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勇気ある一歩を

 服を大量に購入してから俺はとある場所に寄ってからここに戻って来た。


 さて、ボロボロの恰好のままで居る集団を着替えさせるつもりでいるけれども、この数である。


「はい、皆さん。これから貴方たちには着替えて貰います。だけれども、汚いままだったら着替えた服が直ぐに汚れちゃうんでね。その前に全員風呂に入って綺麗な身体になって貰います。」


 俺がここに戻って来た後は集めた人たちへと外に出て来る様にと声を掛けていた。

 もちろん魔法で全員の耳に一斉に、しっかりと言葉を伝えて聞き漏らしが無い様にである。


 ただし、まだ体力が戻らずに寝たままで居る者には無理をするなとはちゃんと告げてもいる。


 そうして動ける者たち全員がこの声掛けに抵抗する様子も無くすんなりと集まって来たのはちょっとホラーだ。


 その際に人数を一応は確認したが、一人も減っていなかったのはちょっと驚いた。


 とは言え、こんな場所に無理やり連れて来られてまだ落ち着く事なんて出来ずに混乱している所だろう。

 そんな状態で出て行く勇気もアテも無いのだろうから当然の事ではあるのだろうけども。


 誰かしらカリスマなどを持ち合わせていた者とか居たりして、扇動してある程度は居なくなるかもと考えていたのだが、ソレは無かったらしい。


 そんな思考をしつつも俺は風呂を作り出す。大浴場だ。男女別にしてある。


 脱衣所、洗い場、湯舟、その全ては古き良き時代の銭湯をイメージして瞬時に俺が造った。


 地面からニョキニョキと生えて来る大きな建物に彼らはさぞ驚いた事だろう。


 そしてここで俺もポーカーフェイスで居たけれども、別の意味で驚いている。

 けれどもソレを俺は表に出さずに説明し始めた。


「はーい、女性はそっち、男性は向こうね。それぞれ分かれて入って。俺の言う事が聞けない人はさっさと出て行って良いよここから。その際には俺に言ってくれりゃ少量のお金くらいは恵んであげるから。はいはい、それじゃあ動いて動いて。」


 俺はここに戻って来てからは魔力で彼らを操っていない。


 なのでこの場に居る者たちは目の前にいきなり出来た建物の中に入ろうとせずに怯え、驚き、オロオロとしてばかりで話が先へと進まない。


 だけども俺はここで篩に掛けるつもりで誰も操る気が無い。

 ここで誰かしらを「サクラ」にして切っ掛けを作ってやれば恐らくはゾロゾロと不安を抱えながらも全員がこの「銭湯」に入って行くだろう。


 俺はソレをしない。俺の事をこの時点で信用していないと言うのであればソレはソレだ。

 それ以上に救いの手を差し伸べる気は無い。


 例え切っ掛けが俺の「人攫い」であったとしても、これまでの現状を脱したいと強く願う者たちをこそ、俺は欲しいからだ。


 このまま俺が何もかもを世話してしまうと今後に響くと思ったのだ。

 彼らには自主的に動いて貰いたいのである。

 ここで俺がまた魔力で操ってしまうと「諦め」を抱えさせてしまうと感じたから。


 そうなるとこの後に何が起きても積極的に動いてくれなくなる可能性が高くなる。

 そうしたらまた俺が操って「諦め」られてしまうと悪循環に陥る事となる。

 そうした悪い流れにはしたく無かった。


 とは言え、動かない者たちを見捨てると言った選択肢は無い。最低限のフォローはするし、職業訓練校の生徒にしていく心算であるのでそのまま放置すると言う事もする気は無い。


 けれども今は欲しい人材を選別する為に何もしない。


 と言うか、選別と言うよりも発破をかけると言うか、何と言うか。

 誰も助けてはくれない、そう言った事を彼らにはしっかりと心に刻んで貰いたい。

 勇気ある一歩と言うモノは必ず自分の中から絞り出さねばその効果が無いからだ。


 人から与えられたそんな物はその場限りになり易い。

 まだまだこれからが彼らには待っている。ここで立ち止まらないでガンガンと進んで貰いたいのだが。


 こうして暫くの間が開いてからそんな中で一人の女性が子供を連れて「銭湯」の中へと入って行った。勇者である。

 誰もが誰も一歩を踏み出さない中で、その女性だけが意を決した表情で脱衣所へと入って行ったのだ。


「はいはい、聞こえる?中にある籠の中にこれまで着ていた服を入れて、その横に置いてあった布を手に風呂場に行ってね。使い方は壁に書いてあるから、その通りに従って体を洗って風呂に浸かって。充分に温まったら壁に書いてある指示にまた従って出て来てね。」


