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青い海へ飛び出そう

 さて時間が相当余ってしまう。これをしよう、と思って予定を立てていても予想以上に直ぐに終わってしまうなんて事はザラにあったりする。

 なのでカジウルにそこら辺何かこの後にやる事はあったりするかと聞いてみる。


「そうだな。海に一回出てみるのが良いんじゃねーか?いきなり買った船に乗って繰り出すよりかは心の準備ってのもできるだろ?」


 俺はこのカジウルの案をナイスアイデアだと思った。そもそもこのサンサンの街に来てこれほどの美しい海だと言うのに、まだその大海原に繰り出していないのだ。

 ならばここはいっちょこの世界での「海」を初体験しようじゃ無いか!と俺は意気込んだ。

 今まで俺は向こうの世界で仕事一筋で、マリンスポーツも、ましてや釣りなんかもやった事など無い。

 記憶を辿ると、そもそも海で遊んだのなんて小学校低学年の時のその一度くらいしか出てこなかった。


(船に乗るって言うのがそもそも初体験?いやはや、ワクワクしてきたなぁ)


 と俺が心をときめかせていると、そこにその気持ちを削ぐ言葉が横入りしてくる。


「俺はまだ二日酔いが残ってるから乗れねえけどなぁ。このまま乗ったらもう今日はこれ以上動けねえって位にフラフラになっちまうよ。」


 カジウルはここで離脱、宿へと戻って寝直すと言う事だった。それにラディも。


「俺はこの街をぶらぶらして散歩を楽しむさ。エンドウ一人にするのは・・・ちと不安だが。行くなら一人でって事だな。」


 多分だがラディはサンサンの「裏情報」などと言ったモノを集めるために動くのではないだろうか?

 彼独自の情報網とやらを編むために。恐らくライフワークみたいなものなのではないだろうか?

 コレはちょっと俺の勝手な解釈ではあるのだが、しかしそう間違いでも無いのでは?とも感じている。


 ここで俺たちはそれぞれに別れる。俺は漁業ギルドへと足を向けた。

 本当は観光船案内所なるものがあるらしいので、そちらに行けばよろしかったのだが。先日の募集で船を出してくれる漁師が一人も居なかった事もあって、そちらの方にもしかしたら名乗り出てくれている人が今いたりしないかな?と言った思いでそちらを選んだ。


