さて、行きますか。のその前に
あれからあっと言う間に日数は過ぎ、約束の日、組合への引き渡しはスムーズに完了した。
これまでにあった事と言えば、機関長への指導、ミャンレンが「遊戯」に早くも成功してリーロを紹介したり。
ダグに突然に誘われて狩りにまた出たりと言った事をしている。
湖の主をサクッと倒して組合に売った事を何処で知ったのか?ダグがこれに「何で俺が居ない時に限ってそんな面白そうな事!」と一悶着あったりもして。
「とまあそんな事で観光を終わりにして出立するからさ。また気が向いたら遊びに来るよ。」
「もう二度と来ないでも良いですけどね。貴方が居るとどんな事をしでかすか分かったモノではありません。」
相変わらずケンフュは俺の事が嫌いである。コメントが一々辛い。
さて、組合に湖の主の残りの引き渡しまでの間の日数でこの国で知り合った者たちへと出立する事を説明して回ったら。
キョウは「いつでもまたいらしてください」と簡単な一言で別れが済み。
ミャンレンは「え?マジで?」と何でか俺がそのまま道場にずっと居続けるのだと思っていたらしく驚いていた。
ダグは「おう、また今度な!」とあっさり。
機関長は「今度お会いした時には多少は驚いて頂けるくらいの腕前になっておきます」と宣言された。
リーロからは「え?この御恩をどうやって今後御返しして行けば良いんですか!?」と言われ。
こうして俺は取り合えず「立つ鳥跡を濁さず」とまでは言え無いものの、挨拶を済ませてササッとマルマルに戻ろる準備を終えた。
「うーん?だけどなぁ?一人だけまだ挨拶できてない奴、居るじゃん?どうやって会うのが良いかね?向こうから来てくれるのか?それともこっちから無理やりにでも会いに行くか?」
そんな親しい間柄でも無いのではあるが。
しかしここは一つ、最後にキッチリとその者と話をしておきたいと思った。
ファロンである。
ここまで一度もファロンを見かけすらしなかった。噂話も無い。
俺が積極的にファロンを見つけよう、探そうと思っていなかった事もそこは有るかもしれないが。
色々とこの国に来て世話になった、と言える程の事をして貰った訳でも無いけれど。
切っ掛け、この国を楽しむ為の第一歩をフォロー?と言えるくらいの事はして貰ったと思っている。
武侠組合に案内してくれたし、ダグと組合内で遭遇しその後にあれよあれよと話が進んだのも、まあ、言うなればファロンのおかげとも言え無くも無いので。
と言う訳で、この国を出て行くその日、俺は人気の無い路地裏の広場に立っていた。
「と言う訳で、ちゃんと話をしてなかったからさ。お茶しながらでもゆっくりとお喋りでもしない?そっちはそっちで、何時もどっかからずっと見てたんじゃないのか?俺の事。」
俺は語りかける。全く人気の無い場所で虚空に向かって。
返事は来ない。と思われたそこに人影が現れる。
「ああ、やっぱりな。四六時中張り付いてた訳でも無いんだろうけど。さて、どうだった?俺は「悪党」だったかい?ああ、それともイタズラ小僧だったか?悪事を働いた気はそもそも無いんだが、誰がどう思うかはその当人の感性に因るからなぁ。で、どうだい?」
路地の陰から姿を見せたのはファロンだった。
その表情は真剣に俺を見つめているが、ソレはふとした拍子に「ふっ」と笑い顔に変わる。
「何なんだお前は本当に。お前は自らがここで成した事を全く気にも留めず、気にもせずと。こっちはこっちでその裏でどれだけその処理に追われていたと・・・ま、そんな事はお前には関係無かったし、知りもしなかっただろうがな。」
「おッ?何か良く分からんけど、ファロンには迷惑掛けちゃってたみたいな感じか?それはスマンかったな。悪気は無かったんだ。許してくれ、何て言っても今更滑稽か?」
「ぶふっ!なんだお前・・・ここに来て私を笑わせるとは。何を企んでいるんだ?」
