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まあこの先もぼちぼち

 最終的に予想以上の数になって俺は何とも言え無い顔になる。


 どこもかしこも、と言った感じで大小関わらず全ての関係各所で不正が必ず一つは見つかると言う不祥事には王子様も虚無の顔に変わる。


「粛清ですね・・・これ程までに私が舐められていたとは思いもしませんでした。馬鹿をやらかした者たちには全員にその罪の重さに見合った罰を与えましょう。いえ、それではダメですね。一段、いや、二段は厳しいモノに変えます。ソレで不満を溢すやら、武力で反抗を考える様な者が出れば・・・叩き潰します。」


 王子様、覚悟が決まったらしい。舐めたらアカン、キレさせたら王子様は怖い様だ。


 ここで俺は自分の事も反省した。


「まあ俺もコレはいけなかった部分があるのかね?幾らでも使って良い何て言ったから、制限無く金が使えると勘違いした馬鹿が「おこぼれ」を頂戴しても良いと思っちまったのかな?・・・いや、ダメじゃんソレも。良く考えないでも横領はイカンよ、罪だ。何でそこを踏み越えちゃう輩がこんなに多く出たんだよ?」


 自分でそう言っておいてツッコミを入れる。横領なのだコレは。どう解釈しようとしても犯罪である。


 もう俺の仕事は終わったので後の事は王子様に任せる。罰する所まで俺が参加してしまうとどうにも過剰になってしまうだろう。

 感情に任せて罪を犯した者たちへと制裁を加えてしまいそうである。


 なのでさっさとやる事をやり終えたら後は退散だ。俺が纏めて魔法でパパッと作った4Aサイズの紙へと、これまた魔法でデータを書き込んでパパッと作り終えて王子様に渡す。


「それじゃあコレで俺は帰るけど。どうする?一旦お金、止める?」


 事業資金を俺の口座から出しているのだ。ソレを一度止めるかと俺は王子様に問う。


 これ程の数の不正がゴチャゴチャと出て来てしまっているのだ。ある程度にソレが片付くまでは凍結しておいた方が良いだろう。


「まあそこら辺の調整はクスイと相談してやってくれ。金だけ出してる俺がそこら辺の部分をとやかく言える立場にないとか思ってるからさ。」


「いえ、そこは激しく文句を付ける事の出来る権利がエンドウ殿にあると思うのですが?」


 今この王子様の執務室には大勢の文官が出たり入ったりと大忙し。

 そんな数の部下が居るのにも関わらずに何でここまでこれ程の不正をそのままスルーだったのか?


 この中にそれらを見逃す事で甘い汁を吸っていた者が混じってるんじゃないか?とか思ったのだが、ソレを敢えて俺は言わずにおいた。

 そう言った輩を見つける事も王子様に求められる資質だからだ。


 将来に王様ってのを引き継いでこの国を運営していくのだ。そう言った目も養わないとならない立場に居るのだから、そこは自身の力で頑張って見抜いて貰いたい所である。


「この国にこうして俺が銀行口座を作ったんだから、そこに振り込まれて行く魔力回復薬の売り上げからは税金引かれてるんだよな?うん、そうだった。俺は確かに意見の言える立場にあるな?」


「エンドウ殿のおかげでこの国は大きく、それこそ劇的に変わりましたからね・・・」


 ちょっと遠くを見つめる目をして王子様が天井を見上げる。

 どこぞの虚空へと心も飛んで行ってしまっている様で一瞬だけ目の光が消えた王子様。


「さて、俺はまた暫くはマルマルに居るから、用事が出来たら呼んでくれれば直ぐに顔を出しに来るよ。まあ、こっちから用事が出来たら毎度の事、今日みたいにいきなり俺の方からお邪魔しにいくけどな。」


 こうして俺がワープゲートで退出する所を王子様は何とも言え無い苦笑いで見送ってくれる。


 そうして戻って来たマルマルだったが、もうやる事は殆ど終わらせたと言っても良い。


 二日か、三日はこのままゆっくりとこちらで過ごしてその内にお金を消費する件に関する何かを思いつければいいだろう。


 またその時には王子様の力を借りるか、或いはクスイに相談してその思い付きを実現して行けば良いだろう。


「・・・うーん?俺は妙な所でせっかちなんだなぁ。別に直ぐどうのこうのとできる金額じゃ無いのは分かってるんだから、そこはもっと捻った何かをもっと真剣に考えるべきなはずなのになぁ。」


