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引き際と運の問題

 眼鏡護衛のナイフを防いだのは棒手裏剣を受け止めた魔法の力と同じだ。

 俺の全身にはその魔法の力で出来た膜を張って外敵から身を守るようにしている。

 そうしないとあんな森の中で生きて行けなかったからだ。幾ら脳内レーダーが高性能でも、それを扱う人間の方がポンコツなら宝の持ち腐れである。

 それを森に来た当初にやらかした事が有るのでこうして今は常時バリアを張っている状態で過ごしている様になった。

 木の上から突然毒蛇と見られる生き物に強襲された事がそもそものきっかけだ。

 俺はレーダーを気にしていたはずなのだが意識に「漏れ」ができていたのだろう。あの頃はまだまだ十全に魔法を使いこなせているとは言えない状態だ。

 そんな時にもう少しで、あわや噛まれそうだった所を回避する事ができたのは本当に偶然だろう。

 九死に一生とはこの事だと思えた。そんな目に幾度もあっていたら自分の命が幾つ有っても足りない。

 だからこそ自分に降りかかる火の粉を常時被らないためのバリアが必要だと強く思ったのだ。

 意識していなくともずっと俺を守る壁が必要だと。そうして出来上がったのがこのバリアである。


 だから眼鏡護衛が斬りかかって来たそのナイフの切っ先は俺に掠りもしていない。壁に防がれて。

 当然目には見えない。魔法で出来た便利過ぎる障壁。

 ご都合主義にも程と言うものがあると思うが、都合が良いと言うのは別に悪い事では無く、逆にこちらの利益になるものならいくらでも受け入れていくつもりだ。


 とまあこうして俺はただ突っ立ったまま眼鏡護衛を眺めている最中だ。

 先程魔法で作り出した剣を自由自在に操って今、眼鏡護衛を攻撃中なのである。

 剣は全てオートである。でもさっきから一度もまともに当たる様子が無い。キンキンカンカンと弾かれて、防がれている。

 殺すつもりは無く、それでいて痛い傷は負うかもしれない程度には容赦なく攻撃密度を上げている。

 しかし素人剣術、しかも魔法でオート攻撃だ。宙に浮いた剣は先程から激しく護衛眼鏡に迫るがその悉くが当たっていない。

 相当な腕前なようだこの護衛眼鏡は。そんな光景がずっと続く。続いている。

 その音が気になった師匠がこの部屋を覗いてくるが、俺がぼーっと突っ立ったままで、勝手に何処から出てきたのか分からない剣が敵を圧倒している光景を目にしてポケッとした表情になった。


「あ、師匠、もうそろそろゴクロムがこっちに来ますから。まあそれまでもうちょっと待っててください。あ、コレですか?こいつを警察に突き出してやろうと思って時間稼ぎですよ。でも結構粘るんですよねぇ。」


「・・・おい、何故ゴクロムがこちらに来る?何の連絡もしあっていないし、ましてや私たちがこの場所に行く事すら教えてはいなかっただろう・・・お前の頭の中では何が思い浮かんだのだ?」


 師匠はまた俺の脳味噌の中を知りたいと言ってくる。


「それは後で教えますから。今はこいつの事ですよ。こいつを無力化するのも別に一瞬で出来るんですけどね。でもさっきナイフで斬りかかられた事がちょっと腹で消化不良なんですよ。だからしっかりと「忠告をしっかりと真面目に受けとけばよかった」って後悔させてからゴクロムに引き渡ししたいんですよねぇ。」


「・・・何ともまあ、お前程の力が有ればこいつもちっぽけな存在だろうに。どうしてそこまでこだわるのか・・・はぁ~。」


 大きな溜息と共に呆れられてしまった。師匠は俺への対応をちょっとおざなりにし過ぎでは無いだろうか?