 俺は覗きなどしない。声だけをその中へと入った女性、それと子供に伝える。

 その子供は女の子で痩せ細っていて今にも倒れ死んでしまいそうな印象だ。


 けれどもまだ足腰はしっかりとしていて体力の方は残っている様子だったので俺は止めなかった。


 風呂の壁には分かり易い様にイラスト付きで説明文を付けておいたので恐らくは子供でも大体の事が分かるだろうし、大丈夫だと思うが。

 まあ中で滑って転んで怪我などしなければ問題は無い。


 取り合えず石鹸とシャンプーは中に完備されている。洗った際にその泡が目にでも入って痛い痛いと大騒ぎにならない事を祈るばかりか。


 と言うか、何でこんなにも魔法は便利なのだろうか?俺のイメージしたままにインスタントで作ったのにも関わらず、この「銭湯」にはしっかりとタオルに石鹸、シャンプーまで付いているのだ。おかしい、明らかに、完全におかしいのである。


 コレを理不尽、ズルと言わずして何を言うのか?不条理極まる。

 訳が分から無さ過ぎる。魔力には制限と言ったモノが無いのだろうか?


 まあガスボンベを生成してガスコンロを使用しているくらいだ。こうなってしまっているのだから今更なのだろう。


 それでもこの俺の使う「魔法」はドンドンとその、なんだろうか?最近は理屈も原理も何もかもがぶっ飛んできた様な気がする。

 この「銭湯」もそうだ。イメージして地面に魔力を流し、建物だけ、風呂場だけ出そうと考えて行使したはずなのに、中の内装も、石鹸シャンプーも一緒に構成されて出現して来た。


 これには冷静でいる様でいて、俺は内心ではかなりビックリしている。

 だけども今はそこを気にする時じゃ無い。


「さて、後に続く者は居ないのか?そうか、かの親子を捨て石の如くに見てるのか。残念だ。」


 さて、最初の親子が入って行って三十分以上が経過しているが、出て来ない。


 これには中へと入らずにいる残った者たちが少しづつ怪訝な表情に変わって行っているが、そんな事は俺は無視だ。


(何せ出口は別に用意してあるからな。そっちから親子はもう出て行ってるよ)


 そしてその出口の先には食事を用意してあるのだ。

 そちらで既に親子は涙を流しながら美味しいと口にして食事を摂っている。


 これは魔改造村から譲って貰ってきた食材でパパッと作った物だ。

 こちらも魔法で一瞬にして準備した物である。本当に魔法と言う力は神の如くだ。


 俺が最初から一々調理して作っていたら時間が無いし、手も足り無かったのだ。


 そこで発想をぶっ飛ばしてみた。

 魔法でイメージを固めてソレを食材に流し込んだらあら不思議、と言うか、ホラー。

 そのイメージ通りに調理が完了、料理の出来上がりなのである。

 コレをホラーと言わずして何がホラーなのか?と言った具合だった。


(まあ自分が神様になっただなんて、そんな風には思わないけどな)


 そんなのは質の悪い冗談にも程がある。

 そもそも俺のイメージする神様だったら、俺の様にあくせくとあっちに行ったり、こっちに行ったりとフラフラしたりはしないだろう。

 そしてアレもコレもと手を出して「てんやわんや」になどなったりしない。


 それこそ、その場から一歩も動く事無く、全てを片づけてしまえる、そんなイメージが俺の中の「神様」と言うやつだ。


 さて、そんな事を考えている間もずっと時間は過ぎる。

 その間に俺へと話しかけて来る者が一人も居ない。


 誰かしら強気な者が一人くらい居て、俺に突っかかって来ると、文句を言ってくると、そんな風に考えていたのだが。


(誰も来ないな?顔見知り同士が、ソレも数は少ない様だけど、ヒソヒソと話し合ってるばっかりか。誰も二人目の勇者になる気が無さそうだ)


