御城の中をあちこちと
「その後に最初に斬りかかった刺客が止まった時、どの様な顔を侯爵令嬢がしていたか、想像はできますか?襲われそうになったにもかかわらず不安そうな表情など一切浮かべずに、そもそも刺客が動かなくなったのを何故か睨んでいたんですよ。しかもそれ、かなり悪辣な感じですよ?その他の刺客が動かなくなった時には「馬鹿な!」って、そんな驚きの詰まった顔してましたね。王子様が見て無い所で。」
当然王子様は俺の話を聞いても、到底信じられる事では無いと言った苦い顔になっている。当然だ。いきなり現れたどこぞの馬の骨とも分からない、正体不明の輩が侯爵令嬢を「悪」と断罪するような物言いをしたのだ。
彼にとって侯爵令嬢は心の底から美しい存在であると言った事になっている。それを真っ向から「反対ですよ」と突き付けられて信じられるはずも無い。それだけの年月を侯爵令嬢と過ごしてきているはずだ。
そんな事に加担しているはずが無い、王家の人間を暗殺、ましてや第一王子、自らの婚約者を殺す計画など企てる様な女性では無いと、必死に今自分の中で思っているだろう。
だけども自分の命が危うい所を助けた人物の言う事だから顔に出さないよう、それを必死に止めているのだ。王子様にとってこの事実はかなりのショックとなる。真実ならば。
「まあ、王子様には信じちゃ貰えないとは思っているんです。けれども心の中に多少はそう言った覚悟を持って頂いていた方が物事がはっきりした時に動き始めやすいと言う所ですかね。ついでに言うとですけど。私はこう見えて魔法が得意でして。相手に私の魔力を流してその「心を読む」事も可能なんです。心拍数、筋肉の緊張具合、汗の掻き方、呼吸数、等々。それらを読み取って相手の心理状態を丸裸にもできます。なのであの襲撃の際にあの場に居た者たち全ての心理を読み取っていました。」
王子様は俺の言葉を信じられないでいるので、この「心を読む」と言った事も信じたくは無いと言うか、信じては貰えないだろう。まぁ寧ろそれ以上だ、有り得るはずが無いと。
だけどやはり、そんな事ができます、と言った事だけでも驚くに値するらしい。で、それで侯爵令嬢も読み取っていたと言う事も察した。
王子様は黙り続けている、俺をジッと見つめながら。追い詰められたような悲しい表情で。
「彼女は・・・いや、聞かない。そうか、君がそもそもどうやってあの刺客どもを動けないようにしたのかは分からないが、そんな事も可能なのか。はは、凄いな。で、話は終わったかな?」
強がっている事は誰が見ても明らかだ。沈痛な面持ちで王子様は俯いてしまっている。
「ああ、それと。宮廷魔法師のえー、誰だったかな?ああ、そうだ。デンガルと言う方にお会いしたいのですが。手紙を与っておりまして、その方にお渡ししたいのです。ご紹介して貰えないですかね。」
「一体君は何者だい?それ位はお安い御用だが。誰からの手紙を与っているのかな?もしよければその方の名を教えてくれるかい?怪しい者の手紙であるならば取り次げないよ?」
「まあそうですよね。国防的にもそう言った怪しいものは調べるのが普通ですもんね。まあ仕方が無いか。マクリールです。」
俺の言った人物名に王子様が呆気に取られていた。でも次には席を勢いよく立って。
「あのマクリールかい!?本当に君は一体・・・いや、そうだな。聞かないでおこうか。いや、駄目だな。こうなれば君の事を教えて貰えなければ取り次げないよ。一体どういった関係なのかな、あの方と?」
どうやら師匠は有名人らしい。城務めを辞めてもどうやら王子様には覚えが宜しかったようだ。
「うーん?どうしよう?確かに王子様はまともな話ができる相手ですけどね。侯爵令嬢の事はもういいので?私は貴方を疑心暗鬼にさせてしまったはずですよ?そんな相手を信用できますか?」
ここで侯爵令嬢の話を振ったらまた王子様は苦い顔になった。どうやらそこら辺の話を振ると、どうにも王子様は黙ってしまう。
「デンガルに君の言っていた魔法で「心を読む」と言うのを聞いてみようじゃないか。そんな事が可能なのかどうかを。一緒に行こうか。」
