表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/327

新しいをご提供

「直ぐになめしをさせてくれ・・・これは狩って間も無い代物な事を認める。だからこいつをすぐに俺にやらせてくれ。金は後で絶対に払う。いや、色を付けるから直ぐに作業に入らさせてくれ。」


 非常にソワソワしつつもドルグがそう懇願するようにこちらを見てくる。


「良いわよ。その代わりにちゃんと約束は守って。ここで待たせてもらうから。」


「おう、分かった。すぐに始める。」


 そう言ってドルグはどうやらこことは違う部屋へと皮を担いで行ってしまった。

 ドワーフとやらは鉄工や宝石関係、細工などと言ったイメージだったのだが、どうやら皮もイケるらしい。


「で、どうするんだマーミ。ここで待ち続けるの?終わるまで暇になりそうだ。俺もどんな弓なのか見てみたいし、留まるつもりだけど。」


「そうね。私はあいつのあんな顔が見られていい気分だけどさ。確かに暇よね。どうしようかしら?エンドウはこんな時に時間の潰せる遊びとか知らない?」


 知ってはいる。確かに。でも、それをここでお披露目してい良いものか?

 ソレに元手が無ければそれも生み出せない。


(うーん?あそこの屑鉄は使っていいのだろうか?錆び錆びでもう潰すしか無いようなガラクタみたいだし、でも勝手はいかんよな?)


 俺は部屋の隅においてある折れた剣や、潰れた盾や鎧が入っている箱を見やる。

 するとマーミがその視線に気づいてドルグに声を掛けた。部屋はそう遠くない位置だったのかソレは届いた。


「ドルグー!ここに有る錆びた武器使わせてもらうわよ?」


「あああ?何だって?勝手にしろ!」


 そう短いやり取りだったが了承を得てしまった。


「ねえ、あれ見て変な事考えてたでしょ?で、使えるのね、あれ。で、どんな暇つぶしをしてくれるのかしら?」


 マーミは俺の視線を察知して先回りをしてきたと言った所だろう。


「ああ、まあ、あれは只単に材料にするから。ちょっと待って。」


 俺はその鉄屑に魔力を流す。今からその暇つぶしの遊具を作り出すのだ。


「さて、コレで遊んでいようか?・・・知ら無さそうだな。じゃあ、説明しながら教えるよ。」


 俺の魔力で鉄屑を作り変える。そこに出来上がるのは「オセロ」である。もしくは「リバーシ」といえばいいか。

 薄い板にはマス目。そして丸い駒は裏表は白黒で。子供の頃によく遊んだ事を思い出す。


「なあに、コレ?単純な構造ね?・・・見た事無いわ?」


 どうやらマーミが遊んだ事が無いのか、はたまたこれ自体がこの世界に無いのか。使う「コマ」の裏表を見てそう感想を漏らす。

 そこへ俺の頭にピンとくるものが沸き上がる。世界に「無い物」をここで作った。

 ならばその物珍しさは計り知れない。目新しい物に人は引かれる。

 ソレは欲しいと言う欲求に繋がるのだ。ならばコレは「売れる」商品となり得る。


(よし、クスイに丸投げしよう。今度顔を合わせた時に見せて実際に遊んでもらって手応えが有るか無いか判断してもらうのが良さそうだ)


 こうしてこの時はマーミと時間潰しのためにドルグが戻って来るまでずっと遊んだ。

 遊んだと言うか、マーミが夢中になり過ぎて逆に彼女の方が時間を「忘れた」と言った感じなのだが。


 ドルグが戻って来る前に俺は「オセロ」をインゴットにしてしまう。元々の錆びた鉄屑に戻しておくよりかは良いだろう。というか、元に戻せと言ってもイメージがこっちの方が楽なのが本音だ。

 そもそもいい加減に遊び過ぎだろう。コレに残念そうに「後もう一戦!」と言って勝ち逃げすんな!とマーミが縋ってくる。

 けれども時間切れである事を伝える。


「ドルグが戻って来るよ。ほら、部屋を出て来た。」


 マーミが俺のその言葉に反応して奥へのドアへと視線を向けるとドルグがニコニコしながら出て来た。


「あんた、やけに上機嫌じゃない。で、どうだったの?」


 どう、と言う言葉はきっとグレートマッドの皮をなめした手応えは?と問いたいのだろうと予想する。

 で、それはあっていたようで。


「おうよ!お前さんらを認める!あんなに気持ち良く仕事ができたのは久しぶりだ!弓の件だったな?今から持って来てやるが、どうせ引けないのは明らかだ。いつまでもこいつに執着されてもこちが気分が悪い。さっさと諦められるように持って来てやる。」


