長引きそうじゃないか?コレ?
普通はまあ、お貴族様と言えばお付きのメイドが居て着替えやらベッドメイクやらの仕事が有るはずだ。だけど、こない。
こうして王子様が朝早くに起きている事を考えて、メイドが目覚まし代わりに起こしに来ており、この部屋に居ていいはずだが、いない。
どうやらこの疑問を読み取ったのか王子様が説明をしてくれる。
「どうやらエンドウ殿は気にしているみたいだね。専属は居ないよ。私一人で何でもやっているのさ。弟やその派閥からは馬鹿にされていたり文句を付けられたりしている。王族としての自覚がないのかと、ね。」
俺はこの王子様の言葉に「ふーん?その心は?」とツッコミを入れた。
「ああ、小さい頃に母上からよく言われていたんだ。人に頼る事をし続けていても良い事は無い、ってね。自分で出来る事を少しづつ、何でもいいから増やしていきなさい、とね。ああ、ちゃんと本来私に付くはずだったメイドには他の仕事をさせているんだ。給金も私のこうした我が儘に付き合って貰っているからね。ちょっとだけ色も付けている。」
どうやら独特な教育と言うやつらしい。王族としての見栄え的にどうなの?とも思うのだが、それを王子様がこうして実践している所に俺がとやかく言う必要は無いだろう。
こうした覚悟とか、何でもできるようにしておくというのは、普段から慣れておかねば「いざ」と言う緊急時に発揮する事は叶わない。
なのでこれもまあ必要な事であるのだろう。で、そんな会話をしているとゼドルは抜糸を終わらせていた。
「エンドウ殿、助かりました。コレで仕事を滞らせずに済みます。それにまた今度、刺客が現れたとしても次こそは返り討ちにして見せます。今どうしてか凄く調子がいいんです。以前よりも何かこう・・・力が大きくなったような感じが・・・何故なんですかね?」
ソレは俺が腕を治すだけに留めずに少々多めに魔力を注いだからだ。ゼドルの魔力の器は前よりもかなり大きくなっているハズである。
傷を治すのと同時に少量ずつをゼドルの身体に流し込んだので、つむじ風の皆の時の様な「悲鳴」は上がらなかったが。確実にゼドルは以前よりも強くはなっているはずだ。
彼がこの器が広がった自分の扱いを直ぐにできるようになれば、次に刺客が来ても負けないだろう。
「俺の仕事の負担が減るならこれくらいはいくらでもするけどね。礼ならその仕事とやらを速攻で終わらせて王子様の護衛に戻って来てくれると助かるんだが。」
俺のこの言い分にゼドルは気合を入れる。その後王子様に「失礼します」と言ってまた窓から飛び出していった。
「じゃあすまないがエンドウ殿。これから私は父上との朝食の席を共にするので護衛として一緒に来てくれ。」
今日はどうやら国王と一緒に朝食を摂る日だったらしい。いつもだったならこの部屋で食事を済ませて自分に割り当てられた仕事を熟すようである。
「まあ料理をする事はさせて貰えた事が無いから、いつかは自分で自らの食べる食事を作ってみたいな。」
王子様はそう漏らしながら部屋を出る。俺もその後に続く。しかしだ、おかしいモノを俺はその時に見てしまった。
昨日とは違う護衛だった。扉の前に立っていたのは。当然当番と言うモノが有るからソレは当たり前だろう。王子様が部屋から出てきたらその後ろを付いて来ている。
しかしだ。俺はその時に見てしまった。王子様が部屋から出てきた時にその護衛がもの凄く驚いた顔をしているのを。
俺を見てした表情では無い。王子様を見てした顔だった。まさに「何故生きている!?」である。
これには王子様への襲撃は用意周到にされていた物であると分かる。思いったったが吉日とばかりに刺客が放たれたのではなく、しっかりと「計画第二案」とも言うべきものがあっての事だったと。王子様への悪意がここまで食い込んでいるという事実。
王子様も自分の命が狙われていると分かっているのだから、自分の周りを固めるのは安全だと分かった者のみで集めるはずだ。
なのに、ここにこうして「犬」が、自らを殺そうとしている者たちの「犬」が紛れ込んでいる。相当に王子様の状況は危ういモノである証拠だ。
ソレに気付けていない訳では無いだろう王子様も。だけども王子様は「人手不足」だと言った。コレはどうやら仕方が無い状況であるようだ。どうにもこうなると王子様の味方が俺の思っているよりも大分少ないと言う事になる。
「思っていたよりも長引きそうだなぁ?これ、終わりは何処を目指せばいいんだ?着地地点は何処に?」
俺は自分が「思い切って城で暴れるか?」と考えていた事を棚に上げた。
こうなってしまうと自分の事だけ済ませて「ハイ終わり」と行かなくなってしまったからだ。
王子様の護衛を頼まれたが、その終わりは「この件が一旦落ち着くまで」と言う曖昧なモノだ。
なのでこんな約束をしてしまった事に少々後悔する。でも、もう遅い。約束を反故にします、などとは言いたくはない。
なにせ放っておけば王子様はその内、相手側のこの勢いだと確実に殺されるだろうから。それが解っていてむざむざ殺させる訳にもいかないだろう。
この件は俺が単純にこの城で「暴れる」だけでは治まったりはしない問題だろう。それこそ、その「弟」とやらが居なくならない限りは。
(いや、居なくなったらなったでまた揉めそうか?そもそも王子様が命をこうまでして何度も狙われるのは非常識過ぎやしないか?)
