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さてと、お次は?

「あの、二人は知り合い?」


 そこに疑問を持つのが当然だろう。そもそも何故俺をここにマーミは連れて来たのか?

 先程からこのドワーフが「賢者」などと言う言葉を連呼しているがソレが何か関係があるのかと思っているとふとミッツを思い出す。


(あーなんか前にミッツに賢者様とか言われたような?あれ?師匠からも「賢者に認定する」とか言われた覚えが・・・?)


 その時の事が頭に過ぎる。もしやと思ったのだがソレがマーミがここに俺を引っ張ってきた目的だったようだ。


「こいつはね、私が駆け出しの冒険者の時に世話になったんだけどね。昔からこう。丁寧な話し方をしないから店には客が寄り付かない。だけど作り出す武器は高性能ときたものだから一部では愛好家がいるの。こいつの店はそれで成り立っているようなものよ。私がこんな会話するのはコイツだけよ。勘違いしないでねそこら辺は。」


 口悪い方がマーミの本性だと思いかけていたが、どうやらこのドワーフ限定なだけであるようだ。


「ふん!お前の方こそいつまでも昔に見せたアレをいつまでも忘れなかったとはな。見せるんじゃなかったぜ。こうしてちょくちょくと顔を出しに来やがって。そういう時の用事も弓の調整と「アレ」がまだ残ているか聞くだけじゃねーか。どんな執着があるって言うんだあれに。馬鹿だぜお前はよ。」


「うるさいわね。いつかアレを私の手で使いこなして見せるって言ったでしょ?今がその時なのよ。さあ、売って頂戴。金は稼いだわ。いくらでも払うわよ?」


「金の問題じゃねえって毎回言ってるだろうが?最初に条件出したよな?ソレができなけりゃ売ってやらねえよ。金をいくら山積みにされてもな。」


 会話は続く。だが一向に先へと進まない。マーミは引く事ができると主張する。しかしこのドワーフは戯言だと切って捨てて取り合わない。


「じゃあどうやったらその弓とやらに触らせてもらえますか?最低限これだけはできれば試させてやってもいいって。」


 俺がこの言葉を吐くとドワーフもマーミもバッっとこちらに顔を同時に向けた。


「ふあはははははは!何だいこいつはよ!?おもしれぇ事を言うじゃねえか!ならお題をくれてやる。この時期に獲れるグレートマッドって言う魔物を狩ってこい。その皮を俺に売れ。そいつの皮はな、この時期のそいつの皮は滅茶苦茶に固い。しかも滑らかさも同時に備えている。どういう意味か分かるか?最高級なんだ。そいつを獲ってこい。もちろんなんでそいつが市場に出回らねえかと言えばな、皮の説明の通りに刃物が通らねえ。だから討伐が非常に困難だ。むしろ下手をしなくとも普通に狩ろうとしても死人が出る程にこの時期のそいつは凶暴だ。手が付けられねえくらいにな。しかし寒くなり始めるとこいつの皮は毛がもさもさと生えてきて防寒具に最適になる。そのころの皮は柔らかく、非常に剣が通りやすい。しかも動きも遅くなるって言うおまけつきだ。言っている意味は分かるな?」


 要するに、非常に困難な素材を得る事ができれば認めてやると言っているのだ。

 コレにマーミが一言このドワーフに問う。


「・・・あんた、それ本気で言ってるんでしょうね?命懸け、どころか死んで来いって言ってるようなモノじゃない。ふざけなさいよちょっとは。マジで弓を一目でも見させる気すら無いわねあんた。」


「おうよ!しかも今の時期が一番最高級の皮が取れる時期だぞ?この俺の、ドルグの名に懸けて嘘は言わねえ。やれるものならやってみな!」


 コレにマーミが俯いた。どうあっても弓を買わせるつもりが無いこのドルグに対して言葉が無い、などと見せかけるために。

 俺からの角度だとマーミの横顔が見えるのだ。そう、ものすごい悪い笑みを見せている。

 多分このドルグに目にモノ見せてくれる、と気合が入っているのだろう。

 マーミが顔を上げた時にはその表情は消していた。そして作った表情で凄く悔しそうな顔を見せてドルグに小声で「分かった」と言って店を出る。


 俺もその後に続こうとした時にドルグに「あいつに馬鹿な真似させんなよ!」と声を掛けられた。

 馬鹿なマネもなにも、もうこの流れだとそのグレートマッドと言う魔物?を狩る事になるのは確定である。

 俺はドルグに会釈を一つして店を出るのだった。


「さあ、エンドウ。手伝ってくれるわよね?あいつの鼻っ柱ブチ折ってやらなきゃ気が済まないわ。あの自己満足野郎に精々悔しい顔させてやるわ。その時は大いに笑ってやるんだから!」


