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傷みが進まない内に

 競売は始まった。次々に競り落とされて行く品はドンドンと入れ代わり立ち代わりと忙しい。


 何故そこまで競売が進むのかと言えば、商人たちが互いに牽制し合って値を釣り上げて行くと言った展開にならずにビシッと一撃で高い値が付けて確定されていくからだ。


 小さく値を釣り上げて互いに引くに引けない、などと言った意地のぶつけ合いなどが無いのでパパッとササッとプログラムは進んでいる。


 その裏にはきっと商人同士で談合をしたり契約をしたりと言った事前のやり取りがあったのではないかと推察する。


 これでは大手の商会が全てを掻っ攫っていくのでは?などと思ったのだが。


「あー、目的の部位を取ったら後はその他の方達でご自由に、って事なのね。高みの見物かぁ。」


 既に数名の商人がこの競売会場から去って言ってるのが見えた。


 武侠組合も商人たちへの宣伝を惜しみなくした上でのこの競売なのだから一部の商会だけ儲けが出る様な催しにはしたくは無いはず。


「そう言う所にも配慮はしてあるのかもな。」


 中盤以降に出された部位にはいきなりの高値などが付いたりする「一撃必殺」になったりしなくなった。

 札束で互いをぶん殴る様な値段の吊り上がり方をし始める。


 どうにも最初の方で「良い部位」を出す流れを取って早々に問題を終わらせたのだろう。

 後の部位は皆さんでどうぞ、と言った形になったのだと思われる。


 コレはケンフュがこの様な流れを最初から考えていたのかもしれない。


 この競売をイタズラに長引かせる事を良しとしなかったのだと思われる。


 どうせなら盛り上がりをもっと高める為の調整をするモノなのでは無いかと俺は考えるのだが。


「いや、生モノだからな。しょうがないよね。無駄に傷める様な事をする必要性何処にも無いし。品質保持の為に保管費用も馬鹿にならんだろうからな。」


 さっさと競り落として貰い、引き渡しをしてさっさと客にその管理を任せてしまう方が良い。


 もしくは客が組合へと競り落とした物の「一時預け」を依頼をしてきたりしたらその保管費用を請求したりも出来るだろう。


 高級、希少な部位ほど、そうしてさっさと先に捌いてしまいたい、そう言った心理も働いたりしていると思われ。


 これがもっと余裕のある状態で開催されたりしていれば、目玉商品は中盤以降に回されてこのイベントを最後まで盛り上がりのまま、大盛況のままに終わらせる為に使われたはず。


