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 二体の黒カエルは無事に何事も無く解体を終えた。後は報酬を受け取るだけ、なのだが。


「なあケンフュ、頼まれていないモノまで狩って来ちゃったんだが、ソレも買い取りして貰えるか?」


「・・・何を余計な事をして来たんですか?いえ、受付では何なので、奥の部屋で聞きます。こっちに来なさい。」


 解体が済んだ後に俺は受付へとやって来た。そこでケンフュの居るカウンターの列に並んで待って、ようやく自分の番になったのだ。

 そこで俺は依頼分以外のモノを狩ったのでソレも買取して貰え無いか聞いたら別室に通された。


 その際には軽く睨まれている。そのケンフュの目は明らかに「問題をおこしてねーだろうな?」と言った咎める様な目である。


 俺は問題をなど起こしたとは思っていないのだが。しかし俺以外の人から見れば「コレは問題だ」と言われる様な事をしているかもしれないと言う自覚はしている。


 こうして通された部屋で俺はどう説明をしたら良いかと頭を悩ませて直ぐに諦めた。


「湖の主と思われる奴を狩って来た。デカいから解体場に入らないと思う。もしそっちが買取金額を用意できないって言うのなら、直接交渉で商人に持ち込んでも良いかね?」


「・・・待って、ふざけないで。今、何って言ったの?馬鹿げた事を言っているわ。湖の?主?・・・貴方一人で?どうやって?・・・いえ、万が一にも狩ったとして、回収する為の隊を組まなくちゃいけないわ。今からやっても時間が長く掛かる。あの湖まで到着するのにかなりの時間を要するわね。そうすると素材の傷み具合がどうなるか分からない。」


 ケンフュは最初に俺の事を非常に疑ったのだが。直ぐに思考を切り替えて「万が一」な方向へと切り替えて考え始めた。

 どうやら俺がインベントリから黒カエルを出したのを見て多少の真実味と言うモノを俺の言葉から感じ取っているのかもしれない。


 なので俺はハッキリと言ってやる。


「いや、持って来てる。狩った現場に放置はしてないよ。」


「・・・は?何?もう一度言ってくれない?」


「持って来てあるからどうしたら良い?解体場には入り切りそうにも無い。このまま直接商人に交渉を持ちかけても良いんだけど。せっかくだからケンフュの顔を立ててここで買い取りをして貰った方が良いと思ったんだが?」


「・・・アレを出した時と同じ方法で持ち込んでいる、って事、かしら?」


 ケンフュは俺の言葉に理解をし始めると頬をひくひくと痙攣させながらそう聞いて来た。

 なので俺はコレを肯定してやる。


「ああ、そう言う事で合ってるよ。あ、もしかして狩って来ちゃダメだったのか?なら誰にも売らずに俺だけで処分するけども。あー、でも、丸まる持って来てるから処分とか言ってもどうしよう?」


