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頼まれていないモノまで狩るのは?

 そんな衝動的な怒りで放つ単純な一撃をミャンレンが食らう訳が無かった。


 パッとソレを横に避けたと思えば相手の脇に移動している。足運びが絶妙だ。

 そして次には間髪入れずに全力でその膝裏を思いっきり蹴った。タイミングは文句の付け様が無い程にばっちり。

 こうして膝カックンを受けたこの男は体勢を崩して膝を折る。


 その絶妙な「顎」の高さにミャンレンの蹴りが炸裂する。


 ソレは静かな一撃だった。シュッと僅かに顎の先を掠める鋭い一撃。


 この瞬撃はどうやら脳を揺する衝撃を男へと齎したらしい。男の目がクルリとひっくり返って白目になった。脳震盪だ。


「・・・なあミャンレン?どうするのコイツ?恥を掻かされたって激情して後できっとミャンレンの事を襲って来るぞ回復したら。」


 俺は今後の事を考えない行動をしたミャンレンへと心配の声を掛けたのだが。


「あら、ソレは大丈夫。コイツはウチの「監獄」に入れて強制労働させて心を折るから。」


「お姉さま!」


 俺の心配にミャンレンの代わりに答えたのはケンフュだった。俺たちに近づきつつこちらを睨んできて追加で言葉を紡ぐ。


 ミャンレンはケンフュへと「お姉さま」などと呼んで嬉しそうにしている。


「・・・で、貴方は一体何しに来たのかしら?来て早々にこんな問題を起して。」


「いや、ソレを俺に言うなよ。結局ミャンレンが片づけちゃったじゃん。俺まったく関係無いじゃん。最初だけじゃん。」


 ケンフュが先程に口にした「監獄」とやらが少々気になるのだが。

 しかしその内容は聞かない方が心の精神安定上、良いのだろう。


 そんな事を思っていれば職員、と言っても屈強な体格の男が二名、気絶した「斧鉞」を引きずって連行していった。


 この光景を恐ろし気に見送る周囲の目。きっとこの先には怖ろしい体験をするのだと皆知っているんだろう。


「それはさておき、お金稼ぎに来たんだよね。何か良い仕事無い?」


 この言葉にケンフュがちょっとだけ眉を顰めたのだが。ソレも一瞬。次には。


「・・・良いでしょう。ダグが来ていないので代わりに二匹ほどアレを狩って来て貰っても?」


「うん、オッケー。それじゃあ行ってくる。」


 そのやり取りだけで俺はさっさと施設を出る。ミャンレンは付いて来ずにケンフュに夢中だ。


 この場に居る者たちは先程のミャンレンの実力を見ているので絡もうとする者が居ない。

 放っておいて構わないだろう。どうにもミャンレンがここまで付いて来たのはケンフュが目的らしいのでこのまま俺一人で狩りへと向かう。


 とは言え、俺はあの時に乗った馬車にはもう二度と乗る気は無い。

 人気の無い路地裏に入って俺はワープゲートを出して即座にあの狩場に移動した。


 何だか久しぶりに感じるが、以前に来たのはついこの間。

 ケンフュが言っていた「アレ」とは初日にここに来た際に狩ったあの黒カエルの事である。


「さて、サクッと二体狩って戻るか。・・・湖の主も気になるなぁ。」


 俺は以前にダグから聞いた湖の事を思い出す。

 どうやら家一軒を軽く一飲みにできる程の存在が湖には住んでいるという話だった。


「釣るか?・・・いや、湖の生態系が壊れちゃうんじゃないか?ソレを心配しちゃうなぁ。」


 俺が勝手にそのヌシをゲットしたとして、じゃあその後の「責任」は誰が背負うかと言えば、俺だろう。

 湖にその後で何かしらの影響がそのせいで出てしまった場合のフォローも俺がしなくちゃいけなくなるのは必然として。


