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玉座の争い

 追いかけられていた男女はどうやら路地の奥まった人気の無い場所へとどうやら誘導されるように追い込まれていた。

 男たちのその動きがどうにも洗練されていた。事前にこの裏道で訓練していたかのようなスムーズな動きと先回りだったのだ。

 男たちの人数は五人いる。それらが上手く先回りをしつつ、横道を塞いでいるのだ。残された道をそのまま走って捕まらない様に逃げるしか道が無い男女。

 そのまま立ち止まればすぐにでも男たちに囲まれてしまう状態である。不審な動きをされていると理解ができても只々今は走る続けるしかない。

 そんな追いかけっこも終わりを告げる。そう、そこは逃げ場が無かった。袋小路に追い詰められていたのだ。

 そのスペースはどうやら路地開発で計算間違いが起きてぽっかりと開いた穴、と言ったら良いのかちょっとした広場みたいになっていた。

 追い込まれて既に後の無い男女。ここで追いかけていた男の方が口を開いた。


「恨みはありませんが、上からの指示で貴方様の命、ここでもらい受けます。ご容赦を。」


 その言葉遣いはどうにも堅苦しい。この男たちの代表と思わしき者はどうにも「お堅い」お仕事に付いている者らしい。

 ソレは「貴方様」などと言葉にしている事と、そしてこの追いかけられていた男女の方が「様付け」で呼ばれているアタリ身分が高い人物だと言う推測から予想ができる。


「はぁ~。その様子だと、弟派閥か?もしくは弟からの直接の使いらしいな。・・・私は死ぬわけにはいかん。」


「ご安心を。侯爵令嬢様はお連れするように言い使っております。ここで死ぬのは、貴方様のみ!」


 そこで剣を抜き放つと同時に大上段から斬りかかろうとする男。反対に殺されそうになっている男の方は丸腰だ。

 でもその剣は振り降ろされる前に止まる。ピクリとも動かない。

 力を込めたその振り上げ、今にも振り下ろされんばかりの体勢であるのに、一向にその剣は落ちない。


 これには刺客だろう男たちに困惑を与える。何故そのような体勢でピクリとも動かないのか?と。


(まあそれは俺がやったんだけどね。・・・う~ん?それにしてもなんか、妙だな?)


 そんな空気感になったこの場に相応しくない奇妙なモノを視界に入れていた俺はちょっとだけその違和感に警戒を強めた。そして魔力ソナーでその「詳細」をしっかりと確認した。


「ど、どう言う事だ?こ、コレは?た、助かった、のか?」


 殺されそうになっていた「貴方様」の方もこれには困惑で表情が複雑になっている。

 どうやら刺客から「貴方様」と呼ばれた男は今の状況が理解できない様子だ。そしてその後ろに居た侯爵令嬢と言われていた女の方も。

 理解できないのは刺客の方も一緒だ。でもよく訓練されているのだろう。残りの四人は直ぐに剣を抜き放っていた。

 この場での彼ら刺客の仕事はこの「貴方様」を殺す事。そう、暗殺だ。なのでその仕事を全うしようとして動き始めた。


「くっ!どうしようもない!これまでか!?」


 命を狙われているのだ。当然このままでは終わらない。動き出した男四人に命を狙われている高貴な生まれであろう男は諦めの言葉を漏らす。

 動けない一人を除いて四人全員が一斉に動き「貴方様」を狙って斬りかかる。でもコレも一人目と同じような体勢で動きが突然止まる。もちろん俺が魔力を地面に流し、彼らに纏わせて固めたからである。


「一体コレは?・・・誰が?これを?」


 俺は物陰から隠れてこの様子を見守りつつ、こうして手を出したのだ。どうにも「悪事」の臭いがプンプンしたので思わずと言った所だ。

 こんなどうにもドロドロした貴族社会の揉め事に首を突っ込みたくは無かったのだが、それでもこうして悪巧みをしている奴の思い通りにはさせてはやれないな、と思って助太刀をしてしまった。


(しかし名乗り出たくは、無いな。巻き込まれるのは御免被る)