 コレはちょっとムッとしてしまう。


「師匠、少し俺への態度が雑になり始めています。俺傷ついちゃうなぁ?」


 こうしている間も俺が魔法で出した剣は眼鏡護衛に斬りかかっている。

 のんきな話をしている俺と師匠に怒りが込み上げてきたのか眼鏡護衛は怒鳴り始めた。


「貴様ら!後で吠え面かかせてやるからな!クッソ!うっとおしいんだよ!何度打ち払っても迫ってきやがって!この野郎!クソッたれめ!」


 激しい剣の攻撃に壁際まで追い詰められていて悪態を吐くくらいしか俺に返せる余裕が無いようだ。

 そこに俺は剣をもう五本ほど作り出し追加してやった。


「文句があるならソレ、完全に対処をして俺の目の前まで来れたら聞いてやるよ。あ、来た来た。じゃあ縫い付けて終わりだな。」


 ゴクロムの部隊がやって来た事を俺は窓から確認する。もう遊びは終わりである。なので攻撃の手を増やした。

 こうして剣が増えて絶望し、着ている服を壁に縫い付けられて驚き、身動きが取れない様に見事に磔にされて慌て、逃れられない事を悟ってガックリと首を落とした眼鏡護衛。


「・・・お前は何者なんだ・・・どうしてお前の様な奴がここに居る・・・クソ!運が悪い・・・」


「おい、お前今なんつった?運が悪いだと?馬鹿を言うなよ。お前が今そうして情けない姿になっているのはお前が引き際を見極められなかったからだ。自分より強い奴がいる事実を考えないで、ちっぽけで役にも立たない小さい矜持なんて持ち出したからだ。俺の言葉に怒って攻撃仕掛けてきただろ?アレがお前の失敗なんだよ。運が悪いんじゃない。お前が全部悪いんだよ。安易に運のせいにしてんじゃねえよ。」


 これに眼鏡護衛は言い返せる言葉が見つけられなかったのかすぐ黙った。


 俺は師匠にもう大丈夫だと言ってソファーに座る。


「あー良いクッションだなコレ。お高い奴なのかね?贅沢してんな?あ、コレ美味い。」


 俺はテーブルに残っていた茶菓子を頬張りながらこの部屋にゴクロムが来るのを待った。


 その後は外も中も騒がしくなっている。落ち着いている俺とは違い、師匠は警戒を怠らない。

 何故ならボーズルはまだフリーでいるし、磔にされているとは言え眼鏡護衛も意識がある。

 とは言えボーズルはもう諦めて抵抗する気も無く素直に捕まる事を受け入れているようだ。

 しかし敵意がまだ消えていない眼鏡護衛は抜け出すためのタイミングを見計らっているようだ。

 そんな所にゴクロムが現れる。その手勢を六人程引き連れてこの部屋に入って来た。


「おいおい、先ずは説明して貰えないかね?突然俺の頭の中にお前の声がしたと思って驚いたが、その情報にも驚かされた。しかしな?ソレを信じて駆けつけてみりゃ一体全体どうなってやがるんだ?」


「それはここに居る奴全員捕縛してからにお願いしますよ。あ、そこの壁に貼り付けられてる奴は敵意が剥き出しですから気を付けて。自由になった途端に攻撃してきますよきっと。」


「そう言われてはいそうですね、とやりたい所なんだが、そこに居るのはあのボーズルであってるんだよな?そう簡単にいかねえぞ?・・・おい、そう言えば何でお前はそんなにくつろいでんだよ?コイツはボーズルだぞ?」


 どうやら警察署長?のゴクロムはこのボーズルと言う者を知っているようすだ。

 しかし俺からしてみればもうボーズルから抵抗の意思は感じられ無いので警戒に値しないのである。

 反対に警戒を怠らずに監視しているのは眼鏡護衛の方である。

 コイツは動きだせるようになった瞬間に何をするか分かったモノでは無い。

 なのでここでアドバイスをしておく。


「先にそこの倒れのびてるベルカンを縛って連れて行くのが良いでしょう。あ、別にそこのボーズルって奴はもうここから逃げ出すのを諦めてますから大丈夫ですよ。それとそっちに転がっているバルトンを連れてってください。最後にあの未だ敵意剥き出しの諦めの悪い奴を連行する順番で行きましょうか。」


 この言葉に従えと言わんばかりにゴクロムは部下に指示を出す。

 手際が良くテキパキと仕事をこなす部下たち。ボーズルも俺の事をチラッと恐怖を込めた目線を送ってきたくらいで素直にお縄についていた。


 こうしてこの部屋から運ばれていく悪党たち。最後にここに残ったのはゴクロム、師匠、俺、そして眼鏡護衛の四人。


「結局未だにこいつは諦めないで逃げ出そうと頭を巡らせてるみたいだ。どうします?コイツ気絶させます?その方が速いでしょうけど。」


 俺がこいつを今まで放っておいたのは別に意味は無い。ただこいつに後悔を抱えさせる時間が必要だなと思っただけだ。いわゆる意地悪である、ただの。

 しかしそれも通じてはおらずこいつは負けてはいないと自分の中で今も繰り返し頭の中で思い浮かべているはずだ。


「エンドウ、お前がここにゴクロムを呼び出した理屈はどういった想像に基づくのだ?ソレは今私にも使えそうな魔法だろうか?」


「うーん?そうですね、頭の中にどれだけその想像をハッキリと浮かべられるかが焦点だと思いますよ。師匠にも使えないことも無い、とだけしか今は言えないっすね。それと魔力の量も増やさないと話にならないと思います。」


