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突撃だぁ!ヒャッハー!爆裂だぁ!蹂躙だぁ!それと、話し合いだぁ!

 俺の去った後の警察署?は騒がしい。怒鳴り散らす声、気合の入った声、バタバタと多くの人が走り回る足音。

 そんな騒々しさを後ろにしてテクテクと歩く。そこに師匠が声を掛けてきた。


「一体お前は何処に向かうんだ?バルトンの事務所はそっちじゃないぞ?おい、待て、本当にお前と言う奴は・・・」


 俺が向かう場所と真逆を示す師匠。しかしその事務所にはバルトンはいないのだ。

 奴が要る場所はここから離れたどうやらスラムだからだ。


「今頃は悪だくみをする為に向こうの、ほら、あの建物の中で宜しく酒盛りしてますよ。」


 俺は歩みを止めずに師匠にそう教える。指が向くのはスラムでも一番奥の大きな廃墟だ。しかもどうやらそれは昔の御貴族様の元々住んでいたものの様で廃れてはいるのだが、どこか気品漂う建物だった。


「いつも聞いてばかりで済まないが、どうしてそれが分かるんだ?迷わず、確信を持って言っているだろう?何故そこまで言い切れる?」


「えー?しょうがないですね。コレも魔法ですよ。師匠も使うでしょ?森の中で魔物を気配を探るのに。その規模と精密性を上げただけです。」


 歩きながらも説明は続く。しかしまだ師匠は納得いかない様子だ。


「エンドウよ。お前はバルトンを知らないのだろう?何故知らない人物を探し出す事ができる?魔物の気配を探るのに私も確かに魔力を周囲に波紋を広げるようにして探るが、見たことも無い、聞いたことも無い存在の判別はできん。それに私の探る事の出来る範囲の・・・何百倍だ?お前の探れる範囲は。」


「どうですかね?何処まで探せるかとかは限界を試した事無いんですけど。でもそれはおいおい判明すればいいかな。あー、あと、会った事無いですけど、顔は判りますよ。」


 これに何を言っている?とやっぱり師匠は意味が分からないと返そうとして口を開きかけるが逡巡して止まる。


「・・・まさか、あの暗殺者に自白をさせる魔法・・・奴が私の聞いた事に答えた時の奴の頭の中に浮かんだモノをお前は読み取ったと言うのか?そんな馬鹿な・・・」


「あ、師匠、それ正解です。師匠も少しづつ分かってきましたね。あぁ、魔法ってなんて怖いんでしょう。」


 ちょっと大げさに両手を胸にあてて見せる俺。これにはブルリと師匠が一瞬震えた。そして一言。


「エンドウよ、私は魔法などよりもお前の方が恐ろしい・・・」


「えー!なんて師匠だよ!こんなに可愛い弟子が怖いだなんて!」


 ちょっとおふざけしながらくるっとその場で一回転してニヤリ顔を師匠に向ける。

 これに師匠は深刻な顔で睨んでくると言う仕返しをしてきた。要するにその返しは「マジだぞ」と言う師匠の本心だと言う事だ。


「安心してくださいよ。森でぶっ放したあんなものは街中じゃ使いませんから。快楽犯罪者じゃ無いですよ俺は。頭の中を読み取るなんてそんな真似は事情が無けりゃ使用しませんって。」


「この街に来て間もないお前が「身内」と呼ぶ存在は少なかろう。それが恐ろしい。お前の気が変わればここは死の闊歩する街になるだろう。その最悪の場面が頭から離れん。」


「信用無いなー。じゃあ約束しましょう。俺は別に破壊神になったりしません。コレで良いですか?あ、取り合えず見えてきましたよスラム。あー、イメージ通りだなー。」


 こうして会話をしながら歩けばあっと言う間にスラムに着いた。イメージからさほどかけ離れていない通りの汚さ、建物の影の多さ、脇道の複雑さ、そして身なりの良くない大人子供。

 しかしここからバルトンが隠れ居る廃墟はもう少しかかる。


「隠れて誰かと会うにしたってこんな所は普通無いだろうに。メンドクサイやっちゃなー。」


 そう俺がぼやく。師匠は師匠で。


「こんな所でバルトンは誰とどんな話をしているんだ?私がこうしてこの街に戻って来ている事すら想像の外なんだろうが。」


 本気になったらバルトンのしている会話さえ俺は盗聴できるだろう。しかし、今回は別にそこまでする必要も無いし、そんな悪だくみやら気分を害するだろう予想の立つ会話を耳に入れたくない。


