海ヨ、海ヨ、あぁ、海ヨ
そんな中を俺たちと言う余所者と判断するのに一瞬な集団がカウンターへと近づくのだから注目を浴びる。
そして受付嬢もアロハシャツと言う徹底ぶりに吹き出しそうになるのを堪えるのに必死で、俺は周囲の目を気にできない。
「ようこそいらっしゃいました。見た所ここサンサンの冒険者では無いご様子。観光ですか?いいお宿をご紹介もできます。お食事は済ませましたか?お勧めの食い所も一杯御座いますので気になる事が有れば幾らでもお聞きになってください。」
ここは観光案内所でもあるのだろうか?俺はコレに気になって聞いてみてしまう。
「よその土地の冒険者って大抵は観光なんですか?」
「はい。サンサンに来る冒険者の方たちは、普段の活動で疲れた心を癒しに来る方が非常に多く、我がギルドではそうした冒険者たちの癒しに貢献できればとこうしてご案内もしております。心身共に英気を再び養って活動再開をしてもらい、もっとより活躍していただくため、日夜疲れた冒険者さんたちを受け入れております。」
ニコニコでそう教えてくれる受付嬢。ここで俺は本題を聞く。
「えーっと、俺の冒険者カードから後ろの四人にお金の振り込みをしたいのだけれど、出来るんでしょうか?」
これはあらかじめできると皆から聞いていたが一応は流れの確認として聞いておいた。
受付嬢にはパーティー仲間に魔物の素材の売り上げの分配をすると言う事で話をしておく。
そしてその魔物を売った時に入った金額の詳細も教えて欲しいと。その額を相談して皆で話し合うと。
「ハイ、こちらでそれら諸々可能です。ではカードをお預かりします。」
こうして俺が懐から出したカードを受け取った受付嬢がいつもの箱型の道具に差し込んだ。
するとまるでレシートの様なモノが一緒について来た。
俺は受付にカードの最終履歴を出して欲しいと言ってあったので、その手続きをした紙が一緒に出てきたッポイ。
「ハイ、こちらが最終履歴になっております。何か他に気になる事が御座いましたら何なりとお声がけください。では、ご相談はあちらの区切りのあるテーブルをお使いになると宜しいかと思います。」
そうして手を向けた先には屏風が合って区切られたテーブルと椅子が設置してあった。
受付嬢に礼を言ってそちらに移動する。そして皆着席してから俺はトレントを売った時の金額が印字されているレシートを見やる。
「なあ?魔白金一枚、魔金貨四枚って、ヤバい?」
確か九百万だ合計金額はザックリ言って。安いのか高いのかは分からない。
「大分いい値段、つか、かなり高額で買ってくれたんだな。いや、分からん。」
カジウルは納得しかけたが、しかし再び「分からん」と言い直す。
「普通のトレントなら美品で一本魔金二枚・・・それ位か?でも幹の太さに寄るからなぁ。」
ラディは要するにエルダートレントの美品一本のお値段はそもそも今までに無い物なので値段の相場がいくらになるか分からない代物だと。
「でも、確かにこれだけの値は普通に考えて相応よね。アレの幹は相当太かったもの。それにエルダーが付くからね。買い取った側も多分鑑定に出すわ。そしたら確実にその価値の詳細も判明する。そしたらもっと高い値が付いてもおかしくないわね。」
マーミは分析してそう話す。恐らくは史上初な物であるから値段の判断が難しいと言う事だろう。
それでもソレを含めてもこの値段は相応じゃないかと。
所詮は俺たちは専門の商人では無いから、いくらここでそう言った事に頭を使っても「真の価値」とそれの相応の値段と言うモノは導き出すのは難しい。
「お値段を低く見積もって買い取られていたとしても、市場価格が分からない物ですからね。計算は難しいかと。改めてそう考えると、私たちがクリアしたダンジョンの難易度は・・・ちょっと考えるのが恐ろしいですね。エンドウ様が居なければおそらくは誰もクリアできなかったのではないでしょうか?」