 俺の用意したコンクリ製の家に戻ろうとする者すらいない。

 きっとこの場から勝手に居なくなる事すらも怖いのだろう。

 この場から自分の意思で動こうとする者が居なかった。


 だが俺の方からは何も言わない。俺もこの場に残り続けている。

 椅子とテーブルを用意して茶と菓子を口にして寛いでいたりもしている。


 コレを見て何かしら思う所があるのだろうけども、誰も俺へと文句などを付けて来る者は現れない。


 無為な時間だけが過ぎていった。


 そんな間に食事を終えた先程の親子は既にもう宛がわれた家へと戻っている。

 今日はきっとこの後でグッスリと睡眠を取る事だろう。

 身体も洗ってスッキリ、新しい服に着替えて腹も満ちて心の充足もとなれば、後に足りないのは睡眠くらいだ。

 ゆっくりと眠って良い夢を見て欲しいと思うばかりである。


「さて、誰も入らないのか?風呂に入って身綺麗になった後は飯食って寝るだけだぞ?只それだけの事に何を怖がってるんだ?」


 このまま時間が無駄に過ぎれば夜になってしまう。

 流石に好い加減に主張をして欲しくなってきた俺はそんな言葉を掛けてみたけれど。


「・・・怖いのはアンタさ。何の目的でこんな真似するんだ?一体俺たちをどうするつもりだって言うんだ。それが分からなけりゃ何もできやしねえ。」


 そんな言葉をここで一人の男が俺に向けて突き付けて来た。


 ようやっと会話が出来そうだったので相手にしっかりとコレに俺は答えてやる。


「俺が何を喋ろうがこの時点じゃ嘘かホントか判別でき無いじゃんあんたらは。ならさっさと俺の言う事を聞いてその先にあるモノを確認しようと動くべきなんじゃ無いのか?俺がここに連れて来る前の生活、ソレを続けていた場合のその先の将来、それよりも怖いものなんてアンタらにあったのか?」


 お先真っ暗、彼らはそんな状態で居続けていたはず。


「ここで勇気を出せない奴は何処に行っても変われないし、コレだけいきなり現状が変わったのにそこから一歩を踏み出せないのなら元居た場所に戻してやるよ。ソレで良いんだろ?その後はもう二度と関わらないと誓おう。さあどうする?ここへと連れ去られる前の状態から、いずれは自分の力でマトモな環境に這い上がれたって自信のある奴は前に出て来てくれ。元の場所に戻してやる。俺の手を借りずに自身の力で頑張ってくれたまえよ。」


 そんな事を言ったら場が静まり返ってしまった。

 だから続きを言ってやる。


「他者の力を借りなければ生きていく事すら困難だった者たちも中に居ただろう?その人たちを俺は救っているんだが?その事実すら認められないのか?もしくはこうして良くしてくれているのは後々で利用する為だと、そう疑っている奴等ばっかなのかね?まあ確かに利用って言う程の事では無いけど、やって貰いたい事はあるよ。」


 俺はそうやって煽るのだが、誰もまだ動こうともしない。

 なので厳しい言葉を飛ばす。


「この後に散々利用される様になるとしてもだ。ソレの何処が嫌なんだ?あんたらは以前の状態に戻る事すらも拒否するのだろ?以前の環境よりも今の方がよっぽどマシなのに、俺の言う事聞けないって、そんな我儘、通用すると思う?こんな言い方はより一層にアンタらの警戒心を上げちゃうだろうけど、俺はさ、今、あんたら全員を脅してんだよ。選べないんだったらここでずっと立ったままで飢えて倒れて死ぬ。それで良いのであれば、ここに連れて来られる前と同じじゃ無いのか?変わる気が無いのならばここに居ても、街に戻されても同じだろ?だったら俺はもう何も言わん。自らが決めた事に従ってくれ。今はもうこれ以上俺は何も言わないから。」


