犯人探しにあちこちと
メイドさんが次に行くはずだった場所は大分遠く、かなりの距離を歩いた。途中ですれ違う衛兵、メイドたちに「何故殿下がこんな所へ?!」と驚かれていたりもした。
そう、普段なら王子様が来ないような場所に来ているからだ。ここは各部屋から回収されたシーツを洗濯した物を干す場所らしい。目の前が真っ白である。
風になびくその真っ白なシーツがもの凄い数である。それはそうだ。何せここは御城である。部屋の数が幾つ有るか知れたものでは無い。それらを集めて一斉に洗濯、干しているのだから。
そこに従事しているメイドが口々に文句を付けていた。王子様がすぐ側まで来た事など知らずに。
「あの子は何でこないの?おかげで私の仕事が増えたわ。サボってるんじゃないでしょうね?」
「あらやだ。あの新人いきなりバックレ?お説教が必要だよね~。」
「あんたらちょっと考えが浅いわよ?病気で突然倒れたとか、緊急事態だと言って他の場所に呼び出されているかもしれないじゃない。早まった事は言わないの。さあ、仕事仕事。」
「良いじゃない、ちょっとくらい。実際にあの娘来てないんだから。色々と妄想くらいはさせてくれてもいいじゃない?」
「それを口に出すっていうのが品が無いというんですよ先輩方。まあ長年ここで働いているので口も動けば手も動かしてるのは凄いですよね。私はまだ慣れて無いんでどうしても止まりかけちゃうんですよね。慣れなんですかねこう言うのは?」
かしましい、と言えばいいのか。メイドさんたちは各自好き勝手にお喋りしながらも仕事は熟し続ける。器用なモノだ。いや、年季が入っていると言ったら良いのだろうか?
と言った冗談はさておき、王子様がそこに声を掛けた。もちろん先ずは遅刻の理由を説明するためだ。
「やあ、君たち。仕事の手を少々休めて私の話を聞いてくれないか?あ、いや、そのまま仕事をし続けたままでもイケるかな?」
やいのやいの言っていたメイドさんたちがこの声に「は?」と言った感じで振り向いた。一斉に全員が。
そこにこの国の王子様が居たのだからまあその時の驚いた顔と言ったら顔面崩壊しかける程だ。
突然の王子様の来訪で、身体が緊張と言う反射で「ぴょん!」と軽くメイドさん全員が飛び上がっている。
「で、ででで!で、ででで、でん!でん!?殿下!?」
ここの代表の一人なのだろうメイドが上手く喋れずに思いっ切り噛みまくる。コレに落ち着く時間を設けるように王子様は沈黙する。
「え、えーと?このような場所に殿下がいらっしゃるというのは・・・私たち、何か失礼を?あ、もしかして殿下のベッドのシーツに汚れが?も、もしくは古いシーツで一部がほつれてぼろくなっている物を使用していましたでしょうか・・・?」
王子様の顔色を窺うように、冷静になり始めた代表メイドが話し出す。
「いや、そうじゃない。いつも君たちの仕事のおかげで私はぐっすりと毎晩眠れているよ。ありがとう。」
そう言って礼の言葉を掛ける王子様。コレにメイドさんたちが「勿体なきお言葉」と言って頭を皆タイミングピッタリに下げる。
そもそも今日は王子様は暗殺の件でぐっすりと眠れていないが。それはまあ良いとしてだ。
「で、落ち着いてくれたようだから、説明をしたい。彼女の件だ。」
そう言って王子様が操られて暗殺を仕込まれていたメイドさんを呼ぶ。このメイドさんは王子様の背中にずっと隠れていた。こうして呼ばれてやっと前に出る。
「さて、驚かないで聞いて欲しいのだが。私は今日暗殺されかけた。その犯人探しをしに私自らここに来たという訳だ。君たちの話を聞かせて欲しい。」
この説明にメイドさんたちはギョッとした顔に漏れなくなっている。それはそうだろう。いきなり王子様がメイドと言う立場の相手如きに暗殺されかけた事を口に出したのだ。