「じゃあ誰かしらが「湖の主を取って来てくれ」何て依頼を出していて、それを受けた場合はどうだろう?」


 俺はそんな空想をする。その際には責任は俺では無く、その依頼主が負う事になるだろう。


「その場合は俺がそのヌシを得る訳じゃ無いからソコは何ともなぁ?」


 俺は別にこのヌシが欲しい訳じゃ無く、只一目見てみたいと思っただけなのだとそこで思い至る。


 どちらにしろ、俺自身が自分の為に狩ろうが、依頼主の為に狩ろうが、そのヌシを持ち帰ればソレはソレで金に変えると言った面では同じと言えるだろうが。


「先ずは目的の獲物をサクッと得てからにするとしようか。」


 金を得るならばケンフュから受けた仕事を熟して持って行けば良いだけだ。主を狩ると言った無理する事でも無い。


 その後は直ぐに目的の獲物を魔力ソナーでさっさと発見して狩りを終える。


「うーん?あんまり早く戻ると絶対に何か言われるよなぁ。そうなるとやっぱり湖の主は見ておきたいな。」


 俺はそう口にして一度湖の上空へと空を飛んで移動した。


 その上空から見る湖の広さはかなりのモノだ。

 水の透明度も高い。しかし一番深いと思われる湖の中心部、その底まで見える訳じゃ無い。


「回遊してるはずだよなぁ。確か湖には近寄るなって言ってたからな。あまり活発的じゃ無い、動かないタイプって感じでは無いはずだし。」


 ダグに注意されている。湖の側には寄るなと。

 もしもヌシが飛び出して来たら一口で飲み込まれる、と言っていた覚えがある。


 確か地上に引きずり出しても相当に暴れて手が付けられないと。割に合わないとも言っていた。


「ここでこうしていればヌシが俺を餌だと思って飛び出してこないかな?待つか?」


 俺は湖上空で待機しながらそんな事を思い始める。

 その姿を俺は拝む事が出来ればいいだけなのだ。別に狩りはしない。


 そう決めて暫く待つ事にした。どうせ時間潰しをしなければと思っていた所だ。急いで武侠組合に戻る必要も無かった。


 ここで俺は魔力ソナーを一切使わずにその「湖のヌシ」とやらが出て来ないかを待ってみる事にした。


 ノンビリと湖上空に浮いている俺を目撃する者は居ないと思われる。ダグが言っていた。此処には人が余り来ないのだと。


 なので人に見られる心配は無い。じっくり待つ気になる。長時間ここに居続ける事も視野に入れて昼寝の一つでもしようかと考えた所に巨大な影が湖の中を横切ったのが見えた。


「・・・おお、確かに家一軒丸呑みできそう。っていうか、この湖で良くここまでの巨体に成長できたな?餌の問題やら、天敵とかってどうなってんだ?」


 巨体であればある程に、その生物はその体の大きさを維持する為の食事を多く摂取しなくちゃいけないはずだ。


「こんなデカい生物がここで生きて行こうとしたら一日で他の生物を食い尽くしちゃうんじゃ無いのか?」


 湖の広さに対して明らかにおかしいと言えたその巨大な影に疑問が次々に浮かぶのだが。


「おおっと、ここは俺の「常識」「知識」が通用しない世界だった。ファンタジー、ファンタジーぃっと。」


 今俺は自分の事を棚に上げて他の存在に対しての疑問を思い浮かべてしまった。コレはいけない。

 そう言った事が気になるのならば俺は俺自身にこそ、その「疑問」をぶつけるべきで。


「ドラゴンに聞けば良いのかもしれないけどさ。アイツもアイツで俺の事を「おかしい奴」の一言で纏めて終わらせて来るからなぁ。」


 この世界の事を深くまで知るドラゴンに説明を求めても、この世界独自の「理」を俺が全部理解できるとも思えない。