「で、手伝うのはもう仕方が無いとして、その弓、引ける自信は?」


 この質問に自信満々に答えるマーミ。


「当然引けるに決まってるでしょ。エンドウから教わった魔力の方もずっと練習してんのよ。しかも身体能力向上も、今ではもっと使いこなせるようになったわ。あれからコッソリ特訓もしてたんだから。かなりの力が出せるようになってる。今の私はどんな強弓も使いこなせる自信があるわよ。」


「で、その武器で一番欲しかったのがあの店のヤツって事?急激に強くなるのは不安がある、って言ってたのはマーミだろ?ソレはドウなんだ?」


 道を行きながら俺はそこら辺を突っ込む。でも、その辺は先程の繰り返しの言葉で返される。


「だから言ったでしょ?使いこなせるようにコッソリとやってたのよ、特訓。今までとの差異が危険を呼び込むならその差異を縮めればいいだけでしょ?昔の動きと、今の動きとの差を少しづつ詰めて慣れるのが一番難しかったわよ。」


 とうとう歩きながら門の近くまで来た。どうやらこのままそのドルグの「ご注文」の品を獲りに向かうつもりらしい。

 しかし何の準備もしていない。マーミは弓すら手にしていない。

 腰にはナイフ一本だけ。コレはどう言う事だと言いたい俺の視線にマーミが先に気付く。


「ああ、装備が無い事?腕試しよ。あの時のオーガの時は矢を放つだけだった。だけど今度は接近戦もね。矢が撃てないほどの近距離に敵に近づかれたら、って言う想定でね。私は剣は使えないのよ。でもナイフ術ならちょっとくらいはできるわ。だから、それも兼ねてるの。」


「なあ?危なくないか?使いこなせているだろうって前提でも。そのグレートマッドってのは危ないんだろ?」


 俺はマーミの心配をする。コレはあくまでマーミが受けたものであって俺がやるべきことでは無い。

 マーミが達成しなければいけない事だ。これには気楽にマーミが俺を指さす。


「エンドウが居るじゃない。何言ってるのよ。そのために貴方を誘ったのに。それに私の力が及ばなかったらまだまだ特訓が足りなかったと思って引き下がるわよ。あいつの言った事には期限が決められていないもの。いつだっていいわ。だから、命の方が私は大事。危なくなったらすぐに助けてくれるでしょ?」


 追加でまだ付け加える事があったようでマーミが口を開きかけて続きを言おうとしたが門まで付いてしまいタイミングを失する。

 ソレは門衛が俺たちに門を出る目的を聞いてきたからだ。コレにサラッとマーミが答える。


「森の様子を見に行くだけよ。別にこの時期の魔物や動物を狩るためじゃないわ。この時期のそれらが危険だって事は重々承知よ。知人からの依頼でね。森の中に自生している薬草の状況を確認してきてくれって頼まれたのよ。」


 もちろん真っ赤な嘘である。しかし冒険者証を門衛に見せるとソレをすんなりと信じてしまった門衛は俺たちを「通って良し」と言って見送る。


「マーミ、嘘はいけないんじゃない?まあでも、正直に言ってたら通してくれなかった、だろうな。」


 それ位は俺でも分かった。あらかじめグレートマッドというのが危険だと言われていなかったら俺は正直に門衛にその名を口にして止められていただろう。


「で、そいつはどんな見た目なんだ?全く知らないから教えてくれ。」


 俺には知らない事ばかりな世の中だ。動物や魔物、野菜や、マーミの口にした薬草の事やら、どんなジャンルに関しても知らない事しかない、って位に俺はこの世界の事を知らない。知らなさ過ぎる。