 でも結局そんな人はいなかったのだが。コレに思った事は「まあそうだよね」くらいだ。

 結局はここで個人で船を出して貰える漁師を探した。受付に「ちょっと待ってろ」と待合室で待たされる。

 この時に俺が募集で出した条件は「少々遠海まで行けて、かつ、漁をしている所が見たい」である。

 コレの条件に金貨五枚を呈示したら受付のオッサンが「おいおい、馬鹿も大概にしろよ?」と呆れられた。

 どうやらこんな条件を出す客もそもそもいないし、この条件で金貨五枚も出す馬鹿もしないと言った所らしい。それでも俺は無理を言ってお願いした。

 取り合えずベテラン、長年ここで漁をしていて腕の良い漁師でと付け加えて。


 待つ事30分くらいか。そこで待合室にやって来たのは短い白髪で口髭、筋肉隆々の厳ついお爺さんだった。そして開口一番。


「てめえか、こんな訳の分からん依頼を出したくそ坊主って言うのは?どこの金持ち所のボンボンだ?あぁ?」


 口が悪い。しかし俺はコレに別段気分を悪くしたりなんかしない。綺麗に一礼をして感謝の言葉を口にする。


「ありがとうございます。この依頼を受けてくださって。では今日は宜しくお願いします。」


「ケッ!嫌味も悪口も受け流す余裕があんのか。じゃあ腕っぷしだ。食らいやがれ。」


 そう言って爺さんは俺へと大きく振りかぶった拳を打ち込んでくる。いきなりだ。

 しかし俺はソレを片手を出して受け止める。コレに驚いたのは受付のオッサンだった。


「なにしてやがるガンダラ爺!って、あら?」


 ヒョロっとした体格で、ガタイの良い爺さんの一撃を微動だにせずに受け止める俺にどうやら受付の人は驚いたようだ。


「ガンダラさんですね。どうも、私はエンドウと言います。で、コレで合格って事で良いんですかね?」


 俺は受付のオッサンが叫んだ事で爺さんの名前を知る。

 コレにぐぬぬぬ、と言った力を籠めた顔になった後、爺さんはスッと力を抜いた。


「人は見た目に寄らねえって言う事か。しかも俺が相手の実力を読み間違えるとはな。歳食っちまったもんだぜ。」


 拳を引きながら苦虫を噛み潰したような顔になってしまう爺さんはそのままギルドの外へと出てしまう。

 俺はその後に黙って着いて行く。このままギルドの中にいても仕方が無いからだが。だけどこの爺さんが俺の依頼を正式に受けたと言った確認も取れてはいないのだが。

 ここに来たと言う事は依頼を受けるかどうか検討するためだったんだろう。そしてこうして俺はその爺さんの試験に合格した、と思いたい。

 そのまま無言で海の方面へと歩いて行く爺さん。その足取りはしっかりとしている。背丈もあるので威圧感も半端無い。

 だがどうやら爺さんはこのサンサンでは有名で多くの人に慕われているらしかった。道行けばいろんな人に声を掛けられている。


「爺さん、今度良い酒が入ったら教えるよ!そんときゃ飲みに来てくれ。」

「なあなあ爺ちゃんこれからどこ行くんだ?遊んでくれよ!」

「お?漁はもう終わったんじゃ無いのか?ん?後ろの坊ちゃんは誰だい?」

「今度多めに内に入れておくれよ!ガンダラさんの獲ってくる魚はどれも大きいからねウケが良いんだよ!」


 屋台のオッサンが、肌が黒く日に焼けた子供が、荷物運びの青年が、魚屋のおばちゃんが、等々。誰もかれもが爺さんに挨拶を忘れない。

 でも爺さんは別段コレに返事する訳でも無く、しかし手を軽く上げて返す。表情だって機嫌が悪そうなままなのだ。

 しかし声を掛けてくる人たちはこれを全く気にしていない様子なばかりか「いつも通りだ」と言った感じである。


「慕われてますね。受けてくれた方が貴方で良かった。」


 俺はほっこりしながら爺さんの後を付いて歩きつつそう伝える。コレはお世辞でも無く嘘でも無い。本心だ。


「お前さんは心底馬鹿なのか?依頼主へ口の聞き方がなってねえばかりか、いきなり殴りかかったんだぞ?」


「え?別にいいじゃないですか。俺には全く被害が無いんですし気にしませんよ?えっと、それに俺の依頼に対して何か気にくわない所があって怒っていたんでしょう?何となく分かりましたよ?」