「いや、そっちの笑いのツボが何処で何なのかが寧ろ逆に分からなさ過ぎるが?何処に今、笑う所あった?しかも冗談でも企んでいる?なんて聞かないでくれよ。ソレは散々ケンフュに言われてるんだ。参るぞこっちは。」
最後の最後でファロンとの会話がなかなか妙な事になっていると微妙な顔になるしかない俺。
そこで思い出した事を口にする。
「あ、そうだ。ファロンに言伝だ。ケンフュから。少しは顔を見せに来る回数を増やして欲しいとさ。お兄ちゃん、妹に会いに行ってやれよ?その程度の我儘なら可愛いモンだろ?」
「・・・止めてくれ。私はアイツを甘やかす気は無いんだ。アイツは私が側に居るとベッタリとくっつき続けて来て、その顔もだらしないモノになる。そうなると組合でのアイツの威厳が保てない。」
「誰も見て無い時にちょっとだけお邪魔しに行くだけで良いんじゃねーのか?」
「捕まったら最後、隙を作り出して逃げ出すしか無いんだ。そんな面倒な事を毎度に熟すのは辛い・・・」
ファロンは疲れた顔でそんな事をぶっちゃけた。どうやらケンフュの事を嫌っているから会いに行かない訳では無いと言う所か。
確かに毎度に顔を合わせると密着されて何処に行くにも着いて来られるのは勘弁だろう。
取り合えずファロンへの別れの挨拶はコレで良いだろう。言い残した事が無いかを最後に尋ねる。
「さて、それじゃあ俺は行くけど、そっちから何か俺に言いたい事とか他にあるか?ずっと俺の事を監視していたんだろ?ダメ出しは?」
「別に特には無いさ。お前が最後まで何者だったのかが分からないのが問題だったがな。逆にお前は私たち兄妹の事を知っているのが未だに不気味だ。とは言え、お前が悪巧みをする者とは全く掛け離れた性格をしていると言うのは分かっている。ならば別にそこに固執して追究はせんでも良いのだろう。悪影響が無ければソレで良い。」
「ああ、お前らが「龍」?「竜」?だって事の件か?いや、知り合いが二匹?二名?何て言えば良いんだろうな?居るんだよ。その内一匹は俺が見つけて、保護して、孵化させて、育てて・・・うーん?俺は今、猛烈に意味不明な事を言っている様な気がする・・・?」
「・・・おい、ソレは意味不明どころの話では無いだろうが・・・何でそこまで呑気で居られる?と言うか、なんだ?本当にソレは真実か?お前が嘘を言う性格では無いとは分かっちゃいるが・・・待て、何でそうなる?混乱が酷くて何を言って良いのか分からない・・・」
ファロンが百面相をする。イケメンの変顔は希少だろう。
そんな呑気な事を俺は考えてしまう。多分ドラゴンに「変顔してくれ」とか遊びで言えば多分簡単に「こんなのはどうだ?」とかやってくれるだろうけども。
そこはこの国でアイドルな立場になってるファロンである。
どうやら滅多に人前には出ない様だが、それでも姿を見せた時には英雄的活躍をするらしい、と言うのが町の人々の会話の中から得られた情報だ。
これまでの俺は大通りを只ボーっと歩いていた訳じゃ無い。
何と無くは耳に入って来るそう言った情報は脳内の「後回し」の棚の中へと仕舞っておいてあったのだ。
そんなファロンの変顔百面相である。どうにも俺の話が一向に吞み込めないと言った具合らしく、まだその顔は眉根を顰めたり、口元が「への字」になったり、頬が膨らんだりすぼまったり、片眉が急に吊り上がったりと表情筋の動きが非常に面白い事になっていた。
「おい、面白過ぎるぞ顔が。良い顔が台無し・・・いや、イケメンはどんな顔しても絵になるな、オイ。」
「はっ!?いや、すまないな、取り乱していた。・・・お前に、いや、エンドウに頼みがある。受けてくれないか?」
いきなり改まった態度で真剣にファロンが俺を見て来る。その身に纏う空気もまた尖った物に変わった。
そこまで緊張しながら「頼みたい」と言って来ているが、一体何をと思ったらソレを直ぐにファロンは口にする。
