良い事も、悪い事も
彼らから見えない角度の場所に行って自分の野営の準備をする。インベントリから魚をいくつか出してそれを調理する。
まあ単純に内臓を取って三枚におろして洗い、そのまま塩を振って焼くだけ。焼けた分からそれをそのまま皿に乗せ人数分を提供した。
「おい、お前さんこいつは食って良いのかい?どう見てもコレは干物を焼いた・・・モノじゃ無いよな?」
一人だけ目ざとい者が居たらしく、焼き魚を見てそう俺に問いかける。
「ああ、そいつは心配してくれた礼とお近づきの印だ。いきなり俺の姿が見えて警戒させちまったからね。その詫びでもあるかな。」
ちょっとだけこの言い訳に不審がられたが、お調子者が居たのか、早速一口ぱくりと食べてしまった者が居た。
「うんめぇ!こいつは良いや!ふっくらしてて、身が甘いぞ?塩をドバドバ使って干したアレじゃ無いや!」
この言葉で他の全員も早速食べ始める。どうやら一服盛られているような事は無さそうだと警戒は解いてくれた。
酒が進むと言って焼き魚を齧ってはぐびぐびと酒を喉へと流し込む男たち。しかしそれを注意する者も居る。
「あんまり飲み過ぎんじゃねえよ。明日の朝一に入るんだぞ?起きれなかったら置いてくからな。」
そう言って笑い声と共に酒盛りは終了し、見張りを一人残し就寝し始めた。
「おう、あんたも寝ていいぞ。なんかあったら俺が起こすからよ。心配しなくていいぜ。という訳で、魚の分はこれでチャラにしてくれ。ごちそうさん。美味かったよ。」
そう言ってくれたので俺も自分の出したテントの中に入って寝る事にした。
翌朝、俺は気持ちの良い朝を迎えた。しかし外は霧が出ている。日の光が出てくるちょっと前に起きてしまったようだ。
これから時間が経てば霧も晴れて周囲がハッキリと見えてくる事だろう。そうなる前に俺はインベントリに野営道具を全てしまい込む。
「あー、ッと。朝飯だけは先に作って食べておけばよかったか?でも、まあいいか。」
そう思ったのは日が出始めて周囲が明るくなり、霧が晴れてきた事で門が見えてきたから。
どうやら開門は日の出と共にらしく、野営をしていた者たちが既に並んでおり検問を受け始めていたからだ。
そう、俺が一番起床が遅かったのだ。昨日魚を提供したグループは既に順番待ちで並んでいた。
「中に入って屋台で何か食おうかな。よし、俺も行こう。」
その列の最後尾に並んで直ぐに街道から多くの人たちが門へと向かってくるのが見えた。
「はあ~。後ちょっと遅かったら中に入るのにもっと時間が掛る所だった。こういうのは早め、早めの行動を心掛けた方が良いんだろうな。」
起きるのが遅ければ遅くなる程に順番待ちはかなりの時間になっていた事だろう。
そうなるとこうして門の前に野営をした意味が無くなっていた。
「そう言えば何かあったら教えると言われたけれど、こうして朝に起こしてやるとは言われなかったものな。」
独り言を言っている間に俺の番になる。ここでも俺は冒険者証を見せるとすんなりと中に入る事ができた。
「よっし!じゃあ先ずは腹ごしらえして観光だ。んでもって昼飯を食った所で城に突入かね?」
城に突入と言ってもどの様な方法を取るかというのは考えていない。まるっきり。
なのでその場のノリと勢いでやってしまうつもりだ。どうせ穏便には済まないだろうと思っているから。
使者として派遣されてきていた奴らが「あんな」だったのだ。その本拠に居る奴らがマトモとは思えなかったし、そもそもこの国の役人たち自体が、王が、冒険者から反発を強く受ける様な方針を取っているのだ。
これを鑑みれば俺の様な政治の「何たるか」が分かっちゃいない俺でも、この国の中枢は馬鹿の集まりだと言うのがすぐに想像つく。
師匠からも話を聞いていたが、使者とのあのやり取りで確定した様なモノだ。お話にならない、と。
こうして俺は城にはどうやって入ろうか?などと言った計画など立てるつもりも無くなっている。
取り合えず当初に考えていた通りに「力」で脅して終わりにしようと言う考えで落ち着いた。
どうせこのままでもきっと俺たち「つむじ風」は近い将来にこの国内だけでも「お尋ね者」にされていたはずだ。
ならばそれが早いか、遅いかの違いだろう。
「マーミには御説教を食らうだろうが、まあ許せないんだからしょうがない。」
俺にはまだ、少年が斬られたあの件の怒りが消えていない。既に時間は結構立ったし、それこそ、それを起こした男はもう死亡している。
しかしあのような輩が使者なんてモノをしている責任は国に有る。指名をして派遣したのは国だろう。
俺はその責任は重いと見ている。寧ろ、そんな奴を何故国が雇っている、働かせているのか?疑問だ。
人としての人格、性格、その人間性を精査しないでホイホイと懐に入れているのだろうか?
