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世のため人のため?

「それ、俺が何か言える代物か?治療とか俺、専門じゃないんだが?」


 医療、医者、治療。そこら辺の類の知識は一般的な所くらいしかない俺の頭の中に期待をされてもどうにもできないと思える。

 そもそもこの世界の回復魔法?とやらをこの目にした事が無いので何とも言えない。

 細胞のイメージとか、もしくは再生医療やら、ポリープ切除などと言ったモノはテレビの健康番組で仕入れた知識くらいだ。

 魔力と言う不思議不可思議エネルギーが為せる魔法と言う現象がこの世界でどのように治療に使われているのか俺は知らない。

 もしかしたらこの魔法治療は俺の知る現代医療を遥かに凌駕する物である可能性もあるのだ。


 大怪我が何と驚き!魔法一つで簡単回復!などと言ったうたい文句などが有ろうものならこの世界の医療と言うのは凄まじい物となる。

 俺の出る幕は無い。だからここで俺はミッツに質問をした。


「なあ?回復魔法って、いったい何なんだ?」


 漠然とした質問だったのだが、コレに嫌な顔せずにミッツは説明をしてくれた。


「エンドウ様が知らないとは驚きですが。でも確かに専門的に講習を受けなければ知識として知らない事もあるかもしれないですね。魔力を糧にして「聖力」を神から借りて発動します。その力で怪我や病を癒すんです。」


 ここで複雑な話が。どうやらこの世界では「聖力」なるモノが存在すると言う。


「なあ?その聖力ってのじゃないと治せないのか?魔法で治す事はできない?」


「・・・え?」


 未だどうやらミッツの本日の治療は時間が決まっていてまだ始まらないらしく、患者はこの小部屋に来ていない。

 でも、俺のこの質問にミッツが固まって、しかも沈黙してしまった。

 俺はどうしてミッツがこうしてフリーズしてしまったのか分からない。

 患者がまだ来ない事でそこら辺の詳しい所、疑問などをミッツから教わって俺は今のうちに解消しておきたかったのだが、どうやら時間切れになってしまう。

 まだミッツがフリーズしているのにもかかわらず。

 おそらく今日の助手であろう純白の貫頭衣を着た女性が小部屋へと入って来て告げる。


「今日の治療の開始時刻です。患者を案内してきてもよろしいですか?・・・で、そちらの方はこのままそちらでミッツ様の治療の見学を?」


 コレにやっと気を取り直したのかミッツが少し身だしなみを整えつつ答える。


「ハイ、では最初の方をお連れしてきてください。この方は私の治療に何か不明点や疑問があった場合に指摘、助言を頂くために来ていただいています。」


「ミッツ様が頼る・・・それ程のお方なのですね。お名前をお伺いしておきたい所ですが、患者さんの方を優先する事にお許しを。」


 そう言って助手の人は俺との挨拶を後回しで患者の治療の方が先だと口に出す。

 俺はこれくらいで機嫌は悪くなったりしない。「構いませんよ」とだけ言う。むしろ心の中では「プロ」意識の高さをちょっとだけ尊敬していたりする。

 部屋を後にした助手が患者を連れて戻って来るまでの短い間で俺はミッツへとニヤニヤしながらからかいの言葉を投げる。


「ミッツ様ね。どうやらコッチではかなり尊敬されてるな。よ!ミッツ様!」


 コレに顔を真っ赤にしてミッツは「揶揄わないでください・・・」と鋭い視線をこちらに向けた。でもその視線も恥ずかしがっている顔で怖くない。

 こうして一連のやり取りを終えた時に丁度一人目の患者が部屋へと入って来た。

 ソレは大分腰の曲がった老人だった。


「おおお、治療師様。ご無沙汰しておりましたな。ここ最近はこちらにお見えになられず、わしの腰もこうしてこんなにも曲がってしまいましたわい。」


 そう言って老人は笑う。どうやらかなり以前からミッツはここにきて治療行為を続けていたようだ。それも不定期みたいではあるが。

 そして腰がこんなに曲がっちゃったと言うのは冗談らしい。


「この方は以前からこれくらい腰は曲がっていたんですよ。治療ではその痛みを和らげる方向で治療をしていたんです。」


 俺へとミッツからこの患者への今までの対応を説明された。

 要するにこれはミッツから俺に「何か気付いたり、他に何かいい方法はありますか?」と聞いているのだ。


「ちょっといいかい爺さん。ここにうつ伏せで寝れるかい?」


 俺はこの小部屋に設置してある簡易ベッドに爺さんを誘導する。


「おや?見ない顔だね?というか、見ない服装でもあるな?もしかしてあんたは治療師様の弟子かね?ほっほっほ!こいつはいい。こうして治療師が増えてくれればここいらの住人はおおいに助かる。」