 でもそれがワクワクして楽しい。と思っている俺は楽観視し過ぎなのだろうか?とちょっと考えてもいる。


「エンドウは本当に何でも知らないわよね。でも、それとは逆に私たちの知らない知識を持っていたり、魔法が滅茶苦茶だったり、不審の塊よね。でも確かにグレートマッドのこの時期の姿を知らないって冒険者は偶に居たりするわね。毛皮の時期の姿は良く知っているのにね。」


 どうやら最高級皮と言えどもその危険性によりあまり市場に出回らないので、グレートマッドそのものがこの時期にどんな姿なのかを知らない者も居るみたいだ。


 こうして走ってニ十分程行った場所の森の中。その森のかなり奥まで俺たちは来ている。

 マーミからグレートマッドの外観を教えて貰いながら道を疾走していたのだ。

 この森に向かう間も魔力で身体能力向上を掛けながら走り続けてニ十分だったのでかなり遠い場所である。

 そんな遠い森の奥地にグレートマッドが生息しているらしい。だから森に付いてからも身体能力向上をしたままで森の中を走っていた。

 ここまで来るまでのマーミの魔力の減りはそこまで大きくないらしい。大分余裕がある様子だ。

 特訓を隠れてしていたと言うのは嘘では無かったようだ。


「ラディが本来なら先行して斥候役をしてもらってるはずなのよね。でも、今回だけは私が、私のために、やらなくちゃいけない。」


 どうやら昔に一度見たその弓にかなりの執着を持っている様子のマーミ。

 そのマーミがどうやら目的の獲物を見つけたようで少しづつ速度を落として突然ピタッと止まる。

 次には木の陰に隠れてそこから様子を窺うように顔を出して、ノシノシと森を歩く、こちらの事に全く気付いた様子の無いグレートマッドを観察し始めた。


 ソレはまるでツルツルの巨体も巨体の熊だった。

 時機では無いので当然もさもさしていない。つるりとしている表皮、艶があり時々きらりと日の光を反射する。

 それ程にツルッツル!である。まるで全身ラバータイツでも着ているような見た目だ。


「ぅはあ~。あれ、本当にふさふさになるの?想像ができん・・・」


 この呟きに口に人差し指を充てて黙るようにとジェスチャーをマーミが向けて来た。

 俺は不用意に出た言葉に「しまった」と即座に手で口を覆う。

 なんて古典的な動きをしてしまったんだと思いながらも冷静に動きを止める。


「どうやら別に気付かれていないみたいね。これくらい小さい声の会話なら聞こえていないみたい。で、どうしようかしらね。」


 グレートマッドに特段目立った動きは見られなかった。どうやら聴覚が鋭いタイプでは無い様子で一安心した。


「どうする?俺が足止めしてマーミが止め?俺はとりあえず「手伝い」って事でいいか?」


「うーん?見守っててくれない?私が危なくなったら助けに入って欲しいのよ。私の力だけで奴を狩りたい。」


 どうやらマーミは俺を本当に「保険」のみで考えているようだ。なら俺がこれ以上言う事は無い。

 いや、あった。


「マーミはナイフに魔力を纏わせる練習はしていたのか?今この場で出来る?そうじゃ無ければあいつの皮って剣が通らないんだろ?」


 おそらく魔力を纏わせた切れ味の上がったナイフならグレートマッドに通用すると思われる。

 何せダンジョンのボスの脚をカジウルが斬ったくらいだ。

 マーミがナイフに魔力を纏わせる事ができなければ今すぐにできるようにさせるつもりで聞いた。

 しかし心配しなくてもよかったらしい。


「そこら辺は抜かりないわ。もうそれも万全にできるようになってるしね。・・・心配してくれてるのよね。ありがとう。」


 この言葉と共にマーミはナイフを抜き放ってその刀身に自身の魔力を流した。

 ソレはしっかりと成功している。ナイフが青白く光ったからだ。


「じゃあ、行ってくるわ。奴を狩ったらエンドウのソレに入れさせてね。あんな巨体持ち歩くのは勘弁だから。」


 ニッコリとマーミが微笑む。ソレとはインベントリの事。そして持ち歩くのは勘弁と言っているが重いから、と言う理由では無い。

 門の所で「薬草の状況」と言った嘘を口に出しているのでそこに狩ったグレートマッドを持って現れたら何を言われるか、どんな噂が翌日に広まるか分かったモノでは無い、と言っているのだ。


