これからの事、魔力ポーション改良、金儲け?
さて翌日である。師匠は自分の以前住んでいた家よりも広いコンクリ製コテージで持ってきた道具を広げて何やら作業をし始めた。
俺はそんな師匠の様子をぼーっと眺める。どうやら草を潰して水を加え溶液を作り出しているようだ。
妙な形のガラスの容器にドンドンと緑色の液が溜まっていく。
「師匠、何作ってるんですか?」
もう一つは小さな鍋の様なモノが火にかけられてコポコポと煮えて泡が出ている。
その鍋はキッチリとふたをされていて、その蓋から管が伸びておりそこから繋がっている別のビーカーへと雫がぽたぽたと落ちて僅かずつ透明な液体が溜まっていく。
「薬液作りだ。コレを飲むと魔力を補う効果がある。魔力切れで倦怠感に苛まれた時にソレを解消するための物だ。」
「はー、魔力ポーションですか。へー。」
こんな事になったのは朝から始まる。
朝、食事を取った後に師匠は森の中に入ると言って外に出た。自分の今の状態を確かめると言って。
どうやら俺の教えた常時発動の魔法の効果を検証するための一環らしい。
俺はソレを見送った。別にここは師匠の庭みたいな場所である。俺が心配することも無いと思っての事だ。
そうして昼前に帰って来た師匠は持って行ったカバン一杯に何やら妙な葉の形をした草を大量に取って来たのだ。
昼食の野草のスープの具かな?と思ったのだが、そのまま何も言わず師匠は部屋に入って作業をし始めて今に至るのである。
「で、師匠。なんでいきなりそんな物を作り始めたんです?」
「先ず、森の奥に群生している薬草が目に入ったのがきっかけだ。そのすぐ隣には大地から魔力を僅かずつ吸い上げてその葉に溜める性質を持つ魔力草が見えてな。ポーション造りを考えたんだ。」
こうして話ながらも器用に師匠の手は止まることは無い。
緑の液に透明な液を少量ずつ入れてかき回しながら続きを話す。
「まだエンドウから教わった方法が馴染んでいなくてな。正直ここに戻って来るまでに相当魔力を減らしてしまっている。なので危険な兆候が出る前にソレに対処できるようにと思ってな。」
「あー、師匠は自分の魔力の総量と、常時発動に使用する魔力の量をコントロールできていないんですね。時間で回復する魔力の分を計算に入れないといけないですから、そう言う意味ではもっと経験が必要ですね。長くかかりそうですか。昨日今日で会得できるはずも無いですしね。」
「難しいぞコレは。使用魔力を僅かずつ絞って行ってはいるが、かなり神経を使う。根気が必要だな。だからと言って発動しながらだと動けない訳でも無い。検証だな。長くかかる覚悟はしている。」
どうやら師匠はもうこの常時発動の魔法の事を把握し始めているようだ。
流石に宮廷と呼ばれる場所に所属していただけあって優秀と言った所なのだろう。
俺の手は煩わせないと言わんばかりである。
こうして一回分のポーションが完成したらしい。そこで俺は声を掛けた。
「師匠、飯まだ食って無いんだから切りのいいその辺で一旦止めて昼にしましょう。」
この言葉に師匠は素直に反応した。
「分かった。残りは後にしよう。で、お前の方はどうなんだ?」
このどうなんだの意味はアレである。
「台所も、トイレも、洗面台も、寝屋も、リビングも、客室も作りましたよ。後は何が足りないっすかね?あ、書庫?書斎?もあったらいいかな?」
この世界の魔法とは便利なものでハッキリとした具体的なイメージと、それに使用する素材があれば手間暇時間労力を掛けずに作り出せてしまう。
魔法が素材を変形させてあっと言う間に求める物を作り上げてしまう。
魔法は不思議で偉大で、そして恐ろしいモノである。周りには木が幾らでも生えており、その材料も事欠かない。
何でもござれで作り上げた俺の居場所。くつろげる空間。
師匠は書斎と口にした俺にもう幾度目かの呆れたと言いたげな眼差しを向けてくるのだった。
こうして昼飯を食べ終わってから師匠はまた魔力ポーション作りに取りかかろうとするのを俺は止めた。
