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会食、ショック、後

 その日泊まるのはバッツ国で取った宿でだ。師匠と森の家に帰っても良かったのだが、それをしなかった。

 師匠が既にこの都市で宿を取り、生産に携わっているからだ。どうやらクスイの家で世話にならずにこの都市の宿の利用を最初から考えていたようだ。


 師匠曰く『余りにもクスイとの接点がそこまで近いとおそらくはそこを「狙われる」。だからなるべくなら別々が良い』と。


 どうやらこの魔力薬に関して何やら考えている危惧があるようだ。

 確かに命を狙われると言うのは大げさかもしれないが、それに近い形の脅しをかけてくる連中が出てくる可能性も否定はできない。

 なにせ今のクスイの商売は勢いが凄いのだ。そこに「ヤ●ザ者」などが絡んで来ようとしたらそう言った恫喝、恐喝など危険が起こる可能性もある。

 これには逆に、だったら普通は一緒の方が良いのでは?とも思うのだが、関連して師匠の「若返り」の方も知られてしまうリスクも少なからず出る。


 そう言ったものに師匠が既に手紙でもうゴクロムにクスイの警備も要請していたようで。


『そこら辺はちゃんと仕事をしてもらわんとな。あいつも不謹慎に「面白くなりそうだ」と口にした。大丈夫だろう。』


 と安心しろと俺に行ってきたくらいなので大丈夫なのだろう。

 師匠は魔力薬の安定まではしばらくは「力試し」はお預けだと言ってくれる。

 どうやら自分の上がった魔力の事よりも、今までに無かったこの事業の方を優先する気持ちが強いようだった。

 有難い事である。こうして世の中を変える事には、一人ではできる範囲も、できる事も限られてしまいどうしようもなくなる。

 でもこうして仲間が増えれば頼れる部分も増え、できる仕事も広がっていき、やがては巨大なプロジェクトも成功すると言うモノだ。

 ならば俺はその事業に関して金に困らない様にと、せっせと別口から稼いで魔力薬改革に金をつぎ込まなくては、と気合を入れる。


 と、そう言った事を考えながら眠りについて翌日だ。朝である。

 しかもまだ日の登らない暗い時間。しかしギルド長との約束があるのでソレをちゃっちゃと済ませなくてはいけない。

 俺は準備を済ませ部屋のチェックアウトをしに一階へと行く。手続きを終えてから外に出た。

 昨日宿に戻って来た時に俺は早朝まだ暗い時間に用事を済ませなくてはいけない事を皆には話しておいた。

 なので他のメンバーはもっと遅い時間に起きてくる事だろう。


「うーん!じゃあ行きますか。とは言え、目立たない場所に先ずは移動、っと。」


 俺はまだ冷たい空気を吸いこんでまだ少々眠かった目を擦って気合を入れ直す。

 まだまだマルマルでの仕事はもうちょっと残っている。とは言えギルド長をクスイと会わせるだけ。言わば橋渡し的な事くらいだが。

 こうして俺は建物の陰になる目立たない場所に移動し、そこでギルド長室へとワープゲートを繋いで早速入った。


 と、入ったギルド長室は魔法の道具で照らされているのだろうか、薄明るかった。

 別に視界が悪い程になる訳でも無く、ちゃんと部屋の中が確認できる程度だ。

 どうやらこの明りは常夜灯みたいなモノのようである。当然ギルド長と言ったら仕事がテンコ盛りだろう。

 昨日の書類の山から判断しても間違いじゃない。けどソレを四六時中休みも無く処理し続けられる訳じゃない。

 休息は必要だ。ギルド長も人である。自分が休むための寝床に入っている間は仕事をする訳で無し、部屋が明るくなくてもいいのだから


 だがこの部屋に既にもうギルド長は居た。椅子に座ってゆっくりと背もたれに寄り掛かってリラックスしている。

 そして俺が来た事に気付くと口を開いた。


「昨日私に掛けてくれたのは魔法だったのかな?おかげで書類はサクサク片付くわ、疲れが全く無いわ、快眠快調だわ、至れり尽くせりだったわ。ありがとう。」


 これにちょっと罪悪感が出る。そこまでの効果が出た事にも驚いてしまったが。


「いや、その、体調不良とかは?ありませんか?大丈夫ですか?身体が怠いとかは?」


 絶好調な状態から一気に元に戻ったのか?それとも体に負担が出ない程度に徐々に効果が下がったのか?

