幽霊退治と、その次は?
「オラよ!喰らいやがれ!」
不用意と言って良い位な遅さで近づいて来た幽霊一体に聖水が掛かる。
迂闊すぎだろうソレは、とツッコミを幽霊に入れたくなってしまったのをグッと飲み込む。
それは目の前で青白い苦悶の表情でもだえ苦しむ幽霊が気持ち悪かったから。
まるでニュルニュルとうごめき形を変えて僅かずつ存在が薄くなっていくのだ。
そうして完全に姿が消えると討伐となるらしい。
「よっしゃ!先ずは一体!お次はどいつだ!?」
気合を入れてそう覇気を飛ばすカジウル。どうやらあの気持ちの悪くなる幽霊が消える場面を見ても何とも思っていない様子だ。
「うわぁ・・・道理でこの仕事を好きでやろうと思う冒険者が居ない訳だ。気持ち悪いなアレ。」
「確かにそうなんだけどよ。そうも言っちゃあいられないだろ?こんなの慣れだ、慣れ!」
そう言ってカジウルがもう一本瓶を取り出して蓋をまた開ける。
先程の空になった瓶は丁寧に蓋を締め直してカバンに入れ直している。
どうやら瓶も蓋もリサイクル回収と言った所みたいだ。
そんな暇あるのか?と思ったのだが、幽霊たちは一向に近づいて来ない。
先程の一体がやられたのを認識して近寄ってこずに警戒をしている様子だ。
そこにカジウルが走って近づいて行く。そして気合を込めて「オラよ!」と掛け声と共に先程と同じく一体に向かって聖水をまたぶちまけた。
だがそれはまさかの躱される事となった。幽霊がその青白くて透けているその身をサッと移動させて聖水を躱したのだ。
「嘘だろオイ!?こいつら普通と・・・違うのか!?」
驚きと共にそう口から洩れるカジウル。
どうやらカジウルの知識に有る幽霊とは一段違う存在と言った感じらしい。
「避けただけだろ?何がそこまで驚く所なんだ?」
しかし俺はカジウルの驚きに説明を求める。これ位はどうって事は無いのではないか?と。
「エンドウ、警戒しろ!普通はあいつらあんな動きはしないんだ!今までだってそう言った報告例は無い!気を付けろ!こいつらは何かが違うぞ!」
どれ程に今までこういった幽霊退治と言う仕事がされてきたのだろうか?数々のその依頼の内で聖水を「躱された」と言う報告は無いとカジウルが言う。
聖水をもう一本取り出してカジウルがまた構える。しかしジリジリと今度は後ろに下がりながらカジウルが警戒をする番となっていた。
走って勢いで二体目を仕留めようとしていたので残りの五体の幽霊に距離が近い。そしてその幽霊たちはカジウルを囲もうと動いていたのだ。
このままでは囲まれるだろう。一気に襲い掛かられればカジウルがどうなってしまうか分からない。
なので俺はここで手を出した。魔法を打ち込んだのだ。一番カジウルから離れている幽霊に。
「カジウル、耳を塞げ。ちょっとうるさくなるぞ。」
その言葉の次には大きな爆発音と光。夜闇を切り裂く閃光が瞬間的に放たれる。
「うおおお!?うるせえ!・・・何やったんだエンドウ!?」
「あー、幽霊たちが爆発霧散して消滅する想像を込めた魔力を打ち込んだんだ。すまん、驚かせた。」
狙った一体がもうどこにも見当たらない。気配が無い。それは要するに俺の魔法が幽霊一体を文字通り「消した」と言う証拠だった。
この事実に怯んだのだろうか、残りの四体の動きが止まる。
その隙を逃さないカジウルの動きは素早かった。一番近くに寄っていた一体目掛けて聖水をぶっかける。
するとソレは避けられずに命中し、幽霊をムンクの叫びの様な顔にさせる。
そいつはグネグネと動き悶えてその内に消えていく。
「よっしゃ!後三体!次々行くぞ!」
カジウルは二回目にぶちまけた聖水が避けられて警戒をしていたのに、この事でまた攻勢に出ようとする。
それは既に気を取り戻していた?幽霊たちにまたしても避けられてしまった。
「くっそ!こいつらどうやら知性を持っていやがるらしい。こんな話聞いた事ねぇぞ!?」
カジウルは想像していた展開を裏切る予想外におそらくは動揺している。
身体能力向上を使っていればきっとこの幽霊たちに指先一つとて触れさせないでいられるだろう。
しかしそれを使うのを忘れている様子なのだ。でも、俺はあえてそこを注意しなかった。
こう言った事は本人がちょっぴりだけ「深刻」に捉える事になる場面を経験しないと駄目だからだ。
軽い気持ちで「忘れてたわ」と返してくる余裕を持っていると、次回も同じ過ちを繰り返す。
危機感を一緒に体験しないとこういったものは身につかない。
だからあえて俺はそこを指摘しないでおいた。
だけどそんな事をしている場面では無くなってしまうらしい。ゆっくりとだが残りの幽霊三体が重なり始めたのだ。
「おいおいおいおいおい!こいつはどうなってやがんだよ!?聞いた事ねぇぞこんなのは!?」
それは人の苦悶の表情が三つ合わさった巨大な集合体と言えばイイだろうか?