「お見通しかい。食えねえ坊ちゃんだ。あのままぶん殴られていりゃ受けなかったんだがな。」


「ぶっ飛ばしちゃったらギルドに迷惑が掛かるじゃないですか。それほどまでに腹に据えかねましたか?俺の依頼のどこに?」


 俺はそう言って爺さんが何に怒っていたのか詳しく聞かせて欲しかったのだが、どうやら到着したようだ。

 ここは浜辺だ。十五艘の船が岸に挙げられている。どれも小舟だ。その側に漁網が丁寧に折りたたまれていた。

 爺さんはその内の一つ、周りの小舟よりも一回り大きな船へと近づく。そして短く「乗れ」と言ってくる。もちろん船に網を入れるのも忘れない。

 素直にその船に乗り込むとそのまま爺さんは海へと船を押し出した。

 ソレに素早く乗り込んで櫂を漕ぎ出す。船尾に備え付けられているこれは和船と言った所だろうか。

 船は少しづつ速度を付けながら少しづつ浜辺を離れていく。


「いやー、空は晴れ、海は綺麗。一面がまさに青一色。うーん!素晴らしいなぁ。」


 俺がグッと背伸びをすると若干の呆れを含んだ質問が爺さんから飛んでくる。


「坊主はなにモンだ?俺は長い間このサンサンで漁をしてるがな、おめえさんみたいな奴は初めてだ。」


 この爺さんに「坊主」と子供扱いされるのが何とも微妙な気持ちにさせられる。

 今の自分はこんな姿だが、中身は定年を迎えて退社したサラリーマンだ。

 人生経験がしっかりと積まれており、そう言う面で言えばこの爺さんと中身はどっこいと言った具合なのだが。

 それでもそんな事は口に出して説明なんてできないので、ここは若造として振る舞うつもりだ。

 この若い身体になって精神もソレに引きづられているのか、俺の心は結構「童心」の比率の占める割合が高くなっている。


「いやー、こうして広大な海に繰り出して見たかったんですよ。爽快だなぁ。あとそれと獲れたての魚を見てみたかったんで。」


「そんな理由かよ、ヘンテコな坊主だな。・・・前に阿保面下げた金持ちが「幻の魚」を欲しがった奴がいてな。高い金を出すと言ってギルドに依頼を出しに来た事がある。」


 爺さんがおもむろに「怒った」理由を話し始めてくれた。どうやら俺がそのお金持ちとは違う人種だと分かってくれたようだ。


「俺たちはそんなモンはいつ獲れるかも分からないから依頼は受けらんねぇと突っぱねた。だがな、そいつはコレに頭にきたのか仕事の邪魔を仕出かす様な事を始めやがった。浜辺にガラの悪い奴らを寄越して俺たちを威嚇するだけなら良かった。しかしあいつら俺たちの商売道具を切り刻みやがった。」


 コレに馬鹿だなあと俺は素直に思う。そんな真似をすればもしその目的の「魚」とやらがギルドに入ったとしても売っては貰えなくなるだろう。


「ギルドにその金持ちを呼び出してボコボコにしてやったぜ。二度とふざけたマネができない様にな。俺たちを敵に回してただじゃ済まねえ事をそのクソッたれな頭に叩き込んでやった。最初そいつは俺たちが「屈服した」と思って来たんだろうな。ふんぞり返った態度で入ってきやがってよ。まあ次の瞬間には拳をそいつの顔面にぶち込んでいたがな。」