 最初はデバガメしてやろうと思っての行動だ。しかし直ぐにそんな場合じゃない事はとっくに気が付いていたのだ。

 それでもこうしてこの場を離れずに最後までこうして見届けたのは、途中で放り出すと後味も悪いし、どうなったか気になってしまうと言う事もあるからだ。

 気になるから、と言った点では大通りでこの騒動を目にしてしまった時点で「追いかける」と言う選択肢しか残っていなかったと言うのが正解か。

 あんなものを目撃してしまえば何事かと気になってしまう。もうそこで詰みである。後を追うしか選択肢は無いに等しい。

 そうなればコレは必然だ。もしかしたら悪事を働いた男女の捕り物の可能性も、と思って最後まであきらめなかったが、刺客の男たちの「最初から計画してました」と言う動きにその望みは潰えていたが。


「彼らは・・・もう動かない、のか?どのような方法であるかは解らないが、助けて頂き、感謝する。よろしければ姿を見せては貰えないだろうか?・・・失礼、先に名乗らせて頂く。私はこの国の第一王子、レクトル・シーカク・メルドラムと言う。助けて頂いた礼がしたい。」


 そんな事だろうとは思っていた。どうやらお家騒動、王様の椅子を取り合う者たちの醜い争いの一つだと言う事らしい。

 そしてそれがこうしてハッキリとした事で、ここで俺は考える。姿を見せるか否かを。

 さっきこの王子様が言っていたのは「弟」だと。この第一王子暗殺を企てたのは弟であろうと。

 でも、俺には単純にソレだけでは無い事をこの場で感じていた。それを伝えるかどうか迷う。

 で、ここまで来て腹を括った。つむじ風の皆には後で了解を取ればいいだろう。事後承諾だ。俺は姿を見せないままに声だけで王子様へ挨拶をする。


「姿を見せない事をお許しいただきたく。私は只の通りすがりです。今回殿下のお命が助かった事は運だとでも思って頂きたく。その上で質問を許していただきたい。一つお聞きします。この度はお忍びで城下においでになられたのですか?視察のため、では無く、その後ろに居る侯爵令嬢様とのお出かけ、と言った所ですか?」


 俺は道の角に姿を隠したままに王子へと問いかける。この質問に少々の戸惑いを見せつつも王子が話し出す。


「ああ、彼女は侯爵、マルブッシブ侯爵家の長女で私の許婚のミーシェルだ。護衛が幾人か付いていたのだが、こいつらはどうやら巧みに私たちと護衛を切り離してきたようでな。いつの間にかこうして、と言った所だったのだ。」


 この紹介で侯爵令嬢ミーシェルが浅くカテーシーをする。このような場だから深い挨拶は無用だし、この様な場ではコレが当然だ。そもそもカテーシーなど取れるのは刺客たちが今も動けないでいるからできる事だ。


「危ない所を助けて頂き、誠にありがとうございました。」


 短く、その一言だけ。このような非常事態に長い挨拶言葉は不要だ。で、俺はこの時もまだ魔力ソナーを周囲へと広げていてどんな細かい事も見逃さないように注意を払っている。

 そしてここでひとつ確定した事がある。それを王子様に伝える覚悟ができた。でもそれは今じゃない。


「どうやら護衛が近くまで来ているようです。このままここに居れば大丈夫でしょう。お二人の安全が確保できるまでは私が見張ります。姿は見せる気はありませんが、護衛が来るまでは側に付いている事を保証します。」


「助けて頂いた恩人に何一つ礼をできず、情けなく思う。是非とも我らの前に出てきて欲しいのだが、どうやらその気はない様子。何から何まで甘える様な真似になってしまう形になるが、感謝の言葉だけでも受け取って欲しい。ありがとう。」


 そう言って王子様は深く頭を下げた。一国の王子がここまで頭を下げるのは如何なモノだろうか?下々に示しがつかない、などとは俺は言わない。

 ここには王子を殺そうとした刺客が固まっているだけ。その他の国民は一人もいない。ただ許婚の侯爵令嬢様は側にいるが、こちらも助けて貰った事にしっかりと感謝をしていると示したいのか王子と同じくらいに頭を下げている。


「頭を上げてください。もうソロソロ護衛が到着します。この周囲一帯に不審な輩はもう居ないようです。ですがこの後は直ぐに城に戻られるのが賢明かと。では。」


 王子様は俺が姿を現す気が無い事をしっかりと受け入れてくれている。もし俺がこの場で姿を見せていればきっと「王家の沽券にかかわる」と言って礼をさせてくれとずっと言い続けて来たのではないだろうかと推測する。