「師匠、それ、俺にも教えてください。詳しい説明をお願いします。」
これに師匠はゆっくりと俺に顔を向けて頷く。
「分かった。良いだろう。では、先ず薬草の説明からだな。」
こうしてこの世界の不思議植物「薬草」「魔力草」の授業が始まった。
その話によると薬草を潰した汁にはどうやら滋養強壮効果があるらしい。流石は薬とつく草である。俺の居た世界でもそう言ったモノは在ったので不思議では無い。
そしてもう一つは不思議植物。魔力草とやらはその葉に魔力を溜めこむ性質があるそうで、急激な温度変化で蓄えたソレを放出するのだそうだ。
その放出された魔力が鍋で煮た水の水蒸気に混ざり融け、魔力水になるようだ。
それを一定の割合で混ぜたものを密封すると魔力ポーションになると言った具合だ。使用期限は三か月らしい。
魔力水はどんどんと魔力が抜けてしまうそうで、密閉容器に入れていても魔力抜けは防げないそうだ。
その大体抜け始める期間が三か月を過ぎた辺りからだと言う。
「へー、それって普通の容器に入れているからって事ですかね?魔力を込めて作ったりした容器に入れれば防げたりとかは?」
「エンドウは鋭い所を突く。そう言った実験もされている。確かに魔力を込めて創り出された容器は魔力抜けを防げる。しかしそれに見合ったモノでは無かった。特殊な素材などを密閉保存するのに主に使用されているな。たかだか魔力薬に使われたりはせん。一回分の量を入れる器、その丁度いい小さなものを作り出す技術的な部分が難しいそうだ。」
そうして昼を食べる前にポーションを入れかえていた容器を見せてくる。
それは本当に滋養強壮ドリンクの大きさの瓶であった。色もそっくりである。
そこで疑問が湧いた。味はどんなモノかと。くだらない事である。それを聞いてみる。
「マズイ。一言で言えばな。苦いのだ。飲めない訳では無いがな。あまりこの味に慣れたくはない。」
どうやら味の改良という点を誰も今まで考えてこなかったらしい。
苦みはどんな成分から来るのか?それはどの時点の作業で発生しているのか?
苦みを取り除けないのなら、それを飲みやすくカバーする添加物を入れる。そんな事もされてこなかったと言った所だろう。
ならば俺が挑戦してみるのが面白そうだ。
俺は師匠に魔力ポーション造りをさせてくれと申し出る。師匠に教えてもらいながら自分で一度そこら辺を体感してみようと思ったのだ。
流れで自分が作業してポイントごとにしっかりと味を確かめて行ってみようと。
「お前は本当に何を考えている?確かにお前のやる事はこの世界での「常識」で固まっている私にとって勉強になる事ばかりだが。衝撃が大きすぎる事も多くてな。ふぅ、では始めるとしよう。」
先ずは薬草を潰す作業から開始したが、その潰した汁をホンのちょっと舐めてみるが別段苦いと言う感覚は無かった。むしろお茶の香りを感じた位である。
(日本茶とは似て非なる香りだけど、悪いモノじゃ無い)
そこに加水して溶液を作ったら、次は魔力草である。既に水の入った鍋を火にかけてくつくつと魔力草を煮ている。
透明なその魔力水を又もや味見してみると何とも舌に苦みを感じる。
「あー、これですね。魔力水って苦いんだ。何で苦く感じるんだろ?魔力草の中にある何か別の成分が混じっていたりするのかな?」
温度の変化で魔力を放出すると言うのだから、こうして魔力以外の成分が煮ている草から出ていてソレが混ざっている可能性もある。
魔力自体が苦いモノだった場合は味の改良にまた違ったアプローチが必要になる。
先ずは苦みの成分を抜く所から考えるのが基本だろう。味を誤魔化すような方法を安易にすると、その完成した味に慣れた場合に「改良しよう」と余計に思いずらくなる事に繋がる。
まあコレでいいや、という妥協である。
これに師匠が俺のしようとしている事を察してきた。