「その同類と会わせて欲しい。仲介をお願いしたい。」
「・・・うぅん?それだけ?」
もっと何か大事を依頼してくるのかとちょっと思っていた俺は拍子抜けだった。
「お前、それだけ、と言ったのか?そして何でここでそこまで力の抜けた顔になる?」
どうやら俺のこの対応と反応が納得いかなかったのか、ファロンが少々お怒りを表明しつつ突っ込みを入れて来た。
これには俺も「あれ?」と妙だなと自分自身に感じたので考え直す。
「いや、だって、そんな事の程度でそこまでマジになる程の事なのかと?・・・あれ?ダメだな俺?良く考えたらこの世界でドラゴンに会わせて欲しいとかお願いされるのってとんでもない事なのでは?」
色々とこれまでに俺が出会ってきた事柄は大体の事がこの世界では「規格外」とか「埒外」とか言われる事ばかりだな?と俺は改めて認識し直す。
ドラゴンの事も、リューの事も。どちらも本来であれば「いやいや、そんなアホな・・・」と言われる事ばかりである。
余りにもドラゴンとの関係が俺にとって「普通」になっているのでこの世界基準での物の考え方がすっぽ抜けていた。
コレは少し危ない傾向だと身を引き締めなくてはならない。
「おおぅ、スマンかった。コレは俺が悪いわ。ちょっと待ってくれ。その頼みを聞き入れるのは別に拒否はしないんだが。そいつは特殊な、性格のちょっとおかしい・・・うん、はっきり言えば、ズレた感性してるからファロンと話が噛み合わない可能性があるんだよなぁ。」
俺が伝えるドラゴンの性格を聞いて、これにファロンは「何を言っている?」と言った表情になった。
そこで俺はファロンに対して対価を求めた。
「ファロンの「真の姿」ってのを一度見させて貰えたら考えるよ。未だに「人型」だし、俺が勝手に「リュウなんだろ?」とか思ってる一方通行だったら間抜け過ぎるしな。」
俺のこの求めにはファロンから肩を大きく落としながら盛大な溜息を返されると言うリアクション。
しかしその返事の内容は。
「良いだろう。しかしここでは無理だ。別の場所に移動しよう。」
ファロンはその様に言ってから勝手に歩き始めてしまう。
これには付いて行くしか無いだろう。この路地裏の広場になっている場所には確かに人は来なさそうであるけれども。
ファロンが自分の「真の姿」を俺に見せるのにこの様子であれば適当な場所があるのだろうから。
「しかし簡単に俺の要求を呑むんだな?もっと拒否られるかと思ってたけど?それと、何で今は一人称が「私」になってるんだ?」
「・・・まあそうだな。普通ならば拒否する所だろう。だが、エンドウ。お前を監視していて分かった事が色々とこちらにもあると言う事だ。「俺」と使わないのも、そこら辺に関係ある。」
要するに普段なら「正体を現せ」などと言ったふざけた要求など受け入れないけれど、俺になら見せても良いだろうと判断させる要素があったと。
一体なんだろうと考えてみるが、一向に思い当たる節は無い。
そうしている内に案内されたのは大きな大きな、それこそ、巨大な中華な屋敷である。
敷地も広い、庭も広い、家屋もデカいと来て、ここがファロンのいつも住んでいる場所なのか?と一瞬考えたのだが。
「あれ?ここって前に入った事のある地区だな?デカい屋敷ばっかり、敷地ばっかりで金持ちか貴族待遇の役人らの住居区画だと思った所だ。ここに何時もファロンは住んでるのか?」
そう問いながら入ったその門の先にはあらゆる花々が植えられた美しい庭がお出迎えであった。
「ここには住んでいない。偶に疲れを癒す時にやって来るくらいだな。此処に定住していたら即座に所在がバレてしょっちゅうケンフュが押し寄せて来て堪ったモノでは無い。」
そんな答えを苦笑いしつつ返して来たファロンだが、そこにやって来たここの家主?だと思われる豪華な服を着た男が深い一礼をこちらに向けてして来るでは無いか。