 俺の態度と言葉に全く礼を受ける気が無い事、周囲に他に王家関係の人物が多く居なかった事で、どうやら王子は礼をする事を諦めてくれたようだ。

 ここで大勢多数の関係者前で王子を派手に助けていたら、きっと何が何でも王子は俺へと「お礼」を渡さなければいけなかったはずだ。それこそ「威信」にかけて、とかなんとか。

 王族が自分を助けた者に対して褒美の一つも取らせないのか?と言った事を周囲の貴族やらが言うだろう事は明白だ。

 そんなくだらない事で他人の脚を引っ張ろうとする輩は何処にでも存在する。そう言った者たちの言葉を塞いで静かにさせるためにも王家は褒美を取らせなければいけなくなると言う無駄が出る。

 要らないと本人が言っても「受け取ってくれないとマズイ」と言って相手に受け取らざるを得ない状況を作らせる。ここでも受け取ろうとしないと「下賜される褒美を受け取らない事」をネタにうるさく騒ぐ者が出てくるのだ。「受け取れ」と言う王家の命令が聞けないのか?と。

 命令を聞かないと言うのは王家への反逆か?などとそんな頭の悪い言葉をブッ込んでくる馬鹿が現れたりする事も考えられる。


(後で密かに王子の所にお邪魔して「お話」はちゃんとしておかないと駄目だろうけど)


 どうにもこの様子だとこの王子様は「まとも」だ。なので俺の今回のこの王都に来た件では話を通すのに一番有用な相手である。

 それともう一つ、ここで分かった重大な事実も王子様には聞いておいていただかなければいけないだろう。

 そんな事を思いつつも俺は姿を「消した」ままにこの場を去らずに彼らの動向を探り続ける。

 もしかしたらこの護衛もグルである可能性が高いのだ。そもそもこの国の第一王子である彼を守るのにこれほどまでにあっさりと護衛と分断されると言うのがおかしい。

 分断される前に大騒ぎになっていてもおかしくないはずである。それこそ王子様とその許婚がお忍びデートである。万が一が在ってはならないから厳重な警戒網を張っているハズ。

 それなのにこうして二人がこんな路地の袋小路に容易に追い込まれているなんて話にならない。

 刺客たちの方が遥かに手練れだった?それを考慮してもあり得ない事である。この護衛達もまた、刺客を送った者の所から派遣されている可能性の方が自然だ。


(そもそも暢気すぎるだろ。この国の王子様とその許婚だぞ?そんな二人が城下へと繰り出してデートとか?危険すぎて普通は無しだろ?)


 まあ物語なんかではこう言った行為は有ったりするものだろうが、それはフィクションだ。現実ではそれこそあり得ない物だと思える。

 我が儘が過ぎる、その一言だと言えるのだ。この国のトップ、その子息の命が掛かっているのだ。暗殺するにはもってこいのシチュエーション。これをみすみすと自ら率先してやろうとするなんて思えない、この王子が。

 だって彼はどうやら「まとも」だ。その危険度の高さを解らない頭をしてはいないだろう。そこまで阿呆では無いと見えるのだが。

 で、じっと聞いていればどうやらコレは侯爵令嬢様がいけない様で。


「殿下、わたくしが無理な我が儘を言ったせいで御命を危うくさせてしまいました。このような失態、わたくしは殿下に相応しくありません。どうか処断を。」


 どうやら城下の様子をこの目で見たいとでもいったのか、この侯爵令嬢の我が儘なお願いと言った所であったようだ。


(ああ、ソレにしたってコレは無いだろうに。お忍びなんだから情報が漏れないようにした?それでもこうして襲われてるんだからしょうも無い。この件は筒抜けだったよなぁ、そりゃそうだ)


 刺客たちはもうそれこそ、この入り組んだ路地を自由自在に動いていた。彼らは最初からここに王子様を追い込むために時間を掛けていたのだろう。デートの情報はかなり前から筒抜けだった、と。事前準備は完璧だったのだろう。