 この言葉を無視して俺はうつ伏せで寝た爺さんの腰へと手を添える。

 そして極々薄い魔力を爺さんの体内へと浸透させた。俺に何ができるか分からない。しかし、やってみない事には分からない。

 イメージはCTスキャンやらレントゲンやら、そんな感じだ。もしくは3Dスキャンである。

 でも、専門知識の無い俺。それを見てもどこが悪くなっているのか分からなければ意味が無い。

 だから俺は自分の身体と「比べてみる」事にする。そう言った「健康」と比べれば何か違いが見えれば俺でも「理解」ができるかもしれないと。

 こういった事は最初にやっておかないと、途中で思い付いたとしても「最初からやっておけばよかった」と言った感想が出てくるのが常である。

 ならば一番最初のこの爺さんで試してみるのが一番だ。人体実験とも言う。

 でも俺はこの爺さんに何の思い入れも無いので冷徹な態度で向かい合える。


 そんな爺さんの「身体の具合」が俺の脳内へと反映される。それを処理するのは魔力で機能している脳内スーパーコンピューターだ。

 意識をソレに向けるとドンドンと俺の「知識」で当てはまる事案が次々に脳内に羅列されていく。


「骨粗しょう症に近い。それと筋肉の衰えは老化現象として順当か。それと内臓もちょっと機能低下がみられるな。骨はまだ持つが、もうちょっとで神経を圧迫し始めちまうなコレは。」


 俺は以前、健康のTV番組やらをよく見ていた時期がある。

 ソレは歳になって自分の身体の不調を感じたからだ。日常で簡単にできる健康習慣とやらを実践するのに情報を得ようとしてだ。

 で、そんな番組では要するに、詳しい「病理」の特集なども、手術やら特殊な案件などの特集もあったりとかしてそれらを見ている。


「爺さん、普段からの食事に骨を丈夫にする食材を入れるといい。それに腰の方、これは爺さん、老齢だから当然体が衰えているのは仕方がないが。腰の肉を鍛える事に因って改善はするぞ?あと、酒、飲み過ぎだな。飲むなと言わんが、大分抑えた方がいい。早死にしたいなら思う存分飲めばいいだろう。」


 コレに爺さんもミッツも驚きで目が見開いている。

 俺は医者の真似事をしたに過ぎない。だがこれにはミッツは大分「常識」が打ち壊されたようで本人の中の何かが音を立てて崩れたようだ。

 で、爺さんは爺さんでただ腰の痛みを和らげてくれる事だけを求めていたらしく、この俺からのアドバイスを「ウーム」と大分深く受け止めたようだ。


「爺さん。今日から二、三日くらいは痛みが出ない様に俺が処置をしておくから、その間に俺の言った事が実行できるように準備期間にしてくれ。」


 俺は爺さんの中に広げた魔力を腰の骨と筋肉へと集約させる。もちろんイメージは「医療コルセット」だ。

 腰の負担が軽減するようにしたバネ入りのやつで、かなりしっかりとしたものを。

 コレに爺さんが腰に違和感を覚えたようで「おお?おおおおお!?」と驚きを隠せない声をちょっと大きめに上げた。

 そしてその違和感が無くなったらしくすぐにベッドから立ち上がると叫ぶ。


「こ!こ!腰が!?腰が軽ぅぅぅぅ~い!何じゃコリャァァァァあ!」


 その声はどうやら廊下にまで響いたようで助手が何事かと思ったのか、部屋を覗いて来た。

 で、多分この爺さんは常連だったのだろう。その本来だったら腰を振る何て事はできなかった患者が「うっほほお~い!」と上機嫌になって踊る姿を見て唖然とした表情をしている。