その所作は流麗で美しく、しっかりと教育を受けた者の空気を纏っている。
「ファルス様、ようこそおいで下さいました。本日は御休憩で御座いますか?それともそちらの御客人様と会談で御座いましょうか?命じて頂ければ何でもすぐに御用意致します。」
そんな人物がタダの使用人っぽかった。これには流石に俺も驚きだ。ファロンが何者なのかが分からなくなってきた。
「いや、ここの庭を少々借りる。とは言え、ここでは無く儀式用の広場の方だ。ふむ、良い機会だ。私の事をまだ知らない者たちも呼んで見せてやる方が良いな。集めておいてくれ。」
「は、畏まりました。ファルス様の御姿を見た者たちはきっと感涙に咽び泣く事でございましょう。わたくしも久しぶりにファルス様の神々しい御姿を見る事が出来るとなれば感動で体が打ち震える思いで御座います。」
「お前たちは一々大袈裟過ぎる。まあ、良いか。」
このやり取りを以って使用人は「では」と下がって行く。その動きは何故だか物凄くゆっくりで優雅なはずなのに、あっと言う間に通路の奥へと去って行った。
そう言えば、と思えば、俺たちの側まで来る時もこの人物は一切の音をさせずに近づいて来ていた。相当な訓練を積んでいるとそれだけで素人の俺でも推測できた。
「・・・ファロン、何者?寧ろ俺が逆にびっくりさせられてるんだが?えーっと、でも、ここまで来たら何となくどんな立場なのかは想像が幾つか付くけどさ・・・」
「なら話は早いだろう。行こうか。」
花々の美しい庭の中を一本の道が通っている。そこをファロンは迷い無く進む。
俺はここでその後を追いつつも、この庭の美しさに目を右に左にと忙しなく向けていた。
そこにファロンが声を掛けて来る。
「気に入ったか?ならここにはいつでも入って来て構わない様に言っておくが?」
「いや、いいよイイよ。もう今日で観光を終えて戻ろうと思ってた所だからな。また何時気まぐれで来るか分かったモノじゃ無いし?ここの使用人?の人もあんまり色々と仕事を増やされるのも嫌だろうからな。俺みたいな奴がいつ来るか分かったモノじゃ無いとか、そんな仕事まで承るのは負担でしか無いだろ?」
「何故そんなに謙虚なんだ?寧ろ自分を卑下し過ぎている様に見えてしまうが?エンドウは自分がどれ程の者であるかを自覚してはいないのか?」
「・・・いや、微妙な感じだな。こう言うのは悪い癖かね?力あるモノはやっぱソレを使うのに品格とか求められなくちゃならんのか?」
「ふむ、まあ自由だろう、そこは。私がとやかく言う事では無かったな。」
「と言うか、名前ってファルスって言うんだな。本名?ファだけ取って「ロン」をくっ付けてるって変だなと思ってたんだよな。どんな名前なのか前からちょっと気になってた。」
「ああ、ソレか。別に私は自分の名を隠しているつもりは一切無いがな。何時の間にかそう世間で呼ばれていた。その呼び方を気に入っていてな。」
そんな会話を続けていたら花の庭が途切れて目の前には綺麗に石のタイルがぎっしりと綺麗に敷かれた広場に出て来る。
デコボコなど一切無い、躓く様な小さな段差すら存在しない。
そこにはズラリとこの屋敷で働いているのであろう者たちが集まり、整列していた。
その広場の真ん中にファロン、改め、ファルスは立つ。
「では、見せよう。」
その短い一言の後はファルスの全身が白く光る。
その白いシルエットは段々と大きくなって行き、その形も変えていく。そして。
「おぉ~、イケメンだなぁ。やっぱりカッコイイな、その姿って。」
「この姿を見せるだけで約束をしてくれるのなら安いモノだ。」
「ああ、分かった。ドラゴンとリューを今度連れて来る。とは言っても、その時は何時になるか分からんぞ?良いのか?」
「ああ、それで充分だ。気長に待つ。」