「君は何も悪くない。ミーシェ。僕が不甲斐ないばかりに怖い目に遭わせたね。それこそ謝らなければいけないのは私の方だ。」


 と言って王子様はミーシェル侯爵令嬢にデレデレである。その顔はキリッとしているが内心侯爵令嬢にデレンデレンである。


「コレは駄目駄目かね?うーん?どう伝えよう?」


 俺は呆れてしまった。恋は盲目とでも言えばいいのか?この王子様にどうやって大事な話を伝えたら良いモノかと俺は悩む。正直に話した所で王子様の機嫌を悪くさせてしまうだけかもしれないな、と。

 そうしているうちに護衛達は到着した。王子様が護衛達に事情説明をし、固まったままの刺客たちを縄で捕縛していく。

 こうして王子と侯爵令嬢は城へと三名程護衛を連れて帰館するようだ。残りの護衛達は刺客を牢へと連行するために別で動く様子。

 刺客を捕縛の際に、俺はひっそりと刺客たちの動きをコントロールして直立不動にさせていた。剣を振りかぶったままでは縛る事もできないだろう。なので自然な動きに見えるように、さも「神妙になりました」と言った態を演出しつつ縄で縛られやすいように直立して微動だにさせない体勢にさせた。


(とりあえずはこのまま俺は隠れつつ王子様の後ろを付いて行きましょうかね)


 俺も城へと用事がある。向かう途中でこの騒動と遭遇したので時間がそこそこ経っている。なのでこの後は寄り道などをせぬようにするために王子様の後方を歩く。もちろん姿は「消した」まま。

 消したままと言うのは、メルティン伯爵の件が終わり、屋敷から出る際にゴクロムとミルストの目から逃れるために使用したあの魔法である。


(そういやこうして姿を見られない様にして城に入るって言う手もあったんだよなあ。忘れてるって言う次元じゃ無いなこれじゃ)


 自分の使える手札を直ぐに忘却してしまうのは、俺がそもそも賢者などでは無いからだろう。

 周りの者たちは俺の事を直ぐに「賢者」だ、と言ってきたが。そもそも俺の思うそのイメージと、そうやって俺の事を賢者だと言ってくる者たちの考える「賢者」は大分違いがある。コレは確実に。

 どう言った事を指して俺を賢者だ、と言っているのかは何となくではあるが察しはついている。けれどもそれを俺は受け入れられていない。まあ言うなればただ単にそれだけの事だ。

 だがソレだけの事が、俺には大きい溝だと言う事だ。自分の事を賢者だなんて、いつまでたっても俺は受け入れられない事だろう。


 そんな事を考えていれば風景が変わっていく。静かな高級住宅街へと変貌し始めた。どうやらここら一帯は「お金持ち」の御宅が密集する層らしい。

 そこからまた暫く行けば大きな土地、屋敷が幾つも見られる。どうやら貴族街と言った所であるようだ。そこに馬車が一台道に停めてあった。その馬車の側にいた兵士たちが侯爵令嬢を守るように展開する。

 どうやら彼女を家へと送るための馬車であるようだ。


「殿下、本日は申し訳ありませんでした。わたくしはこれにてお先に。それではまた。」


 侯爵令嬢はそう言ってカテーシーをとり、馬車に乗り込んで王子様と分かれる。すぐに出発する馬車。それを残された王子様と言えばジッとその馬車が見えなくなるまでそれを見つめ続けた。

 見送りが終わればそのまま王子様と護衛はまた歩き始める。そのまま何事も無く城へと到着した。門番が「おかえりなさいませ」と言って開門の合図を送る。


「私は部屋に戻る。何かあれば呼べ。」


 そう言って王子様がそのまま門から歩いて城へと向かっていく。どうにもこの王子様、馬車を使わないのだろうか?

 侯爵令嬢を見送った時にもう一台王家用の馬車を用意してソレに乗って帰る方が早しい安全だろうに。

 門から城の入り口までかなり長大な庭がある。たどり着くまでに直線ではあるがかなり長い道のりが。

 それこそこういった距離を自分の脚で歩かないで済む様、この庭道専用の馬車もあるようなのだが、王子様はそれに乗る気配が無い。


(考え事をしてるふうにも見えないしな。何かしらトラウマでもあるのか?そうには見えないが。まあ、いいか)