 どうやら俺もその時の金持ちと同じような「馬鹿」だと思われてしまったに違いない。

 なにせ依頼の中身がおかしいばかりか破格らしいので。そう勘違いをされても仕方が無かっただろう。


「安心してくださいよ。俺はそんなのとは全く違うんで。あ、ここら辺ですか?」


 話を聞いている内にどうやら漁の「場所」とやらに到着したようだ。

 爺さんが網を手にして振り回している。どうやら投げ網してソレを引き上げる漁らしい。

 シュと短い網を手から離す音がする。すると結構な飛距離を出して網がバシャっと海面に拡がり着水する。広がった面積もかなり広めだ。

 次には網は重りで即座にドンドン海中に沈んで行く。爺さんの手元にはそれと繋がるロープがスルスルと引っ張られて海へと吸い込まれている。

 と、ここでロープの長さが終わりを迎える。それをキッチリと掴んで止めた爺さんは網を引き揚げ始めた。

 その普段での仕事で培ってきた全身の筋肉総動員でロープを引き上げている。

 最後まで引き上げたその網の中にはなかなかの大物が獲れていた。

 とは言えここの世界の魚である。見た目が自分の知る「魚」と少々、いや、かなり違った特徴を持っていた。

 角だ。額?の場所から角が生えていた。トビウオの様な見た目に、しかし完全に人を突き殺せそうな凶悪な角が生えているのだ。

 しかも掛かっていた魚はこの一匹だけだったのだが、この魚の大きさが「マグロ」程も大きいとなればコレは驚くしか無かった。

 TV番組のニュース、初競りの様子などで何度も見た事のある、あの大きさである。

 その重量は余裕で大の大人をゆうに超えるあの巨体である。こんな小舟に乗せても大丈夫か?と問いたくなる。

 その予想は当たった。別の意味で。そう、こうして網に掛かったとは言え今その魚はまだ生きているのだ。

 必死に抵抗を試みて暴れて網から逃れようとしているのだ。しかしその額の角がしっかりと網に絡まっており抜け出す事ができていない。

 そんな巨体が暴れるのだ。網が切れる心配もあるが、それよりも爺さんの体力が持つのかどうか。

 それこそ格闘である。魚と爺さんの体力勝負と言った所だろうか。今まさに俺はドキュメンタリー「巨大魚を釣り上げる」を目の前にしているのである。


「クソぅ!こんな時に限ってこいつが引っ掛かるなんぞ!突く奴がいねえ!」


 どうやら爺さんも予想外の獲物が引っ掛かってしまったらしい。そしておそらくは「突く」と言うのは魚に止めを刺す事を言うのだろう。

 爺さんは魚を逃すまいとロープを引いて固定するのに必死で動けない。本来なら協力者がいてきっとこの魚に銛でも刺して息の根を止めているに違いない。

 ならばここは俺がソレをする役目だろう。


「ちょっと待っててくれないか?うーん?コレを使えばいいのか?」


 俺は船の隅に置かれていた先の尖った棒を見つける。しかしコレに爺さんが止めておけと言ってくる。


「こいつの皮は硬てえんだ。素人が手を出しても貫けないばかりか、下手すりゃ撥ね返されて手首を痛めるぞ!おい、何やってんだ!近づくな!あぶねえぞ!」


「何処を貫き刺せば一撃で済ませられるか教えてください。あ、額ですか?それとも背骨狙い?」


 余計な傷をつけたくないのでそう爺さんに質問を飛ばす。コレに何か言いたげな顔をされるも「額だ」と短く答えてもらった。

 なので俺は魔力を魚へと流してその動きをちょっとの間だけ止める。そこへ「貫通」を魔力で槍に纏わせて強化させて教えられた通りに魚の額へと俺は突き刺した。

 ストン、と一撃で槍の三分の一の長さが額へと見事に入り込んだ。それから俺はこの魚を拘束していた魔力を解く。

 どうやら上手く一撃でその命を狩り取れたようで魚はピクリとも痙攣すらしなかった。

 コレに大きく目を見開いた爺さんは次に大きな溜息を吐く。すると魚を船の中へと網ごと持ち上げて乗せる。

 ずっしりと重いソレは船を大分沈ませるのだが、まだギリギリ海水が入ってこない具合で留まる。


「おう、助かったぜ。それにしても、運かコレは?・・・いや、チゲぇな。坊主、コリャおめえがしっかりと狙っての一撃だな?大したもんだ。ますます坊主の素性が分からなくなりやがった。」


 そう笑う爺さんはどうやらもう俺へと悪い感情は持っていないようだ。そして。


「こいつがな、話していたその「幻」ってヤツなんだが・・・どうしたもんか?この話が広まりゃまた頭の悪いクソ馬鹿がギルドに来ねえとも限らねえ。」


 この話に俺はどうしようか悩む。そう、こいつをインベントリに入れてしまうかどうか、だ。

 これを爺さんに見せるとまた「何者」と言った質問攻めにあうかもしれない。

 しかしその思いとは違って「そうはならないんじゃないか?」と言った考えも一緒に浮かぶ。

 ソレはこの爺さんの性格からしてそんな吹聴する人物には見えないと言う事だ。

 だからここで提案する。約束をさせる。


「これを隠して持って行く事ができる手段を俺は持っているんですが。ソレの事を誰にも一切口外しないと約束して頂ければこの魚を預かりますけど。」


 この俺の言葉に爺さんは半信半疑な目を向けて来た。だけど判断は早かった。短く「やってくれ」と頼んできたのだ。

 ソレを受けて俺はインベントリを開き、その中へと魚を放り込む。この大海原を360度見渡しても海ばかり。他に目撃者がいないかの警戒はしなくてもいい。この船には俺と爺さんしかいないのだから。

 コレに爺さんは少しだけ驚いた後に「ほお?」と目を見開き、まじまじとインベントリに顔を近づける。


「コレは・・・取り出しは自由にできるのか?どう言う魔法なんだ?いや、もうこれ以上は聞くまいよ。じゃあ戻るとするか。」


 俺に詰め寄ろうとして爺さんは止まり、思い止まってくれた。そしてその後に直ぐに戻る宣言をする。

 しかしそこに俺は待ったを掛けた。


「試したい事があるんでもう少々お付き合いして貰っていいですか?」


 俺はこの海で実験をしておきたかった。それは。


(この海の中にも魔力ソナーは通用するのか?って事なんだが)


 恐らくは通用すると思っている。それこそこの魔力ソナー自体が漁船などに備えられた魚群探知機を元にしてイメージを作っている魔法だからだ。

 これをそのまま海の中に放つだけ。ただそれだけの実験である。地中へも効果が出ているので大丈夫だとの確信もある。そしてソレは効果をしっかりと発揮した。


「向こうに魚群が、いる深さは大体この船の長さの倍くらいって所です。」


 そう言って俺は自分たちの位置を確かめる目印の無いこの海で「向こうだ」と言って指さす。

 コレに爺さんは「しょうがねえ付き合ってやる」と言って指定した方向へと船を進めてくれる。

 どうやらこの俺の突拍子も無い言葉を信じてくれたらしい。いや、信じてはくれてはいるが、それでもまだ疑いの目で目的の方角を見ている。

 インベントリを見せた事に因って俺の事を「ただモノじゃ無い」と言う認識にはなってくれたみたいだが、長年この海で漁をしてきた経験のある訳で無い俺が、そんないきなり「魚があっちに一杯いる」と分かるのが爺さんには信じられないのである。