そうして約束の確認をした後は直ぐにさっきの人型に戻るファルス。
さて、このファルスの「真の姿」を目撃したここに集まっていたどうにもこの屋敷の使用人たちはと言えば。
誰もが言葉を発してはいないのだが、超パニックになっているのが丸判り。
今、目の前にした、その目で見た事実が呑み込めていないのはおそらくは初めての者たちだろう。
既にファルスのこの姿を一度でも目にした事のある者たちは落ち着いたモノだ。
と言うか、寧ろ感動して打ち震えているらしくその目に涙を浮かべている者すら居た。
「さて、行くか。ここを出よう。」
「え?良いの?あの人たちは?」
ファルスはさっさとこの場を去ろうとスタスタ歩き始めた。
俺たちがここに入って来た道、あの花の庭の方に向けて。
これに俺は「放置しといて良いの?」と問うと、ファルスはソレを「構わない」とだけ。
取り合えず最初にファルスは確かにここの使用人の代表みたいな人物が来た時に「庭を借りに来ただけ」と告げているのでその通りなのではあるのだが。
こうして俺たちはここから出てまた裏通りの方に戻った。
「何だか締まらない別れになったけども、まあ、良いか。それじゃあまたな。」
人気の無い場所で俺はワープゲートを出す。行き先はマルマルだ。
俺が出したワープゲートを見てファルスはギョッとした目をして瞬時に大きく一歩下がった。
これまで俺を監視はしていても、どうやら俺がこのワープゲートを気軽に使える事は知らなかった様だ。
この国でのワープゲートの使用頻度はそこまで高くは無かったので丁度監視していない時などに重なって確認できていなかったのかもしれない。
とは言え、ファルスは千年機関の事も当然知っていると思われるし、その千年機関の施設へと赴くのに俺の使っているワープゲートと同じ物を使用しているのを把握しているはずだ。
そこを考えると何故そこまで驚き、警戒をして来たのかがちょっと分からない。
ワープゲートに対して警戒したのではなく、俺への驚愕からの後退だったのだろうか?
とまあそんな事をちょっとだけ考えながらワープゲートを通れば直ぐにソレも忘れた。
「うん、戻って来たなぁ。それじゃあ早速、クスイに相談しに行くか。」
ついこの間に一度帰って来ているが、ソレはソレ。この間のはササッと、ちょっとだけ戻っただけ。
しっかりと戻る事を決めてこうして帰って来たのとは訳が違う。
暫くはマルマルでしっかりと腰を据えて、俺が忘れようとしていた問題に向き合う心算である。
「いや、クスイが先じゃ無くて、王子様に貸した金が不正に流れて無いかを確認するのが先かね?」
予算をちょろまかして自分の懐に入れてしまう様な屑が居ないかの調査の方が先だろう。
あれから大分経っている。あの時は王子様とクスイに「好きにして良い」と丸投げしていたけれども。
楽して、騙して、改ざんして、俺の懐から出ている金を掠め取っている輩が居れば成敗する。
王子様も恐らくはしっかりとかんがえているはずだ。
命令を出す機関にも、事業に関わる貴族にも、ちゃんとしっかり選別したマトモな者たちに従事させているとは思うけれども。
そんな者たちへとちゃんと目を光らせて監視していても、ソレを抜けて来る狡猾な奴が居ないとも限らない。
全ては俺が城に行って帳簿を確認してからだ。
「・・・おおう、俺はここに来てまた自分から積極的に仕事をしようとしているのか。今度は数字と睨めっこ?脳味噌にめい一杯魔力を込めて素早く計算を終わらせるとするか・・・」
魔力の強化は本当に凄まじいモノだ。
頭へと魔力をどっばッと送り強化すると思考速度がスーパーなコンピューターに出来てしまうのだから。
人間の脳は普段は30パーセントも使用されていないのだったか?
火事場の馬鹿力などはそんなリミッターが外れて何パーセントの出力向上になるのだったか?
