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俺が言えた義理じゃない

 先ず俺にして貰いたい事を機関長に聞いてみたが、直ぐには思いつかないと言った事だった。

 なのでここで俺の方から提案を出してみた。


「改革派ってのは、詠唱しない、印を組まないとか、そう言った事に拘ってたりする集まりって認識で良いのか?それなら一度俺が魔法を使って見せれば良さそうだけど。」


「はい、確かにかの派閥はそうした本来のこれまで積み重ねて来た物を「必要は無い」とか「新しい視点からの術の発動」などを研究していますが・・・」


「何か奥歯に物が挟まった様な言い方だな?何か問題が?」


 機関長はちょっと眉根を顰めてからこれに答える。


「余り良い成果は出せてはいませんね。詠唱無しで術を発動させると威力が激減すると言った結論に至っています。そしてその威力を上げる方法を模索中ではありますが、そこは単純に込める量を上げれば良いと言う面白くも何とも無い結果が出ていて。」


「いや、ソレであってるんじゃねーの?間違ってはいないハズじゃん?ソレの何処に不満があるのか俺には理解できんが?」


「まあ、言ってしまえば調整が出来ない出力馬鹿と侮られますね。それと、単純に放てる術の回数の限界が減りますね。そう言った事で現実的では無いと言う結果、詠唱を短縮して試す、どれくらいまで短くしても大丈夫かの実験、呪文単語の組み合わせの捻り出しなどに多くの時間を費やしていて、私としましては、これらを余り有意義な研究とは言え無いと申しますか。」


「あんまり上手く行って無い訳だ。だけど成功例も有るんだろ?」


 大勢ここには術者が居るはずだ。そしてその数に見合った回数の実験を繰り返して、研究を続けていればその結果、少なくない数の成功例と言うモノが上がると思うのだが。


「そこまで上手く行っていればこうして相談させて頂く事は無かったですね。」


 苦笑いで返された。どうやらこの機関で古くから重ね続けられてきた研究成果はそう簡単に改造、改善できる程には軽くは無いらしい。それは歴史の重みと言っても良いのだろう。

 研究に研究を重ね続けて最適解に落とし込んだその「呪文」と言うのは効率が半端無く良いはずだ。

 その牙城を崩すには同じだけ、或いは倍の時間と労力と苦労を伴うと。


 と言うか、只単に限定的な者たちだけ、内輪だけで研究を進めている内に考え方が凝り固まってしまっているのではないか?


「出力馬鹿とか言われたりしてもさ?そうしないとソモソモが研究を前に進ませられない状態じゃねーのかソレ?各個人は自身の魔力の内包量の底上げとかは普段からしていたりはしないのか?寧ろそっちの基礎の方が余程に大事な事だと思うけど?低い内包量で出来る事なんて高が知れてるだろうし、研究なんてしないでそっちを頑張れよと言いたいが?」


「術を使い続けていれば少量ずつ増えて行きはしますね。しかし積極的に増やそうとする者は少ないかと。研究の際に術は発動させますし。ソレを鑑み、積み重ねで得た力量を重視してしまっていると言った所です。」


「あー、それじゃソモソモ根本的な所が駄目だわ。時間が掛かり過ぎて研究もそりゃ滞るわ絶対に。先ず必要なのってそれこそ求める研究結果を一気に導き出せるだけの回数熟せる自分の魔力の量を確保じゃねーの?呑気過ぎるよ、そりゃ。」


 根本的な所が先ずは足りてないと俺は指摘する。

 しかし次には「俺は何を偉そうに」などと心の中で思ってしまった。


(最初っから膨大な魔力を持っていた俺が言えたセリフじゃ無いなぁ)


 コチラの世界に来た時には既にかなりおかしいくらいの魔力を持っていた俺である。

 いきなりそんな状態だった俺が普段から努力を重ねている者たちに何を言えようか?