 身体能力向上を使いながらならば、これほどの巨体でも担いで歩くのは余裕だ。

 しかし、それをする必要も、ましてや話題の提供をするつもりも無いのだからインベントリにしまえばいいのだ。


 そんな事を考えた時にはもうマーミは木の上に移動していた。

 しかもグレートマッドが真下に来るだろうルートの木の上だ。

 マーミの狙いはグレートマッドの頭頂部への一撃、絶命だろう。

 そのタイミングはすぐに訪れた。グレートマッドの進み具合は別に立ち止まる事も無く、しかしゆっくりとだが歩き続けていたからだ。


 マーミは飛び降りる微かな音も立てない様にだろうか?静かに「落ちる」ようにグレートマッドの頭へと攻撃した。

 飛んで勢いを付ける訳でなく、足場にしていた枝からゆっくりとスローモーションに錯覚して見えてしまう程に「すーっ」と重力に任せるように強襲を掛けたのだ。


 そのナイフは「すとん」とグレートマッドの脳天に綺麗にめり込んだ。

 そして呻きもあげる事も無く痙攣をいくらかしてその巨体は地に沈む。

 大成功だ。俺はマーミのその綺麗に入った一撃に拍手を送りたかったのだが、そのマーミ本人が不満そうな顔になっている。


「はぁ~。正直に言って、これは最初の牽制の一撃にしようと思っていたのよ。まさかここまで綺麗に刺さるとも思って無かったのよね。その牽制の後にこいつの大振りな攻撃を避けながら一撃、一撃を懐にもぐりこんでさ、こう、ね?」


 どうやら本人が想定していた戦闘とはぶっちぎりで違う結末に、マーミ自身が一番呆気に取られてしまったようだ。


「そのナイフ、魔力を込めた時の切れ味、試してなかったの?」


 俺は当然コレはやってあると思っていた。だから最初にマーミが木に登っていた時に「頭部への一撃絶命」狙いだと思ったのだから。

 ナイフの切れ味、それも魔力を纏わせたソレをできるといったのだから試していない訳が無いと。


「あー、確かに、試したわよ?木で。それもかなり加工の難しい一番固い奴を買って確かめたわよ。でも、さ、グレートマッドの皮はそれ以上の硬さと柔軟さなのよ?じゃあこんな木じゃ参考にならないと考えたの。だから、そう言うのも含めて実験は本番ブッツケで、と思ってさぁ。」


 そう言えばマーミは確かにナイフ術の特訓も兼ねて、と言う会話をここに来るまでにしていた。

 そういった事が有ったとは言え、この結果にはモヤモヤしても狩り自体は大成功なのだから喜んでいい所だ。


「あー、そうよね。ならこいつを解体しちゃいましょ。グレートマッドの肉は食べれないのよ。内臓は毒素が有るし、肉も不味いのよね。なんか、渋いの。こいつの価値って皮だけなのよねぇ・・・」


 神妙な顔つきになりつつもマーミがナイフをグレートマッドに入れて皮剥ぎをしようとしたのを俺は止める。

「何?」と言った感じで俺を見てくるマーミだったが、俺は構わずに魔力をグレートマッドの死体に流す。

 そう、これは以前にバッドモンキーにしたあの「皮剥き」である。

 あの時よりも精度がかなり上がっている俺。もちろんそれはエコーキーの太腿香草焼きを幾度もやったおかげである。


「うげぇ!気持ち悪い!気色悪い!エンドウの馬鹿!こんなモノ見せるとか止めてよ!何考えてるのよ一体全体!」


 マーミが悲鳴を上げるのも無理はない。なにせマーミがこのグレートマッドに一撃を入れたナイフの傷口から「にゅるー」と言った感じで「中身」が全て絞り出されたからだ。

 これには自分でやっておいてなんだが俺も「キメェ!」と心の中だけで叫んだ。


 俺はこの時に皮以外の部分を「チューブの歯磨き粉」の中身を絞り出すようなイメージで魔力を込めていた。

 だからこうして中身が頭頂の傷口からにゅるりと搾り出されたのだ。「中身」が俺の魔力で柔らかく、それこそゲル状になってしまったのである。


 何故そんな事をしたのかと言えば以前のバッドモンキーの件である。

 あの時はぱっくりと割れた。傷が入っていない部分が着ぐるみなどの様な感じで。

 そこから中身だけが綺麗に剥けた感じだ。こうして皮が得られたのだが、もっと全身を余計な傷やら切れ目などが無く皮のみを得ようとしたらどんな風にすればいいかと考えた事が有るのだ。