 相変わらず口が悪い。でも別に俺はそこは気にならなくなってきた。

 職業上、こういった職人は頑固だ。そして自分の最高傑作を相応しい人物に扱って欲しいと思うのも理解ができる。

 でも、だからと言ってそもそも誰にも使えない「物」を作って自己満足の様に抱え続けるのもどうかとも思えるのだが。

 それでもドルグ自身は「賢者なら使える」と豪語しているのだからどうにも。

 ミッツも師匠も口にしていたと思うが、どうやらこの世界の「賢者」なる人物は「物語」の中の人だとの認識だ世間では。

 しかしドルグはこの「賢者」と言う存在を「実在」として捉えている。

 その根拠が何処に存在していたのかは本人だけが知る所だろうが、そこにはきっとそう言った風に考えるきっかけが在ったに違いない。

 だけれどもソレを俺たちが今知る必要は無く、その弓が今マーミが引く事ができるかが重要なのだ。


 奥の部屋へと消えていたドルグが戻って来る。その手には青いような、緑色の様な、不思議な光を反射する金属弓が。


「おう、コイツがお前に引けるかな?まあ無理だろうが手にさせてやるよ。約束だからな。」


 ドルグから差し出された弓。それをガシッと掴んでまじまじとそれを見つめるマーミ。


「あ~、やっぱり綺麗・・・美しいわぁ~。」


 マーミがうっとりとした目で弓を見る。確かにその弓は美しかった。シンプルな形の只の弓なのだが、その存在感と美しさはおそらく素材由来だと言える。


「魔力の通りが良いミスリル、それと「鋼硬鉄」の合金だ。こいつは熟練のドワーフでも扱いに難しい。だが、それで作られた代物は硬度と魔力の通りを高い精度で両立する。こいつはソレの最高峰だと自負してるんだ。そう簡単に引かれてたまるかってんだよ。」


 ドルグが弓の説明をするが、マーミは弓の美しさに夢中で耳には入っていない様子だ。

 そしてその張られている弦にマーミは指を掛けるが嫌なモノでも触ったかのような不機嫌な顔になる。次には怒鳴った。


「ちょっと!弦のこの感触!アンタ何考えてるのよ!どう引っ張ても余裕が無いじゃない!どう言う了見よ!」


 弓は弦を引かれた時の「しなり」が戻る時の力で矢が飛ぶ。当然弓自体が硬いとそのしなりは出せ無い。

 そうなると弦の重要性が大きくなる。引かれた弦も同様に元に戻る「張力」で矢を飛ばす事になるので余りにもパツパツに余裕の無い張り方をすれば当然弓自体の「硬さ」と相まって矢など当然番えなくなってしまう。


「はははは!その弦も最高級品だぞ?斑蜘蛛の一番細い糸を束ね集めた代物だ。強弓には欠かせんだろうに。そいつも魔力の通りが高い素材だぞ?言っただろう?そいつは理論上弓として使えると。だがそれも「賢者」が使えるのであってお前の様な小娘に引けるなんてありえないんだよ。」


 俺はこの話でちょっとした予測ができた。

 この弓は特殊な方法をしながらじゃないと引けないと言ったモノだ。

 ソレを確認するために単刀直入に聞いてみる。


「それってもしかして、魔力を流し続けなくちゃいけないって事ですか?」


 この世界、魔力は「イメージ」。そうなるとその魔力の通りが高いと言うのは要するに、そのまま自分の思い描いた魔力「イメージ」が伝わると言う事なのではないだろうか?

 これは正解だったようでドルグは俺を驚いた様な目で見てくる。


「ほほう!?お前さんなかなか見どころが有りそうだな?このポンコツ娘とは違うようだ。お前の言った通りだな。こいつはその事を分かっちゃいねえ。昔見たこの弓に一目ぼれしたは良いが、それ以降はこの弓の何たるかなんて知ろうともせずに購入資金を貯める事に夢中になりやがったからな。阿呆だ、アホウ。」


