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まやかし

 マーミとミッツは二人で一部屋を取っている。その部屋へと俺は今お邪魔している。

 もちろん俺がミッツに講義するためにだ。マーミは部屋に居て丁度休憩を取ろうとしていた様子。


「なにエンドウ?ミッツも改まった真剣な顔して。何かあったの?」


 どうやらマーミはこれから俺たちが何を話すのかを気にした様子だ。


「あー、何と言ったらいいか?ミッツの教会で教わっている知識を教えてくれ先ず。」


 椅子に座って俺はそう問いかける。ミッツはベッドに腰かけて質問に答える前に注意事項を口にする。


「これはあんまりペラペラと他人に話してはいけないのですけど。講義をしっかりと受けるなら教会に赴いてお布施を払わなければいけないんですが・・・そうも言っていられませんね。」


 その前置きを言ってミッツはポツポツと説明を始める。


 まず「癒し」というのは神の領域であると。

 人がソレを行う際は「魔力」を糧に「聖力」を神から借り受けてソレを行使するという。

 人は神から生み出され、そして神の恩恵により生きていられると。

 傷が人の自然治癒力で治るのではなく、即座にその場で癒える奇跡は「神の力」であると。

 衰弱している人物が聖なる力で気力を取り戻すのも神の御業であると。


「あー、そう言う宗教かぁ~。それがもうこの世の中に「根っこ」ができて根付いてるんだな。こりゃ厄介だ。傷を癒す「想像力」ってのを「神様のおかげ」ってのに繋げてあるのね。」


 魔力は、魔法はイメージだ。それが具体的で強いものであればある程に、この世界に影響を及ぼす力が大きくなる。

 この教会の教えってのは漠然としているから「癒し」などと言って効果が薄い物に変わっている。

 そして薄いからこそ、必要にされている。誰しもが教会の講義を受けただけで使えるのならばここまでの価値は無くなっていただろう。

 だけれどもそこを信心の強さで補い使用、行使できるように仕向けているのだ。


 有難がられるために、その治療師とやらの数が少ない。その事に因って患者は多く、そしてソレを「癒す」教会の権力に繋がる訳だ。

 苦しみが少しでも「癒えた」、だから教会に対して信心深くなる。教徒が増える。


「詐欺みたいなものだなぁ。神様を使った。これ、根本を全否定じゃ無いか?俺がやった事って?」


「いえ、エンドウ様がした事はこの世の真実です。真理です。私は教理や、神の「教え」よりも、苦しんでいる人々を癒せるのならばその力の方が最優先だと思います。教えてくださいエンドウ様。私は今より教会の所属を破棄します。」


「いや、ミッツ、別にそんな事せんでもいいだろうに。そのまま教会でやって行けばいいって。その、なんだ?そう言った何もかもを捨てる覚悟は伝わったから、早まった事はするなよ?いつも通り、今まで通りでいいんだ。破棄は取り消しで。」


 このやり取りを横で聞いていたマーミは顔真っ青。そして詰め寄る。俺へ。


「あんた一体何したの?!ミッツがここまで言う事なんてドンダケ深刻よ!?ちょっと!吐きなさい!アタシたちを危険な目に遭わせるつもり?!」


 どうやら教会の事が絡んでいる事がよっぽどヤバい事だったらしい。

 冒険者パーティー「つむじ風」を危険な事に巻き込むなとマーミは言っているのだ。


 慌て興奮するマーミを、ミッツの言葉が止める。


「マーミ、今ここで聞いた事は一切誰にも教えないでください。」


 たったこれだけでマーミは「グッ!」と呻いて動きが止まる。黙って居ろというミッツの真剣な迫力にマーミは負けた。


「アタシはこの部屋を出ていくから、後はごゆっくり。・・・ああもう!何だってのよ一体!」


 ドアを乱暴に閉めてマーミは部屋を出て行った。その後に少々の沈黙の後にミッツは俺へと教えを乞うてきた。


「エンドウ様、教えてください。魔力での治療を。「聖力」とは・・・「まやかし」だったのですね?そして神とは・・・」


「それ以上口にするなミッツ。やめとけよ。これから先もそれ以上は口にするな。それと「まやかし」なんて言い方も、もうこの先口にしない方がいい。それも教会関係者の前では絶対にな?」