 だが、その疑惑は大量に網に入っている魚で払拭された。そう、ザックリとその目的地に到着してからも俺が細かい位置の指示を出したのだ。しかもタイミングまで計って網を投げ入れさせた。

 結果は船の上一杯になる程の大量の魚である。これには爺さんも呆れ顔にならざるを得なかったようだ。

 そのどれもが「大物」と言って差し支えないサイズだったから。


 俺は網を引く手伝いもしていた。爺さん一人では重さに力負けするであろう事は何となく感じていた。先程の「幻の魚」との格闘で体力は減っていただろう事が分かっていたからだ。

 網と繋がったロープを引く段階になってすぐに俺もソレを手伝った。俺は身体の強化を魔力でし続けているのでちょっとやそっとじゃ疲れたりはしない。

 そしてこの身体能力向上が掛かっている状態でロープを引っ張ればあれよあれよと引き上げ速度は上がる。

 船上で魚が満タンになっている網の重さを引っ張るので、その踏み込みで船が大きく沈む。床が途中で抜けないかと心配にはなるくらいに。

 そんな綱引きも恐らくは普段の漁だったらあり得ないくらい早かったのだろう。爺さんは呆れた顔からなかなか戻らないみたいであった。


 で、これである。この大量の魚をどうするか?そんな目が爺さんから俺へ向けられる。


「こいつをこのまま持って行っていいもんだろうか?なあ坊主、コレの半分をさっきのヤツに入れて行っちゃあくれんか?」


 コレにどう言う事か聞いたら「あり得ない」と爺さんから返答がされる。

 どうやら爺さん一人で獲れる量では明らかに無いらしい。例え素人の俺が手伝ったと説明してもだ。

 そうなれば疑いを掛けられると。別に痛くもかゆくも無いモノであるだろうがそんな目を向けられたり思われたりするのは嫌だと言う事らしい。

 しかしこうして獲れた魚をまた海に何の見返りも無く解放するのも嫌だと言う。獲ったからにはってヤツだろう。

 なので俺は魚の半分を「氷漬け」にしてインベントリへと入れる。

 凍らせた時点で魚は生きてはいない。なのでインベントリに入れられる。

 本当は血抜きでもしてしまうのが良いのだろうが爺さん曰く。凶暴な海の怪獣が現れると言う。血の臭いに誘われて。

 なので俺は一気に冷凍をしてしまおうと氷漬けにしたのだ。コレを爺さんが目にした時は「スゲエな。これなら傷まねえ」と感心していた。

 爺さんに帰り際「うちで働かねえか?」と言われたがコレに俺が冒険者だと告げると「そりゃ残念だ」と笑っていた。どうやら最初から勧誘が失敗すると確信していて聞いてきたようだ。


 こうして俺たちは浜辺へと戻って来る。と、そこにはギルドの受け付けのオッサンが。


「はぁ~、無事に帰って来てくれたか。ガン爺一人で帰って来てたら事件だぞ?全く。」


 俺の姿を見て大きく安堵の溜息をついた受付のオッサンは次には船一杯な大物ばかりの魚たちに驚く。


「おお?大漁じゃねーか。こいつはギルドに出すかい?すぐに手配をするぜ?」


「あぁ、そうしてくれ。俺は網の面倒を見てるからよ。魚屋のが最近は愚痴ってるからそっちに多めに回してやってくれ。」


 やり取りは終わり、そうして駆け足でこの場を離れていく受付のオッサンの後姿を見送る俺。

 鮮度が命だ。早い所人手をこの場に派遣して処理をしてしまいたいと言った所なのだろう。

 でも安心して欲しい。この浜に着く直前までこの船の魚は氷漬けだった。それをさっき解除したのである。鮮度は落ちていないはずだ。

 この間に爺さんは今日使った網が何処か破けていないか、ほつれたりしていないかを細かくチェックし始める。


「なんでい。坊主は戻らねーのか?もう依頼は終わっただろう?まあ自由か。とは言え、預けてあったな。それをどうにかしねーといかんか。ふむ、迷惑を掛けられているんだか、掛けているんだか。」


 俺のインベントリの中に入れた魚たちはこの爺さんに返却しなければならない。しかし爺さんが。


「魚は全部やる。今日はもう漁は朝一で終わっていたからな。この漁の分は言わば余計だ。しかもこれだけでかなり儲けさせてもらったからな。坊主のアレに入れたモンは全てやる。」