 これには難しい顔をする師匠。そこにゴクロムは割って入る。


「おいおい、今はソレは後回しにしてくれ。こいつをどうにかしたいんだからよ。で、こいつはまだ隙を見つけようと必死なんだな?で、お前さんは何でこいつを気絶させる力が有るらしいのにソレをすぐしなかったんだ?」


「え?だってここまで来ればもう俺のしたい事は大体全部終わったし、後はそっちの仕事でしょ?あんまり出しゃばるのもどうかと思うし。それにそこまでしておく気の利かせる義理も別段俺には無いですし?今の状況は成り行きですかね?」


 ここでずっと黙って居た眼鏡護衛、いや、もうその護衛対象はしょっ引かれて言ったのでもう眼鏡で良いだろう。

 その眼鏡が怒りを込めて俺に言ってくる。


「成り行きだと?貴様ふざけるな!何処の誰かも分からんお前なんぞが何故関わってくる!貴様のせいでこんな無様な姿を!クソ!テメエだけは許さねえ!」


「最初に言ったよね?俺、いきなり何の関係も無いはずなのに即刻殺されそうになったんだよ。見逃されても良いはずなのにね?それでいて俺が警告して引き際を用意してやってもそいつら引き下がったり攻撃を止めたりしなかったんだ。問答無用って恐ろしいよな?自分の都合だけを相手に突き付けて、押し付けて。こちらの事なんて一切考えたり慮ったりしない。なら、俺もそうするだけだよ。お前らに対して何も思う所なんて無い。今のお前はそう言う立場なのさ。思い知ったかい?状況判断を誤ってるのはお前の方だ。」