そんな事を考えていると、どうやら食事場所に到着したようだ。ここまでド派手にしなくてもいいのでは?と思えるような豪華で精緻な彫物がされた木製の巨大な扉が目の前に現れた。
そしてゆっくりと扉が開いて行く。そして一歩踏み込んで中へと入った王子様の第一声が。
「遅くなって申し訳ありません。昨夜暗殺者が私の命を狙ってきまして。こうして報告が遅れた事を謝罪します父上。」
長ーいテーブル、その一番端奥に座る年齢五十代だと思わしき男が「何と!?」とコレに声を上げた。どうやらこの男がこの国の国王であるようだ。
「レクトルよ、お主、命を狙われ過ぎではないか?昨日も、この間もだったな?犯人は捕らえたか?まあ捕らえた所で拷問しても依頼主の事は吐かんだろうが。一体お前を狙う輩は誰なんだ?」
「父上、心配はもうしなくても大丈夫ですよ。近いうちに炙り出すつもりですから。」
そう言って王子様はニコリと爽やかな笑顔をこの場に居たもう一人の男に向ける。そいつは既にテーブルについていて食事をしている途中だった。
コイツは王子様がこの場に入ってきた時にはソレはもう盛大な驚きの表情をしていて、俺はそれに笑いを我慢したくらいだ。それほどに面白い顔になっていたその男が「黒幕」と言うヤツだろう。今もまだ固まったままで王子様を見続けている。
そうなるとこの男が「弟」メルデントルであるようだ。どうやら帰ってきた暗殺者からは「やった」と言う報告でも受けていたのだろう。
そして王子様は寧ろ「やられた振り」をしていて、まんまとこの場にこうして登場したと。敢えて直ぐに報告をしなかったのもこれをしたかったのかもしれない。
で、王子様は席に着くとメイドが運んできた食事を食べ始める。俺はそんな王子様の席の後ろに立って護衛ごっこだ。
(護衛とか言われてもどんな事をすればいいのかサッパリ分からん)
俺は付いて来てくれと言われたからここに居る。そして護衛をしてくれと頼まれたからこうして側に立っている。
(いや、そもそも王子様?毒見は?おいおい、スゴイ勢いで料理が減っていくぞ?そんなに腹が減ってたのか?・・・ああ、減ってるだろうな)
昨夜は暗殺者が飛び込んできていて寝る暇なんて無かっただろうし、その後もゼドルの手当て、その後の警戒、そして命が助かっている事を漏らさないために部屋に閉じこもっていたのだから、かなり長時間起きていたはずだ。そうなると腹も減ると言う事だろう。
(あの黒幕の弟がアレだけ驚いた顔していたんだ。この朝食に毒を入れておこうとは思わないか)
きっとこの弟とやらは兄が自分の仕向けた暗殺者に殺されていると信じ切っていたに違いない。なのでここに来るはずの無い兄の食べる料理に毒を仕込もうなどとは思わないはずだ。
「して、その後ろに付いている者は何者だ?見ない顔だな?と言うか、着ている服も見ない物であるな?似たような礼服は貴族たちが着るが、それとは違い装飾が余りにもない。生地はどうやら上等なモノであるようだが?」
どうやらスーツを貴族は着る様だ。だけども恐らくは全く違う次元の物だろう。金糸や銀糸で刺繍のされた豪華絢爛な服であるに違いない。勲章とかも付いてたりするのではなかろうか?