 マーミはどうやらこの弓を只の「強弓」だとの認識しか今まで無かったようだ。

 この説明を聞いてマーミが「ぐぬぬぬ・・・」と悔しいと言った表情をし始める。

 このマーミの状態に対して俺は冷静になるようにマーミにアドバイスをする。


「なあ、マーミ。魔力操作もして特訓してたんだろ?じゃあさ、いつも使っている弓のイメージを魔力でこいつに流しながら引き絞って見ろよ。多分いけるんじゃないか?」


 魔力の通りが高い、ならばマーミが流す「弓」のイメージがそのままコレに流れれば弦を「引ける」だろう。

 俺の考えが正しければマーミにこの弓が引けるはず。そしてどうやらマーミも俺のこのアドバイスを素直に受け取ったようで、目を瞑り一つ深呼吸をするといつものマーミに戻った。

 そして戦闘をしている時の緊張感をマーミはその全身から出し始める。

 意識が変わった、それがすぐにマーミの様子で感じ取れる。


 ソレは本気を出して矢を番えて狙いを定めているのだろう。実際には矢は無い。

 しかしマーミの中のイメージは完璧であるようだ。


 まるで本当は柔らかい素材で弓を作ったのでは無いのか?と思ってしまうくらいに弓は、弦は引き絞られた。

 そして弦をマーミはスッと離す。するとヒュン、と弦が、弓が元の状態に戻る。

 これがドルグの説明していた本来の使い方なのだろう。


「お、お、お、お、お前・・・何だ今のは!どうしてそいつが扱える!?そいつを一回でも引くのに相当な魔力が必要なんだぞ!?ソレをお前みたいな小娘が!?」


「ふふん?あんた、言ったわよね?この弓が引ける奴にタダで譲るって。こいつは貰っていくわよ?」


 勝ち誇った顔をドルグに向けるマーミ。

 でも、そんなマーミを無視してドルグは弓をジッと見つめる。


「おい、魔力は今どれくらい残っている?一人前の魔法使いが魔法一回分を流してやっとだぞ?それもその一回は大魔法を放つ量だ。魔力切れで倒れられても困るんだよコッチはな。」


「あら?負け惜しみ?って言うか約束守りなさいよね!この弓は貰っていくわよ?で、いくら?」


「金は要らねえ。ただし、条件がある。後、何回引く事ができる?やって見せろ。」


 真剣な目でそう迫るドルグに押されてマーミは黙ってもう一度弓を引く。

 今度も同じように弓は綺麗にしなり、ヒュンと風切り音を立てて元の状態に戻る。

 ソレを何度も何度も繰り返す。今のマーミの魔力量と魔力操作の精度なら楽勝のようだ。

 そもそも、その一人前の魔法使いは基本どれくらいの魔力量で、どれだけの魔力の制御ができるのだろうか?

 師匠の話で聞いたのは「質が悪い」などと言った話であった。なのでこのドルグの言っている「一人前」の魔法使いの「基準」は大分低いのではなかろうか?だから大魔法?などと言った大袈裟な話に至っているのではないだろうか?


 どれだけそうしていただろうか分からないが、ドルグが「もういい」と一言口から出た時点で終わりとなった。


「持って行け。そいつを使いこなせる人物が現れてくれる事が俺の夢だった。俺の理論上、そいつはこの世界で二つと無い最強の弓だ。だが、周りの奴らは俺の事を馬鹿にしてこの弓を笑いやがる。でも今、俺の目の前で証明してくれた。満足だ。ああ、満足だ。」


 清々しい笑顔でそう言うドルグ。コレにマーミが眉を顰める。


「ねえ、なんか悪いからちゃんと代金は払うわ。いくらよコレ。」


 どうやらいつものドルグで無い事がマーミの調子を狂わせているのだろう。

 最初はタダで貰っていくと言って、次にはいくら?と聞き、最後には代金を払うとまで口にした。

 マーミはどうやらドルグがいきなり勝手に満足しているのを気持ち悪がっている。


 それも仕方が無いだろう。だって今までの二人の会話は汚い言葉の応酬であった。

 ソレがこの様な形に変わってしまったのだから戸惑いもするだろう。


「ちょっと!アンタ一人で何勝手に自分の世界に浸ってるのよ!代金払うって言ってるじゃない!あぁもう何なの!?今まで通りに接してきなさいよ!」


「俺はお前を認める。もうあんな汚い言葉を使ったりはしない。この弓を大事に使ってやってくれ。」


「いきなり何言っちゃってるのよ!調子狂うわよ!何を認めるって言うのよ?何なのそれ?」


「お前を賢者と認める。」


「馬鹿じゃないの!?私は賢者なんかじゃないわよ!ソレを言うならエンドウの事でしょ!?私はエンドウから魔法の特訓を受けてこうして魔力操作が上手くなったんだから。賢者なんて言うならソレはエンドウに言いなさいよね!」


