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甘ーい甘ーい

 猿はどうやら素材として売れると言うので俺のインベントリに放り込んでおいた。

 またマルマルの都市に行った時にでも売ればいいだろう。もしくは別の使い方がある。


 さて、この森の奥地は何故ここまで魔物が多いのかと言うと、先ずその果樹から始まる。

 生った果実を求めて一定の動物が集まる。また集まった動物それを目当てに肉食獣が集まる。

 などと言った具合にそれらが生態系になって回っているのだ。

 餌にされた動物の死骸は微生物に分解されて土に溶け、それがまた植物の養分となっていく。

 植物が良く育てばそこに恵みが成り、そしてまたそれを求めて草食の獣が集まり、そしてまたそれを目当てに肉食動物が、と言った感じだ。

 そのサイクルがバランスよく保たれていてこの森は深く豊かである。


 そんな場所に見た事の無い生物の出現である。そう、俺と師匠だ。

 俺たちはこの場所に群生する果樹になるその果物を取りに来たのだ。

 そしてそんな俺たちを目当てに肉食動物たちは襲い掛かってくる。獲物だ、と。


「師匠、大丈夫ですか?息が荒いですよ?代わりましょうか?」


「いや、もう少し行ける。そうだな次に来たものは私が対処する。そしたら交代して貰って良いか?」


 師匠はあの猿を俺が倒してから「修行だ」と言って俺の前を歩いているのだ。

 そして出会った肉食獣や魔物と言ったモノに対処してくれている。倒したものはインベントリに入れて回収しておいてある。


「エンドウから教えられている魔法が無かったら既に私は死んでいただろうな。まあそれでも今かなりきついが。」


 師匠は俺が教えた常時発動している魔法をフル回転だ。まだまだこの魔法は使い慣れておらず、しかもまだ日も浅くて消費魔力の「抑え」も完全には効かせられていない。

 しかしそれでもいざとなったら俺が交代する事を計算に入れて実践で鍛え上げようとしている。

 凄い執念と言えばいいのか、師匠は何だか生き急いでいる様に見えてしまう。


「無理だと思ったら即俺が割り込みますよ?無茶はしないでくださいね。」


 この心配に師匠は「分かっている」とだけ返してドンドンと進む。

 これまでに得て来た果物は全てインベントリに入れてある。道中見かけた果樹で採取をいくつもしてきているのだ。

 そして何故まだ森の奥に向かっているのかと言うと、そこに俺のお気に入りがあるからだ。

 この森は奥地に入れば入るほど凶悪凶暴な動物、魔物たちの根城である。

 しかし一向にその気配はこちらに向かってこない。それは何故か?


(誘い込んでいるんだよなぁ。果樹の所まで深く入って来た所で一斉にそこを囲んで逃げられない様にするために周りで待機してるんだよね)


 狩りの知恵とも言うべきソレはここで発展してきたその存在の集大成である。

 長い年月そうやって試行錯誤を繰り返して生き延びてきた生物の工夫が詰まっている。

 確実に獲物が逃げ出せない状況になるまでジッと待つ。その忍耐力でこの奥地の生き物たちは生きてきたと言えよう。


 そうしている内にここまでに出会う障害も無く俺のお気に入りの木に辿り着いた事で師匠は油断したのだろう。

 既にここを囲まれている事が察知できていないようだ。

 いや、師匠の索敵範囲だとそもそも無理な事ではあった。何せ今、たった今その囲んできている肉食獣が一斉にもの凄いスピードでこちらに近づいているのだから。

 師匠の索敵範囲外から一気に強襲である。それは万が一にもこちらにその存在を察知させないための策である。


(まあ俺にはバレバレだけどさ。師匠の修行にならないからね)


 俺はこの事実を師匠に教えていない。だから師匠は今大慌てである。


「エンドウ!一気に魔物に囲まれた!ここに近づいている。しかも一斉に同じ速度で近づいて来ていて逃げ場がない!クソ!既に打つ手が無いだと?!こんな包囲網が何処で為されていた?ソレに気付け無かったとはまだまだ未熟か・・・」