「味を良くしようと考えているのか?ならばかなり考え方を変えなければいけないぞ?私も工夫をしようと草を潰してから煮てみたり、長く水に漬けてからなど、熱湯に直接入れてみたりと考えてみては実行したが、一番効率が良いのはこの方法しか見つけられなかった。」
「師匠も挑戦してたんですね。じゃあ俺の考えてる事は師匠がもう実行しちゃってるのかな?」
俺はまだまだ一回分溜まるのに時間のかかりそうな魔力水がぽたぽたと容器に落ちるのを見つめる。
先ずは一度ポーション作りを最後まで仕上げてみてからだ、思い浮かんだ方法を試すのは。
こうして一回分が溜まって薬草の水液と混ぜ合わせる。ゆっくりと混ぜ合わせないといけないらしく丁寧に何度もちょっとずつ魔力水を垂らしてゆっくりと掻き混ぜていく。
そうして出来上がった物を瓶に詰める前に一舐めしてみた。
「おおゥっふ!にげぇ~。口の中を蹂躙する何だコレ・・・マズイなぁもう。」
「そうは言うがな、コレの効果は大きいのだ。魔力枯渇の症状でいつまでもいるくらいなら、コレを一気に飲んで休んでしまった方がマシだと言えるくらいにはな。」
「よくもまあ我慢して飲めますねこんなの。世の中の魔法使いは苦行がお好きで?」
「むしろそんな苦行に追い込まれるような修行をしようとしていないばかりか、そこまで魔法を追求しようとしている者が居なくなっている。」
「あー、そんな事言ってましたね。全体的に魔法使いの腕は落ちてるって事か。しかもそう言った奴らはこんなマズイ物飲めるかよ、って言って使わなさそうだしな。」
チャラい若者が嫌そうな顔をして魔力ポーションを拒否している所を思い浮かべてしまう。
それがちょっとおかしかった。ぷっと笑った俺を変な物でも見るような視線を師匠は送ってくる。
「なあ?エンドウよ?お前は本当に何を考えているのだ?教えてくれないか?変な笑いをされるとこちらが不安なんだが?」
「あぁ、それなら。飲みやすい方がいいでしょ師匠も。なら、もし魔力ポーションがもっと美味しい飲み物なら、きっと売れると思いませんか?そして魔法使いの人たちも魔法の修行でこのポーションを積極的に使って行こうと考えますよね。しかも質の方も、飲んだすぐに効果が出るようにすればもっとよさげですよね。」
「商売を始める気か?・・・いや、そうじゃ無いな。むしろ大きな影響が出るだろう所はそこじゃないな?魔法使いがコレを飲む事を気軽にできるように味を改良すれば使用を躊躇うことも無い。そうすれば魔法を使う回数も上がる。そうすれば必然的に実験も、魔法の修行も率が上がるな?そうすれば魔法使いの腕も全体の底上げにつながるか。」
「そこまで深い考えは無かったですけど?だって自分がコレを飲まなきゃいけないとかなったら嫌ですよ。そうなれば自分んで味を改良しようと思っただけですからね?売れるんじゃね?って言うのは冗談で。あ、いや、本当にコレ味が美味しくなれば売れますね。ヤバいな?本気で改良しよう!」
俺はここにきて本気でこのポーションを改善しようと決意した。
そしてここで師匠に質問である。
「魔力草ってのは温度を「上げる」事でしか抽出できないんですかね?」
「・・・待てよ?まさかエンドウ?・・・それはまだ誰も実験していないな。もしかすると・・・悪くない方向性かもしれん。」
どうやら師匠のお墨付きは出た。しかし成功するとは限らない。
先ずはそもそも魔力だけが融け込んだ魔力水は不味くないのか確かめる所からやってみる事にする。
とそこで俺は手近にあったビーカーに水を生成する。もちろん魔法で。
そしてそこに自分の魔力が溶け込むイメージを流し込む。
水は無色透明だ。そして魔力は目に見えない。なので自分の魔力の方はほんのり薄い青いイメージをする。
それらがビーカーの中で渦を巻いて混ざり合う所を想像した。
コレを横で見ていた師匠は目を見開いてソレを観察していた。その表情は鬼気迫るものがある。
「師匠、取り合えずこれ舐めてもらえません?魔力草から抽出したモノと比べて違いがあるかどうか。」