ロクに仕事をしない奴らを?あんなロクでも無いクズを?などと考えていると怒りが込み上げてきてしまう。
そうやって屋台で買った朝食用の串肉を頬張って考え事をしながら歩く。あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。観光をしながらだ。
そんな奴は目立つのだろう。いつの間にか俺を付けてきている集団が居る事に気が付いた。
(ああ、そりゃそうか。おのぼりさんみたいにキョロキョロしながら見た事も無い服を着て歩いているんだもんな。良いカモだろうよ)
そもそも忘れかけているが、俺の着ているのは一張羅のスーツだ。魔法をかけているので常に清潔、耐久力MAXである。ほつれたり、生地が切れたり擦り切れたりしないし、汚れもしない。
この様な服を着ていれば普通なら怪しいと警戒してもおかしくないのだが。しかし視線が定まっていない、ふらふらと歩いていて目的地が有りそうも無い、そんな状態で歩いていれば、この世界の人からしたら「珍しい服を着た田舎者が今日初めて都会に来ました」と思われて当然だ。
この国とは別の国出身の商家の金持ちのボンボンが物見遊山しに来た、と判断されてもおかしくない。
(まあこうして犯罪者だとハッキリわかる奴らであれば潰しておいても損にはならないよな?それこそ社会利益にちょっとだけ貢献しようか)
取り合えず俺はメインになっている大通りからゆっくりと脇道に入って行った。
すると人気の無い場所で俺は前後を塞がれる。前に二人、後ろを三人だ。いずれも男である。
「おい、お前。止まれ。一体貴様は何者だ?答えろ。」
いきなりこの質問は無いだろうと俺はゲンナリする。だって相手が誰なのかも分からないし、そもそも知らない人物にいきなりこんな事を言われて素直に相手の求める答えをできるはずが無い。
上から目線、俺の事を大分下に見ている視線もそうだ。代表で喋り出した男以外もニヤニヤ顔でいる。どれだけ程度の低い者たちなのだろうか?
そもそも俺が何者か分からないからこんな質問をしてきているのに、明らかに自分たちの方が「上」と判断してそれを理由に相手を小馬鹿に見ているのだ。
何処にソレだけの自信の根拠があるのか全く分からない。実力か、権力か、それとも数の優勢か?
