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御執心

 目の前を塞ぐのは二人の「道士服」?を着た二名の男。そして同じ服を着た女が背後を塞ぐ。


 男の方は腕を胸の前でいきなり交差させてその手の指を幾度も、そして高速で形を作っては変化させている。

 ソレは「手印」と言った手法なのだろう。前方の男二名がソレをどうやら終えた後で俺の方へとその掌を向けて来た。女の方は別にこれと言って俺への警戒と言った風も無くただ見ているだけ。


 掌を向けられた次には片方は「火炎」。もう片方は「風魔」と叫ぶ。


 そう、炎と風が俺に向けて放たれたのだ。この二人、いや、三人は攻撃系の仙術使いといった所なのだろう。


 この二つは俺に迫る途中で融合して人の背丈を優に超える炎の竜巻に変化した。


「えー?俺の事を切り刻んでやるとか言っておいて、何で焼死を狙って来るんだよ?」


 言ってた事とやってる事が違うだろ、そんなツッコミの後に俺の前身はその火炎竜巻の中にすっぽりだ。


 こんなのに撒き付かれたら普通の人は大火傷を負って死ぬだろう。もしくは自分の顔回りの酸素を枯渇させられて窒息して気絶のち焼死か。


 と言うか、向こうが招待状を俺に出したクセに、馬鹿にされた侮辱されたと言ってその招待客を殺しに来るとか。

 どう考えてもこいつら頭おかしい。


「安心しろ。ギリギリ死なぬ程度に抑えてやる。我らを敵に回す事がどれだけの事であるのか、その身にキッチリと刻んで死ぬまで消えぬ恐怖として植え付ける事で許してやる。」


 炎を出して来た方がそう言っている。確か攻撃して来る前に「謝れば許してやる」とか言っていた方だったと思うのだが。

 心底性格が最悪な人物である様だ。


「私が現れた時点で礼節を持って接して来ていれば多少は助力をしてあげても良かったのですが。」


 そんな事を宣うのは女の方である。炎の竜巻を見つめながら小さく溜息を溢しているが。


(何様なつもりなんだろうなぁ。男の方も、女の方も。どっちもプライドが高いって言うよりも癇癪持ちって言った方がしっくりくるな)


 もちろんこの程度で死ぬばかりか、小さな火傷一つすら付きはしない俺はこのバカバカしい茶番に何処まで付き合えば良いかを考えながら立ったまま。


(この国の仙術ってのがどの程度なのかを知る為にも、無抵抗でいれば良いか?勝手に向こうが自爆して色んな攻撃を仕掛けて来るだろ)


 どうにも下らないプライドと癇癪持ちである様なので俺が「何もしない」と言う選択肢を取れば向こうが勝手にソレを元にして俺を「仙術」で攻撃してくるだろう。


 どうしてこの術でこいつは倒れない?どうしてこいつは傷一つ付いていない?どうしてこいつは平気な顔でいる?


 そうしていれば「どうして」などとそんな言葉を連呼して「低俗な輩に私の矜持が傷付けられた」とか何とか口にして各人が滑稽な一人舞台で踊るのだろう。どうやら「千年機関」とやらに御執心な様なので。


 その無駄に使い所の無い高慢ちきなプライドを圧し折ってやろうと考える俺。


 そんな展開を考えてボーっと突っ立っていただけの俺の視界から炎が消えた。

 どうやら向こうが解除したらしい。そう言えば殺さずに痛めつけるとか言っていたのでギリギリ生きているくらいの所を見極めて止めたと言った所か。


「何故無事で居る!?何故服の端一つ焦げていないのだ!?」


「うむ?無意識に手加減をしてやってしまっていたか?」


「やせ我慢をしているだけなのでは無いでしょうか?とは言え、御二人の合成術を凌いだのです。そこそこの力量はあると見て宜しいかと。ですが、まあそこまででしょう。力を使い果たしたと言った様に見えます。」