 師匠は昨日にあの森の奥の小屋に到着したばかりであった。ならば本来はそこからすぐに戻って来るにしたって急いでいたとしても今この場に存在する事は不可能だろう。

 しかしそこ、魔法は偉大である。その摩訶不思議な力は人の妄想、想像のほぼ全てを現実へと変える。

 まあ、この世界の人の頭の中よりも大分俺の脳内がヤバいって事は師匠の毎度の質問とリアクションですぐに理解する所ではあったが。

 それを師匠は「賢者」などと言って表現したが、そんな存在と俺とは全く持ってかけ離れていると言えよう。

 まあそれも勝手な俺の「賢者」などと言うものに対するイメージなのだが。


「やっと到着ですね。いやー遠かった。」


「エンドウよ、お前の魔法ですぐに着く事ができたのでは無いのか?」


 廃墟、その閉ざされた門の前に来て背伸びをする俺に師匠は問う。


「アレはですね。一度目にした事のある場所にしか行けないんですよ。便利なようで、不便なようで。コレは贅沢過ぎる悩みですね。で、コレ、師匠もここまで言えば解ると思いますけど・・・」


「お前の世界には繋げられなかった・・・か?」


 そう、この魔法、俺の元居た世界の景色、一番見慣れたあの自室を思い浮かべて魔力を放出しても何処にも繋がらなかった。

 放出した魔力は虚空へと消えて只々魔力を垂れ流しただけに終わる。

 この世界のどこにでも繋がりはするが、この世界じゃ無い場所には繋がったりしないようだった。

 こんな魔法を使えるのだから俺が元の世界に戻れていてもおかしくない。しかしそれでも今こうしてここに居る事がそれが不可能であった事の証明だ。


「そうなんですよねぇ~・・・はあー。でも、まあ、この世界を堪能しつくしてから帰還してやりますよ、いつかきっとね。」


 俺のこの啖呵はこの世界で折れてしまわないための、いわばおまじないの様なモノである。

 こちらの世界で生きて行くための覚悟はもうできている。しかし、この世界の人間では無い事は忘れない。

 そのためのいわば自分に課した「約束」みたいなものだ。

 元の世界に戻るための方法は積極的に探そうとはしない。不可能に近い物と分かっているのだからそれを探す努力はかなりの物を要するはずだ。そして見つからないと言う結末も考えておかねばならない。努力は実らない場合もある。