しかも自身で犯人探しなどと言っている。危険も危険だ。普通なら部下に指示を出して調べさせ、自分は安全な場所に避難して隠れているべきだ。驚くのが当たり前だろう。
そしてもしかしたら自分たちの発言に犯人を捕まえるためのきっかけがあるかもしれないと考えが及んだのか、メイドさんたちの中に非常に高い緊張感が漂い始める。
「さて、このメイドはその暗殺の件に巻き込まれてね。こうして身の安全と事情聴取などで遅れてしまったんだ。申し訳ないね。彼女を責めないで上げてくれ。で、この彼女なんだが、仕事へと向かう前にどうやら犯人に一服盛られたらしいんだ。さて、彼女が気分が悪くなった時に側に居た者は?」
この質問に一番年齢がこの中で低いだろうメイドさんが発言の許可を得るために手を挙げた。それを王子様は一つ頷いて話を促す。
「あの、私は彼女と同じ控室に居たんですけど。仕事があって先に部屋を出たんです。でもその時に忘れ物があって取りにすぐに戻りました。その時にメイドの控室の側に王宮魔術師を見かけました。別にこそこそしていた訳じゃ無く堂々と歩いていたからその時には何もおかしな事は無いと思ってました。顔は見ていません。後ろ姿だけです。部屋に入った時には彼女はちょっとだけ怠そうな雰囲気でしたけど、すぐにいつもと変わらない感じで仕事に向かったんで変には思いませんでした。報告せずに申し訳ありません。」
どうやら犯人は王宮魔術師、と、まだ確定はしていないがその可能性が高いようだ。
「謝る事では無いよ。頭を上げてくれないか。ああ、ありがとう。他に気になった事、小さい事、些細な事でもいい。何かいつもとは違う事が無かったか教えてくれないか?」
しかしこれ以上は何も情報は出てこなかった。こうなるとここにはもう用は無い。
「情報感謝する。ありがとう。では仕事を中断させて悪かったね。じゃあ続けてくれ。では。」
そう言ってこの場を去る王子様の後ろを付いて行く俺。そして次に向かう場所を訊ねてみる。
「次はやはり王宮魔術師の所に向かうんですか?一々王子様が犯人を捕まえようとするのは如何なモノでしょうかね?とは言え、人手が足りていないんでしたっけね?」
「ああ、そうだね。とは言えこんな酔狂ができるのはエンドウ殿が私を守ってくれるからだね。いい加減命をこれほどまでに短い間に何度も狙われたら、仕返しの一つもしてやりたいとも思うが故でもあるけれど。私はそこまでできた人間じゃないからね。ソレと、こうした事は冗談でも言ってはいけないんだろうが、気晴らしだな。」
と苦笑いしながら俺へと返事をしてくる。どうやら俺はかなり頼りにされているらしい。ならばここでその期待に応えても良いかと思える。
しかしこれ以上は俺のこの馬鹿みたいな魔力量と魔法の出鱈目さは知られたいとは考えない。この流れ的に言うと、王子様も後で俺の事を「賢者」だなどと言ってくるだろう。
どうにも俺とこの世界の住人には「賢者」といった言葉に対しての認識のズレがあり、俺にはそれがどうにもむず痒い。なのでこれ以上俺を賢者だ等と言う輩は増やしたくないのだ。
でもそれも既に遅いかもしれない。このまま王子様の護衛をし続ければ俺の事も段々と知られていくだろう。そうなれば王子様だけじゃ無く他の者たちも俺を賢者呼ばわりする者が出てこないとも限らない。
それこそ王子様が俺を賢者認定でもして大々的に広めようとしようものなら、全力で止める所存だ。そんな事は勘弁願う案件である。俺を賢者呼ばわりする者が大量発生などされては堪った物では無い。
しがらみと言うのは自分がそれを捨てようと思って行動しても、中々そうすんなりとはいかない、と誰だったかが言っていた様な気がする。