 俺が咄嗟に止めなければミッツは自分が今まで過ごしてきた人生の大半を自ら否定してしまう事になっていた。

 自らの心の中に留めておく事と、それを言葉として世界に吐き出してしまう事とは、同じなように見えて大分違う。

 今の場合は「出さない」方が賢明である。それが自分の中では明確になっていたとしてもだ。

 ましてや教会がそれを耳に擦ればミッツを「排除」しようと動くに違いない。

 宗教とは恐ろしい物だ。それは多分この世界でも違いは無いと思えた。

 なので俺はしっかりとミッツに言っておくのだ。それ以上はこの先口が裂けても言うなと。


 そうして俺は素人ながらも現代医療、人体構造、病理の知識を教えていく。いつか見ていたTV番組の事を思い出しながら。

 幸いにこの「別世界」でも人と言う存在は自分が居た「世界」の人間と全くと同じであった。

 ここは自分の居た世界とは異なる「理」によって回っている世界。当然それならそこに生きる存在は全く別モノであると考えるのが妥当だったが。

 どうやら魔法が有る、魔力があるという事以外はむしろ同じ「人間」である事の不思議。

 そして自分もその「魔力」を持ち「魔法」が使えるという事実。


(俺は一体「どちら」だ?今の肉体は?見た目は全く以て自分の過去の姿。ならばこの身体はそもそも「向こう」の身体が若返っただけ?でもそれなら魔法なんてモノは使えないだろうに。じゃあこの若い自分の身体はこちらの世界の「人体」?ならこの意識は誰だ?)


 悩んでも出てこない問いの虚穴。それに昔からよく使われている古臭いご都合主義を当てはめて一旦この思考を閉じる。

 コギトエルゴスム、我思うゆえに我あり。陳腐ではあるがコレしか今の俺の中の精神を安定させる言葉が思い浮かばなかった。


(我ながら呆れてモノが言えない。そんな俺を師匠もミッツも「賢者」何て言うんだからどうにもこうにも尻の座りが悪い)


 そんな事を思考しつつもかなり長い時間をミッツへの「講習」に使うのだった。


「後は経験で補うしかないな。自分の知らないモノはどうしようもないから。そう言った病理は一歩一歩解明していっていくしかない。とは言え・・・どうやら俺の「話」はこの世界じゃ「非常識」どころの騒ぎじゃないみたいだなぁ。」


 ミッツの深刻な顔がその証拠である。俺から聞いた話がミッツにはどうにもこうにも「目から鱗」どころの騒ぎではない様子。


「ありがとうございましたエンドウ様。私は今、目が開かれた思いです。神に縋る事は別に悪い事だとは思いませんが、でも、それでも、私たちの様な人を癒す力を持った者が今まで何もしてこなかったという事実が・・・重いですねコレは流石に。」


 ミッツの心の中を全部察する事は俺にはできない。何せ俺の以前してきた仕事はそう言った医療を司る職種では無かったからだ。むしろそう言った医療にお世話になって来た方である。


 今までミッツはきっと自分の力が及ばずに死なせてしまった者達も多いのだろう。そう言った人達の命を見送って、それら一つ一つを丁寧にも背負っていたら自分が「潰れる」。

 だから過ぎてしまった事は置き去りにして、今の目の前の苦しんでいる人へと意識を向け続けていくしかない。そういった方法でしか前へと進めない。

 そんな中でどうやって「もっと違う上手いやり方は無いか?」と言った思考を持てるだろうか?今の自分ではどうしようもできない、ならばどうすればいいか?などと言った思考に目を向けられるだろうか?


 悔しい思いをしながらも前へと一歩を踏み出すだけで精一杯。思考の余裕を持たせる事も困難。

 そんな中で教会の教えの通りにしていれば少なからず救われている人々もいる中で、このままでいいと思う自分ができてしまう。全く効果が無い訳では無いから、その結果が自分をいつの間にか慰めてしまって「違う、そうじゃない」と言う心すら浮かべられなくなってしまうのではないだろうか?