 そんなエネルギーをいつも絞り出して必死になりっぱなしは御免だ。

 棚から牡丹餅、瓢箪から駒、果報は寝て待て。そんな気分で過ごしていないといつもいつもそんな気を張り詰めて生きていればきっと破裂した時の被害は相当だ。

 何せ俺はこの世界でヤバい存在だからである。そんな存在が一度だけであろうと「絶望」から「暴挙」に転じればこの世界はちょっとマズイ方へと転がって行くだろう。

 そこからの、自分で「破壊神にはならい」と言った所に繋がる。


 初めて森へと師匠と狩りに行った時とは比べ物にならない位の魔力量に今俺はなっている。

 これが暴走でも起こせばたちまちのうちに、それこそ周囲何処までになるかは計算できないが、死の大地へと変わるだろう。

 だから俺は精神を安定させることを最重要にしなければならないと自身で分かっている。

 だからこそ、期待しない、望まない、盛り上がらない、勝手に決めつけない、周りに流されない、などなどを考えて今を過ごすのだ。

 未来を見ない、過去を見ない、今と言う目の前とそのちょっと先を、平常心で過ごす。


「じゃあこの門ぶっ壊しちゃいますね。」


 こうして俺は魔法を一つ発動する。なんて事は無い。目の前の邪魔な障害物を取り除くために視界一杯に広がる壁と門を纏めて爆破したのだ。

 爆破のイメージはいつか見たニュース番組での工場爆発事故である。

 しかし安全確保も怠らない。こんなに近くに居る自分たちまで巻き込まれるような、そんなヘマをしないために爆風や威力が指向性を持つように計算して爆破した。

 響く轟音、破壊された門、壁の瓦礫は廃墟の方へとぶっ飛んでそのまま家屋の壁を突き抜ける。


「何でそんな目で見るんですか?派手にいきましょうよ。それこそゴクロムが動きやすくなるようにしっかりと目立つように動かないと。」


「おい、先ず私が話をすると言っただろう?いきなりこんなマネをされて奴らが黙ってはいないだろう?」


「話し合いはちゃんとして貰いますよ。最初の約束通り、師匠はまずバルトンに文句の千や二千ブッ込んでください。あ、お出迎えが来たようですよ?おかしいですね?こんな廃墟にあんな大量の武装した集団とは?いやはや、ここでなにか催し物でもあったのかな?」


 これから始まろうとしている事に俺は惚けた事を言って開始の合図とした。


「・・・千だの二千だのと・・・そこまで人を罵る言葉の表現があるはずは無かろう。精々百が良い所だ。ふむ、バルトンはあの中に居ない。本当にここに居るのか?」


「あ、居ますよ。あそこ、ほら、あの二階の端の部屋、カーテンの影。見えます?じゃあこのまま入り口に突っ立ってても始められませんし、庭に入りましょうか。」


「もう、私はお前に何と言って諫めればいいのか分からん・・・」


 俺の飄々としたいつまでも変わらない態度に師匠はもうツッコミを入れてくれないらしい。むしろ諦めたようだ。コレはこれで寂しい物である。


 そして俺は手を水平にまで上げてそれを横にゆっくりと振る。

 その次には目の前に迫って来ていた男共は一斉に大阪新喜劇のコントの様なスッ転びを見せた。

 誰もが白目を剥いて裏返したガマガエルのようになって動かない。

 その人数はざっと五十人程か。後続で出てきていた者たちはそれを目の当たりにしてギョっと目を見開いて止まる。

 残りは三十と言った感じだろうか?こんな場所にこれだけの量の人数を集めているなんて馬鹿げている。

 バルトンはここで密会をしていたのではなかったのか?そもそもこれだけの武装集団が居れば確かに警備面は万全だろう。

 しかし重要な自分という存在を隠す事は不可能になる。最初からバレても良かったものなのか、あるいは他に何か意図があるのか?