それに納得したのか俺の魔力で出来上がった魔力水を一舐めした師匠は驚く。
「無味だ。只の水としか思えん。しかし一舐めしただけで私の魔力が大幅に回復している・・・オイ、エンドウ?どれだけの魔力をこんな少ない水に溶け込ませたのだ?こんなものを作り出すなんて信じられん事だぞ?」
「あー、そう言えば魔力が量れる道具があったんでしたっけ?まだ試した事無かったですね。でも、それは後にしましょう。純粋に魔力だけを融かした溶液は無味だと判明したんだから、後は魔力草からどれだけマズイ成分を抽出しない方法を見つけだせるかですよ。」
「お前と言う奴は・・・まあ、いいだろう。エンドウの魔力量を計測するのは後回しだ。で、冷やすのだろ?魔力の扱いにおいて、熱を作り出すよりも、熱を下げる方がより数段難しいぞ?」
「え?そう言うもんですか?うーん?まあ、やってみましょう。俺の先ず思い付いた方法を試していいですかね?」
こうして師匠と俺の魔力ポーション改善作戦が始まった。
とは言え、俺は魔力草を鍋に水と一緒に入れてそれを冷やすだけである。
冷凍庫なんてものは無く、ましてや冷蔵庫も無い。ならば魔法で作った氷を用意だ。
鍋外部が全てみっちりと冷えるように魔法で凍らせる。
「エンドウ・・・相変わらずお前はなんてマネを・・・」
師匠はまた俺を呆れた目で見てくる。師匠は自分で「驚かない」と以前口にしていたのに。
「師匠?あんまりにも俺を変な物でも見るかのような目を向けてくるなら、もう何も教えまえんからね?」
軽く脅してやった。幾ら俺が寛大な心を持っているとしても、そう何度もそんな目で見られていい気分にはならない。
これに師匠は「以後気をつける」と言って俺に向けていた視線を逸らす。
鍋でだけでなく、いくつか実験するパターンを用意した。
ビーカーに同じように魔力草と水を入れて一気に冷やしつつかき混ぜる「急速」。
鍋の奴はゆっくりとそのまま放置して冷やす「遅延」。
そして魔力草自体を凍らせた物を水に漬けてゆっくり解凍するものや、魔力草を入れた水をそもそも凍らせたモノなど。
魔力草を入れたまま即凍らせたものはソレが自然に融けて水になるまで放置である。
こうして数種類の「冷やした」変化による魔力水を作って師匠に試して見てもらった。
何で俺がやらないのかと言うと、魔力回復をした実感を得るのに師匠の方がそう言った事に関して敏感だからだ。
「む!?どうやら一番抽出量が多いのは水ごと魔力草を凍らせたものを、自然解凍で融かしたものであるようだな。」
師匠は今、常時発動の魔法の使用をしているので魔力の減りが出ている。未だに自然回復量と使用量とのバランスが取れず苦戦しているようだ。かなりの難易度であることが予想出来る。
宮廷魔法使いなんぞをしていた師匠は優秀なはずだ。そんな師匠が難しい顔をして取り組んでいるのだから相当難易度が高いのだろう。
実験結果に大いに驚く師匠は魔力水の飲み比べを終わらせる。
どうやら苦みも一番少ないのは水ごと凍らせたもので一緒のようだ。
(それにしても魔力が水に溶けるって言うなら、空気中の湿気に魔力は内包されているって事なのか?)
それらを俺たちは吸っている訳だ。そうすると自然回復する魔力と言うのは呼吸で自然界の中で空気に含まれるそう言った魔力を吸収している事になる。
そうすると、回復量が個人差で出るとすれば、それは吸った魔力の吸収率が違うのではないだろうか?
同じ一定量の呼吸をしたとして、俺と師匠の魔力量の回復差はそこら辺にあるかもしれない。
俺はいくつも常時発動している魔法がある。それらは俺の魔力を減らしているはずだが、同時に呼吸して回復している量があり、それらは自分の感覚では拮抗している。
(随分と凄い回復量だな?魔法に使ってる量は確かに絞って最小限だと言えるくらいに節制してるけど、だからと言って師匠よりも使ってる量は馬鹿にならないはずなんだけどな?)