「え?俺?」


 マーミからいきなり俺へと振られても反応しきれない。そんな俺はマヌケな声を上げてしまった。


「この小僧っ子が?オイ、冗談も大概にしてくれ。どう見ても餓鬼じゃねーか。そんな奴が賢者だと?訳が分からん。」


 そうしてドルグに否定されてしまった。コレに別段俺は怒りが湧く事も無い。

 だって別に賢者の自覚もしていなければ、賢者としての自負も持ち合わせてい無い。

 そんな俺がどうしてコレに反論できるだろうか?なので「えーと?」としか言葉が出なかった。

 そんな俺にマーミが弓をグイっと目の前へと出してきた。


「証明してやんなさいよ。私、賢者なんて器じゃないんだから。こいつの目の前で引いて見せてやってよね。アタシがこのままじゃ賢者なんてご大層な呼び方されちゃうじゃない。」


 コレに俺は弓を手に取る。そしてマーミを見て、ドルグへと視線を向ける。

 ドルグは未だに「信じられんな」と言った感じで腕を胸の前で組んで俺をジッと見る。

 マーミは「早い所やって見せてやりなさいよ」と言った目を向けたまま。


「はぁ~。俺、弓なんて引いた事無いぞ?こうでいいのか?」


 俺は軽々と弓を引く。当然マーミが弓を引いていた姿勢をマネてみただけである。

 だがそんな何ともない、自然な感じで俺が弓を引いたものだからドルグはこれを見てポカンと口を開けてしまった。

 そんなドルグの表情は「まさか?」と言う顔で止まってしまって動かない。


「分かったでしょ?賢者は私じゃ無くてコイツなの。ったく。勝手に賢者だ何だとか、そんな事私に言われても畏れ多いっての。」


 この言葉にも反応しないドルグはこのまま暫く呆け続けた。


「あ、いや、すまん。・・・本当にお前さんがこいつに?」


 正気に戻ったドルグの一言目はそれだった。

 別に嘘を言うつもりも無いのでコレに素直に答える。


「まあ、そうですね。で、この弓はおいくらですか?」


 いい加減にこの弓の代金の支払い問題に終わりを付けようと値段を俺から聞いてみた。


「そいつはタダでいい。持って行ってくれ。俺はその弓に関してはもう満足だ。金は最初に言った通り、要らねえよ。」


 俺はこのドルグの言葉に「分かりました」と言ってありがたく受け取る。

 でも、マーミは何かと納得いかずに呑み込めないようだ。でもドルグの性格をある程度知っているからだろう。

 俺からマーミへと弓を渡すと溜息をつきつつもソレを手に取る。


「分かったわ。これは貰っていくわね。代金を払う、って言っても受け取ってくれなさそうだしね。」


 ドルグは頑固な所があるのだろう。諦めたと言った感じでマーミがそう口にする。


「おう。俺はこれから革の加工で忙しくなる。しばらく来るなよ。」


 このセリフはドルグの見送りの言葉らしく、手を「しっしっ」と払われながら追い出されるように店を後にした。


「私はこれを手に慣らすのに時間を掛けたいから宿に戻るわ。エンドウはどうするの?」


 今日と言う日はまだまだ時間が有り余っている。ドルグの店には早朝に訪れた。

 こうして店から出てきたが、丁度お昼の時間だ。


「どっかの店で昼飯食って散歩かな?じゃあ、またな。」


 こうして俺とマーミは別行動になる。この時腹が大分減っていた俺はちょっと速足で露天の出ている大通りへと向かった。


 購入した串肉を頬張りつつ道を行く。活気が無い、とも言わないが、だからと言って寂れていると言えるでも無い。

 時期でないからこそなのだろう。これが毛皮シーズンになったらどれだけ通りに人が溢れるのだろうかとちょっと想像する。

 そんな風に考えながら歩いていると、ふと横道の方に目をやる。

 そこにはボロではあるが立派な「教会」が建っていた。これはあくまでも俺の頭の中に有る知識で当てはめたら「教会」がしっくりくると言った建物であるだけだが。


 そちらに興味を持ちふらふらと歩みを向ける。するとどうやらそこは「教会」などでは無く孤児院である様だった。

 子供達が真剣な表情で洗濯物を干している。そしてその側には「シスター」の格好をした妙齢の女性が居た。

 そして決め台詞。


「いつも言っている事ですが、貴方たちは成人の歳になれば一人立ちせねばなりません。自分で自分の事をできないようでは、雇ってくれる所が現れないばかりか犯罪者へと身を落しかねません。いいですか?しっかりとここで仕事を覚えなさい。料理の下拵え、洗濯、掃除。残念ながらあなた達には遊ぶ事の出来る余裕は無いのです。さあ、お次は勉強です。中に入りなさい。」