 そんな事は俺に関係無い事を思い出して残りをやってしまう事にした。


「じゃあ今度は地味なやつじゃ無く、派手めで行ってみましょうか!」


 と、俺は言葉だけを口にする。ただそれだけで武装した男共は宙を舞った。

 まるでヒーロー物の悪役が主人公の必殺技を食らって宙を高く吹っ飛ぶような、そんな感じだ。

 それがほぼ全員同時に起こる。俺の視界の中に居る者たち全てに例外無く。

 そして吹っ飛んだ男たちが重力によって自然落下し地面に叩き付けられる。

 ドサッ、ドスッ、ガンッ、ガシャン。金属鎧を着ている者たちも、そうでない軽装の者たちも、平等に飛んだ高さは同じである。

 そんな中でまともに着地できた者はおらず、そのどいつもが様々に戦闘不能に陥っていた。

 衝撃で脳震盪を起こして気絶、打ち所が悪くてあちこち骨折、上手く受け身を取れた数少ない者はショックで立ち上がる事ができないようだ。

 どうやら死人は今の時点で一人も出ていないようだ。呻き声だけがこの場に流れる。


「はい、皆さん!もう一度空を飛びたい人はいませんか?いたら別に何も言わなくていいです。もう一度立ち上がって俺に向かってきてください。誰かいませんか?」


 そんな男たちの中へと俺は呼びかける。誰しもが俺の言葉を理解できなかったようだ。この言葉の意味をちゃんと飲み込めるまでこいつらには時間が必要であろう。

 しかしそこは待ってやる義理は俺には無いので、数少ない受け身を取っていた一人の男に目を付けた。

 そいつは俺の事を「どうすればいいか?」と言った敵意を漲らせていたからだ。

 どうしてそんな事が分かるのかって?ソレは脳内レーダーの敵味方を識別する色が赤だったからだ。


 気絶、あるいは戦意が無くなっているであろう者は灰色で。

 注意、もしくは警戒をしてきている者は黄色。

 味方は当然青で、中立は白、判別ができていないのは緑になっているからだ。


 この男共の多くが今灰色である。一部受け身を取って無事だった者の中に黄色と灰色、しかし黄色は点滅していて俺の先程の言葉で灰色に変わりそうである。

 そして赤の男はそんな中で二名いた。俺はその事に多少驚きはしたが、デモンストレーションの為のイケニエになって貰おうと考え直したのだ。

 二分の一、選ばれてしまった男の方はご愁傷さまとしか言ってやれない。


「はい、そこの君!敵意をむき出しなのバレバレ。君にはちょっと楽しいプレゼントをしてあげるよ。」


 ダークなフォースの米打卿のように、もしくはフリーザーなキャラがつるっぱげを爆破した時のように、俺はその男へと手の平を向けた。

 この手はもちろん演出である。私が何かしましたよ、と言うのがすぐに理解して貰えるようにするための演出だ。ただ単に突っ立っているだけでも可能なのである。

 魔法はイメージ、頭の中で既にそのビジョンが完成されていたならばそれらを身体でアクションしなくてもよいのだ。

 仕上げは魔力を放出するだけ。脳内のイメージを添えて。


 その指名された男は宙へと浮き上がる。文字通り、その場からフワフワと。

 地上から二メートルほど浮かんだその男がじたばたして「クソ」だの「何なんだ」だの言っている間にまだ意識の残っていた者たちの注目が集まった。


「では、思う存分空の旅を楽しむと良い。」


 そう言って俺は手の平を空へと向ける。向ければ宙に浮いていた男は一気に遥か上空へと舞い上がった。

 それこそ「ビューン」だろうか?まさしく東京タワー程の高さまではその姿は見えていたが、そこで止まらずそれ以上の高さにまで上昇。

 それでもまだまだ空へと上がり続け、とうとう影さえ見えなくなってしまった。


「エンドウ・・・コレはあまりにも、あんまりだろう・・・あくまでも私たちはバルトンに話を付けに来たのでは無いのか?」


 きっと師匠は空の彼方へと消えた男に自分を重ねてしまったのかもしれない。

 警備でここに配置されていたのだこいつらは。だから仕事はしなくちゃいけない。

 いきなり門を爆発させた怪しい人物たちをよもや生け捕りになどしようとはしないだろう。

 それはそんな事を仕出かした存在に対して余裕なんて持って対峙できないのが当たり前だからだ。

 殺す気で向かっていく、それは仕事の一環と、そして自分の命を守る事を同時にこなそうとするが故だ。

 だから、ここまでの事をしなくてもいいのでは無いのか?する必要は無いだろうよ?と言った相手への同情なのだろう。


「師匠は優しいですねぇ。ご自分に暗殺者が送りこまれた事、忘れてません?でも、まあ、これくらいで許してやりますかね。」


 ここでドサッと音がする。それは先程遥か上空に消えたハズの男が地面へと下ろされた音。

 ワープゲートを地上に繋げて男を一瞬にして地上に下ろしてやったのだ。

 その男と言えばもうマーカーのアイコン色は灰色になっていて敵意を無くしていた事を確認してある。

 身体を縮こませてブルブルと震え続けていた。トラウマをこの男に刻んでしまったようだ。

 随分と罪深いことをしてしまったが、反省はしていない。それは何故か?


 そうしてまだ赤い色のもう一人の男へ視線を向けた俺はニコッと笑いかける。

 コレを見てもまだ敵意を残している男が残っていたからだ。


「お次はもうちょっと分かり易く行こうか?」


 その言葉で既に宙に浮いているもう一人の赤マーク男。

 これが二回目なのだからもう周囲の意識がある男たちは、これが俺のしている事だと気付き始めた。


 先ず先程と同じように東京タワーの高さほどに上げる。

 後は簡単、落とす。それだけ。


「わあああああああああああああああー」


 と男の叫び声が聞こえても無視だ。そして地上に激突する瞬間、ピタ、と静止させて激突を防ぐ。


「はい、俺の意思一つでここに居る全員に同じ目に遭わせることができます。そして、それをするときはこうして止めたりしません。全員仲良くあの世行き。分かってくれましたか?では、もう一度。」