空気中に溶けている魔力量などでは呼吸で得られる量などたかが知れているハズ。
しかし俺の感覚ではそう言ったバランスは崩れていない。どうにも計算が合わない。もしかして他の要因があるかもしれない。
しかし俺はここで思考を止めた。考えても仕方が無い。問題が発生した時に考えればいい事だ。
今の現状では何も不自由はしていないのだから。そんな状態でアレコレ考えても答えは出ない。出そうと考える事が億劫だ。
「コレは大発見だぞ?コレを活かせば大幅な改良ができるはずだ!」
師匠はこの結果に大いに喜び気合を入れ直して、すぐにその魔力水でポーション作りをしようと動こうとしたが俺はソレを止める。
「師匠、今日はその辺にしておいて、もう夕飯にしましょう。既に外は暗いですよ。」
俺は師匠に外を見るように言う。そうすると時間がここまで過ぎていた事にビックリした師匠はお決まりの言葉を呟く。
「まさかもうこんなに暗くなっていたとは・・・」
この実験をしている部屋は俺の魔力で光源を作って照らしていたので、まるで昼間の様に明るかった。
そう、電球をイメージして作り上げた光の玉が空中に浮いているのである。
続きは明日、そう俺は師匠に言って道具を片付ける。
名残惜しそうにそれを師匠も手伝い、俺は夕食の準備に取り掛かった。
翌朝、俺は起きた後に便意を感じトイレに入る。
トイレは水洗で、魔法で生成する水で流す仕組みだ。そしてトイレットペーパーも完備である。
ウォシュレットは再現しなかった。別に自分の尻を自らの水の魔法で流せばいいのだから。
トイレットペーパーは周囲の木をもちろん魔法で変えている。いくらでも周囲にあるのだからいくらでも生み出せた。
流した汚水は地下に作り上げた肥溜めに行くようにしてある。もちろんかなりの容量入るようにしてる。
それらが満タンになればそれをさらに地下深くに埋める予定だ。もちろん魔法で、である。
何でもカンでも魔法で解決できることに空恐ろしさを感じるが、それ以上に受ける恩恵と便利さの方が大きくて「止められない、止まらない」である。
歯を磨くのも魔法で一発。雑菌やらミュータンス菌を殺菌するイメージを魔法で生成した水で作り、それで口を漱ぐだけ。歯石歯垢もそれでスッキリと取れてしまうのだ。なんて便利。
これだけで口の中のざらつきや、べたべたが消え去り、しかも歯の漂白効果まで付けてあるので簡単である。
魔力、魔法さえあれば、俺がこの世で生きて行くのに安泰である。
ここからマルマルの都市に買い物に行きたいと思えばワープゲートが使え、食を得るのにもこの森は豊かで困ることも無い。
静かで優雅な一日を送るのにこの場所は最適である。魔法を使えば大抵の事ができ、不自由を感じることも無い。
しかし、刺激は無いと言って過言では無い。せっかくの全く俺の持つ常識が通じない世界に来たのだからもっと「楽しみたい」と言う欲求は消せない。
「あ、おはようございます師匠。で、今日は師匠が朝食を作ってくれたんですね。」
「昨日はエンドウに台所の使用の仕方を教わったからな。何なんだ?あの火の調整しやすさは?しかも薪が要らないと言うのは驚きだ。しかも青い炎とは。どう考えても私の知識では分からん。」
俺は台所をコンロにしたのだ。文明の利器、オソルベシである。
むしろそれを再現できてしまう魔法の方がもっと恐ろしいのだが。
「アレはですね。燃える空気を詰めた容器があるんですよ。捻るとソレが一定の量出て、そこに火を入れるだけで燃えるんですよ。」
もちろん火は自分の魔法で点火だ。チリチリと電気火花が出てソレで着火するあの機構が再現できなかった。
イメージが、というよりも構造がしっかりと分かっていないと再現できない部分も魔法にはある。
だいたい八割方解っていればそれ以外を勝手にこの世界では魔法が補って再現される。
だけど理解がソレを下回れば下回る程にどんどんと再現がきつくなっていく。
ではなぜコンロなんてモノを再現できたのかと言うと、ガスである。
このプロパンの分子式を昔なにかで見た記憶があり、それを再現してみようと考えたのだ。
それを入れておける圧力に耐えられるだけの容器を作った。あの暗殺者を閉じ込めた時みたいに土から石のタンクを生成。
内部圧力で爆発しない様にと組織密度を上げて、容器の厚さを増やすのに苦労したが、それをやっと満足できる仕上がりにできたのだ。
そこにガスを充填させるのも苦労したが、それでも頑張った。
一定の圧力でガスが出るようにするためにバルブとコック弁と二つ付けておいたし。
そして感動したのはソレがちゃんと機能した事だった。
しっかりとボッ!と音がして青い火が出た時には成功した事に嬉しかった。
ちなみにここまでこだわる必要性は無かったように思う。でも思い付いたのだから仕方が無い。
魔法がこんなものまで「再現」できる事がイケナイのだ。
そう、俺は何も悪くない。と言って逃げてしまうのは簡単なのだが、本当にこの魔法と言うヤツは万能すぎる。
(まるで神様みたいだよ全く・・・)
ちょっと嫌な事を想像してしまう。魔法と言うモノが「神の力」だと言うのであれば、俺がこの世界にきてしまったのもまた「神の力」によるものだと思わざるを得ない。
俺の世界での「超常現象」などと言われて特集されているテレビ番組の中にこんな「神隠し」なんてモノもあったりしたわけだ。
ならば俺がこの世界に突然きてしまった事は、あちら世界からの視点であれば「神隠し」であろう。
神様がやった事、そう思うと何だか怖い。何故ソレが俺だったのか?只の偶然なのか?
