していい。販路の確保や商売の手を広げる伝手を増やすのにも協力するし。製作の為のレシピもクスイに渡すよ?師匠に今その資料を作って貰っているから。」
この俺の考えにクスイは眩暈がしたのか椅子へともたれ掛かる。それはかろうじて寄りかかっているから立てていると言ったくらいにクスイの腰は抜けていた。
「師匠も俺も、確かに金儲けは悪い事じゃないと考えてるから俺たちに入るお金ができればそれはそれでいい事なんだよ。それ以上に世の中を変えたい、って感じなのね師匠は。だから俺もある程度はそれでいいかな、って思ってる。お金はあったらあったで嬉しいけれどね。でも師匠がそんな感じだからソレに俺も乗っかる事にしたんだ。」
俺のこの言葉にクスイが気合を入れなおした。
「私も商人でありますれば、世の中を変える、などと言う商いに奮い立たないわけにはいきませんな。分かりました。トコトンやりましょう。ならば先ずは用意していただける最初の魔力薬で売り上げが何処まで好調に行くか試してみなければ始まりませんな。」
市場調査は分かりきっていた。マズイ魔力薬は売れ行きが悪い。
しかし、そこに美味しい「お薬」があればどうだろう?物は試しと買う者が確かに居るはずである。
ならばそれを目立つように先ずは売りださなければならない。知って貰えなければ話にならないのだから。
ここは看板娘?のミルに頼んで店頭販売と行こうじゃないか、と俺とクスイは盛り上がった。