 クスイには俺の口座を使って「金貸し」をして貰っていたけれども、どうにもそれはどうやら順調では無いと言う事だったはず。


 俺の今言っている「順調」と言うのは、口座の金額が減る事を言っている。


 お前の頭の中はおかしい、そう言ったツッコミを入れられるのは覚悟している。いるが。


 この口座の桁が信じられ無いくらいあるのだ。ソレを使用しないで溜め込んで市場に流さないとなれば、コレは社会経済へと強い影響を出すに決まっていた。そんな桁なのである。

 今この時にも増え続けているはずだ。何とも恐ろしい事である。


 なので何でも良いからこのお金を放出してしまいたかったのだ俺は。

 金は天下の回り物だ。しかし回っておらずに貯まり続ける一方の金などあれば?


 世間に放出されないその金は次第に市場から枯渇し始めて途端に不景気が訪れてしまう。

 そうすれば皆がそれぞれ口々に誰もが言うのだ。金が無い、と。


 だからこのお金は世間様へとばら撒かねばならない。巡って行かねばならない。


 だが、この巡るお金にも「意味」を付け加えねば勿体無いのである。


 只単に世間にお金を「与える」だけでは何もそこに成長は生まれない。


 だからお金を使うにしてもそこに何らかの「付加価値」を付けるべきなのである。


 将来に向けて、そこに投資する事でより良い未来を生み出す可能性を作り上げると言った事である。


「・・・ゆっくりしながら考えようって思ってたのに、何でこんな感じで考えが纏まっちゃうんだ?はぁ~、申請とか必要な土地とか、受け入れとか、またクスイに丸投げかなぁ?それとも王子様に先に話だけ通しておく方が良いかね?」


 俺はここで一度クスイにコンタクトを取る事に決め様と思ったが。


 この思い付きはこの世界の事を何も知らない俺では実現させようとすると大変な苦労が伴われる。

 それこそ先ずは俺がこの世界の常識、モラル、マナーなどを知る所から始めなくちゃならないと言える。


「とは言え、クスイは忙しいんだよな?クスイにばっかり頼ってても良いモノか?余計な仕事をまた背負わせる様な真似は、ちょっとなぁ?」


 俺がクスイの命の恩人だとは言えである。クスイの仕事をこれ以上増やしてその背中に責任を背負わせても良いモノか?と今さらながらに考えてしまった。

 幾ら何でも背負わせ過ぎ、そんな言葉が過ぎってしまったのでしょうがない。


「一言説明はするにしてもだ。コレをやって貰う人物はクスイ以外として。・・・うん、じゃあ誰が良いか?って事なんだが?」


 直ぐには思いつかなかった。だけどもその後にパッとその名が頭に浮かぶ。

 いや、コレは一人しか当てになりそうな者が居なかったと言うのが正しいか。


 王子様、と言うか、国に対してはこの件を噛ませる気は無い。

 何せ今さっきに大量の「不正」を見せつけられた所である。そんなのに頼れる訳が無かった。


「やっぱサンネルしかいないかぁ。結構そう言った人脈って、マルマルに俺、少ないな?」


 土地の購入に建物の建設。それから持続的、継続的に経営が可能な体勢など。

 そう言うモノがちゃんとバランス良く整えられる人物の心当たりがクスイ以外だとサンネルくらいだ。


 他に頼れそうなのは冒険者ギルドのミライギルド長とか。

 或いは相談する相手には警察所長をしているゴクロムと副所長のミルスト辺りだろうか。


 マルマルにだけに拘らないのであれば、海の町「サンサン」の商人のマンスリとかも良いかもしれない。


「先ずは外側だけでも整えてしまいたいし、マルマルでやろうと決めていたからなぁ。他所は無しだな。となると、最初は土地の確保か?・・・拡張性なども考えてかなり広い所を確保したいし、その後の増改築やら土地の追加購入とかを視野に入れたら町の外に作る事になるだろ?そうしたら結局は国の許可が必要になる?王子様の所に行って申請しなくちゃいけないのかなぁ。」