 抵抗しようにも手も足も出ない眼鏡には文句なんて言える立場に無い。

 悪態を吐きたいならその状況から抜け出して見せろと言っておく。

 ただ、これにはクソ!と連呼するだけで眼鏡は既に自分の力が及ばない事に苛立ち続けているだけ。

 負けたその事実を、自分が積み重ねてきたプライドが受け入れを拒否しているようである。

 まるで呪詛のように「何か方法は無いのか!?」と呟き続けている。もう俺たちから向けられる視線も関係無いと言った感じになっていた。


「危険な兆候だぞエンドウ。お前ならこいつを一瞬で無力化できるだろう。何故そうしない?」


 師匠は俺にそう問うてくるが、俺は意地が悪いのだ。ここで素直に俺の脳内レーダのこいつのアイコンが灰色になればいいのだが、未だにそうは上手く行っていない。

 コイツは諦めていないのだ。もしそのまま昏倒させて捕縛、連行しても目が覚めた時には同じように敵意を丸出しで意識は再構築されるだろう。

 諦めていない人物がそのまま瞬間的に意識を刈り取られても、その後起き上がればまたその敵意を復活させる確率は高い。

 そうなるとこいつが捕まって牢屋に入れられたとしても隙を突いてそこから逃げ出そうとするだろう。

 きっと俺が今居るこの状況と、俺がいない牢屋への監禁だとしたら、逃げ出される可能性は俺がいない方の可能性の方が高くなるに決まっている。

 その核心は何処から来るのかと言えば、この眼鏡の身のこなしであった。


 棒手裏剣を投げた時の相手の意識の合間を縫う予測させない動き。

 俺に斬りかかって来た時の全く準備運動が見られなかった障害物を飛び越えた跳躍。

 飛び迫りくる剣をナイフで防ぎ続けたあの護身の隙の無さ。

 修羅場を幾度も潜り抜けたであろうことが窺えるあの落ち着きようも。


 手練れ、そんな存在が簡単にあきらめるとは思えない。

 今思えばこの部屋に突撃した時の一番のある意味の強敵だったのはこの眼鏡だったと言える。


 だから俺はこの眼鏡が納得するだけの理由を用意して屈服させるつもりだったのだが、ゴクロムがここで口を挿んできた。


「おい、こいつはどうやら自分の負けをこの期に及んでまだ認めちゃいないんだな?だったら俺がやる。こいつを解放して俺が相手をしよう。」


 何を思ってそう言っているのかは知らないが、どうやら眼鏡を自由にしろと言っている。

 こうまで言うなら後は俺の責任じゃない。師匠にも目配せをして剣を取りますよと合図を送る。

 そうして一斉に壁から剣を抜く。もちろん俺が操っていた魔法で作り出したものだ。そんな事は簡単である。

 一気に動けるようになった眼鏡が驚きながらも武器を構えた。それはもちろん磔中でもその手からこぼさなかったナイフである。

 そして自動で動いて壁から抜けた件に驚く者がもう一人。ゴクロムである。

 そう言えば彼は俺がこの剣を作り出して眼鏡を磔にしていた事を知らない。

 そしてその剣が俺の自由自在に操れる事も。

 多分ゴクロムは眼鏡がどうやって壁に縫い付けられていたかは不思議に思っていたはず。

 しかしそれを一旦頭の中から外して話を先に進めようとしていたのだろう。

 そこへいきなりのコレである。その驚きは一瞬で、しかし眼鏡がそれを見逃すはずも無かった。

 眼鏡は一瞬でゴクロムの懐に潜り込みナイフを突き出していた。


 しかしそうは問屋が卸さない。ゴクロムはその見た目通りに強いらしい。

 突き付けられたナイフ、その手首を掴み抑え、そのままできた眼鏡の隙に一撃を入れていた。

 鳩尾に綺麗に拳がめり込んでいる。眼鏡は手首を掴まれ衝撃を逃がす事もできずにいたので、その一発はより一層深くその腹へと突き刺さったようだ。

 しかも眼鏡は手首を余りにも信じられない位の強い力で掴まれているらしく、その手からナイフが零れ落ちた。

 しかしまだもう片方にナイフを持っていた眼鏡は諦めずにゴクロムに攻撃を仕掛けようとする。

 そこでまたしてもその手首を掴まれて眼鏡は攻撃を防がれた。

 と思えばその瞬間にまたしてもゴクロムは攻撃を入れていた。

 掴む両手首を引き付け、膝蹴りを眼鏡のまたしても鳩尾に綺麗に入れている。

 そのまま崩れ落ちかけている眼鏡に今度は顎へと打ち上げるように膝蹴りである。容赦が無い。

 二連続の膝蹴りはやはりここでも手首を掴まれて威力を逃がす動きを制限された眼鏡に深いダメージを与えている。

 でもまだコレで終わりじゃ無かった。意識を失いかけていた眼鏡のその頭を上から襲い掛かる影。

 それはゴクロムの頭突きであった。膝が崩れかけている眼鏡に対して一連のコンボのフィニッシュでも言わんばかりに頭蓋と頭蓋がもの凄い衝撃でぶつかり合った鈍い音が部屋に響き渡る。


 それを最後に俺の脳内レーダーの眼鏡のアイコンは灰色になった。


「フぃ~。久々にヒヤッとさせられたぜ。それもコレもお前のせいだぞ?何だあれは!?剣が勝手に宙に浮いて、アリャなんなんだ?て、その剣は何処にいったんだよ?」


 ゴクロムがやかましく捲し立てる。俺はそれを一々説明するのも面倒なのではぐらかす事に決めた。


「そいつはもう意識が無いみたいだし、さっさと連行したらどうですか?あ、そいつ投擲武器も隠してたみたいだし、裸にひん剥いて縛った方がより安全だと思いますよ。何処にどんな武器を隠しているか分かったモンじゃ無いですから。」


「おう、そうか。んじゃ先に連行しちまうか。って誤魔化されねえぞ?説明しろ、説明を。」


 細かい事を気にしないタイプかと思ったらどうやらそうでも無いようだ。

 なのでここははっきりと正直に言ってしまうことにした。


「説明責任はありませんのであしからず。どうしても聞きたいって言うのならそのうち気が向いた時にお話しても構いませんけどね。って言うか今回の件の立役者はこちらなんだし、そこは聞かないでおくのが礼ってもんでしょう?」


 これにゴクロムはすんなりと引き下がった。


「あー、すまんかったな。分かったよ。今回はお前さんのおかげでデッケえ捕り物が成功したんだ。後で協力してもらった分の金を出す。お前は冒険者登録は済んでるか?そっちに振り込ませてもらう。」


