やっておかないとマズイ事
様々な魔法が放たれる。しかしその威力がどれ程かは分からない。放った本人にしか。
ソレは魔力壁が全く破損、ホンのちょこっとすら欠けたりせずにいるからだ。
魔法は次々に壁にブチ当たり、四散、霧消、爆散と種類によって様々な散りざまを見せている。
周囲の森にはその時に発生した爆音が響くのだが、俺はソレを抑えたりせずにそのままにした。
どうせこんな森の奥に人は来ないだろうと思っていたから。
そうしてどうやら満足した様子の師匠は魔法を止める。
「いくら何でも罅くらい入れられるだろうと思っていたのだが、どうやら無理のようだな。どれ程の魔力と「硬さ」が込められているんだ?全く壊せる想像が付かん。でも、まあスッキリした。」
どうやら連日の魔力薬の生産でのストレスが解消できたらしい。師匠はグッと背伸びをして晴れやかな顔をしている。
そしてここで俺は帰還しましょうと言いかけて、微かな地面の振動を感知した。
「じゃあ戻りましょうか・・・師匠、俺の合図に合わせてその場から遠くに飛んでください。何も今は言わずに言う通りにしてください。・・・今です!」
この俺の緊張した声音に師匠は何も言わずに頷いてくれる。
そして俺と師匠は合図した瞬間にその場から飛び退った。そこへと代わりに飛び出してきたのはあの時の魔物、ドン・モーグルだ。
「やっばかった。こいつがこの森に居た事すっかり忘れてた。もうコレ危ないから狩っておかないとマズイだろうな。」
こうして神出鬼没で出てこられると、この森で活動している冒険者が「事故」に合ってしまうかもしれない。
このドン・モーグルは最初俺たち「つむじ風」の場所に現れた際に襲ってはこなかった。
冒険者は襲わない。恐らくは大人しい性格なのだろう。でも、その地上への登場の仕方が問題だ。
コイツを感知できない冒険者にとっては「不運」としか言えない。被害に遭ってしまえば。
これほどまでに凄まじい飛び出しの衝撃をモロに受けてしまえば空中に放り出される。ぶっ飛ばされる。
そんな状況で綺麗に着地ができればいいが、驚きと天地がひっくり返った状態では地面と衝突となりかねない。受け身すら取れない可能性も。
すると打ち所、当たり所が悪かったとして大怪我や、もしかしたら死亡と言った結果を迎えるかもしれないのだ。
「エンドウ!大丈夫か!?っと、こいつは・・・モーグルか。流石にデカすぎるだろうこれは・・・」
何が出て来たのかとまじまじと目の前の巨体を観察している師匠。無事であったようだ。
「師匠、こいつを倒します。危ないので。んじゃ固めます。」
俺はすぐにモーグルが出て来た周囲の地面、土を固めるイメージで魔力を足の裏から流した。
前回遭遇した時には地上に上がり、そのまま出てきた穴の中に直ぐに潜っていってしまったのでソレを阻止するのに即座に穴を埋めるイメージも込める。
ここで見逃してまた放置をすると、どこかで被害が発生するかもしれない。逃がさずここで仕留めてしまわねばいけなかった。
するとこの巨体のモーグルはすぐに異変を察知したのか慌てた様に地上に出てくる。
穴の中にまだあった尻を押し出す様に土が盛り上がって来たからだろう。その様子はアタフタと可愛らしかったが容赦はしない。
「あ、コイツ何処に心臓が有るんだ?頭・・・カチ割って仕留めるか?」
ちょっとだけ迷ったが血が飛び散ったら嫌だったので、俺は「冷凍」することにした。
地面に流していた魔力をモーグルへと変えて流す。そしてイメージするのは瞬間凍結、液体窒素。
その瞬間に冷えた空気がこの場に満ちる。それが発せられているのはもう既に全く動く事の無いドン・モーグルから。
俺の魔力はどうやらイメージ通りに作用したようだ。カチコチになった巨体から白い煙がじわじわと溢れている。
「これ、このまま凍ったままでインベントリに入れても大丈夫かな?解凍はどうしようか、つかどうすれば?」
やってしまった事はどうしようもない。取り合えずこのまま放置もできないのでそのままインベントリを展開してその中に入れてしまう。