 炎を撃ち出した奴は驚き、風でソレを増幅した奴の方は只のアホだった様だ。

 そして女はそもそもが低能で見る目が無いと言った所か。


 三名の中でまともと呼べるリアクションは炎を出した奴くらいだ。

 とは言ってもそこには「危機感」とか「警戒心」と言ったモノでは無い。

 俺への敵意とか、傷が無い事にプライドが許さ無い的な、そんな言い方である。


 そうしてこちらを睨んでいて諦めると言った様子でも無く、どうにも俺を「気に入らない」と言いたげな顔でいる。


「溺れさせる。二人とも、やるぞ。」


 この言葉で三名同時にまた俺に向かって「仙術」を放とうとしている。

 俺はコレを受けるかどうかを考えた。呑気に。


「溺れさせるって事は水を生み出して俺の全身をソレで水没させるって事で?あー、無駄だから止めとけ。と言うか、そんな事をされたらまともな会話が続かないだろう?話し合いを・・・する気無いのかよお前ら。」


 俺がそう言ってこいつらの説得をしようと思って口を開いたらもう遅かった。

 既に術は発動されていて俺に向かって飛んで来ている。


 ソレは俺を覆い尽くす程の水量。三つ。

 全てが同時に俺にぶつかって水の中に俺は閉じ込められた。


(あんまりにも人の話聞かなさ過ぎじゃね?と言うか、俺が怒らせちゃったのが悪いの?そうじゃ無くね?短絡的で直情的過ぎやしない?これ、俺を殺す気だろ絶対に)


 こいつらが何をしたいのかサッパリ分からなくなる。さっきは痛めつけるとか言って、次には俺を完全に溺れ死にさせる気で攻撃して来た。


 俺から見ればこの三名の「千年機関」とやらの構成員は傲慢、こちらを見下してくる態度が気に食わない。

 向こうから招待状などと言うモノを送っておきながら、今俺の受けているこの対応は一体なんだというのか?本当に理解がし難い。

 話が通じないとはこの事かと、そう思うしかない展開である。


(これ、賭け事の方が楽しいって言った事を謝ればこいつら本当に引き下がるか?・・・そうは思えないんだよなぁ)


 こいつらは俺の事を相当に下に見て来ているので、そんな謝罪をすれば調子に乗ってそれ以上の事を要求してきそうだ。

 子分、使いっ走り、都合の良い使い捨ての玩具、そんな捉え方をするのではないか?謝って来たのなら相応の誠意を見せろとか、態度を改める気なら自分たちの配下につけとか。


 勝手にそう言った事を決めつけてこちらにソレを押し付けて来る様子が直ぐに思い浮かんだ。


 そんな態度を見せてこよう物なら俺は多分その時点で完全にキレるだろう。

 今はまだ耐えていられるのは少々飽きて諦めて来ているから。


 こういった奴らとこれまでに幾度となく遭遇してきた経験がある。自分勝手で相手の事など一切慮らないそんな奴らと。


 ならばこの三名はそう言った輩と同じと思えば、まだ呆れと言う感情で抑えられる。


(コレをまさか「入団テストだ」とか言って来たら、その時は寧ろ俺は爆笑するぞ?)


 言い訳ヘタ過ぎか!と、その時は声を大にしてツッコミを入れるだろう。

 俺にご自慢の「仙術」が通用しなかった事でソレを誤魔化す為にそんな話に持ち込もうとするとかになれば、それは物凄く滑稽だ。

 自らの術が通じ無かった事で傷付けられたプライドを守るためにそんな低俗な嘘を吐くとかなったらソレはソレで面白い。

 そうなったら俺は寧ろそれに「お笑い芸人のコントかな?」と思ってそんな展開にならないかと少しだけ思ったのだが。


 さて、水に完全に沈んでいる、そのはずなのに俺が微動だにしない事でどうやら向こうは焦りを見せている。

 何かを言っている様であるのだが、俺は水の中。その会話が聞こえてこない。


 そもそも俺は一切水になど濡れてはいない。魔力で俺は自身を覆っている。

 別にこの状態で息苦しいと言った事も無い。魔法で全て何とか出来てしまっている。呼吸、余裕。


 こいつら三名の「仙術」とやらは三つ合わさってもコレを突破して俺の肌を少しも濡らす事が出来ていないのだ。


 もうそろそろ時間の無駄だなと俺はここで思い始める。


 この「仙術」とやらの解析はもうとっくに済んだ。これ以上は構うのが面倒に感じて来た。


(魔法と変わらない。呼び方が違うだけ。なら見る所も無い)