ミッツはこのトレントの金額から導き出されるダンジョンの難易度の方まで考えが行ったようだ。
確かにまだあのダンジョンで得た魔物の素材はインベントリに入っている。それの総額を考えたらちょっと引く。
「あ、まだあった。・・・えーっとトレントの木屑・・・白金貨三枚・・・ってどうよ?」
そもそも、この値段は本体だけの値段であって、木屑の方は別の取引になっていた。
「あー、そりゃアレだ。お香になる。しかもトレントのは儀式のに使われたり、王族の方たちが使ったり、もうちょっと高級な加工を施すと魔力の回復速度の上がる、まあいわゆる香木ってのになるんだよ。」
「あのトレントの木屑だ。相当な魔力回復効果が出るぞ?しかもその香が続いている間はずっと効果が続く。長時間かかる魔法儀式なんかに使われるだろうな。」
カジウルがどういった目的で使う物なのかの説明をしてくれる。そしてラディがソレに追加説明を。
「武器とか、あるいは装飾品とかの魔力付与に使われるでしょうね。貴族がこぞって購入したいと殺到するんじゃないかしら情報が洩れたら。」
「そうですね。魔法陣を刻み込むのにかなりの魔力を要すると聞きます。なのでソレ一つが有れば幾つも作り出す事も可能かもしれませんね。」
どうやら魔石に魔法陣を刻むのと要領は一緒だそうだ。しかし装飾品と言うと宝石やら、もしくは武器などに魔法陣を刻むには相当な魔力が必要と言う事らしい。
これを聞いて俺は思った。それを思わず口に出す。
「あー?そうなると俺たちには別にその香木とやらは必要無いって事かな?なら深く考えないでいいかこれは。」
三人がジト目で俺を見る。一斉に。何だと思っていると。
「そうだよな。エンドウは・・・非常識の塊だった。」
「エンドウから指導を受けて俺たちはそんな所まで一気に段階を上がっちまったんだった。」
「一足飛びでそんな所に足を突っ込んじゃったから忘れてたわ・・・」
「エンドウ様にこうして鍛えて貰えた事に感謝ですね!」
ミッツだけが俺をキラキラした目で見てくるのでコレに引く俺。
彼女だけが俺を尊崇してくるので俺はコレにどう対処していいか分からず対応に困る。
「じゃ、じゃあ手続きをしてもらいに行こう。等分でいいよな?」
俺はすぐに話を元に戻す。するとカジウルがコレに待ったを掛けた。
「木屑の分は要らん。エンドウが取っていいぞ。そもそも俺たちはお前に恵んでもらってるような立場だからな今は。そんくらいは分かってる。でも、いつかお前の出番が無い位に強くなって頼られる存在になってやるからな。」
こうしてカジウルにバンと背中を叩かれて俺はそのセリフに。
「今までもこれからもずっと頼りにしてるさ。」
と返してカウンターに向かった。
で、メンバーのカードへの振り込みなのだが、どうやらそのやり取りに不正が無いかどうかの証明のために書類を書かねばならないらしい。
俺は受付嬢の説明通りにソレを書いて行き、最終的にしっかりと皆にお金の振り込み分配を終わらせた。
で、その金額を確認していた受付嬢が頬を引き攣らせていたのは仕方が無いのかもしれない。
そこにちゃんと「この事は言いふらさないでくださいね」と一言付け加えておいた。
「その事についてはギルド規約の中の注意事項に記載してありますので。ギルド職員としてソレを流出させた場合は罪に問われてしまいますのでその様な事は致しません。ええ、致しませんとも。」
ちょっとだけブルリと震えてそうキッチリと約束をしてくれた受付嬢に軽い会釈をしてギルドを出る。
恐らくはその規約を破ると凄くヤバイ罰が待っているのだろう。しかしそこら辺は追及しないでいいだろう。
別にそこまで知りたいとは思わないし、関係無い話だ。