おそらく幽霊たちが一体ずつバラバラでは不味いと感じたのかもしれない。
その幽霊集合体は直径が2mくらいの丸状で、どうやら融合した事でより強力になっている様に見えた。
だが、驚いていたカジウルの動きは早かった。機敏と言って良いだろう。
直ぐにカバンから残りの聖水を三本まとめて取り出し、すぐに蓋を全て開けるとそれを合体した幽霊に浴びせたのだ。
それはしっかりと全てが幽霊にかかった。かかったのだが、融合して強力になったからなのかは知らないが「おおおおおん!」と叫び声をあげるだけで一向に幽霊は消えなかった。
「ヤベぇぞ!マジで!これは一旦引き上げた方が良さそうだぜ。」
カジウルは撤退の意思を口にする。それもそうだろう。聖水がもう無い。しかも頼みの綱のその聖水がそもそもこの三体分が合体した幽霊には効かなかった事実は深刻だ。
「逃げるぞエンドウ!こんな事態は初めてだ!聞いた事もねえ!すぐにこの事をギルドに報告するぞ!・・・おい!何やってんだ!逃げるんだよ!」
俺が幽霊を見ていて動かない事にカジウルは怒鳴って来た。
どうやら俺が合体した幽霊に対して驚愕で動けなくなていると見ているらしい。
しかし、そんな事実は一切無い。俺はこの世界の「幽霊」と言うモノに思いを馳せていただけだ。
(とりあえず「魔力」である事は確かなんだよな?ソレを媒体として「悪意」やら「恨み」やらがその魔力で人を害する。で、じゃあ魔力が無くなれば?悪意や恨みと言ったモノはどうなるのか?)
その逆は?と色んな事をボンヤリと考えてしまっていただけである。
で、そもそもこいつに触れられて俺は体温を奪われるのか否か?最初に思った疑問もまたぶり返してくる。
「でも、まあ、俺は研究者じゃ無いし、考えるだけ面倒だよな。こいつらを消滅させるのにそう言った疑問はそもそも必要無いし。」
俺は魔法を発動する。俺が仕留めた一体と同じイメージを込める。
しかし魔力はその三倍込めた。相手は三体がまじりあっているのだから、単純に三倍しただけなのだが。
光が、影も形も残さず幽霊を蒸発、消滅させて綺麗さっぱりになるのを想像する。
そしてそのイメージを魔力圧縮して小さな光として現出させてソレを幽霊へと飛ばす。
動きが鈍い幽霊はその光の玉を避けられ無いようで、見事に命中した。
すると、小屋の周囲だけでは無く、森がまるで昼間の様に明るく染まり出す。
そう、幽霊に当たった魔法が発動して光を放ち始めたのだ。
イメージ通りに光が溢れ出して、その光量は目を瞑っていても瞼の裏が白くなる程、と言うか光源を遮ろうとして手で目を覆っても光はそれすら透過して全然遮れない。
「うえええええ!光過ぎだろこれぇエエ!?」
俺は自分でした事ながらこの光の威力に叫んでしまう。
そもそも圧縮した魔力の威力の事を頭に入れて俺は計算していなかった。
身体能力向上を「つむじ風」の四人に教えた時の事を忘れていた。高めた密度によって解放した時の威力が上がる事を説明していたはずだ。
なのにコレである。ボケナスも良い所だ。自分の浅はかさに落ち込んだ所で光は徐々に衰えていき、魔法が発動する前の夜の森へと元に戻る。
だが、元に戻らないモノもある。幽霊だ。あれだけ大きな体積だったはずの幽霊はまるで最初から何処にもいなかったかのように消えてなくなっていた。
で、そうして依頼完了だと思った俺の後ろから暗く問い詰める様なおどろおどろしい声が響いてくる。
「おい、エンドウ。お前は今回ばかりはやり過ぎなんだよ。俺は逃げる指示を出しただろうが?何でソレに従わなかった?今回の異常の件をギルドに報告するにも、全部綺麗サッパリじゃねーか!この!」
俺はその後にカジウルから説教された。
曰く、幽霊は討伐すると証拠の残らない案件で、この幽霊が融合した異常事態は実際にギルド員が確認をするべきだったらしい。
今回の事はレアケースどころか初であるため、一旦ギルドに戻り、検証班、及び研究対策本部を作って徹底的に調べるべきだったようだ。