「おい、エンドウ。お前は一体どうしたらこんなマネができると言うんだ。これでは伝説の氷の地獄に生息すると言うアイスドラゴンの息吹じゃ無いか。どれだけ魔法の修行をしたとしてもエンドウには敵わんな・・・」
伝説と口にする師匠。コレに俺はこの世界のその「伝説」とやらがどれだけあるのかちょっとだけ気になった。
でもこんな時にする話でも無いのでもう一度この言葉を言う。
「えーっと、帰りましょうか。もうここには用は無いですし?」
こうして師匠の「力試し」?は無事に終了し、クスイの家の庭へと戻って来た。
まだまだ朝の早い時間であるが師匠はどうやら魔法薬の生産の進捗を見に行くと言う。
「こいつを安定させて私がいないでも生産が回るようにしないといけないのでな。久しぶりに今日は魔法をドカドカと盛大に放てた。気分がいい。今の気分で仕事をするのもなんだがな、コイツを早く終わらせられるようにしなくては私も身動きが取れんしな。」
そう言って師匠は生産工場へと向かう。俺はと言えば。
「まあ戻るのにも丁度いい時間かな?さて、今度は何処に向かうのか楽しみだなぁ。」
俺はそのままバッツ国の泊まっていた宿の裏にワープゲートを繋げる。
そこへ顔だけを入れてあらかじめ周囲に誰もいないかの確認をしてからワープゲートを通る。
「よし、じゃあ宿の前に回るか。まだ寝てるかな?どっか早朝に開いてるお茶屋さん無いかな?そこで一息入れたいなぁ。」
準備が終了して宿をチェックアウトしていればつむじ風の皆は宿の入り口横で待っていてくれる予定だ。
そしてどうやらタイミングはバッチリだったらしい。四人は宿を出たばかりの様子だった。
「お?エンドウ、早かったな。んじゃ行きますかね?」
「大分朝早い時間に行っただろう?もういいのか?」
「エンドウ、後でこの荷物貴方の「ソレ」に入れて行ってくれない?」
「マーミ、エンドウ様を荷物持ちの様に扱うのは許しません!」
カジウルは早速門へと向かおうと言う。ラディは俺が暗いうちから宿を出ていた所を見ていたようだ。
マーミはどうやら俺のインベントリの便利さに負けて荷物を持ってくれと言ってきて、そしてソレに対してミッツが怒っている。
「で、何処に行くのか決まったんだよな?教えてくれる?」
ここで四人が俺を見てから目配せし始めて一斉に「行ってからのお楽しみ」だと口を揃える。
「おいおい、なんだよ?息ピッタリとか怖いだろうよ。ちょっとだけ楽しみだけど。」
俺がちょい引きしたのを見て四人は笑う。どうやら俺がこの世界の事を何も知らないのでサプライズと言うのを思い付いたらしい。
コレに俺は何もこれ以上は追及せずに素直に楽しみにする事にした。
そしてどうやらこのバッツ国からそこへは六日間の旅らしい。歩いてだ。
今回馬車は使わないと言う。その理由も「別に用がある訳でも、急ぐ訳でも無い」と言った理由から。
昨日のうちに食料や着替え用の衣類、野営用の道具などは買い揃えたらしい。
で、飲用水、これが一番重たいのだ。マーミからの要望はコレである。なので人目が付かない所でインベントリに入れてしまう。
五人の旅である。相当な量が必要で、確かにこれを持ち歩くのは勘弁だと思う。
そしてしまった後でコレにカジウルが。
「俺たちエンドウとはぐれたら干からびちまうな。」
と笑ったが、コレに俺はあれ?と思った。それを素直に口に出す。
「もうみんなの魔力は相当あるだろうし、魔法で水出せば良いんじゃね?」
コレに答えてくれるのはマーミだ。
「周りに人がいなければね。でも野営の時には周りに他の旅人がいるし、そう言った目があるから。」
コレにラディが続ける。
「確かに今までミッツに水魔石へと魔力を込めて貰って水を得ていたがな。でも、それもダンジョン内だけだ。大体は。エンドウが魔法で水を生み出している所なんか他の奴らに見られてみろ。迷惑な話に発展しかねん。」
「水を求めて群がられたりするでしょうね。水魔石の水筒は高いですから。そもそも魔石の値段が相当しますし、そこに魔法陣を彫り込んでありますからね。私たちみんなで節約してお金を出し合って買ったのが懐かしいです。」