 ピタッと宙に浮いて止まっていた男がもう一度空へと高く舞い上がる。

 だってまだ赤いままだったからだ。まだこいつは俺への敵意が折れていない。

 ならばもう少し遊んでやってもいいだろう。そのまままた落とす。

 しかし地上にぶつかりそうになる前にカーブをかけてそのまま地上と水平にして飛ばす。

 あわやそのまま廃墟の壁に激突!と言った所でまたピタッと止めた。

 顔面は壁との間を五センチほどで止めた。もちろん最初から最後まで目を閉じさせない様に魔法で男の瞼を固定してその景色を脳裏に焼き付けてもらうサービス付きで。


 それが効果あったのか、赤マークが一気に灰色へと転換した。

 そこでようやく俺はその男を地上に下ろす。死んではいないはずなのだが、その男はうつ伏せのままピクリとも動かなくなってしまった。


「じゃあコレで今ここに居る全員無力化成功ですね。師匠、では行きましょう「話合い」に。」


 俺の横で突っ立っていただけの師匠はやはりここでも憐れみの目をこの男たちに向ける。

 廃墟の入り口に向かう俺の後ろをついて来る時の師匠の呟きは「やり過ぎだ・・・」その一言だけだった。


 廃墟の中に入ればそこかしこに蹲ったり傷の手当てをしていたりした者が散見している。

 どうやら最初にぶっ飛んできて壁を貫通したモノに当たってしまった残念な奴らなようだ。

 そいつらを無視してバルトンの居る部屋へと一直線に向かう。そうして誰もこちらの前に立ち塞がってくる者もおらず、すんなりとその部屋に到着した。


「さて、バルトンさんはこちらでえす・・・よっと!」


 そのドアを俺は勢いよく蹴り開けた。立派とは呼べず、しかし重厚であったその扉は蝶番をぶっ飛ばしそのまま部屋の中を舞う。

 真っ直ぐに綺麗に飛んでいったドアはもちろん魔法で強化した蹴りでぶち破ったのだ。

 それは床に着く事も無く一直線に飛んで窓を割り外へと落下していった。


「ひ!ひえぇぇエエえ!な!何者だお前たちは!?私をバルトンと知っての狼藉かぁ!?者共!であえ!であえぇぇい!」


 バルトンはどうやら俺がその者共を全員戦闘不能にしている場面を見ていなかったようだ。

 師匠にバルトンの居場所を教えた時には窓際に居てこちらの様子を窺っていたはずだが、どうやらこちらが二人しかいない事で安心してその後の事は見ていないッポイ。

 当然そんな風に叫んでも誰もバルトンを助けに来る者はいない。


 そしてようやっとこの部屋の内装をよく観察してみれば、壁紙は何処にもシミ一つ無く、何か知らないけど綺麗な風景画が飾られ、床は埃一つ無くやわらかな絨毯が敷かれている。

 テーブルは綺麗に光を反射し、ソファーはフカフカなようだ。コーヒーの様な香ばしい香りの飲み物が置かれ、マドレーヌの様な茶菓子も置かれている。

 どうやらこの部屋だけは改装をして使っていたようだ。


 そしてバルトンとは別で三人の男がこの場にはいた。


 バルトンの後ろに立っていた秘書?と見られる眼鏡をかけたやせっぽちの男。


 バルトンの対面に座っていた、サラリとした金髪をオールバックにし、鼻の下にちょび髭をはやした男。

 その背後には護衛の様で筋骨隆々の禿げたオッサン。


 バルトンと言えば腹の出た七三分けの何処をどう見ても不摂生な小太りオッサンである。


「で、師匠、はい。どうぞ。文句を言ってやってください。」


「ここでいきなり私に振るのか!?いや、確かに話をするつもりではいたんだが?ここに居るのがこの都市のマフィアの大ボスだぞ?コレは私の件なんてちっぽけなモノだぞ?おい、なんでそんな目で見てくるんだエンドウは。」


 ここでジト目になって師匠を俺は睨んだのだが、割って入ってくる奴がいた。


「お前は元宮廷魔法使いのマクリールだな?どうしてこんな所に殴り込みなどをしてくる?・・・おいバルトン、お前は俺を売ったのか?小物だとは思っていたが、ここにきて大胆な事をしてくるじゃ無いか?んん?」