 そこら辺をちょっと聞いておきたかったがギルド長は至って気分がいいと言う。


「では、よろしくね。クスイ殿の所へ、貴方が、貴方の「アレ」での移動なのよ・・・ね?」


 若干の不安の混じる表情を隠せないギルド長。三度、目の前にして入るが、やはりワープゲートでいきなりの移動ができるなどと言った事を自分も体感する事に恐怖を覚えるらしい。

 でもそれが当たり前だ。信じられない事をいきなりヤレと言われても人はすぐに「ハイ」とはいかない生き物だ。

 こればっかりは回数を熟して慣れていくしかないだろう。

 でも最初はサービスしなくてはその踏み出す一歩に時間が掛るだろう。

 俺はつむじ風の皆に見せた様に少々入れる魔力を多めにし、ワープゲートから繋げたクスイの家の庭を見せる。


「初体験でしょうが、怖かったら別の方法でも送って差し上げられます。ギルド長が一商人へと面会するのは別におかしな事じゃないでしょうけど、今回はクスイの方も隠密にした方が良いって言われたんで、こうして一番確実な方法を取ってるだけなので。もし抵抗があれば姿を隠してここから普通に道を行ってクスイの家に行くのもありです。」


 俺はこの間の光学迷彩の事を思い出している。ギルド長がこのままワープゲートに入る勇気が出ないというのなら、それもやむなしだと考えるからだ。

 コレに少々強がった言葉が俺に返された。


「あら?舐めて貰っては困るわ。それに、女は度胸、って言うでしょう?じゃあ・・・行きましょうか。」


 こちらの世界にもその言葉があるのか、と変な所に驚かされはしたがギルド長はその言葉のすぐにワープゲートくぐっていった。

 俺もその後からワープゲートを通る。そして俺がクスイの家のドアをノックする。


「どうぞ、エンドウ様ですな。それとお初にお目に掛かりますか。私がクスイです。」


 ドアが開いて出迎えてくれたのは今日ギルド長と「話し合い」をするクスイである。


「どうも。この度はエンドウに「味方」になって頂けるという紹介でこちらへと窺わせてもらいに来ました。良い関係を築けることを願います。」


 お互いに会釈をする程度に頭を下げ、中へと入ろうとしている時に家の屋根から人が飛び降りて来た。


「エンドウよ、遅れたか?」


「あ、師匠。何処から登場するんですか。危ないでしょう?」


「身体強化と風の魔法を同時に操作してな。屋根の上を移動してきた。こうすれば早いし、この早朝だ。そんな私を目撃する者も皆無になるだろうと思ってな。」


「いやいや、マクリール殿。逆にそちらの方が目撃された場合に目立つでしょうに?」


 クスイが珍しくツッコミを入れた。しかし師匠はどうとでも無いだろうと返す。


「ふむ、そんな者の目撃情報はきっと「寝ぼけていた」と一蹴されるだろう。それにそれ程までにじっくりと見られる程に留まりはしない。そんな目の錯覚だと言われたらそうなのか?と思えるくらいの一瞬だ。大丈夫さ。」


「師匠?ちょっと最近調子乗るようになりました?もっと慎重派だったでしょうに?」


 この会話に着いて行けないのはギルド長だ。しかも俺が「師匠」と言い、そしてクスイが「マクリール殿」と呼んでしまっているのだからもう遅い。

 混乱してはいるが、やがて落ち着けばギルド長も屋根から飛び降りて来たこの男を「元宮廷魔術師」のあの「マクリール」と気付くだろう。時間の問題だ。

 師匠も昨日はアレだけ「若返り」の件の説明をドウノコウノと心配していたのにコレである。

 でも師匠にも言い訳があるようで。


「なに、「味方」と言うのであればなるべくなら隠し事は無いに越した事は無いだろうと昨夜は考え直してな。」


 などと言う。それに対して俺は釘を刺し直しておく。


「師匠、まさか「力試し」ができなくてちょっと鬱憤溜まってるでしょ?迂闊すぎますよ?あ、ソウデスネ。そこまで深い考えがおありのようなら俺の教える事なんてもう無さそうですよね?なら今後は・・・」