「気楽に生きていければソレで満足だよなぁ。小難しい話は今は欲してないや。影を追うか。」


 ここで俺は湖の中を悠然と泳ぎ進むその巨大な影を追う。

 恐らくはソレがこの湖のヌシだろうから。


 そもそも俺がここで時間を潰しているのは、直ぐに戻ってもケンフュに何かしらの追求をされて面倒そうだったから。


 それとここの湖のヌシの姿を一度でもこの目にする為。ついでにここに居ればその時間を潰せるだろうと思っての事だ。


「湖を流れに任せて泳ぐだけ、なのか?あっちにこっちにとランダムで進んでる様にしか見えないなぁ。」


 何かしらの縄張り、法則などに従って泳いでいるのかと思えば、そうでも無い様に見える。


 俺がただ単にそう思うだけで、真実はどうなのかは分からない。


 ずっと俺は影を追いながら湖の上を飛行し続ける。


「湖はキラキラ綺麗だし、受ける風は涼しくてサッパリして気分が良い。ああ、中々に楽しめてるな。」


 俺はその内に目的を忘れかけた。湖の上をすれすれで飛ぶのが気持ち良くなり始めたのだ。

 そこで俺は思い出す。モーターボートを持ってた事に。


「空が飛べるから忘れちゃうんだよなぁ。使わないなら誰かにあげちゃうのも良いか?・・・いや、ソレはイカンな。」


 こんな物を世の中にポイッと出してしまえば混乱が酷くなる事は想像に難くない。

 あんまり調子こいて思い付きをポコポコと現実にしてしまうのは危ない。

 しかしこれまでに相当に俺は既にやらかして来ていると言えるのでコレも今更かと思いはするが。


「思い止まるって事を忘れない為にも、ここは抑えておくべきだよなぁ。」


 ぼやきつつも飛行する速度は止めない。それ所か少々上げる。


 そんな速度で湖面すれすれを飛行すると気流が水面に影響を及ぼして水しぶきが綺麗に上がる。

 これに余計に俺は気分を上げて「まるで特撮みたいだな」などと馬鹿な事を考えつつ飛び回り続けた。


 その水飛沫に反応したのか、湖の中の巨大な影がこちらに向かって近づいて来る。


 だが俺はコレをギリギリ追い付かれない速度を保ちながらその影を「釣る」。


 影は暫く俺へと近づこうとしてかなりの距離を追って来ていたのだが。


 とうとう湖の端、その傍まで勢いを止めずに突撃して。


「おお~。なんだ、こいつ?鯉とナマズを足して二で割った様な?しかも錦鯉みたいな体の模様がちょっとイラつかせるな?」


 浅瀬まで来た事でその姿の七割、八割が見えて来た。そして。


「このまま岸に誘き寄せれば、こいつ勢いで上がって来るよな?・・・周りに人は、うん、いないから上げちゃっても良いか。」


 別に討伐して持ち帰ると言った事をする気は無い。

 その全貌を見てみたいなと思っての行動だ。それ以外には他意は無い。


「・・・3・・・2・・・1・・・ハイ!」


 ザバーン、と大量の湖の水を引き攣れて一気に岸へとその身を躍らせて地上に権限したのはその間抜け面。


「え?・・・めっちゃ生気が感じられないこの面構え、何なの?」


 水の中に居る間はしっかりとその顔面部分を視認できなかったのだが。

 こうして陸に上げてみてしまえば、その正面から見た顔がどうにも覇気が無く。


「えぇ・・・コレがこの湖のヌシぃ?虚無顔、って言うのかね?こういうの。」


 余りにも俺の想像していた勇ましさとは無縁なその顔付きに俺は勝手にテンションが下がる。


「いや、期待していた分だけその落差が激しかったのは別にね?コイツのせいじゃ無いけども。じゃあ俺が悪いのかって言えば、そりゃそうなんだろうけども。」