で、手続きを終えて「さあ観光だ」とギルドを出たと思ったら絡まれてしまう。それはどうやらここサンサン就きの冒険者のようで。
「おうおうおう。余所者がこんな場所に何の用だ?俺たちの仕事を横取りしようってか?」
「てめえらには仕事なんてねぇよ。とっとと失せな。痛い目みてぇのか?えぇコラ?」
「お?そっちの二人は可愛いじゃねーか?俺たちと良い事しねえか?なぁなぁなぁ?」
ガタイのいい男が四人。三人はどうやらお喋りの様子。そしてその三人の後ろにいる奴がどうやらこの四人の中心らしい。
らしいと言うのは予想だ。三人の後ろからこちらを眺めてニヤニヤしているからだ。きっと面白がっているのだろう。こいつらが俺たちに絡むために近寄ってきている間、チラリと顎で三人に指図していたのが俺の視界に入っていたのだ。
比べると俺たちとこの四人の男たちでは体格の違いがはっきりと分かる。
相手はムキムキだ。そしてこっちはまぁ至って「普通」と言って差し支えないだろう。俺はと言えばカジウル、ラディと比べたらもっとひ弱そうに見えた事だろう。
だからこの絡んできた奴らはきっと俺たちが格下だと考えている確実に。
ソレはその言葉と態度で分かる。俺たちを舐め切っている。
そしてこいつらはマーミとミッツを見ていやらしい視線を向け続けている。
どうやらこいつらは死にたいらしい。今の二人にこいつらが四人がかりでも敵わないだろう。
寧ろ、人相手に手加減を失敗して二人がこいつらを血祭りにしないかの方が心配になる。
なので俺はここは穏便にと思って前に一歩出た。カジウルとラディはこうした冒険者のあしらい方と言ったモノを心得ていそうだったが、俺が先に動いた形になった。
「私たちはこちらに観光しに来ただけですので。貴方たちの仕事を掠め取ろうとしに来た訳ではありません。ですのでお引き取りになってください。これ以上は言い争うのも無駄ですし。こちらは貴方たちに用事はありません。これ以上の説明は要りますか?」
俺は只々事実だけを述べた。この街で仕事を無理にする必要は無い。むしろかなり長い期間この街の宿に滞在できる資金を今さっき分けたばかりだ。
だがこう言った輩に話は最初から通じないモノらしい。
「へぇ~?俺たちに挨拶も無しにここで観光って?いやいや、話にならないな?俺たちラズコウファミリーに何の納金も無しにこの街で楽しもうって?馬鹿言っちゃいけないなぁ?」
コレに俺は呆れた。知らんがな、と。要するにこの街を牛耳っているその何とかファミリーへお金を納めなければデカい顔してこの街をぶらつかせられない、と。
ふざけるのも大概にして欲しくて俺は思わず盛大な溜息を吐いてしまった。
「なあ?何でこんな奴らに絡まれなきゃならんの?カジウル、知ってた?ラディは?え?知らない?じゃあマーミ・・・ミッツ・・・ぇ?マジで?じゃあ何こいつら?新興勢力ってヤツ?は?まさかそんな物無いのにほら吹いて脅してきてるチンピラとかじゃ無いよな?」
コレに絡んできた四人が怒りに燃える。
「テメエら・・・ラズコウファミリーを知らねえだと?テメエらどうやら海に沈められてぇみたいだな?おい、こいつら連れてくぞ。ボスの前で痛めつけて身体に覚えさせてやる。俺たちに逆らったらどうなるかな。」
リーダーらしき奴がそう言うので俺は「じゃあお願いします」と案内してくれと言った感じで軽く言う。
コレに呆気にとられたのは相手の方だ。そんな返しが来るとは思わなかったのだろう。
「きっとこいつら悪さばっかりしてる犯罪集団だろ?良いじゃ無いか。みんなが前に来た時には居なかったんだろ?だったら居なくなってもいいはずジャン?」
いきなり俺たちに絡んできたかと思えば、下らない脅し文句で金をせびってくる。もう俺の気分は台無しだ。
そんな組織は要らない。そもそもそんな組織が無くともこの街は回っていたはずだ。