それをこの場で俺が綺麗サッパリと全て消し飛ばしてしまったがために、カジウルの「報告」だけでは信憑性に欠けると言った具合になりかねないと。
「忘れているみたいだけどなエンドウは。冒険者は「命大事に」。それと異常事態や、その他に依頼の内容がそもそも大きく異なった場合はすぐさまギルドに報告も義務なんだぞ?確かにそうやって緊急が起きたとしても現場対処ができるなら、それをやった後の事後報告でも構わないんだ。上手くやって依頼を熟せたらの話だがな。無理して対処しようとして死人が出れば、そもそもその被害が報告されず、同じ案件で次の犠牲者が、なんてのが一番最悪だ。だから、今回の幽霊なんて代物は討伐しても証拠が残らねえから、この件はまずは報告をする事が第一優先だったんだよ。」
コレに俺は深く納得したので頭を下げて「ごめんなさい」と素直に謝った。
「あー、俺もすまなかったな。エンドウはそもそも冒険者ではあるが、初心者だったのを忘れてたからな。規格外すぎるんだよお前は。それでつい、心得なんかをまだ知らないのをすっかり忘れてたぜ。」
バツが悪そうに後ろ頭をポリポリと掻くカジウル。微妙な空気がちょっとだけ流れたが、次には明るい声でカジウルが空気を換える。
「とまあ、そう言った訳だが、それでも依頼はこうして無事完了した事だし、帰るとするか。」
こうして俺たちは小屋を後にし、門へと向かって元来た道を戻った。
そして到着すると俺たちを送り出した門衛が「おかえり」と声を掛けてくれた。
「随分と早い帰りだな。で、どうだった?」
と世間話の様な感じで結果を聞いてくる。当然コレに「大成功!」とバッチリ決まった笑顔を返すカジウル。
コレに安心したのかふっと肩の力を抜いて門衛は労いの言葉を掛けてくれた。
「お疲れさん。こいつを受けてくれる冒険者がいてくれて助かったぜ。もし放置され続けていたら俺たち一般兵士にお鉢が回ってきたかもしれなかったからな。あんな気持ち悪いのと相対したくなかったから有難いぜ。」
この言葉を受けて俺たちはギルドへと戻った。
「エンドウ、俺は詳しい報告をしなくちゃいけねえ。時間がかかる。お前は戻っていてくれていいぞ。お前のアレは・・・どうにか俺が誤魔化しておく。・・・上手く行くかは分からんが。」
「じゃあ俺は宿に先に戻らせてもらうよ。んじゃ、お疲れカジウル。何かあったら遠慮なく呼んでくれ。俺も事情説明は協力する。」
こうしてカジウルから「あいよ」とこれに返事をされてギルドで別れた。
一足先に俺は宿へと戻って来る。夜番である従業員がカウンターに居たので帰って来た事を説明して鍵を受け取り、自分の部屋へ戻ると俺はベッドに直ぐに横になった。
「あー、なんでもカンでも俺の魔法にかこつけて無理矢理解決ってのも抑えて行かないとなぁ。郷に入っては郷に従えなんて。でも俺は自由にしたい訳で。そこら辺の折り合いは考えてかないとなぁ・・・」
等と考えていたらどうやらいつの間にか眠気が戻ってきたようで、段々とウツラウツラして俺は眠ってしまった。
翌朝目が覚めたのはかなり早い時間だった。ベッドから起き上がるとどうやら外はお天道様が上がって間もない時間である。
横からの水平な眩い光が窓から入ってくる。カーテンを閉めるのを忘れていたので部屋の中は日の光で照らされて明るい。
ソレに顰め面になりつつも大きな欠伸と背伸びを一つして俺は顔を先ずは洗ってサッパリする事にした。
で、それは本来なら一度下に下りて水を貰いタオルもなければいけないのだが、それは別料金である。
だから俺はまずは庭に出る。魔法で地面から小さめのタライを作り出し、そこへこれまた魔力で水を生み出してタライを満たす。
それを遠慮なく手で掬いバシャバシャと顔に掛ける。充分湿らせたらゴシュゴシュと手の平で顔全体を擦って眠気を飛ばす。