ソレにしては俺がこの世界に来てしまうきっかけになったと思われるあのペラペラなアレはどう言う説明をすればいいのだろうか?
師匠から「賢者」などと言うモノに認定されても、解らないモノは解らない。
賢者なんて言う存在は何もかもを理解し、解明した存在を言うのではないのだろうか?そう言ったイメージが俺の中にはあるのだ。
それを中心に据えて考え始めてしまうと俺なんかが賢者と言われる事は相応しくないのではないかと思う。おこがましいにも程があろう。
そんな事を考えながら朝食を食べ終えて、食休みを挟んだ後は昨日の続きである。
魔力ポーションを飲みやすくするために苦みは取り除いた。ならばあとはソレを一度薬草の液と混ぜてみてその量を調整する工程だ。
そしてそこから俺はもう一歩踏み込んでみたいと考えていた。
だって只の無味無臭では面白くない。むしろ、もっと飲みたいと思えるくらいに美味しい魔力ポーションにしたいのだ。
それこそジュースでも飲むかのようにごくごくと、である。
「そうすると、果汁がいっぱい必要だな。丁度いい具合にするのに沢山用意しないと。サンプルを数多く作るだろうから森の奥のあそこに取りにいかねば。」
「おい、またお前は何か企んでいるのか?もう少し私が付いていける発想にしてもらえないだろうか?エンドウの思い付きは本当に突然過ぎて私は気が気でないのだが。それと、思いついたのならそれを私に先ずは説明してもらえると助かる。」
師匠はそう口に出しながらも慣れた手つきで改良第一号の魔力ポーションを作り上げてしまった。それを躊躇わずに味見しようとする。
師匠は朝起きてすぐに常時発動の魔法を使っている。それは日に日にどんどん洗練されていて淀み無くソレを行使できるようになっていた。
だけどまだまだバランスはそこまで改善には至らず、今も結構な魔力を減らしているようだ。だから迷わずポーションを飲む。
「前のアノ苦い物を考えたら、味がしないだけでこうも美味く感じるとは。素晴らしいな。これなら今の売っている魔力薬などはすぐに駆逐されるだろう。素晴らしい成果だ。」
師匠は感動している様子だが、俺は満足いっていない。
「師匠、改良はまだまだスタートラインに立ったばかりですよ?もっと美味しくしたいんです俺は。無味無臭なんて言わずに飲んだらもっと病みつきになるくらいの物にしたいんですけど。」
「エンドウよ・・・何を?コレで満足できない?これ以上なにをしようと言うんだ?・・・先程果汁がどうのと言っていたが?・・・おい、まさか?」
師匠は俺の言いたい事を察したようだ。師匠はこういう所は頭の回転が速い。
「森の奥に果樹が群生している場所があるんですけどね。俺はこの魔力ポーションを甘い飲み物にしたいんですよ。」
本当なら俺が良く飲んでいた滋養強壮ドリンクの味にできれば似せたいと思うのだが、それは難しいと思えた。
だから果汁ジュースの様なモノへと妥協してソレを作りたいと考える。
「おい、まさか?ソレを作るのにどれだけの時間と労力がかかると思っている?一日二日でこれだけの改良ができたこと自体が正に奇跡と言える事なのだぞ?ソレを・・・甘くする?」
「魔力水を飲むだけで回復はするんですよね?で、結局魔力枯渇での倦怠感は別に魔力が即回復すれば消えるんじゃ無いですか?」
「確かにな。今までの魔力薬に入っていた薬草液は飲んでも即解消されない間の倦怠感を誤魔化すためにあるようなモノだ。しかし、即回復すると言っても、かなり魔力を含んでいなければその即時効果は望めないのが現実だ。濃度と言えばいいか、それにおいては改良型はもう一歩踏み込まねばならんぞ?」
今までの不味い物の効果よりも凍らせて抽出した魔力水の方が魔力濃度が濃い。
しかしそれだけでは足りないと師匠は言っている。コレはまたしても改良を目指さなければいけない。