 そんな話をすれば俺の事を「ズルい」と指摘して来るだけで誰もが妬んだり嫉んだりでマトモに自身の問題にとり掛かったりはしないだろう。


 だけども機関長は「耳が痛いです」と俺の言葉を真摯に受け止めている模様で。


「さて、改革派はこの様な感じではあるのですが。保守派は、その、もっと悪いと言いますか。何と言うか。はっきり言ってしまえば、どん詰まり、と言った感じですね。呪文も印も今あるモノが至高だと主張するばかりでありまして。研鑽もせずに偉そうにふんぞり返る事しかしません。権威を振りかざして自身の立場を守る事にばかり目を向けてその尻を椅子を温める事だけに使っています。時折改革派の邪魔もしてきますからね。害悪、と言っても良いでしょう。」


「結構ガッツリ言うのね。嫌いなの?保守派が。」


「ええ、八割は。後の二割は伝統や、術式、印などを後世に伝える役目を担ってくれていると思って我慢しています。まあ、本来であれば術者と言うモノは今あるモノよりももっと素晴らしいモノを追及しようとする根底が無くては高みには登れません。研鑽、研究が進めば、過去よりも優れたモノが発見、開発される可能性もありますから。今ある術体形は完璧で完成している、と思っていたとしても、もしかしたら新たな視点での新発見によって過去の遺物になる事もあるかもしれません。世の常は「変わる」事が本質と私は捉えています。なので今も変わる時、その流れを止め無い事をこそ大事にしなければと思っています常々。ソレを忘れて自身の立場やら権威などを守るだけになってしまった腐れた根性に墜ちた者たちは処分したい所なのですが。」


「処分って言い方、過激だよね。ですが、って言ってるって事はソレをすると不利益が大き過ぎて踏み切るに、踏み切れ無い、って感じか。」


「そうですね。この機関から放逐してしまうとその恨みでその者が何をしでかすか分かったモノではありません。もしくは自由に研究をし過ぎて世の乱れや混乱を生み出すと言った事もあり得なくも無いのです。だからといってその者を殺処分などと物騒な事はできませんから。まあその者が「悪」と分かっていて、殺してでも止めなくてはならない程の被害を出すと分かっていたならば、密やかに殺してしまう事はできるでしょうが。」


「おおぅ・・・エゲツ無い事をサラッと言っちゃうのね。まあソレは今は良いか。それで、中立は?」


 俺も機関長もお茶を多めに飲み込んでここで一息つく。一応の問題はこの時点でまあ大体理解はした。


 なので残りの「中立」が何をしていて、機関長がどの様に見ているかが分かれば俺のここでのやる事も決まると言うモノだ。


「単純に自分の事にしか興味の無い者たちの集まりですね。各自が好き勝手、気ままに研鑽をしていたりして纏まりの無い者たちです。そうは言っても二つの派閥よりもマシと言ってしまえばマシなのですけれども。やっている事も、主張している内容も誰も彼もバラバラで、コレもコレで何も成長性が見えないと言いますか・・・」


「そいつらを一纏めにして引っ張れるだけの統率者が居ないのが問題?」


「研鑽を積むと言う点で言えばこの中立の者たちは改革派や保守派よりも断然やる気を持っているのですが。協力し合う、互いに好敵手として認めあって高め合うといった事をしない者たちしか居らず。」


「何だこのクッソ面倒臭い構造。良くソレでこれまで不満が爆発しないでやれて来たね。いや、我慢強いのは時には毒だぞ?」


「いえ、全くその通りで。これまでに何度かその、爆発しそうな事もあったりしましたけどね。私の立場がソレを許さず。抑え込みましたとも、ええ。」


 苦労人、その一言だろう。俺はこれに同情する。


「あー、しゃあないなぁ。じゃあその苦労に対して俺が一肌脱ぎますかね。」


「・・・えーっと、その、何です?」


「あ、一肌脱ぐって意味が通じ無いか。まあ、一つイタズラ的な案があるからソレ、やりましょ。ここ、俺たちの会話、誰も聞いて無いよな?」


 俺は機関長にその点を確認してから自身で魔力ソナーを使って部屋、その周囲、異物や人気が無いかを調べる。


「あの、今何を?」


「お?気づいた?流石機関長って言う立場にまでなった人だね。それじゃあ先ずは俺と術比べして遊ぼうか。」


「・・・へ?」


 ここで俺は一枚の魔力障壁を作り出す。


「コレを破壊してみてくれ。なーに、簡単だ。俺が精一杯絞って少量の魔力で作ってある。ソレを機関長の精一杯の絞った少量の、最低限の威力の弾で破壊して見せてくれればいい。ソレを少しづつ上げて行く。」