「まだ胴体が丸まる残ってるのは、どうしようか?この調子だと暫くは待たないと駄目だろ、コレ。」


 ここに集まっている商人たちに俺の口から「頭だけじゃ無くて胴の方、まだ残ってます」などと伝える訳にはいかないだろう。

 そんな事をすれば今この会場は大混乱になるはずだ。


 それと同時に俺はケンフュにこれでもかと恨まれる事になる。


 そんなのは真っ平御免である。そんな真似ができるはずが無い。


 ここに集まった商売人たちはこの競売でかなりの金を放出してしまったはず。


 競り落とした品を捌いてその使った金以上の利益を得なければならず、その件で手一杯になるはずで。


「ここで追加して大盛りドン!はやっちゃいけないよな。」


 組合の方も今回の事で懐に入った金の管理もある。残りの胴体丸々の買取をして貰うには暫くは待たねばならないだろう。


 こうして会場をそれこそ本当に高みの見物をしていれば競売はつつが無く終了する。


 この競売を周囲で見学、見物していた者たちも次第に解散し始める。


「あ、骨って売りに出され無いのか。切り出された部位だけが競売に掛けられたのかな?」


 ここで俺は骨の使い道などを考えてみる。

 記念品?装飾?加工品になってアクセサリ?何かの薬品の材料に?そのまま砕いて粉にして畑に撒く肥料と言う手もある。


 どんな使い道になるかは知らないが、そこら辺は組合の方がそれこそちゃんと考えてあるだろう。

 俺がそこまで気にする事では無かった。


 ここでケンフュへと競売の成功を祝う言葉でも一つ伝えてから帰ろうかと思ったのだが、ソレは止めておいた。

 絶対にケンフュは良い顔をしないと思ったからだ。


「じゃあそうだな・・・胴体の方は何時になれば買い取って貰えそうか聞いてみる程度にしておこう。」


 仕事の話として振ればケンフュは真面目に答えてくれそうだと判断して俺は会場裏手に回り込んだ。


 しかしそこにはケンフュの姿は見えなかった。片づけの指示は別の責任者に任せて自らは組合の中へと戻ったのかもしれない。


 競売品の引き渡しやら手続きなどの方に回ったのだろうと考えて俺はここでケンフュと会うのはまた今度にしようと考えなおす。

 別に無理に話をしなくても良い案件だ。インベントリの中に仕舞っておけば残りの胴体が傷む事は無い。


 インベントリの中は時間経過が止まっているか、非常に遅延している空間である。

 ならば放っておいても腐らせて無駄にすると言った事も無い。


「買い取りできる様になったらケンフュの方から俺を呼び出すだろ。よし、もう道場に戻るか。」


 別に時間が余ったからと言って無理してあーしよう、こーしよう、などと予定を入れようとしないでも良いのだ。

 もっと心のゆとりを持つ事を意識しないと俺は何時もいつも何かと予定を詰め込もうとしてしまう癖がある。


 本日はもう競売の見物をしたのでこれ以上は別段何かと求めない様にした。


 さて、道場に戻ると言っても空から飛んではい、帰って来ました、では面白く無い。

 人気の無い場所に下りて俺は魔法を解除する。


「さて、何か面白い物でも無いか散歩しつつ帰るかね。」


 まだまだ見て回っていない場所やら店が偶然にこの散歩で見つかるかもしれない。


 こう言う事は探そうとしても見つからないと言ったパターンがある。

 偶々目に入った気になる店に入ってみたら気に入る品を発見した、と言った事もあるだろう。


 そんな出会いを少しだけ期待しながら歩けば通りは人通りがないので見通しが良い。

 競売の見物に集まっていた人々がこちらにまだ戻って来ていないのだ。


「・・・ほほう?あの店、何の店だ?うーん?あれ、店の入り口、暖簾?だよな?でも、色んな布でまるでパッチワーク?みたいな感じだ。この間は見掛けなかったぞ?」


 この通りは何度か通った事のあった通りだった。

 しかしその時にはこの目立つ暖簾?を飾っている所は見た事が無い。


「面白そう。入ってみようかな?せっかく湖の主を売却したお金があるし?何か買ってミャンレンやキョウへのプレゼントとしても良いだろ。もちろん俺が気に入る物があれば買ってみたいが。」


 何の店だか分からない。分からないからこそ確かめる。

 確かめるには実際に入ってみるのが一番だ。


「と言う事で、ごめんくださいー。・・・おや?何だこれ?店の中、スッカラカンじゃん。」


 壁いっぱいに棚はある、しかし商品は何処にも見当たらない。

 一般人の家に入った、などと言った内部でも無いから何かを扱う店だと言うのは判るのだが。


「・・・もう借金は全て返済したはずです。二度と来るなと言ってあったはず。出て行って頂きましょう。出なければ、衛兵を呼びます。」


 店の奥から姿を現わしたのは女性。三十台程だと思われる美人。


 しっとりとした髪、おっとり系の顔つき。俺の前に出て来る時の所作は上品で動きに洗練されたモノがある。


 しかしその声音は嫌悪、イラつき、厳しさが現れており、俺をどうやら借金取りなどと間違えている様子。


「あの、俺、客、商品見たい、でも、店、空っぽ、何で?」


 俺はこの店のスタッフだと思われる女性へと分かり易く、片言で誤解を解く為の言葉を吐いた。


「・・・え?あ、その、すみませんでした。こちらの勘違いで。・・・お客様にこうして来て頂いた事は嬉しいのですが、これには店の事情がありまして。」


 店の事情と言われても、こうして商品も無いのに店を開けているのは如何な理由なのか?