ミッツがそう懐かしそうに説明を付け加える。どうやらこういった旅において重要な「水」と言うのは貴重であるからこそ周囲から注目も浴びるし、分けて欲しいと言ってくる者が必ず出てくると。
で、そう言った貴重な物を容易く他人に与える、もしくは大量に使う人物には周りが自分にもくれと言って迫って来てしまうと。
ここで、対価を払ってでも得たいと願い出る者ならばマシ。
そんなにも無駄遣いできるくらいならこっちにタダで分けてくれてもいいだろう、と言ってくる奴はクソ。
脅しをかけて来たり、盗もうとして来たりする奴であるならば、ソレはそもそも犯罪。
とまあこういう理由で俺たちは「普通」を装っていた方がそう言ったモノに絡まれなくて済むと言う訳だ。
だから「水」を購入した、と。でもここで俺は考える。
「インベントリから取り出す所を見られたりすればそれこそ、そっちの方が問題じゃね?」
コレにカジウルもラディもマーミも「見られなようにすればいい」と声を揃えて俺に答えを突き付ける。
ミッツがこの三人の揃いっぷりに珍しく溜息を吐いた。
「エンドウ様を便利な荷物持ち扱いは・・・許しません!」
何処からそんな低い声が出るのかと驚きである。線の細い印象のミッツの口から、まるで地獄の底へと続いているのではと思えるような恐ろしい声音が出て来た。
そしてそれを聞いた三人が一斉に口を閉じ、背筋をビシッ!と一瞬で伸ばす。その身体は何が一体怖いのか、震えている。
「では出発しましょう。」
直ぐにも元に戻ったミッツ。今さっきのは一体何だったのか?と思ったが、もうコレ以上いい加減宿の前で話込むのはイカンだろうと言う事で出発する事になった。
門から出ればそこは自由な世界。生きるも死ぬも運しだい。
魔物が出てきて襲われれば運が悪い。野盗や盗賊の類が出てきて襲われても運が悪い。
だからこそそう言ったモノに「備え」は必要だ。俺たちの様に戦う力の無い旅人は余程の事が無い限り護衛を雇う。
大荷物を背負い歩く人の側に、剣を腰に持った顔つき鋭い者を連れていたりする光景がチラホラ。
そもそも寄り合い馬車であるならば二人、三人と馬車付きの護衛が付いていたりするのを目にする。
「確かに武器を持った人が側にいれば牽制になるね。易々とそうした旅人を狙って悪人が襲ってくるって言うのはそう無いよな。」
俺はその様な感想が出てくる。しかしカジウルは付け加えてくる。
「魔物の場合は諦めなきゃいかんがな。ウルフやゴブリン程度なら二匹三匹程度どうとでもなる。でもなぁ、数が増えれば増える程ヤバくなる。あいつらそもそも油断できねえんだ。」
ラディが追加で教えてくれる。
「あいつらはそもそも集団を作って活動する。数が少ない、ってなればソレはただ単にハグレなんだ。奴らが大抵襲ってくる時は最低「五」からだな。多い時には最大で「三十」って記録がある。」
「それって要するに、旅中に襲われたらもう「運悪い」って言うしかないってヤツか?ハグレだったら運が良いって言う訳でも無いだろうけど。」
俺はラディのその「数」の話にそう答える。どう考えてもこれでは襲われない事を「神頼み」か「運試し」としか言えない。
「だからでしょ。護衛を雇うってのは。弱っちい魔物の代表なのよゴブリンは。数が揃うと油断できないってだけで。剣を持った強そうな相手を見ればあいつら数の有利が合っても慎重になるのよ。自分たちの弱さをしっかり自覚してんのよね。そこがまた厄介でクソ面倒なんだけどさ。」
マーミは心底の嫌悪を顔に出しながらそう注釈してくる。
「一人でも護衛を雇えばそう言った低級の魔物からは襲われる事はそう滅多に無いですから。私たちには無用な心配ですけれど。」
ミッツはそう言う。だが、俺は何となくソレはフラグというヤツでは?と一瞬思ってしまう。
そしてそう思って周囲に魔力を拡げる。そう魔力ソナーで。この先に襲ってきそうな魔物の反応などが近くに無いかどうか探るために。
1キロ、2キロ、3キロと広げていく。そこでどうやらこれからの目的地へと向かう街道の側に魔物は近くに居ない事を確認してソレを伝える。
「今はだいぶ先まで街道近くに魔物は寄ってきていないから心配無さそう。でも移動中にそう言った魔物が突然こっちに寄ってくる可能性は無いって訳じゃ無いんだよな。時間が経てば魔物も動くだろうし。」