 あの巨体を俺だけで処分などと言うと、もう魔法でパパッと消し飛ばすくらいしか思いつかない。

 そんな事をすれば勿体無いだけだ。ここで買い取ってくれると言うのならやって貰いたい、引き取って貰いたい。


 ここでケンフュが真剣な表情でウンウン唸り始めた。手で口の周りをもそもそと弄りつつ思考が小声で漏れ出している。


「・・・今夜もう一度来なさい。月が真上に昇った頃に。」


 どうやら考えが纏まった様で俺に再びこの武侠組合にやって来る様に言いつけて来る。


 そう言った後にケンフュはもう用は無いと言った感じで部屋を出る。その後に付いていって俺も部屋を出た。

 その後はカウンターで黒カエルの代金を貰って組合を出る。


「取り合えずヌシの捌き先がこれで決まったと言っても良いんだよな?まあそれまでテキトーに時間を潰すかな。こうして金も入った事だし。」


 こうして俺は夜までの時間を潰す為に露店が並んでいる大通りへ向けて歩き出した。


 とは言え、屋台食を食べ歩き程度では時間は中々潰せない。

 目についた店に入っては何が売られているのかと見て回り。

 それでも時間は余るので以前にダグに連れて行って貰った賭博場へと足を運んでそこで少々遊んで行ったりと。


 そうやっても時間の消費は待ち合わせにまで到達はしない。

 これに最終的には道場に戻って来てしまった。夜、しかも月が空の真上に着た頃にもう一度と言う事なのだ。それこそ時間がまだまだ有り余る。


「で、キョウ。良い時間潰しって無い?」


「そうですね・・・暇なら一手ご教授願っても?」


「え?俺が教えられる事なんてこれっぽっちも無くない?」


「いえいえ、それではいきましょう。」


 道場に戻って来てキョウが居たので暇潰しに何か無いかと聞いてみたのだが。俺はこうして一戦やり合う事になってしまった。


「では、こちらから行っても?」


「あー、うん、良いよ。勝手に打ち込んで来てくれ。」


「ならば話に聞きました、弟子たちが壊せなかったと言う「壁」を見せて貰っても宜しいか?」


「ん?まあ、良いよ。どれ位の強度にする?」


「では、最大強度でお願いします。」


「いきなりソレ?まあ、うーん?じゃあ雑に力を込めた壁を作れば良いかな?」


 俺はここで目の前に魔力障壁を作り出す。一応は薄い青の色を付けて見やすい様にして。


 これにキョウが早速動いた。先ずはその手に持つ棍で軽く一突きと言った具合で様子見をして来る。

 その一撃は「カーン」と言う木が弾かれる乾いた音を響かせた。


「・・・なるほど。では、色々と試させて貰いましょう。」


 ここでキョウの雰囲気が変わる。その顔も至極真面目な表情に。


 そこからは連撃だった。様々な角度で棍を俺の魔力障壁に打ち付けて来る。


 その度に乾いた木が硬い物に当たって弾かれた音が響き続ける。


 息つく暇も無いと言った感じでその音はずっと響き続け、速度を上げて行く。

 その内に「カカカカカ」と連続で音が鳴り響いていたのが、次第には「ガガガガガガ」とその音の内容が変わっていっている。


 キョウは途中で力の込め方を変えたんだろう。


 軽く握り、素早く動かす事を念頭に入れた動きから。


 力を込めて深く踏み込む一撃へと変えていく。


 しかしその力を入れての打ち込み速度は素早く動かし軽い音を立てていた時と変わらなかった。


 多分だけれども、これでもキョウはまだ本気では無いのだろうと感じる。


(勝手なイメージかもしれないけど。武術の達人って「一撃」が凄いって思い込みがあるんだよなぁ)


 そんな事を俺は思っていた。その間もまだまだと言った具合で長時間連撃を続けるキョウは止まらない。


 寧ろその動きのキレを上げている。


 これに何時まで続くのかと少し飽きて来てしまった俺はちょっとした悪戯を仕掛けてみる。


 手のひらサイズの魔力障壁をキョウの真横に生み出してソレをぶつけてみようと近づける。


 するとソレは。


「ばきん」


 と音を立ててキョウの操る棍に破壊された。


(ああ、対処されたら分かり易く壊れる様にと思って込めた魔力は少なくしておいたからな。うん、上手くいったみたいだ。なら、もうちょっと)


 俺は以前から魔力のコントロールと言うのが苦手であった。

 かなり意識を強く持って魔力を制限して込めてみても、物凄く「密度」とやらが高いらしくて必要以上に過剰な魔力が入ってしまうのだ。


 しかし今回はソレがどうやら丁度良かったらしい。


 俺のこのイタズラに対処したキョウの顔が「にやり」と笑っていたのだ。

 どうやら良い手応えが返って来た事にちょっとだけ楽しかった様子。


 なので俺はその「的」を増やしてキョウの全方位を囲った。


 その次の瞬間にはその障壁たちが破壊される「ばきん」と言った音が連続で鳴らされ始める。


(さて、終わりを何処に設定しようか?キョウに少しでも、一度でも「的」が接触した時か?それとも、壊された数に設定してみようか?)