 この言葉に数名が顔を顰めて拳を握る。どうやらしっかりと深刻に俺の言葉を受け止めたらしい。


 ここでオドオドと一人の気弱そうな男が確認と要求をして来た。


「な、なあ?お、俺たちの身体を勝手に動かして、こ、ここに連れて来たのはアンタ、アンタの力なんだよな?ど、どうすればそんな事が出来るのか知らんけど。だ、だったら、ソレを、また、やってくれないか?や、やれるんだよな?何で、何でソレを今やっちゃくれないんだ?そうしたらアンタの、お、思い通りに俺たちを動かしたい放題じゃねーのか?」


 この質問に俺は答える。見当違いも甚だしいと。


「アンタは自分の意思で体を一切動かせない人形になりたいって事か?だったら生きていなくても良いんだよな。・・・あんたは死にたいって事で良いのか?俺は奴隷が欲しい訳でも、そんな一々俺が操作しないと動かない人形が欲しい訳でも無いんだよ。アンタは今、自由意志を放棄する、そう言ったんだ。理解できているか?自らが操られて、何をさせられようが、どんな嫌な目に遭わされようと、納得する、そう言ったも同然なんだが?俺がそうしてアンタを操ったとしよう。それで、その時に「嫌だ」とアンタ自身が思い、抵抗をして、それで、俺の支配から逃れる術があるのか?そんな力をアンタは持っているのか?」


 この答えにキョトンとした顔になっているその男に向けて具体例を挙げてやった。


「アンタの親しい者を、アンタの手で殺させる。そんな事もできてしまうが?まあそれは只の例えだけどさ。で、その結果をどう受け止めるつもりなんだアンタは?ソレを何らの感情も発露せずに受け入れられるのか?まあそんな事をさせる気はサラサラ俺には無いけどもね。何の得も無いのにそんなクソみたいな真似させる訳無いんだよな。」


 自分の意思で動いている訳でも無い。けれども自分の手で親しい人を殺してしまう。

 そんなの発狂するに決まっている。精神が死ぬ。


 その説明でやっと中身が理解できたのかがくがくと震え始めたその男は怯えた表情に変わった。

 ここに連れて来られた時の事を思い出して今更に恐怖を感じたんだろう。


「誰か銭湯に入る際にはその人を一緒に連れて行ってやってくれ。多分だけど、一人じゃ中に入る事はできなさそうだから。無理やりにでも引っ張って行って中に入れてくれ。何時までもそこで動けずに俺の顔見てビビられ続けるのもウンザリだから。」