 何かしらこの国の特有、特徴などがみられるかなと思ったりもしたのだが。ソレはどうやら無い。

 手の形を変えて印を結んでいた、それくらいだろう気になったのは。


 さて、もう気が変わった。いい加減にこっちから反撃しても良いだろう。


 と思った所で俺に纏わり付いていた水が離れた。何だと思ったら聞いた事のある声が。


「貴方たち・・・何を血迷った事をしているの?誰の許可を得てこの様なふざけた真似をしているのかしら?」


 その声はエルーである。しかしその隣には黒髪を短く刈った男が居る。道士服を着ている所はこの鬱陶しい三名と変わらなかったのだが、そいつの纏う空気は物凄く落ち着いたモノだった。


 次にはそいつが口を開いた。


「・・・言い訳は聞く気は無いよ?君たちの顔は覚えた。もう二度と私と今後顔を合わせる事は無いだろう。さあ、去りたまえ。目障りだ。」


 何者かは知らないが、かなり辛辣な言葉選びである。

 だけどもソレでこの三名よりも遥かに立場が上の人物だと言うのは直ぐに分かった。


 これに慌てた男が叫ぶ。


「こ!これは違うんです!き、機関長!我々は!」


「言ったね?言い訳は聞く気など無いと。それとも私の命令が聞こえなかったのかな?指示に不服があると?」


 若い見た目からは予想していなかったが、どうやら機関長であるらしい。

 どうにも「千年機関」とやらの一番上が直々にこの場にやって来たと。


「君たちへ私は今回の件に関して何らの話も仕事も振ってはいなかったはずだが?客人を招くと言う話は機関の中で広めてはあった。しかしソレは客人に対して失礼の無い様にとの内容だ。君たちは今、彼に何をしていたのかな?いや、その様な言い方は無しにしようか。言い訳は聞く気は無いと言ったんだった。消えなさい。」


「この様な者を機関に客として招くなどと!」


 それでもまだ男の一人が意を口に出して俺へと指を向けて来た。

 どれだけ俺に対して恨みがあるのかと聞きたいくらいだ。俺はそもそも何もしてないし、この男と今これまでに一度だって絡んだ記憶すら一ミクロンも無い。


 そんな相手がどうしてここまで俺に固執しているのかの理由がサッパリ。


 この場での行為を裁かれて、そして判決を言い渡されているのだからそれに素直に従えよと言いたい。

 ここまで言い募ってどうしても客として機関に招きたく無い訳は何なのだろうか?


「賭場なんぞの担当者が調子に乗って機関長に上奏?有り得ません!こいつ程度の者が客?我々の術の前に手も足も出なかった様な者なんです!相応しくない!機関に名を連ねる資格なんて無い様な者を幾ら何でも招き入れるなどと!」


 その言葉に俺は「自分勝手」と言った印象だ。この男は一人で盛り上がって、一人で突っ走って問題を起し、ソレを咎められても自分の過ちに気付けず、挙句に自身の価値観だけで物事を断じて言い逃れしようとしている。


 機関に所属している者としての立場に立って言っている訳では無く、個人の感情でこの様な事をこの場で口走っている。


 この意見に賛同したのが他の二名なのだろう。だけどもここで同意の声を上げないのは機関長が怖いからなのだと推測する。


「そうか、君の意見は理解した。だが、コレは私が決めた事だ。反対の意があったのなら、私へと先に直接に直談判をしに来るべきだったな。ソレが筋と言うモノだ。こうして直接に招いた客の前に現れ殺す事も厭わない様な妨害をするなどと言う行為は暗殺などと言った類の行為と中身が一緒だ。仙術師がその様な外道な真似をして恥ずかしいとは思わなかったのかね途中で?」


「・・・ぐッ!」


 機関長に「卑怯者」と批難された男はこれに言葉を詰まらせる。自覚をしたらしい今更に。


「さて、君たちの処遇は後だ。今私の目の前から消えぬと言うのであれば・・・私自らが仙術合戦に参加しても良いだろう。その場合は、君たちのやった様に命のやり取りになると思いなさい。それでも引きませんか?」