 この魔物たちは一匹だけ索敵範囲の中に居たのだ。しかも師匠の索敵範囲内に。

 斥候と言うやつである。しかも師匠に気付かれないための隠蔽もされていた様子だ。

 師匠のこの驚き様はソレに気付けていなかった事が窺える。


(俺にはバレバレだったけど。でもそれを教えちゃうと修行にならないしね)


「エンドウ、この状態は私の手に余り過ぎる。対処をお願いできるか?」


「あ、もう駄目ですか?なら俺と交代ですね。じゃ、師匠はそのままあの木の果物を取っていてくれます?十個くらいでいいかな?あんまり取り過ぎるのも良くないですしね。あ、種を家の側に植えたら成長して木になりませんかね?そしたらここに取りに来るまでも無いんですけど。」


「エンドウよ?何でそんなに余裕なんだ?はぁ、まあいいか。いつもの事だな。しかし植えるか・・・難しいと思うぞ?このメルフェの木の育成環境は今まで人工で作り出されたなどと言った事は聞いた事が無い。幾らこの木が生えている環境を再現しても芽すら出てこなかったという話もある。土を再現しても環境を再現しても、気温を再現しても、だ。」


 どうやら師匠が言うにはこの実は高級品であり、未だに人工栽培が不可能とされている物であるらしい。

 大概が森の奥地の危険地帯に生える木らしく、コレを採取して戻って来るのには相当の準備と覚悟が必要であるらしく、冒険者依頼に張られる事も年に一度はあるらしい。

 そしてその報酬も結構な高額になるのだが、そう言った依頼を受けるのは余程の実力者なベテランパーティーであるようだ。


「おい、呑気な事を言っている場合では無いらしいぞ?」


 既にこの木の周囲は円形に狼に囲まれている。しかもみっちりとその隙間を見つける事が困難な程に。

 そしてその囲いの外側に一際強い反応が一つある。それがこの集団のボスだ。


「エンドウ、どうする気だ?コレは流石にマズイ状況では無いのか?」


 師匠は身構えたまま冷や汗をかいている。頼んでおいた果物確保にすら動こうとしない。


「そんなに警戒しないでもいいですよ。ほら、師匠は実を取って来てください。」


 別に実の回収に木登りをする必要は無い。魔法で実に繋がる枝をちょいと切ってしまえば後は落ちてくるソレをキャッチするだけなのだ。

 だが、そんな事すらも師匠はできる精神状態では無いらしい。

 それもそうだ。今師匠は俺が付いているとは言え絶対絶命なのである。

 こんな経験をした事が無いのだろう。幾ら俺の事をある程度信頼してくれているとは言え、この様な状況は初めてだろうから緊張で動けなくなっている事を責める事はできない。


 そんな師匠にさらなる追撃が迫る。それはこの群れのボスが囲いの中に入って来てその姿をさらしたからである。

 しかも俺の前に来てお座りしたのだから堪らないだろう。


「・・・は?エンドウ?コレは一体?・・・なあ?私が目の前にしているのは、アレだ、ほら、その、な?」


「別に騙した訳じゃ無くてデスネ、師匠が修行だって言うから黙ってただけですよ?」


「そんなことじゃ無いんだ・・・今お前の前で大人しくしているのは・・・銀狼だろう?あの伝説の・・・」


 俺の前でお座りしてその尻尾をフリフリしているのは体高がザっと二メートルはある狼である。

 白い、と言うか木漏れ日に反射して銀色に輝く毛並み、サラフワな手触りの巨狼である。


「伝説って何ですか?まあこちらに来て間もない俺がそんなこと知る由も無いんで。あ、でも説明は要らないですよ。何となくこいつがただモノじゃ無いなって言うのは分かってますから。」


「・・・そんな存在が何でお前にそんな態度なんだ?これではまるで・・・」


「あー、ここに何度か俺が来ているのは知ってますよね。その時に懐かれたと言うか、何と言うか?」


「どうしたらあの伝説の獣がお前に懐くんだ?しかも、見た感じこの群れは全てお前に従っているかの様じゃ無いか。」


 周囲を囲んでいる無数の狼はそのどれもがお座り状態である。一匹も唸ったり、警戒したり、敵意をこちらに向けてはいない。

 師匠の目からはむしろ俺がこの群れのボスに君臨しているように見えると言ってきた。


「うーん?むやみな殺生はこの森では大きなバランスを崩す要因になりますからね。だからなるべく殺さないようにはしていたんですよ。あ、ここに来た時のあの猿は例外です。あいつらこちらを力の差も分からずに馬鹿にしてくるんで、一々突っかかってきた場合はムカつくんで殺しちゃうんですよね。」