そうして長い廊下を歩いていれば到着だ。ここにはデンガルが居る。先ず王子様はデンガルに聞きたい事があるらしい。
そもそもこうして城の中を歩き回る時間が確保できたのは書類仕事を早く終わらせられたからだ。今日と言う時間はまだまだ残っている。
なのでメイドから貰った情報を確認するためにこうしてデンガルの所に訪問しに来たという具合だ。
「デンガル、私だ。居るか?」
「はいはい、殿下。どうぞ入ってください。」
またこのやり取りである。前回来た時と変わらない。いや、変わるとしたらここに護衛の騎士が一緒に居ない事だろうか?今頃は話題になっている事だろう。ピクリとも動けずにいる事が。
こうして部屋に入るとデンガルは書類仕事を終えた後の様でお茶を啜っていた。
「殿下、何やら深刻な事でも起きましたかな?表情に出ていらっしゃいますな?」
「相変わらず変な所で鋭さを出すよなデンガルは。いつもは魔法の事で頭がいっぱいなはずなのにな。」
王子様は苦笑いしつつもメイドに一服盛った者が居る、という話を振った。俺はこれに「簡単にそんな事バラして良いのか?」と考えるが、別段王子様はこの事を隠し立てする気は無いらしい。
「はて?そのような余裕がある者はこの研究棟にはいないはずですがね?ここは研究と言う仕事にどっぷりと嵌った者たちしかおりませなんだ。そのような事に動く者は一人として居りますまい。ましてや殿下への暗殺のため?ですかな?そのような王族関係のゴタゴタに一々自ら首を突っ込もうとする研究者は居ないでしょう。いくら金と名誉と地位を約束されてもその様なマネをする者はここには居ませんな。」
ここで働く者はどうやらデンガルが選別して働かせているらしく、陰謀ごとに手を貸す馬鹿は選んだ覚えは無いと言う。
「ありがとう。それが聞けて安心した。そうなると、その「仕込み」をした者は攪乱を目的としてその様な格好をしてワザと姿を見せる様な真似をした可能性があるな。もしくは・・・あのメイドが嘘を吐いていた可能性も否定はできないか。」
王子様はそう口に出す。それは要するに仕込みをした者は「存在」しないと言う事。虚偽を王子様に教えたと言う事。
その裏側を考えるとその「仕込み」はあの中で一番年齢が低いと見られる、証言をしたこのメイドが一服盛った可能性もあると言う事。
ソレを又もや考えれば、そのメイドは王子様暗殺の黒幕側と言った所だ。そんな所まで魔の手が伸びていると言うのはかなりの手の込みようだ。
「ではでは、エンドウ殿、今日も一つ魔法談議を・・・」
と言ってデンガルが俺へと魔法の事をもっと色々と教えてくれと迫ってくる。それに俺はちょっと引きながら。
「魔力を薄くして周囲へ広げるのはもうできましたか?それができるようになってから、と言う事で。それと、何かまた教授してくれ、と言うのであればそちらからも何かを差し出していただかなければ。」
この俺の求めにデンガルが「ぐぬぬ・・・」と難しい顔になる。どうやらまだ魔力ソナーは上手く行っていないらしい。コレでここには用は無くなった。王子様は部屋を出ていく気配だ。そこにデンガルが俺へと待ったを掛ける。
「せめて、どうにか何か小さい事でも良いのです。切っ掛けを頂けませんかな?あの後何度も試しては見たのですが・・・どうにも上手く薄くできずに悩んでおるのです。それとそれを広げる事も。」
申し訳無い、と言った感じの顔で凄く悔しそうにデンガルは俺にヒントを求めてくる。しかしコレに俺は適切なアドバイスはできそうも無い。こればかりは自分の感覚が大事だ。
なのでこの場を誤魔化すだけのテキトウな事言ってこの場を後にする事に。
「柔らかい発想が重要ですね。デンガル殿はもしかしたら「硬い・固い」のかもしれません。そこをやはり柔らかいモノにできるかが鍵なのではないでしょうか。それでは。」