 もうゲーム感覚である。見ている端からするとまるで全身を使った「リズムゲーム」みたいに見えてしまうくらいには。


 と言う訳で。ここで俺は「三百」を上限に決めて次々に障壁を生み出してキョウへと向かわせる。

 時にはその迫る速度を遅く、しかしフェイントを入れて速く、などなど。


 緩急を入れつつキョウへと「的」を迫らせたが。


「・・・うっわ。全部破壊してるじゃん。パーフェクトか。やっぱ道場主は強さが頭二つも三つも突き抜けてるな。」


「・・・ふぅぅぅ~。エンドウ殿、楽しませて頂きました。なかなか良い鍛錬になりますコレは。」


「鍛錬と言いつつも楽しかったとか言うのはやっぱ、この方法だと「遊戯感」を覚えたからか?」


「まあ、正直に言えばそうですね。コレは確かに良い「遊び」です。エンドウ殿さえよければ、門下生たちに時々で良いので「息抜き」として遊ばせてやって欲しいと思いますね。」


「あー、ソウネー。じゃあ実験として明日ミャンレンにでも試してみようか?」


「是非お願いしたい所です。宜しくお願いします。それで、もう一戦、良いですか?」


「あー、なら、目標を決めよう。さっきのより数は増やす?減らす?強度は?緩急の入れ方とか注文は?」


 この後はキョウと長時間その「設定」を話し合いつつも実際に決めた内容を試してみたりとかなりの時間を使った。


 そうしてとうとうその「ルール」が決まり、キョウが先ずそれを試す事に。


 キョウを囲む俺の出した手のひらサイズの魔力障壁はその数ザッと百である。


 連続でコレを壊し続け、最大で「五百」を壊した時点でクリアとした。


 一応言っておくと、この設定は難易度「高」である。

 魔力障壁の破壊に必要な「威力」はキョウくらいの達人で無ければだせないレベルに調整してあるのだ。


 そしてこの魔力障壁が破壊出来ずに残ってしまうとお邪魔な壁でしか無く、チャレンジをしている者にそのまま近づいて張り付いてしまい、その動きを阻害する。

 すると動き辛くなれば障壁を壊すのに苦労し、破壊できないとまた自らの身体に張り付こうとして来る訳だ。

 悪循環と言われる奴である。


 そう、最初からこの難易度「高」は全ての「的」を破壊する事が前提であり、一つでも取り逃がして体にソレが張り付けばリカバリーも逆転も難しくなるのだ。

 油断やら打ち損ねなど言語道断な仕様である。


 この難易度は四段階ある。「高」「中」「低」「最低」であり、多分コレだとミャンレンは「中」が精々だろうと俺は思っている。


 難易度が下がるにつれてその障壁破壊に必要な力量も少なくて済む様にした。


 これにはキョウの意見を聞いて少しづつ俺も魔力の調整をできる様に訓練の代わりと言った感じで腕前を上げたのである。副次効果だコレは。


 それだけの綿密な話し合いをしているのだキョウと。


 難易度を低くする際には障壁に持たせる色も変えた。その最大数も少なくなる。


「中」になると緑色を採用。最大三百。「低」だとピンク色で百五十であり、「最低」になると黄色にして八十と言った微妙な数に調整した。

 コレはキョウが「その程度で丁度良いでしょう」と言った事で俺はその意見そのままを採用しただけなのだが。


 で、キョウはこの難易度「高」を簡単にクリアして見せてしまった。これには俺は呆れる。


 でも当人は結構危なかった場面が多かったと言った認識だったらしく。


「まだまだ私も修練不足ですね。もっと普段から気を練り続けておくべきでした。身が引き締まります。」


 などと言葉にした。俺はこれに「真面目か」と言ってやった。


 その頃には既に時間もかなり過ぎていてもうそろそろ夕食と言う事でお開きとなった。


 と言う訳で俺たちは食堂に向かう。本日のメニューはチンゲン菜炒め?と何の肉か分からないステーキ、それと卵とじスープ?だった。

 どの料理も美味だったので文句など無い。コレを作ったのはどうやらミャンレンだった。

 この夕食は俺とキョウとミャンレンの三名で採っている。


「で、一体エンドウさんはあの後を何処で何をしていたの?」


 ミャンレンがジト目で俺を問い詰める様な感じでそう言って来たのだが。


「え?何で今それを聞くの?と言うか、俺がケンフュから依頼を受けた後はミャンレンこそ何してたん?」


 寧ろ質問で返してやった。だってあの後はミャンレンはずっとケンフュに対して嬉しそうに付きまとって必死に興味を惹こうと話しかけていたはずだ。


「ケンフュ様からはあの後仕事が忙しいからまた今度って言われてあんまりお話できなかったのよねぇ・・・お茶にも誘ったんだけど断られて。」


 しょぼんとしたミャンレンは残念そうにスープを啜る。


「基本彼女は自身の興味を持った相手にしか長い対応はしませんからね。ミャンレンはその域に達していないだけだ。彼女と親しくしたければ何か一つを、それこそ本当に「極め」無ければ軽くあしらわれるだけだ。精進しないさいミャンレン。」