 そこら辺を突っ込むべきか、スルーするかをちょっとだけ悩んでいる間にその理由とやらを女性が話始める。


「コレは意地と申しますか、ささやかながらの抵抗と言いますか。・・・えーっと、その、ウチの店が一体何を扱っているのかは分かっていてご入店を?」


 俺が不思議な顔で女性の説明を聞いていたのがいけなかったのだろう。

 ここが何の店なのか分かった上で入って来たんだよな?と問われてしまった。


 これには俺は正直に答える。


「いや、何の店なのかは知らんけど。入り口に掛けられた布が目に入って偶々気になったから何を売ってるのか確かめようと思って入った。」


「・・・はぁ、そうでしたか。では、ご説明をしましょう。」


 こうして俺はこの店が何を扱う店なのかを知る。どうやら服飾の店であるそうで。


 そして店に一個も商品も、見本も置いていないのは先程の「借金」の完済の為に全て売り払っているからだそうだ。


「その金貸しは表向きは正当に商売をしている様に見せかけて、裏では法を犯す様な集団だったんです。ウチはそれに騙されて契約した覚えの無い高利で金を借りている状態にされていました。偶然ソレを早めに察する事が出来たと言える時には、店の品を全て売り払ってギリギリ支払いきれると言った所まで借金が膨れ上がっていまして。・・・裏にはウチの店舗を奪いたいと画策していた商売人が関わっているという噂も調べてみたら耳に入りました。要するに、嵌められたんです。その後は伝手を方々回って仕入れや資金を集めようとしましたが、どうやらそう言った所にも手が回されていて何処もかしこもウチとは縁を切ると・・・だから、店が無くなる最後まではと意地を張って店に残っていた端切れであんな物を作って入り口に飾って・・・ああ、虚しいですね。もう終わりだって言うのは分かっているんですけど・・・」


 どうやら溜まっていたモノが俺と話している間に吹き出して来てしまったらしい。彼女の言葉には悲しみと怒りがない交ぜに込められている。


 女性はそんな止めど無く溢れる言葉の最後には大きな溜息を吐き出してそれ以上何も言わなくなってしまう。


「うーん、事情は分かった。で、どうしたいです?」


「・・・は?何を仰られているので?」


「いやー、何と言いますか、カンと言いますかー。犬も歩けば棒に当たるとか言う確率じゃねーな、俺。」


「あの、一体何を?」


「正直に言ってください。どうしたいですか?」


 俺の再びの「どうしたいか?」の質問に女性が俯いてしまった。


 しかしその表情は眉根を顰めて真剣なモノである。

 どうやら俺の問いに対してしっかりと考えを纏めて答える気になってくれているらしい。

 いきなりこうして店に入って来た何処のどいつかも分からぬ相手のそんな不躾な質問に真剣に答えようとするなんて、メンタルが相当にヤバイ状態にまで追い込まれているんだなと俺は推察する。


 そして再び顔を上げた時には諦めた、悟った様な目をして彼女は答えた。


「店を元に戻したいですね。それと、借金取りの奴らをぶっ潰してこれ以上私と同じ目に遭う人を出さない様にしたいです。それと、私を嵌めて店舗を奪おうと考えた奴には今後商売が続けられない様に再起不能にしてやりたい。」


「おわぉ・・・見た目に寄らず過激なお言葉ぁ・・・」


 女性はその見た目の雰囲気とは裏腹に「報復したい」などと口にする。

 しかし直ぐに「無理ですけどね」などと言って寂しそうに笑う。


 これにて決定した。使い道。


「じゃあパパーッとやっちゃいますかね!」


「・・・あの、先程から一体何をお一人で納得されているんですか?」


 さて、善は急げ、急がば回れ、色々と俺の伝手を使ってド派手に行きたい。


 じゃあ誰に頼るのが良いか?先ずはケンフュ、それとキョウだろう。

 後はダグにも頼んでみるのも良いか。機関長に話を持って行くのも面白そうである。


「じゃあ、行動開始だな!まあ、待っていてくださいよ。さてさて、面白くなってまいりました!」


「勝手に盛り上がらないで頂きたいのですけど?あの、説明をして貰えませんか?」


 俺はここで一つ深呼吸をしてから説明を始めた。


 ====  ===   ====


 そうして翌日には俺の考えている事をキョウへと朝食を摂りながら説明した。


「・・・どうしてそう貴方は・・・まあ、ソレは横に置いておいて。分かりました。分かりませんが、分かりました。ウチの門下生を使ってください。何人要り様かは考えてありますか?」


