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結果的に誰が一番得をしたのかしら?

 結果からすれば、成功と言えるかもしれない。


 会場の建築はショーの当日、その早朝、朝日が昇る前に行ったのでコレを目撃していた者は居ない。

 客の入場管理に関しても、時間管理にしても、組合の職員に手伝って貰い。

 馬鹿をやらかした奴らを捕縛する為の要員はキョウの所の門下生たちに警備に立って貰い、と、恙無く準備は完了して。


 そして順調に会場へやって来る客たちはざわざわと、がやがやと、ドタバタとしつつも無事に席へと付いて行く。


 いや、本当に何でこんな正体不明、前代未聞のイベントにこれ程にまで計算ピッタリな客入りになったのかと思える位にしっかりと会場は埋まった。


 舞台演出、俺。音楽監督、俺。会場責任者、俺。アレもコレもと指示出しをしたのは俺。その日はあっちこっちに走り回って準備は万端、ショーは始まり。


 ステージから遠い客にも今回の目玉をしっかりと楽しんで貰う為に巨大スクリーンを俺が魔法で作って映し出している。


 色々な所からやって来たビップたちの専用部屋の壁にもそれらの小型版を反映させていて生で舞台も見れて、詳細な部分を観察したかったらスクリーンをじっくりと見れる様にしてあったりと。


 まあ、俺の負担がかなり大きい部分もありはしたけれど。


 このショーの謳い文句は「新しい服のお披露目」ではあるけれども。


 客たちは寧ろその他の事にも衝撃を受けていたに違いない。


 何せ会場で流れるミュージックはこの国では聞いた事も無い楽器で奏でられて、ソレで居て曲調も有り得ないと言える様な代物だったろうし。


 そもそもこのショーの会場になる建物もまた、何時の間にか出来上がっていた不思議としか言えない存在だったはずだ。その構造も。


 空中に写し出される巨大なスクリーンもまた度肝を抜いた事だろう。


 その他の何もかもが恐らくはこの国の人々には見た事も無い物しか無く、きっと何を見てもその感情は驚愕に染まっていたに違いない。


 纏めると、この国を震撼せしめた、と言える。


 その様なショーの締めにはリーロを紹介した。ケンフュの司会で最後の最後、リーロにランウェイを歩かせる。

 今回の服の全ては彼女と、そしてソレを手伝った者たちで作り上げた物だと、そう紹介したのだ。


 俺はちゃんとこの締めの事はリーロに説明しておいてある。

 胸を張って歩け、自信を持って堂々と、顔を上げて正面を向いて飛び切りの笑顔で嬉しさを演出しろと。


 ソレをしっかりとリーロは熟して立派な姿を世間に見せつけた。


 これにより今後に彼女が有名人となる予想は出来ていたのでケンフュに匿って貰う事は相談済み。

 店と従業員たちも纏めてセットで組合に保護して貰う事もここには含まれている。


 さて、そうして全てのプログラムが終了した後は、会場の中も外も大騒ぎ。

 客が会場から退場しても、その外では反響が凄まじく今回のショーの話題しか流れない程。


 ビップ客もキョウやケンフュに今回の話を聞こうと必死に繋ぎを取ろうとしたり。


 機関長の所にも政府関係者が面会を求めて殺到していたりもする。


 その日の翌日には広場に昨日まで建っていた会場が全て何も無かった様に消えてしまった事も話題となって。


 ===   ====   ===


「最低でもひと月以上はずっとこの調子でしょうね。どうしてくれるんですか?貴方、馬鹿なんですか?どうするつもりです?」


「え?昨日終わったばかりでそんな事を聞いてくるの?言ってもいいの?聞いたら聞いたでケンフュ、怒ると思うよ?」


 笑っているが、笑っていない。目はニッコリだが、その瞳の奥は笑っちゃいない。寧ろブチ切れている。ケンフュがコワイ。


「協力者になってくれたからには、覚悟はできてると思ってたけど?」


 話を受けた時にはこうなると分かっていたでしょ?と俺から聞いてみれば。


「限度と言うモノがありますが?これ程に大事になるとは思っていませんでしたが?と言うのは卑怯ですね。まあ、やらかすだろうなとは思っていましたけれども。私も提示された金額に目が眩んで安請負いし過ぎたと反省せねばならない所です。」