「おい、エンドウ、そんな事を聞いているんじゃないんだがな?しかも何で先程の猿の死体を取り出しているんだ?しかも三体全部・・・」


 俺は取り出した猿の毛皮を剥ぎ取るためにインベントリから取り出したのだ。

 そしてイメージする。魔法で剥ぎ取りである。魔力をその猿の死体に流す。するとまるで脱皮でもしようかの如くにスルリと皮だけが剥ける。


「この猿は肉は美味くないんですよね?毛皮だけあればいいんでしょ?なら残りは全部こいつらにくれてやります。ほれ、持って行っていいぞ。」


「まさか・・・餌付けまで?私は夢でも見ているのか?」


「あ、師匠。勘違いしないでくださいね。こいつらには別にいつも餌やってる訳じゃ無いですよ。こいつらはちゃんと自力で餌を取って生きてますから。あ、師匠が狩った獲物もこいつらに与えていいですか?必要な売れる部分だけ取り除いて後は要らないでしょ?」


「・・・もう、勝手にしてくれ。ってオイ。なんで銀狼がこちらに向かってくる・・・おい、止まれ、それ以上は近づくな!」


「あ、大丈夫ですよ。師匠の事を別に取って食おうとしてる訳じゃ無いんで。攻撃はしようとしないでください。師匠の事を認めたから、ここでそのこいつらなりの「儀式」ってやつをするだけです。そのまま立っていてください大人しく。」


 俺のこの説明に何が始まるのかと脂汗を流して固まる師匠。

 その頬を少しだけ銀狼がぺろりと舐める。ただそれだけ。


「はい、お疲れ様です師匠。これで師匠はこの群れにはこの先、襲われることは無いですよ。」


「エンドウ・・・何処までお前は規格外なんだ?私如きがお前に教えを乞うのは間違っているだろうか?この先も私はお前について行く資格があるだろうか?」


 余りの事に師匠は自信喪失している。たぶんだが師匠が「伝説」などといった存在から認められたことに対する衝撃からきているのだろう。

 それとそう言った自分の中の「常識」と言ったモノが急激にぶち壊された事で修繕が間に合っていない事からだと思われる。


「あー、師匠?こいつの売れる部分は何処です?教えてください。でないと俺は常識を知らないんで処置ができないんですけど?ほら、教えてください、師匠。早く。」


 俺はこれにフォローを少しだけでも入れようと励ましの言葉を投げる。

 俺はこの世界を知らないから師匠に頼るしか無いよ?という趣旨の言葉を。

 それにヨロトロとだが俺の側に近寄って来た師匠は淡々と狩った獲物のどこが買取されるのかの説明をしてくれる。

 こうして素材の剥ぎ取りが終わり、残りの要らない部分の肉はこの狼たちにプレゼントする。


「エンドウよ?どうやってこの銀狼を屈服させたのだ?」


 狼たちが一斉に遠吠えをした後に森の中へと消えていく。今日の餌を運びながら。


「えー?うーん?あの時はですね。周囲から止めどなく襲ってくる奴らを押しとどめて向かってこない様にするためにはどうしたらいいかと思って。スゲーめんどくさかったんですよ。ちょっと進んだだけで三匹も四匹も纏めてかかって来て、それでいてソレをあしらって先に進めばまた同じようにって。だから俺は格が上だから襲ってくるなよって感じで一気に森中に知らしめるために魔力を放出したんですよ。かなり強めに。そしたらいつの間にかこいつが俺の所に来て腹を見せてくるもんだからこっちが最初それに「どうした?」ってビックリしましたけどね。いきなりだったからそれも。」