「おい、さっさと答えろ。痛い目を見る前に喋るんだな。諜報部の俺たちの拷問の種類は多いぞ?話したくなるようにいくつか軽く体験してみるか?あぁ?」
この言葉に俺を囲う男たちのニヤニヤ顔がますます深くなった。
何処までも程度の低い国である。諜報部隊と自分から名乗ったのだ男は。
コレには心底呆れて言葉が出なかった。どうもこのシーカク国は末端までグズグズに腐っているようだ。
俺をこうして囲ってきたのはどうやら見た目だけで「怪しい」と見ての事のようだ。諜報としては正しい判断かもしれない。
見た目が怪しい、コレは俺も確かに否定しない。だけど、尋問の仕方がくだらない。
暴力、脅しをするにしても一番単純で、そしてお手軽。しかし馬鹿。この方法はそもそも自らの力よりも強い者には通用しない方法だ。
ついでに一人に対して五人で囲っていると言う数的有利も前面に出して俺を脅しに掛かっているのだ。
これもまた安直な行動だ。そんな数の差などものともしない程の実力差がある相手ならば?コレはそもそも成立しない脅しになる。いわゆる「滑稽」という部類になるだろう。
そして一番愚かな行為、それは自分たちの身分を明かした事だろう。その正体を一番知られちゃいけない立場の仕事の人間が、しかもそれを自らゲロっているのだ。コレはもう言葉にならない。
そんな何処から突っ込んで良いやら分からない愚かさを曝け出したこの男たちに、俺は掛ける言葉が無く沈黙してしまった。
これを何と勘違いしたのか、男たちはどうやら俺を痛めつける事に決定したようだ。
「どうやら俺たちに可愛がられたいらしい。お前ら、やってやれ。取り合えずすらすらと何でも喋りたくなるくらいにしてやりな。おっと、歯が無くなると何喋ってんのか分からなくなるからな。ちゃんと顔面は優しく殴ってやれよ?」
慣れた様子で俺を囲っている円周を狭めようと一歩踏み出そうとする男たち。でもその一歩が出せずに上半身を捻ったり腕をバタバタさせたりしている。
「な!なんだ一体!?足があがら!ねぇ!ぞ!」
「動け!動けってんだよ!何で俺の脚が地面にくっついたように離れねえんだ!」
「馬鹿クソ!なんだこりゃあ!?」
「どうなってやがんだよ、このクソ!」
「お前らどうなってんだよ?俺の脚も動かねえ!?」
この馬鹿の一つ覚えみたいなやり取りはもう卒業したいのだが、いかんせん使い勝手がいい。
俺はもう既に魔力を地面へ流してこいつらの足を固めておいてある。
「貴様ぁ!貴様がやっているのかこれはァ!解除しろ!今すぐにだ!さもなければお前を殺す!」
糞ダサい。動けないのにもかかわらず俺に未だに脅しをかけてこようとする。そんなモノが全く通用しない場面であるのに。それが理解できていない。
こんな状態であるのに、何故自分たちが一方的に不利になっている事を悟れないのだろうか?圧倒的に立場が逆転しているのが受け入れられないとはどう言う精神構造なのか。
「毎回同じパターンで解決している。マンネリ?いや、そもそもどうしてこういった絡まれ方しか無いんだろうか?」
そんな風に考えるのだが、それもこれも「こんな格好」をしているのが一つの原因である。だけどこのスーツを脱ぐ気にはならない。
「そうなんだよなぁ。コレは俺がそもそも「サラリーマン」だった証だからなぁ。自分を忘れないため、って言うか、何と言うか。」
自分が自分であるために、そんな大層な事を言うつもりも無いのだが、コレが一番しっくりくるのだ。いまさら他の服にする気になれない。
「はあ~、さて。君たちに色々聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
俺はこの「諜報部(笑)」の男たちに尋問をする事にした。
「この国では冒険者を召し抱える法があるよね?で、俺は今「つむじ風」に所属しているのだけれど、ソコん所のお偉いさんたちはどんな命令で使者を派遣したのか?それを聞きたいんだよ。」
既にこの質問を終えた時には奴らの身体は首から下を「拘束」し終えている。流石にこれだけの状態になっているならば、と思ったのだけども。
「貴様が今、国が取り込もうとしている冒険者だと!?だったらすぐにこれを解け!さもなければ貴様らを直ぐにでもお尋ね者として犯罪者に落としてやるぞ!」
何だろうか、この話の通じ無さは。こんな程度の低すぎる者たちでは話自体ができない。これには流石にウンザリした。