俺はニュアンスの違う二つの「かたい」を伝えてみた。後は本人が頑張って頂くしかないだろう。
こうしてデンガルの部屋を出ると王子様が少々苦い顔になる。
「危ないな、あのメイドが。もう一度彼女たちの所に戻ろう。」
危ないメイドとは、操られたあのメイドの事である。もし、あの時に証言した歳の低いあのメイドが一服盛った犯人だとするならば、証拠隠滅として動き出す可能性がある。
「急いで戻ろう。あのメイドはエンドウ殿の側仕えにしておいた方が安全であるだろう。」
王子様は駆け足で廊下を走り出しながらそう言った。
「あ、ちょっと!そう言うのは要らないんで勘弁してくれます?と言うか、確かに俺の側にいてくれるならその安全の保障はしますけどねぇ。」
走り出した王子様に付いて行きながら俺はそう言い返す。メイドさんが俺に専用で付くなどと言ったふざけた事は止めて頂きたい。
身の回りの世話をされるのはこちらの精神にクルものがある。こちらが一々恐縮してしまう。俺はそんなご大層な存在では無い。
さて、俺は魔力ソナーを使い、その範囲に入った人の「識別」は余り常時しておきたいとは思っていない。
その相手の感情が一目で色で見分けられると言うのは正直に言って相手に失礼だし、そもそも俺自身もそういったモノが目で見えてしまうのは正直に言って一々神経を使って苦しい。相手のプライバシーと言うか、感情に対して余りにも配慮に欠けていると思うから。デリカシーに欠ける?と言えば合っているのか?
ソレとついでに常時人の頭の中身を魔法で読む事もあまりやりたくは無い。いつもニコニコ顔で素知らぬ風の優し気な人の頭の中が本当は「妬み恨み嫉み憎しみ」で詰まっている、などと言った場面に遭遇したらこっちはかなりのストレスだ。分からない事があるからこそ、見えない部分があるから世界は美しい、そんな皮肉にお目に掛かりたくは無い。
ソレとついでに問題に直面した際に余りそうやって魔法で何でも解決!とか言った事をしていると「思い考える」と言った事をどんどんと放棄してしまいそうな恐怖があるので控えたいのだ。
追加で、人の思考を読んで「何でもお見通しだ!」などと言った事を繰り返しているとそれだけで周囲が俺を賢者呼ばわりする要因の一つになってしまう。それは避けたい。
だけどもここは緊急事態だと思って魔力ソナーの範囲を広げて色識別がしっかりと反応するように準備をしておいた。
王子様が急ぎ足で廊下を走るのだ。何事かと周りでそれを見かけた者たちの感情や意思が色で見えるのは仕方が無い。
もしかしたら悪意を持って王子様をまた狙ってくる者が居ないとも限らない。なのでここは一応は護衛と言う事で俺も頑張らねばならない場面だと思った。
こうして王子様の探偵ごっこ?に損な縛りを入れて付き合うのは確かに面倒だけれども。
そして先程の洗濯干しをしていた場所に近づいてきた時にその声は聞こえた。
「きゃあああああああああ!」
悲鳴だ。しかもあの操られて王子様を襲ってしまった、被害者のメイドの声だ。
「しまった!諦めていなかったのか!あの叫び声では一歩遅かったか!?」
と王子様が言ったと同時にその現場へと到着する。そこには尻餅をついている被害者のメイドさん。全く以て無事だ。
ソレはそうだ。俺が「保険」を一応掛けていたからだ。一度有る事は二度、二度ある事は三度、などと言うものである。このメイドさんの口封じをしようとする者がまた現れる可能性を考えて掛けておいたのだ。
そしてこのメイドの命を狙ったのはあの「証言」をした一番年下と見られたメイドだった。ついでに言うとこのメイド、今の俺の脳内でのマーカーが「赤」だった。