 何か違う。俺のそんな思いはこの湖のヌシには全く関係無い。

 確かにダグの言っていた通りに家一軒を丸のみできる巨体、そしてその口の大きさは間違っていないのだが。


 この微妙な気持ちに先程まで盛り上がっていた気持ちは直角に近い勢いで急降下。


 しかし俺はここで気づいた。このヌシ、俺を見ている。


「・・・は?コイツ、俺を餌だと思ってやがるのか?確かに俺は今真正面からこいつを観察する為に地面に足を付けてるけどさ。」


 これに「見下されている」そんな風に俺は受け止める。


「お?やるかコラ?お前がこのまま湖に戻れば俺はこれ以上関わる気はこっちは無いぜ?」


 俺はここで目的を達成している。湖の主を一目見る事、それはもう叶った。まあ結果は微妙だったけれども。


 ここでヌシが動いた。その動きはちょっと体を捻った、そんな程度だったのだが。


 ソレを次々に右左交互に、高速で連続し始めて、まるで匍匐前進の様にこちらに向かって来る。

 ヌシはその巨体を、その大きく開けた口を俺に向けて突進してきたのだ。


「おま・・・言い訳はさせないからな。大人しく湖に戻ってりゃ良いモノを。」


 俺はタイミングを合わせてその迫りくるヌシの横っ面を魔力障壁を飛び出させてぶん殴る。

 かなりの威力を以ってしてヌシをぶっ飛ばしているのでその巨体が浮いた。


「おう、コレで湖に戻らなかったら狩るぞ?遠慮は無しだ。刺身でも鍋でも構わないけど、食うぞコラ?」


 伝わっているかなんてどうでも良かった。これで力の差を感じて引いてくれれば良かったのだが。


 このヌシは恐怖とか、危険と言った事を知らなかったのか。

 たっぷりと五秒以上、殴られた衝撃で止まっていた体を再び動かした際には、また俺に向かって近づいて来る。


「おい本当に冗談じゃ無いからな?次で引っ込まないと、本当に「しめる」からな?覚えとけよ?」


 再びこちらに突っ込んでくるヌシの速度は非常に速い。

 コレだけの巨体で足も無さそうなのに俺へと向かって来るその速さは異常だ。

 これには物凄い敵意を感じる。どうやら怒っている様子。


「もう一回だ。覚悟しろよ?」


 またしても俺の魔力障壁でヌシの顔が跳ね上がる。ズドン、そんな重たい音が周囲に響いたけれども。


「方向転換する気は無いらしいな。」


 魔力障壁でヌシを再びぶっ飛ばした後で俺はかなりの距離を後方に下がった。

 万が一、このヌシが湖に戻る為のUターンをしようといていた場合の事を考えたのだ。


 もしかしたら見下して来ている、怒っている、そんな事は俺の勘違いである可能性に思い至ったからだ。

 この巨体で体を方向転換するにも広さが要るだろう。そこで体を捻るのに俺の方に近づいてしまうのは当然だと考えたのだが。


「これだけ離れてても今度も向かってきたら、仕留めてしまって、構わない、のか?」


 湖のヌシを討つ事で生態系の乱れを気にしていた事はまだ忘れていない。

 けれども三度目の正直を越えてこのヌシが俺に立ち向かって来るなら、俺はこいつを狩ってしまっても良い様に思えた。


「もう一度だぞ?最終確認だ。良いか?これだけ俺はお前から離れたんだ。しかも二回もぶっ飛ばしたぞ?実力差を感じて湖に戻れば良し。そうじゃ無ければ、もう狩るぞ?」


 ヌシがぶっ飛ばされたショックから回復して体勢を整え始めた。

 しかしそこからの動きは俺に落胆を覚えさせる。


「お前、なんだ?怒りで我を忘れてる訳じゃ無いよな?本能で俺に襲い掛かって来てるのか?そうであっても野生の生物だろ?逃げても良いはずじゃ無いか。・・・はぁ、全く・・・」