「い、医療改革・・・まさかこんな・・・」


 ミッツがどうやら自分の今までやって来た事は何だったのか?と言った「穴」に落ち込んでしまったようだ。

 でもそれも長く引きずるような事にはならなかった。どうやらミッツは精神がタフである様子。


「エンドウ様!ぜひ!ぜひ先程の治療行為はどのようにしたのか教えてください!」


「お前さんワシの腰をこんなにしてくれるなんてどうしてくれるんじゃ!?生い先長くないだろうと思っておったのに、これじゃあもっと長生きしてしまうじゃないか!ありがとう!ありがとう!わっはっはっは!」


 爺さんはどうも冗談を入れて喋るのが癖のようだ。喜びつつも俺の手を取りそう礼を言ってくる。

 別にコレに俺は悪い気がしない。そしてその手を俺は「はいはい」と言い素直に握られる事にした。


 その爺さんが「よっしゃ!言われた通りにして見るか!」と口にして部屋を出て行く。


「エンドウ様、今日の患者を全部こうして診るおつもりなのですか?」


 ミッツからそう質問をされた。どうせならして見てもいい。もしこの先で冒険者稼業をしていて怪我などを負った場合の事も考えて、この世界の医療行為というモノに慣れていた方が良い。

 もし怪我を仲間が負ったらすぐに助けられるように、経験はしておくのが良い。


「そうだな、ミッツが今までどんな風にしていたかは知らんが、今日は俺のやり方でやってみるか?」


 コレにミッツが「ぜひ!」と行って目を輝かせる。

 そうしていると二人目の患者が部屋へと連れてこられた。

 次々に患者を診ていく俺。その一回の診察も早い。


「疲労による免疫不全。今日一日安静にしていれば回復するだろう。」

「胃腸が弱っているな。心に負担が出ている?なら、その元から離れてしまえ。そうすればすぐに良くなる。」

「栄養が足りてない。滋養に良い食べ物を。それと消化がしやすいように調理して食べる事を。」

「眠れない?お前昼寝のし過ぎだな。夜遅くまで酒なんて飲んで騒いでいるんだろ?馬鹿を言ってるんじゃねえよ。」

「体力が落ちて来た?そりゃオッサン年齢考えろよ。鍛えていないで昔の若い頃のままが続くわけねぇよ。オッサンの身体は健康そのものだぞ?」


 こうしてどんどんと取るに足らない診察と、それの改善アドバイスが続く。

 しかしそこへ病状が深刻な患者が現れた。その人によれば頭痛が最近酷いらしい。うら若き女性であった。


「・・・あ、これはマズイな・・・脳内に瘤ができてやがる・・・。不味いぞ?」


 ソレは動脈瘤、突然死のそれだった。コレに俺はつい深刻な顔になってしまった。

 その俺の顔を見てミッツが聞いてきた。


「この患者さんは治らないんですか?」


 今までの俺の診察をずっと横で見続けていたミッツがそう言葉にしてしまい、患者が不安に駆られた表情になってしまう。

 でも、当然俺はその時のTV番組を見ている。そして処置としてどの様な手術をしているかの解説も。

 で、この世界は魔力が中心で成り立っている世界だ。その魔力で為す魔法と言うモノが現代医療などを遥かに超える柔軟性を持っていて、かつ強力である事を知っている。


(まずはこれ以上瘤が膨らまない様に周囲を押さえる。で、薄くなってしまった血管の太さを修復・・・と、もしかしたら脳内血流も異常な量が流れてこういった状態になったかもしれないからそれも整えて・・・)


 外科手術、そんな事をしなくとも魔力は患者の中に浸透し、そして俺のイメージに合わせて治療が為されていく。

 患者に何の負担も与えずに「脳」の治療が行えてしまう。これはどう考えてももの凄い事だ。


 しかし傍から見ると何をしているのかさっぱり分からないのだから「一体何が?」と言った顔を患者がするのも無理はない。

 そして俺がやっている事が何かは分からないまでも真剣な眼差しを向けてくるのはミッツだ。


 今の所俺がどの様にして患者に診察結果を出したのかの方法をまだ説明していない。

 説明をミッツにするだけの時間ができない位に患者は数多い。だから患者の治療診断が全部終わったらレクチャーするつもりでいたのだ。

 で、この女性患者の治療も終わる。コレで一人のうら若き女性の死を回避した。

 早死にはあまりにも可哀そうである。しかもまだこんなに若い女性がだ。

 それを助けられた事に俺は安堵する。でも、助けられた女性は自分が別に何も変わっていない事に逆に不安を覚えてしまったようだ。

 患者はどんな治療を受けたのかさえ分かっていない。俺が極薄い魔力を体内へと送った事も、その魔力を使い病の原因を完全に治療した事も、体感できていないのだ。


「もう貴方は大丈夫です。治療しておきました。で、頭痛はどうですか?一応今日の所は安静にして様子を見てください。もしまだ頭痛が続くようなら経過観察をしますのでまたこちらにいらしてください。」