 早速思考のドツボに嵌まった。頭の中だけで何もかもを構成しようとしてもソレは妄想、空想の範囲にしかならず。


 なので俺はここでサンネルを尋ねる為に脚をそちらに向けて歩き出した。


 そして以前に何度も足を運んだあの倉庫兼、事務所へとやって来たのだが。


「ようこそいらっしゃいましたエンドウ様。お久しぶりで御座いますね。本日はどの様な案件をお持ち込み頂けたのでしょうか?」


 やはりサンネルは何かしらの超常的な力でも持っているのではないだろうかと疑ってしまう。

 予知能力?気配察知?俺がアポ無しでこうして突撃しても、何故かサンネルは待ち構えていたかの如くにこうして毎度俺を出迎えて来るのだ。ちょっとしたホラーである。


「あー、今日は色々と相談事があってな。何時もはクスイに頼っているんだけど。あんまりにも色んな余計な仕事を振り過ぎて潰れてしまうんじゃないかと心配でな。こうして頼りに来たんだ。」


「コレはコレは光栄で御座います。そうなればこんな所での立ち話ではいけませんな。ささ、こちらへ。」


 こうして俺はサンネルに促されて客間に招かれた。

 座り心地の良いソファに座ればすぐに目の前のテーブルに茶と菓子が並べられる。


「先ずはお茶でゆっくりと喉を潤してからお話を初めて下されば。話して頂ける覚悟の時間が幾ら掛かろうとも、エンドウ様の為ならばどれだけの事があろうがお待ち致します。」


「いやいや、幾ら何でも大袈裟過ぎない?あ、本気で言ってるね、それ・・・」


 サンネルの目が冗談を言っているモノでは無い事が見て直ぐに判ってしまった。

 そこまでの事を俺はサンネルへとして来たとは思えないのだが、まあソレは俺の方の認識である。


 サンネル本人がどう思っているのかに因るのだこう言う事は。

 俺に多大な恩を感じてこの様な事を言っているのだろうサンネルは、誰から何を言われても揺るがないのだろう。


 しかしそんなサンネルだが、そんな覚悟を持っていたとしても、俺の頼みならば何でも受け入れる、などとは口にはしていない。

 無理なモノはちゃんと無理と、そう言ってくるだろう気配がしている。


 しっかりと俺の相談を聞いてからちゃんと突っ込みを入れてくれる、そう感じるのだ。


「あー、じゃあ、まどろっこしい回りくどい世間話とかから始めるのは止めようか。俺の考えを率直に伝えよう。」


 これにサンネルが真剣な顔つきに変わった。先程までニコニコ笑顔だったのに。


 俺のやりたい事を、相談を真面目に受け止めようとしてくれているのがコレに感じられた。


「孤児院を経営したい。魔力回復薬の売り上げを使ってだ。ソレもこの先もずっと。それと・・・」


 サンネルは俺が孤児院経営をしたいと聞いても身動ぎ一つ、嫌な顔一つしなかった。

 俺の続けようとしている言葉を待ち、ジッと耳を澄ませて言葉の一言一句を逃さない様に集中している様に見えた。


「職業訓練校も併設したい。その為の第一歩として広い土地の購入を考えてる。もちろん町の中の敷地何かは狭くて拡張性も無いから、当然町の塀の外側、広大な何も無い場所を一気に購入してしまいたいと考えてるんだ。その方法ってどうすれば良い?先ずはそこから片づけてしまおうと考えてる。」


 俺の相談内容を聞き終えたサンネルは非常に大きく息を吸ってから、目頭を揉み解して一気に溜めた息を吐き出す。

 そしてまたニコニコ顔に戻ってサンネルはこう言ってきた。


「コレはコレは、少々難しい話に驚かされてしまいました。外の土地で御座いますか・・・ええ、ええ、購入、そうですな、購入する事は、可能で御座いますよ。手続きは簡単な事で御座います。国へと申請をするだけです。しかしその土地の購入目的、内容などが審査を通れば、ですが。」


「あー、そっか。信用、信頼があって、国も許可する様なしっかりとした計画性と有用性なども精査されて許しが出るのね。そうじゃ無きゃ無差別に誰も彼もが開拓した土地を「俺の物だ」って主張するよなぁ。」