 残念な事に俺はこの湖のヌシを狩る事になりそうだった。コレはもうどうしようも無いと思って諦める事にしても良いだろう。


 言い訳なんて幾らでも出来る。コイツを狩ってはいけない理由などが無い限りは。


 そして俺はその理由などをこれまでこの国で聞いた事は無い。

 ならば仕留めてしまっても構わないはずだ。


「何かしらの禁忌、なんて事であればダグもケンフュも俺に対して何かしらの注意はするはずだろうしな。」


 ダグから教えられたのはこの湖のヌシの危険。それだけ。

 家一軒丸呑みにできて、その巨体は何十人居ても倒し切れない程のタフさ。その程度の情報である。


 ケンフュからは何も聞かされてもいない。何かしらの重大な案件が絡んでいたりするのならば、俺をここに向かわせる際に何かしらの注意くらいはしたはず。


 そんな事を考えていたら俺を轢き殺さんばかりの勢いでヌシがこちらに迫って来ていた。


 ここで俺はそのまま後方に下がったり、左右にその突進を避けてみたりした。少しだけ確認を取る為だ。


 だけども執拗に俺を狙ってこちらへと迫るヌシに対してしょうがないと溜息を漏らして止めを刺した。


 その突進を横方向に避けた際にその頭を「ばつん」と切り分けて。


「うん、ギロチンみたいになったけど、まあ、魚を捌く時って大抵は頭を切り落とすから、コレで良いよな?」


 三枚に下ろす時は確か頭を先に落としたはず。その後に腹を割って内臓を搔き出すはずだ。

 このヌシもその方法で三枚に下ろしてしまうべきかここで俺は少々悩む。


「いや、ここは「開き」が良いか?・・・あー、下らない事でまた悩んだな。インベントリに先に仕舞ってしまうか。」


 とうとうやってしまった感が俺の中にあるのだが、しかし俺はコレを楽観している。


「まあ何かしらゴチャゴチャ言われたとしても買い取ってはくれるだろ。あ、でも、持って行ってもコレ、出す所あるか?」


 余りにも巨大なのでコレを武侠組合に持ち込んでも出す場が無いかもしれない。


 最悪ここは俺が直接に商人たちへと持ち込み買取を交渉しに行く事も考える。


「いや、別にここで買い取って貰わなくてもサンネルの所に持って行っても構わないか?」


 暫くマルマルには戻っていない。なのでここで一度向こうの知り合いに「生存報告」くらいはしておいた方が良いかと思考が過ぎる。


 色々な場所に観光をしに行くのは良いけれども。

 知り合いたちに「あいつ、最近見ないな?」とか言われていたりするかもしれないと思うと、一度は土産の一つでも持って戻って暫く落ち着いた日常を過ごすと言う手もある。


 余りにも自由にあっちこっちを周り過ぎて知り合いが増えてしまった。


 クスイにも色々と無茶を吹っ掛けて挙句に全責任を押し付ける様に俺の預金残高の管理も任せてしまっている。

 これに関しても、もう一度様子を確かめに行く事も大事だろう。


「あー、確か国の事業に出資するとか言った形で金を王子様に貸し出したっけ?アレはどうなってるかなぁ。」


 俺の出資金をちょろまかして懐を潤そうとするアホ貴族が居ないかどうかを調べに行く事も考えておかねばならないかもしれない。


 とは言え、ソレは後だ。今はコレを何とかするべきであるからして。


 そこそこの時間も過ぎた事で俺は戻る事にする。

 頼まれた黒カエルは既に確保してあるし、こうして湖のヌシも狩り終えた。


 もうコレで何かしら問題が起きたら俺がまた対処すればいいだろう。

 今回のヌシ狩りの後々にトラブルが起きたとしても、ソレを俺は他人に尻拭いさせるつもりは無い。


「さて、俺は俺の仕事の清算をしますかね。お金が少しでも懐に無いと不安だからな。」


 さっさとワープゲートを出してサッサッと通り抜ける。

 そこは武侠組合の側の人気の無い空き家の壁の横、人の全く入らない死角。


「良い所を見つけたもんだ。ここなら近くて直ぐに用事を済ませられる。」


 一応は魔法で姿を消して人目に付かない様にはしてあるけれども。


 だからと言ってこの場所を俺だけが知っている、と言う訳でも無いだろう。

 もしかしたらこの死角で誰にも見られないからと言って悪事を働く者も居たりするかもしれない。


「まあそんな奴が居たらパパッと捕縛して突き出せばなんらの問題も無いよね。」


 もしここでそう言った犯罪者とかち合ってしまったら?と考えて直ぐに結論を出す。

 捕まえて官憲に突き出せば報酬も貰える可能性もある。難しく考えなくて良いのだ。


 と言う事で俺は施設の中へと入ってケンフュの居るカウンターに直行した。魔法での光学迷彩は解除してある。


 しかしどうにも時間が微妙な時に来てしまった様で、何処の受付も人が並んで列を成している。

 俺もそこに並ぼうと思ったのだが、ここで気づいた。


 余りにも自分の見た目が浮いていて、さて、そのまま並んでいて良いモノか?と。


「いや、今さらそこまで深刻に考える事でも無いんだけども。絡まれたらダグの名前を出せば何とかなりそうだし。」


 ガラの悪い、質の悪い輩が俺を見て絡んで来るかも?と考えてしまった。

 以前からこのスーツ姿は全く変わっておらず「郷に入っては郷に従え」に真っ向から反発する見た目である。