 俺はミッツにこの患者がもう一度ここに来たら俺に連絡をくれと言っておく。

 患者はと言えば「あんなに激しかった頭痛が・・・無い?」と自分を長い間苦しめていた頭痛がいつの間にか無くなっている事に驚愕を隠せないでいる。


 こうして全ての患者が居なくなった、治療は終わりだな、と思った所でまだ最後に一人残っていると言う言葉を受ける。


「まだ最後に一人、深刻な病状の患者が居るんです。エンドウ様、その子も見てあげてくださいませんか?」


 ミッツにそう言われて俺は一つ頷く。今日は全部の患者を俺が見ると言った手前、最後に残ったその患者を診ない事はあり得ない。


 こうして最後に残った患者はどうやら別室のベッドに寝かせてあるらしい。

 で、それを見た俺はその患者の酷い病状に言葉が無い。

 子供だ。男の子。しかも大分やせ細っていて骨と皮だけ。生きている事が信じられない位の。

 そんな患者の男の子が今日は気分が大分良いと言って起き上がって笑顔をこちらに見せているのがもの凄く痛々しい。


「寝ていないと駄目だよカール君。気分が良くたってその身体では起き上がるのにも体力を使うでしょ。安静にしていて。」


 ミッツがそう言ってその子を諫める。その子の両親なのか、ベッドの脇にはこの子の親と見られる男女が居た。


「先生、今日は・・・お願いします・・・」

「息子ももう長くない。覚悟をしております。」


 母親は何とか息子の延命を願い、父親は死を覚悟している。

 どちらも気丈に哀しみを抑え込んで普段通りと言った感じで頭を下げているが、どうしても苦悶の表情は滲み出る。


 俺はソレを見つつも患者の子供に近寄る。それに両親が「この方は?」とミッツに訊ねているがミッツは「安心してください」と告げるばかりだ。

 両親は俺の事を知りはしない。だがどうやらミッツには世話になっているらしく、その恩人の言葉である事で俺が患者に近寄る事を了承した。


 何処の誰だか知らない、そんな人物を確かにこんなもう命の灯が吹けば消える様な状態の息子に近づけたくはないだろう。

 だけれどもソレをグッと堪えて俺を注視している。どうやら俺が変な事をしようとしていないかを監視するつもりでそうしているようだ。

 仕方が無いだろう。親の心だ。息子に自分たちが信用していない人物を近づけたくない。

 ましてやこんな深刻な病状の息子へのストレスになるならば一ミリでもそんな輩は近づけさせたくないだろう。

 でもミッツが安心しろと言った手前ソレを我慢しているのだ。


 そして俺はそんな深刻な今にも死んでしまいそうなその子の額に触れる。そこから魔力を流し込んだ。


(何だこれは・・・ああ、全身に癌が転移しまくっているのか・・・コレで良く生きていられたな。苦しかっただろうに)


 俺はこの子供の全身に広がる癌に魔力を込める。彼の身体の中の数は少ないながらに残っている正常な免疫細胞が、がん細胞「だけ」を攻撃して食べつくすイメージを。


 その治療はかなり長くかかってしまった。それこそ全身である。そしてこの子の衰弱具合で慎重にならざるを得なかったと言うのが正しいが。


 ふくらはぎに一つ、太腿に一つ、腰部に一つ、腸に二つ、肝臓に一つ、肺にもごく小さいながらも一つ、すい臓にも、喉にも。

 コレでよく今までこんな子供が生きていられたと思うと、それはどれだけ壮絶だったかと思いを馳せる。


(確かミッツが最初に言ったな?魔力を消費して神から癒しの力「聖力」を受けて患者を「癒す」だったか?)