 キョウはここで娘へとケンフュの性質を話して聞かせる。

 これにミャンレンは不満そうな顔でキョウへと文句を付ける。


「そう言う道場主様はさぞケンフュ様と長い長いお話が出来る立場なんでしょうね。」


 つーん、と顔を横へと向けてそんな嫌味をミャンレンは父親へと向けて放つのだが。


「私はまだまだ私的な会話などは余り無いですね。仕事の方の話になると直接に彼女に対応して貰える様になったばかりです。」


 俺はここでちょっと驚く。キョウがケンフュと知り合いだと言うのは分かっていたが、どうにもビジネス的な意味が強いと。


「え?キョウの実力でもまだその程度?おかしくね?有り得無くね?」


「まあ私も彼女も雑談や無駄な会話を好まない質ではあると言うのもありますね。何かある時は即座に仕事の話をしてしまうのでね。」


「ダグはかなり下らない話とか振ってたけどなぁ。ソレはダグが馬鹿な話が好きだからって事なんだな。ケンフュの趣味じゃ無かったって事か。と言うか、キョウってどんな仕事をケンフュから振られていたりするんだ?」


 俺は深掘りしようとそんな疑問、質問をキョウへと振ったのだが。


「いえ、その話はする事はできません。秘守義務と言うやつですね。」


「あちゃー、そうか。まあその話題はあんまり突っ込まない方が良さそうだ。じゃあアレは?ファロンは?」


「うーん、そうですねぇ。確かに私も知り合いと言える程度の交流はしていますが、最近はお見掛けしませんね?」


 キョウへとそんな話を振ったらここでミャンレンが食いついて来た。


「お父さん!?ファロン様ともお知り合いなんて私聞いて無い!・・・あれ?聞いた事あったっけ?・・・そんな事より今度紹介して!」


「却下。」


「えぇぇぇ!?ケチ!」


 コレがミーハーと言うモノか。俺はミャンレンの反応に呆れて何も言え無くなったので、代わりに黙々と食事を口の中へと入れた。


 そんな夕食後は静かに時が過ぎるのを待つ。本日の夜はお呼ばれしているから。

 そう、ケンフュからの指定の時間は忘れちゃいない。


 ゆっくりと今日一日にあった事を思い出して時間を潰している。


「あー、そろそろ、かな?早めに行っても別にそこまで迷惑じゃ無いだろうし。こんな時間だから組合には人も居ないだろうし、行くとするか。」


 時は深夜と言って良い。こんな時に活発に動く者は後ろめたい事でもしている奴等だろう。

 だけども俺には用事があってこの様な時間に外出である訳で。


「俺もその一人ってか?冗談キツイな。」


 傍から見れば事情を知らない者からすれば今の俺もそんな「後ろめたい輩」に見えるだろう。


 そう思えばボヤキが漏れてしまうけれどもその歩む速度は止めない。


 この度の俺はワープゲートを使わずに深夜の散歩と洒落込んだのだ。


 そんな事をすれば途中で警邏の仕事をしているだろう兵に呼び止められて職務質問を受けるかもしれない、などと言った心配は無い。

 俺は魔法で姿を消して誰にも見られる事の無い様にしてあるからだ。


 そうして徒歩で組合に向かっていれば丁度指定されただろう時間に到着。

 月が夜空の真ん中、直上に浮かんでいる。


「さて、ケンフュは何処かな?」


「・・・こっちよ。付いて来て。」


「情緒も何も無いねぇ。早速本題かぁ。まあ、良いんだけどね。迷惑かけてるのは、うん、俺の方だろうから。」


 どうやらケンフュは組合の入り口に堂々と腕を組んでずっと待っていたらしくその顔は不機嫌そうだった。

 俺が組合の前で姿を現わしたら即座に声が掛かって早速付いて来いと指示を出される。


 そんな指示に反抗する意味も理由も無いので素直に俺はこれに従ってケンフュの後を付いて行った。


 連れて行かれたのは解体場。しかも別口の。

 黒カエルを持ち込んだ場所では無く、そこよりも広く面積が取られた別施設。


「ほえ~、色々と広過ぎやしないか?随分とデカいよなぁ。組合。そんな儲かってるのか?これ程の施設面積を使える程に権力ってのを持ってるのか?スゲエなぁ。」


 コレだけの土地、広さを確保するのにどれだけの金と伝手があればできるのだろうか?