 俺の事をまだまだ解かっていないケンフュからすると、限度越えな案件らしかった今回の事は。


「この程度はまだまだ序の口なんだけどなぁ、俺からしてみたら。」


「・・・序の口?どの口がそんな事を言うのでしょうか?引き千切って切り刻んでドブに投げ捨ててやりたい所ですね。」


 今度はケンフュが怒りの表情を作る。でもソレも一瞬で引っ込めた。


「キョウ、貴方も何か言ったらどうなの?それと、タリフート、貴方もよ?そっちにも話を聞かせろと言って来る輩が迫って来ているでしょう?」


 どうやら俺を責める仲間が居たのだったと、そう思い出した様で。

 しかしこの言葉にそれぞれが。


「私は事前に今回の事への問答は受けつけない事をお伝えした上で誘いましたからね。道場の方にも今の所は誰も訪問などはされていません。」


「千年機関には政府の権力は通じ無いからね。精々が手紙での説明請求くらいだよ来るのは。それらも別に真面目に相手をする気はコッチには無いからね。そう言った物が届いたら中をサクッと確認した後はまともに対応しないで燃やしてゴミさ。」


 予想していた返事とは違った様でケンフュが「何ですと・・・」と呆気に取られた顔になる。


「貴方たちがそんな対応をしているからこっちに余計な輩が押し寄せて来ているのでは?・・・おい、私の目を見ろ・・・何とか言ってみろ・・・」


 今度は真顔でそんな問い詰めをするケンフュはジッと二人に視線を向けたままに怒りの感情をぶつけている。低い声で。


 コレを少しでも抑える為に俺は「まあ良いか」と言った気分でケンフュにこう伝えた。


「湖の主の残りの胴は全部譲るよ。タダだ。それで収めてくれよ。ソレで良いだろ?」


 この俺の言葉に三名が驚いて一斉にこちらを向いた。


 今俺たちが集まっているのは組合の一室だ。四人しかこの場には居ない。


「太っ腹過ぎて逆に怪し過ぎますね。今度は一体何を企んでいるんです?ソレを受ければ、私に今度は何を要求するつもりですか?」


 ケンフュは俺の事を端から信用する気は無いと言った返しをして来た。


「エンドウ殿?幾らの金額になると思っていますか?ソレを、全て?いや、私の器で計れる貴方ではありませんでしたねぇ。」


 キョウはどうしようも出来ないと割り切った溜息で俺に対して意見をする事を止めた。


「いやー、研究用に一部をこちらに回して貰いたいんだけど、ダメかい?あ、組合から買えって?ああー、予算の計上に頭が痛くなりそうだから諦めようかぁ。」


 機関長は俺との直接交渉を望んだけれども、ソレを俺は拒否。

 すると世知辛い結論と共に機関長も諦めの言葉を口にする。

 そこを何とか、などと言って食い下がって来なかったのはソレが冗談だったからなのか、何なのか?


「と言うか、皆して俺を責めて来るなよ。今回の事はここに居る全員が関係者なんだぞ?ケンフュは押し寄せる奴等の相手がしんどいだろうと思ってその迷惑料として払ってやろうと思っただけなのに。要らんのか?」


「要るわ。」


「速答じゃねーか。」


 ケンフュは即陥落。コレは金にガメツイのでは無く、それだけ即座に頷く事を容認させるだけの巨大な額だと言うだけだ。


 俺の事が幾ら嫌いでも、貰える物は貰う、そんなケンフュは堅実と言えなくも無いんだろう。


「キョウにも何か渡した方が良いか?」


 イベントの大成功はこの三名が居なくては成立しなかっただろうと思ってそんな事を聞いてみたけれども。


「いえ、私はその様なモノは要りませんよ。色々と今回の事でウチの道場にも利があったので。それで充分でしょう。余り欲を張るのは禁物です。」


 ニッコリ笑顔のキョウ。どうやら裏で何某かの取引やら、利益に繋がる何かを得たらしい。


 そう言われては俺もそれ以上は何も言わないでおいた。

 余り深く突っ込んで聞きたくも無い危ない話を耳に入れてしまうのは宜しくは無い。


 そうしたら次は機関長の方だ。


「どう?そっちは何かあるかい?」


「ハハハ、遠慮しないで良いと言って頂けるのなら、また私に指導をして頂ければ幸いですね。アレからと言うモノ、腕前がメキメキと上達していまして。より一層の御教授を願いたいと思っております。」