 ミッツの「教会の教えが何だ、神が何だ」と言った覚悟は高潔だ。

 自分の「人を癒したい」「命を救いたい」と言う心に何の曇りも無いと。


「後はまあ、ミッツがどうしたいかだな。おそらくだけど、俺の教えた方法で治療をし続けて、それが評判になったら教会が目を付けてくるぞ?その時には相手側がどう出るか分からん。・・・危険だぞ?それでもミッツは俺の教えた治療法を実践し続けていくか?」


 俺の教えた方法とはもちろん自分の魔力を患者の中に流して内部を鑑定するやり方だ。

 魔力操作がかなり精度高く使えるようになればミッツもこの方法を使って患者を診断できるはずだ。

 その時にはどの部分がどの様に悪いのかを少しづつ経験を重ねて実感していくことになるだろうが。


「し続ける覚悟はあります。むしろ、この診断法をもっと広めたいです。エンドウ様、治療院を作る気はありませんか?この技術が広まればこの世界のもっと多くの怪我を、病を無くす事がきっとできます。」


 真剣な目でミッツにそう提案されたが、それは却下だ。


「そいつは御免被る。教会がきっとうるさいし、横やりを入れてくるだろうからな。鬱陶しいのは・・・勘弁だ。それに、もし、教会に「最悪」な奴が居たら人が死ぬ。それでもか?」


 俺が言いたいのは、教会と言う「利権」を得てふんぞり返っているクズが居た場合、そいつが何をしてくるか分からないと言う事である。

 それは最悪「人を殺して脅す」と言う手段を取ってこないとも限らない。自分の利権のために人の命など軽く消す。そう言った事を平気でする教会関係者。


「まさか・・・そんな・・・信じたく、ありません。」


 ミッツはきっと心当たりが無い訳でも無いのだろう。顔を真っ青にして俺が言いたい事を察した。


「でも、おそらく、それはきっと起こるぞ?直接的に「殺人」なんて起こらないでも、陰湿に遠回りにでも人が殺される可能性は否定できない。」


 嫌がらせを受け続けてのノイローゼによる自殺。もしくはこちらを「罠」に嵌めて罪を着させての処刑を狙ってくるかも。

 他にも考えようによってはそう言ったまどろっこしいと言える方法で、こちらを追い詰めてくる可能性も無くは無いのだ。


「分かりました。今はまだ、やめておいた方が良いのですね。でも、私は諦めません。いつかきっと冒険者パーティーとして名が売れて、誰にも手が出せない程に有名となってから治療院を出せばいいんですから。今の私は焦らなくとも着実に力は付いています。ならば、ここで急ぐ事は逆に失敗ですね。腹は決まりました。なら迷いはありません。目標は決まりました。」


「あー、ちょっと気合が入り過ぎですよミッツサン?・・・まあ、その時には俺も小さいながらも力は貸すよ。」


 俺はそう宣言するとミッツは過激発言をした。


「そうなれば千人力です!いや!万人力ですね!誰に邪魔をされてもソレをぶっ飛ばしてやりましょう!」


 ぶっ飛ばす、と宣言して「将来のために」と俺の話した事を忘れないうちにメモを残したいと言う事でミッツはその作業に集中し始めた。


 なので俺は部屋を後にして自分の部屋へと戻る。その後はどうやら柄にも無い事をした疲れがたまっていたようで、ベッドに倒れ込んだら眠ってしまった。


 そんなこんなで起きたのは夜。俺は腹が減ってしまっていて何か腹に入れたいなと思い一階へと下りる。このままでは再び眠れそうも無かったから。

 宿の従業員が居れば軽食などを作ってもらえないかと聞くためだ。

 空腹で階段を下りる途中で良い匂いが漂ってきた。どうやら誰かが食事をしている様子だ。

 コレに自分の分ももしかしたら出してもらえるかもしれないと思って少し足早に向かってみると、そこではカジウルがパンとスープを食している所だった。

 台所には女将さんがどうやら翌日の食事のための仕込みをしている。

 そこへ俺は声を掛けた。変な時間に起きてしまい腹が減っていると。

 この宿で出している値段の倍を払うので食事を出してくれないかと。

 コレに女将さんは「余りもので良いなら」と大盛でスープとパンを提供してくれた。

 それを持って俺はカジウルのいるテーブルへと向かいその椅子に座った。


「こんな夜中にどうしたんだカジウル?しかもその恰好は?」


 どうにもカジウルはこれから出かける準備である。まるでこれから冒険者仕事だと言った感じの。

 で、それは正解だったようだ。その答えをカジウルは教えてくれる。


「ああ、今から依頼を熟しに行く。どうやら昔に造られた森の中の狩りのための休憩小屋に魔物が出始めたらしい。そいつを退治しにな。大分忘れ去られて放置された時間が長いらしくてな。ここ最近になってソレを見つけた人がたまたま発見して、ってな感じだ。」