 初期投資で最初からこれ程の広さを得られていたとは思えない。


 この組合発足当時はもっとこじんまりとした建物があっただけだったのでは?とか思いを馳せてみる。


 その後に増改築をして土地も買い上げて地道にコレだけの巨大施設になって言ったのならばそちらが現実的だ。


「まず、狩った証拠を出してちょうだい。」


「ああ、まあ良いけど。主らしきモノを狩ったって言うだけで、俺は本当にコレがそのヌシなのかは全く知らんのよ。一度も見た事も、その見た目の情報も無く、ダグの言っていた湖にヌシが居て手に負えないとか言った事を聞いただけだったからな。」


「御託はいいわ。出せばわかるもの。私が確認するから早く出して。」


 俺は急かされるので「ハイハイ」と次には二つ返事でインベントリへと手を突っ込む。


 なるべく取り出した際に床に勢い良く落とさない様に慎重を心掛ける。

 今は深夜である。かなりの重量が地面に無造作に放りだされたらその着地する振動で周辺地域の方たちの御迷惑になると判断したからで。


 俺はゆっくりと、それこそインベントリから「滑らせる」様にしてソレを取り出す。


 出て来たソレが巨大であるのはもうしょうがない。

 幾らこの場所が広いとは言え、その頭部だけで圧迫感を感じさせる程の大きさなのである。


 ケンフュはその巨大さだけで先ずはビクッと体を震わせ。


「・・・確かに、湖の主ね、コレは・・・」


 と言って非常に渋い顔をして認める発言を小声で発する。


 その瞬間に何処からとも無く三十名近い者たちがこの場に走り込んで集まって来た。


 これには俺は唖然とさせられた。

 魔力ソナーなど使っていなかったのでコレだけの人々が隠れていた事に気付かなかったから。


「うおおおお!?コレは凄いぞ!この切り口を見ろ皆!一撃だぞ!?」

「他には何処にも傷が付いている様子が無い!?接地している部分にはどうやら細かい傷はついている様だが、いや、この程度は傷とも言えん綺麗なもんだな!」

「何ですかこの新鮮さは!?今さっきに仕留めたばかりの様に瑞々しいぃぃぃぃぃ~!」

「劣化が何処にも見当たらないぞ?・・・はッ!?皆!観察している場合じゃ無いぞコレは!目だ!目玉の取り出しを!早く!」

「ウッソだろ!?マジかよ早くしないと駄目になっちまうよ!お前ら!解体だってば!感心してる奴等は後にしろ!」


 どうやら腐敗が早い部分があるらしくて解体職員だろうその者たちは直ぐにこの事で急いで道具を持ってこようと一度散らばっていく。そして戻って来るのも早かった。


 そして今度は先程とは真逆で全員が口を閉じて黙々と解体作業に入り始めた。その光景はさっきまでの騒ぎとはギャップが大き過ぎて軽くホラーである。


 この施設はそこら中に明かりの道具が設置されていて明るく作業はし易い。

 なので職員たちも暗闇などで視界を奪われずに作業が進んであれよあれよと言う間に主の頭部が変化していく。

 鱗を剥がされ、皮を剥がされ、肉を切り取られ、その他の各種部位を切り分けられ、などなどと。


 その光景は水の中に放り込まれた肉塊にピラニアが群がるかの様に見えた。

 既に一部では骨が見えている部分も出て来てその解体の進行速度は信じられ無い程だ。

 コレだけの巨大さなのにあっという間にその作業が終わろうとしていた。


 そのタイミングでケンフュが俺に聞いて来る。


「貴方、確か「丸々」と口にしていたわよね?残りはどうするつもりなの?」


「え?引き取ってくれるんじゃなかったの?」


「馬鹿を言わないで。この頭だけでウチの資金は底を尽くわ。まあ、それ以上の利益が出るからこうして彼らを呼んだのだけれど。」


「ふーん、まあ別に残りはこのまま持っていても良いけどね。買取が出来る位に資金が戻ればまた頼むってのは出来るんだろ?」


「腐らせずに保存する方法は?加工して長期保存する様な手法は?」