 決定だ。ここは確実に孤児院。しかもかなり教育がしっかりしていて厳しい所だ。

 仕方が無いだろう。いい加減に育ててここから犯罪者が出る事はこの街、ひいては国に損害を出す行為だ。

 普段から言って聞かせて育てなければ容易に犯罪者に走るかもしれない。

 でも、こうした教育をしていても反発、反骨する奴らは一定数出る事も確かで。


「貴方たち、木剣ばかり振るうのは止めなさい。さあ、中へと入って。勉強ですよ。」


「俺たちは言われた事は全部済ませてある。それらで空いた時間に何をしたって俺らの勝手だろ?勉強はするさ。将来騎士団に入るのに必要だしな。」


 そこには五人のもうそろそろ「卒業かな?」と言った成長具合の子供が一生懸命に木剣を振るっていた。

 でもどうやら俺の思っていた「悪ガキ」とは違って「いい子」のようだ。


 で、その五人が建物に入ってこない事に様子を見ようとしたのか、ひとりの女性がドアから出てくる。


「さあ、早く。今日は数の勉強だよ。・・・あ、エンドウ様?」


 出てきたのはミッツであった。


「え?何してんのこんな所で?・・・あー、そうか。それも仕事の一つって事?」


「エンドウ様は、お散歩で?はい、私、冒険者もしていますが、こうした場所での福祉も時間ができた場合にしているんです。それと病やケガを為された人たちの治療などもこの場を借りて格安でやってもいるんですよ。」


 どうやらミッツは多忙の様に見えるので俺はここでサヨナラしようと思ったのだが。


「エンドウ様、よろしかったら子供たちに計算を教えてあげて貰えないですか?子供達もいつもと違う方に教わればいい緊張と刺激になりますし、どうでしょうか?」


 引き留められてしまった。お願いされてしまった。

 そして別に今後の今日の予定の無い俺はこれをすんなりと了承してしまった。


 で、今、俺は小学校の授業を思い出しつつ、その時の再現をして子供たちに教えを施している。

 基本の基本、基礎の基礎から。数の認識の仕方を一から十、十から百と。

 庭で魔法を使い、地面から教材を作り出す。それを用いて小さい子供には楽しく遊ばせるように。

 ある程度の計算ができる者が居ればその子を中心としてグループにし、いくつかにまとめてそこを回るように教えていく。

 一番出来のいい子たちは掛算、割算ができる位だったのでそこら辺は加減をしつつもゆっくりと教えていった。

 足算、引算まで分かれば就職先が大幅に増えると言った感じの現状であるそうだ。

 なのでそこまで急がなくとも時間をかけ、じっくりと理解できるまで分からない子にはじっくりと根気よく簡単な言葉を選んで分かってもらえるようにしつつ向き合う。

 簡単な計算式も教えていけば優秀な子はどんどんとソレを吸収していった。

 そんな一部の吸収が早い子たちには次には分数まで教えればいいだろうか?と思った所で時間が来たようだ。

 どうやらかなり夢中になってどの子も数字の面白さに嵌った様子だった。

 夕食の準備の時間だと言うのにその事をすっかりと忘れて数字を向き合っていた。


「す、スゴイですね。皆もう足算も引算もできるようになってしまいました。苦手な子もいたのに。流石エンドウ様!しかも大きな数字になってもちゃんと「理解」して計算もできるようになっているなんて。」


 十進法が理解できれば後は別に難しい事では無い。しかし最初は躓きかけた。

 何せこちらの「数字」表記が俺の知っている数字の表記と微妙に違って微妙に似ていたから。

 でも似ているからこそ直ぐに対応できたので大きな問題にはならなかった。


(こういう所で俺はこの世界の「存在」じゃないって突き付けられるんだよなぁ)