 俺は食事を口にしつつも疑問を投げる。


「一人で行くのか?危ないだろ。万が一もあるだろうに。それにもしかしたら予想外の出来事も起きたら一人じゃ対処不可能になる可能性も出るだろ?ソレにこんな夜更けに行かないでも。」


「それがなあ、この仕事は夜じゃ無けりゃ駄目なんだ。しかも大人数だと「出てこない」んだよ。大体三人までだなパーティー組むにしても人数は。メンドクサイ事に。始末するなら教会で祈りを受けた水、いわゆる聖水ってヤツだな。それを撒くだけだからよ。」


 カジウルの話がどうにも妙な話になっている。どうにもその魔物とやらが一体どんなモノなのか見えてこない。


「あー、そうか。エンドウは知らねえか。そうだったな。お前さんは色々とぶっ飛んだ知識はあるくせに、その他のは全く知らんと来たもんだ。そこにはな、何らかの原因で人の悪意や怨念が魔力と言う形を成した魔物が居るんだ。」


「・・・お化け?幽霊?いや、悪霊やら怨霊と言えばいいのか?えーっと、それって白くて半透明でおどろおどろしい人の表情をした、物理攻撃無効的な?」


「おー?知ってるじゃねーか。それだよソレ。そいつら厄介でな。剣で斬ったりができないのさ。で、聖水が有効なんだわ。そう言った魔物を消滅させる効果があるんだよ聖水って奴には。で、それをぶちまければ今回の俺の仕事はお終いって所さ。だから一人なんだ。」


 ミッツから教会での「癒し」の話を聞いたばかりである。この「聖水」に関しても良いイメージが俺には見えない。

 これは何かあるといけないと思ってその聖水に関する情報をもうちょっと聞こうと突っ込んだ。


「その聖水に「失敗」は無いのか?その分量はどれだけ撒けばいい?それと、一本いくらだ?」


 もしかすると効果が薄くてそのゴーストを退治するのに量が要るかもしれない。

 すると聖水なるモノを購入するのに大分大きな金額が必要になる。

 効果が無い、とは言わない。しかし、その聖水なるアイテムの「質」がバラバラだった場合どうにもマズイ予感がするのだ。


「あー、失敗かぁ・・・そうだな。偽物、っていうか、魔物がソレで消えなかった、って事例がある。要するに効果がまちまちな低品質って言えばいいか。そう言ったモノが時々混じってたり、でも大教会で購入した物にはそいう言った話は聞かないな?」


 どうやら作り手の「信心深さ」によってまちまちな品質となるようだ。

 大きな教会、信者が多くてそもそも「神の存在を心から信じている」者が作る聖水は効果が高いのだろう。

 そしてそう言った者で無い奴が聖水を作るとなると「イメージ」がこもっていない只の水にしかならないと。

 イメージが込められていると言う事はそもそも「魔力」が込められた水と言う事だ。

 その魔力が水に溶けていて、それをゴーストに掛けるとその魔力の効果が発揮されて消滅させると。


「一本に金貨三枚って所だな。こいつを小分けにする。魔物の数に合わせてな。んでこれが少量でも魔物に掛かればあっと言う間だ。報酬から必要経費を抜くと、まあどっこいドッコイかな。」


 結構お高い代物だ。これが大量に捌ける様な状況になると教会とやらはウハウハ丸儲けと言った所か。

 只の水だ原価は。そこへ人の「神への祈り」と言う人件費と魔力の値段である。

 これが高いか安いかは俺には判断つかないが、多分俺ならこの聖水はゴーストに対して必要無い。


「こいつは奉仕みたいなもんでな。こういった魔物の件を受ける奴があんまりいないんだ。そもそもこういった依頼の発生頻度も珍しい位でな。で、暇な俺がやろうって話だ。正直言って酒を飲んだくれのまま、ってのもどうにも落ち着かなくなってきちまいやがった。」


