そこで見たモノは
俺は壁に手を付く。そして魔力を流すのだ。そう、この隠し部屋に正規で入るなど面倒な事は止めだ。
通り抜け◯ープである。すると壁に円形に穴が開き隠し部屋の中へと通じてしまう。
「さ、今のうちに誰も見ていないんで入っちゃってください。ほら、早く!」
驚いているゴクロムのケツを蹴る。「ぅおぅ」という小さい叫びと共に中へと入るゴクロム。それに続いて俺も中へと入る。
「じゃあ、思う存分証拠をここに集めてください。・・・ここは隠し金庫とかの代わりでもあるのかね?」
中にあった棚には何の書類かは知らないが、かなりの量がある。それを片っ端から確認し始めるゴクロム。俺は俺で壁の穴を塞ぐ。
通り抜け◯ープを解除してしまうと、この部屋は密閉されていて明りが無い。だから既に俺がこの部屋に入った時には明りを付けておいた。これも魔法でだ。
コレに「便利過ぎるだろ魔法・・・」と流石にゴクロムも唖然としていた。
それでも直ぐに気分を改めて棚の書類に手を伸ばしてそれらを手にして読み始めたのだから神経は図太い方だ。
「裏取引の帳簿に、詐欺、裏金、あぁ、それと人身売買もあるな。・・・エンドウ、すまねえが、これらを全部回収したいんだが、お前さんに頼めねえか?魔法でチョチョイのチョイってよ?」
「なんだよ、暴れるって言っておいてシケた事言うなぁ。でも、まあいいけど。」
俺はここにきてゴクロムに対して遠慮をした話し方を止めた。畏まって話すのは面倒臭くなった。
それに俺もこれだけの不正をしている伯爵とやらを見逃したり、大目に見る気にならなくなったからだ。
「今すぐにどうせなら全部この書類処理し始めて良いんじゃないか?信用できる者は署に居る?」
俺は質問をする。今すぐに証拠を「確保」「裏取り」「伯爵の処分の国への報告」をやってしまった方が後が楽だからだ。
コレにゴクロムが真剣な顔になる。
「なあ?コレがもしよ?俺の手柄になったらさ?まだこの先も椅子に座らされるとかいうオチか?」
「諦めろ、そして書類との格闘をガンバレ。俺は何も言えねえ。」
余りにもこうしてすんなりと事が運んでしまい、ゴクロムの考えていた「予定」と大幅に違うのだろう。
きっと「大暴れ」の末に「偶然」証拠が見つかる、なんて言った都合のいい事をゴクロムは考えていたに違いない。
そして手柄と独断暴走を天秤にかけて、椅子からケツを上げる方への比重が大きいように調整しようと企んでいたのだろう。
「残念だが、ゴクロム、椅子の事に関しては俺は協力しない。見つかった事を喜べとは言わないが、覚悟を決めるんだな。」
俺はワープゲートを作り出す。そしてゴクロムに書類を持って入るように言う。
一応魔力を少し多めに流して繋げているので、ワープゲートを見ればそこには直ぐにゴクロムの所長室である。
「コリャおったまげた・・・誰にも話せねえぞこんなモン・・・」
「さっさと行ってくれ。コレ魔力の消費が多くて怠いんだから。さあ、驚いてないで行った行った。」
流石の神経図太いゴクロムも入るのに躊躇したのか、その足取りは慎重だ。そしてワープゲートを通たゴクロムに俺はどんどんと書類を渡していく。
「ほらほらほら、さっさと仕事を終わらせる!机の上に全部山積みにしてさっさと信用できる職員を呼んで処理させてくれ。」
じゃんじゃんと渡していけば書類は直ぐに全部運び込めた。そうして俺も一旦ワープゲートを通って署長室へと入る。
そして即座にワープゲートを閉じるとそのタイミングでゴクロムが呼び出した職員が三人部屋へと入ってきた。
「お呼びですか?ここ最近は伯爵の件をずっと調べていてますが進捗は良くないですよ?・・・なんですかその紙の山は?」