後は水気を魔法でパッと乾燥させれば終わりだ。と、これをどうやら横で見られていたようだ。
「ようエンドウ。朝早いな。俺にもソレ使わせてくれ。」
それはカジウルだった。帰って来てちゃんと睡眠は取っていたようで目の下に隈は無い。
だがまだ少々眠気が残っているのか大きく口を開けて欠伸をして朝の冷たい空気を取り込んでいる。
そこへ俺はタライを差し出し渡す。するとソレを受け取ったカジウルは「おうよ、あんがとさん」と言って水を豪快に顔にかけ始める。
「ぶふぁ!ツメテエ!コレすっげえ冷てえじゃねーか!顔がキンキンに冷えちまったぞ!」
サッパリした様な、驚いた様な、そんな複雑なびしょ濡れた顔のカジウル。
俺はその水気を魔法で飛ばしてやる。するとカジウルは「はぁ~サッパリしたぜ」と言ってグッと背伸びを一つする。
その後は真剣な顔になって俺へと向き直った。
「話がある。ギルドで新たな依頼を受けてきた。これはパーティーでやる。後で全員と話合いをするからよ。」
どうやらカジウルはギルドで何やら依頼を見つけてきたようだった。
この後は朝食をみんなで揃って食べる事にして宿の食堂で待った。
しかし待つ時間もそこまで長くなりはしなかった。マーミ、ラディ、ミッツと、次々に集まって来たのだ。
「あら?早いわねカジウル。あんたがこんな時間にここに顔を出してるなんて。そう言えば昨夜は依頼を受けてたんじゃないの?」
マーミはカジウルが幽霊退治に出ていた事を知っていたようだ。
「何故だか今日は目覚めがバッチリだったんです。こういった時は何かがある、って経験上分かっていたので早めにこうして降りて来たんです。で、カジウル、話があるみたいですね。顔で分かりますよ?」
ミッツはそう言って「勘」を口にする。でソレがピタッと合っているから少々恐ろしい。侮れない。
「俺は大体予想が付くけどなその内容に。まあ、飯を食いながらでいいだろ。」
ラディはどうやらカジウルがコレから話そうとしている件の中身に心当たりがあると言う。
「じゃあ、飯を食いながらでも俺の説明を聞いてくれ。」
こうして揃った所で宿の従業員に食事を頼んで持って来てもらうと、それを食いながらカジウルはゆっくりとギルドの「依頼」を説明し始める。
「どうやら毛皮の「狩場」にオークが住み着き始めようとしているらしい。しかも「ハイ」が付くと言う事だ。俺の昨夜の仕事の報告の後に直ぐに掲示板に張られたのをそのまま受けて来た。やるぞ。」
どうやら強くなったであろう「つむじ風」でも難敵との判断でカジウル以外は受け止めている様子だ。空気が一気に張り詰めた。
依頼は簡単だ。その「ハイオーク」がそこに住み着くと「時期」の毛皮の狩りで邪魔になるから今のうちに処理してくれ、と言った中身だ。
「それ、情報は確かなの?ちょっと信じられないわ。ここら辺にあいつらは近づいたりしないでしょ?」
マーミは居合内容を疑う。それに付け加えるようにミッツも。
「そうですね。他の魔物や動物の領域に安易に踏み込むような事は普通ならしないはずです。」
しかしどうやらラディはこの件の裏を取ってきていたようで。
「あー、それなら俺が情報を仕入れてる。どうやら「増えた」のがこっちに流れて来たってさ。」
どうやら他の場所で繁殖してバランスが保てなくなっただけの「数」がこちらへと流れて来た、とラディは情報を出す。
「その情報は何処から取って来た?ラディ、確実かそれは?」
カジウルはラディのその情報の正確性を問う。カジウルはそもそもギルドの依頼の「正確性」は考慮していなかったようだ。
ギルドの方も迂闊に「全く情報が出鱈目」な依頼は出さないだろうから、そこら辺は疑わなかったのだろう。
「お前さんたちが知らない俺だけの情報網だよ。でも、保証はする。この情報は「偽物」じゃない。そんなヘマをするようなところから情報は買っていないから安心してくれ。」
どうやらラディ独自の情報網から仕入れたモノであるらしい。