「あー、まあそのくらいなら良いんじゃないか?・・・おい、ケンフュ、こっちを睨むなよ。別に悪い事を教えてる訳じゃねーって。何で一々俺の事を目の敵にして来るんだ、お前は。好い加減にそれ、どうにかならんの?」


 俺はこちらを眉根を顰めて睨んで来たケンフュへとそう言ってやったが。


「また貴方が何かやらかして、その尻拭いを私に丸投げされても困りますからね。本当に、何もやらかしてはいないでしょうね?」


 ケンフュはそう返してくる。コレはもう俺が初手でケンフュの地雷を踏み抜いて爆発させてしまったのが悪い。

 俺へのこの対応がもうこの先で変る事は無いのだろう。


 とここで機関長がこのケンフュの反応に対して。


「では、その「やらかし」を見て頂きましょうか。是非ともお披露目をしたくてですね。ほら、この様な事も出来る様になりましたよ?」


 機関長は光の玉、ピンポン玉くらいの大きさのソレを百個近く生み出した。

 ソレを時に優雅に、時に素早く、時にふわふわと、そんな感じで自由に動かし始めた。

 その光景は幻想的で、これにはケンフュもキョウも目を奪われる。


「何時の間に・・・」


 そんな光のショーが終わればそんな言葉を小声で溢したケンフュが次には俺の方をまた睨んでくる。


「術の腕、繊細な操作が何段も上がっている様ですね。タリフートに何を吹き込んだんですか?」


「いや、その言い方。人聞きが悪いだろ・・・吹き込んだって何だよ?別に何も変な事は教えてねーっつーの。と言うか、好い加減にこの流れ、よさねえか?」


 もう何を言っても、何をしてもケンフュに睨まれる流れだこれでは。


「あーもう、しておく話はもうし終えたよな?それじゃあ解散しようぜ。」


「湖の主の胴は十日後に持って来て下さい。この勢いを利用して捌き切ります。このまま保留にしておくと、何時になってしまうか分かりません。貴方に預けっぱなしと言うのも癪に障ります。」


「・・・そこまで言うかよ・・・まあ別に良いよ。分かったそれじゃあまたな。」


 ケンフュからそんな一言を剛速球で投げられて本日の会談は終わった。


 朝から組合の方での会談だったのでまだまだ本日は時間が余っている。


 何をしようかと考えながら道場に戻ってみればミャンレンが待ち構えていた。


「私も服欲しい!」


「えぇ・・・いきなり何言っちゃってんのこの娘・・・」


 俺と顔を合わせたらいきなりの第一声がソレである。


 ミャンレンにもあのファッションショーを見させている。

 どうやらこれで余計に自分の新しい服が欲しくなったらしい。


「代金は私の貯めて来たお小遣いを出すし!ソレで足り無かったら分割払いで!リーロさんを紹介して!」


「ああ、まあ、うん、筋をちゃんと通そうとしてるし、自分のお金を出して服を買いたいと言うんであるのなら、まあ、しょうがないのか?」


 コレは我儘を言っている、と言った訳でも無いのだろう。

 ちゃんと伝手を頼って、しっかりと職人に繋ぎを付けて、自分のお金を出して購入を考えていると。


 別に俺に集って服を強請って来た訳でも無い。自分にも服を作れと喚いて迫って来ている訳でも無い。


 俺はここでキョウの方に視線を向けた。組合での会談の後は一緒にキョウと帰って来ていたのだ徒歩で。


「普段この様な願いを求めたりはしない子です。珍しいですね。最近は頑張っていましたし、まあ良いのではないでしょうか?」


「いや、自分の娘の事でしょ?何で他人事みたいに言うんだよキョウは?あー、そうだなぁ。紹介はしてあげるけど、一回でも例の「あれ」を成功させたらね。もっとヤル気出るでしょコレで。そうそう、注意もしておくけど、あんまりにも必死になり過ぎてぶっ倒れられても困るからね?自分の体の体調管理とかはしっかりやってくれよ?そこら辺は知らんぞ?」