こんな風にして今まで冒険者たちを下手な脅しで召し抱えていたと言うのだろうか?これには少々イラつく所を感じる。
「じゃあ、すみませんけど。俺たち「つむじ風」は国に召し抱えられるつもりはありません。国の勧誘はお断りさせて頂きます。」
「何ぃ?貴様、この召致を断るつもりか!ふざけた奴らだ!国を敵に回すつもりと言うのならばここで死ね!貴様の様な者は国家反逆罪としてこの場で俺が問答無用で切り殺してくれる!処刑だ!」
これだけ喚いていてもこの男の身体の首から下はピクリとも動けていない。そんな奴が切り殺すだの、処刑だのと騒いでも滑稽なだけだ。
どうせなら口も塞いでおけば良かったとちょっとだけ後悔する。どうやらこうして喋っている男はリーダーらしいが、それにしては脳味噌が無いのかと思わんばかりの馬鹿っぷりに俺は呆れてモノが言えない。
他の奴に質問して答えを得れば良かったと思って周囲を見たのだが、それでもどいつもこいつも改めてみると「話になら無さそう」と言った顔ぶれ。
「もう、城に突っ込もうかな?いや、こんなゴミ諜報部なんて飼ってる国なんだから城に行っても話がマトモにできる役人居ないんじゃないのか?」
俺は城に行っても徒労に終わるかもしれないと言う可能性を考えてしまう。それでも行って見ない事にはその真実は分からない。
中にはマトモな者も居るかもしれない。数の多さ「だけ」を力に発言権を得ている者たちの影に、ちゃんとマトモに話し合いができる者がひっそりと隠れているかもしれないのだ。
師匠は「やってられるか!」と城を出ていった者だが、そうじゃ無く、残ってまだ細々と戦い続けている、雌伏の時を過ごしている者が居る可能性もある。
行って見ない事には分からない。でも、城に突撃して、さて、そんな人物と知り合えるかどうか、だ。
突撃と言う事は派手にやらかすと言う事だ。そうすればそもそも騒ぎになって話し合いの場にはならないだろう。
ちゃんと手続きをして城に入る事が求められる。俺にそんな伝手は無い。そもそもそう言った今の国のやり方に「疑問」あるいは「反発」を持っている者が居るのかの情報を先ず知らねばならない所からのスタートだ。
地道で時間がかかるのだ。そんなモノを掛けている暇が。
「いや、あるな。別に急いでる訳で無し。そもそも城をぶっ壊せばそれどころじゃ無くなるだろうからそれは最終手段として。うーん?この場合は師匠に紹介状なんて書いてもらった方が良いのか。すっかり頭に血が上っていて忘れてた。」
俺はこうして一度またマルマルの師匠の所に戻る事にした。もちろんこの「諜報部(笑)」はこのまま固めたままで放置である。
こうして直ぐにマルマルに戻って来たのだが、一応は確認をしてから師匠の所に行こうと考えた。
何を確認するか?ソレは固めたままで放置した使者の事だ。
「あらあら、皆ぐったりしてるねぇ。ああ、そう言えばこいつらの一人か二人を連れて行けば別に城に入るくらいは簡単だったかな?間抜けだなぁ俺。」
こうして魔力で拘束して、それを勝手に操って他人の身体を操作する事もできたのだ。この使者を使って話し合いの場に持って行く事くらいはできたかもしれない。
「貴様ぁ・・・戻って来たか!いい加減にこれを解け!お前がやった事は目を瞑っていてやる!さっさとこの拘束を解くんだ!」
「まだ反省も、自分の置かれている立場も解ってないのかぁ・・・連れて行っていたとしても、これじゃあ、ナア?」
この言い方で考えていた事を却下する。この調子だと城に着いたら俺の事を非難轟轟、捕縛命令、公務執行妨害、等々と言って俺への敵意を全開にしただろうから。
俺はその場を去った。後方で喚いているのは一人だけだ。他の奴らはどうやら既にぐったりとして抵抗を見せようとする様子も無い。
だけどソレも俺は放置する。こういった輩が本当に反省しているのかは表面上だけでは判り辛いからだ。
心の底からそう反省していると分かるのはこいつらが土壇場に追い詰められた時の反応で分かるだろうが、今がその時では無い。
時が起つにつれて後悔を忘れ、段々と自分は悪くないと思い込み始めて怒りに身を燃やすと言ったパターンもあったりする。それを単純な逆恨みと言う。
こういった奴はそもそも根底に「何がいけなかったのか」と言ったモノを根本的に理解していない傾向にある。
ここで俺がこれ以上する事も無い。まだまだ込めた魔力は充分に残っている。彼らがそれに対して対抗できるだけの魔力を自分の中から流し、魔法をうち破る事ができれば今すぐにでも解放はされるだろう。