俺はまだその貴族の着る「制服」?なる物は見ていない。まあ今後見る事もあるかもしれない。こうして王子様の護衛をしているからには近いうちに目にするだろう。
「彼は私が個人的に頼んだ護衛です。」
たったこれだけを言葉にする王子様。余計な事をこれ以上口にしないつもりらしい。確かに根ほり葉ほりされても面倒なだけだというのは俺も解る。
なので俺も黙って居る事にした。取り合えず形だけは取り繕うために会釈だけを国王に向けてしてはおいたが。
と、そんな時に突然椅子から立ち上がったメルデントルが「急用を思い出しました」と言って食事の途中でこの場を去って行ってしまった。
ドアを開ける際に「失礼します」と言って慌てるように小走りに長い廊下へと消えて行くのを王子様がニヤリとした笑みを浮かべて眺める。
「王子様、あんたって案外腹の中が黒いんだな。ちょっと引くわ。」
「おや?散々やられ続けたんだ。これぐらいの仕返しくらい良いじゃないか。」
メルデントルは今回の暗殺失敗でかなりのショックを受けただろう。だけども今までずっと暗殺の恐怖に曝されていた王子様から見たらこの程度は些細な可愛い仕返しだ。
王子様はこうしてあっと言う間に朝食を全て平らげて食事を終わらせ、国王に向かって挨拶をする。
「ではコレで私も失礼します。仕事が今日も溜まってしまっていまして直ぐに片付けねばなりません。」
国王はまだまだゆっくりと朝食を楽しむつもりなのか、ちょびちょびとしか口へと食事を運ばない。そしてゆっくり長時間咀嚼してから飲み込んでいるので凄く時間が掛っている。
「うむ、お前の我が儘で護衛は増やさないで良いと言うから、ずっとそうしてきたが。次にまた何かあれば問答無用で護衛を増やすぞ?お前は次の王なのだ。自らの身の事を考えよ。」
「いえ、私には「優秀な」弟がおりますゆえ、安心しておりますよその点は。」
「馬鹿を言うな。お前が死んで良いはず無かろうが。」
そもそも自分の息子が命を狙われているのだから国王としても父親としても自分の抱える「私兵」を出して調べさせるものでは無いのだろうか?何とも間の抜けたようなやり取りに感じてしまう。
裏では既に誰の犯行か調べがついていて、こうして王子様の「力量」を試しているとか?ちょっとソレもどうにも考えづらい。
こうしてこの場を後にする王子様。俺はその後ろに付いて行くぐらいしか今の所仕事が無い。そしてどうやら私室では無く執務室へと行く様で。
「エンドウ殿は暇になってしまうかな?椅子に座ってお茶でも飲んでゆっくりしていてくれていい。」
そんな言葉を王子様から掛けられる。なので俺は刺客が来るまでのんびりとしていればいいか、と思ったのだが、その執務室に入ってその考えを改めた。
書類の山である。机が見事に埋まる程の。だ。私の以前仕事をしていたデスクだってここまでの書類の山を作った事は無い。一応は相手契約会社への資料作りに集めた書類は近い位の高さまで集めた事は一度はあったが。
「いやいや、こんなの王子様が「仕事に」殺されるだろ。いや、参ったな。コレ、俺が助けなきゃダメ案件じゃないか?」
流石にこれを毎日やっていれば過労で直ぐに死ねるだろう。でもコレはどうやら一時的なモノであるようだ。説明が王子様から入る。
「いや、コレは昨日の事で溜まっていた分だ。それと今日の朝の分も入っているか。さて、何日で片付けられるかな?」
「待て待て、まあ、分かった。俺も手伝うよ。コレは流石に、な?それと、コレもしかして仕事全部王子様に押し付けられていないか?」
「まあ嫌がらせに弟を担いでいる奴らがこっちに回してきている案件などもあるだろうな、正直に言って。まあこれでも流石に重要度の高い書類は父上の方に行っているはずだよ。弟の方は知らないがね。」
けらけらと笑ってのける王子様はどうやらかなりのやり手であるように見える。まあ俺には別にそこらへん政治に関する心配はする立場に無い。
取り合えず俺はインベントリからこの書類を入れる丁度いい大きさの箱をいくつも取り出して書類分けから始める事にした。