 なのでコレを実行したら結構、いや、かなり「グロイ」事になってしまったのである。


 しかし結果は凄い。頭頂の傷以外は何も無い。綺麗な一枚皮。信じられない程の。


「エ・ン・ド・ウ・~?これ、どうする気よ?こんな皮、前代未聞よ?世界で一つよ?この世に一つよ?何馬鹿な事してくれちゃってるのよ・・・普通じゃ「無さ過ぎる」でしょうが!」


 どうやらただでさえ加工が難しい皮なのに、この様な状態の物を「ハイ、これです」と出せないらしい。絶対に。

 世の中が混乱すると言っている。このままでドルグに渡せない。それどころかこれを見せようものなら、どうやってこんなモノを得る事ができたと追及され、付き纏われるかもしれないと。


「ああ、勿体ない・・・でも仕方が無いか。」


 次にはマーミが皮を切ってちゃんと「見れた」モノに変えていく。

 おそらくそのままではこの世の誰にも渡せない。特にと言っては何だが、マルマルの冒険者ギルドに併設している素材買取所の上級鑑定士のゲルダになんかに「一枚皮」を見せようものなら発狂するのでは無いだろうか?

 ちょっと恐ろしい妄想をしたところでマーミが作業を終えた。どうやら「常識」に則った部位毎に揃えた切り方をしたようだ。


「さあ、アレに入れて頂戴。それと、今後はああいった事を二度としない様に。いいわね?」


 インベントリを開いてそこにぽいぽいとマーミが皮を入れていく。

 入れ終えたマーミにギロリと睨まれてから、俺たちは無事に街に帰還した。

 で、帰って来たはいいが、早過ぎる事はどうやらいけないらしい。


「だってそうでしょうが。ついさっきなのよ?ドルグの店を出たのは。あいつに吠え面かかせるにしたってね、今日じゃ無くてもいいの。分かる?今これからあいつの所に行って皮を見せても「この短時間で何をしてきやがった?!」って喚いて話しにならないのが目に見えてるわ。しかも最初に顔を合わせた途端に「怖気づいて戻って来たか?」って言うに決まってるもの。分かってても嫌よ?そんなセリフ言われるの。」


 どうやらマーミはドルグの性格を大分把握しているらしい。

 そんなに嫌ならドルグに弓の世話をしてもらわないで他の所に行けばいいと思うのだが。そこら辺を聞いてみると。


「あいつさー、確かに腕だけはいいのよ。腕だけ、はね。口が悪いのさえ直ればあいつもっと金も稼げるのにさ。それを指摘したら「お前は馬鹿か?」って言われる始末よ。何考えてるのかサッパリだわ。」


 確かにマーミから話を聞くだけだとドルグは「変人」と言ってもいだろう。

 けれど、口悪い言葉で接客する事にメリットが無い訳でも無い。


「言葉が悪いと確かに「商売」としちゃあ壊滅的だけどさ。でも口が悪いのと、ドルグの作る武器の「質」は関係無いよな?だとすると、ドルグはわざとやってるかもしれないぞ?良い物が欲しいと思ったら、いくら店員の口が悪くとも買わない手は無いだろ?そこで店員の口汚い言葉に憤慨してここの店の武器は買わない、なんてのは勿体無い訳だ。」


 これにマーミが驚く。そんなはず無い、と言いたいようだが。


「嘘でしょ?あいつソレで客の選別をしてんの?あり得ないでしょマジで・・・」


「まあもしそうなら、ちょっと要領が悪いと言ってもいいかもしれないな。けれどそう言ったこだわりとか、きっかけが在ってそう言う接客態度になってるのかもよ?そこは本人しか分からない所だけどね。この見解も「もしかしたら」っていう予想だから。ホントにアレが元々のドルグの性格で、ソレを一切直さずに接客しているって言うのも可能性としてはあるから。」