 その治療イメージがこの子供をここまで生き永らえさせたと言う事なのだろう。

 だが、「癒す」と言った具体的では無いものが、この子供の患者の「癌」を直接に治す事ができなかったと考えていい。

 神の「聖力」だと言っても具体的な治療をイメージしなければその力も漠然としたものでしかないと言う事のようだ。

 ならば俺のしている魔力による治療はどうだろうか?そもそも魔力を贄にして一々その神の力などを引き出さなくとも治療はできている。

 ならばそれは人を癒すイメージを引き出すために「神」などと言うモノを引き合いに出しているだけに過ぎない。

 こうして俺がその「聖力」などと言うモノを使わずに魔力だけで治療を行っている事がその証拠だ。


 教会等と言ったモノが既得権益を守るためにしている事なのが明白に。


(あちゃー・・・やっちまうなコリャ。ミッツにコレ、教えていいモノかどうか・・・)


 気付いてしまったのは仕方がないが、これをミッツに享受していいモノかどうか。

 しかし、ミッツはもう俺のこの治療を見てしまっている。おそらく俺が「聖力」なんてモノを使っていない事をミッツは分かってしまっているだろう。

 そして俺が魔力だけで患者の治療をしている事も、もう見抜いてしまっているはずだ。

 ミッツが真剣な目で俺の治療行為を見ている事が、それを裏付けている。


 子供の癌は非常に増殖が速い。何せ成長期の細胞の増え方と言ったら驚きの速さだ。

 だからこの子供はここまで全身に癌が回ってしまったのだろうと考えられる。癌細胞ができてすぐにソレが全身へと血流にのって回ってしまったのだ。

 そしてここまで生き永らえたのはきっと治療師による延命治療と言う「癒し」である事はもう明白だ。


 そして俺がこうして全身の癌を一気に治療すれば、その後は一気に元気を取り戻す事だろう。

 何せ成長期、回復力も抜群だ。栄養のある物を食べさせればすぐにリハビリもできる事だろう。

 両親の来ている服は上等なものに見える。それこそお貴族様のお忍び衣装と言えばいいのか。

 その着ている服の生地は高い物の様に見えるし、しかし、世間様の中に紛れても違和感が出ない位に地味にまとまっている。

 ならばこの子がすぐに元気になれるように栄養の高い食物を与える事は容易だろうから、後は治療直後の体調に気を付ければいい。

 身体が軽くなった、その喜びで無茶をさせないように監視するのも親の仕事となるだろう。


 二十分が経過した。その間ずっとこの部屋に会話は無い。ミッツも、この子供の両親も、じっと俺たちを見つめて何も言わないでいたのだ。


(気まずい、けど、治療は続けなくちゃいけない。まあ、俺がこうして余計な事を考えていても魔力は流し続けているし、最初にイメージした通りの効果を出し続けているから何ら問題は無いんだけども)


 人体と言うのは本当に小さい細胞の塊が寄り集まっている訳で、全身に有る癌を全部潰すのに時間がかかるのも仕方が無い。

 そんな極小のモノなのだからそれをジワジワ小さく消滅させるのに一気になせるはずが無い。その癌を潰すのもまた極小の細胞な訳だから時間はかかると言うモノだ。


 俺は自分ががしている魔力に手応えが無くなるまで魔力を流し続けた。

 自分がイメージする治療にに魔力が使われている訳だから、ソレに使われる「消費」というモノをこの手で感じ取っている。

 この子供の中の免疫細胞を操っていると言っても良い訳だ今の現状を。そしてその目標の癌細胞が無くなるまではその操作は続くわけで、その「手応え」「違和」が無くなった時がこの患者の治療完了の合図である。


「終わりました。後は安静にしつつも消化の良い栄養価の高い食事を少しづつさせてください。少量ずつ、この子の身体の負担にならない様に。いきなり固形物を与えてもお腹に負担をかけて余計な体力を使わせてしまいますから。そこら辺を慎重に。」