「幻ってやつも?爺さんソレで構わないのか?」


 この爺さんがどんな思いなのかを確認したい所だったが、短い確認の言葉で止めた。


「構わねえよ。アリャお前さんがいなけりゃ無理だった。一人であのままやり合ってたとしても只逃がしただけで終わっただろうな。それにあれは俺には捌けねえ。」


 俺は網を確認し続ける爺さんに「ギルドがあるのに?」と聞いたのだが。


「信用はできる。信頼もできる。だが、限度ってもんがある。アレをギルドで出した日にゃその噂が後であの時にぶん殴った金持ちの耳にまで入っちまうだろう?そうなるとまた嫌がらせしてこないとも言い切れんからな。」


 懸念を口にする爺さん。俺はこの理由に納得して「ありがとうございます」と丁寧に礼を言って頭を下げる。


「へっ!坊主があんな依頼を出さなけりゃこんな事にはならなかったんだがな?」


 意地悪な顔をして俺を見る爺さん。コレに俺は言い返す。


「でしたら依頼なんて放っておいて受けなければ良かったんじゃないですか?」


「へっ!そりゃそうだ!しかしこうして受けちまったんだからしょうがねえや。がっはっはっはっは!」


 どうやらこの爺さんは俺の事を気に入ってくれたみたいだ。こうして軽口を叩いて笑える。ギルドで最初に会った時と今とでは、比べれば爺さんの雰囲気は全く違うモノになっている。


 こうして話しているとどうやらギルドの若い衆だろう一団が大きな籠をいくつも持ってやってきた。


「爺さん!おう、た、大漁だなこれまた。んじゃいつもの様に、やるぞお前ら!」


 その中のリーダーだろう青年がそう声を上げる。すると他の男たちがコレに「おう!」と短く、そして充分な気合を入れた声を上げた。

 俺がここにこれ以上いても仕事は無いだろう。ここで爺さんに「じゃあまたいつか機会があれば」と言って別れる事にした。

 俺の言葉に爺さんは片手を軽く上げるだけ。それもそうだ。まだ網のチェックは終わっていない。網に繋がっているロープの方も点検しなければならないのだから。


 こうして漁業ギルドでの依頼は充実した物となった事で俺はニコニコした顔で街を歩く。

 時間的には大分昼を過ぎた辺りである。お腹の隙具合も丁度良く、俺は気になる香ばしい匂いをさせる屋台に誘われ、その店の焼き魚を一本買い腹を満たす。


「鮎の塩焼き、に見えて絶妙に鮎じゃないこの造形。うーん本当に何だか面白いなぁ。」


 食べた感想を口にしつつ、まだもう少し腹に入れたいと思いながらあちこちの屋台で気になる料理を少しづつ堪能して道を行く。

 取り合えず今はサンサンでは急ぐ用事が無い。船は明日と言う事だ。なので俺はマルマルに行ってまた様子を確認しようと思って路地裏へ。


 すると俺の後を付いてくる男たちが六人。俺の進行方向に三人の男が道を塞いできた。


 「待ちなよお兄さん。あんた、たんまりと金持ってるそうじゃねーか。なあ?そんなに金持ちなら俺たちに金貸してくれよ?一人たったの白金五枚で良いんだよ。あんたならたったのこれっぽっち、痛くもかゆくもないだろ?」


 裏路地に入って人気がいない場所で九人に囲まれた。要するにこいつらは45枚の白金貨を要求していると言う事。馬鹿げているのも程々にして欲しいと言うモノだ。

 要するにこいつらは約450万円を要求していると言う事だ。そんな大金を今持っている訳が無い。


「いやいや、痛い目見たくないよな?だったら今からギルドに行ってよ、俺のカードにその金額を、さ、チャチャと入れてくれりゃいいんだよ。な?簡単だろ?」


 コレに俺は考える。こいつらがどうして俺を狙ってきたのかを。何故俺が金持ち、などと確信して接触してきたのかを。

 だけどこの沈黙にイラついたのか先程から代表して口を開いていた男が声を荒げる。


「おい、テメエさっきからこの俺様が優しく話しかけてやってんのに、無視か?ぇぇコラ!何とか言えやこのボケがぁ!」


 俺はそうやって凄まれるが、そのまま黙って居ようと思った。だが様式美としてここは一応は聞いておかねばならないと質問をしてみる事にした。


「俺が金持ちだなんて、誰から聞いたのかな?事と場合によっちゃ君たちを強盗としてここでコテンパンのギッタギタにしなくてはならないんだが?」


 この俺の言葉にこの男たちはちょっと間を置いてから笑い出した。

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