 ここに来てようやっと動く者が現れた。先程に俺へと「何をする気だ?」と突っ込みを入れて来た男である。


 そいつは怯え震える男の腕を取って引っ張り、無理やり引きずって銭湯の中へと入って行く。

 何も言葉を発さず、しかしその表情は険しく。


 引きずられて行く男は僅かに抵抗しようと引かれた腕を外そうと試みていたが、ソレも虚しく完全に入り口から中へと引きずり込まれた。


 その後は一人、また一人とぽつぽつと中へと入って行く者が現れると少しずつ集団は動き始める。


 この場には男性八割、女性二割と言った具合の比率であるが、それらは全員がやっと「銭湯」に入って行ってくれた。


「時間掛かったなぁ。まあ、しょうがねえか。さて、後に残ってるのはまだ寝たままで体力が戻らずに動けないで居る人たちだけか。」


 老人が二名、子供が三名、それぞれバラバラ。

 子供、老人どちらも一人ずつ、もう少しで餓死しそうと言った状態であったのでまだまだ暫くはそちらは動ける様になるまでに時間が掛かるだろう。


 その人達の所に俺は足を運ぶ。食事を摂らせる為だ。

 とは言っても固形物は直ぐに食せないだろうし、胃が収縮していて食べた物を吐き出してしまう可能性があるのでスープを飲ませる程度だが。


 そのスープも調味料バッチリで塩気のきいたクタクタに煮込んだ柔らか具材のたっぷりスープを用意である。


 病人には無理をさせて風呂に入らせる気は無い。まだもう少し元気を取り戻してからである。


 俺が魔法で操って入らせると言った事も当然できるが、そこまでの世話をする気は無い。


 ゆっくりと自然に回復をして貰い、自分の足で風呂に入って貰う。


 そうやってスープを配り終えてその全員がしっかりとソレを食べ終えた事を確認後は今日のやる事は終了だ。


「また明日にでも王子様に許可を貰いに行かないとなぁ。すまんな、また突然お邪魔するのは心苦しいが。」


 俺は暗くなった夜空に独り言を呟いた。

 今日に王子様の所で不正を見つけると言う仕事をしたばかりなのにコレである。


 思い立ったが吉日と言えども、ちょっと所じゃ無い。

 とは言え、これまでにも何度もこんな事をしてきている俺である。

 王子様もきっと頬を引き攣らせながらも笑って許してくれる事だろう。


「いや、許してくれてるんじゃ無くて呆れてモノが言え無い状態になってるだけだよな、アレは。」


 明日にでもまた王子様の所に顔を出しに行かねばならなくなった。

 早めにここの土地の購入を決めておく必要がある。


「うん、とは言え、どれ位になるのかね?計算の仕方や価値基準はどうなってんだ?ま、そんな事はどうだって良いか。金なら・・・思い出したくも無いけど、天文学的数字くらいにあるからなぁ。」


 貯金額を思い出したら少しだけ眩暈がした。


 その後は魔改造村の自宅にワープゲートで帰り、食事をして直ぐに就寝した。


 その翌日は朝から「銭湯」の前に移動して朝礼の為に全員を起床させる。

 呼びかけは当然に魔法で声を届けている。


「皆さん、朝です。本日も一日張り切って生きましょう。取り合えずまだ皆さんにはやって貰う事はありませんが、しっかりと食事、その後は運動、健康な身体になって貰います。ですので頑張って頂きます。」


 コレを繰り返し全員が起きるまで延々と流し続ける。一人一人の耳元に。嫌がらせの如く。


 この繰り返しにすぐさま反応して起きて「銭湯」前に直ぐに来る者も居るのだが。


 惰眠を貪ろうと寝返りを頻繁に打つ者も居て中々に全員が揃わない。


 だからそう言ったまだ集合してこない者たちの耳には追加が加えられる。


「起きて来ない者の朝食は用意しません。寝る事を取るか、食べる事を取るか、決めるのは自分自身。」


 俺はここの者たちに食事を用意するけども、無理に食べさせる気は無い。

 眠る方が重要だと主張する者にはその通りにしてやり、その食事を準備する事は無い。


 こうして続々と集まって来る人たちには食事を与える。まだ寝ている者の食事は無しだ。


 まだ体力の戻っていない寝たきりメンバーの方は別で用意予定である。

 あくまでもこの場に昨日集まった者たちの中で、今起きて来ない者たちの食事を用意しないだけだ。


 そんな中で一応は魔力ソナーで再び確認してみたが、やはり誰一人としてここから居なくなった者は一人もいなかった。


 逃げ出す者が一人くらい居ても可笑しくないと考えていたのでこの結果は相当に良い傾向だと言える。


「えー、ここに集まっている人たちだけで良いので、食べながら聞いてください。先程に聞いていたと思いますが、あなた達には飯食って、運動して、健康になって貰います先ずは。その体力づくり期間が終わったその後は各自で自分に合うと思われる仕事を見つけて貰い、その訓練をして貰う事になります。職業訓練校、貴方たちにはその生徒としての第一期生になって貰う予定になります。」