「すまなかった。もう少しこれからは自制する。なのでそんな事を言わないでくれ。」


 師匠は即座に頭を俺に下げて来た。どうやら師匠は若返った事で多かれ少なかれ精神も引っ張られてしまっているようだ。

「若さゆえの過ち」などと言うつもりは無い。俺もこの身体になりどうやら精神の方もソレに引っ張られていると言う風に感じているからだ。

 元はと言えばこの「中身」は長く会社勤めしてきた社畜の定年退職者だ。

 なのに俺はこの世界に来てこの若返った身体になり随分と「はっちゃけ」ている。

 なのでこれ以上は師匠を責めるのを止めて溜息一つだけ吐いて許す事にする。


「ここで立ち話も何でしょう。中へどうぞ。あ、朝食はどうされますかな?まだ済ませていないのであればこちらでご用意いたしましょう。」


 クスイが気を利かせる。そう言えば俺も朝食を摂らずにこうして来てしまった事を思い出す。


「じゃあ俺が作るよ。香草焼きでいい?後それとミルは?」


 おそらくだが既にこの時間ならクスイの娘のミルが朝食の準備をしていたのではと疑問で質問したのだが、どうやら今日は「休日」にさせたそうだ。


「働き詰めでしたからね。この忙しさが終わったらエンドウ様の提案された「週休二日」を取り入れた当番制を考えていますが、今の現状を乗り越えるまではと、無理をしている状態でして。苦労をかけてしまっていますよ。申し訳なく思ってはいるのですがね。早く婿を取って欲しい・・・はぁ~。おっと失礼。」


 クスイは思わず本音が最後に漏れて「これは失礼を」とちょっとバツが悪そうに謝罪する。

 クスイは息子が居ないので嫁に出す、では無く自分の後を継げる婿が良いのだ。

 俺はそんなクスイの苦笑いの横を通り過ぎ台所に向かう。

 コレに師匠も手伝いを申し出てくる。


「調理は私も手伝おう。そうすればすぐに終わるだろう。私も食事を摂らずに来たのでな。」


「じゃあ先にギルド長とクスイはちょっとした雑談でもしていてください。」


 こうして俺は朝食の作り始めた。

 そうして出て来た料理にギルド長は舌鼓を打つ。どうやら最近忙しさでまともな食事を摂っていなかったようだ。

 美味しいわぁ、美味しいわぁ、と只それだけを繰り返す。上品にナイフとフォークを使って次々に口の中へと肉を放り込んでは咀嚼していく。その口の動きも早い。

 口内の肉をもきゅもきゅと幸せそうに噛み締めて、美しい顔を可愛い顔に変えて幸せそうにスープもごくごくと飲み干す。

 どうやらこの食事の衝撃が強くて俺たちが居る事を忘れているっぽかった。

 で、食事が終われば至福の時だったと言いたげな表情で、ポケッしてだらしなく椅子の背もたれに体重を掛けている。


「・・・あ。ド、どうも無様な所をお見せしてしまい、申し訳リません。あ、えーっと、その。味方になって頂けると言うお話で御伺いさせて頂いたわけですが・・・」


 食事が終わって一息ついた所で今日の本題を始める。


「はい、エンドウ様から聞いております。そうですな。話は早い方が良いでしょう。この度は魔力薬をギルドで直接の販売、と言った形で。こちらとしてもお客はそのほとんどが冒険者の方々なので、ギルド内にその点での場所を準備して頂けるならこの方が良いでしょう。ギルドの一画を借り受ける形ですから月代の方もお支払いします。お安くしていただけると嬉しいですね。」


 クスイはもうそこら辺の事は全部昨日の内に計算している事だろう。

 この話にギルド長は即座に飛びつき、すぐにクスイの取り出した契約書をよく読んだと思ったらその場でサインをしてしまった。


「あのー、ギルド長?良いんですか?そんな即座に独断で決めちゃって?」


 俺はこの即断即決に一応声を掛ける。クスイが騙したり詐欺したり、ぼったくる様な事はしないと信じてはいるのだが。


「ギルド長権限で全て決算する。特例は大体、二から三年に一回程度だ。前回から既に今年で四年は立っているからな。そこら辺の予算配分は充分に残っている。と言う訳で、大丈夫よ。ギルド内にも場所は充分余っているし、すぐに工事を発注しないとね。こうしちゃいられないわ。」