俺はここまで静かに食事を摂りながら話合いを聞いているだけになっている。
何しろ俺から何も言う事は無いのである。やるなら俺はこのパーティの一員としてやるだけだし。
それこそ「反対」をできるだけの経験も立場も知識も持ち合わせていない俺は何も言えないのだ。
「いいわ、ラディが仕入れた情報なら大丈夫でしょ。で、その数は?」
マーミがコレに一番に受け入れた。そして話を次に進めようとする。
「もしその数があんまりにも多いと私たちで対処が可能かどうか。でも、エンドウ様が居るのですし、そこら辺の心配はありませんね!」
ミッツは俺に何を期待しているのかサッパリである。
何しろその「ハイオーク」に対してどんな「懸念」が考えられるのかを俺は知らないのだ。あまり過剰な信頼は勘弁してほしい物である。
「よし!話は纏まったな!数は十体だ。気合を入れていくぞ!どうにかなるだろこれくらいは。」
カジウルのこの発表にマーミとミッツが固まる。ラディはどうやらそこら辺の情報も仕入れていたらしく驚きは見られなかった。
「あんたねぇ・・・分かってるの?十体は私たちだけで対処できる数じゃないでしょ?」
「ハイオーク」十体はどうやら多数のパーティーを組んで対処に当たる数のようである。
マーミは呆れた様子でカジウルを非難するが、それを受けている本人は「大丈夫だ」と言いたげである。
「私たちは強くなりましたが、それでもハイオーク十体となるとまだ大きな不安が拭えません。でも、カジウルは依頼を受けてきてしまったのですよね?・・・まあエンドウ様がいらっしゃるので大きな問題は起きないと思いますが。むしろ起こったとしてもエンドウ様の魔法が有るので大丈夫であは有ると思いますけど。」
俺への負担がどんどんと増えている気がする。それもしかも不測の事態を想定されているようで、ついでに俺なら「対処してくれる」と言った過度の期待が添えられていてミッツには困ったモノである。
それでも俺は意見を口に出さない。それこそ冒険者なんてどんな依頼にもそう言った「不測の事態」などと言うモノは付き物であるだろうからだ。
そこら辺を俺は学び始めている。なのでここでとやかく言っても始まらないし、先へと話も進まないと理解している。
「なーに、一当てして対処が俺たちの手に余りそうなら応援要請を申請すればいいだろ。」
このカジウルの言葉で皆腹を括ったようだ。もう何を言っても無駄、と言った感じの空気に包まれてはいたが。
「じゃあもうちゃっちゃと食事を終わらせて準備をしちゃいましょ!」
マーミはそんな微妙な空気を霧散させようと言葉を吐き出した。
こうして食事をし終わってみんなで宿を出る。次に向かうのは道具屋である。
どうやら消耗品を買いに来ているようだったが、俺にはどれが必要で、何が当たり前なのかが分からないのでソレを眺めているだけ。
インベントリもあるし、ワープゲートもあるので俺にはこうした道具はあんまり必要性を感じられないのだ。
依頼途中で野営をするとか、野宿とかになった場合。最悪ワープゲートで戻ると言う選択肢が有るのでキャンプ用品などを買い揃えると言った考えになり難いのである。
ならばこうした事はベテランの仲間に頼ればいい。俺はそれらの至らない部分をフォローして行けば快適な野営、野宿をする事も可能なはずだ。
そもそも迷宮で既に二回そう言った事をしている覚えもある。壁を作って敵の侵入を防ぐ。換気の穴を繋げて新鮮な空気の確保、等。
ここまで来るのにも俺の魔法は大活躍しているのでフォローという面での方向性は間違っていないと思いたい。
で、そう言った購入した荷物は俺のインベントリへと突っ込まれる訳で。
(魔法ってホント、原理とか理論とか解らない怖い物なんだよなぁ。魔法の使用者のイメージに合わせて魔力がその形を変えて世界に現出する、干渉するって考えればいいのだろうけど。でも、そもそも、この魔力って何故この世界に存在するんだ?)