 この狼の群れのボス、銀狼と師匠が呼んだそいつは俺に近寄って来てまるで撫でてくれと言わんばかりにその顔を俺に寄せてくる。

 それをもふもふと顎を撫でてやり、群れの最後の一匹がここから居なくなるまでそうやって構ってやる。


「この森の奥は広い。それを森中にだと?しかも銀狼などと言う強大な魔物を従えてしまう程の強力な魔力波で?」


 それがどれだけの事なのか俺には分からなかったが、師匠はその事実に顔を青褪めさせる。


「なんか駄目でしたかね?お?じゃあまたな。」


 師匠がその表情を暗くしている時に銀狼が撫でている俺の手から離れて森の中に消えて行った。


「はかり知れん・・・エンドウよ?くれぐれも魔力波を街中で発さないでくれよ?そんな事をすれば大混乱では済まされないぞ?」


「え?あー、注意しますよ。で、師匠、メルフェ?でしたっけ?早い所取って戻りましょうか。あ、それと後で俺の魔力量がどれだけあるのかも調べなくちゃいけないですね。それが分かればどんな実験ができるか色々と考えれますしね。」


「いや、やめよう。エンドウ。お前の魔力量は量らない。いいか?量らない。約束してくれ。私はまだお前の事を「人」として接したい。」


「大事すぎやしません?!なんですその人を化物呼ばわりするのは?・・・って言うか、本当にヤバいんですね?師匠の顔見りゃ分かりますよそれ位。」


 大分深刻な顔で俺を見つめる師匠。銀狼を魔力波だけで屈服させてしまったと言う事実はソレだけ「あっちゃならない」事実のようだ。

 それをいつもよりも真剣になっている師匠の顔から察してしまう。どうやら本当に俺の魔力量とやらがちゃんとした数字で出てきてしまったモノを見たら、いくら師匠と言えども俺の事をどんな目で見てしまうようになるか分からない。そう言っているのだ。


 俺はこの世界から刺激を貰いたい。俺がこの世界に刺激を与える存在になるのではなく。


 余りにも周囲から拒絶されるような存在としてこの世界に居たい訳じゃ無い。

 そんな存在はいつかは孤立してしまうし、その孤独から周囲を恨む事もしてしまうかもしれない。


 俺はこの世界で自重も躊躇もする気は無い。とは言え自分から積極的に「世界の敵」になるつもりはサラサラ無いのだ。


「分かりましたよ。魔力は抑えて使用します。そんな事は一切起こさない様に今後くれぐれも気をつけます。」


 師匠は真剣な眼差しで俺を見つめつつ一つ頷く。そうしてやっとメルフェの実を採取し始めた。


 その後はワープゲートを作って即帰宅だ。師匠が「何故最初からコレを使わなかった?」と若干責めてきたが、「道中の果物も取って行きたかった」と返事をすれば溜息で返された。