だけど、そんなやわな魔力を込めてはいない。すぐに破られてしまうような事の無いように結構魔力を込めている。
このまま彼らにはまだまだ晒し物になっていて貰う。これでもまだお仕置きとしては軽い方だと思うのだ俺は。
「まあ俺が傲慢にも国の使者に「お仕置き」だなんて「お前何様だよ」って感じなんだけどな。」
自分が力を持っているからって、それを自覚しているからって、こうして自分勝手な「私刑」を国の使者にするなんて大人げないと言うか、イキっているというか。
国に奴らのやった罪を通報しても、まともな裁判すら行われないだろうと考える。それは既に俺が国の「諜報部(笑)」と遭遇し、その程度の低さを見ているからかもしれないが。
法の裁きもどうやら当てにはできないと思えば、じゃあ誰が裁くのか?と考えてしまう。
それでもその「裁く者」が俺で正当で適当か?と問われると、どうにもそこは「ノー」であろうが。
自分がイラつく事に対して、こうして「暴力」とは違えども、安易に「力」を使ってアレコレと直ぐに手を出してしまうのは癇癪を起した子供と変わらないと感じてしまうのだが。
「それでもやらないよりかはマシ、って感じるのは俺が身勝手な人間だからなのかな。」
サラリーマン時代の時の自分とはいくら何でもかけ離れている性格になっていると理解してはいる。
けれどもそれを「それでも自分」と受け入れている自分も居る。多分この思いはサラリーマンの時には心の奥底、奥深くで眠っていた今まで知り得なかった紛れも無いもう一人の自分なのだろうと。
と考えて歩いていれば魔力薬製造工場に到着だ。門番に声を掛ける。
「あー、工場長居ます?中入っても?」
これには直ぐに俺を通すために門番が扉を開ける。どうやら俺の事を覚えていてくれていたようだ。
俺はコレにありがとう、と一言礼を言って敷地内へと入って行った。顔パスである。
そうして屋敷の中に入ると忙しさはあまり見られない。どうやら忙しさの「峠」は超えて安定し始めたのだろう。
そんな中で俺は師匠を探す。とは言っても魔力ソナーは使わずに。廊下を歩いてふらふらと師匠を探す。
ここでは魔力薬を製造しているのだ。そこで俺の魔力ソナーで品質に問題が発生した、などと言う事になっては困る。
「エンドウ、何用だ?何かまた問題が起きたか?」
そこに師匠が俺を先に見つけたようで声を掛けてきた。
「あ、師匠。城に知り合い居ませんか?紹介状とか書いて貰えたらなって。」
「・・・おい、今度は何をやらか、いや、何でも無い。そうだな、幾人か居るがその全員に書いても良いが?」
師匠は最初に俺の行動を咎めようとして止めた。どうやら俺が以前に「あんまり辛い事言わないでくれ」と言ったお願いを思い出してくれたようだ。
「城に行くと言う事は、お前、もしかして召致の件でか?・・・あまり、暴れてくれるなよ?アレでもまあ、国の中枢だ。無くなったらそれでも一応は社会が回らんからな。」
どうやら俺の性格を鑑みての注意らしいが、これに言い返す。
「まあ、あんまりにもふざけた事をぬかすようなら後釜見繕ってから潰しますよ?・・・ちょっと、冗談ですって。でも、俺への対応が最初から最後まで「まとも」じゃ無かったらこっちにも考えがあるって事です。」
「はあぁ~。お前の力を見誤らないでくれと願うばかりだ。私はもうあそことは縁を切ったつもりなのだが。心配なものは、心配だ。」
師匠に大きく溜息をつかれてしまった。俺の言った事が「本気だ」としっかりと読み取ってくれたらしい。
そう、あんまりにも理不尽で無茶な要求をしてくる、あるいは俺たち「つむじ風」への対応を雑にしてこようモノなら「舐めるな」と一暴れするつもりでいる。それで俺たちを戦力として国が囲うと言う目的を諦めるのならいくらでもやるだろう。
国の面子が、とか、陛下の顔に泥を塗る気か、などと言った言葉が出てもそれを容赦無く単純な力で叩き潰すつもりでいる。
「まあ、それ位しないと諦める、なんてしないだろうしな。」
こうして師匠に一通の手紙をしたためてもらい俺はそれを与る。これを直接俺が本人に渡すと言う目的で城の中に入れそうだ。
それとついでに「まとも」な人物と話し合いができそうだとも。
「手紙には蝋封がされてて凝ってるなあ。これ、師匠の?」
「ああ、そうだ。私の事を現した蝋印だな。まあ、知っている門衛が居ればそれで通してくれるだろう。私も城から居なくなって長いからな。知らぬ者が門番をしていたら追い返されるからその時は諦めてくれ。」