 そう言って背筋を伸ばしてこちらに頭を下げてくるゴクロム。


「この度は協力、真に感謝。また何かおもしれぇ話があったら持って来てくれよな。んじゃ、また後でな。」


 ゴクロムはそう言い終えると気絶している眼鏡を担いで部屋を出て行った。


「じゃあ帰りましょうか師匠。あ、先ずは師匠の家に行って何やら何まで引っ越しの片づけをしてからクスイの所に向かいましょうか。」


 俺はそのまま魔力の渦を作り出す。ワープゲートだ。もう二回目なので師匠も驚かない。


「本当に魔法とは何処までも恐ろしいモノだと言う事を再確認させられたよ・・・」


 何故か師匠は大きな溜息を吐いて渦の中に入って行った。

 緊張感がここでやっと解けたせいだと思いたい。決して俺の事に呆れて出た溜息だとは思いたくない。


「師匠、俺の教える事をもっとこれから吸収していくつもりなんでしょ?だったらここでため息ついてる場合じゃないですよ?聞こえてます?」


 俺のこの言葉は師匠の耳には届かなかったようだ。


 こうしてバルトンに仕返し作戦はテキトウに終わると思っていたが、追加で思わぬ大物が一緒に釣れてしまった。

 当初、警察署?で一時匿って貰うつもりだった。それはバルトンの部下が報復に来たり、もしくはまた暗殺者が送り込まれて来たりしたら面倒だなと思っていたからだ。

 しかし考えてみればそんなものは返り討ちにしてしまえばよく、その力を俺は持っているんだったと思いなおしている。

 なのでもうこれ以上は警察署に行く必要は無いだろう。


 ベルカンが捕まった事によって、きっとこの都市はより一層のカオスに陥る事だろう。

 それに巻き込まれない内にあの森へと帰るのが賢いやり方だ。

 ゴクロムは「また後で」と言っていた。きっと今回の件で根掘り葉掘り事情聴取と言って答えるのが面倒な質問攻めをされるに違いない。

 早いトコずらかって時間が解決してくれるように誘導せねばならない。要するに姿をくらませるのだ。

 こんな所で余計な事に構ってられないからケツ撒くって早々と逃げる。その一択である。


 そのためには師匠には荷物をさっさと片付けて俺のインベントリにしまう事が求められる。


「早くしてくださいよ師匠。要らないモノは置いてってもまた必要になったらすぐに取りに来れますから。」


 こうして今俺は師匠の家で急かしている。これからクスイの店に行って買い物も済ませなければいけない。

 この間にゴクロムが何かしらこちらを呼び出そうと準備しているとソレに連行されかねない。

 呼び出しとは別に知らなければ知らないで無視できる事である。早い所この場を後にしてゴクロムからのメッセンジャーと遭遇しない様にするのが吉だ。

 呼び出しを食らってもソレを拒否する選択肢もあるかもしれない。

 だけどソレは相手に機嫌を悪くさせる事も発生させる。

 伝えたうえで断られたり無視されるのと、見つけられず伝える事すらできなかった、この二つの結果は比べて見ても随分と違うモノだ。

 俺は別にゴクロムの機嫌を悪くさせようとは思っていない。しかし、これ以上の接触も望んではいない。

 もうこちらの用は済んだのだ。ならばそれ以外の事で煩わされたくはない。


「よし、終わった。行こう。待たせたか?すまないな。」


 師匠が荷物の整理を終えたのでまたワープゲートを作る。次に行くのはクスイの家の裏である。

 店の真ん前には繋げたりしない。して堪るか、である。人目が多いあんな通りに一々目立つようにワープゲートは繋げたりしない。

 既にこの魔法には慣れたのか師匠は何の躊躇いも無くそこに入って行く。

 俺はその事に別に悲しくなったりはしない。その内師匠も魔力量を上げれば短距離は行けるだろうと思っているのでここはいくらか慣れてしまっておくのが手っ取り早い。

 師匠にはこのワープゲートは教えるつもりでいた。師匠がこの魔法を使えようと使えなかろうとこの魔法を最初に教えようと。

 しかし教えると言っても俺の頭の中でどんな想像をしているのか詳しく説明するつもりなだけだが。


 こうして俺もクスイの店の裏に出る。ここで俺が忘れていた事と言えば、ゴクロムは俺がこんなマネできると言う事を知らないという点であった。

 ここまで早く行動を起こさなくても、もっと余裕があると言う事。

 何せ俺たちがこうして一瞬で遠くの距離を移動できるとゴクロムは知らないのだから。

 きっとゴクロムは俺たちの事をまだこの都市に居ると思っているに違いない。

 確かにまだクスイの店にいるのだから間違いでは無いのだが、買い物を済ませたその次にはもうこの都市からバイバイである。もちろんワープゲートで。