皆が前回来た時がいつだったのかは知らないが、どうせこんな言葉を吐く輩が所属している組織である。潰しても何ら問題は無いだろう。
で、そんな俺の意見に同意なのだろう女性二人。男二人は「あちゃー」と言った感じである。
どうやらマーミもミッツも怒らせてはならない存在らしい。「もう駄目、潰れたな確実に」と静かにラディが漏らす。
カジウルはどうやら怒らせてしまった時の事を思い出したのかこの天気なのにブルリと一つ震えた。
で、呆気にとられた男たち四人は正気に戻り「逃げるんじゃねーぞ」と言い俺たちを前後に二人づつで挟み込み「来い」と言った感じで歩き出す。
そんな中で俺は聴覚強化で周囲の住人の会話を聞いていた。
「あれは・・・ラズコウの所の・・・ああ、あいつら殺されたな。」
「あいつらが居座るようになってうちは場所代を払えとか暴力で脅されたよ。」
「観光客が目に見えて減り始めたのはあいつらがああやってデカい顔してるからだ。」
「くそ、誰かあいつら潰してくれねえかな。地元の自警団じゃ戦力が足りねえし。」
「裏じゃあれだろ?役人に賄賂送ってるって言うじゃねーか。しかもそれを御上は嬉々として受け取ってるって。」
「もうこの街はあいつらに支配されてるようなモノだ。あんな奴らこのサンサンに必要ねぇよ。ちょっと前にぽっと出の奴らの癖に。」
「あいつらのさばらせてたらこの街はお終いだ。逆らった奴らは散々痛めつけられた。クソッ!俺のダチもあいつらにやられて暫く動けなくさせられたんだぞ!」
「不正やら犯罪の証拠もあるって言うのに捕まらないそうじゃねーか。もうお終いだよこの街は。」
怒りの声を他にも大量にいくつも拾ってから俺は聴覚強化をミュートにする。
で、俺は皆にこう言っておく。
「なあ、どうやらやっちゃっていいらしいぞ?俺もう勘弁ならないんだよね。観光で言い気分になってた所でこんな不愉快なマネされて。いいよな?」
俺はちょっとここでサンサンに来た時のテンションの高さの反動で不機嫌になる上昇率が高くなっていた。
なので既に俺の許容値は超えていた。犯罪者集団と俺の中で決定したのだ、このラズコウファミリーと言う奴らは。
人の気をここまで害して来たこいつらをもう放っておく気にならなくなってしまっている。
後でやり過ぎた事をきっと反省するだろうが、きっと後悔はしないだろう。この街の為でもあるのだから。
「あー、そうだな。もう良いんじゃねーか?やっちゃってよ。」
「目立ちたくないけどな。よりにもよってこうなるとは思いもよらなかった。」
「あーあ、エンドウがやるって言うなら譲るわよ。その代わり派手にやっって頂戴。スカッとしたいわ。」
「慈悲は必要無いでしょうからエンドウ様、一気にやってしまいましょう!」
女性二人が過激発言気味だが、許可は出た。コレに俺はいっちょやる気になる。
「テメエら何ブツクサ言ってやがる!コケにしてきた以上はテメエら腕の一本や二本は覚悟してんだろうな?」
陳腐な脅し文句としか受け取れない。俺たちは冒険者だ。今でに修羅場はいくつも超えてきている。
と言うのは俺以外の事だが。俺はまだまだそんな経験をそれほどまでに積んできてはいない。
しかしそれでもこのチンピラ共の脅しは陳腐としか感じられないのだから、俺の心はあの森で相当鍛えられていたと言えるのだろう。
そうして連れられて来た場所は広い庭がある貴族のお屋敷か!と突っ込みたくなるテンプレ。
そこに門を守っている役目だろうハズの男が二人地面に座ってだべっていた。
「おーい、そいつらは何だ?は?ぎゃははは!今日は良いもん見れそうだな!ええオイ?」
「こいつら馬鹿だねぇ。力の差ってもんを何も分かってねぇのな?お?そっちの女は後で楽しめるんだろうな?」
もうこの時点でギルティである。容赦しなくていだろう。何処までも犯罪者と言うのは外道なのだろうか?