 こうして取って来たいくつもの種類の果物を絞ってジュースを作る。それを魔力水と比率を変えて混ぜ合わせたものを作り出す。

 それを当然師匠に味見、兼、魔力回復量の具合を見てもらうために飲んでもらう。


「コレはイマイチだな、とは言え今までと比べたら遥かに改良されていると言える。こっちは味は濃いが・・・回復量は今までのあの不味い物と同等くらいだ。」


 どれもコレも上手く行かない。どれも俺の思い描く物に届かない。


「やはりメルフェの実の果汁が一番味がいい。だが、やはり魔力水で薄めると本来の果汁そのままの味は薄まるな。その感じ方も割合次第だがな。」


 ここでやっと結論が出た。この結論に至るまでに師匠には何十もの試作を飲んでもらっている。

 虫歯にならない様に俺は歯を清潔に保つために使っている「モン◯ミン」を渡して口内を洗って吐き出す様に差し出す。


「エンドウよ・・・お前はなんてモノを・・・いや、これくらいで驚いていてはこの先お前について行く事などできんな。」


 それを受け取ってブクブクと口を漱ぐ師匠は新たにもうこれで何度目かの覚悟をし直している。


「でもなぁ~。魔力水の魔力内包密度を上げる問題があるんですよねぇ~。」


 俺はメルフェの果汁の割合が丁度いい割合を計算して出していた。

 大体五分五分で割ると良いのだが「いかんせんソレだと値段がな」と師匠に言われてしまった。

 別に今は値段の事は考えてませんから、とソレを後回しにする事を師匠に言っておく。


 ちなみにメルフェの実は桃と似た味で、しかもその甘みの濃さは比べ物にならない位に尋常じゃ無い。

 と、ここまで結論が出た所で続きは明日に、と宣言して片付けをしていく。

 今日の残った時間はお茶でも飲んでゆっくりするのだ。


 ちなみにこのお茶はウーロン茶ッポイ味と香りである。クスイの店で購入したものだ。

 師匠はこのゆっくりしている時間が勿体無い、研究をしたいと言っていたが。


「身体を休めるのも研究の一環だと思えばいいのでは?その間は自分の身体や魔力の変化に集中して、ソレだけを体感するって言う実践だと考えればいいじゃ無いですか。」


 と提案してみると、どうやらその俺の口から適当に出た屁理屈を鵜吞みにして、静かにお茶を飲みながら目を瞑って集中するようになった。

 師匠は椅子に深く腰掛けて身体をリラックスさせつつも意識は自分の内面に集中する。

 それはまるで自己催眠でもしているかのような状態である。


(禅でも開いて悟りをしそうな様子に見えちゃうな師匠は。まあ別にどうでもいいか)


 こうしてその日の残りは静かに終わった。しかしその翌日である。大きな変化が師匠に出たのは。

 どうでもいいなんて思って師匠をほったらかしにしてしまった事に後悔した。


 翌朝起きていつもの準備をし終わってからリビングへと足を運ぶと俺は目を擦って夢でも見ていてまだベッドの中なのかと思ってしまった。


「・・・お前誰だよ!?つか、ホント誰!?え、・・・え?」


 俺はこの時、目の前に現れたオッサンに驚愕の真実を告げられる。


「む?何を言っているんだエンドウ。どうした?私の顔に何かあるのか?そこまで驚いたお前は見た事が無いな?ふむ?私を見て誰だと驚いたな今?・・・おい、まさか?」


 そう、そのまさかである。師匠である。俺の目の前にしたオッサンはマクリール師匠その人である。


 いつも暗い顔つきで顔色も悪そうで皺が多かったあの師匠の独特の顔が、今は張り艶を取り戻して髪もふさふさにまるでどこぞの三十後半のイケメンオッサンに大変身していたのだ。


 桶に水を満たして水鏡にしソレを覗き込む師匠。そして自分の顔をペタペタと触り、その後手の平を見つめる。


「この現象はまるで・・・昨日私が想像した事が実現したのか?」


 その答えにどうやって師匠が辿り着いてそう言ったのか俺には分からない。

 だけど師匠はおもむろに答えを口にする。


「・・・私は昨日、想像した。私がもっと若ければと。この身体の中を循環している魔力が私の身体を若返らせてはくれないかと。そして自分の頭の先からつま先まで隅々に魔力が行き渡る様に想像をし続けた。身体を構成する組織一つ一つに活力が漲るようにと。」


 どうやら魔法と言うモノは本当に「神様の力」と言って間違いはないみたいだ。魔法が、魔力が、こんな効果を出してしまうなんてそう言った言葉でしか表現ができない。

 しかし、その力は自然の中にも存在し、この世界を覆っていると言う所もある。地中にも魔力がある事は魔力草の件で知ったし、魔力が水に溶ける事も知った。ならばこの世界には魔力が溢れていると言う事に他ならないだろう。

 そして魔力がどうして回復するのか?呼吸だけで魔力を吸収するだけでは間に合わない。食事を取ると回復するのかと言えばソレだけでも追い付かない様に思う。ならば、この自分の身体が微かにずつでも魔力を生み出しているのでは?この世界の生命と言う存在はどんなモノであれ、生きているだけでその身体から魔力を生み出しているのではないだろうか?


 その推測に俺は震えた。なんて怖ろしい世界なのだと。誰しもが、この世界で生きている生命のそのどれもが「神様の力」を内包していると言う事実。

 この世界は魔力で出来ている。その真実が俺に見せる現実。

 この世界で生きている今、俺もこの世界の生命の一つである。それは魔法が使えると言う事からその答えが出る。

 そこから導き出されるのは、今の自分は以前の元の世界の俺の肉体では無いと言う推測。

 見た目は若い頃の俺であっても、そうでは無い全く違う肉体。


 いや、以前の世界での自分にもしも微かにでも魔力が内包していたのだとしたら?元々俺はこちらの世界の人間だったのか?