 機関長がそう言って睨むと女道士は直ぐにこの場を逃げる様に去って行った。

 これに残りの男の方、先程からずっと黙っていた者もじりじりと後方に下がって行って裏路地へとサッと消えていく。


 残るは一人のみとなった。だがまだこいつは食い下がる気でいたらしい。


「・・・間違ってはいない!幾ら機関長の立場と言えども今回は急に過ぎる!機関の役員たちも反対をしている者が居たはずです!ソレを強引に権力で抑えつけての強行!断じて許す訳にはいかない!この様な者を客として招くなどと!機関に悪影響が出る前に始末を付けるのは当然だ!」


 独り善がりと言うのはこの事だろう。

 俺は機関の関係者でも何でも無いし、こいつの言っている事の正しさを俺では判断はできないが。

 こうして今、目の前に機関長が直接に現れている時点でこの男の主張はもうとっくに意味を成していないのだ。


「君を唆した役員は既に判明していますよ。私の地位を狙っている派閥の者であるというのも、とうに知っています。下らない報酬に目が眩んで詰まら無い依頼をよくもまあ浮かれ気分で受けたものですね。」


 どうやら根本的な部分の問題解決の方も終わっているらしい。

 以前から目を付けていたのか、それともこの機関長の持つ諜報能力、或いは根回しが恐ろしい程に早いのか。


 この道士の未来は既にこの時点で真っ暗と言う事である。


 ソレを悟って「舐めるな若造がぁ!」と言って術を発動しようとしたその男は次の瞬間には顔面のド真ん中に野球ボール程の大きさの石がめり込んでいた。


 これは早撃ちである。やったのは当然に機関長で。


「命までは取らないでおいてあげましょう。特別ですよ今日は。と言うか貴重な仙術を扱える者をそう易々と殺すはずも無いでしょう?それでもまあ、この先の貴方の人生はずっと搾取され続ける物となるのは確定ですがね。」


 冷徹にそう口にした機関長は何らの構えもしてはいない。

 しかしこの道士を倒したのは確実にこの機関長である。


 石の礫が飛んで行く瞬間を俺は目撃している。なかなかの使い手なんだろう。


(と言うか、俺なんかよりもよっぽど先輩だよなぁ当然。俺なんか魔法を使えるって言ってもなぁ?ペーペーのそれ以下、って言って良いくらいに最近魔法を使える様になったばっかって言えるんだし)


 どれだけの年月かは予想も付かないが、この機関長はずっと仙術を使い続け、研究し続けていた強者であるはずで。


「失礼致しました。貴方がエンドウ殿ですね?私は「千年機関」の長を務めさせて頂いている者です。彼らの襲撃は私が指示した物でない事を信じて欲しいのですが、どうでしょうか?」


 どうやら俺を襲ったこの道士を機関長が直々に倒した事で誠意を見せたと言う事らしい。


「まあ良いですよ。もうちょっと来るのが遅かったら俺が直接にどうしていたかは分からない、って事だけは言っておきますがね。」


「そうですか。ならば彼らは幸運でしたね。危ない所に私が止めに入ったのですから。感謝して欲しい所ですが。まあソレは良いでしょう。改めて、エンドウ殿、貴方を機関にご案内したいのですが、受けてくださいますか?」