こうして王子様は直々に俺を連れてデンガルの場所へと案内してくれた。部屋を出る時に護衛が一人付いて王子様の後ろを付いて行くのだが、その時に俺の事を「何者だ?」と言った目で睨んできていた。
王子様は俺の事を教えろと言ってきたのにこうしてその事はスルーされた。どうするんだと思ったが、どうやらデンガルに手紙を先に見せた方が話が先に進むと判断したのだろう。
こうして着いたのは御城の敷地内ではあるのだが、王子様の部屋からはかなり遠く離れた場所にある建物だった。
そこはローブを纏った研究者たちだろう者たちがあっちへこちへと資料であろう物を抱えて忙しなく行き来していた。
その人たちが王子様を見つけると足を止めて一礼し、そしてすぐにまた動き出す。どうやらコレが普段からの対応と言う事みたいだ。研究最優先として許されているのか、あるいは堅苦しい挨拶は不要と言いつけられているのか。
「ここだ。デンガル、私だ。用があってきた。時間は大丈夫か?」
王子様が建物の中に入ってかなり奥まで行った先の扉でそう言ってノックをする。すると中からは「どうぞ」とだけ短い返答が返ってくるのみ。
俺はそれに余りにも無礼では無いかと思いもしたのだが、それがどうやらこの王子様は別に何とも思っていない様で。
王族相手に本来ならデンガルが扉を開けて出迎えなきゃいけなのではと思っていたら、王子様が直々に扉を開けて中に入る。
俺もソレに合わせて一緒に入るのだが、護衛は扉の前で警戒をするらしく、部屋の中には入ってこなかった。
「ようこそいらっしゃいました。で、本日のご用件は?」
そこには眼鏡を掛けて本を読み続け、こちらに視線すら向けないままの白髪のおじいさんが居た。
顎髭は長く、顔の皺は深い。重鎮といった空気を纏ったそのお爺ちゃんがどうやらデンガルだと言う事らしい。
「確認したい事があるのと、それとそなたに手紙だ。」
王子様は手短に用事を伝える。余りにも説明不足では無いかと思ったが、俺は早い所話を済ませてしまうのが良いかと思ってインベントリから、もちろん俺の懐から取り出したように見せかけて、手紙を出す。
それをデンガルに渡した。それを即座に手に取り封を切ったデンガルはサッと手紙を広げるとすぐに中身を読み切ったようだ。速読でもできるのだろう。その後は「ふむ」とだけ言って自分の顎髭を撫でつけていた。
「その手紙は本物で合っているかデンガル?それと何が書かれていた?」
王子様はこの手紙が本当にマクリールの書いた物であるのか、それとその内容が確認したいと言ってきた。
「本物ですな。この封をされていた印は奴の物で間違いありません。それと内容ですか。そうですな。そこの手紙を届けに来た者の力になってやってくれと書かれていましたなザックリと言えば。」
コレに王子様も怪訝な顔をする。俺と師匠の関係が全く見えてこないと言った感じで。
「詳しい事は書かれていないのか?この者は彼とはどのような間柄だとかは?」
「ふーむ?手紙をお読みになりますかな?そのような事は一切書かれていませんな。取り合えずのあいさつ文と、それとソコの者に力を貸してやってくれとだけ。もうちょっと説明をしろと言いたい所ですが、まあ話を聞いた方が早いかと。」
俺の方へと二人の視線が刺さる。王子様はデンガルから手紙を受け取ると自分でも読み始めてすぐにテーブルへとその手紙を置く。
「では、説明をして貰おうか。君は一体何者なのか?ああ、それとデンガル。魔法で相手の心理状態を読むと言ったモノは存在したりするのか?」
どうやら先に王子様は確認したいのが魔法の事であるようだ。俺の事情は後らしい。
「殿下、その様な魔法は・・・確かに存在しますな。しかし、それは理論上、と申しておきましょう。マクリールでさえ実現はかなり難しかったかと。そうですなぁ、相手に自らの魔力を纏わせ、その微かな相手の変化すらつぶさに捉えられるだけの繊細さが必要ですな。それこそ、その魔力は薄絹の厚さよりももっと遥かに薄い魔力で無ければなりませぬ。それだけの制御は人の所業では到底困難なモノであるかと。」
(いやー、俺はそれを簡単にやれちゃってんだな。ワーオ、王子様の視線が痛いよ?何でそんな親の仇みたいな目で俺を見るのか?)