 余談だが、その事を後で理解してもうちょっとゆっくりしてけばよかったか?と慌て過ぎていた自分を振り返って苦笑いをした。


 店の中に入りクスイに挨拶する。


「おや?もう用事は済んだのですかな?ならばこちらも、用意した物はそこに纏めてある。」


 これに師匠は金額を支払う。その様子をしっかりと確認してから俺はインベントリへと纏めて荷物を放り込んだ。


「じゃあ俺たちまたしばらくこの都市から消えますので。あ、安心していいですよ。師匠の隠れ家に行って修行?してくるだけなんで。」


「おや、エンドウ、何だか随分と砕けた性格になってやしないかい?」


「あー、その師匠の隠れ家でちょっと心変わりしましてね~。」


 俺の変化をクスイに指摘されるが、しかしこれには別に何もこれ以上は言及されなかった。さすがクスイ、大人の対応である。


「一年ほど家を空ける。お前にこのマルマルの私の家の管理も頼んでおきたいのだが、構わないか?別に掃除をしておいてくれと言う訳じゃない。あそこが浮浪者やら不審者に住みつかれない様にしておいてくれるだけでいい。鍵はこれだ。」


 それと一緒にどうやら管理費としての金額を入れた袋を一緒に渡す師匠。


「ふむ、分かった。この先暫らくは仕入れで遠征する予定も立てていない。やっておこう。それにしてもマクリール殿が私にこんな頼みをしてくるとは、いやはや、人生分からぬものですな。」


「揶揄うのは止めてくれ。私はエンドウと会って変わったんだ。この先の私の人生は今までとは比べ物にならないものになる。だったら今、自分の器を固く狭くしている場合では無い事に気が付いたんだ。」


 受け入れる事、それはきっと簡単なようで難しい。

 師匠が俺から学ぶ事の中に、自分の今までの思考の在り方を全否定されるような事もこれから起こるだろう。


「それじゃあ行ってきます。またちょくちょく顔を出しに来ますから。どうせまた戻ってこようと思えばすぐ簡単に帰ってこれますしね。」


「クスイよ。もしかしたらゴクロムがお前の所に来て我々の事を聞いてくるかもしれん。そしたら何も知らないと言っておいてくれ。」


「おや?ゴクロム署長まで何かこの件に関わっているので?ふむ?ま、いいでしょう。黙って居ますよ。私も手に余る事情は抱える事もできませんしね。」


 俺は一言これに「ごめんなさい」と、師匠は「スマン」と謝ってクスイの店の裏に行く。


「お見送りくらいしますよ。それにしたって裏庭は無いんじゃないですかね?」


 クスイは付いて来てしまった。店番には娘のミルを置いて来ているから大丈夫と言ってこちらに来てしまった。


「はぁ~。仕方が無いか。じゃあ、また。」


 俺は魔力を出して目の前の空間にワープゲートを作り出す。

 その中に師匠が入り、そして続いて俺も入る。

 その時に見たクスイの顔は「は?」と言った感じの現実が呑み込めていない顔だった。


 こうしてあの森に帰って来た。


「あー、色々と楽しかった。今日はこのまま休みますか?それとも何か師匠はやる事あります?」


「先ずは荷物の整理をしておきたい。それと・・・そうだな、色々あり過ぎて身体が一気に怠くなっている。エンドウよ、風呂を頂戴したいが、構わないか?ゆっくりと風呂に入りながら今日の事を纏めて考えておきたい。」


「あ、別に構わないですよ。そうですね、その内師匠も自分で自由にできるように魔力量を上げてもらいましょうか。その方法を実践してもらいましょう。それと同時に俺の教えられそうなことを教えて行きますよ。」


「魔力量を上げる?・・・エンドウはソレをしているのか?今も?・・・今すぐに教えてくれ!」


 掴みかかられそうになるほどの勢いで近づく師匠をヒョイと身をひるがえして躱す。


「落ち着きましょうよ。せめて風呂に入って頭の中を空っぽにしてきてください。ほらほら、疲れているのだったら頭も回転が鈍るでしょうから。」


 俺は師匠の背を押して風呂場へと押し込んだ。


 こうして湯船で三十分ほど長風呂をした師匠は落ち着きを取り戻したようで髪をタオルで拭きながら小屋へと入ってきた。


「サッパリしました?じゃあ昼飯にしましょう。サラダに肉にデザートは果実ですよ。これ、すっごい甘くておいしいんです。お気に入りでして。」


「エンドウ・・・私は早くその魔力量を上げると言う方法を知りたいのだが?私の知るその方法と何が違うのかも詳しく検証したい。」


「せっかちすぎやしません?俺教えてばかりで師匠からこの世界の事何もまだ教わって無いですよ?知りたいなら教えますけど、ちゃんと教わる立場に居ると自覚がおありなら俺のペースも守って欲しいですね。」