 しかし戸籍でも、写真のアルバムでも俺はしっかりと「日本人」の両親から生まれている、ハズだ。

 でも俺の元の世界に魔力が存在しないという証明もされたことは無い。観測できないものを証明できるはずも無いのだ。


 まさか向こうで生きていた肉体がこちらにこうして来た時に消滅して、こちらの肉体へと再構築したとでも?

 その時のこちらの世界へと適応するように変化があったのか?


 いつもなら考えないような突拍子も無い事が頭の中に止めどなく溢れ続ける。


 まるで答えの出せないクイズだけがどんどんと増え続けていく事に俺の精神が悲鳴を上げかける。


「エンドウ!どうした!?顔色が優れないぞ?今日は一日休んでおけ。」


「大丈夫です、師匠。もう、大丈夫。」


 俺はソレだけ行って椅子に座る。背もたれに大いに体重を掛けて、今までに一度も無い位に長い深呼吸を一つ、それと溜息を一つ吐いてようやく落ち着いてくる。

 しかしまだ頭の中はグルグルと回っているかのようだ。


「それより師匠の方ですよ。身体の具合はどうです?何か違和感はありませんか?」


「少し待ってくれ。私もまだ驚きからまだ完全に抜け出せていない。」


 小屋の中に静かな時間が過ぎる。師匠は目を瞑って自分の身体に異常が無いか神経を張り巡らせているようだ。

 俺の方も目を瞑り、頭の中がパンクしそうな程に浮かび上がってきた疑問を一つ一つ捨てる作業に没頭した。

 それは「考えても仕方が無い」といった無理矢理な物ではあったが、ただそれだけの理由によって疑問を順番に切って捨てていく。


 こうしてお互いが自分の変化への動揺に一応のケリをつけた所で目を開く。

 そして俺の第一声はこうだ。


「朝食にしましょう。」


 禅にはこういった表現がある。

 一杯の茶、というモノだ。それは平常心の現れだと言う。

 日常的な事を、日常生活を大事にすると言う象徴的な意味なのだそうだ。

 自然、それはまず何事にも平常心になってから、と言った事であるようだ。

「まあ、一杯、お茶でもどうぞ。」この言葉が口から出ると言う事は落ち着いた心であらねば直ぐに出てこないだろう。

 そしてお茶を一口飲むと言うそのいつもの行動をきっかけになにはともあれ平常心を取り戻す。

 自然を身に付ける、それこそが心の動揺を抑えるための一番の近道と言う訳だ。

 一杯のお茶から「悟り」の第一歩、きっかけだと言う事なのだろう。


 だからまず師匠の若返りに驚く、それはもう過ぎた事だ。ならばその後は平常に戻って摂ろうとしていた朝食を食べよう。そう言った狙いで「朝食にしましょう」と口にした。

 こうしてまだ多少落ち着かないまでも、ちょとづつ心の平静を取り戻しながら朝食の用意をし始める。


 コレはかなり有効だったようでいつもの調子が戻って来たのだった。


 そして朝食は黙って食べ続けている間にも平常心は戻って来た。

 そうして食事が終わった後に俺から師匠に話しかけた。


「マズいですよね、師匠のその若返りは。権力者に狙われる羽目になりそうだ。バレちゃいけませんね。」


「・・・言いたい事は良く分かる。まさか私自信がこんな事になるとは思いもよらなかったのでな。正直に言ってこんな事になってやっと私は魔法と言うモノが心底怖くて堪らなくなった。」