まあコレは仕方が無い事だ。俺の言った侯爵令嬢の件が信憑性を増してしまったのだから、王子様の中で。内心穏やかではいられないのをこうして鉄面皮で抑え込んでいるのだ。
そうなれば婚約者が自分の暗殺を企てたと言う事なのだから、その情報をもたらした俺を睨むと言うモノだ。知らなかったら良かった事など世の中にはたくさんある。そして今回の王子様の身に起きた事の真実は知りたくなんて無かったと。
王子様は侯爵令嬢にぞっこんらしいので、まあ睨まれる位はされても仕方が無いのである。愛した相手から、どう言った理由かは知らないが殺されかけたのだ。コレは不幸と言うモノである。
「では・・・君の事を教えて貰おうか。一体何者なのか、教えてくれ。」
デンガルもどうやら何故そんな魔法の話をしてきたのかと言うのが俺に関係があると察したらしい。興味の視線が俺に向けられた。
「じゃあ話しますけど、一旦座りませんか?ちょっと話が長めになりそうですから。」
こうしてソファに座ってゆっくりと話始める事にした。
「先ずは、俺は遠藤と言います。宜しく。冒険者「つむじ風」に所属してます。この度この国での冒険者を国が召し抱えると言う制度に対して物申しに来ました、と言うのがきっかけですね。」
どうやらこの件に関して王子様の耳にも入っていたようで。
「王城でも騒ぎに多少はなっていた。マルマルの都市から出ている様子が欠片も無いのに見つける事が未だにできていない、と。いつまでも見つけられない事でその件に関する部署が困っているようだ。」
「隠蔽する魔法はかなりの高度なモノとなりますね。冒険者がおいそれと使える魔法では御座いません。そういった道具もありはしますが、効果はそれ程な額は持たず、高額です。現実的ではありませんな。」
どうやら興味を持ったようでデンガルも話に加わってくる。俺はここでそれをスルーして話を先に進める。
「俺たちを、あ、言葉は崩させて貰っても?ありがとうございます。じゃあ。」
俺は王子様に喋り口調の件を許して貰ってから話始める。
「つむじ風を追いかけ回すだけだったらこうして俺もお城まではるばると来る事はなかったんですが。どうにも「使者」の態度が目に余りましてね。少々、と言うかもの凄く俺、怒っているんですよ。」
俺はマルマルで少年がその使者に斬られた所から話をした。もちろん客観的に見た話では無く、俺の怒ったぞ、という主観的な感情を込めてだ。
そして俺もその使者たちから殺されかけたと言った経緯も話す。まあこうして傷一つ負う事無く余裕なのであったが。
そしてこの城下町に来て「諜報部(笑)」にも絡まれた事と、その時のそいつらの態度も話しておいた。
王子様は黙ってここまで聞いていたのだが、まりにも酷い自分の国の現状をこうして突き付けられて頭が痛くなったようだ。こめかみを手で掴むように挟んで俯いてしまう。
「で、その時にたまたま王子様たちが追っかけられているの目撃したので野次う・・・何か問題が起きたのかと思ってそれを確認しようと後を付けました。」
野次馬と言いかけてとめた、まあここまで行くと寧ろ最後まで言い切ったと同義だが。時系列とかはザックリとしていて詳しく話していない部分もあるにはあるが、納得してくれた様子の王子様。
「エンドウと言ったか。そして君は、かの魔法を「使える」と言うのだな?・・・非常に信じられ無い事だが。」
コレにデンガルがギラリとその目を光らせた。どうにも俺の事に興味が非常に湧いたらしい。
「ほっほっほっ。その話、面白そうですな。見せて頂けるならそれを披露して貰えれば殿下も納得でしょう?」
まあこういった展開になると思ってはいた。なのでこのデンガルの「見せてみろ」と言うのは渡りに船なので王子様にも腹を括って貰うしかないだろうこの場で。
俺は魔力を放出する。その魔力にうっすらと青い色を付けるイメージで。魔力ソナーの時に出している「厚さ」と同じものを広げて見せる。
そしてソレはどうやらしっかりと成功したようだ。二人の目に俺の魔力は視認できたようである。