スポーツ関連で言うと周囲の動きが遅く感じる「ゾーン」と呼ばれる現象は極限まで研ぎ澄まされた集中力が成していると言う事だが、魔力での脳の強化はソレをあっさりと実現してしまう。
「書類の山に埋もれて缶詰、なんて御免だからなぁ。一丁覚悟を決めて取り掛かりますかね。」
こうして俺はまたワープゲートを出す。行き先は城だ。王子様に会いに行く。
もちろんアポ無し。突撃監査である。
「よう、久しぶり。元気してた?」
「・・・いきなりですか。驚かせないで欲しいのですが?いえ、こうしてエンドウ殿がやって来た目的は何となく察しますけれどね。」
俺は王子様の執務室に直接お邪魔した。こう言うのは回りくどいのは無しで行く。
「話が早いね。それじゃあ関連資料を全部見せて貰えるか?金の流れがおかしい部分が無いかそこを重点的に調べるからさ。俺の出した金、ちょろまかしてる奴がいないか確認するぞ。で、事業の方は順調に進めれてるのか?」
「ええ、おかげさまで。大分楽になりましたよ。感謝してもしきれない程です。この見返りは何が良いですか?」
「いや、見返りは要らん。その代わり、悪は許さん。俺の言いたい事は解るだろ?」
「・・・ええ、そうですね。不正をしている者が判明したらその者には厳罰処分を下します。ソレで良いでしょうか?」
「おう、それで構わんよ。もしその処分に不服だとか言ってふざけた真似してきた奴が居れば俺がやるからな?そこは良いだろ?」
最終的に自分の罪を認めずごねる様な奴が居たら俺の手で処す。
コレを聞いて王子様が物凄いドン引きしている。そして「お手柔らかに頼みます」と小声で願って来る。
こうして監査開始だ。王子様の命令でドンドンと各部署から今回の事業に使用された費用関連の書類が持ち込まれる。
作業はこの王子様の執務室でやる。この部屋は充分に広い。俺が書類をあっちこっちに広げても問題無いくらいには。
で、初っ端で中抜きしていると思われる個所が発見されて俺は渋い顔にならざるを得なかった。
「なぁ?ここ、材料費と市場価格、それと俺の口座から引かれたその件に関する費用金額とがいきなり僅かな額が合わなくなってきたんだが?これ担当した奴、誰?手数料とか、手間賃とか、そう言った類の誤差じゃ無いんだが、どう捉えても。」
「・・・分かりました。その点に関しての調査団を起ち上げて調べさせます。こちらに要点をまとめた書類を作って渡して頂けると有難いです。」
王子様もいきなり不正の疑いが見つかった事に頭が痛いらしい。
眉間に出来た皺を揉み解しながら強く目を瞑っている。
幾ら何でも少額とは言え、それが長く続けば塵も積もればである。
「しかし、幾ら何でもこの隠し方は杜撰だし、会計の素人かな?やってる事が単純で、少額だから見逃されるとか思ったのかね?・・・っと、また見つけたぞ?雇い入れた作業員たちへの食事の配給に関する食材の値段、これ、誤魔化してるっぽいぞ?」
「・・・何処がおかしいのか説明して貰っても?」
王子様が「ちょっと分からない」と言ってきたので俺は解説してやる。
「ここ、仕入れ業者、この頃から突然変わってるだろ?現場作業員に聞き取り調査とかしてるか?配給される食事の質が落ちていないか?とか、スープの味の濃さや、具の多さが減ってやしないか?とか、そもそもの配られる食事の量が根本的に減っていないか?とかは定期的に調べていたりはしないのか?」
「・・・今直ぐに調べさせます。」
「ここもダメじゃね?工事で使うのに推奨される土木材料と、ほら、実際に使用した物が全く違うだろ。経費を抑えた?違うな。絶対に違う。使用した物の方が質が良い?ソレもおかしいな。俺は王子様に言ったぜ?幾ら使っても良いって。だから、低予算で何とかしようと悩む必要が無いんだから推奨される物を正規に購入して使えば良いし。材料の質の事も説明がこっちの資料に書いてある。推奨されてる物の方が圧倒的に信頼があるって書いてあるぞ?ここの工事、もう一回やり直して強度耐性の試験をし直した方が良いと思うが?」
追撃を入れたら王子様が頭を抱えてしまった。
しかしそれに容赦なく俺はツッコミを入れる。
「なあ?ちゃんと見極めて人選した?途中経過と監査、調査をしてればこんな事にはならなかったんじゃ無いか?まあ、仕事を部下に振り分けした後は暫くは放置して進捗を確認しないってのは、あるかもしれんけど。他の自分の仕事があってそっちが忙しくなって調べるのを怠った、とかな。」
「・・・エンドウ殿に顔向けできません・・・」
「まあそんなに落ち込むなよ。でも、この分だともっとゴロゴロ出て来そうだなぁ。」
こうして次々にこの後も不正、もしくはその疑いが発見されて王子様の顔が増々暗いモノに変わって行った。