 当たり前の事を俺は分かっていなかった。けれどもこの世界の情勢やそう言った法などを俺は勉強していないし、解るはずも無いと言うのはある。

 だけどもそう言った事を知る機会はこれまでに幾らでもあった。

 ソレを見ぬふりして無視して来たのは俺の方である。今更だ。


 と言っても、俺は王子様にかなりの大きな貸しがあるので、この話を持ち込んだら恐らく許可は出る。

 既にもう第一歩は踏み締め固めたも同然と言えるだろう。


「じゃあ次だ。孤児院の経営はどうだろうか?上手い事コレを続けていけるだろうか?」


「その点は何も心配は要らないでしょうな。今は・・・魔力回復薬が売れなくなるなどと言った未来は見えません。それこそ、もう、コレが無くては世間が成り立たないとばかりな状況になっておりますので。」


「え?そんなに?冗談・・・じゃ無いよな、うん。ついこの間も魔力回復薬を仕入れると直ぐに何処も在庫切れしてしまうとか言った話を聞いてたわ。」


 売れ行きが落ちない、そう言った事をついこの間にクスイの娘のミルから聞いていた。


 これならば経営資金に苦労する事も無いし、枯渇すると言った事も気にしないで良いだろう。


「じゃあ職業訓練校は?」


「・・・聞き慣れない言葉ではありますが、その呼び方の中身を想像するに、専門の知識を教え与えてその仕事への即戦力を提供する機関と言う事で?」


「そんな気難しい話じゃ無いんだよね。ほら、孤児たちが成長して大人になってそのまま放逐されるよりかは、そうした勉強を養育しつつ教えて即座に仕事に付ける様にした方が子供の為だし、社会貢献にもなるだろ?人材不足の商会があればそこへ、弟子が居なくて跡継ぎの無い老齢の職人の所にヤル気のある者を送り出したりとか?その他にも当人、子供たちの資質や気質に合った仕事を見つけてやって、その道の専門家に成れる様に育成して世の中に送り出してやれば何かと社会発展も望めたりもするだろ?そう言った子が周りの嫉妬や嫌がらせを受けて下っ端のままで扱き使われて人生を終わってしまわない為の監視や保護なども視野に入れておきたい所だな。」