 時の権力者は大抵その心根がまともじゃ無いと大体行きつく所は皆「不老不死」と相場が決まっている。

 地位も名誉も金も女も、ありとあらゆるものを極めたその欲望はどうしたって叶わないモノへと向けられてしまう。

 自分のこの今の絶頂を永遠の物としたいと願うのだ。人は皆いずれ死んでしまう、その事実を受け入れられずに。


「どうします師匠?このままここで隠れ住み続けますか?」


 快適であるこの場所は師匠にとって住む事になんら不自由はさせない。

 だからここで師匠は引きこもって研究の日々も良いんじゃないだろうか、と提案してみる。

 しかしそれは却下された。


「私は、エンドウ。お前について行くさ。何処に行こうともな。お前から私が学べる事、それがこれから先どれだけ得られると思っている?私がこんな事になってしまったのならなおさらだ。」


 師匠の若返りの事が悪い考えを持つ権力者にバレるとマズイ。そいつはきっと師匠を捉えてその秘密を得ようと動くだろう。

 身の危険である。そんな奴が師匠の命の保証などしないだろうし、ましてや悪代官なんて代物が不老不死を得て統治する地などはその悪政が永遠に続くなんて事になれば目も当てられない。

 ポーションづくりの続きをするよりも深刻な問題が目の前を塞ぐ。

 でも俺は解決策を口にする。もういっそのこと大胆に生きてしまえと。


「じゃあもう身分を変えて別の人間として生きてしまいましょう!冒険者の登録も新たにし直して、その身分証明で違う人生を生きればいいんですよ。そうですね、マクリール師匠の隠し子とか言うのはどうです?あ、ちょ、そう言った冷たい目で見ないでくださいませんかね?」


 最後の提案は冗談でも何でもない。師匠の若い時代を知っている人物は今の師匠の顔を見てきっと気付いてしまう。

 ならばそれを誤魔化すための「設定」が必要になってくる。そうすると嘘を吐くのにある程度のリアリティが必要だ。

 ならば全くの別人では無く、血縁者。しかもこの隠れ家にずっと世俗を離れて住んでいたと言う設定がいいだろう。完璧である。


「それだったらいっその事、信頼できる知り合いだけに秘密を知っておいてもらえばいいのでは無いのか?・・・駄目だな。何処で情報が洩れるか分からんな。ふむ、別人か。確かに妙案ではあるな。」


「今すぐに動かなきゃいけない理由も無いですし、ここで約束の一年が過ぎた時で良いでしょう。それに答えはこれだけ、何て正解が一つだけなハズはありませんから。これから先もゆっくりとこの問題の事を考えていけばいいんじゃないですか?文字通り師匠は若返ってその時間とやらは一挙に増えたんですから。・・・んん?見た目が若返っただけでもしかして寿命は変わらなくて延びてなんていなかったりして?」


 俺はここで閃いた疑問を口に出す。それに師匠は「あぁそうか」などと言った表情で納得した。

 こればっかりは確かめようがないかもしれない。しかし魔法の怖さというモノを体験した以上は寿命を延ばす事も魔法で可能かもしれないのだから、コレはより一層の新たな恐ろしい案件である。


「もうこの件は今日はここまでにして、昨日の続きをしませんか?」


「ふぅ、分かった。魔力薬の改善を続けよう。今はこの件を忘れたい。」


 この短い時間で随分と疲れた表情になっている師匠。きっと俺も同じように疲れた顔になっているに違いない。

 しかし俺はここで師匠のその表情をまたコロリと変えてしまう発言をする。


「一つ試したい事が成功したら今日中にでも出来上がると思うんですよ。」


「お前はまた・・・。まあ聞かせてくれ。あまり奇抜でエンドウ以外ができない方法は止してくれよ?」


 こうして試作品を作るために既に師匠の実験室となり果てたコンクリ製コテージへと入った。


 道具や容器をテーブルの上に並べる。実験に使うための果物も一緒に。

 こうして果汁を絞る事から始めようかと思ったのだが、師匠がちょっとやってみたい事が有ると言って一つの果物を手に取った。

 それは表面の皮がブ厚くて硬い、しかし中の果肉は充分な甘さを蓄えている「ガドン」と言う実だった。

 それはまず周囲の皮をむかなければいけないのだが、結構これがきつい。

 中の果肉は柔らかく、あんまりにも皮を剥くのに抵抗が有りすぎる、と力を入れ過ぎてしまうと食い込ませた刃物がずぶっと思わず歯が余計にめり込んでしまい、大事な中身が潰れてしまうと言う結果が出る。