王子様は驚きと同時にもの凄く苦い顔を。デンガルはまるで長年追い求めていた物を見つけた様に目を見開いて。
「これではエンドウの言っていた事を事実として認めるしか無いと言う事か。私は一体コレからどうすれば・・・」
王子様は流石に頭を痛めている様子だ。まだ国政に余り首を突っ込む事ができてはいないのだろう。使者の態度や、諜報機関の腐り具合など。諸々に自分が王位継承した時の事も考えれば将来が真っ暗だ。
ましてや自分を殺そうと計画したとみられる婚約者。もし侯爵令嬢がその中心では無かったとしても、それに嬉々として参加している立場だと言う事を考えると、王子様の今までの思い出すらも「真っ黒」に染まるようで心が痛いのだろう。
それとは逆に喜んでまるで子供のようにはしゃぎかねないと言った様子を見せるのはデンガルの方だ。俺の出した魔力に手を伸ばしてそれに触れようとしている。
「おお、おぉ!?コレは!コレはぁ!?どれだけだと言うのか!これほどに薄いのに!込められた魔力の強さ!密度は!どのようにすればこれほどの制御ができると言うのか!」
制御と言う点では俺はまだ未熟だ。込める量の調整と言えばいいか。そこら辺がまだ感覚が細かい部分を掴めていない。まだまだ船の方でドッカンターボしないようにする練習は重ねないといけない。
「で、エンドウはどういった事を国に訴えに来たのかな?まあ多少は予想が付くのだが。」
王子様が大きく深呼吸を幾度かしてから俺へとこの城に来た目的を問いかけてきた。その時に俺は魔力を引っ込めたのだが、これにデンガルがあからさまに残念な顔をする。
「ああ、ソウデスネ。つむじ風をこれ以上追いかけ回すのは止してください。犯罪者として御触れを出したりとかも勘弁ですよ?この国、シーカク国の求めには応じないと言う事です。召し抱えられるつもりはありません。つむじ風の全員が拒否してます。断ったら確か我々に見張りと制限が付くんでしたっけ?ですけど「見つけられていない」という現状ですからね。そういった事は無駄でしょう。そう言う事です。それをお願いに来ました。」
「私の一存でそれを了承をする事ができない。すまないな。コレは国の方針だ。私にはそれらへと自由に介入できる権力がまだ無い。拒否の申し込みは城にある部署で直接していく事ができるだろうから私が同行しよう。」
ここでデンガルが話に横入りしてきて俺へとお願い事を突然してきた。
「エンドウと言ったな?教えてくれ、先程の魔力はどのようにすればあれ程に薄くできるのか?コツは、コツはあるのかね!?」
このタイミングで魔法の事をここまでグイグイ来られるとは思っていなかったので俺は仰け反った。
顔をズズイと近づけてくるこのデンガルの血走った目がどうにも暴走していると見えたから。で、それを抑えてくれたのは王子様だった。
「興奮し過ぎだデンガル。落ち着け。・・・はぁ~。度々すまないなエンドウ。時間があるのであれば後で教えてやってくれ。」
「えーっと、じゃあデンガルさんはどんな「力」を貸してくれますか?教えるのはその対価として、で。」
「ならば私も同行しましょう。殿下だけでなく、私が共に言って「後ろ盾」につけば余計な事を言ってくる者は少なくできるでしょう。それでどうかね?」
どうやらこのまま二人が俺の断りの申し出に付いて来てくれる事になった。俺はコレに正直に言って物々し過ぎやしないか?と思ったのだが。
「さて参りましょう。そうと決まればすぐさま手続きをさせて制限や監視などもさせないように処理をさせた方が良いですな。ささ、行きましょう、参りましょう。」
デンガルがさあさあと急かしてくる。コレに王子様は苦笑い。扉を開けて待つデンガルに「ああそうだな」と言って腰を上げる王子様。
俺はコレに「もうどうにでもなあれ」と呟いてその後ろへと付いて行った。
で、着いた場所にはどうにも忙しそうにあっちへ行ったりこっちへ行ったりと紙の束を抱えて前後左右に動き続ける人たちが。