「手早く終わらせたい。噂や話が広がったら面倒だ。一気に本日中には買い漁りたい。手当たり次第にな。だから少し多めに借りて行かせて貰いたいんだ。三十?」


「荷車もウチの倉庫に有ります。五台全部持って行ってください。速度が重要と言うのならばもっと人を出しますか?」


「金を払うのは俺の持ってるコレからだし、そこまでは大丈夫。店で買い、荷車に乗せて持って行って貰う間に別店舗で買ってまた一気買いで運搬、ソレをなるべくできる限り繰り返す。一組三人で行けば即十店舗は回れるだろ?あ、コレの使い方がイマイチぴんと来ないんだ。初めて使うから誰か詳しい奴に補助に入って貰えると助かるかな。」


「分かりました。なら私が同行しましょう。ソレの使用できる店舗も分かっています。直ぐに動くとしましょうか。」


 俺はポケットから取り出したかの様に見せかけてこの間に武侠組合から受け取った例の競売の代金の入ったカードを見せて使い方を教わろうと思った。

 しかしここでキョウが同行してくれると言って来た。俺はこれに甘えて「お願いするよ」と頼む。


 本日の朝食はミャンレンが作っているのだが、今はここに居ない。

 ササッと先に食事を終えたミャンレンは鍛錬場に行ってしまっている。

 余程に悔しいらしく、どうやら腕を上げる為に必死の様で。


 俺とキョウがその朝練の門下生たちに声を掛けて協力して貰う為にそちらに顔を出したら既にミャンレンは汗だくになっていた。

 今日のミャンレンは型の稽古と言った感じで一人である。


 そちらには声を掛けずにキョウは別の離れた場所で鍛錬をしていた門下生たちへと声を掛けて説明と協力をしてくれる様に言ってくれている。


 ミャンレンはこれにキョウが指導をしているだけだと思っている様でこちらには見向きもしていない。

 集中していてこっちに興味が湧いていないだけかもしれないが、コレで良いだろう。


 別にミャンレンに今回の俺の考えを知られても別にどうでも良いのだが。

 取り合えずは自分の事で一杯のミャンレンに無理にこの話を振らないで良い。


「集まりました。さあ、行きましょう。」


 キョウがそう言って声を掛けて来たので出発。

 先ずはキョウの案内で一番道場から近い反物を扱う店に向かう。


「うーん、これと、コレと、これと、コレと、これと、コレと、これね。それじゃ支払いはこっちで。」


 俺が店に入って商品を直ぐに指定するので店員は「え?は?」と驚いていた。

 相当高級そうな反物だ。しかもかなりの大きさの物である。


 店員には何も言わせない。俺は即座にカードを出して見せてキョウに視線を送る。


「支払いはこちらの処理でお願いします。ええ、そうです。では・・・はい、大丈夫です。」


 キョウは店員に声を掛けて説明を始める。そして次には支払いカウンターで俺にカードの使い方を教えてくれる。

 ここで店員は慌てた様にどうにも俺の購入しようとした品の値段を確認する為に一覧を出して計算をし始めた。


 俺は専用の支払い用紙に必要事項をキョウに教わりながら記入をする。

 どうやらカードナンバーなどやらパスワードみたいなものは無い様だ。


 どうにもこの国にもこういったカード支払いの専用読み取り機があるらしく。


 書いた用紙をそのまるでコンビニのレジの様な機会にかざして専用刺し込み口に俺のカードを入れ込んだ。


「・・・あ、ありがとうございました・・・」


 何故か店員は青褪めていたのだが、その理由をこっそりとキョウが店を出た後に教えてくれた。