 しかもそうやって潰してしまった果肉は甘さが一段も、下手すると二段も落ちると言う不思議な実だった。


「こいつの皮が柔らかくなる様に魔力を込めた。さて、上手く行っているか・・・」


 師匠はどうやら自分の身体を若返らせた魔法で一皮むけたようだ。

 考え方が文字通り柔らかくなっている。昨日はこの実の皮をどうにか魔法で剥くと言う事はしていたようだが、いかんせんソレも少々苦戦していたくらいだ。

 しかし、そのまま魔力で剥く、という視点から、そもそも硬い皮を柔らかくする、と言った具合に角度を変えて魔法を試している。

 魔法は想像力。それは柔軟な視点や発想が肝であろう。


(師匠にはもう俺から教える事とか無さそうなんじゃねぇかな?)


 そう考えてしまう。それは魔法が成功したからだ。

 あの硬い皮がシュルシュルと薄くその表皮を削られていく。

 師匠は器用で、ナイフでまるでリンゴの皮でも剥くかのように綺麗にシャリシャリと気持ちいい音をたてながら皮を剥いていた。しかもその皮も綺麗に均等な厚さ、幅で、である。


「師匠はそんな得意技が!俺もできるようにならないといけないですかね?」


「エンドウよ、揶揄ってくれるな。こんなものは必要に駆られてだ。これくらい器用な真似をできないと貴重な実験試料を無駄にしかねなかったからこそ身に付いた様なモノだ。現金な結果だよ全く。」


 そうやって剥けた身を今度は俺が受け取る。


「じゃあ絞りますね。実の底に穴を開けて、少しづつ圧力をっと。」


 表面の薄皮だけが剥かれたそのガドンの実がどんどんと潰れていく。

 そうして潰れていくその身から透明な液体がちょろちょろと流れ落ちた。もちろん俺が魔法で開けてある穴からビーカーへ。

 それが最後の一滴まで絞り終わるまでガドンの実に魔法で圧力を掛けていく。

 俺が魔法で掛けている圧力なのでそこら辺の加減は自由自在だ。そうとなれば一滴も残さぬように圧を高めて完全に絞り尽くす。その果肉に1mlも果汁を残しておかない。

 そうして溜まった量は大体250mlくらい?だっただろうか。

 結構な量の果汁が採れる実である。しかもコレ、甘さは充分なのにこの硬い皮のせいでそこまで人気が無いそうなので完成品はこれで作る事に決定していた。

 俺のお気に入りのメルフェの実は使用しない事になったのは、あまりにも果汁が採取できる量が少ないから。

 しかも高級品である。そんな物を使って完成品を作ったとしてもコストがかかり過ぎると言う事でボツになってしまった。それは当然の結論だった。

 それと比べて量も甘さも充分なこのガドンの実はそこらを容易にクリアする。

 なので皮さえ何とか出来るならばこうして簡単に上手く果汁をゲットできるのだ。

 コレ、そのまま飲んでも美味しい代物なので、このまま売りに出したとしても大ヒットするだろうと師匠は言っている。

 しかしそこはそんな安いマネをするつもりの無い俺だ。しっかりとこの魔力ポーション改良を果たした上でクスイに持ち込むつもりなのだ。

 コレを製造、流通、販売にこぎつけられればそれだけでウハウハである。それを頼めるのは俺の伝手ではクスイしかいないと言う点は置いておく。

 きっと彼ならこの話に食いついて来てくれると思っている。

 金を得る手段はちゃんとあった方がいい。そして私は会社勤めの頃の自分を思い出し、絶対今の自分はあんな毎日を送らないと心に決めていた。


「エンドウよ。解決策とやらは一体全体どういった方法にするつもりだ?試すのだろう?」


 どうやら師匠は俺の思い付いた事が気になっている様子。


「あ、そうですね。そもそもまず魔力草から魔力を抽出するのに水しか選択肢が無いとか言うのが可笑しいんですよ。そのままこの果汁に魔力草を投入して、ハイ!このまま速攻で氷結!」


 ビーカーの中の果汁に魔力草をしっかりと浸る様に詰めてそのまま俺は中身を魔法で凍らせた。

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