見た感じは私の知る「市役所」といったその部署。ここで書類仕事を一手に引き受けて捌いているらしかった。
どうやら書類の清書、内容の確認、誤字脱字が無いかの読み込み、許可を出すための判子押し、資料を集めての情報精査など。
取り合えず見ていて「ブラック」と言った言葉が俺の頭に浮かんでくる程には仕事が忙しそうだった。
そんな所に王子様と宮廷魔術師の二人が来るのだから、これに気付いた者たちが「は?」と言った感じで立ち止まる。
「こ、これはこれは!このような所においでになられて。どう言ったご用件で?」
手をスリスリとゴマすりしつつ、腰を低くして近づいて来る者が一人。どうやらこの場の責任者と言った様子だった。コレに返事をするのは王子様だ。
「冒険者「つむじ風」の件で来た。彼らは要請を断るそうだ。その件で直ぐに書類の処理をしてもらいたい。それと監視、及び、制限を付けない事を私とデンガルの名で求める。用意してくれ。」
この言葉にどうやらギョッとしたらしくその責任者は驚きからか身体をビクッと跳ね上げた。
「しょ!少々お待ちを!おい、そこの机を空けろ!ええい、何をしている!先程の殿下の言葉が聞こえていたな?早く関係書類を揃えろ!」
最初騒がしかったこの場が、王子様が来た事で一瞬にして静まり返っての会話だった。王子様の声は透き通っていて遠くまで響いていたので職員の全員がこの会話を耳に入れていた。
そしてそのあんまりにも驚きの内容に誰もが驚きで固まっていたのだ。そして責任者の一声で我に返り一斉に動き出した。
騒がない、だけども大慌て。そんな感じだった。誰もかれもが「えらいこっちゃ!」と言った感想を浮かべた顔になっており、王子様と王宮魔術師の二人での「連名」がかなりのインパクトであると言う事が窺えた。
「あの、何だか大きくなってませんかね?物事が。裏で静かにチョチョイと書類を出しておいて静かに処理、とかできませんでした?」
俺は思わず聞いてしまった。これでは大事になり過ぎてはいないか?と。あんまりにも大慌てで職員たちがドタバタするので、コレは後で口止などはできないだろうと推察できた。
余計な奴らに知られずに静かに書類を出して正式認定される、と言った流れが理想だと思っていたが、ちょっとコレには俺の方が「失敗したかなぁ?」となってしまった。
こうなると話を聞き付けた「上の奴ら」が書類を受理しないで握り潰してしまったりしないだろうか?そうすると面倒なだけだ。
その他の書類に紛れ込ませてチェックが甘い所に判子をポンと押して後で確認したら「ああああ!?」となる展開が一番良いのだが。
まあそういったお役人のコント的な展開はそうあり得る事態ではないだろうから、俺のこの妄想の方が甘いと言わざるを得ないだろうが。
秘書か、もしくは補佐が先に書類のチェックなどをするだろうから、そういった流れになる前に「問題」として止められてしまうと言った所が正直な事実だろう。
「今回の件は今まで放置していた問題にしっかりと向き合うための切っ掛けとしたいんだ。エンドウには悪いが、利用させてもらいたい。」
王子様が真剣にそう言ってくるモノだから俺は「はあ、さいですか」と生返事しか返せなかった。もうどうにでもなればいいだろう。
どうやらこの冒険者をほぼ強制的に召し抱える制度を王子様は前からよろしくないと思っていたのだろう。
今回の俺の事をきっかけにこの件に食い込んで行くつもりと言った所か。
「さて、手続きが終われば早速魔力操作の話をしましょうぞ。ささ、ささ、ささ!」
そうデンガルが俺へと書類の署名を早くしろと促してくる。彼はどうもこの件の事はどうでもいいらしい。
魔力操作の話をしたくて、聞きたくてたまらないと言ったウキウキ具合である。正直、引く。
そうしているうちに机が空き、書類もその上に並べられて、俺はそれらに名前を書いていく事に。
そこに連ねてデンガルと王子様の名前が書かれていくのだから妙な気分だ。俺の当初の考えよりも斜め上に昇っていっているこの事態に今後の考えが浮かばない。