「エンドウ殿の買った布は全てこの店にあった高級品ですよ。ソレを全部買い占めたんです。そりゃ青い顔にもなると思います。」


 そう言ってキョウは苦笑いをしながら門下生たちに買った品の乗った荷車を引かせる。


 運び込む店の事も説明済みだ。キョウが簡単な地図まで書いて門下生たち全員にしっかりと周知させる事までやっている。

 俺はこれに「大袈裟だ」と言ったのだが、これにキョウは「間違いが起こってはいけませんから」などと言って徹底をする事は悪い事では無いと主張。


 キョウの言葉には別に否定をできる部分も無いので俺はコレを気にしない事にした。


 そうして次々と回る店舗で俺は反物を買い漁る。


 そんな姿は昼になると噂が広まり始めるが、その時には既に俺としては「充分かな?」と思うくらいにはバッチリ数を買えている。


「・・・恐ろしい額がまだその中に残っていますよね。何をどうすればそこまでの金額が?」


 店と言う店で高額商品を買い漁っていると言うのに、俺のカード残高はまだまだキョウとしたら恐ろしいなどと言う表現を使う程の残りがある様だ。


「いやー、そう考えると組合はこのカードの中に最初に入っていた金額よりも、もっと高額を稼いだって事だろ競売で。凄いなぁ。まあこの国の金銭感覚がまだ身に付いて無いから俺には実感は無いけど。」


 ここでキョウが沈黙。どうやら何かを考えている模様。

 だけども次にはニッコリ。何やらキョウの中で何かがどうやら腑に落ちたらしい。


 その後にキョウは俺の今後の動きはどうするのかと聞いて来た。


「ソレは、まあ、良いでしょう。それと、この後は?」


「ああ、一緒に例の店に来てくれないか?どうにも俺たちはもう注目の的になっちゃってるらしいからな。それと、向こうの店が直接に嫌がらせを狙われると面倒だ。」


 既に門下生たちの協力もあって運び込んだ反物は相当な数だ。俺はそもそも買った正確な数を把握していない。

 途中で面倒になって気になった物、目に入った物は全て買うと言う暴挙に出ている。


 もしかしたら俺のこの行動を何らかの妨害行為と見做して商品を売ってくれない店が出ている可能性がある。

 噂の広まるのは早いモノだ。ならばもうこの辺で買うのは止めてソレらを運び込んだ店に向かってしまっても良いだろう。


「じゃあ行くか。」


 こうして俺たちは例の「暖簾がド派手パッチワーク」の店に向かった。


 俺は未だにその店の名前など知らない。何故なら俺はそんな事を気にしてはいないからだ。

 店主の女性の事も知らん。昨日はこれから俺がやろうとしている事を説明しただけ。


(きっと愕然としてるんだろうなぁ。ちゃんと説明したけど、相手の了承は得ていないし、勝手にやってる事だからねぇ。どんなリアクションされるか分からないなぁ)


 勢いだけ、そう言われてしまえばそこまでだ。けれども俺はそもそもがこの国のお金を何時までも使わずに持ち続けているつもりは無い。


 こういう「泡銭」みたいなものは温存せずにバンバンと使ってしまうのが良いのだ。

 この国で俺は億万長者になるつもりでいる訳でも無し。


 経済を活性化させて景気を良くする、そんなつもりもありはしない。

 この国に対してそこまでの恩恵も義理も俺は感じていないのだ。


 遊びに来た、観光に来た、只それだけだ。ならば今ある手持ちの金で「遊び倒す」のである。


(遊ぶ、の基本が投資になっちゃってるような感じになってるけど、まあソレも良いだろ。俺はちょっと今楽しいし?)