この門兵も一緒に付いて来る。そうして広い庭へと俺たちは到着した。
「おい、ボスを呼んで来い。後はここら辺の住人もだ。ある程度人を集めてこい。見せしめだ。」
そう言ってこの男たちのリーダーが屋敷から出て来た使い走りだろうニヤケ面男へと指示を出している。
「テメエらはファミリーに逆らったらどうなるかの見本だ。大人しくしていろよ?逃げ出そうものならここの住人を使って探させる。てめえらはこの街の奴ら全員の目を誤魔化して逃げ切れるかな?はっはっはっは!」
高笑いしているチンピラには悪いが、逃げきれるし、生贄にもなる気は無い。
寧ろこいつらの方がこの世界から消滅してもらう事になるだろう。
そう、跡形も無く消し去ってしまえば証拠など残らない。
かなり黒い感情が臓腑の奥から湧き上がってくる。どうやらそこに溜まっていた澱みがこいつらのせいで浮上してきてしまったようだ。
こうなると静めるのは難しい。一度スッキリできないと自分でもどうしようもない。それを自覚していた。
社畜時代に自分でも自覚していなかった溜まっていた黒いモノがこの世界で噴出してくる。
沸々と表面に出てくる感情が俺の表情まで歪めていたようで、さっきまでゲラゲラと笑っていたチンピラが今度はぎょっとした顔で俺を見て来た。
「テメエ・・・何だその顔は・・・気に食わねえ!ここでお前が先に一番に死んどくか?あぁ!?」
剣を抜かれ、その切っ先を向けられた俺は、張りつけた何の感情も乗せない営業スマイルを取る。
「いやあ、怖いですね。こんな風に簡単に人に剣を向けるんですか貴方たちは。どうしようもないですね。」
静かにそう言う俺。そこでどうやらこの近隣の住人たちが集まってきたようだ。
そのタイミングで屋敷からもどうやらこのファミリーのボスだろう男が出て来た。
「こいつ等か、私の事を侮った奴らと言うのは。ふん、つまらんな。精々私が楽しめるように散々苦しんで死ね。」
そいつは目の横に傷が入ったオールバックな渋い見た目の男だった。歳は顔の皺から予想して四十後半だと俺は推察する。
でもそんなくだらない事はすぐに忘れた。俺たち五人を逃げ出さない様にするためだろうか。そのための人員がゾロソロと屋敷から出て来たからだ。
俺は都合がいいとコレに思った。確かこの街の自警団には荷が重いと言っていたはずだ。ここで一気にソレを減らしてしまえる。
「なあ?ここに居る以外に後何人、人員がいるんだ?コレで全部か?」
ファミリーだと言うくらいなのだからもっといるだろう。百人単位か。でもこの場にいるのは精々が俺たちを逃さないための三十人程度。
「ふむ?お前は何故絶望しない?面白くないな。私の目の前で絶望しない者など。おい、先ずはこいつはすぐに殺せ不愉快だ。女は後で私が可愛がる。その後にお前たちに落としてやろう。」
さて、ここまで不愉快な言葉を言われて俺は限界を突破している。
こいつらは自分たちの暴力で何事も自分たちの思い通りにしている。思い通りにできると勘違いしている。
ならばそのやり方にこちらもその流儀に則って相手をしてやるのが礼儀だ。俺は声を掛けた。
「さて、言い訳はありますか?命乞いの言葉は考えましたか?」
俺はもう既に魔力を地面に流している。こいつらを逃さない、逃すつもりは無い。
「さっさとやれ・・・私はそこまで気が長くは無いぞ?」
このファミリーのボスからの命令だ。部下はコレに逆らう事はできないだろう。
でも全員動けない。それもそうだ。俺の魔力がここに居る全員を覆って固めていて動けないのだから。
そう、口を動かす事もできない。まあ呼吸だけは許している。
「おい、何をしている貴様ら。さっさとやらんか・・・何・・・だ?」
このボスだけは動けるようにしておいた。しかし喋る事だけしかできないのだけれども。