だけど、魔力濃度を上げるにはどういった方法があるのか?魔力吸収量を上げる方法はどんなモノがあるか?ソレを師匠に聞いてみる。
「ふむ、そうだな。先ずエンドウが魔力水を自らの魔法でつくりだしただろう?その方法が一つ。しかし、あんなマネは殆どの魔法使いが扱えない。何せあんなマネをそこら辺の魔法使いがホイホイ出来たら今我々がこうして改良に手を出してなどおらんからな。」
どうやら魔力を水に溶け込ませる魔法は高等技術になるようだ。それでも師匠は「少量なら自分もできるが」と追加している。
「第二に飲む量を増やすと言った具合だな。それだけ飲む量が増えればその中の溶けている量の魔力も多くなる。しかしそれで腹が膨れてそう何度もできる行為じゃ無いな。」
がぶ飲みすれば大丈夫らしい。しかしそうするとお腹の方がタプンタプンでそこまで量を飲めるはず無い。
「もう一つは魔石を水にある程度漬けておくと増える傾向にあるな。しかしその増加量はそこまで大きくない。」
どうやら魔石と言うモノが存在するらしい。それは言葉の響きだけで想像すると魔力の詰まった石である。
そこから漏れる魔力が水に漬けていると溶け込むのだろう。しかしその量に期待はできなさそうだ。
「うーん?今ここで悩んでもいい答えは出てこなさそうですね。なら味の改良から始めましょうか?薬草のも混ぜつつ、バランスを見ていろんな果汁を混ぜる割合を先にやっちゃいましょう。」
この提案に反対はしない師匠。しかし難しい顔をして師匠は質問をしてきた。
「エンドウよ、そもそも果樹が群生している事は私も把握している。しかし、あそこはこの森の奥地であり、そして一番の危険地帯だろう?そう容易く行って帰ってくる事のできる場所では無いだろうに?・・・あぁ、そうか。お前はもうそこに一度言った事が有るのか。ならばそれで・・・」
「一度だけじゃ無いですよ?もう数えられない位行ってます。食事後のデザートの為に。あそこの果物でお気に入りがあるんですけどね、それを半分凍らせてシャーベット状にして食べるのがまた何とも言えない美味しさで。」
これに師匠はいきなり無表情になってこちらを見てくる。
「あんな危ない場所に幾度も・・・?」
(あー、そうか。師匠にこんなリアクションをさせちゃうのは偏に俺の行動から来るのか。反省しないとな。でも自重はしない)
あんまりな態度を取らないで、と俺から師匠に言っておいて、俺が起こす事に理解が追い付けないからこその師匠のあの態度なのだ。
仕方が無いと思ってそう言った反応になってしまう師匠をこれからは何も言わずにおこう。そう考え直す俺。
しかし自重はしない。これからもこの世界で刺激を求める事に、自由に振る舞う事に俺は躊躇をしないで行く。
こうして魔力ポーションの事もそうだが、興味が出た物に対しては俺が飽きるまでやる。
そう言った気持ちでこの世界に真正面からぶつかっていくつもりだ。
「さあ、取りに行きましょう!あ、師匠は留守番してますか?え?一緒に行く?じゃあワープした先に出ていきなり襲われない様にちゃんと警戒は最初から全開で行ってくださいね。」
こうして俺と師匠はこの森で一番危険な奥地へと足を踏み入れる。
そうして俺がワープゲートを通ってみれば既に師匠がとあるモンスターに襲われていた。
猿である。木の上から石を投げられてソレを必死に避けている。しかも三方向からの投石をだ。
どうやら師匠の修行の成果が出ているようだ。どれもかなりの余裕をもって避け続けられている。
「くっ!いきなりこいつらと遭遇するとは!エンドウ!撤退するぞ!こいつらは仲間を呼んでしまう。今は三体だけだが、このままではこいつらは石を投げ終えた後に仲間を呼ぶぞ!クソ!もう遅いか!」
この猿共のその大きさは人と同じくらいだ。類人猿と言う訳では無く、猿をそのまま巨大化しただけのモンスター。
師匠はその止まった投石に焦りを覚えている。どうやらこいつらを撒いて逃げる事に頭が必死なようだ。