 俺はちょっと勢い良く吐き出し過ぎたとちょっと反省した。

 サンネルがポカンとした顔になってしまっていたからだ。


 そしてそんなサンネルからツッコミを貰ってしまった。


「そう言った事はそもそも根本的に国がする事なのでは?」


 でもコレに俺は即座に返す。


「それ、実際に存在して、そんでもって、機能してる?」


 サンネルがコレに黙ってしまった。どうやら無いらしい。


 だったら俺がやっても構わないはずだ。


 そして俺はこの件を国に噛ませたくは無い。これっぽっちも。


 王子様の中身はマトモでも、その周囲にはあれ程の「馬鹿」「自分勝手」「金の亡者」「勘違い野郎」が蔓延っていたのである。

 どう考えても国に一枚でもこの件の事を嚙ませたら、そこから甘い汁を啜ろうとしてくる者が現れるのは分かり切っていた。


 そしてその中から貴族の権利を主張して周囲を威圧し、賄賂をばら撒き、利権を貪ろうと訓練校を支配しようと企むクソが現れるのが目に見えている。


 貴族は確かに権力を持っているんだろう。だけどもソレは自らの欲望を満たす為にあるものでは無い。

 その権力を何を勘違いしたのか、横暴な振る舞いや愚かな暴虐にしてしまう者がこの世界には多過ぎる。


 悪徳、ソレを恥とも思わぬ教育が貴族の中に蔓延っていると言っても過言じゃ無い。


 そんな輩から身を護る為には力を付け、その権力以上の「何か」を持たねばならない。


 そして俺はこの訓練校も、孤児院も完全なる「中立」と迄は言え無いが、そう言った方向に持って行く心算だった。


 俺自身は魔法と言う力を持つのでどんな奴がやって来ても有無を言わさずにソレで捩じ伏せる事が出来るけれども。


 世間のしがらみに晒されるだろう孤児院や訓練校はそうは行かなくなる。

 俺がそこに四六時中に付きっ切りで居られる訳では無い。


 あくまでもこの思い付きは根本的に口座に金を貯め続け無い事の為だけに用意するモノなのだ。

 俺は開設したら後は放置、管理者を置いて偶に気が向いたら監査に入るくらいの気持ちでいる。


 これを世間では「丸投げ」とも言う。


 クスイにこれまで幾つものそう言った「丸投げ」をしては来たが、ソレは全て今の所は上手く行っている。


 ならばコレもまた俺が創設する以上の事に手を出さなくても上手く行くのではないかと言った根拠の無い自信がある。


 ここで大体の状況が分かったので俺は礼の言葉を告げて退室しようと思って口を開く。


「良く分かった。今日はありがとうございました。このお礼に何か一つ願いがあれば御受けしますよ。何かお求めの事はありますか?私にできる範囲でご協力しましょう。」


 突然にそんな事を聞かれたサンネルの顔が引き締まる。


 そして深刻な表情をしながら話を振って来た。


「幻、と言う言葉があります。十五年前程にこの町にとある病を抱えた少女が居りました。どんな医者も治す事が出来ず、その少女の命は後僅かで無くなるだろうと、そんな原因不明の病でした。」


 サンネルがいきなりその様な昔話を語り始めたので何かと思ってしまった。

 だけども俺のそんな驚きを無視してサンネルは続きを話していく。


「そこに現れたのが名も分からぬ、その顔も分からぬ、体つきも分からぬ、そんな怪しい輩でした。マントで覆われその身なりは分からず、フードを深く被ってその顔も分からずと、その者は名すら名乗らずにその少女の父親の前に現れたのです。」


「その「父親」ってサンネルさんの事です?」


「いいえ、私の親友ですよ。その娘さんの病気の治療に金を貸しておりましてな。大事な親友のその娘です。私だって何かと心配で世話をしておりましたからね。」


 話の流れを遮ってしまった。けれどもサンネルはそのまま何も気にしないで話を続けた。


「その父親に怪しい者は一つの草の束を渡してこう言いました。この草を磨り潰して煮だした液を飲ませればその子は回復するだろう、と。」


「あー、それって後が無い父親が娘を思って何らの確認もしないで最後の望みに掛けてそのまま言われた通りにソレを実行した?」


「ええ、その通りでございますよ。そして見事に娘は回復し、今も元気に働いて、結婚し、子も出来て幸せに暮らしております。その不思議な薬草を渡して来た男はいつの間にか消えてしまい、何処の誰かも分からずじまいです。」


 不幸な話では無くてホッとしたけれども。しかしここまで来て何をサンネルが言いたいかを理解した。


「それって俺にその内で良いからその「怪しい形も大きさも分からん薬草」を得て持って来て欲しいって事だよな?」


 最初にサンネルは「幻」と、そう言ったのだ。


 何らの確実な情報が無いのにも関わらず、その薬草とやらを探し、或いは偶然でも見つけたりできたら、自分に知らせて欲しいと、そう言う事である。


「なるほどなぁ。俺の孤児院と職業訓練校の実現はサンネルからすると「幻」だと思える様な話だったと、そう言う事ね。」


「いやいやいやいやいや!そこまでは思っておりません。エンドウ様なら、恐らくは実現は不可能では無いのでしょうな。しかしそれでも十数年は時を掛けねばならないと、そう言った印象を持ちました次第ですよ。できればそのお話に私も参加、協力させて頂ければと思っております。しかし、今の仕事をしながらですと難しいと言わざるを得ない所が御座いますので、こればかりはどうしようもなく。」


「その幻の薬草も、その十数年後にまでは発見される可能性も無くは無いと、そう言った見通しって事ね。まあ研究者や薬草採取の専門家なんかもさっきの話は有名で知ってるのか。ソレでいてその薬草を発見しようとしている者も中には少なからず居るって事なんだろ?」