 当然俺は自分の事を分かっている。しかし段々慣れて来た事に因ってそこら辺を忘れかけるのだ。

 馴染んできた証拠と思えばソレはポジティブな考え方だろうけれど。

 その事が原因でポカをやらかさないかとちょっと不安になるのが正直な所だ。


 そんな所にこの孤児院の院長だろう女性が話しかけてくる。洗濯ものを干していた時の人である。


「この度はこのような我が院へのご協力感謝いたします。ミッツの知り合いだと言う事でこの様に招きましたが、まさかこれほどの教育を子供たちに施してくれるとは思いもよりませんでした。お礼と言っては何ですが、我が院で夕食を食べて行かれませんか?」


 どうやらミッツと院長は顔なじみの様子。


「エンドウ様、どうなさいますか?無理に留める事はしませんが。子供達と食事をしていってほしいと思います。」


「あー、いや。俺はもう宿の方に戻るよ。じゃあコレで失礼しますね。」


 こういった場合はきっと普通なら「じゃあごちそうになります」と言って食事を頂いて行くのだろう。

 だけれども俺はこれをサッと断って院を出る。

 その後ろ姿をいつまでも頭を下げて見送りし続けてくれた院長には申し訳ないなと思いながら。

 俺が院を去る時にミッツも何も言わずちょっぴり残念そうな顔になったくらいで何も言わずに送り出してくれた。


(あんまり子供達と仲良くなるのは、ね。好かれる分には別にいいけど、それが纏わり付くようなトコまで発展すると鬱陶しくなるだけだから)


 この日は宿で追加料金を払い夕食を摂った。その後は別段何もせずにそのまま就寝をした。


 しかし翌日、早朝。俺の部屋をノックする音で目が覚める。


「エンドウ様、起きていらっしゃいますか?ミッツです。本日お時間が御座いましたらお付き合いして欲しい事が有ります。」


 この言葉で俺はベッドから欠伸をしながら立ち上がってドアを開ける。


「このような朝早くに起こしてしまった様でスミマセン。で、あの~。今日は付いてきて頂きたい場所がありまして。」


「あー、別にやる事決まって無いし、いいよ。支度してくるから下でちょっと待っててくれる?」


「あ、ありがとうございます。ではお待ちしてます。」


 そう言って頭を下げた後にパタパタと足音を立てて早歩きで宿のロビーへと向かうミッツ。

 ソレを見送って俺は朝支度を整える。二度寝をグッと堪えながら。


 こうして俺とミッツは宿を出る。朝飯は早朝から出している屋台で食べる事になった。


「ありがとうございますエンドウ様。昨日も、こうして今日も。お礼と言ってしまうのはどうかと思いますけど、朝食は私が奢りますね。」


 こうして小麦を薄くのばして鉄板で焼いたものに野菜と甘辛く似た肉を巻いたものを御馳走になる。

 ソレを頬張りながらミッツが連れていきたいと言った目的地へと向かう。

 そこは昨日見た「教会」とは違う、しかし同じな建物。要するにこっちの方が大分立派で大きいと言った具合なだけなのだが。

 そこへとミッツは入って行く。その後ろへ付いていって俺も中へと入る。

 そこは静謐と言って良い内装だった。扉を入って正面にはどうやら祈りの対象、いわゆる「神」の像だろうモノが鎮座していた。その大きさもかなりの高さだ。


 台座と合わせればゆうに5mは有るだろうか?どうやら男神であるようなのだが、その顔に表情は無い。

 のっぺらぼうと言えばいいだろうか?ソレが何とも不思議な感じがして眺めているとミッツから説明を受ける。


「神様は私たちの遥か上に立つお方ですから。我々がそのお顔を知る事はできません。だからこうして造られる神像は神様の顔を作らないのです。」


 神の姿を模したものは駄目という宗教があるなあ確かに、と俺は心の中で独り言ちる。

 想像力と言うモノで人は勝手やたらにアレコレやらかす生き物だ。

 こうして顔の無い神様なんてモノを造るのにもそれなりに訳があると。偶像崇拝は本当に色々と面倒であるなと思う。


 で、そんな建物の奥へとミッツは入って行く。その一つの小部屋に入ると俺をそこへと手招きした。


「ここで私は今日怪我や病気の方の治療をするのですが、エンドウ様にソレを見て頂いて助言などが有れば教えて欲しいのです。」


 俺は別に医療になんて詳しくないのだが、どれだけミッツの中の俺は万能になっているのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