 ギルド長はそう言って準備に取り掛かる上で何処の工事会社に発注を出すかの事で頭がいっぱいになり始めている。

 ウンウン唸っているギルド長に俺は早い所師匠の紹介もしておかなければと一つ咳ばらいをして、その思考をこちらに向くようにした。


「ギルド長、申し訳無いんですけど、もう一人紹介したい「味方」と言うのがいましてね。もう察しているとは思いますが。」


 と言って俺は師匠の方に手を向ける。その手の向いている方向に視線を向けたギルド長がやっと冷静になる。

 で、俺が昨日に紹介する味方を「マクリール」だと説明した事を思い出したのか、ギルド長は混乱した顔になる。

 どうやら師匠が登場したあの屋根からの会話をようやく思い出したようだ。

 そして自分の知っている「マクリール」との齟齬に戸惑っている。きっと俺が嘘をついているとでも考えているのだろう。

 そして俺がそんなつまらない嘘や騙しをする理由が思いつかず、そしてそんなウソをつく人物でも無い事で余計な混乱をしてしまっているようだ。

 そしてどう言っていいのかと口をパクパクとして言葉を詰まらせている。

 この目の前の紹介された男の「力量」を目の前にしたのだ。そう「普通」の魔法使いには到底できなさそうな登場の仕方であると。

 ギルド長は思考をどうしてもグルグルさせてしまっているようで、悩んで顔を下に向けたかと思えば、師匠の顔をパッと見て、また頭を悩ませている。

 こうしていても時間が惜しいので俺はキッチリと紹介をする事にした。


「ギルド長、こちらが「マクリール」です。俺の師匠、って言えばイイかな?ギルド長の味方になってくれる方ですよ。まあ、悩むのはそれ位にして、スゴイ魔法使いが心強い味方になってくれたと思うだけでここは収めましょうよ。」


 そう俺は無理矢理ギルド長に「考えるのを抑えましょう」と押し付ける。

 深く考えるのは止めにしてこの場は呑み込んでしまってください、と。

 コレにギルド長も「あ、え、えぇ、そうね」と言って握手を師匠に差し出す。

 コレに師匠もすんなりと応えてその手を取る。ギルド長は次にクスイにも「これからも末永くお願いします」と言って手を差し出した。

 クスイもコレに強くその手を握り返し「良い商売ができました」と言葉にする。


「じゃあ大体の事はもうコレで済んだかな?すぐに終わっちゃった感じなので俺もこの後もうちょっとだけ時間が有るけど、どうしましょうか?」


 これはギルド長を送っていくのはすぐに終わると言っているのだ。

 その後には俺が考えていた予定よりもまだまだ時間も残っているので何か仕事は無いかと訊ねたのだが。


「ふむ、じゃあエンドウ、短い時間だが、私の力試しを手伝ってくれないか?何、別に派手な事はしないようにする。何処か人気の無い広場にでも連れて行ってくれないか?」


 どうやら昨日に俺が作った魔力薬の量で余裕が少々できたらしい。この師匠の申し出に俺は大丈夫ですと答える。

 暴発しそうな魔力薬を求める冒険者たちには、充分な数が行き渡るだろう準備はもう既に整えてある。

 なので俺はギルド長をワープゲートで送り届ける。


「やはりこれは・・・誰にも言えないわねぇ。こうして体験してしまったから、コレがどれ程世界を揺るがす魔法なのか、恐ろし過ぎて震えちゃう。」


 ギルド長はギルドに戻ってからそう呟いて身震いをしていた。でもすぐにクスイと契約した分の書類の処理をしなくちゃいけないと言って即座に仕事に取り掛かる。

 俺はそれに「じゃあまた」とそれだけ口にしてクスイの家に引き返した。

 そして俺を待っていた師匠と共にバッツ国の森の奥地へとワープゲートで移動した。


 そこは俺がハイオークを狩る依頼で「拠点」を置いたあの場所だ。

 整地をして広さを確保した場所だったのでここだけがこの森の中にポツンと広場になっているのだ。


「うむ、ここは・・・何処だ?まあ、いいか。大丈夫そうだな。よし、エンドウ。私の魔法を評価してもらえないか?」


「え?魔物を狩るんじゃなくてですか?師匠の魔法を俺が?えー?まあ、分かりましたけれども。ちょっとは加減とか考えて撃ってくださいよ?ここは森の中なんで人はいないでしょうけど、それでも木々が燃えたりとかはあるんで。」