 カジウルのその尻の座りの悪さは「強くなったから」と言う理由から来ているらしい。

 力試しは済んでいるが、何処まで限界に挑戦できるかは試していない。まあそれはまだ危険だからやらない方が賢明だと俺も思っていた。

 しかし、強くなって「今まで」とは違った事ができるはずなのに、今まで通りと言うのは面白みが無いとカジウルは言った。


「だからよ、ちょっとだけ普段ならやらない依頼ってのをやってみて、今までとの違いで「どれだけ」の事ができるようになっているのか、様々な事をやってみようってな。」


「そう言うのはさ、誰か自分以外の見張り役ってのが居ないと危ないモノだろ?俺が付いて行くから思う存分やってみればいいさ。」


 俺はカジウルに釘を刺す。新しい事をするのには一人では危ない事が有る。

 それこそ自分の限界をまだ調べても居ないのに、いきなりそう言った事を一人で熟そうとするのは危険なだ。

「もしかしたら死ぬ」という確率はどんな事にもついて回る。それこそこんな魔物がはびこる世の中だ。

 自分の命なんてそれこそちょっとしたことで落とす世界で一人で魔物に対峙するのは頂けない。

 大丈夫だろう、と思ってもストッパーは居た方がより一層安全だ。


「いいのか?エンドウはもう観光は終わらせて暇なのか?・・・でも、まあ、ありがとうよ。心強いぜ。」


「こんな変な時間に起きたのも縁だろ?なら付き合うさ。これからまたもう一回寝るって言う気分でも無いからな。」


 こうして食事を終わらせた俺たちは宿の女将さんに事情を話して出発した。


 で、目的のその小屋へ向かうのに門を出る時にカジウルは依頼書の写しを門衛へと見せた。


「おおう、そうか、アンタが受けてくれたか。あの小屋は確か微妙な位置にあってな。今まで放置されていたのは正直言ってなるほどって感じだったんだ。俺も昼間に確認しに行ったんだが、妙な寒気に襲われて即刻帰って来たぜ。気を付けてくれ。夜だともっと妙な事になるかもしれん。」


 門衛は四十代くらいのオッサンだったが、そう言ってカジウルに声を掛ける。

 で、その後は俺へと。


「何だ?こんな若造が付いて行くのか?うーん?やめておけ、と言いたい所だが、アンタのパーティー仲間か?そうだな、その歳であの魔物を見た事は無いだろうからいい経験になるか。冒険者として一度見ておくことに越した事は無いな。お前も気を付けろよ?ヤバいと思ったらすぐに逃げる事ができるのも一流の冒険者ってヤツだからよ。」


 そうアドバイスをしてくれたオッサン。きっと良い人なのだろう。

 大きな門の横に小さな扉が有る。そこから俺たちを外へと通してくれた。

 ここからは森の中を行くのみだ。カジウルが明かりを出す道具をかざして夜道を行く。

 その後ろを俺は付いて行くだけ。地図を見ながら迷わない様に。それと既にある程度の所までの道は下見をしていたのだろうカジウルの歩みは淀み無く進む。


「なあ?それで、カジウル。聖水はどれくらい買ったんだ?」


 俺は目的の小屋に着くまでの間の会話を求める。


「ああ、二本だ。これだけで金貨六枚だぞ?」


 そう言って中身の無い空の瓶を見せられた。どうやら銭湯での風呂上りにごくっと飲み干すあの牛乳瓶ほどの大きさだ。

 それを既に小瓶に入れ分けておいてあるのだろう。カジウルの抱えるカバンの中から時折ガラス同士が当たって奏でる硬質な澄んだ音が鳴っている。


「それ、もしかしたら必要無かったかもしれないぞ?そもそも、俺にこの件を先に話してくれてたらな。」


 おいおいマジかよ、と言った感じでカジウルは苦い顔をしてしまった。

 これは嘘でも無いが、でも本当でも無いかもしれない。ミッツの用事に付き合ったからこそ言える言葉で、そうでなければこうしてカジウルをからかう事は出来なかったと思うからだ。

 あくまでも揶揄っているだけで本気でカジウルにそう言った訳では無い。

 それを何となく感じたのかちょっとだけカジウルは溜息をつくだけ。

 でもその顔はすぐに引き締まった。それは例の小屋に到着したからだ。


 なんの変哲も無い古い小屋。何処からどう見てもおかしなところは見受けられない。

 ボロボロになっている訳でも無く、しかし手入れをずっとされていなかった事が分かる外観。

 その小屋とその周囲をカジウルの持つ明かりが照らす。


「いいか?エンドウ。あいつ等はいきなり現れて俺たちに触れてこようとする。ただソレだけなんだがな。でも甘く見ちゃいけない。あいつ等は触れた者の体温を急激に奪ってきやがる。」