「ち、違う!私はだまし討ちなどを企んではいない!信じてくれ!」


「えーと?コイツ誰?まあいいや。師匠、説明お願いします。」


 俺は別に取り乱す事無く師匠にこの男が誰なのかシレッとした態度で聞く。


「・・・お前は緊張感が・・・諦めた方がいいな。こいつはこの都市の裏で暗躍する組織のボスだ。名はベルカン。めったに姿を見せない事で捕縛も難しいとされている、この都市で知らぬ者のいない犯罪者中の犯罪者だ。」


 師匠から諦められてしまった。残念である。しかしそれを表には出さない。話が先に進まなくなるからだ。


「ふ!かのマクリールにそのような大きな評価を貰えてうれしいね。では、私からは用心棒の紹介をしようか。こいつはボーズルと言ってな。闇闘技場でその頂点を張っていた者だ。まあこれから死ぬお前さんたちには教えなくてもいいモノだったな。」


 この言葉にボーズルは背中に背負っていたデカイ大剣を構えた。

 と、そこへ俺は声を掛ける。


「あ、ちょっと待って貰える?あ、それと、すみませんがね、ベルカンさん?には俺たち用は無いんですよ。だからこの場に居る気が無くなっているならもう出て行ってもらって良いですよ?」


「エンドウ・・・お前は何を言っている?」


 師匠だけじゃ無く、この場にいる俺以外が全員そんな疑問を顔に出している。

 それを無視して俺は脳内で「繋ぎ」をつけてこの場にいるベルカンの事を報告する。


「あ、それじゃあ俺たちの目的をちゃんと教えますね。バルトンが師匠の命を狙って暗殺者を寄越しやがったんですよ。それでデスネ、そいつら関係無い俺を目にするや否や、速攻で俺を殺そうと襲い掛かって来た。全員返り討ちにしてやったけどね。それで意趣返しをします、ってなもんで。こうしてここに来た訳です。師匠を殺す動機も只の「気に入らない」って子供の癇癪かよ!ってツッコミも入れたかったんで。」


 それから暗殺者の一人は生け捕りでもう既に出すとこに出してあると言うのと、その暗殺者から既に自白も取っていると言うのも追加で言っておく。


「で、師匠、文句の一つや二つや二百や五百はもう準備できましたか?」


「今のバルトンの情けない姿を見てもう何も言う気が起こらんよ。後はエンドウ、お前の好きにしてくれ。もう私の手に負えない。」


 何やらガックリと肩を落としてしまった師匠に俺は何も掛ける言葉を思いつかない。

 何故ならボーズルが身の丈に近い程の大きさの大剣を振りかぶってこちらに縦に斬りかかっていたからだ。


 まあコレは牽制で一撃、こちらの様子を窺うようなキレの無さだったので当然こちらはソレを簡単に避けはする。

 師匠も大きく下がって廊下にまで退避した。俺は最小限の動きで見切って避けてある。まだ部屋の中だ。

 そしてその俺のすぐ側にはボーズルの空振った剣がすぐ目の前。

 それが俺へと向かって今度は跳ね上がろうとしていた。しかしそれを俺はさせなかった。

 一歩踏み込んで手を伸ばし、ボーズルの手首を抑えたからだ。


 手首を掴まれた瞬間、ボーズルは厳しい顔つきになった。

 その様子は俺にしか見えていない。だからだろう。ベルカンはボーズルに命令をする。


「何をふざけているボーズル。さっさと殺せ。そいつはそこのマクリールを師と言っていた。油断している場合か?さっさとそいつを始末してマクリールも殺せ。」


 しかしその言葉にボーズルは動けない。俺の魔法で強化している身体に力で勝てていないのだ。

 俺は掴んだ手に力を込める。するとボーズルは小さく呻きを上げた。


「この手を放すからゆっくりと下がってくれるかな?変な動きをすれば師匠が魔法を撃ってあんたをぶっ飛ばすよ、この角度だと。ほら、見えてるだろ?師匠は杖をあんたに向けてる。死にたくなけりゃ言う事聞いてくれよ?」