 今の手持ち、カードの中の金額はちょっとやそっとでは減らし切れない程の数字なのだ。

 ならばソレを飲食、遊興で減らすにしてもどれだけの事をしなければならないのか?それが想像できない程。


 どうせならこのお金で人助けもまた一興だろうそうなれば。


「その後の事も色々と楽しめそうなイベントは考えてあるしな。それじゃあ、ごめんくださーい。昨日の者でーす。」


「・・・何をなさったんですか貴方は?私に何をさせたいのですか?これ程の事をする理由が何処にあると?」


 店の中は俺が持ち込んだ布、反物で爆発する?と言った印象を持たせる程にパンパンに。


「さて、コレを整理しましょうか先ずは。キョウ、門下生たちに指示を。それと、えーっと、そう言えば、名前聞いて無いや。貴女は?」


「えぇ・・・?今さら、ここで?こんな状態で?」


 呆れた様な、絶望した様な、そんな声音で女性がポカンと口を開いたけれども。


「リーロと申します。それで、その、昨日説明した事を本当にやる気なのですか?」


「はい、それじゃあリーロさんの指示に従って皆は整理整頓ね。早速動いてくれ。じゃあリーロさん、指揮をお願いしますよ。」


「・・・えぇ?あ、あの、これ、どうすれば・・・?」


 ここでリーロはキョウの方に視線を向ける。ソレはまともそうに見えるキョウに助けを求める目だ。


 けれどもキョウがここで「諦めろ」と言わんばかりに首を左右に振る。


 これには流石にリーロは「・・・えぇ・・・」と絶句。


 俺がソレを見てしょうがないと思い「コレはどこに仕舞った方が良いですか?」と一つ大きな反物を抱えて質問を飛ばす。


 これに反射で対応したリーロは「あ、店の奥の専用棚に・・・」と言って口を開いた。


 ソレを皮切りに門下生たちが次々に片付けの指示をリーロに聞き出す。


 アレは何処に?ソレはどっちに?などなど。

 あっちもこっちもと言った具合に次々に飛んで来る問いにリーロは目をぐるぐるさせながらも律儀に指示を飛ばす。


 どうやらリーロは生真面目な性格もしているらしい。

 ちゃんと聞かれた事に素直に答えてアレコレと店の中を動き回り始める。


「うん、どうやらもう大丈夫そう?」


「いえ、まだまだ駄目でしょう。」


 俺とキョウはそんな勝手な事を言いながらその光景を眺め続けた。


 そうして店内が全て片付いた時にはぐったりとしてしまっているリーロが。


「あぁ・・・何でこんな事に?これらはどうしたら良いの?言われて片づけたけれど、そもそも、全部ウチのじゃ無いのでは?」


 俺の持ち込みだ全て。片付いたそれらの所有権は俺にある。

 なのにこの店にそれらが収まったのだ。一体この店はリーロの物なのか?はたまた俺の物なのかと言った疑問だろう。


「よし!それじゃあ店の入り口は閉じてくれ。暖簾も取り外して。後はキョウ、お針子さんに伝手は無い?それとリーロ、注文を頼む、仕事だよ。」


「・・・は?・・・へ?」


「いや、昨日も説明の中に服の作成も入れてたよな?思い出したか?」


「・・・はい、ええ、そんな事を仰られていましたね・・・でも、支払いは・・・」


「これで!」


 俺は懐から取り出したように見せかけて例のカードを引っ張り出す。

 インベントリから取り出すと今もまだ居る門下生たちに目撃されてしまうのでソレは控える。


「なあキョウ?色々と俺は相場が分からないんだ。どれ位の料金を支払っておけば良いかな?もう一括で全部最初に払っちゃおうかと思ってる。どう?あ、それとこの店を俺の購入した物の倉庫みたいに使っちゃってる感じになってるし、その使用代金何てのも含めて多めに支払っておくのも忘れちゃダメだな。そこんとこの計算をして貰いたいんだが。」


「・・・エンドウ殿はそんな性格でしたか?何だか人が変わった様に感じてしまいます。」


「ああ、ソレは控えていたからだな。俺の性格って、まあ、自分で言うのも何だけど、こんなもんだよ。別に偽ってた訳じゃなくってなぁ。」


 今頃になってキョウから「お前誰やねん」といったツッコミが入ったが、コレを俺は「本来の俺はこんなもの」と返してその場を終わらせる。


 ここでリーロが困惑顔で。


「一体全体、何が何やら分かりません・・・貴方の目的は何なのですか・・・?私に、この店にこの様な・・・貴方に何の理が、利があってこんなにも・・・」


「え?只の思い付き。いや、それ以外に無いな?いや、マジで。面白そうな事を思いついたから?助けようと思ったついでに俺の思い付きに存分に利用できそうだったから?みたいな?」


 この言葉にキョウもリーロも、門下生たちも何やら引いている。解せぬ。


 まあ人と言うのは自らの理解の及ばない存在に対して恐怖を抱くモノだ。

 ここで納得をされないのは致し方ないとして。


「それじゃあ宜しく!」


 俺はその一言だけでこの場の空気を変えた。

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