「スゲエな・・・「プロ」って事か。最初に会った時のアレは、自分の意思とか感情を意図的に完全にあの時は抑え込んでいたって事か。だけど嘘を吐いたらソレが俺の頭の中で「反応」してたはず。じゃあ証言は「本物」だったのか。恐れ入ったとはこの事か。見落としとか、落とし穴とか、思考の死角を突かれたって感じじゃない。完全に俺の負けだな。」
でも被害はゼロである。犯人のメイドは王子様と俺の姿を見て大きく盛大に舌打ちをした後に逃走を図ろうと背を向けた。
でも、舐めないで欲しい。俺の魔力ソナーの展開の広がる反応速度を。背中を向けた犯人は既にその状態からピタリと止まった。
「動けない!?・・・魔力を纏わされているな・・・ぐ、ううううう!」
犯人はどうやら自身の身体から魔力を解き放って俺の拘束を解こうとしている。初めてだ。俺のこの「必殺魔力固め」から脱出しようと魔力をぶつけてきた奴は。
しっかりと自分が動けないのはどうしてなのかを冷静に探って、それが魔力で全身を覆われ固められていると見抜いたのだ。
この犯人は幼い見た目からは想像もできない程に「修羅場」を幾度も潜り抜けてきたのだろう。そしてもの凄く優秀だ。分析力も、魔力を即座に放出し、脱出しようとする判断の速さも。
そして俺の魔力固めは見事に破られて犯人がまた走り出そうとする。でも、さっき破ったはずの拘束がまたしてもその身体を動かなくさせた。
「な!?何故だ!?完全に破ったはず!また動けないだと?ならもう一度だ!」
またしても犯人が魔力を放出、拘束を破ろうとする。そして先程と同じように動けるようになり、もう一度逃げ出そうと、走り出す構えになるが。
「ど!どうしてだ!?またもや拘束されるだとォ!?どうなっている!これだけの魔力を何度も早々に放てる訳が無いはずだ!?」
犯人はもの凄く驚いた様な、それでいて怒りを滲ませた焦った言葉を吐き出す。そしてまたしても同じ行動を繰り返す。
動けるようになり、また拘束され、またそれを破ろうと魔力を放出。動けるようになり、また拘束される。
それを幾度か繰り返した所で犯人はどうやら魔力が切れたようだった。あっぱれだ。逃げ出せる可能性があるなら何度でも試みるその姿勢。諦めない態度。流石一流の刺客、と言った所なのだろう。
まあ捕まれば死罪は免れないだろうから、必死になって逃げようとするのは当たり前だ。でも、こうした者たちは誇りと言うモノを大抵持っているものだ。
諦めないで行動して、さて、限界を超えても無理だった。となれば、捕まるしかない。そうなれば犯人を吐かせようと拷問される事になるはず。依頼主の事を吐かないと言うのはこうした流れだと「お約束」だろう。
行きつく所は逃げ出せない「死」だと確定したも同然だこの時に。だからこうした場面では「自殺」がお約束だ。ここで捕まって後々で痛めつけられて死ぬくらいなら、今この場、この時、この瞬間に死んだ方がマシだ、と。
「でもさせないけど。良く映画とかでもそう言うパターンあるよねぇ。自殺されて情報を取れなかった、とか言う場面。まあこう言う場合は大抵は口の中に毒薬を仕込んでたりとか?それと、まあ俺の我が儘なんだけどね。こんな幼い見た目の「女の子」が目の前で死ぬとかね、ホント、勘弁して欲しい訳よ、俺としては。で、その事で王子様に相談なんだけど。」
犯人の少女は振り向けないで、そのまま俺の言葉を聞いている。先程までは喋れたが、今は完全に口の動きも固めてある。まだ確かめてはいないが、口の中の毒薬の効果を発揮させないためだ。まあ本当にそんなモノを仕込んで有るのか、無いのかは今から調べる事になる。
王子様がポカーンとしている間に俺は犯人の少女の口の中を覗き込む。ちょっと背徳的な感覚を覚えるが、そこは直ぐに忘れる。