 この俺の言葉に深いため息をついて師匠は苦い顔をした。


「分かった。これから先まだまだ時間はある。腰を据えよう。浮ついた精神では何も修める事はできんしな。すまない。確かにせっかちが過ぎるな。エンドウからは多くを学ばせてもらう立場の私が求めすぎてばかりではイカンな。」


「理解して頂けて何よりです。じゃあ食べましょうか。」


 こうして昼を食べ終えてから食休みを入れ、ようやく俺は師匠に自分の常時発動させている魔法を教えた。


「コレは・・・負担が大きいな。コレを常時し続けるとは。かなりの辛さだ。」


「師匠は魔力量が増えたら解ったりします?もしかしたらこの方法は師匠には合わない可能性もありますし。もしかしたら俺だけこんな方法で魔力量が上がって、この世界の魔法使いには向かないモノかもしれないですから。そこら辺をちゃんと検証しないといけないですしね。」


「ふむ、使用量と自然回復する量を計算に入れて経験で感覚を掴むしか無いか。この方法を暫くやってみよう。エンドウがこの方法を試して魔力量が上がったとしっかりと分かるくらいに自覚があるのだろう?だったら私もここから始めるべきだな。上がったかどうか確かめるための道具も持って来ている。それを使えばすぐに判る。」


「じゃあ今日の所は魔法はここまでにして、師匠。この世界の事教えてください。」


 こうして師匠は常時発動の訓練を継続しつつ、俺に「世界」を教えてくれることになった。


 まず、一年は360日。十二ヶ月。一ヶ月は三十日。

 これは計算しやすい。しやす過ぎると言いたい。まるで誰かが意図的にそうしたような感覚を覚える。


(なんて完璧なんだろうね?まさか僅かなズレも無いのか?うるう年とか無いのかね?)


 そんな疑問を持ったが、それは別にここで追及しなくていいかとスルーした。

 そして一週間は六日。週頭から「火」「水」「地」「風」「闇」「光」と言った感じで曜日が決められていた。「光」の日は休息日らしい。俺の知る「日曜日」がこれに当たるのだろう。

 それが五週繰り返されて一ヶ月と言った具合だ。


 しかし「月」の決まりは別にこの様に凝っている訳では無く、年始めから「1」~~「12」なのだそうだ。


(計算しやすいし、分かり易い。こうして比べて考えてみたら地球の「暦」って歪だな?)


 四年に一度修正を入れなければ「一年間」がズレると言うのは考えてみればおかしなことではある。

 しかしそうした奇妙な神がかり的な「ズレ」と言うのが奇跡的にバランスを取っていると言う事も不思議ではある。

 けれどもうここではそんな事を気にして生きる事も無い。そこら辺の事をすぐに頭の中から追いやる。

 既にこの世界で生きて行く事が決定している俺にはもう要らない知識だ。考えないでおく方が楽である。


 今自分の生きている暦は「四の月」「第三週目の風」の日である。

 要するに四月十六日である。この森に二か月程居た訳ではあるが、あながち間違った月日の数え方じゃ無かったようだ。

 三十日を基本にして一ヶ月と見なして生きていたので、この世界の暦で言えばズレていなかったようだ。

 この世界にきて早々にこの森の中で生きねばならなくなって混乱している時に、月の区切り方を三十としたのは正解だった。


「何か他に特別な事ってあります?お祭りとか?年越しイベントとか?もしくは春夏秋冬?季節ってあったりとかは?」


 この俺の質問に師匠は少し頭を捻ると説明を始めた。


「マルマルの周辺の土地は気候も穏やかだ。しかし1の月から4の月の始め辺りは冷える。とは言ってもそこまで深刻な冷えでは無いがな。」


 師匠にどのように俺の言葉が、意味が変換されて伝わったのかちょっと「変だな?」と思いもう少し突っ込んで聞いてみた。


「年の初めは「1」ですよね?で、「12」の終わりの日にお祭りやらなにやらしたりとかは無いです?あと、月によってこの時期は寒いとか、暑いとか、雨が良く降るとか、乾燥しやすいとか?」