 単純に馬車に酔うとか、あるいは歩くのが好きだとか言った理由もあったりするかもしれない。コレは別に今重要な事では無い。

 城の敷地内とは言え側には護衛も居て王子様の後ろを付いて行っている。そんな俺はその護衛の後ろを歩いているのだが。

 もちろん姿は「消して」ある。例の魔法は継続中だ。しっかりと俺の存在がバレない様に気を遣って彼らの歩く速度に合わせて足音も合わせる。

 3m後方に居るので流石にバレないだろうと思っていると、急に護衛の一人が難しい顔で、そして不思議そうな顔で後ろを向いてきた。

 ソレに俺はかなりドキリとさせられたが、その護衛は首を二回ほど傾げてそのまままた何も無く前を向いた。


(勘が鋭い系の護衛なのかね?ああ、経験豊富な護衛が「違和感」を感じ取ったと言う方向もありか)


 ドキリとさせられた分、慎重さをより一層深めて俺は彼らの後ろを歩く。で、とうとう城の内部へと入ったのだが。


(あ、どうしようか?このまま先に王子様に事情説明?それとも師匠の手紙の件が先か?)


 俺は全く何も考え無しにこうして城へと侵入してしまった事に気付く。


(まともな人物とまともな話をする為だったよなぁ?で、俺は今まともじゃない方法で城に入って来てしまった訳だ。阿保か。こんなんじゃ相手がいくら「まとも」でも俺の事を信用してくれるはず無いだろうに・・・)


 城に忍び込んだ侵入者だコレでは。いくら俺が誠実な態度で話をしたいと思っても、相手側が最初から俺へと警戒を持つような状況ではお話にならない。

 暴れるのは最終手段である。最初からやり直して正規の手続きをして城に入れさせてもらうのか?今更引き返すのもどうなのか?と考えている所でとうとう王子様の部屋の前にまで来てしまった。

 こうなれば半ば自棄だろう。先ずは王子様に話をしておいた方がいい。この話は早くしておけばおく程に良いはずの話だからだ。俺は王子様と一緒に部屋へと入り込む。もちろん俺の姿が「消えて」いるので王子様はコレに気付けない。

 王子様がソファーへと深く腰を下ろす。そして大きな溜息を吐いたタイミングで俺は声を掛けた。


「失礼、王子様。非常に重大なお話があり、こうして忍び入らせて頂きました。この件は内密、誰にも話さないで頂きたい。」


 いきなり一人だと思っていた自らの部屋でいきなり他人の声がする。しかも自分を助けた先程の者と同じ声だったのだから驚きはどれ程だろうか?


「な!・・・どのように入ってきたのだ?いや、そんな事は聞かないでおこう。この声は私を助けてくれた者だな?このような真似をしてでも私の耳に入れておきたい事のようだな。しかし、ならば一つ言わせてもらおう。それほどの重大な話なら姿を見せてキッチリと面を向かい合わせて話をして貰いたいのだがな。駄目かな?」


 どうやら王子様は懐も、その器も大きく広く深いようだ。これほどまでに得体の知れない相手の言葉をこうも簡単に呑み込んできた。

 俺は姿を消したままで声を掛けていた。なのでそもそも信用されないだろうな、と言った所も考えていた。

 でも王子様はそんな気配を一切出していない。こちらがソレに少々ビビる程だ。流石に王族、と言う事なのだろうと思って俺は光学迷彩の魔法を解いた。

 こうして姿を現した俺にギョッとした目を向けて驚いている王子様。だけどそれも直ぐに収めて俺の事を見つめてくる。


「先ず約束してください。私の事は秘密に。」


「良いだろう、助けて貰った礼がしたかったが、その様子だと「要らない」んだな。秘密にする事、これを君への礼としようか。それで良いかな?」


 俺が「他に喋るな」と言った事で、王子様が事情を知らずとも察してくれる。こうして対応してくれるのも俺が王子様を救ったから、と言った所もあるからだろうが。


「君の事を深くは聞き出さない事も約束するよ。でも、君から話してくれるのであれば聞きたいがね。・・・で、早速だが、話とは?」


「良いんですかね?ちょっと俺の事を信用するにも大胆過ぎるように思えますが。まあいいですかね。では。貴方を襲ったあの刺客、侯爵令嬢が絡んでますよ。」


 俺の言葉はどれ程王子様の心を傷つけてしまっただろうか?信じられるはずもない戯言と突っぱねられて当然だ。しかもいきなり単刀直入だからってこれだけ手短な言葉で「犯人」と侯爵令嬢を名指ししたのだ。