その三人が驚きを隠せない。それもそうだろう。目の前にはどれだけだよと言わんばかりの証拠の掛かれた山があるのだから。
「これも、これも、これもこれも!どうしたんですか!?全部これ伯爵の不正の!」
職員の驚きにゴクロムは返事をする。既にこの時には正常運転になっていたようだ。
「おう!ぶんどってきた!お前ら直ぐにでも取りかかれ!コレであのクソ貴族を地面舐めさせてやるぞ!それとまだ俺はで掛けなくちゃなんねぇ。俺が帰って来るまでに後は判子押すだけって言う位に書類を作っとけ。いいな?」
そう言ってゴクロムは直ぐに部屋を出る。そのまま署の外まで。俺がその後ろに付いて行く。
「あ、そのままその裏路地に入って。よし、じゃあもう一度あの隠し部屋に繋げるからさっさと入ってくれよ。」
俺はそうゴクロムを誘導してさっさとワープゲートをまた出す。
「こりゃマクリールの奴がお前と一緒に居るのが納得だ。すげえよ、これ、魔法なんだろ?凄まじいな。今頃になって背中に寒気がしてくらぁ。」
そう言いながらワープゲートを通るゴクロム。こうしてまた伯爵の屋敷の隠し部屋へと戻って来た。
「さて、エンドウ。今度は地下とやらに行くんだろ?・・・どうするんだ?」
こうしてもう一つの隠し部屋の地下室へと向かう事になるが、俺はこの隠し部屋から一直線に行くつもりだ。。
で、その向かい方と言うのが地下に通路を作るというやり方だ。この隠し部屋から直接繋げてしまうのだ。
「おい、場所は分かってるのか?・・・心配ねえようだな。即座に穴ができちまった・・・さっきの壁を通り抜ける奴かコレ?出てきた地面に即行でニューっと穴が・・・わりぃ、見ていて気持ち悪くなった。ちょっと待ってくれ・・・」
どうやらキャパオーバーになったようだ。どうやら剛胆ではあるが、それも驚きの連続で流石に超えてきたようだ。
この穴は先程やった通り抜け◯ープではなく、只単純に魔力を流して地面を変形させただけだ。
「おし、降りてきてくれ。その後は蓋を閉める。んで、行こう。直接地下室に。」
大きく深呼吸をしたゴクロムがエイヤと掛け声と供に穴に落ちてくる。
ソコへすかさず通り抜けた穴を元に戻す。ここからが穴掘りの本番だ。俺は魔力ソナーをそのまま目の前へと放って地下室の位置を把握しつつ穴を掘っていく。
掘っていくとは言え、コレは魔力に因るものだ。どんどんと目の前の土がニューっと避けて行く。
「さすがにコレはもう言葉が出ねえや。何だこれはよ?エンドウ、お前ナニ者だっつーんだ・・・」
俺たちが歩いた後ろの土は塞がっていく。もちろん俺がそう調整したからだ。
コレはゴクロムは振り返りソレを見ての言葉である。
「良し、この先が地下室・・・の牢ぽいですね。しかも・・・うーん?人が監禁されてる?らしい?」
目の前にいきなり現れたのは規則的に並べられた石の壁だった。
「何だと・・・ソレは伯爵の人身売買のか?」
「ソレは分からないです。もうちょっと調べてみますか。あー、女性ですね。しかも、三人ですかね。」
俺とゴクロムは地下牢と思われる石の壁を目の前にそう会話をする。
ここは屋敷から大分離れた場所である。俺が最初に調べた土地の広さや家屋の位置的にも、この場所にこの様な地下牢を作る理由がおかしい事くらいは分かる。
「ここには他に見張りはいるか?そいつらさえいなけりゃ一気に救出するぞ。」
ゴクロムは確認を俺に求める。コレに俺は大丈夫だと告げて通り抜け◯ープをまた魔力で石の壁に流す。
するとそこは薄暗くて冷たい石の牢獄だった。鉄格子が備えられており、その使われている鉄もかなりの太さで力自慢の男でも曲げられないだろう位だった。
そこに三人の女性が座り込んでいた。見た所衰弱は軽く見られたが、それでも健康体である様子だった。