で、大体三十分後に仕分けは終わる。仕分け中にも重要度の高い物から順に王子様は書類を片付けながらだったので順調に処理は続いていた。
ザっと二時間ほどで書類仕事は全て片付いた。かなり王子様は優秀なようだ。
「いやいや、エンドウ殿が手伝ってくれなかったらこうも早くに終わらせられなかったさ。礼を言わせてくれ。」
途中で俺は書類に分かりにくい所や不備が無いか、などの文章確認などをしていたのだ。そしてそういった所があった場合に俺でも判断できる内容だったならソコに赤でチェクを入れて読みやすい情報、文章に変えておいた。
こう言った仕事は会社員時代に幾らでも処理していたので慣れたモノだ。
「エンドウ殿が私の秘書になってくれたなら毎日をもっと有意義に過ごせるんだがな。どうだろうか?」
「いや、遠慮させてもらいましょうか。今回の「件」がどうにかなるまでの間だけ、って言う事でお願いしますよ。」
ソレは残念だ、と王子様から漏れ出るが俺はそれに何も返さない。しかし続いて出てくる言葉には俺も反応せざるを得ない。
「昨日のつむじ風の件における書類がこちらに回ってきていないな。止められているか、もしくは握りつぶされたか?もしくは私にではなく弟の方か、もしくは父上の元に持っていかれたかな。しょうがないかコレは。」
「じゃあもう書類捌きは終わりましたから、休憩を入れてから直接確認をしに行ったらどうです?」
「それは父上の所に、かな?まあそうだね。どうせだから行って見ようか。」
俺は王子様の護衛を受けてしまった手前、コレに同行しなくてはいけない。そもそも王子様のこの命を狙われている、と言うのは何処まで行ったら「解決」と見なせば良いのか?
黒幕と見られるのは十中八九に弟、もしくはその派閥の者たちで合っているハズ。それに侯爵令嬢までもが加担している。
で、この時点で王子様が何もしないでいる事がどうも腑に落ちない。もっと必死に犯人の証拠とやらの収拾に努めるべきなのでは?と。
どうにもその思いが読み取られてしまったのか、王子様は俺へと心配しないでくれと言ってくる。
「私の部下は数は少ない。人手不足だがね。非常に優秀な者たちが揃っているんだ。後は時間を掛けるだけ、と言った所だよ。エンドウ殿とこうして縁を結ぶことができたのは非常に私にとって幸運だった。エンドウ殿が居なかったら私は昨夜の暗殺者に殺されていたはずだ。コレには流石に肝が冷えたよ。けれども掛けられていた魔法によって私は命を奪われずに済んだ。そしてエンドウ殿が居るからこそ、ゼドルが自由に動ける時間が増えた。もうこの時点で僕が動く事はあまりないんだ。それこそ、弟への今朝の嫌がらせくらいしかね。」
お茶を飲みながらそうお茶目にウインクして見せる王子様。結構な性格をしている。
とまあそう言う訳なら俺も別にこれ以上は何も考えないでいいだろう。王子様へ降りかかる危険を排除していればおのずと暗殺の件は問題解決するのであれば、俺もあんまり派手に動かないでもいいのだから。
となれば今この部屋に不審な場所から入り込もうとしている天井裏の奴らはどういった処理をしておけばいいだろうか?
「なあ?王子様の部下に天井裏から入ってこようとする三人組って心当たりは?」
「ん?無いな?と言うか、そんな事まで判るのか。凄いな。今すぐそこに迫ってきているのかい?ならば捕まえてくれるとありがたい。」
どうにも動揺すら見せない王子様の肝は大分据わっている。驚いた様子を見せたのは、刺客が迫ってきている事では無く、それを感知した俺の「力」の方だった。
「じゃあ城の騎士たちをこの場に呼んでくれ。落とすから。と言うか、なりふり構っていられなくなってきてないか?我慢が効かない癇癪持ちの子供かよ?こうして直ぐに刺客を送るとかあんまりにもやり過ぎだろ。」
敵さん側にそれだけ短気な奴がいるのだろうか?それともこの刺客は昨日の夜の暗殺とは別の人物が出した刺客なのだろうか?