 互いに同じ「最低限」「少量」「絞る」と言った条件でコレをぶつけ合うゲームだ。


「・・・分かりました。やってみましょう。」


 そう言うと機関長は直ぐに「ライフルの弾」の様な形をした先端の尖った魔力弾を作り出す。


 しかし俺はソレを「魔力ソナー」で調べてみたが。


「込めてある魔力が弱いな。その大きさでもうちょっとだけ力を籠められ無いか?」


「え?・・・ハイ、これで良いでしょうか?」


 一瞬驚いた顔をしてから機関長は真剣な顔つきに変わった。


「お?ソレで良いよ。まあ、先ず最初は助言をするのは話を早く進める為だな。それじゃあソレを撃ち込んでみてくれ。」


 その弾丸は俺の作った障壁へと放たれた。すると双方がぶつかった瞬間に同時にどちらもガラスが割れる様にして消滅する。


「おー、良い感じ良い感じ。それじゃあ次ね。もうちょっとだけ今のから段階を上げたから。さっきと同じ様に、そして込める力もまた上げてね。それで、今みたいに同時に消滅しなかったら不合格。壁が壊せなくても、壁だけ壊れてもダメ。双方一緒じゃ無いと合格じゃ無い。」


 弾の威力が上回って壁を貫通、破壊してもダメなのだ。

 コレはコントロールを鍛える事に向いているゲーム。


 キョウの所でやったモノと似て非なる、と迄は言わないけれど、そんな様なモノだ。魔法版である。


 今は障壁が一つだけではあるが、その内に慣れて来たら複数でやって行く。

 そうやって進めて行けば弾丸に使う量は少ないのだからかなりの回数を試行できるはず。

 小さい範囲にどれだけの魔力をしっかりと込めて密度を上げられるかのトレーニング。


 相手の力量、生み出した障壁強度を見極める為の練習にピッタリであり、コレは弾丸に込める魔力量のコントロール実験だ。


「弾の大きさはさっきと同じにしてね。そこに込める量を上げて行く事になるからしっかりと意識して制御しないと駄目だ。さて、コレを壊して見せてくれ。」


「・・・なかなか難しいですね。」


 とは言っても機関長はやはり伊達では無かった。その後に二回目も成功させる。


 これでコツを掴んだのか直ぐに三回目、四回目、五回目と続けて成功したのだが。


 六回目で失敗した。ソレは弾丸に込めた力を上げ過ぎて壁の方が壊れてしまったのだ。

 弾丸は貫通、ソレは互いに向き合ってこのゲームをしていた俺にぶち当たる。


「・・・!」


 機関長はコレに大慌てしたが、別に俺には何らの被害は無い。


「おー、失敗したな。俺の制御の方が誤ったなこの感じだと。うーん、俺も細かくやってく事にちょっとだけ自信を持ち始めた所だったんだけどなぁ。あ、スマン、俺が失敗したわ。込める魔力の量がちょっと少なかったな。」


 ピンピンしている俺を見て機関長はちょっとの間だけ唖然とした後に溜息を吐いて肩を落とす。


「エンドウ殿、何とも無いのですか?」


「あの程度じゃあ俺をどうこうする事にはならんね。あ、コレが別の誰かだったら危ないかもしれないし、向かい合ってコレをやるのは危険だな、こうなると。じゃあ続きをしよう。遠慮は無しで。」


「失敗すれば先程の様になるのは・・・緊張感が・・・」


「俺に対しては遠慮しないで良いぞ?寧ろこれまでの鬱憤を晴らすつもりで撃ち込んできなよ。」


「それは、遠慮させてください。そんな事に慣れてしまうつもりはありませんから。」


 俺は冗談交じりでそう告げたのだが、機関長は真面目にコレを断った。


 その後は俺の「千年機関の見学」をそっちのけでこのゲームを続けた。


 ソレも二十五回を迎えると機関長が「もうこれ以上は密度を上げられません」とギブアップを申し出た。


「おし、それじゃあもう分かったと思うけど。何だっけ?込める量じゃ無くて、密度が大事?だったかな?ソレが理解できたんじゃ無いか?まあこの事は俺が偉そうに言える事じゃ無いんだけど。」