これにはオイオイと思ってしまうが、こればかりはしょうが無い。コレで師匠への用事は済んだ。
「あ、師匠の方は何か問題とか起きてませんか?この魔力薬の工場内を調べてくるような輩は?」
「今の所はまだそう言った怪しい動きは無いな。しかし近いうちに誰かしらこの利権を狙ってくる者が使者を出してくるだろうとは思う。どうする?その時には?」
師匠が言う「その時」とは、俺が一緒に居る方が良いかどうかである。なのでコレに俺は。
「ああ、師匠とクスイで対応してくれればいいですよ。それ以上に手に負えない事態になって俺の力が要り様だったらその時に話を聞きます。なので何も無ければそっちで対処してくれていていいです。」
コレに師匠が分かったとだけ答えるので俺はそこで話を終わらせて工場を出た。
(これさえあれば、なんて思えないな。手紙一つで事がそこまでスムーズに終わるとは考えられないしな)
今日と言う日はまだ終わりでは無い。まだまだ時間は残っている。なので早速俺はシーカク国王都までワープゲートでとんぼ返りした。
そう、これから城に行くつもりだ。アポイントメントは取れていない状態だが、この手紙が有ればその人物が時間を作ってくれるだろう。
その時に「つむじ風」の件は相談するとして、俺は王都の大通りを歩く。真っ直ぐに。遠くに見える塔を目指して。
恐らくはその塔は見張り塔か、もしくは研究やら、その他、あるいは幽閉用とか言った物であるのだろう。
何の役目の物かは知らないが、それが城の敷地内に有るので目立つのだ。城の一番高い屋根の高さよりも塔の方が高いのだ。その事に何か意味が有りそうではあるが、今は関係が無い。
取り合えず今はそれを目指して歩けば城に着く。俺は周囲を確認しながら道に迷わないか気にしつつ、屋台で肉串を買いそれに齧りつきながら歩を進める。
すると前方で若い男女が大男数名に追いかけられているのが視界に入った。
追いかけられている男の着ている服はそこらを歩いている男たちと何ら変わらない物であるはずなのに、何故か高級感が滲み出ている。
見た目としてはまあ言うなればイケメン。海外男性モデルと言えばいいか、若い頃のトム・クルーズみたいである。
女の方も何故かこれまた着ている服は高級品に見える。でも、しかしやっぱり周囲の他の女性の着ている服とデザイン的違いは見られない。どう見ても?一般女性だ。
此方も海外女性モデルか、言うなれば美女。インスタグラムなんかでよく見かけそうな。
髪は肩甲骨より下くらいまでの長さ、そしてウェーブが掛かった金髪だ。
コレが地球なら人々は彼らの心配なんかせずにスマホで撮影してネットの海に流したりするのだろう、速報、みたいな感じで。
そして通報など後回しと言わんばかりにネットに拡散させようとしたりして。
普通の人ならここで警察に連絡を、と言った感じになる。それ以上はしない。追いかけている男たちを止めようだとか、男女二人組の味方になろうとする者はいないだろうし、そもそもそんな力を一般人が持ち合わせているはずが無い。そもそも彼らの事情など知ろうと動き出したりはしないと思われる。
そしてこんないきなりの出来事に対処ができる精神と言ったモノも持ってはいないだろう。
でも、俺は違った。ここで「デバガメ」してみようと言う気持ちが俺の中に浮かんできたのだ。
今の俺には魔力があり、そして魔法が使える。要するに「力」を持っているのだ。これを調子に乗ると言う。
力を持っている人物は自らに自信を持つ。そしてその自信が行動に繋がる。失敗しても大丈夫、とか、必ず成功する、と言った。
そしてこの場合、自分の身を自分で守れるどころか、この男たちに追いかけられて逃げている二人を助ける事さえできる。
追いかけられている事情は分からないが、追いかけている男たちの顔付きがそもそも「一般人」じゃない事は一目瞭然だった。
もしかしたらこの男女が悪事を働く悪人で、追いかけている男たちは衛兵だと言ったパターンもあるかもしれないが。
それでも「殺人」などと言った最悪な話に至らない様に俺がそれを止める事もできる。
そしてどうにも追いかけられている男女が悪人には見えない。
「まあ人は見かけで判断できないとは昔から言われているけどさ。」
こうして俺は路地裏へとどんどん深く逃げていく男女二人の後を追ってみる事にした。