王子様の命を狙う人物が複数いるという点も考えなくてはいけないのだろう。でも俺の仕事は別に変わらない。
こうして俺は不審者を天井裏から引きずり落として王子様が呼んだ衛兵にしょっ引いて貰った。
俺の仕事は単純に接近する不審者を捉えるだけで良いのだから楽と言えば楽なのだろう。しかし、でもまあこの時には俺は自分の魔力ソナーに穴がある事を考えていなかった。と言うか考えもしなかった。
敵味方を判別するのに俺の脳内マップでは敵意を持つ存在は赤になる。だけどそれ以外は緑や青と言った感じだ。
なので赤だけを警戒していればいい、そう思っていたのだが、それは間違いだった。それは王子様が父親、国王の部屋に移動している時に起こった。
俺の脳内マップには「死亡」は灰色で、そしてこちらに意識が向いていない者は白で表記されていた。味方の意識があるなら青、中立は緑だったか。
長い廊下、国王の執務室へと王子様が昨日の「つむじ風」の書類処理の件を聞きに行く途中だ。
メイドが反対側からこちらへと歩いて来ている。そして道を開けるように壁側にメイドが下がって頭を下げたのだ。
その横を俺たちは通り抜ける。しかしその瞬間にそのメイドがその手にナイフを持っており、そのまま王子様へと体当たりした。
俺は一瞬何が起こったのか分からなかった。でもすぐに気付く。
「あちゃ!?操られてんのか!くっそ!油断してた!・・・でも無傷なんだけどね。」
メイドは直ぐにその後に意識を失い倒れ込んだ。そしてナイフで刺されたと思った王子様はと言うと無事である。まあ驚いた顔にはなっていたが。当然ながら俺が魔法でバリアを王子様に張っていたから無事なのである。
で、一応は正式に付けられている王子様の護衛もこの場に一緒に居たのだがその護衛も驚いている。「馬鹿な!」である。それこそ、その中身は「何故平気でいるんだ!?」である。
そう、この護衛は今朝部屋から出てきた時と同じ護衛である。どうやら昼になるまではこの護衛が当番らしくここまで共に付いて来ているのだ。
「このメイド!殿下の御命を狙ったか!ここで手打ちにしてくれる!」
そう言ってこの護衛は「証拠隠滅」を図ろうとして剣を抜き放とうとしたのだが。
「そうは問屋が卸さない、ってね。で、王子様、どうしますこのメイドさん。操られて王子様の命を狙ったようですがね。この調子だときっと・・・うーん?記憶の方も操作されてますかね?」
いきなりこうして気を失うというのはどうにも最初から仕組まれている様に感じる。メイドは気が付けば訳も分からずに命をこのまま失っている、というのが計画だったのだろう。死人に口無し。
で無ければこの護衛がすぐさまこの様な「反応」はしないだろう。普通なら背後関係を調べるために生かしておくはずだ。この場で処刑はあり得ない。
こんなにも早くまたこうして王子様の命を狙ってくるとは、一体いつの間に、である。そしてどうやら何の関係も無い人を操る術を持っている事が判明した。
早い所ケリをつけないともっと多くの何の罪も無い人がこうして利用されてしまう。
で、今は護衛は剣に手を掛けてピクリとも動けない。そう、俺が魔力固めをしているから。
「エンドウ殿にまた助けられたな。もういっそこのまま私の正式な専属の近衛にならないか?とまあそれは後にしようか。・・・冗談だ、とも言いきれなくてね。本当にエンドウ殿のその力が欲しいのだが?まあ、このメイドの目を覚まさせるのが先だな。」
とは言えこの場で無理に目を覚まさせるのはマズいだろう。すぐにこのメイドさんに事情を聞きたい所ではあるが、邪魔が入るのは勘弁だ。
一端ここは王子様の私室へと匿うのがいいだろうと言う事で、俺がメイドさんをおんぶして戻る事に。
ちなみに魔力固めで動けなくさせた護衛はそのまま放置した。しかも喋る事ができない様にしてある。精々晒し物になるといいだろう。一応相手側への脅しにもなる。
と、こうして王子様の私室へと入り、メイドさんをソファーに寝かせて意識が戻るのを待った。