そしてその女性たちの身目麗しさに次は目を奪われる。
で、そんな女性たちはあり得ない所から現れた俺たちに言葉も思考も飛ばされてしまう位に衝撃を受けた様子であった。
「助けに来た。簡単にあんたらのここに閉じ込められている経緯が知りたい。話してくれるか?俺の名はゴクロム、知っている者は?」
真っ先に冷静にそう告げるゴクロムのその声は非常に落ち着いていて安心する温かい声音だった。
器用なものである。それは被害者女性たちに即座に敵では無いと言う事を知らせるに充分であるようだった。
「有名なあのゴクロム様ですか?わ、私はミュレーナと言います。ここへは誘拐されました。この二人も同じです。男三人組にいきなり襲われて気絶させられて気付いたらここに閉じ込められていました・・・」
どんな事してこのように「有名」などと言われるようになったのかゴクロムに聞きたいが、今はそれ所じゃ無かった。
あの伯爵の飼っていた三匹の汚い犬どもが彼女たちを連れ去ってここに閉じ込めたそうで。
「おう、分かった。お前さんたち三人は行方不明捜索届けが出されてた。覚えている。もう大丈夫だ。家族の元へ帰れるぞ。」
ゴクロムははっきりと彼女たちにそう告げる。そしてついでに「あのクソども、後で罪状追加だな」と呟いている。
女性たちはこの「大丈夫だ」の言葉に喜びを顔いっぱいにして涙を浮かべ始めた。だが次には。
「ど、どの様にここから出していただけるので?あ、先程の様にどうやったのかは存じませんが、壁に穴をあけてそこから出るので?」
脱出する方法が気になったようだ。それもそうだ。俺たちは石壁に空いた大きな穴からここに入ってきたのだ。一般の人ならそんな訳の分からない方法で脱出をする事には不安が付いて回るだろう。
この場所に兵士が幾人も現れて一緒に牢を出る、そんな方法が彼女たちには一番安心できる方法である。
でもここでゴクロムはニヤリと悪い顔になった。どうやらくだらない事を思い付いたようだ。
「いや、このまま堂々とこの地下牢から正規の出口で出て行こう。なーに、心配は要らん。俺たちは強いからな。そうだろう?」
ゴクロムはその極悪面になった顔を俺へと向けてくる。その顔を見ていた女性三人が怯えてしまっている事にゴクロムが気付いていない。
「何か余計な事をしようとしている、って言うのがヒシヒシと伝わってくるんだが?このまま連れ出す・・・気はホントに無いらしいな?」
ゴクロムが鼻息一閃して「フン!」と当たり前だと言った態度を示してくる。どうやら伯爵を一発ぶん殴る気マンマンらしい。しかもこの被害者女性たちの目の前で。
ゴクロムは別に女性たちの前で良い所を見せたい訳では無く、只々心底に「スカッ!」としたいだけのようだ。
俺の迷惑も、被害者女性たちの心理も関係無く、「殴った」と言う事実の事後処理の事も考えないで、本当に今の自分の気分を良くしたいが為であると。
「俺は後のことは知らん。ここまで来たら最後まで付き合うか。んじゃ、これをほいッとね。」
俺は鉄格子を軽く曲げ隙間を作り出す。ちょっと大きめに。何せゴクロムの身体は大きい。俺や被害者女性が余裕をもって通れる隙間であってもゴクロムが通れない、などと言う事が起きるからだ。
ここでゴクロムが引っ掛かって抜け無くなれば笑い話では無く只の間抜け話になってしまう。
ここに俺とゴクロムだけであったならばそんな話も酒の肴にできそうだが、今は女性たちの目があるので俺もそこら辺に気を遣った。
遣わなくてもいいはずの余計な心配に少々ながら心理的疲労を感じつつもこの地下牢の「正規」の出入り口へと向かう。
通路が牢からは一直線に伸びており、その長さは10mくらいだ。その終わりには階段である。