俺は魔力を操作して口を大きく開けさせて何かしら異物が無いかどうかを魔力ソナーを掛けて探す。
「お?コレ?かな?・・・良し、取れた。後はさて、王子様。この犯人の少女、俺の預かりにして貰えないかな?」
この申し出にやっとの事で王子様が気を持ち直す。
「は!?ちょっと待ってくれ!幾らなんでもソレは・・・いや、そうだな。構わないよ。多分いくら拷問したってどうせ喋ろうとはしないだろう。私だって幼い者をいたぶる趣味は無いしな。それこそこの場で殺す事だって気分が悪く感じるのは同じだ。幾ら訓練された暗殺者、刺客だとは言えエンドウ殿の前では赤子同然だな・・・で、エンドウ殿。どうするつもりだ?」
今ここには他に居たメイドたちは逃げ出していてもう居ない。尻餅をついて放心している被害者のメイドと王子様、それと俺と犯人の少女だけ。
このままここに居れば他の騎士たちがここに集まって来てヤイヤイとうるさくなる事だろう。
「ここじゃゆっくりと話もできそうも無いんで、王子様の部屋に行きましょうか。」
俺はワープゲートをこの場で作って先ずは魔力を操って犯人の少女を歩かせて先にそこを通らせた。
次にちょっと酷ではあるのだが、被害者のメイドさんを操って同じようにワープゲートを通らせる。心の中で「ごめんね」と言いながら。そして次に王子様へと「入ってください」と促す。
「こ、これを通れと?だ、大丈夫・・・なのだろうな。よし!信用しよう。・・・ぐぬぬぬぬ・・・とう!」
不安を思いっきり出しつつも王子様は気合と共にワープゲートへと飛び込んだ。
その後を俺がすぐに通って王子様の部屋へと入るとすぐにワープゲートを閉じる。事が起きた現場にはその後すぐに衛兵と騎士たちが集まったのだが、そこには誰も居ない。「どう言う事だ?」と大きな騒ぎとなっていた。
そんな事態になっているが、こうしてその現場から離れた俺たちはそれに関わらない。なのでここで俺が話す事は先ず。
「じゃあ先にこの犯人の処遇を決めさせていただいても?」
コレに反応が無い。まあ王子様は本当に自分の私室に戻って来たので驚きで呆けており、メイドさんは茫然自失で床にぺたりと尻を着けてしまっている。もう既にメイドさんは魔力で操ってはいないので腰が抜けただけだろう。
それと、まだ魔力固めで拘束している犯人はと言えば、真顔になっていた。
「こ、コレはどう言う事だ!?あの場所からここまでを?ソレに私の身体を勝手に動かす?そんな馬鹿な!」
この後は尋問もしないといけないので喋る事は可能にしておいた。でも、ちょっと驚き過ぎである。少々うるさい。
一応は防音もしておかないといけないだろうと思って魔力を部屋全体に広げておく。
するとそれにもどうやら犯人は敏感にそれを感じ取ったようでギョっとしている。首は回せない様に固めてあったので首が動かせずにいる代わりに目を左右に激しく振っている。
「うーんと、王子様?良いですか?話、勝手に進めても?・・・良さそうですね。じゃあ、お名前は?」
この問いかけに王子様がやっと俺の方を向いて一度だけ頷くので犯人へと話しかける。
「・・・何でそんなくだらない事を聞くんだ。すぐに殺せばいいだろう?私は何も喋らん。拷問でも何でもするが良いさ。それでも絶対に喋ったりしない。」
俺の質問にそう答える犯人。なのでここで最初に安心してもらうために結論を先ず伝えてみた。
「いやー、君みたいなまだまだ幼い少女を殺すとかありえないから。こちらの質問に素直に答えてくれたら俺としては無事に解放しても良いと思ってる。いや、喋れない所は単純に「喋れない」でいいよ。でもその他の他愛も無い情報は教えてくれると会話がしやすいんだよね。君の名前も教えてくれると会話がしやすい。そうじゃ無いと只々君を「可愛い少女」と言わなくちゃいけない。」