俺がそう言うとマーミからツッコミをいただく。
「エンドウはそう言う奴なのよね・・・うん。ありがたい事だわ。これからの道中の心配をしなくていいんだもの。神経をすり減らさなくていいのよねぇ。」
ジト目でマーミから睨まれる。俺には女性から睨まれて興奮する性癖は無いので、あまりこちらにそう言った視線を向けないで欲しいと思う。
道中は突然のハプニングやら何やらが起きる可能性を警戒しなくちゃいけない。なのでそう言った面で俺のこの魔力ソナーで先に危険が無いかどうかを調べるのは凄く有難い事なのだろう。
カジウルもコレに乗っかってくる。
「エンドウ、頼んだぜ!俺たちの平和はお前のその肩に掛かっている!」
と言って俺の肩にポンと手を乗せて来た。俺はコレに苦笑いだけを返した。
初日、何も無し。順調な旅の始まり。二日目、これまた何も起きない。いい傾向だ。
三日目、道中の会話の中身が俺の冒険者と言うモノへの質問に。
そして四日目だった。それと遭遇したのは。
「ゴブリンが一の、二の、えーと、これは記録更新だな?」
カジウルがそう言葉にする。俺たちの前に現れたのは三十六体のゴブリン。
ラディは鼻で溜息をつき、マーミは怠そうに肩を回す。ミッツはメイスを取り出した。
しかもその動きは慌てたりしていない。それもそうだ。
今のこの「つむじ風」の実力ならばこれだけのゴブリンに囲まれた所で危うい場面になどなりはしないのだから。
「よっし!ちょっと歩き通しでいい加減飽き始めてた所だ。戦闘勘が鈍って無いか確認するのに丁度いいぜ。」
運の尽きとはゴブリンたちの方なのだろう。奴らからしてみればこれだけの数だ。「三十六」対「五」である。
相手側からしたら負けるはずの無い戦い。そう考えているのだろうこのゴブリンの群れは。でも、こいつらはそもそも俺たちの力は知らない。
全く以てご愁傷様である。俺以外が全員やる気に満ちていたので、ここで俺は何も手を出さないで見守る事にした。
「カジウル、どれくらいの配分にする?俺としては右半分って所だが?」
「じゃあ俺は左半分な!漏れたらマーミ、ミッツが片付けてくれ。あ、エンドウはどうする?」
俺は手のジェスチャーだけで「どうぞ」と伝える。
「なら万が一の時にエンドウは助け船を出すって所ね。でもまあ、そんな場面にまで追い詰められるって・・・完全に無いわね。」
マーミはもう自分がこれまでよりもはるかに強くなった事をちゃんと受け入れたようだ。
最初はごねたりもしていたが、それもこういった場面に直面してしまえば「強くなっていて良かった」と考えになるのだろう。
「マーミ、弓はどうしますか?あ、エンドウ様に持っていて貰っているんでした。短剣で大丈夫ですか?」
ミッツはマーミの心配をする。でもそれも無用と言うモノだろう。
マーミは野営の時にコッソリと皆から離れて時間を取って短剣の訓練などもしていた。
隠れて努力をするタイプなようで、そう言った姿を仲間に見られる事はカッコ悪いと捉えているらしい。
そんなマーミがこの程度で後れを取るとは思えない。
そしてここで早速カジウルとラディが踏み込んだ。その踏み込みはどうやらゴブリンたちの隙をついたらしい。
こいつらは恐らくだが俺たちが怯えていると勘違いしていたのだろう。ゆっくりと準備している俺たちを見てニヤニヤ顔だったので多分この予想は合っている。
このゴブリンどもは今までも数の暴力で他に旅人を襲っていた経験があると見える。
そうじゃ無ければ俺たちの反応をもっと観察してきていたはずだ。
なのに最初から仕留められると思い込んで俺たちの前に現れたに違いない。
そうでなければここまで驚きの表情をするはずが無い。こいつらは油断も油断。まるで自分たちが殺される側である事など頭の中にこれっぽっちも思い浮かべなかったのだろう。
これまで恐らくはこの集団は襲撃を毎回成功し続けてきたのだと思われる。成功体験と言うモノが脳内で焼き付いて、自分たちの受ける危険と言ったモノを想像する事すらしなくなったのではなかろうか?