そしてその地下へと入る為の入り口は外から鍵がかかっているらしくビクともしなかった。
ここで俺はまた通り抜けを使いそのできた穴から外へと這い出た。
女性たちに手を貸して外へと引っ張り出す。そうして女性たちが全員出られた後にゴクロムが最後に軽業師の様な跳躍で通り抜け穴から派手目に飛び出てきた。
直ぐにその後は俺が穴を解除する。こうして出てきた後はゴクロムは何をするのかと、俺も、外に出られた安堵を得た女性たちも見守る。
「じゃあ伯爵に挨拶に行くか!証拠は全て見つけさせて頂きましたとな!」
もの凄く良い笑顔でそう笑うゴクロムに俺は少々頬が引きつる思いをした。一々何を考えてやがるんだゴクロムは、と。
俺と同じ思いどころか、伯爵の手の者に攫われていたのかと顔を青褪めさせる女性たち。この誘拐は言わば伯爵が主犯だと知って。
貴族などに逆らえばどうなるのかと、いくら誘拐された立場でもこうして助かったのであれば伯爵を恨みこそすれ怯える必要はもうないはずなのだが。
彼女たちは生きた証拠だ。ならば警察が動いているならばその命は守られている。
「は、伯爵様に誘拐されていたなんて・・・に、逃げ出したりして私たち、報復されたりなんかしたら・・・」
どうやら伯爵とやらは懐の、器の狭い人物と言った評価らしい巷では。そう口にしたミュレーナだけでなく残り二人もそんな事を思っている節がある。
なので不安を口にした被害者たちを安心させるためにとちょっとだけ説明をしておく。罪を犯した貴族は貴族じゃ無いと。
「違法した貴族なんか畏れなくってもいいんですよ。さあさあ、安心してください。大丈夫ですから。貴女たちの安全は守りますので。・・・おーい、ゴクロム、余計な心配を被害者に抱かせるようなマネしてんなよ。」
「あぁ?もうクソ伯爵はお終いなんだ。なら被害者も、ここでその伯爵の面に一発でも二発でも拳がめり込む所を見て留飲を下げたいんじゃないのか?」
「いやいや、それを一々ゴクロムがしてやる立場じゃ無いだろって。ほっといてこのまま署に帰っても直ぐに伯爵は法に照らし合わせても処刑、良くても一生涯牢獄だろ?もしくは犯罪奴隷として働かされる?まあどれでも一緒・・・じゃないな。死んで貰うのが一番後腐れなくてイイや。」
この俺の発言に安心するどころか震えあがってしまった被害者たち。どうやら「死んで貰った方が」の最後のくだりに恐れを感じた様子だ。
思わず俺も伯爵の悪っぷりに少々ここにきて溜っていたイラつきがつい出てしまった。
でももう遅い。こうして言葉にしてしまい自覚が出てきた。
「うーん、ゴクロムの判断で伯爵をこの場で処刑できない?あー、やっぱ無理か。じゃあロープでグルグル巻きにして牢屋に放り込んでおくくらいが限界かぁ。」
被害者女性たちの顔が先程よりも増す増す青くなっていく。どうやら俺の貴族を貴族とも思わぬ発言にゴクロムなんかよりも恐ろしいと見なされてしまったようだった。
それを俺も見て見ぬ振りをしてやり過ごす。気付かぬ振りで屋敷へと足を向けて歩く。
テルモの店の件の事もあるし、俺はこの伯爵との面倒に今日で終止符を打つ気でここに居るのを思い出したから。
こんな俺とゴクロムが屋敷へとテクテク速度も落とさず、足取り軽く向かうモノだから被害女性たちもそれに着いて行くしかない。
その場に取り残されても何もできない、力を持たぬ一般市民だからだ。その足取りは重くともついて行くという選択肢しか取れない状況では仕方が無いのだろう。ここに残されて待つ事も恐ろしいのだろうから。
こうして屋敷の入り口、扉の前に来るとそこへ伯爵が丁度出てくるタイミングだった。
で、その後に俺たちを見るなり叫んでくる。