「動けんだと!?どう言う事だ!何が!?」
どうやらまだ俺がやったと言う事が分からないらしい。それはそうだ。俺は指先一つ動かさずにただ立っているだけなのだから。
「エンドウってエグイよな。うん、俺は絶対にエンドウを怒らせない様にするわ。」
「多分だけどな。この世界の人間がどれだけ集まろうが、どんな奴が来ようが、エンドウに勝てないんじゃないか?」
「まあ、そうよね。こうして目の前にするとさ。信じられないけど、どうしようもないのよねこうなれば。」
「エンドウ様に敵う相手は居ないでしょう。それが例え一国の王でも。デスネ。」
そこまで俺は恐ろしい化物では無い。ただこう言った悪党に対して自分でも容赦が無いのは少々怖く感じるが。
一国の王でも、なんてミッツは言うが、そこまで俺は愚かじゃない。でも理不尽やら不条理、濡れ衣やらを無理矢理着せて来ようとしたらどう動くかは自分でもわかりかねる。
「くッ!誰か動けんのか!?早く私を助けろ!おい、動け貴様ら!」
怒鳴っているその声に誰も動けない。虚しくこの広場に響くだけ。
そんな声は集まった地元民に聞こえるくらいにデカくなっている。それは焦っているのだ。得体のしれない何かに自分が囚われている恐怖に。
で、そんな言葉が聞えて来た者達にも困惑が届く。
「何だあいつら?動けないのか?さっきからずっと同じ格好で固まってやがる?」
「なあ?どうなんだ?あれってなんで動けないんだ?」
「分からないけど今が機会か?どうする?自警団呼ぶか?」
「・・・確か俺たちは逆らった冒険者を始末する所を目に焼き付けろとか言われて集められたよな?あそこにいる人たちがそうなのか?」
「って、おい。なんか見た事無い服の奴がこっちに近づいてくるぞ?」
ここに集まったのはザっと五十人くらいだろうか?そこへと俺は近づいて行く。そして声を掛けた。
「皆さん、あいつらを消したくないですか?仕返ししたい人はいませんか?復讐したい人は?私が手を貸します。今この場で、えーっと?ラズコウへの恨みを晴らしたい方は中へどうぞ。」
俺は住民にそう告げる。一斉にザワザワした空気が膨れ上がった。
「い、良いのか?あいつら動き出さないか?逆にやられたりしないか?」
「オイ待てよ!冷静になれ。ここで役人どもが来たらどうする!」
「でもよ、あんな汚ねえ奴ら俺たちの知った事か?俺はやるぞ!あいつらはこの街から消えればいいんだ!」
「そうだ、役人どもなんか関係無い。俺たちはクソの役にも立たない役人どももここから追い出すべきなんだ。金を貰って腐った役人なんて死罪だろうが普通に法に照らし合わせてもよ!」
反対する者達に混じって少数の者は止めておけと口にする。
しかしそれが本気で無い。本気なら身体を張って止めようとしてもいいはずだ。
しかし誰もそんな行動に出ない。心の奥底では同意しているからだ。
だからそう言ったモノたちの背中を俺は押す言葉を添えた。
「私が責任を持ちますよ。貴方たちは観光に来ていた冒険者に「無理矢理」やらされたと言えばイイです。コレで貴方たちに「責任」は無いでしょう。だって脅されたんだから、そうやってね。」
コレに一気に心のタガが外された住民たちは一気にこの屋敷の庭になだれ込んだ。
しかも俺が用意して作っておいた棒を見かけてそれらを手に取る。誰もかれもが。
それも俺が「そこに転がっている棒を使いましょう」と小声でそう囁いていたからだ。
ここから地獄が始まる。俺が地面から魔法で作っておいた棒は固く頑強だ。人体くらいの柔らかさの物ならいくら叩いたって折れたりしない。
そう、今から始まるのはこの街の人々からの制裁、リンチである。
「くそう・・・お前らさえいなけりゃ俺はあそこでずっと屋台を続けられたのに!」
「今この場に居ないテメエらが今まで痛めつけた奴らの分も今俺がこの場で仕返ししてやる!」