 誰もがコレに「は?」と意味を解っていない顔に変わっている。

 まあコレはしょうがない。いきなりこんな事を説明したってこの世界の人たちには意味不明、理解不能、前例皆無な事で頭で理解できないだろうから。


 昨日の今日でこの「人攫い」は何を言っているんだろうか?そんな空気を誰もが纏っている。


 しかし俺はそれ以上の説明をする気が無い。

 だって先ずは彼らには職業訓練校ができる前に心身を健康にして貰うのだから。


 健全な精神は健康な体に宿るのだ。何時までも痩せてガリガリで今にも倒れたとしても不思議じゃない肉体にはどう考えてもマトモな精神は根付かない。


「全員が食事を終えてから暫く休憩後は体力づくりをして貰いますのでそのつもりで。」


 仕事をするにしても体力が無ければ続かない。続けられなければ真っ当な成果も出せない。

 そんな事にならない様に老若男女問わず先ずは筋肉を付ける事から始めるのだ。


 だけどもそんな筋力トレーニングをするにしても、そのトレーニングをできる様になる為の最低限の身体が無くっちゃならない。

 ガリガリのままで運動させずに少しでも脂肪を付けさせるのが先かもしれないけれど。


 先ずはそこから。遠いけれども、急がば回れ。地道で地味な努力を続けさせて彼らには根性も付けて欲しいと思う。

 このままガリガリ体形でも動けるのならば初っ端から体を動かす習慣を付けさせる。


(王子様に話を通しても訓練校の許可がいつ出るかは分からんからな。そもそもここの街の外の土地を買うとか、多分これまでに無いんだろうな申請された記録とか、前例とか。申請通すのは王子様に直接説明するから即効で通るだろうけど。その後は審査がどれ位時間掛かるか、かな?いや、直ぐ許可が得られたとしても彼らには最低限の体力は付けさせなくちゃいけないし?しっかりと彼らを使い物になる様にしないとな)


 今日この後にも王子様の所に向かう気でいる。けれどもそこでこの話を出して即座に「はい、本日から訓練校、開校!」とはなりはしない。


 教師の当ても探さなくちゃいけないし、その職には何を選べば良いかもまだ決まっていない。

 箱は出来ても中に入れる物が決まらないのであればソレは無意味だ。

 ゆっくりと決めれば良いモノではあるかもしれないが、だからと言って悠長にダラダラと長引かせる事は無駄でしかない。


 こう言うのは勘でサッパリと決めてしまうのが良いのだろう。後の事は後で追加して行けば良いのだ。

 先ずは見切り発車、コレが大事だと思う。


(まあ下準備の方がこう言った場合は本来ならそっち優先にするモノなんだろうけど)


 でも今は時と場合が違うし、このプロジェクトを主導しているのは何を隠そう俺なのだ。

 やれそうな事は思いついた先からさっさと実現する。


 それに彼らを長々とこのままにさせておくのは勿体無い。

 準備が出来次第に随時投入で仕事を覚えさせてパパッと世の中に貢献させるつもりだ。


 俺はここで第一期生候補たちと食事を一緒に取った後は彼らを体力づくりの為に走らせる。


「はい、皆さんにはこの運動場にて、走って体力つくりをして貰います。その前に怪我をしない様に身体をほぐす為に体操をするので、俺のやっている通りの動きを先ずは真似て自身の身体を動かしてください。では、行きますよ?」


 こうして俺はラジオ体操を始めた。


 全員がこのラジオ体操をし終えるまでかなりの時間が掛かった。

 何せ俺の言う事を聞かない、聞く気が無い奴が全く動かなかったから。


 直ぐに動き出し、俺の動きを真似て体を柔軟にできる様にと頑張った者たちも居たけれども。


 それと、ラジオ体操、真面目に完遂すると結構な運動量になる。

 まだまだガリガリな彼らにはこれでも相当にキツイ運動になってしまっている者も中には居た。


 そう言った者たちが落ち着く時間を取ったのも長く掛かった理由でもあるけども。


 体操をする気が無く、何時までも動かなかった者にはお仕置きと称して俺が整地した一周500mくらいになるグラウンドを体を操作して爆走させてやった。

 それこそ人が幾ら頑張っても出せないレベルの爆走だ。時速100kmくらいは出していたと思う。


 俺が魔力をその者たちの身体に浸透させて操っていたので体を「壊した」と言った部分など出してはいない。


 街からかなり外れ離れた場所に作ったので誰かに迷惑になっていると言う事は無い。


 自由勝手にやってしまっているし、まだ国からの土地の購入などはしてはいないけれども、まあ大丈夫だろう。

 コレで何か問題を指摘されたらその時に対処すれば良い。


 この様な場所に国の使者や役人が来るなど早々に有り得ないだろうからそこら辺は無視だ。


 こうして暫く爆走させていた者たちには「反省したか?」と聞き、まだ反抗する目を俺に向けて来た者たちには今後に言う事を聞かなかったらより酷い「お仕置き」をすると言い含めて再び爆走させる事をくりかえしておいた。


 そう言った事情で最終的に全員が俺の言う事を聞いてくれる様になるまでに時間が掛かっている。


「よし、それじゃあ掛け声と共に全員並んで走ってね。ほら、いち、に!いち、に!」


 こうしてゆっくりとだが訓練校第一期生の体力作りが始まった。

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