「ふむ?年終わりに祭りは無いな。多少は個人で祝うと言うのはあるが大々的な物は無い。気候もその土地土地で違ったりはするぞ。寒い地域、乾燥地帯、川の氾濫の多い地域などか。」


 どうやらこの世界には明確な季節と言うモノは無いようだ。そして年が変わる事に別段思い入れとか祝うなどの考えも無く、只ひたすらに落ち着いた暮らしであるようだ。

 穏やか、と表現すればいいのだろうが、地球というこの世界とは違う場所で生きて来た俺には少々刺激が無さすぎるように感じる。

 日本と言う国では節操が無い、と言って差し支えない程に毎月何かしら騒ぎを起こしている。

 春は花見だ新人歓迎会、夏は海だ山だ祭りだ花火だ、秋は美味い物と紅葉で旅行日和だ、冬はハロウィンクリスマス、年末は年越しイベント、年始は初詣に忙しい。

 自分の社畜人生を振り返ってみてもそう言った思い出はそこまで多くは無い、むしろ少ないものの、ニュースで毎年同じ特集モノを見る事があった俺にとっては、こう上がり下がりが無く平坦な生活はちょっと退屈に見える。


(比べるだけ無駄か。既に俺は元の世界に戻れる見込みは無いに等しいからな)


 この世界に生きる事になる俺は郷に入りては郷に従え、である。だからと言って遠慮して生きるつもりは無い。

 自由にこの世界で生きる事を心に決めている。刺激が足りない、ならば自分で刺激のある人生を送る事を意識して生きればいい。単純な答えである。


 年月関係はここら辺にしておいて次は「お金」の話を振る事にした。


 半銅貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、魔法金貨、魔法白金貨。


 この六枚があるらしい。半銅貨は「五百」、銅貨は「千」、銀貨は「五千」、金貨は「一万」、白金貨は「十万」と言った具合だ。

 師匠からマルマルの都市の物の物価をいくつも質問して計算したのは大体これくらいでのイメージである。

 別に半銅貨は銅貨を真っ二つにした物では無く、銅貨の重量の半分で、半銅貨と呼ばれているらしい。


「随分と大雑把ですねぇ。買い物は半銅貨が最小とか、ちょっと買い物に手こずりそうですよ。」


「エンドウの世界ではどのような貨幣社会だったのだ?」


 師匠は俺が元々この世界の住人では無い事を教えてある。だからだろう。

 そんな俺と言う「あり得ない」と思いもしていなかった存在の住んでいた世界に興味があったようだ。


「そうですねぇ。俺の住んでた国は九種類でしたけどね。「一」から在りましたよ。」


 これに複雑な顔を師匠は浮かべた。


「随分と細かいモノだな。世界が変われば根底から違うと改めて思わされる。」


 ここで説明を省いていたが魔法金貨は「百万」、魔法白金貨が「五百万」と言った感じだ。

 何せこの額は一般的に流通していないと言っても過言では無いそうで、かなり大きな有名どころの店が巨大取引をする時くらいでしか世間では機会が無く、それ以外では王族の、もしくは国でのやり取りが中心で動く物らしい。

 その上には世界に少ない数しか存在しない竜金貨と呼ばれる貴重な物もあるらしいが、そんなものは王族でも普通はみる事も叶わない位の代物であるようだ。

 じゃあそんな物を誰がいったい持っているのかと言えば、その希少性から所有者は秘匿されているそうだ。

 そんな秘密の竜金貨なんて幻の様な物をじゃあ一体誰が存在を「保証」しているのかと言えばこれまた王族であるそうな。

 コレは王族の王位継承での儀式に使われる物であるようで、いくつかの国家にはしっかりと所持を公表している所もあるらしい。


 師匠は流石に元宮廷魔法使いだった事もあってその辺を詳しく解説して貰ったが、俺のこの先の人生には関係なさそうだ。


「今日の勉強はこれくらいにしておきましょうか?じゃあ後は師匠はあっちのコンクリコテージを使ってもらいましょう。あそこを師匠の自由に使って貰って構わないです。あ、外に一々出るのは不自由だからこっちの小屋と通路を繋げましょう。そうだなぁ、もっと部屋を増やしてプライベートスペースを作って、後は台所とリビングと、トイレも充実させたいな。明日からもっとここを快適空間に作り替えるかな?」


 この言葉に師匠は呆れた目で俺の顔黙って見てくるだけだった。

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