 俺が魔力を使う際に大抵が周囲から「過剰」とか言われるのはその密度が問題だと何時も指摘されていた。


 例え話をするならば、ピンポン玉程度の大きさの入れ物があるとして。

 ソレの限界許容量が「1」だったとしよう。


 そこに力を注入して行ってその量が「2」だった場合と「10」だった場合に、それぞれを破裂させた時にどちらの方が威力が、勢いが大きくなるかと言った所だ。


 もちろんソレは「10」の方がヤバイと言うのは解るだろう。

 限界が「1」だと言っているモノに対して「10」を込めるのだ。十倍である。

 その密度はパンパンに膨れ上がる。ソレを一気に解放した時に外へと溢れ出す勢いは相当なモノになるのは必然だ。


「・・・良く理解できました。単純に込める量を上げるだけを術者たちが出力馬鹿と貶していますが、コレは実際には、相当にキツイ事です。この制御をもっともっと自由自在にできる様になれば改革派の問題は解決していく事になりますね。ですが・・・」


 どうやら機関長は理解はしたけれども改革派の輩どもへの懸念が有るらしい。


「恐らくは誰もが聞く耳を持たないでしょうね。彼らは呪文や印の劇的な「改善・改良」を目指しているのですあくまでも。恐らくはこの様に地道な修行をする事を言っても、実際に見せても、方向性を変える事は無いでしょう。」


「えー?そう言う事かぁ。妙な所に拘りを持ってるんだな。まあ今回の所は機関長が認識を多少改めてくれた事だけで良しとしておこう。」


「いえ、非常に有難い内容を御教授頂きました。感謝させてください。狭くなっていた視界が広くなった様に感じます。本来であれば私自身がこの事に気づいていて良いはずの事ではありました。長くここに居続けていて視野狭窄に陥っていましたね。周囲の管理にばかり目を向けてしまい、自身の研鑽を止めてしまっていました。お恥ずかしいばかりです。私も偉そうな事を言えた立場ではありませんでした。」


「いやいや、そんな役職に就いていたらそこはしょうがない部分もあるんじゃねーかな?管理職が辛いのは理解できるからなぁ。そう言う上の立場に立つ人って忙しさで自分の時間が取れ無くなっていくのは世間じゃ良くある事じゃね?」


 俺は慰めの言葉を口にする。この様な事態はどんな世界でも起きうる事だと。


「そうですか・・・ならばこれから、ですね。同じ過ちに陥らない様にこの度の事は忘れない様に心掛けましょう。さて、かなりの時間を使ってしまっています。見学の案内は翌日と言う事にさせて頂いても?」