「貴様ら一体いつの間に外になんぞ出ていた!?くッ!もう出て行け!貴様らその様子、手ぶらだな?証拠が見つけられなかったらしいな。ふん!覚悟しておけよ・・・何故女を連れている?」
どうやら伯爵は俺たちが隠し部屋を見つけられなかったと思っているようだ。
「おうよ、伯爵様。何で女連れかって?はははは!惚けるのが上手いなぁ。地下室だよ。あんたの土地に有った隠し地下牢だ。ああ、もう事情聴取は済んでる。で、何て言い訳をしてくれるのかな?伯爵様よ?」
ゴクロムが伯爵をからかうようにそう尋ねる。ここで知らない、と言ってしまうのは簡単だ。だけどその後が続かなくなる。
自らの土地に隠し地下牢が有るまでは良い、しかし、ここで誘拐された女性たちが何故監禁されていたのかが説明できないからだ。
自分の土地の管理ができていないと言う事になる。それは非常に貴族として恥ずかしい事だ。土地の持ち主がその事を知らないなんて、と大いに馬鹿にされる案件だ。
事情聴取は済んでいる、コレが伯爵に言い訳を難しくさせる。保護をしていたと言う理由は通らないし、女性たちが罪を犯して牢に入れていた、という言い訳もコレはこれで問題だ。
警察署にその報告が来ていないと。これでは貴族が法での裁きでは無く、私刑を勝手にしているという事になってこれも問題なのだ。
国に仕える者が法に則らない、コレは「王」を蔑ろにしていると言う事に他ならない。
「法」は王が定めているという建前だ。この国の一番の権力「王」が決めた事をその下の者が守らない。それを外す様な行動は一斉に他の貴族から「刺される」事である。
この事をネタに伯爵は他の貴族から見放されるか、距離を置かれるか、もしくは無視され続けるか、他貴族たちから下に見られてしまうだろう。その不利益は計り知れない。
「・・・出てこいお前たち!この男共を殺せ!女はもう一度牢へ入れておけ。つまらん真似をして自らを死に追いやったのはお前ら自身だ。私を恨むなよ。」
この伯爵の声に出てきたのは三十人程の屈強な男たち。どいつもこいつも犯罪者面だった。
コレに女性たちは恐怖で立っていられなくなったのか、その場に座り込んでしまった。
「おうおう、雁首揃えてお出ましじゃねーか。ひい、ふう、みい、っと。覚えてるぞお前らの面はな。どいつもこいつも名有りだった悪党どもじゃねーか。いつの間にか話に出なくなりやがったなと思えばこんな所で伯爵に飼われた犬になってたとはな。どおりで見つけられねー訳だ?室内犬として可愛がられていたんなら納得だ。ほれ、ワンと鳴いて見せてくれ?」
ゴクロムは大いに挑発する。コレに男たちの額にビキビキと青筋が立つ。どうやらこの挑発は相当効いたらしかった。
どいつもこいつもいきり立っていて、今にも飛び掛かってきそうであった。
「おうおう、躾がよくできてやがんなぁ?ほれ、伯爵様よ?早く合図をしてやんな。そうじゃないとこいつら怒りで頭の血管切れちまうぜ?」
より挑発を重ねるゴクロム。俺もコレに確かに「躾が良くできてる」と思えた。ゴクロムの挑発に乗って即刻襲い掛かって来てもおかしくないだろう、こんな犯罪者たちなら。
でも、それでもこうして大人しく俺たちを先ず逃がさないように囲んでくる事には感心した。
「ゴクロム、こいつらは生け捕りか?それとも死んでても良いのか?とりあえずはゴクロムが判断してくれ。数が多いし面倒だから一回で済ませる。」
「お?ならこいつらは全員死刑って事で。このクズどもがやった犯罪は既にこいつらの仕業だと立証されてる。取っ捕まっても裁判にかけた所で死罪は免れん。だったらじゃあここで刑の執行しちまった方が手間も労力も金もかからん。俺は伯爵の面全力で一発ぶん殴って満足にしとくわ。」