そして俺の事も心配している。
「こいつらが遠吠えをした瞬間に逃げ出す!用意は良いか?・・・今だ!」
と師匠は駆け出そうとするが、一向に立ち止まって猿を見る俺に驚愕の顔を向けてくる。
「何をしているエンドウ!・・・いや、お前ならこれくらいの事は朝飯前なのか・・・」
俺がここに何度も足を運んでいると言う事をようやくここで思い出した師匠は警戒を解く。
師匠はこの森の奥に踏み入る事など無かったのだろう。一度入った事があるみたいだったが、たぶん直ぐに逃げ帰ったのだろう。この様子だと。
事実師匠は自分の命の心配をしてこいつら猿から逃げる算段をどうにか付けようと必死に機会を窺っていた。その事だけで頭が一杯になっていた様子だ。
そして俺の言葉を思い出して、というより、俺の態度を見て諦めたと言った方がいいかもしれない。
俺の態度一つで師匠にはたびたびショックを与えている事は申し訳ないとちょっぴり思う。
しかしソレに慣れて欲しい。師匠が自分から俺に教えを乞うたのだから。
「せっかくなのでこいつら纏めて片付けちゃいましょう。でも仲間なんて呼ばれると面倒だからそんな事はさせませんけどね。」
俺はこの場に静寂をもたらしていた。その静寂とは振動を一切させない「壁」を作り出す事。
それを猿が吠える前のジャストタイミングで発動させている。
声とは振動の波である。空気中をソレが伝わって遠くに運ぶのだ。ならその振動を止めてしまう「壁」で塞いでしまえばソレが響くことは無い。
猿三匹の周囲をソレで包む。猿共は勝ち誇ったように歯をむき出しにして「キッキッ!」とこちらを小馬鹿にしたように笑うのだが、俺が一切動じていない事に苛立ちを覚えたようだ。
師匠があんなに焦っていた事を猿共は面白がっていたと言う事だ。木の上、その足場にしている枝で地団太を踏んでいる。
「おい、あいつらが吠えたのを確認しているのだが、一向に来ないな?エンドウが何かやったのか?とは言え、やったのは確実なのはわかるのだが。」
「それはですね。こいつらの声が遠くに響かない様に対処しただけです。」
そして俺は猿共に指先を向ける。それに何を思ったか猿たちは「ああん?」と言った表情で俺を見る。
だけどそれまでだった。この晴天の森の中に轟雷が迸ったからだ。
その音は周囲を瞬間びりびりと振るわせて、しかし一瞬で治まる。
師匠はこれに身体を硬直させた。ちょっとソレに罪悪感を覚える俺。
(事前に言っておいた方が良かったか。でももう遅いな)
その轟雷は三匹の猿に命中していた。まさに電光石火。避ける時間を刹那も猿に与える事無く絶命させた。
「え、エンドウ・・・なんだあの・・・もう訳が分からん・・・」
「只の雷ですけど?師匠、何でそんなに怖がっているんですか?」
この世界にも雷くらいはあると思うのだが、ちょっとそこら辺は違う事情があるようで。
「いや、解る、分かるんだ。いや分かるのだがな?雷での攻撃魔法などこの世に使える魔法使いなど存在しないのだ。それを今事実、目の前にしてしまうと・・・もう言葉が出ん。」
雷と言うのはソレを目標物に当てるためには「導き」が無いと上手く行かない。空気中の通り道と着雷場所の指定だ。
当然ソレも魔法で作るのだが、ここら辺の事が分かっていないで発動したら何処にどう飛んでいくか分からない物になるだろう。
周囲を無暗に巻き込んで雷がバチバチと何処に飛んでいくのか分からなくなる。
そしてその雷のエネルギーは凄まじい。直撃を受けた猿たちは既に木から落ちて動くことも無い。
心臓辺りを目掛けて狙ったので、解剖してみればその箇所がたぶん焦げて穴が開いている事だろう。
「教えましょうか師匠にも。あ、でもそれは後にしましょうか。ここには果物を取りに来たんですから。」
こうして猿の面倒は片付けたのでその果樹の所に向かい始めた。