 いきなり火の玉を飛ばされたらビックリしてしまう。その火が木に燃え移ったら大事だ。

 そうなれば消火活動に全力を入れなくちゃいけなくなる。それこそ体力的にキツイのでは無く、精神的に疲れるだろう、そうなれば。


「分かっている。そこら辺は他の魔法を選ぶさ。先ずはいいか?水の魔法だ。」


 どうやら師匠は魔法薬の量産をしていた事で「水」と言うモノを良く観察していたようだ。

 ソレはすんなりと空中に現れる。ぷかぷかと浮いてソレはゆらゆらと水の球として浮いたままになっている。

 次にはもう師匠の目の前にできたその水球は次々に分裂して細かくなっていく。

 するとその一粒の大きさは人差し指の爪ほどの水玉になった。始めは人の頭部程の大きさだったものが、ソレだけの小ささに細かくなったと言う事はだ。

 師匠の目の前に水玉だらけ。それがずっと浮きっぱなし。


「では、そこの木を狙ってこれを打ち込もうか。・・・行け!」


 師匠は三秒ほど黙って集中した後、目の前にあった木へと指を示す。

 すると次々にピュンピュンと音を立ててマシンガンの様に水玉が木に当たっていく。

 水玉はかなりの数があった。ピシピシとそれらが木に当たり弾ける音がしばらく続く。

 そしてソレが終わった後の木を見ると抉れている。水球が当たり続けた部分が。

 どうやら師匠は一か所を狙って集中して当たるように水玉をコントロールしたようだ。

 その抉れ具合はその木の中心近くに迫る程であった。


「エグイ・・・コレはヤバい威力。師匠、コレどうするつもりです?」


 俺は要するに「こんな事をできるようになって何に使うのか?」と言った事を聞きたかったのだ。

 いや、確かに魔法の腕が上がったと言うのであれば、それはこうした「威力」と言ったのを今と昔で比較するのが一番分かりやすいと言うのは分かる。

 しかしコレがもし人に向けられて放たれていたら?と考えたらちょっと寒気がしたのだ。


「そう言えば俺、この世界の「基準」知らないじゃないですか。評価も何も無いでしょう?」


「・・・そう言えばそうだな。スマン、私もそこら辺を考慮に入れていなかった。どうやら少々年甲斐もなく浮かれていたらしい。」


 俺はそもそもこの世界の魔法使いがどんなモノであるのかが未だに分かっていなかった。平均的な魔法使いとは一体どんな事ができると言うのかが。


 やはり師匠は若返ってその精神が肉体年齢に引っ張られているのでは?と言う感想が俺の中にできる。

 するとやはり俺もそうなのだろうと言った結論に結び付くわけだが。

 確かに最初の頃に会った時の師匠ならこのようなウッカリをし無さそうと言った感じを持っている。

 だが今はソレを追及している場面でも無いだろう。続けて師匠は魔法を発現させた。

 お次はどうやら「風」の魔法であるようだ。


「師匠、詠唱、ってのは、やらないでいいんですか?」


 魔法を発動するのに呪文のがあるのでは?と思ったのだが、どうやらそこら辺はカットできるらしい。


「そもそもそう言ったモノは術者の想像をハッキリと頭の中に浮かべさせるための、言わば呼び水みたいなものだ。それらを唱えずともしっかりとソレができるなら必要は無いと言うのはもう分かっている。」


 すると師匠の足が地面から少しだけ浮いた。まるで「ド●」である。

 滑るように地面を移動し始めた師匠。その動きはホバークラフトみたいである。


「まだまだ制御が甘いな。ふむ、もう少し考えを深くせぬと使えんな。」


 そう師匠が言って魔法を解除した。それを見ていた俺はちょっとだけ閃いた。


「水の上とかソレで走ったら気持ちよさそうだなぁ。俺もそれ真似していいっすか?あ、でも考えてみれば航空力学とか工夫したら空も飛べる?うーん?重力から解き放たれたら気持ちいいだろうな?あ、だったら磁石の反発・・・重力反転?でもそんなの俺の想像で間に合わせられるか?出来るかなぁ?」


 空を縦横無尽に飛び回る。やってみたい事ではあるがちょっと実現はまだ遠そうだ。

 そもそもワープゲートなどと言ったモノを魔法で実現しておいて、まだ空は自由に飛んでいなかったと。


 タケコプ◯ーを「空想科学」では無く「現実科学」で再現すると、回るのはタケコプの方の羽の方じゃ無く、ソレを装着している本人の方が回転してしまう、と言った再現CGをいつだったかに見た事が有る。