 この見た目でこれまで何度絡まれて来た事か。俺はその事に思いを馳せるのだが。


「帰って来ましたか。それで、頼んでいた物は?」


「お?受付の仕事は良いのか?」


「他の者に代わって貰っています。それで、手ぶらな理由は一体何です?」


「いや、狩って来たから安心してくれ。ちゃんと二体だ。出すから何処か適当な場所に案内してくれない?ここじゃちょっとね?」


「・・・良いでしょう。こちらに来てください。」


 ケンフュがどうやら俺を発見して一々こうして話し掛けに来てくれたみたいである。

 コレは正直言って有難かった。列に並ばなくて済んだし、絡まれる事からも回避できた。


 そうしてケンフュに案内されたのは非常に広い解体場。

 職員が持ち込まれた素材を解体していたり、吟味していたり、洗浄していたり、仕分けしていたりとかなりの忙しさを見せている。


「仕事が忙しそうだけど、今ここに出して良いのか?職員の数が足りずに手つかずになって素材が悪くなるとか無い?」


「その様な心配は要りません。貴方の出したものは私が処理します。そこの台に乗せてください。まあ、手ぶらの貴方に出せと言ってもしょうも無い事ですか。」


「いや、だから、あるから。そこの台な?二体そのまま一気に?それとも一体ずつ出した方が良いか?」


「・・・一体ずつお願いします。」


 ケンフュが俺の事をジト目で見て来る。どう見てもあの黒カエルを持っていないからだ。

 前回の時はダグと一緒に狩りに出かけていたので、そのダグのやり方に合わせて俺はインベントリを使用しなかった。


 しかし今回は使っている。ケンフュが俺がどんな事をできるのか全く知らないからこその、このジト目である。

 何も持って来ていないお前が何を言っているのか?そんな気持ちがその目からありありと伝わってくる。


 でもそんなモノは一回見せてやればその目は驚愕に変わる事を俺は知っている。


「・・・ハイどうぞ。あ、解体してる所を見学してても良いか?」


 インベントリから出した黒カエルがドスンと音を立てて台の上に乗る。


 ここでケンフュは目も口も大きく開けて間抜けな顔を晒した。

 しかし次にはジト目でコチラを睨んできて。


「ソレは、何ですか?言いなさい。何処からコレを出しましたか?」


「答える義務は無いなぁ。いきなり跳び蹴りして来る様な相手だしね。」


 確かケンフュにはインベントリはまだ見せた事が無かった。

 ここで惚けるでもなく、誤魔化すでもなく、キッパリと拒否を俺はする。


 この言葉にケンフュが余計に睨んでくるが、そんなものは別に俺にはどうって事無い。


 答える気の無い俺の事をどうやらケンフュは諦めた様で二名の解体作業員を呼び出して黒カエルの処理を命じる。


「見学なら自由にしていて良いわ。けれど、この台の分だけ。他の場所に行く事は許可しないわ。そこら中を無闇に歩き回られてはこの場の仕事の邪魔になる。」


 そう言ってケンフュは戻ってしまう。他にも仕事が残っているんだろう。

 ここで俺はケンフュの姿が見え無くなってから口を開いた。


「じゃあ見学させて貰いますね。宜しくお願いします。」


 俺が挨拶をすると作業員たちは「何が何やら」と言った気持ちを込めた会釈を返してくる。

 しかしいざ解体作業に入ったら「んん?」と疑問符を頭の上に浮かべていた。


「なあ?これって、何処にも外傷が無い、よな?」

「おい、これ眠ってるだけとか言わないよな?・・・いや、確かに死んでるけども・・・」


 この黒カエルは確かにキッチリと息の根を止めてある。

 魔力固めから体内へと魔力を浸透させて大事な大事な頭の中身を「キュッ!」と〆たのだ。


 脳を破壊されては生物は死ぬ。この黒カエルは痛みも感じずに一瞬で、それこそ自分が死んだ事にすら気づかずにお亡くなりになっているだろう。


「毒餌でも食わせて罠で仕留めたのか?いや、そんな狩り方はコイツには通用しないよな?」

「そんな形跡何処にも無いぞ?余程強力な神経系の毒で死んだか?・・・違うな?じゃあ何だ?」


 困惑しつつも作業員は慣れたモノで。黒カエルを解体しながらそんな「検証」を互いに語りつつ作業を進めていく。


「はぁ~、見事に綺麗に切り分けられてくなぁ。やっぱプロは違うね。」


 俺はそう感心したと口に出したらこれに作業員たちが返して来た。


「いやー、何処かの誰かさんが定期的に持ちこんでくるからねぇ。解体くらいならもう慣れたもんだ。」

「これまでに百体以上はやってんだ俺たちは。でもなぁ?こんなの今までで初めてだぜ?」


 そんな会話をしている間に一体目が終わる。早い。

 切り分けられた黒カエルの素材を別の作業員が台車で別の場所へと運んでいく。


 そうして台の上は綺麗に無くなった。なので俺は直ぐに二体目を取り出して台へ置く。


 ここで仕事が終わったと思っていたんだろう作業員たちは俺が台に置いた黒カエルの「ドスン」と言う振動にびっくりしてギョッとした顔を晒す。


「あ、二体持ち込みなのでコレも宜しくお願いします。」


 俺のこの言葉に作業員たちは唖然とした顔で俺を見ていた。

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