「巻き込まれてるなあ?絶対にこの後「話の通じない」奴が押し寄せてくるだろ?来ないって事は・・・あり得ないんじゃないだろうか?」
こうして俺たちは無事に書類へと署名が終わりまたデンガルの部屋へと戻る事にした。
で、戻って早々にデンガルが「はよ!」と急かしてくるので俺は椅子に座って「落ち着け」と一言掛ける。
「お茶も出されずにしゃべり続けたら喉がかれちゃうよ。俺も一応は時間は有るし、そんなに慌てないで貰えないかなぁ。」
俺がそう言うのでデンガルはテキパキとお茶の用意をし始めた。しかも何故か手際が良い。俺、デンガル、そして王子様の分までお茶がテーブルに用意される。
「え?王子様はその他にお仕事は無いんですか?ここに居ても大丈夫なので?」
もう用事は済んだ事だし自室に戻らないのかと聞いてみる。すると。
「まあ直ぐに様々な部署から問い質しが来るだろう。私の所だけでは無くデンガルにも来るはずだ。ならば分かれているよりも一纏めになっていた方が効率は良いだろう?なに、魔法談議に口は挟まないよ。デンガルと会話に花を咲かせていてくれ。」
「そうですな、話の邪魔をされてはかないません。では隠れ部屋へと案内いたしましょう。殿下、この件はくれぐれも内密に。」
と言ってデンガルは御茶目にもウインクして見せて壁に手を付く。そうするとその壁が音も無くスーッと動いてその先に階段が見えた。
そしてデンガルはその中に入り「こちらへ」と言った感じで手招きをする。驚きながらもその中へと王子様は入っていくので俺もその後ろに付いて行く。
「何で?お城の中だよね?隠し部屋があるのは分かるけどさ?何でここに有るの?そして何で秘密の部屋的な感じでデンガルが利用してるの?違くない?」
こう言った物は普通は王族が使用するものでは無いのか?と言った疑問が浮かんでくるのだが、そう言った事情は直ぐに頭の中から放り投げた。俺には関係無いや、と。投げやりである。
俺が階段を五段も降りると勝手に先程の隠し扉はまた音も無く動いて閉じる。すると隠し部屋に直ぐに明りが灯った。どんな原理が使われているのかは分からない。
そして短い階段はその五段しかないのだ。その階段の先には小部屋である。本当に小さい小部屋。縦横3m、正方形の小部屋である。そこにテーブル一つと椅子四つ。たったそれだけ。秘密の会話をするにはもってこいの部屋。
「驚いたな。このような部屋がデンガルの所にあったとは。どう言う事だ?」
どうにも王子様も俺と同じ疑問を持ったらしい。でもデンガルはコレに別段何ともないと言った感じで説明をする。
「どうやら長い年月で忘れ去られてしまった物であるようです。王族の方たちにも伝えられていない、正しく秘密の小部屋でございますよ。機嫌を悪くさせてしまいましたかな?」
普通はこういったモノを見つけたら報告義務などがあるはずだろう。でもデンガルは悪びれもせずにノホホンとしている。
「いや、そこは良い。これでゆっくりと余計な者に煩わされる事無く話ができるだろう。ああ、お茶が無いな。取って来るか?」
王子様が直々にさっきデンガルが出したお茶を「取ってこようか?」と提案してくる。ちょっとソレは王子様としてどうなの?と言った軽い態度だ。
ソレはメンドクサイだろう。もうこうしてこの部屋に入ってしまったのだ。それに戻ったらタイミング悪く各部署の責任者とやらが押し寄せてきているかもしれないのだ。
で、どうやらソレは現実になっていたようで。
「殿下はどちらに!」「デンガル殿はいずこに!?」「この度のこの署名の説明を!」「このエンドウと言うモノは一体何者ですか!?」「つむじ風が拒否と言うのはどう言う事でありますか!?」
この声に王子様は椅子を立ちあがりかけていた所を直ぐに止める。
「間一髪だったか。スマンな。どうやら無理みたいだ。」
苦笑いをして肩を上げる王子様。デンガルがそれを見て「では、教えて欲しいのだが」と俺へと話をするように言ってきた。