 俺はそうボーズルに提案した。そしてゆっくりと手の力を抜いて約束通りに放すとボーズルは無言でベルカンの元まで下がる。


「何をやっている?貴様その程度か?こんな餓鬼に何処に手こずる所がある?」


「なあ?俺、今、言ったよな?あんたに用は無いって。だからこの場から消えてもいいって。なのに俺たちを殺そうとしたな?なら俺もそれ相応の対応をするぞ?良いのか?あんた後で後悔したりしないな?」


 ここで俺は警告した。もうバルトンは完全後回しである。後で出来る用事はバルトンの方で、今直ぐに解決しなければいけない事はベルカンの方だ。

 向かってくると言うならこちらもソレにキッチリと痛い目を見させる。何倍にも増した痛みを叩き付けてやる。

 そして大事な事、それは俺は仏の顔など持っていない事である。

 ここで素直に手を出さなければ、俺たちを殺せと言う命令を撤回したならば見逃そうとも思えた。

 しかし俺のその思いは相手に届くはずも無い。


「おい、ボーズル、今度はお前の全力で、本気であの餓鬼を殺せ。例えマクリールがお前を狙っていようともそれ位は躱せるだろう?やれ。」


 ベルカンは杖を構えた師匠がここの時点で見えていたようだ。それでも殺せと言う命令は降ろさないつもりらしい。

 ベルカンのこのセリフを聞いた後、俺は魔法を発動した。

 その魔法とは「クイズ・時間ショック」の負けた者に対してされるあの罰である。

 その威力は本物の何百倍ではあるが、そんな魔法をベルカンに食らわせてやった。


 その様子とは、先ずゆっくりと身体が宙に浮く。その後は前後左右、斜め、捻りを加えて、それはもう「シライ」も真っ青、裸足で逃げ出すレベルで超絶高速回転だ。

 それを五秒ほど続けてピタリと止める。その後はそのまま下ろした。その当人は意識を完全に失って床に寝そべって動かない。


「あー、死んではいないみたいだな。ならそのままでいてもらおう。じゃあ次はお前の番だ。バルトン、覚悟しろ?」


 俺のこの宣言に師匠はもう何も言わず、バルトンは青褪めた顔で絶望し、しかしその秘書と見られる眼鏡を掛けた痩せっぽちの男は動じていない様子だった。

 ボーズルは雇い主が気絶した事で動こうとしなくなった。


「とは言え、俺はあんたに別に死んでもらいたい訳じゃ無いからそこは安心してくれ。その代わりと言っちゃなんだが、代わりに死にたくなる後悔をしてもらいたいだけなんだ。そう、この先の一生を「その後悔」をずっとひと時も欠かさず脳内で繰り返し続けながら最後の最後まで寿命がくるまで生きて、そして死んでほしいだけなんだ。人を殺そうとしておいて、自分が復讐される事が頭の中に無かったとはいわせないよ?精々苦しみ抜いてもがき続けて死ぬ人生を送ってくれ。あんたのこの先にもう絶対に幸せなどと言うものは許さない。」


 そんな言葉を口にした俺を師匠もバルトンも眼鏡痩せっぽちも、サイコパスでも見るかのような目で見てくる。

 俺はそんなにオカシイ事を口にした覚えは無いのだが。


 と、ここまで口にしてやっと微動だにしていなかった眼鏡痩せっぽちが動いた。その腕だけが。

 その早業は「動いた」と思った時には時すでに遅し、みたいなものだったのだろう。

 それだけの淀み無く、それでいて躊躇無く、ごく自然な動きで目にも止まらない。


 だが、その動きの結果は俺の目の前で止まっている。棒手裏剣が四本。

 俺の眉間、喉、鳩尾、へその高さで浮いて止まっているのだ。


「へぇ~?不意打ちかぁ。しかもやべえな?あんたバルトンの護衛だったのか。しかも暗殺者で。あれか?影のなんちゃらっての、あれの一員だったりする?ぶっちゃけ、こう言うのビックリするからさー、やめて欲しいんだけどね?いや、別に絶対食らう事は無いんだけどさ、精神的にいきなりこう言うのはクルわけよ、普通に。」