「いや、そう言った事は心配しなくていい。ずっと鮮度は保ったままで保管しとく。次の時までは無闇矢鱈に取り出さないでおくから大丈夫だ。」


「そう、それなら安心・・・とでも言うと思ったのかしら?その原理は?理屈は?一体その術はどう言った理で発動するの?白状しなさい。」


「え?何でいきなり俺は非難の目で睨まれなきゃならないんだ?」


 ケンフュが突然に険しい目で俺を見て来るのでその理不尽に俺は言い返す。


「教えないよ?そもそもがそんな態度で人から物を教わろうとするとか、失礼を通り越して横暴だろ。そんな風に迫られても教えるはず無いじゃん。いきなりこっちの機嫌を損ねる様な頼み方してくるとか、どんな頭してんだよ?白状って・・・俺は別に何もしてないだろ。」


「・・・ちっ!まあ、良いでしょう。残りも組合が優先して買取りできると、そう言う事で良いのよね?なら、今は見逃すわ。」


「えー?何で偉そうなの?見逃す?言い方が暴君だろ、それは。別に他所にうっぱらっても構わないぞこっちは?何でそこまでイライラしてんの?八つ当たりされてこっちもイライラが募るわ。」


「後で契約書を出すから、記名を。買取は大金になるからこの組合板を渡しておくわ。大抵の店でコレを出せば支払いはできる様になっているわ。今度からは余程の事が無い限りはコレを使いなさい。」


 会話が成立している様でしていない。一方的にケンフュから押し付けられる様な流れになっている。

 コッチの文句をケンフュは聞く耳無い様で、未だに俺への敵意がその言葉の端々に漏れ出ていた。


 そうしている間にどうやら解体は最終段回に入った様で。


 どうやら頭蓋、骨を切断する為の大きなノコギリが用意された。

 ソレは頭蓋を真っ二つにしてその中に存在する部位を取り出す為の様だ。


 この頭蓋の中にはまだまだ切り出す部分が奥にあるらしく、ソレを採取するにはこうして骨を切るしか無いらしい。


 でもソレがどうやら難航しているっぽい。硬い、断ち切れない、そんな言葉が聞こえて来る。


「・・・ねえ、あれ、俺が手伝っても良いのか?取り出せないとマズイ部位とかあったりする?」


「専門家に任せたらいいでしょう。勝手に手を出してヘタをすればそれ所では無くなってしまうわ。貴方は大人しくしていれば良いのよ。持ち込んだのは貴方なのだから。」


「・・・いや、このままじゃダメだ。手伝う。」


 ケンフュがこの俺の返答に「ちょっと!?」と驚いて引き留めようと声を上げたがコレを無視する。


 頭蓋に近づいて行く俺に職員たちが「何する気だ?」と疑いの目を向けて来るが、これも無視だ。


「何処をどう言った風に切りたいですか?指示をくれればその通りに俺が切ります。折角だし、全部綺麗に素材を採取したいですしね。」


 俺はそう言って身近に居た職員に話しかける。その職員は女性だった。


 年齢はぱっと見では二十歳を越えている。その女性職員が真剣な表情で悩んでから。


「・・・ちょっと待って貰える?そこのアナタ、紙と筆を持って来て!」


 部下であろう人物に命令を出して持ち込まれた紙と筆でサラサラと目の前の頭蓋の絵を書いていく女性職員。


「ここと、ここ。それと、向こうもこうして曲線に切って貰えると助かるわ。あ、ついでにこっちも。」


 正確な図にパパッと線を引いて行くその女性の声音には俺を疑うと言った響きが混ざっていない。


「おや?俺の言葉を信じてくれるんですね。その理由は?」


「だってこんな場面よ?道具で幾ら削ろうとしてもお手上げ状態なんだもの。そこに切れるって宣言する人が現れたらもうそれに縋ってしまうのはしょうがないんじゃない?」


 苦笑いして俺を見る女性の顔は期待を含んでいた。


「じゃあそれにしっかりと応えましょうか。切る順番は、外側から徐々にで、最後は真っ二つ、って感じで良いですかね?」


 俺は頭蓋に手を添えて魔力を浸透させ始めた。

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