最後に冗談を入れて俺の「気持ち」を伝えた。コレに犯人の方が顔をしかめてしまった。どうやら「頭がおかしい」と思われてしまった様子だ。
こうした表情をさせる一助になっているのが王子様の態度だ。俺のこの「非常識」だろう判断に何も言ってこないのだ。真剣な顔つきで俺と犯人とのやり取りを見守っているのである。
幾らまだまだ少女だとは言え、しでかした犯罪は重大だ。しかも王子様を暗殺しようとしている仲間だ。
幾ら未遂と言えども、メイドさんの口封じをしようとした事は明らかだ。ここは拷問やら、あるかどうかは知らないが「自白剤」を使ってでも背後の黒幕の名前を聞き出す場面である本当なら。
でも、俺がこの少女の「幼さ」だけを理由にして、拷問は「無し」、殺すのも「無し」、それ所か「解放する」とまで言ったのだ。こんな判断はあり得ない事だろう、普通は。
「お前は普通じゃ無い。一体何者なんだ?その余裕の態度、大量の魔力を消費していると見えるのに何故魔力欠乏の症状が無い?私の見た目だけを理由に拷問をしようとせずに見逃す?馬鹿だろう、理解ができない。それこそお前は私を幼いだの少女だのと言うが、私は二十を超えている。」
予想以上に大人の女性だった。小さい頃から暗殺を仕込まれていてこの都市で一人前、だとか言った類の話では無く、もう立派なレディだとは。
「そうだったのか。じゃあ今までの非礼を詫びさせてくれ。幼い少女だと判断してごめんなさい。でも、だからって言って大人と分かったとしても殺したり拷問したりはやっぱりしないけど。」
俺は真摯に頭を下げる。しっかりと三秒下げ終えてあげた時には「薄気味悪い」と言った視線を犯人から向けられていた。
しかしその後は一つ深呼吸した後に盛大な溜息を吐いて犯人は名乗る。
「ケリン。私の名だ。」
「俺は遠藤。宜しく。で、早速だけど、どうして君はこんな仕事を?」
俺は自分の名前を口にしてからケリンに質問を続けた。だけどどうにもケリンの反応が悪い。
「お前、何故そんな事を聞くんだ?私の「後ろ」が知りたいんじゃないのか?考えが、考えが分からん・・・」
どうにも理解してもらえない。俺は只単に情報を得ようとしているだけだ。相手が答えを拒否する質問も、こうして他愛のない質問を繰り返していくうちにポロリと出してくれるかもしれないし。
もしくは警戒心が下がってやがて質問に答えても良いか、と言った感じで気が変わってくれるかもしれないのだ。
いきなり嫌だと思っている事を相手に押し付けてすんなりと事が運ぶなんて早々無い。
魔法を使ってケリンの頭の中を探ると言う方法もあるにはあるだろうが、それはあんまりやりたくは無い。
そうやって魔法を使って裏に居る人物の名前を知って口に出したりすれば「何故ソレを!?」と言った展開になるのは確実だ。そうしたらどうして分ったのかを追及されるだろう。
ソレを躱すのも、一々説明するのも手間だし面倒だ。ケリンにこうして会話や質問をする方が自分的に楽なのだ。
「俺はさ、つむじ風って言う冒険者のパーティーに所属してるんだ。この城にこうして居るのも最初はこの国の制度に一言物申す、って感じでやって来たんだけどね。王子様の襲われてる所を助けたらあれよあれよと今こんな状態なんだよねぇ。」
相手の事を知りたいならこちらから胸襟を開く。交渉事をする時に使えるテクニックだったりする。でも俺は素人だ。その効果がいきなりすぐに現れたりはしない。
現にケリンはどうにも俺を「珍獣」でも見るかのような視線をこちらに向けている。
だけど俺がそれ以上は何も言わずに黙ってジッと見ているだけなので、諦めてどうやら「身の上話」を喋ってくれる気にはなったみたいだった。
「私は捨て子だ。」