俺が無理矢理に覚醒させても良かったのだが、メイドさんに掛けられた魔法がどの様なモノか俺は知らない。なので無理に起こすのはもしかしたら危険かもしれないと言う事で王子様と相談して自然と目が開くのを待とうと言う事になった。一応は「保険」も掛けておく事も忘れずに。
(俺が調べてすぐにそれを解除しても良かったけど。「干渉」があった場合に発動する「何か」が仕掛けられていた場合に危険だしな)
相手がこうまで手の込んだ刺客を送って来たとなると、より一層慎重に動かないといけないと気を引き締めた。
で、大体で十五分くらいたっただろうか。ゆっくりと目を覚ましたメイドさんが辺りをキョロキョロ見渡す。
そして王子様の私室に居ると分かるとソファーから飛び上がって土下座し始めた。
「も、申し訳ありません!何がどうしてここに居るのか分かりませんが!私如きが殿下のお部屋のソファで眠るなど!ど、どうか!どうか!し、死刑だけはご勘弁を!」
どうやら何も覚えていないようで必死になって自分がこの場で眠っていた事を謝罪し続けた。
それをゆっくりと「大丈夫だ」と何度も声掛けを王子様がしてようやっと顔を上げるメイドさん。でも土下座のままだが。
このメイドさん、身目麗しくて美女である。城勤めのメイドさんはどの女性も見た目が美しい人たちばかりのようだ。それもそうだろう。王家としての「威厳」を出すのに美しいと言った点が一役買っている部分があるのだから。
ソレはそうとして王子様がメイドさんに事情聴取を行っているのだが、やはり記憶があいまいにさせられているようで犯人の特徴を引き出せなかった。
「気分が悪くなった時の事は覚えているのですが、その後はどうにも視界がボンヤリして。何をしても夢うつつの様でした。気が付いたらこの様な状況で驚いているのです。」
王子様は単純に「何処から記憶が曖昧か」を訊ねたのだが、メイドさんはこう答えて項垂れるだけ。
「コレはもうお咎め無しで解放しましょう。仕込みは完璧みたいですからね。記憶の方もいじられているみたいですね。うーん?薬で朦朧とさせた所で催眠術かな?魔法的な所もある?でも、そうか、敵意を持たせないでこうして襲撃させると俺でも気付けないな。」
俺の魔力ソナーで分析した簡易色識別ではこうした「自動」で動く者を判別する事ができない。コレは盲点だった。
ここで一応はこのメイドさんにこれ以上の何かが仕掛けられていないか調べるために俺は王子様に許可を貰って魔力をメイドさんに纏わせて調べてみる。
しかし何処にも異常が見られなかったので、もう大丈夫だろうと言う事でそのままメイドさんに仕事に戻って貰う事にした。
「そのまま戻った場合に仕事に遅れた訳を話さないといけなくなるだろうから、私も一緒に事情説明をしに行く。」
ここで王子様がそう言いだした。王子様がここまでする必要は本来だったら無い。たかが一人のメイド如きにそこまでの配慮はおかしい。でもこの場合はしょうがないだろう。このメイドさんは自分の意思とは関係無く操られて王子様の命を狙ってしまっている。
こんな状況だ。彼女の周囲に居た者たちからも情報が得られないかどうか聞き取り調査をする事は何ら不思議じゃない。
こうしてメイドさんの次の仕事場は何処だったのかを教えて貰い、俺と王子様は一緒に仕事現場に向かう事に。
「まあこのメイドを餌にして他の魚が釣れないかな、ともちょっと思ってもいるんだけどね。」
王子様が俺へと小声でそう話してくる。こういうのが「抜け目ない」とでも言えばいいのだろうが、そもそも王子様本人がそんな危ない事をしている事自体が異常事態である事は口に出さないでおく。
自らの命を狙われているのに、積極的にあちこちと歩き回るのは「狙ってください」と言っているような物だ。
でもコレはどうやら俺と言う護衛が居るからであるそうで。
「エンドウ殿が護衛で無かったらこんな事はいくら私でもしたりしないさ。」
そう言って王子様は悪戯っぽく笑った。