 俺は条件を出した。これでミャンレンのモチベーションは再び一気に上がった事だろう。


「・・・やる。二言は無いよね?」


 ミャンレンが気迫を込めてこちらを睨んでくるので思わず俺はそれに押されて「お、おぅ・・・」と若干引いた。

 これ程までに闘志を燃やしてくるとは思って無かったので「余計な条件付けちゃったか?」とか思いはしたが、もう遅い。


 ここでミャンレンから早速挑戦させろと言われて断り切れずに一度だけと言う事でやらせてみたのだが。


 良い所まで行った、と言う結果に終わった。

 八割は成功していた。以前と比べればかなりの飛躍である。


 どうやら精神的な部分がこの時は大きかったんだろう。

 この「遊戯」を成功させればリーロを紹介すると言う点で集中力が底上げされていたのだと見受けられる。


 だけどもペースとしては最初に飛ばし過ぎたせいで後半でダウン。

 真正面から迫る障壁破壊で出力を誤ったらしい。ソレを一撃で壊せずにそこで一瞬でリズムを崩してチャンレンジ失敗に終わる。


 以前であればここでミャンレンは「もう一回!」と泣きを入れて来るのだが。


 だけども今回は静かだった。たった一言だけ「また明日挑戦させて」と言って鍛錬場の隅に行ってそこで目を瞑ってジッと動かなくなってしまったのだ。


「こわ・・・ミャンレンのやる気スイッチが入ってヤバイ件について・・・」


 完全に何時もの調子では無いその様子に俺はちょっと背中に寒いモノが走った。

 コレは毎回一日に最低でも一回はミャンレンが俺に「挑戦させろ」と言って来る気配である。


 俺は既に今回のファッションショーを終えてもうこの国の観光を終わりにし別の場所に行こうと思っていたのだ。


 十日後に組合に出す残りの湖の主、その胴部分を引き渡したら去ろうと考えていた。


(いやー、ソレまでにミャンレン、クリアできるのかね?)


 機関長にキョウの道場でこの「遊戯」を定期的にやって貰うと言った話もしていたりする。

 そこら辺の話し合いはキョウと機関長がその内に勝手にやってくれるだろうとは思っているが。


 この件は多分俺が相手をしなければミャンレンは納得しないだろう。


 十日後までにミャンレンがコレを成功させるかどうかがちょっと不安になって来た。

 ちょっと位は滞在延長をしても良いけれども、ソレがもしあんまりにも長引きそうならその時にどうするか考えなきゃならない。


「別にさっさと紹介してやっても良かったんだけどなぁ。まあ、こうなっちゃったからにはしょうがねーか。」


 俺のこの国の滞在はミャンレンがクリア達成するまでと言う事にすれば良いだろう。


 取り合えず後は機関長にまた指導して欲しいと乞われたので明日辺りに早速エルーに話を通しておくかと思ってその日の残りはのんびりと道場で日向ぼっこと昼寝をしてゆっくりと過ごした。