「へぇ?じゃあここら周囲をあっためておこうか。低体温にされた場合の、まあ応急対応くらいにしかならないかもしれないけど。」


 俺は頭の中でヒートアイランド現象を思い浮かべる。東京のアスファルトをサーモグラフィで撮影したあの画像だ。

 しかもかなりの真夏日の昼真っ盛り、一番気温が急上昇するあの時間帯を思い浮かべて自分の魔力を周囲の地面、空気へと馴染ませるために放出する。

 するとじわじわと、しかし周囲の気温が急上昇していく。


「・・・おい、エンドウ?何をしたんだ?今は夜だってのにモノスゲエ暑くなってきやがったんだが?」


「あー、気温が低いと余計に体温を奪われた場合に対処しにくくなるだろ?寒さで動けなくなる。だからせめて周囲の気温だけは上げておこうかと思って。油断は禁物だろ?できる事は全部やっておこうかなって?」


 この説明に呆れたのか「ハ?」と言った顔で一瞬固まるカジウル。その後は「こういうやつだった・・・」と一言呟いて大きな溜息を吐かれる。解せん。


「で、カジウル。その幽霊さんはアレで良いのかな?どうやら団体さんでお出ましのようだけど?」


 俺の目の前には小屋の周囲を漂う、人の形をした青白い何かが浮かんでいた。しかも六体。


「おい、俺の依頼では三体って書いてあるぞ?一応は用意した小瓶は六本だ。ギリギリじゃねーか。予備を考えて三体の用意だったが、コリャ逃げるのも視野に入れて置かねえと。」


 そんなカジウルの言葉を耳にしつつ俺は別の事を考えていた。こいつらの「構造」だ。


(日本では「魂」とか実体化した「残留思念」とか、まあ意味の分からん観測できないモノとして捉えられていたけど。でも、ここの世界は本当に「魔力」に人の「精神」が入ってできた物なんだなぁ)


 俺は魔力ソナーを放っている。すると微かにだが目の前の幽霊から魔力を感じるのだ。

 そしてその対象には歪んだ醜悪な人の顔が浮かんでいる。どうにも存在として「はっきりと」している。

「曖昧」で対処できないって言うモノでは無いらしい事が窺えた。


(魔力は「粒子」?で、それが集まっているからこいつらは一体を構成しているのに魔力で「群体」になってる?でもまあそう言った難しい事は考えないで「消滅」をイメージした魔力を当てれば消せるのかな?)


 こうして考えている間も隙無くカジウルは小屋の方を睨んでいる。

 いつ幽霊たちがこちらに一斉に向かってくるか分からない。その時はこちらも咄嗟に動けないと一方的に襲われるだけだ。

 でも俺が考え事をしていたのが、どうやらカジウルには危機感が足りていない様に見えていたらしい。

 でも俺としては別に幽霊たちから視線を外していた訳では無いので動きが有ればすぐに対処できる態勢は取っていたつもりだ。


「エンドウ、何をぼうっとしてやがんだよ。警戒しろ、警戒。」


 カジウルのその言葉が合図だったかのように幽霊たちが一斉に、しかしゆっくりとこちらに顔を向けた。


「クソ!来るぞエンドウ!あいつらに触られるなよ!」


 カジウルのその注意を聞きながら俺は思った。


(うーん?何だかこいつらに触られても大丈夫なような気がする?でもわざとその勘を確かめるのもどうだろうな?)


 危ない橋は渡らない。そもそも危険を孕んだ所に近寄るなと言う話だ。

 俺は自分の体温を一定に保つ魔法を自分の身体に常にかけ続けている状態だ。

 そこにこの幽霊たちの攻撃を受けたら?体温を奪うというその攻撃は俺には通用するのだろうか?


「そんな事を一々確かめていられない状況みたいだし、まあ、ここはさっさと殲滅するに限るな。」


 そんな呑気な事を考えている俺。その間にカジウルは小瓶を一本先ずカバンから取り出していた。

 急いでカジウルはその蓋を開けると、静かに近づいてくる一体目掛けてその中身をぶちまけた。

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