だがもう俺たちと会ってしまったのだ。年貢の納め時だろう。一匹も逃がすつもりは無い。ここでジ・エンドである。
と、こうして一回の踏み込みでカジウルが二回剣を振った。斬ったのは六体。3、3で一回の振りで三体を一度に切り殺した。
ラディは右のナイフ、左のナイフで二刀流だ。
ラディはどうやら身体能力向上で瞬発力を集中的に上昇させているようだった。
その場に居続ける事無く、目にも止まらぬ速さで素早く立ち位置を変え続ける。それと連動してシュ、シュとナイフが空気を切り裂く音が連続でしていた。
そして首から鮮血を噴き出して倒れるゴブリンは八体。カジウルよりも多くのゴブリンを仕留めていた。
残りは22。これだけの数が要れば落ち着いて対処しようとすればちゃんと体勢を整える事もできたはず。
しかしゴブリンたちは反応が鈍すぎた。カジウルの次の踏み込みでまた六体が減る。
一回の踏み込みでカジウルは二連斬を繰り出していて、しっかりと一斬で三体を確実に屠っていた。
その間にもラディが止まる事無くナイフを振り続け、ゴブリンの頸動脈を掻き切っていく。
その動きはどんどんと流麗になって言って、あれよあれよという間にゴブリンの数は減っていく。
この一瞬で気付けはゴブリンの数は残り六体に。
ここでようやくゴブリンの一体が自棄になったようで奇声を上げてミッツへと迫った。
でも、ミッツもこんな修羅場は幾度も超えてきた経験があるのだろう。いや、こんな程度ではもう修羅場などでは無いのかもしれない。
しかも今の状態は魔力で自分を強化しているのだから、ゴブリンのが迫って来た程度ではそもそも危機とも思う事は無いのだろう。
ゴブリンが振り上げた錆びた剣。それがミッツを狙って振り落さる。
しかしミッツはソレを「くるり」と回転しながら躱す。その動きは慣れたもので無駄が見えなかった。
まるで勢いを付けた裏拳でもするかのように、ミッツの持つメイスは体勢を崩したゴブリンの後頭部へと吸い込まれていく。
ゴス、っと鈍い音がするとゴブリンは一度だけ大きく痙攣して地面に倒れて動かなくなる。
これを見た残りの五体は一目散に逃げだそうとした。でもそれはすぐに追いつかれる。
カジウルが二体。ラディは三体を仕留める。しかし最後の一匹が遠くへと脱出に成功する。
でも見逃されたりはしなかった。ここでマーミが大きく振りかぶったのだ。
短剣をそのまま投擲する。まるで野球選手の様なフォームで。ソレは見事に真っ直ぐに飛んで行き、ゴブリンの後頭部に刺さり絶命させる。
「コレで一丁上がりね。さて、どうする?こいつらの討伐証明、取っておく?」
マーミは面倒そうにそう聞いてくる。急ぐ旅でも無いが、だからと言ってこの数のゴブリン討伐証明をチマチマ回収するのもどうか?と言いたいようだ。
「一応は取っておきましょう。こういった事も冒険者の務めです。」
ミッツはもう行動に出ている。討伐証明部位を切り取り始める。ラディも直ぐにソレに続き、カジウルも「しょうがねえ」と一言だけ口にして手伝い始めた。
小さく溜息を吐いて「そうよねぇ」とマーミも動き始める。
「エンドウは周囲の警戒をしていてくれない?私たちがこっちに集中している間に他に危険が迫って来て無いかどうか。」
マーミにそう言われて俺は魔力ソナーを半径100mから1kmに変える。
警戒する範囲が急に過剰だと言われそうだが、ソレは言わなければ伝わらない事なので黙って続ける。
旅の最初に警戒する範囲はどれくらいがちょうどいいか聞いたのだが、そこまで広い範囲でなくていいと相談して決めたので、じゃあと言って距離を100mと決めたのだ。俺が勝手にだが。
この世界の距離の単位が未だに分からなかったので俺の中の「常識」でこれと決めた。なので皆には具体的にどれぐらいの範囲に魔力ソナーを拡げているかは伝えていない。
でもそれも「まあ良いんじゃね?」と言うカジウルの言葉でスルーとなっていた。