 そう言った理由でサンネルは俺にその薬草の発見を頼んだ訳だ。

 恐らくはサンネルの中では俺へのその「頼み」は別にそこまで大した企みを込めた物でも無いのだろう。


 薬草の発見、その確率を上げる為の只の一手に過ぎない、そんな感じがする。


 原因不明の病を治した薬草、それだけで相当な価値が在る。

 その薬草を研究し、そこで出るその結果が巨万の富を生む。


 俺がサンネルにした相談はそれと「釣り合う」と判断されたと、そう言う事で良いんだろう。


 孤児院と職業訓練校が実現したら、そこにサンネルも噛ませて欲しいと、そう言う事だ。


 相談した内容はサンネルの常識に照らし合わせると実現には十数年以上、いや、もっと掛かると、そう言った認識でいる様子。


「その話、受けた。今回はここでお暇させて貰おう。それじゃあまた今度何かあれば宜しく頼むよ。お茶と菓子、御馳走様でした。」


「はい、こちらこそ貴重なお考えをお聞かせいただき、ありがとうございました。」


 サンネルの顔が今はまたニコニコに変わっている。


 こうして俺は見送られて敷地を出る。この後はクスイに相談しに行くつもりだ。


 王子様の所で調査した内容をクスイにも一言くらいは報告を入れておいた方が良いだろうと思って。


 勝手な思い付きで動いたその結果をいきなり報告するとか「圧倒的余計なお世話」だと思うけれども。


 事前に連絡と相談を入れてくれよと、そう言われても仕方が無いが。


 汗も掻かず、苦労もせず、只椅子に座ってふんぞり返っているだけで金を自らの懐に入れ続けていた犯罪者共を調べただけであるから、そこは悪い事をした訳でも無いのだ。堂々としていれば良いのだろう。


 こうしてクスイを尋ねるべく、先ずは店の方に顔を出しに行く事にした。


 クスイを魔力ソナーで見つけて即座にその場へと向かうと言うのも別に良いのだが。

 別段緊急の用事でも無いと思って自分の「悪い癖」を抑え込んでいる。


 思い付いたら即座に動く。せっかち。思い立ったが吉日。

 そう言った行動をするのは確かに「動く事、風の如く」であるのは悪い事でも無いのだろうが。


 この世界には電話が無い。電子メールも無い。即座に連絡を取れる手段がそもそも無い。


 だからこう言った「電光石火」に対応できる下地が無いので俺の行動力は余りにもこの世界に生きる人々の常識で受け止められ無いのだ。


 俺には「ワープゲート」もあるし、特定の人物の居る位置を知る事の出来る「魔力ソナー」もある。


 何の前触れも出さずに直接その当人の目の前に瞬時に姿を現わす事がワープゲートを使えば可能である。


 するとソレをされたこの世界の住民はちょっとしたパニックに陥る。有り得ない、と騒ぐ。


 そうなれば話が先に進められなくなって余計な時間が掛かると、そう言う事になる。


 一応はクスイも王子様も、その他に俺の事をそこそこに理解してくれている者たちはそこまでのパニックにはならなくなってくれているが。


「一応は魔石で電話を作ったけどな。使い所が無いんだよなぁ。」


 そうなのだ。俺がこの「魔石電話」を利用する意味がほぼ無い。ソレは前述の通りであるから。


 歩いてゆっくりと店に向かう。きっとそこにはクスイは居ないだろう。

 忙しくあっちこっちと仕事で一つ所に留まったりしてないのだろうから。


 前回の魔力回復薬を買い求めに店に行った時はミルが居たので今回も居るだろう。

 彼女にクスイへの伝言を受けて貰っておけばその内にクスイに伝わるはずだ。


 そうして到着してみると何だか店の前に人が集まっていてがやがや騒がしくしていた。


「魔力回復薬!本日大量入荷致しましたが!お一人様一つとさせて頂きます!整理券を受け取ってこちらにお並びください!そこの方!割り込みは禁止です!より多くのお客様に商品の提供をする為にご協力ください!ソレを拒否される方は店を出入り禁止にさせて頂く厳しい処分を取らせて頂く事もあり得ますのでご注意ください!」


 それはミルの声だった。かなり強気な発言である。


 こう言った場合は一人か二人くらいはイチャモンを付ける客が居たりしそうなモノだが。


 しかし客たちは静かに、お行儀良く整理券を受け取って列を作り始める。


 コレには俺は驚かされた。良く訓練されてるな?と。


 店が忙しそうにしているのならばそこに俺が割り込む事はできないだろう。

 ここで俺は裏手に回ってこの忙しさが落ち着くまで待つ事にした。

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