 そして翌日、朝食後にて。鍛錬場でミャンレンが俺に向けて言ってくる。


「挑戦。」


「いや、まあ、うん、良いけども・・・」


 ミャンレン、マジモード発動。たったその一言しか発しない。

 どうやらそれ以外は無駄と切り捨てているんだろう。

 まあ俺とミャンレンの仲ではあるのでそれで通じない訳では無いが。


 そうしてチャレンジが始まれば昨日よりもスムーズに事は運んで「遊戯」九割成功を叩き出したミャンレン。

 最後の最後で詰めを誤った事でそのまま失敗に。


 この調子なら余り心配はしなくても明日、明後日くらいにはクリアできそうな様子だ。


「最後、また力加減を間違えてしまったわ。本当に悔しい。体力配分は完璧だったはずなのに。・・・じゃあまた明日。」


 アッサリと引き下がるミャンレンは昨日と同じだったが、今日の所は型の確認をするようで静かに構えを取り始める。


「まあ、いっか。頑張れよ~。」


 俺はソレを横目にして道場を出る。行く所があるからだ。


 ソレは賭博場。以前にダグに連れて行って貰ったエルーの居るあの場所である。


 目的はエルーに機関長へとアポを取って貰う事。

 前回はいきなり機関に直でお邪魔してしまったのでちょっとした騒ぎにしてしまった。

 今回はちゃんと段取りをしっかりとして、手順を踏んで伺いに行く予定である。


「すみませーん、エルー居ますかー?」


 俺は建物に入ってそんな事を真っ先に声に出す。

 そこに警備の者なのだろう屈強な体つきの男三名がこちらを睨んで来た。


 ここで俺は「あ、何か不味ったかな?」と思ったりしたのだが。


 そのタイミングで廊下の奥から駆け足でコチラへと向かって来る影を確認した。


「エンドウ様!ようこそイラッシャイマシタ!ささ、こちらへ、こちらへ~。」


 妙に他所他所しい態度のエルーだったのだが、俺はここで何もツッコミを入れずに素直にその誘導に従う事にする。


「じゃあお邪魔しますよ。あ、エルー?勝負事の途中でいきなり抜け出して来たりとかじゃ無い?大丈夫時間は?賭けを放棄してまでこっちに来たって言うなら、俺は待ってるから、先にそっちを片づけて来てくれるか?」


「お気遣いありがとうございます、ではちょっとの間だけ失礼させて頂きます。」


 特別な客間なのだろう部屋に俺を案内した後にエルーは颯爽と出て行く。


 その後に三分もしない間にエルーは戻って来て即座に俺に言う。溜息を盛大に吐いてから。


「はぁ~・・・何でこちらに来たんです?耳に入って来てますよ?直接に機関の方に殴り込みをしに行ったらしいじゃないですか。いえ、殴り込みと言うのは言い方がおかしいですね。直に機関へと足を運ぶ事の出来る貴方が何故私に?」


「え?何も聞いて無い?いきなり何の取次も無しに機関にお邪魔するとさ、警報が鳴っちゃうんだよね。知らなかったからさ、ソレ。ちょっとした騒ぎになったからね。だからそんな迷惑を掛けない為には次からはちゃんと事前に連絡とか、知らせを出してからお邪魔しないとなってなったら、エルーくらいしか居ないんだよね。」


「・・・ええ、まあ、そう言う事ですか・・・事情は分かりました。確かに私くらいしか居ないですね。」


 エルーは頭痛でもするのか手でコメカミを押さえて眉根を顰めた。

 これに関して余り良い事では無いと言った様子になるエルーに俺は聞いてみた。


「エルーは何か俺に対して思う所があるのか?あるなら別に遠慮せずに言ってくれて良いぞ?滅多な事じゃ怒らんから、言ってみ?」


 この言葉にエルーの反応はと言えば。


「・・・正直に言って、もう二度と関わる事は無いと思ってたんですよ。貴方は別段賭博にさほどの熱を持っている訳では無さそうですからね。ここにやって来る事はもう無いだろと。それに、直接に機関の方へと赴く事が出来るのであれば繋ぎの者など必要は無いでしょうから。」


 どうやら今後は絡む事が無いと思っていた所にいきなり俺がやって来て驚いたと言った感じらしい。


 しかし続けてエルーは口を開く。


「・・・まあこの際ですからね、言ってしまいますが。正直に言って、あんな威力の術を食らっても何ともなっていない貴方が恐ろしくて、もう会いたく無いと思っていましたよ。あんな光景見させられて、私の様な末端者が怯え無い訳がありませんよ。」


 ハハハとここでエルーは苦笑い。要するに俺は単純に怖がられていると言う訳だ。


 ここで俺が何と言ってフォローをしようとしても「お前が言うな」と言った所なのだろう。

 何を言おうが当人が恐怖を感じているのならソレはどうしようも無い事だ。


 そんな恐怖の元凶自身が「怖くないよー」とか言っても滑稽なだけ。怯えている相手に安心して貰える訳が無い。


「じゃあ要件だけさっさと伝えちゃおうかね。明日にでもまた伺わせて貰うって伝えてくれるか?指導の件って言ってくれりゃ機関長は分かるからさ。」


「分かりました。それではこの後で直ぐにでも行ってきます。他にはあります?」


「えー?それじゃあいつでも機関に俺がお邪魔できる様にして欲しいって事くらい?こうしてエルーに迷惑かけない為に。警報鳴らない場所を教えてくれればそれで解決かなコレは?次からはそこに出る様にすれば良いよな?」