化学式で表せる物なのだろうか?それこそ超常現象の様な観測できない何かであるのか?
粒子?波長?それとももっと摩訶不思議エネルギー?
考えれば考える程にコワイ想像に陥りそうになるのでここら辺で思考を止めておく。
その時にはインベントリへの荷物の片付けは終わっている。もちろんこの行為は誰にも見られない様に裏路地に入って人の見ていない所で行われた。
「俺がもし亡くなった場合、インベントリ内へ入れた物はどうなるんだろうな?・・・おお・・・コワイ。」
ちょっと危険な何かが垣間見えそうになってブルリと震える。
そんな俺の震えは誰にも見られなかった。カジウルが「さあ出発だ」と言ってその目的のハイオークの場所へと向かう門の方へと歩き始めたから。
その後ろに付いて行くのに皆カジウルの方へと向いていたから誰も俺のこの呟きを聞いていなかった。
「まあ、こんな事は俺が死んでみないと分からないもんだし、そもそも、そこまで簡単に死ぬ気は無いしな。」
俺もそうぼやいてからみんなの後ろに付いて行く。しばらく歩けばすぐに門へ着いた。
時間はまだまだ早い時間である。ここで出発前の確認をみんなでミーティングだ。
「あー、エンドウ以外にはもう分かっている事だろうが、ちょっとクドめに説明からはじめるぞ?」
そう俺への丁寧な解説を込めてのミーティングになった。
「ビッグブスが二回りほど大きくなり、二足歩行もできる様になったのが、まあ分かりやすく言うとハイオークな訳だ。こいつらはそもそも腕を振りかぶって殴って来たり、その他には肩口から構えて体当たりを狙ってきたりと、二足歩行になってちょいと姑息な手段をしてくる様にもなった奴らだと思えばイイ。」
どうやら「動物」と言った領域に留まっているそうである。
二足歩行ができるようになったからと言って「知恵」や「心」ができた訳では無いらしい。
あくまでも「野性」であり「本能」で生きているという。
要するに人とは違う「知的生命体」と言った態を取ってはいないと言う事だ。
(多分だけど、そんなのが居たとして、そもそも「迫害」しないってこともないだろうなぁ)
俺は自分の居た世界の人の愚かさを知っている。今までの歴史、そして今現在と言える世界状況も。
人はあらゆる「違い」をあげつらってそれを元に他を排除しようとする生き物だ。
そしてこの世界の「人」が俺には自分の居た世界の「人」と何ら変わらないと感じ取っている。
(それって要するに全く同じ過ちを辿るって事だよ。あーあ、嫌になるなぁ)
それでも俺の中身は目の前の事に対処が精一杯の一般人でしかない。この世界に来てしまうまでは仕事一筋で定年まで一途にやっていた只のオッサンなのだ。
仕事ばかりで深い人生経験を積んできたという自覚も無い。色んな事に挑戦してきた訳では無く、ただ与えられた仕事を淡々とこなしてきたにすぎない男の経験などはそもそも浅くて役に立ちそうも無い。
この世界に来てしまい、こんな若さを得てしまった事で、少々自棄気味に自由を謳歌している、などと言われても反論できないと思っている自分がここに居る。
ミッツや師匠などに「賢者」などと言われるが、そんなご大層なお名前を頂いている人物ならそう言った問題にも簡単に解決法を示してしまう者なのでは無いのだろうか?
俺の中の賢者なる人物像はこの世界の人たちの「賢者像」とは大分異なる。
俺にはこんな異人種交流とか、「人では無い人」などと言った偏見関係を即座に解決できそうな案は持ち合わせが無い。
(こんな考え方をしていると、その内足元を掬われるような事になるのかねぇ)
「後は耐久力がずば抜けて高い位だ。全員で一斉に一体ずつ確実に仕留めて手早く数を減らせばイケると俺は踏んでいる。強くなっている俺たちなら可能だ。そう判断している。皆どうだ?何か意見は有るか?」
ここでカジウルが皆の意見を受けようと説明を終えた。