 宙へ浮くのは一瞬でしかも高さもちょっとだけ。その後は激しく振り回された身体が地面に衝突と言う具合だ。大怪我では済まされないだろう。

 これを魔法でやっちゃったら被害がヤバイ、どころでは無く自分の命がヤバそうだ。


 確か何処かのチャレンジャーがロケットマンなどと言うのをやっていたはずだ。

 背中にロケットブースター、ムササビの様な膜を再現したスーツを着て空を飛ぶのだったか。

 コレにできない事は無いか?とか思ったが、自分がその速度で空を上手く飛べる自信が無い。

 それこそかなりの速度でぶっ飛ぶので、障害物の無い空と言えども何かあったらと思うと恐ろしくて駄目だ。しかも一直線にしか飛べない。


 そもそも俺が思う飛ぶと言ったイメージは「空中散歩」。スピード狂では無いのである。

 優雅さがあって、気ままなイメージだ。そうは言っても実際に空が自由自在に飛べるようになったならば、ある程度の速度が出せるようにはすると思うのだが。

 それでもそう言った「空を飛ぶ」なんて事を初めてするのに「超スピード」なんてモノをしょぱなイメージしていきなり空中へと上がろうなんて危ないマネはできないと言うモノだ。

 それこそ「操作」だって最初は慣れるまで相当な時間が掛かるだろう。そんな状態なら自分が操縦を誤って何処へとぶっ飛んでしまうか分かったモノじゃない。

 上手く止まらない、止められない、その体験は恐らくはトラウマものになる事だろう。


「で、エンドウよ。また何か考えているな?次は何をしようと?」


 どうやら俺がウンウンと空中浮遊をどうしたらできるかと悩んでいる所を師匠に観察されていたようだ。


「あー、そうですね。空を自由に飛びたいな、と考えてました。」


 ここで「ハイ!タケコプ◯ー」とインベントリから道具を取り出せたならどれだけ簡単だっただろうか。

 そうはいかないのだ。俺はド◯えもんでは無い。

 コレに師匠が「お前ならすぐ勘単にやってしまうのだろうな」と感心してくる。しかしソレを俺は否定しておく。


「いや、そうもいかないんでこうして悩んでいる訳で。」


 この世界でそれこそ魔法で空を飛ぶなんて空前絶後じゃ無いのか?と思うのだが。

 この俺の「空飛びたい」と言う考えに師匠が何も突っ込んでこない。

 突っ込んでこないのはもうワープゲートを知っているからなのかもしれない。

 それこそそっちの方が大問題どころの騒ぎでは無い。この世界がひっくり返るモノだろう。

 そもそもインベントリも確か「伝説の」などと言った感じの代物だったはず。前に師匠がインベントリを見てそう言っていた。

 それに比べたら空を飛ぶなんてマネは小さい事なのかもしれない。


 こうして師匠は次々に試したかったのであろう色々な魔法を使い続けて「力試し」を終わらせる。


「で、師匠。俺あんまり意味なかったですね。何だろ?ここに連れて来ただけ?まあそれだけでもいいんですけど。」


「なら私の攻撃を受け止めて見てくれないか?エンドウなら私の魔法など受けても怪我一つ付かんだろう?」


 師匠は対人戦でも見据えているのかどうかは知らないが、そう俺に頼んできた。


「え?何を言うんです?危ないんじゃないですか?でも、まあやってみましょうか。えー、じゃあ壁、壁・・・うーん?どうしよう?魔力を前面に出して、それが凄く固い?強靭?鋼鉄?ダイアモンド?」


 俺は自分の目の前に透明な一枚のガラスの様な魔力の壁を作り出す。

 横150cm、縦200cm、厚みは1.5cmと言った所だ。

 出来たこれをパッと見ただけの俺の印象は「直ぐに割れちゃいそう?もうちょっと厚みを増そうかな?」だ。

 だけど師匠がこれを見て感嘆する。


「凄まじいなコレは・・・これなら大丈夫だな。」


 と師匠に言われたが、俺はそこから移動する。壁だけが残される。


「何故そこから出る?その後ろに居れば別に威力は通らんだろう?安全だろうに。」


「いや、何となく?ビビりなんですよ。安全だろうと言われても万が一とかあったりすると嫌ですし?遠慮無くあの魔力壁をぶっ壊すつもりで師匠はやっちゃっていいですから。」


 自分で作り出しておきながら最初見た魔力壁の感想が「心もとない」だったが、これでも「不壊」と言うイメージはバッチリと込めてある。なので並大抵な魔法じゃ壊されない。魔力も大分注ぎ込んだつもりだ。


 こうしてこれに師匠が「まあ、分かった」と言って全力で魔法を撃ち込んだ。

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