「あんまり考えたくないわね。で、お昼はエンドウどうするの?どうせなら一緒にあそこの店に入って食べない?私の奢りで良いわよ?」


 こうしてマーミと昼食を食べてから別れる。その後の残り時間はブラブラと色んな場所を歩いて時間を潰した。

 そして翌日。俺はマーミと早朝からドルグの店へとやってきていた。


 ソレは何故かと言えば、宿を出たらマーミが待ち構えていたからだ。

 そして「今日も付き合って?」と頼んできた。それに俺は別段何かやりたい用事も無いので了承して今に至る。

 で、ドルグは店に入るとすぐに出てきたのだが開口一番の言葉は。


「こんな朝っぱらから来るんじゃねえよ。眠いんだよ俺はよ。冷やかしか嫌がらせか?営業妨害か?お前らには付き合ってらんねぇ。どうせ昨日の事だろう?グレートマッドなんて狩れるはずが有る訳無いからな。」


 こんな風に言っておいてキッチリ俺たちと顔を合わせて話すドルグ。

 多分、こういったキャラクターなら普通はこちらの顔すら見ずにぶっきらぼうに話し、かつ機嫌が悪いですと言うのを態度からもにじみ出しつつ言うと思うのだが。

 ドルグからそう言ったモノが全く見受けられない。しかも眠いと言っておきながら朝早くから仕事をしていた様子だったのだ。


 これに俺の昨日言った「もしかしたら?」を思い出したのかマーミの口から「うわ、マジか・・・」と小声が漏れていた。

 おそらくマーミは口の悪さだけが印象に残ってしまい、他に目が行かなかったのだろう。

 ドルグは結構真面目な性格をしていると言うのがコレで分かった。


 朝早くから工房なのだろうか、店の奥の部屋を掃除していたし、眠いとか営業妨害かと言ってこちらを睨みはしたが、その言葉とは裏腹にやっている事は店内のチェックらしかった。

 埃をはたき、商品並びの崩れを直し、在庫の数を数えて、とおそらく朝の日課なのか、俺たちを気にせずに働く。


「で、皮を持ってきたんだけど?何処の部位がどれくらいの大きさ欲しいのかしら?約束は守って貰うわよ?」


 良い笑顔でニッコリと微笑むマーミ。だがその微笑みはかなり悪い笑顔である。


「へっ!俺はな「狩って来い」って言ったんだ。どうせ店売りの革を買ってきたんだろ?俺の目は誤魔化せねえよそんなんじゃな。グレートマッドの皮はすぐに加工しねえとすぐに悪くなる。店売りの奴はもう既になめされてるやつしかねえからな。すぐに判別は付く。さあ、ここでソレを出してもらおうじゃねえか!店売りの物を出したら大声で笑ってやるぜ。そうだな?どれだけ頑張ってグレートマッドを倒そうと思っても、どうあがいたとろろで討伐した頃にゃ使える部分が少ねえのが普通だ。本当に狩って来たってんならその皮を全部買い取ってやるぜ。ホレだして見ろ!」


 ドルグは良く舌が回る。こんな接客をされたら誰しも気分は良くはならないだろう。

 それでも客が彼の作る武器や防具に価値を見出したなら、口の悪さなどは関係無く商品を買うだろう。


 そして、店の中のど真ん中で出すのはいかがなものか?と言う俺の提案を受けてドルグの工房へと入らせてもらう事に。

 で、その工房だが、几帳面な性格なのか、整理整頓が行き届いており、清潔だ。

 この工房の部屋の奥には炉らしきものが存在していた。その前には今日打つ予定なのだろうか、材料とソレを扱うであろう道具が綺麗に並べられていた。


 そこの中央にある大きなテーブルの前でドルグが止まる。この上に出せと言う事だ。

 俺は店に入る前から用意して手に持っていた袋の中に手を突っ込む。

 これはインベントリを隠す様に用意した。何せグレートマッドは巨体だった。

 その皮が入っている袋、と見せかけなければいけないのだ。それなりの大きさを用意しなければいけなかった。

 そんな袋の中でインベントリを開き、その中へと手を突っ込んでグレートマッドの皮を取り出す。

 取り出してはテーブルに並べていく。丁寧に。今回狩ったグレートマッドがどれ程の大物だったのかが分かるような並べ方を。

 テーブルの大きさは今回の皮に負けない程に広かったのでギリギリ全ての部位の皮が置けた。


 で、置き終えた俺が気付いてドルグを見ると、彼は顔を青褪めてプルプルと震えていた。

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