 俺はこの場で王子様に無礼だと叫ばれて手打ちにされてしかるべきだろう。


 王子様が目を大きく見開いたのは一瞬だ。そして何かを堪えるように俯き目を閉じた。そしてかなり低い声で俺へと訊ねてくる。


「ふうぅぅ~。何を根拠にその様な事を?怒りで一瞬我を忘れかけたよ。・・・君は僕らを助けてくれた。そうだね?そんな正体不明ではあるが君の言葉だから、一応はここで冷静さを取り戻せたが。ふざけている訳では無いね?これ以上は彼女を侮辱する言葉を吐くようであれば直ぐにこの部屋を出ていってもらいたい。」


 どうやら王子様、侯爵令嬢にぞっこんと言った感じだ。顔を上げた王子様のその目は鋭く俺を睨んできている。到底信じられる話ではない、と目が訴えている。


「根拠ですか?うーん?じゃあ先ず。私はそもそもあの路地裏にお二人が追い込まれる前から様子を観察していました。大通りの所からですね。」


 コレに目を細めてくる王子様。何でそんな所から?と言った感じだ。話の根拠を話せと言っているのに何故?と。

 ここで慌てて答えだけを言っても到底信じては貰えないと考えたから、道筋を作って話そうと思っただけだ。そこまで深い意味は無い。


「大分追いかけられた距離も長いでしょう。ずっと鼓動はドキドキしっぱなしだったのでは?追いかけられている緊張感、相手が何者か分からない不安感、それと走り続けて息が上がって呼吸も荒い。」


 それがどうしたのかと思っているのだろう王子様はしかし何も横槍を入れてこずに俺の話を聞き続ける。多分我慢しているんだろうな、と言った事が分かる表情はしていたが。

 俺が侯爵令嬢をいつ「犯人」だと思ったのかがまだここまででは掴めないからこそであるのだろう。王子様は忍耐力もお持ちのようだ。


「行き止まりに閉じ込められて王子様は彼女を背後に庇いました。なので彼女の表情は見えていなかったでしょうね。でも、俺からは良く見えていましたよ。彼女、平然とした顔してました。」


 ここでやっと微妙な顔に変化する王子様。どうやら俺が言いたい事が少しづつ解ってきたようだ。察しも早い。


「先程の緊張、焦り不安、走り続けて息が荒い。そんな状態でいたはずです王子様は。でも、侯爵令嬢は?貴方はその彼女の状態をしっかりと確認できていましたか?私は確認できていましたよ?」


 あの時王子様は刺客の方に向きっぱなしだった。それもそうだ。相手を警戒して自分の後ろに下がらせて庇った侯爵令嬢の顔なんて見ていられる状況では無い。


「どうにも侯爵令嬢、ニヤついた顔でしたね。緊張感なんて見られなかったし、焦りもしていない様でした。走ったから多少息は上がっていましたけどね。でも、それだけ。しかも刺客を見てニヤついた顔していたんじゃ無くて、王子様、貴方を見ながらそんな顔してたんですよ。しかも結構なあくどい感じですよ。」


 コレに王子様が手をギュッと握りしめた。そんな馬鹿な、と思いたいのだろう。でも、自分の目でそれを確認できていないから否定ができないのだ、俺の言った言葉を。


「彼女は・・・そんな人ではない・・・君の言っている事は・・・当てはまらない。」


 絞り出すようにそう言葉にする王子様。当て嵌まらないとは要するに、王子様の中の侯爵令嬢の「思い出」に当て嵌めてみて、彼女はそんな人物では無いと否定しているのだ。

 ここで王子様が縋るのは自分の中の侯爵令嬢と言う人物象。長年連れ添ってきたのだ。そちらを信じるのも頷ける。

 それでもそんな今までのやり取りが「嘘」であったのなら?人は仮面を被る存在だ。時々裏表のない人もいたりするが、それは稀だろう。

 人はそれぞれ場面場面でその時にあった自分を演じるものだ。それが貴族なんて言う代物であるならば余計に仮面を被らない訳にはいかないはず。

 王子様はそれを信じたくはない、と言っているのだ。


 だけども俺はまだまだその王子様の幻想を打ち砕く話をもうちょっとだけ続けねばならない。

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