「分かった。んじゃ、皆さん、サヨウナラ。」
俺は地面から流した魔力を男共全員に行き渡らせる。その後は直ぐに「氷漬け」にした。
強面男の氷柱が一瞬で出来上がる。冷気で周囲の空気が冷えていく。
「うおッ!?マジかよ・・・凄まじいってもんじゃ無いなコリャ。おーコワイコワイ。お前を怒らせたら命が幾つ有っても足り無さそうだわ。寒っ!」
ゴクロムが二つの意味で身震いをする。女性たちはと言えば一人は青い顔を白くして、しかし気絶をせずに意識を保っていた。しかし残りの二人は白目になって、あるいは口端から泡を吹いて気絶。
やり過ぎてしまったかと思ったが、叫ばれたり悲鳴を上げられたりするよりは鬱陶しくないか、と思う事にした。
「さてと、伯爵様よ?その端整な面へこましてやるから、覚悟はできたか?」
ゴクロムが拳を胸の前に持ってきてペキペキと指の関節を鳴らす。
「そんな馬鹿な・・・なんだ、なんだ!何なんだ貴様は一体いいいい!?コレはどう言いう事だ!何故こいつらは氷漬けになっている!何をした!?一体全体どうやったらこんな事ができるというんだぁ!?」
伯爵は唾を飛ばしながら目の前の光景が信じられない、寧ろ、信じて堪るか、と言った気持ちを吐き出す。
そこにゴクロムの拳が飛ぶ。伯爵の顔面真正面ぴったりにその拳骨がめり込んだ。
鼻の骨も折れただろう。前歯の幾本かも折れただろう。で、しかもコレはめり込み具合によっては眼窩骨折も最悪イっているッポイ。
そして吹き飛んだ伯爵はそのまま吹き飛んで背後の屋敷の壁へと盛大にぶつかった。その際に後頭部をしこたま打ち付けた音が鈍く響いた。
ガクリ、どうやらそのせいで伯爵は気絶したらしく、そのまま呻き声さえ上げなくなった。
「よっしゃ!コレで何とかつり合いは取れたか?」
「多分無理だと思うよ?だって伯爵は俺たちを殺そうとしたでしょ?その後にぶん殴ったじゃん?遅いと思う。」
どうやら貴族を殴った、その事実でゴクロムは署長の椅子を降ろされる事を考えていたようだが、その判断は今更遅かった。
「伯爵を追い詰める前にぶん殴っておくべきだった。そうすれば証拠書類を見つけたのと、どっこいドッコイで「手柄」は帳消しにできた位じゃないかな?それでも。うーん?それでもまだ足りないかな?」
俺のこの言葉にゴクロムは「え?マジで?」そんな顔を向けてくる。どうやらゴクロムは伯爵に腹が立ち過ぎていて冷静な考えをすっ飛ばしてしまっていたようだった。
両膝を地に着き、両手を地に着き、頭を項垂れさせるゴクロム。リアル「orz」状態である。
そんな時に百名近い鎧を着た男たちがこの伯爵の敷地内に押し入ってきていた。
「御用だ!御用だ!伯爵、御用だ!」
そんな声が上がっている。どうやら警察署勢が戦力を集めて捕り物しに来たようだ。
バッチリなと言うか、絶妙なと言うか、難しい所だこのタイミングは。
アレだけの証拠が届けられたのでその時点で急遽、伯爵を逮捕する事を決断したのだろう。
コレはゴクロムの判断では無く、その次に偉い役職の者の判断だろうきっと。
だってゴクロムは証拠書類を引き渡した後にこの様な指示を一切出していない。
「ミルストの野郎・・・俺の許可無く勝手に動かしやがったな?チックショウ、いつもいつもこれだ。」
どうやらゴクロムには非常に優秀で大胆な部下が居ると言う事が判明した。
「阿保署長は何処ですかー?脳筋馬鹿はいずこにいらっしゃいますかー?アレだけの証拠を持って来ておいてその後に直ぐに姿を消した何処まで行っても突撃しか能の無い脳味噌入ってない空っぽ頭のゴクロムさーん。いたら出てきてくださいよー。」
このミルストと言う者はそう言ってゴクロムの事を非常に馬鹿にした言葉をこの場で叫ぶ。