「んん?あー、そう言えばそうだったか。じゃあまた、だな。俺の方は時間が幾らでもあるし、そっちの都合でまた俺を尋ねて来てくれればこっちがそれに合わせるよ。」


 俺は「それじゃあ」と告げてそのままワープゲートを出してこの場を退出した。


 さて、千年機関の見学はこうして予定が変更となって時間が空いてしまった。

 別に俺の方に時間があっても、機関長の予定していたスケジュールがズレてしまっては駄目だろう。


 機関長にも都合と仕事があるのだ。その役職の高さからして仕事量も半端なモノでは無いだろう。

 そんな合間を縫って俺への対応をしていたのだろうから、俺が余りここで無理を言うのは可哀そうだ。


 今日に処理せねばならない案件などもあるだろう。俺に見せられ無い書類もあるだろう。


 他に案内役を付けて機関を見学させると言った事も出来たかもしれないが。

 俺を迎えに来るのに直接に機関長が自ら尋ねて来たと言うだけで「ソレは無い」となってしまう。


 そんな事が出来るのなら最初から別の者を使者として派遣して俺を案内していたはずだから。


 そうしてワープゲートで出た先はキョウの道場の裏手。

 まだ昼にはホンの少しだけ早い時間であるが戻って来てしまった。


 この裏手には人が普段から居ないのでワープゲートで道場に戻って来る時には都合が良い。


「昼食は用意されてはいないだろうなぁ。機関の方で食事を出されるだろうって判断で俺の分は準備して無いだろ。なら、ちょっとここで久しぶりに自分で作るか。」


 インベントリから雑に色々と食材を取り出して調理器具やら鍋やら鉄板を出す。

 調理台やら焼き台なども出して豪勢な一人バーべキュウと洒落込もうと念入りに準備した。


 外食やら作って貰った食事をここまで食べて来ていたのでインベントリに突っ込んでいた食材などをすっかりと忘れていて何が入っているか朧げではあったが。


「インベントリに入れておけば幾ら時間が経っても腐ら無いのはありがてぇなぁ。」


 取り出しては下拵え、取り出しては下味付け、取り出しては焼き、取り出しては切り刻み、取り出しては煮て、などなど。


 取り合えず片っ端から残り物処理をするつもりでバカスカと雑に調理を熟していく。

 味付けも大雑把だ。いわゆる男飯と言われる様な大味になるだろう。

 それでも食べられない訳じゃ無いので今は腹に物を詰める事を念頭に置いてせっせと食材を消費する事に集中する。


 余ったモノはまたインベントリに入れて保存しておけば良いのだ。

 その内にまた気が向いた時に取り出して食せば良いだけである。便利、インベントリ様様。


 そんなテキトウな早めの昼食を終えて俺は久しぶりにマルマルに戻ってみる事にした。


 世界を色々と回って知り合いが多くなり過ぎた感があるが。

 俺の基本と言える場所はやはりこのマルマルであると言っても良いと思っている。


 クスイの店の裏にワープゲートで移動をする。


 そのまま店のバックヤードにお邪魔である。勝手知ったる他人の家、いや、もう他人とも言え無い関係ではあるからこの言葉は当てはまらないのだろうか?


 変な疑問を一瞬だけ浮かべて直ぐに忘れる。


 そこには久しぶりに顔を合わせるクスイの娘さん、ミルが居たから。


「あら!?エンドウさん!久しぶりですね!本日はどんな御用ですか?」


「久しぶり。今日は魔力回復薬を買いに来たんだよね。在庫って今幾つくらい?大量購入をしたいんだけどさ。」


「あー、ちょっと厳しい部分がありますね。今は以前の様に爆発的、って感じは治まった所ではあるんですけど。まだまだ大人気、って言った所で在庫が余る事って無いんですよね。」


「工場での大量生産は進んでるんだよな?材料不足?工場不足?人材不足?」


「あー、国が購入している分が落ち着けばこんな状態も多少は解消されると思いますけど。それはまだまだ相当先になっちゃいそうですね。」


 そう言って苦笑いをするミル。どうにもこの状況は俺がそもそも悪いっぽい。

 ミルは続けて説明をしてくれた。


「父が今は先頭に立って陣頭指揮をしています。材料不足の方は全くありません。畑などをエンドウさんに色々と準備協力して頂いたおかげで順調過ぎる程に稼働はしています。人手不足もそちらには無いんです。賃金を奮発して人を多く雇って全力稼動してまして。そんな事をしていても売り上げの方が上回る勢いと言いますか。」


 どうやら以前に作ってクスイに丸投げした農地は順調らしい。


(そもそも確かあそこ、俺が魔法で耕したんじゃ無かったか?・・・そりゃ暫く以上に豊作続きで人を雇ってドンドン処理をして行かないと、寧ろ収穫物に畑が埋め尽くされて侵食されるレベルになるよなぁ)


「工場の数も、魔力回復薬を売る店舗も、今よりも数を増やす事は止めた方が良いと父は判断していまして。この今の現象が落ち着きを取り戻した時に過剰に生産施設と従業員が余ると言う事を見越してます。」


 未来の経営の目で見て今よりも増産体制を取る機では無いとクスイは判断している様だ。


「それに、ちょっと品薄、と言った印象を客に持たせていた方がより長くこの売れ行きを維持できるとの考えがあるそうなんです。ちょっと私には理解でき無いんですけどそこら辺。でもそう父が言っているので間違いは無いと思うんですが・・・」


 無いと分かればより人は欲しいと思ってしまう欲望を抑えきれ無いだろう。商売の戦術と言うと、確かにうなずける部分はある。

 ソレが魔法を使う者にとって物凄く有用な品であるのだから、この流れは一定の強さを保ち続けるのだろうこのまま。


 クスイと約定、提携を結んだ商人以外の者たちが自分の店のブランドとしての「魔力回復薬」を開発して流通させない限りはこの問題は相当に長引く事になりそうだ。


 世間に売り出される魔力回復薬の数が増えれば必然とこの「超人気商品」な状況も落ち着くはずである。


「それで、どうしましょうか?ウチの店に置いてある分だけでも持って行かれますか?」


「いや、持ってくって、購入して行きますか?じゃ無い?」


「いえ、エンドウさんの口座資金を父はこれでもかと使い込んでますので。その代わりと言うのも烏滸がましいですが、店の商品なら何でも、幾らでも持って行って頂いて構いませんので。」