 これに苦い顔になった眼鏡護衛。次には自然な立ち姿に戻る。

 しかしこれには油断がならない。何故なら何処に隠し武器を持っているか分かったモノでは無いのだ。

 ゆったりと全身を覆うその服装の内にどれだけ武器があるか分からない。

 先程の棒手裏剣などは隠そうと思えばどこにだって隠せるだろう。あと幾本保持しているかも見当が付けられない。


「師匠は隠れててください。たぶんですけど、コイツ師匠じゃ手に負えないです。廊下に下がっていてください。部屋の中には入らない様に。あ、でも気になったら慎重に中を覗くくらいはしても良いです。その場合は師匠は自分の身は自分で守ってくださいね。警告しましたよ?」


 眼鏡護衛も師匠もこの言葉に動じる事無く静かなモノである。


「エンドウ、私は何故ここに居るんだろうな?必要無かったな?私の存在は。」


 どうやら師匠は落ち込んでしまっているらしい。目の前で次々起こる急展開に心が追い付けていないようだ。


「どうしてもお前を殺さなければ私も自分の身が危ういようだ。全力を持ってお前を排除する。」


 ここで眼鏡護衛が初めて言葉を発した。それは俺への全力排除宣言。

 俺はこれを否定した。


「ん?あんたは別に今この場を去ると言うなら見逃してもいいぞ?もう別に今目的のバルトンはそこに居るし、お前に用が有る訳じゃ無いし。あ、俺を殺そうとした事なら別にどうでもいいよ今は。だから俺の気が変わらない内にここから逃げれば?相手をするのもかったるそうだしな。」


 この俺の言葉に眼鏡護衛はプライドを酷く傷つけられたようだ。額に青筋が浮かんで怒ってますと言うのが一目で分かった。


「あ、お前逃げようとすんなや。ちょっとそこで転がってろ。」


 この一連のやり取り中にバルトンが窓際ににじり寄っていた。

 きっと俺が吹っ飛ばしたドアで割れた窓からどうにかして外に逃げ出せないかと思ったのだろう。

 俺の様子を睨みつつ摺り足で横にズリズリとゆっくりと移動していたその姿は正直言って見苦しかった。

 なので魔法でバルトンを縛り上げた。もちろん頭の中では細く伸ばした魔法がロープに変わり勝手にバルトンに巻き付く想像をした訳だが、それは成功した。

 突然虚空から現れたロープがひとりでにバルトンへと巻き付いてギュウギュウに締め上げる。出っ張った腹にロープが食い込み、正しくボンレスハムの様相だ。


 その一瞬の隙を眼鏡護衛は見逃さない。俺と相手との間には障害物があった。ソファー、テーブル。

 それらを一跳びで飛び越えて俺へとナイフを振り抜いてきた。


 しかしそれは空振りした。空振りするはずが無い程に眼鏡護衛は俺の目の前まで踏み込んでいたのにも拘らず、そのナイフに俺は掠りもしなかった。


「クソッ!化物め!」


 直ぐに俺から離れて安全を確保しようとする眼鏡護衛。しかし俺はそれを許さない。


「あんなジャンプを見せておいて俺の事は化物扱いかよ?ちょっと酷くない?」


 全く助走も、飛び上がるために身を屈めたりもしないで、まるで特撮かのように何の事前動作もさせずに障害物を飛んで超えてきたのだコイツは。

 それを化物呼ばわりせずに、そんな奴がむしろ俺の方を化物呼ばわりしてくるとはあんまりである。


 なので俺の逃げていいと言った言葉を無視してこうして斬りかかって来たこいつをバルトンと同じ方法で簀巻きにしようとイメージを頭の中に浮かべた。

 それをすぐに実行したのだが、防がれてしまった。


「甘い!ソレはもう見た!いきなりこんな手品みたいなマネができるのは驚いたが、一度見てしまえばどうってことは無い!」


 出現したロープを手早く切り刻まれてしまったのだ。ロープはそのままじんわりと消えて行ってしまう。


「おー、スゲエ。防がれるとこんな風になるのか。勉強になるな。じゃあこんなのはどうだ?」


 こうして防がれる事によって新たな魔法の一面を知る事になって俺は少し上機嫌になった。

 だけれど防がれた事にムッとしなかった訳では無い。

 なのでちょっとこいつに怖い目に見てもらうつもりで俺は三本の剣を中空に出現させた。

 それはゆらゆらと宙に留まり、地面に落下することも無く浮く。


「じゃあ、やろうか?剣の舞、なんてな?」

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