しかしここへと乗り込んできた他の者達は「いつもの事」と言った感じで取り合わない。
コレにゴクロムはプルプルと震えてから勢いよく立ち上がる。
「てめえミルストごらぁ!大概にしやがれこの眼鏡野郎!」
怒りでそう大声を出すゴクロム。これにミルストが眼鏡を光らせる。
「それはこちらのセリフですね。こうも大きなヤマを全部私に押し付ける様な事をされては私の負担が大きくなるじゃないですか。貴方にはいつまでも私の隠れ蓑として存在し続けていて貰わなければならないんですから、勝手なことはしないでくださいよ。」
「お前の方がよっぽど優秀なのに何で俺があんな椅子を温める役をやらにゃならんのだ!交代しろよお前が!」
「馬鹿を言わないでください。あ、馬鹿でしたね。アレだけの証拠を署に持ち込んでおいて、必要のない突入とか。しかもお一人で。いや、どうやら一人では無かったみたいですね。」
マッシュルームカットと言えばいいか、その金髪がキラリと光る。それと掛けている眼鏡のレンズも。
俺の方にその鋭い視線を向けてくるのは多分見極めるためだろう。そしてゆっくりとこちらに近づいて来る。
「初めまして、ですね。前回もウチのクソ署長がお世話になったそうで。」
どうやら以前のベルカンを潰した時の事を言っているらしい。
それにしても言葉遣いが汚い、と言うか、ゴクロムに対してだけ辛辣。
「・・・こいつが以前説明したエンドウだ。ミルスト、くれぐれも怒らせんじゃねーぞこいつを。もしそんな事になりゃ・・・」
ミルストは俺へと顔を向けたままに周囲の「氷漬け」にも意識を向けていた。
「そんな事しませんよ。不利益しか生まない行為を何故私がするとでも思っているのです?口を開けばつまらない事ばかりしか吐き出さないですよねクソ署長は。」
こうして会話をしている間にも警察署員の取り締まりが続いている。
伯爵はそのまま縄で縛られて運ばれ、屋敷の中へも調査の人員が何十人も入っていく。
どうやらコレで本当にお終いと言った所らしい。伯爵の件はもう何もコレで心配は無くなった。
「テメエ、この件は始末書モノだぞ?勝手に動かしやがって。」
「むしろソレだけで済むのであればさっさと書いて提出させてもらいますよ。何せ巨悪をこうして壊滅させる事ができたんですからね。安いものです。」
コレにゴクロムはしかめっ面になって黙る。しかしミルストのゴクロムへの説教は終わらない。
「貴方の勝手な行動で我々への負担がどれだけ大きく増えているのか解って欲しいものですね。貴方が署長の椅子に座っているからこそ、付いて行くと言っている者達も居るんですよ?いい加減そこら辺を御理解いただきたいんですが?」
説教が長引きそうだったので俺は静かにその場から二歩、三歩と後ろに下がる。
そして魔法を使った。何の魔法かって?それは。
「おいミルスト、今はそんな説教している時間はねーだろ。俺に構わねーでエンドウをもてなせ・・・っていねえじゃねーか!」
そう、不可視化に成功したのである。俺は彼らの前からスムーズに去るために、以前考えていた魔法を使ってみる事にしたのだ。
実験は成功だ。このまま俺はこの場をゆっくりと離れていく。離れて屋敷の裏へと進んでいく。勘付かれない様に。
「視線を一瞬切っただけで姿が見えなくなりましたか。確かに恐ろしい。怒らせるどころじゃないですね。それ以前の問題だ。」
ミルストが遠くで何か言っているが、俺はもう片付いた伯爵の件でこれ以上ここに居るつもりは無い。
引き留められてこれ以上屋敷に居続ける意味は無いのでクスイの所に戻る事にする。
ゴクロムとミルストがこちらの姿を見れない死角に入った所で俺はワープゲートを出した。
 