「いやー、そこは俺がクスイに「幾らでも使って良い」って言った結果だしな。と言うか、何か聞くだけだと怖ろしいよな。「これでもか」ってどれ位?いや、想像したくも無いわ。考えるの止めよう。」


 魔力回復薬が売れに売れていると言う事は、俺の口座に入って来るお金も相当なモノになっている訳で。


 それの管理を俺はクスイに全部託しているのでここで文句を言う方がおかしい。

 俺は全幅の信頼をクスイに置いてお金の事を任せているのだ。

 ここで俺が何かを言える資格など無いのである。


 とは言え、在庫にあった魔力回復薬は一本だけ貰っておいた。コレは機関長に飲ませる用である。


 そう、俺は驚かせるつもりで魔力回復薬を買いに来たのだ。


 機関長と話をして分かった事がある。ソレは。


(千年機関には魔力を一気に回復させる手段が存在しない。なら、この魔力回復薬があったら?)


 多分機関長はコレを飲めば驚愕の顔を晒す事となるだろう。

 その時に俺はこう言ってやるのだ。「ドッキリ大成功」と。


 とは言え、俺の中の予定では百本程を購入して持って行こうと思っていたけれども。


「まあしょうがないか。じゃあクスイに宜しく言っておいてくれ。忙しいだろうから余り俺の都合でクスイをこれ以上振り回すのは申し訳無いしな。」


「父は昔以上に精力的に仕事に精を出しています。これに関してエンドウさんにその事を感謝こそすれ、恨んではいないと思います。それよりもお茶をお出ししますのでもう少しゆっくりして行かれませんか?私は今休憩中なので、宜しければエンドウさんのお話を聞かせてください。」


「なかなか積極的になったな?何か思う所があった?」


 以前のミルとは少々印象が違う感じを受けたのでそんな質問を飛ばした結果。


「こうして店を受け持つ様になって色々と学ばなくてはならない事が多いと実感してるんです。どんなモノでも、ありとあらゆる情報は無駄にはならないんだな、って。そう言った事をここ最近に知る機会があったんです。なのでそう言った事でエンドウさんのお話も聞かせて頂けたらなって。どんなに自分に関係の無い話とかであったとしても、そこから得られる物が何かあると思うと、お客さんが喋っている取り留めも無い世間話などにも耳を傾ける様になりまして。」


 ミルはこの店をクスイから託されたと言うか、半ば無理やり受け持たされたと言うか。

 そんな中でミルはどうやら店の経営と言うモノに興味や、或いは自覚と言うモノが芽生えて来たらしい。


「お客さん同士の話の中で「とある魔法使いが魔力回復薬を求めてあっちこっちの店を回っている」っていった話を耳にしてふと在庫を確認して仕入れの数を増やした事があったんです。その翌日でした。その話の魔法使いと思われる方が来店したのは。その時に相当な数の購入をされて行った事が凄く印象的で。お客さん同士が話していたのも店の端で誰にも聞かれない様にして小声で話していたのが妙だな、とは思っていたんですけど。」


「もしかしたら誘導されていたんじゃないかって?そう思っていたりする?」


 策を弄して店に魔力回復薬を用意させてソレを買いに来る、そう言った事をされたのでは?と俺は思ったりもしたのだが。

 でもソレはソレで迂遠過ぎる方法だ。店に直接にやって来て予約購入をすれば良いだけの話だから。

 なのでミルも「妙」と思ったのだろう。


「でも、そうなれば店の端でそんな会話をこそこそする必要は無いんですよねぇ。私も偶々店の商品の整理でその傍に寄っただけで、そのお客さんたちも私の接近を解って無かった様子だったんです。だから、そう言った不可解な出来事って何か印象に強く残ってしまって。ソレでこんな事も商売って売り上げに繋がるんだな、って思う様になったんですよ。」


 世の中には奇妙な事が起こり得る、そう言った体験を話すミルはおかしそうに「ふふふ」と笑った。

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