「それが一体どれだけの事なのか貴方は知って・・・いえ、まあ、イイデス。ソレもお伝えしておきますよ。」


 何かエルーが言いたげではあったが、ソレは最後まで言い切られなかった。

 エルーがそれで良いのなら俺はそれで気にしない事とする。


 こうして俺は賭場を出る。エルーに見送られながら。


 その後はさしてやる事も無い。ケンフュから告げられた約束は十日後と言う事ではあるが、それまで相当暇だ。

 組合に湖の主を引き渡すのは良いのだが、今の俺にはちょっと期日が開き過ぎだった。


 この国の観光に飽きた訳では無い。まだ見ていないだろう場所や、食べていない特産品などもあるだろう。


 だけども別段それらを必死になって全て網羅しなければならないと言った訳でも無い。


 ノンビリとする、そうしても良いはずなのだが。


「それでも何かと時間を潰せる事がある程度は無いと只々につまら無いだけになっちゃうからなぁ。」


 この国のお金を稼ぐと言った事をする気がもう無い。

 観光をスムーズにする為に、その資金が必要だっただけ。


 もう既にある程度はこの国の文化を見て回って、遊んで、感じて、そこそこに満足は得られた。


「・・・次は何処に向かう?南国?北国?東へ西へ?うーん?」


 取り合えず今は「ここだ!」と言った事は思いつかない。

 なので別の事を考えてみる。そしてその思い付いた事に対してソレを基準に方向性を決めてみる事にした。


 散歩を続けながら心を無心にする事に集中する。


 ここで心に突発的に思い浮かんだ事に注目してみる事にしたのだ。


 道行く人々を眺め、幾つも並ぶ屋台の看板に視線を流し、しかしそのまま足を止めずに通りを歩き続ける。


 そうして暫く歩き続けていたら俺が意図的に忘れようとしていた事が今になってジワジワと頭の中に浮かんで来た。


「・・・魔力回復薬の売り上げが自動で口座に流れ込んでるんだよな?ソレをどうにかするべきでは?」


 あれからどの様な状況になっているのかをクスイに聞いて相談してみるべきでは無いのだろうか?

 そんな不安がふと思い浮かんだのだ。


 王子様に確か「金を貸してくれ」と言われて「幾らでも使えば?」と返した覚えがある。

 アレもどうなっているのか?確か後々でその金が不正に悪徳貴族の懐などに入れられていないか確かめないといけないな、などと思った覚えもある。


「・・・そうなると、今度はお城に窺って書類仕事をする事になるのか?」


 まあソレもしょうが無いかと覚悟を決めて次の行動が決まった。


「うん、マルマルに戻るとするか。」


 ついこの間にちょっとだけマルマルに戻ってアレコレと挨拶に回ったりしたが。

 本格的にまた戻って今どの様な事になっているのかをしっかりと確かめて見るのは悪く無い。


 世界中を周って観光三昧を繰り返し続けても良いのだが。

 偶にはこうしてマルマルに戻るのも良いだろう。


 そこで何かまた新たに面白そうな事があったらそれに一枚噛んでも良いし。


 クスイが何かしら困った事などが有れば、ソレを助けても良い。


 冒険者組合に出向いてギルド長の悩み事などを聞いてやってもいい。

 ゲルダの愚痴を聞いてやると言った事でも構わない。


 サンネルから珍しい魔物の仕入れを頼まれたら、断らずに受けたりするのも良いだろう。


 ちょっと様々な土地や国に行き過ぎて知り合いが増え過ぎた、などと言った妙な感想を持ってしまう。


「・・・ミッツは教会の改革、何処まで進んだんだろうか?思い通りに行ってるのかね?」


 手助けが必要と言うのであれば、手を貸すのに嫌やは無い。

 確かゲードイル辺境伯?の所にミッツは世話になっていたのだったか。

 ミッツと繋ぎを付けようとするならば、辺境伯の所にお邪魔すれば良いだろう。


「・・・魔力ソナーを広げれば無理くりにミッツの居場所は直ぐに判明するけどな。この身に、この世界にやって来てから「アポイントメント」を軽視する様になっちまったなぁ・・・」


 約束を取り付ける事の大事さを忘れて「面倒だから直接会いに突撃だ!」が当たり前になり始めた俺はここで反省の言葉がすんなりと出て来たのだった。

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