 俺が手を放してそう言って見ても両親には全く息子の状態が良くなっているとは見えない。

 見た目は何も劇的に変わっていないからだ。変わったのは内部であるからしてソレは仕方が無い。

 俺のこの言葉にどう反応していいか困惑しているのだ。治療が終わった、しかしどう見ても何の変化も見られない。だからどうしていいかも分からない。


 だけれどもここでミッツが告げる。


「もうこの子は大丈夫です。私も一応「聖力」で癒しを施しておきます。」


 そう言ってミッツが近づいて俺と同じように手のひらを患者の額に当てる。

 そうすると手の平から小さい光が出たのだが、それだけ。たぶんこれはミッツがいつもしている「仕事」であると見える。


 コレに少々の安堵を見せた両親は「ありがとうございました」と頭を下げて俺たちが部屋を出て行くのを見送る。

 この両親が心の底から俺たちに感謝の念を持つのはこの患者の子供が元気いっぱいに外を走り回れるようになってからだろう。

 その時に礼を述べるべき恩人が近くに居ない事をどれだけ残念がるだろうか?

 死ぬと思っていた愛すべき我が子が命を救われた。どれだけ礼の言葉を述べても足りない、と。


「エンドウ様。宿へ戻りましょうか。そしたらお食事を一緒に。その後は説明をお願いしてもよろしいでしょうか。」


 どうにもミッツが深刻な表情で俺の顔を見る。多分この調子だと自分のしてきた今までの治療行為がどれだけ無力だったのかを噛み締めている。

 そして「聖力」とはどういったものだったのかの推測がミッツの中ではもうできているのだろう。

 ミッツは普段はぽわぽわ系だ。しかし、その腹は心胆強く、そして少々黒い。そして頭の回転が遅い訳でも無い。

 自分が今まで信じて来たものがこうも衝撃的に崩れた事を呑み込んではいるが、それでも吐き出したい気持ちもまた同時に持っているようだ。


 俺へと詰め寄る事をグッと堪えている様子が俺にも分かってしまうくらいに、ミッツは「我慢」をしている。

 問いただしたい事や、言いたい事、聞きたい事、吐き出してしまいたい事が喉から出そうになっている事だろう。

 それらを大人の精神で抑え込んでいるミッツはとても強い。


「ああ、俺の教えられる事ならいくらでも。じゃあ、ちょっと早いが宿に付いたら飯を食おう。」


 宿へと戻れば飯を食うには多少早い時間。でも別に客はいない訳では無い。

 宿の食堂、そこであちこち歩き回って対応をしている女将さんに追加料金を支払って食事を容易してもらう。

 その食事をミッツとテーブルを挟み同時に摂る。


「うん、ウマイ。あー、治療に集中していてこんなにも腹が減ってた事に気付かなかったな。」


 どうやら人を「治す」という行為に俺はかなり緊張していたようだ。

 それもそうだろう。俺は医者じゃない。こんな事をしたのは初めてだし、あのような重症患者を立て続けに二名も治療していて、命の「重さ」を実感し、それをこの手で救ったのだからその重責に我を忘れると言うモノだ。要するに無意識に必死になっていたのである。


「エンドウ様も緊張をなさるのですね。治療中のエンドウ様はそんな素振りは少しも見えませんでしたよ?」


 一緒に食事を摂るミッツが俺の言葉にそう感想を述べる。


「俺は最初に言っただろ?治療とか専門外なんだけど、って。」


「ふふふ、そうでしたね。でも、堂々となさっていて本当にそうなのかどうか疑いましたよ?」


 笑うミッツ。俺は、俺の知る「医者」の真似事をしていただけだ。

 治療を受けた人々には申し訳ないが、俺からすれば「お医者さんごっこ」だったと言っていい。

 最初の一人目の爺さんと、最後の二人以外は。

 だからここでそれを吐き出す。


「俺が本当にやってよかったのか、ちょっと申し訳ない気持ちになるよ。ド素人が偉そうにあんな事言ってさ。」


「でも、助かった人たちに言わせればエンドウ様は命の恩人でしょう?ならばソレに嘘も素人も何もありません。事実だけが真実です。」


「いっその事、偽善者だと罵られた方が吹っ切れそうなんだけどな俺的には。」


「エンドウ様は偽善者なんかじゃありませんよ。それを私はしっかりとこの目に焼き付けています。」


 ミッツは俺が偽善者などでは無く「賢者様」だと言っている。

 この言葉に俺はどういった顔になればいいのか分からず変顔になってしまった。

 これを見てミッツは控えめに「ふふふふ」と笑って食事を続けるのだった。

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