四人で剥ぎ取れば早い物ですぐに終わる。残りの死体はそのままにしておけないと言う事なので俺が全部燃やす事に。
完全焼夷弾。対象を完全に灰にする為にかなりの熱量を思い描く。とは言え前にモヒカンを消滅させた時のイメージと同じであるが。
集められた死体は瞬時に消滅。跡形も残らない。残った部位から疫病が発生してしまえば目も当てられない。しっかりと汚物は消毒だ。
古来より火は神聖なものとして崇められていたというのは良く聞く話だ。
火は全てを燃やし、清浄をもたらすと言われ、大抵の惨劇の最後は多くの場面で「火」。
自分たちに害を為す存在は全て燃やして無に帰させる。
そして死体をこうして処理せずに放置すると、これらを餌にする他の魔物なんかが街道に近寄ってきたりすれば安全が急に危うくなる。
確かに「務め」だろう。処理するまでが討伐です、と言った具合だ。処理しないでおいてソレが原因となり、より大きな危険を呼び込んだりするのは一番やっちゃいけない事だ。
こうして処理は全て完了だ。少々時間を取られている。
やはり無駄に時間を掛けさせられたとマーミも思っているようで。
「あーもう、時間食わされたわね。予定から大分遅れてんじゃない。どうするの?」
「うーん?ちょっと駆け足で行くか。しょうがねえや。」
旅の予定がズレても別段深刻では無い。でも、今日の野営場所までは辿り着いておきたいのも事実だ。
専用で準備された野営場所はある程度は整地されていて、ちゃんと広さも確保されていて、他の旅人たちも集まっているので比較的安全性も確保できるし、かつ情報交換や、物資の交換、足りない物と余剰を交換したりもできる。
旅は長いのでそう言った事が大事だったりもするのだ。普通の旅人たちならば。
「まあ間に合わなかったら最終的に俺が即席で準備しちゃうけどね。」
ここまでに使用した街道専用の野営の地点は随分と荒れていたり、整地も不十分でデコボコしていたりと納得いかなかったので俺が勝手に整地したりしていたので今更なのだ。
街道野営地に到着してもしなくても別に困る事は無いのだが、あんまりそう言った「即席で」な事はしないで行こうと言う約束がこの旅の初めに皆で決めたりはしていた。
しかしそれも「あんまり」と言う条件付きだ。緊急ならいくらでもやる。
荷物はインベントリの中だ。いくらでも食料は入れてあるので不足と言う事は起こらない。何処でだって野営はできる。
今回はどうしても間に合いそうにない、では無くちょっと急げば大丈夫そうだと言ったカジウルの判断だ。
俺たちはとりあえず時間を食わされた分を取り返すために駆け足で街道を行く事にした。
で、身体能力向上を掛けて当然走る訳で、そもそも疲れないし、しかもその駆け足と言いつつもその速度はかなりの速さに。
そうなれば今日の野営地に直ぐに着いてしまった訳で。
「もっと速度を考えるべきだった。もう着いちまったかぁ。」
「カジウル、やっぱり何にも考えちゃいなかったな。俺は最初に言っておいただろう?この速さで大丈夫かって。」
「まあいいじゃない。もう今日はここで早い所ゆっくりして疲れを取りましょ?私もうかったるいわ。」
カジウルはペース配分を誤ったと言い、そのカジウルをラディは最初に注意しただろうがと説教をする。
マーミはどうやらゴブリンの相手が余程嫌だったようだ。
「じゃあもう食事の準備を始めちゃっても?後々ここに集まるだろう他の旅人方にエンドウ様のコレは見せられないでしょうから。」
俺のコレとはインベントリである。この場には大分到着予定が早かった。
なので今のうちに他の旅人に見られたりしないこの状態でさっさとテントやらテーブルやら椅子やらを出していく。
「あーあーホント。エンドウが居なくなったらもう「つむじ風」はやっていけないわねぇ。」
マーミはそう口に出し、まるで降参だと言いたげに両手を上げた後、食事の準備を手伝ってくれた。