「俺のダチはなぁ!今じゃ生活も苦しいんだ!何故だか分かるか?お前らが理不尽に負わせた怪我でずっと働けなかったから金が尽きたんだよ!」
「テメエらみたいな暴力で人から金を脅し取るだけの寄生虫はこの世に要らん!」
まず最初は人々の怒りはこのファミリーのボスであるラズコウへと向けられた。
「貴様ら!やめ!やめろ!私に逆らってタダで済むと・・・へぶし!」
その暴行はずっと続いた。充分棒で殴って満足した者は他の動けない部下たちの方へと怒りを向け始める。
しかしここに集まった住民たちはかなりの数だ。それら全員がしっかりと満足するまでボコボコと殴られ続けたのだから酷い物だ。
ボロ雑巾、などと言った言葉では生ぬるい位に酷い状態である。それだけこのサンサンの街の人々から恨みを抱かれていたと言うのが良く分かる。
もう息はしていないと分かるのに、死体を冒涜するかのように住民はラズコウの身体全身を満遍なく潰していく。
この騒ぎにここに集まっていなかった住人達も後から寄ってくる。
追加で現れたそう言った人たちにも俺は地面から魔法で作り出した棒を配っていく。
するとそう言った人たちも老若男女問わずこの異常な光景へと参加していく。
「もう止められないな。さて、全部片付くのにどれくらいかかるかな?」
俺はこの光景を眺めるだけ。随分と恐ろしい位に「腹黒い」。それを俺はちゃんと見つめる。
自分の中にこれほどまでに残酷な感情がしまい込まれていたのかと。でもそんなモノはこうした場面でしか浮上してこないのだな、と言った事も理解していた。
「・・・もう言葉も出ねぇ・・・コレ、大丈夫・・・じゃねえな?」
「あぁ、俺たちはこの場から消えた方が良い。住民たちは幸い俺たちには興味無いようだ。」
「顔を覚えられちゃう前に去りましょ!さ、早く!」
「もうこれは私たちには収拾がつきませんね。自然と治まるまで待つしかないようです。それだけの怒りが大きいようですから。」
「俺だけは責任もって残っていくよ。皆は行ってて。んじゃ後で合流しよう。ああ、心配しなくていいよ。大丈夫。印象操作でもして俺の事も記憶に残らない様に計らっておく。」
既に俺は自分の存在がこの住民たちの意識に乗らないような操作をしようと頭をフル回転させていた。
この場に来た人たちが俺を見ても何処の誰だか印象に残らない様にするために自分の前に「鏡」を張るイメージをする。
そしてそこに当然映るのは正面にした自分。そう、住民たちに俺への「珍しい物を着た人物」と言った印象を誤魔化すためだ。
俺の姿は目立つ。だから俺の着ている服がさもこのサンサンの住民と同じものだと錯覚させるためにそう言った小手先の誤魔化しを取ってみている。
微妙に姿が映る角度などを意識を持って変えつつ、まるでそこに俺はいるが「居ない」様に仕向ける。
俺の魔法は優秀らしく、どんどんとこの場に集まってくる人たちの瞳に俺の「スーツ姿」が映っていない事が理解できていた。
そうやって時間はかかったがこの場のラズコウファミリーは全滅。そのままの意味だ。全員が既に息をしていない。
「やってやったぞ!もう俺たちを暴力で脅してくる奴らは居ない!俺たちが勝ったんだ!」
何処かの誰かの声がする。それは俺が上げた声だったのだが。
コレにこの場に居た誰もが呼応する。俺たちはもう解放された、と。
「このまま腐った役人どもを引っ叩きに行くぞ!奴らを追い出せ!」
この煽りも俺である。そう、腐った根っこを引っこ抜くなら完全に。根絶やしにしなければこの街の住民はこの先もずっと同じ不安を奥底に抱えて生きていかねばならないのだ。
またこいつらの様な悪党が住みつたら役人どもはまた金を受け取り犯罪を見て見ぬふり。
この言葉にここにいつの間にか集まった百人近い住民が鬨の声を上げた。