 俺を怒らせると酷いぞ、と釘を刺したつもりで言ったのだが。

 機関長はソレを飄々とした態度で受け流して改めて案内をすると申し出て来た。


 これに俺はどうしようか悩む。もう今はそんな気分じゃ無くなっているのだ。


「いや、遠慮させて貰う。行く気が今は失せた。その内に気が向いたらエルーに直接俺が言いに行くから。」


「それはそれは、残念です。仕方がありません。では本日はこの後はどの様な予定を?」


 俺が行かない旨を伝えればあっさりと機関長は引き下がった。何を考えているのかちょっと分かり辛いタイプの人物と見える。引くのが早い。


 そしてその後には俺の今日の今後の予定を聞いて来た。別に聞かれて答え難いと言った質問でも無し、俺は言う。


「散歩かな。まだ行って無い場所巡り。色々と観光して見て回りたいんでね。」


「ならばエルーを付けましょう。知りたい事があれば彼女に何でも申し付けてくだされば要望に応えましょう。」


 エルーが一歩前に出てきて綺麗な一礼を俺へとしてくるが。


「いや、ソレも断らせて貰うよ。自由に歩きたい。そんな気分なんで。」


 俺はこれも断った。これに右眉をピクリと一瞬だけ上げた後に何も無かった様に機関長は言う。


「重ねて残念です。私たちは貴方の信用を得られなかった様だ。もしまだ機会を与えて頂けるのなら、またお誘いしても?」


「うーん?まあ、エルーの顔を立てて、良いよ。あんまりしつこく無ければね。」


「ありがとうございます。では、今はこの辺で失礼しましょう。では、また。」


 俺と機関長のやり取りにエルーがホッとした様にして胸を撫で下ろしていた。

 そして機関長と共に路地の奥へと去っていく。


「あーあ、千年機関って所もやっぱ組織って事かね?何かと大変そうだ、こりゃ。」


 どんな目的で俺を招待しようとしたのか?これと言ったハッキリとした理由は俺には思いつかない。


 けれども今回の事で内部人事と言ったモノが大幅に変わる事は察する。

 しかしソレを俺が心配せねばならない訳じゃ無い。俺は内部関係者では無いのだ。


「まあ、頑張って。身から出た錆、って言葉で合ってるのかね?」


 俺の事をエルーがどうやら機関長に報告したからこそ起きた事であるんだろう今回の事は。

 これは「切っ掛けは俺」と言えなくも無いが。しかし俺がこの機関の問題に対して何らの責任を負わねばならぬ立場では無い。無関係だから。


 所詮は他人事、俺に無駄に面倒な火の粉を飛ばしてこないのならばこんな対応になる訳で。


「さてと、それじゃあ何処に行こうか・・・こっちの道を真っすぐ、で良いかな?」


 こうして俺は雑に方向だけ決めてそちらに歩き出し始めた。


 機関の関係者を連れ歩く気にならなかった俺は自由に歩きたいと言ったばかりだ。

 今居る通り周辺を越えてもっと奥の方にまで足を運ぶ事にした。


 久しぶりに知らない道を行く小さいワクワクを胸にドンドン進む。


 だけども選んだ道が悪かったのか。どうにもさびれて人の居ない区画に入ってしまった。

 ボロ屋が立ち並ぶ通りには人の気配が無く、姿は見えず。


「酷く陰気だな。何だろうなぁ。何処の場所に行っても、こういう地区が存在してる。世知辛いと言うか、世の中似たり寄ったりと言うか。諸行無常?いや、コレは意味違うな。」


 世の中には已むに已まれぬ事情があって「最底辺」に落ちぶれてしまう者が居たりするとは言え。


「セーフティーネットがこの世界には無さ過ぎるんだよな。まあこの国の問題なんだから俺がとやかく言う資格は無い、か。」


 俺はついこの間まで土地の痩せた限界集落を助けたばかりなのでこういう景色を見てしまうと思う所がある。


「大人しくしてるって、約束したからな。手は出さんでおくべきだろうよ。やるなら・・・まあ、相談、だな。いや、誰に?」


 貧困を救うには一つでも何かしらの「巨大な何か」が必要なのだ。


 そしてソレを維持し、回し、保持し、発展させるには人が必要になる。


「俺は「大抵の事が出来る」って自負はあるんだけどさ。それでも偉い人の許可は取っておきたい所だぜ。」


 限界集落を救った時には時間が無かったから勝手にやった。

 しかもあの時はシチュエーション的に「国に見捨てられている」と分かっていたから全て俺がチャッチャと終わらせたのだ。


 でも今はソレをする事はできない。する気は無い。


 国の方針としてこの場所をどの様に考え、捉えているのかを知らない限りは手を出すなどと言う事をしない。


「まあ理不尽だったり不条理の押し付けだったりと、碌でも無い理由とかでここを放置してるとかだったら介入するつもりがあるって事なんだけどねぇ。」


 俺はおせっかい焼きだ。親切の押し売りだ。ソレをこれまでに幾度となくやって来ている。


「うん、これじゃあ仕事だよ、仕事。俺は今ここに休暇を取りに来てる気分でいなきゃいけない訳ですよ。」


 働き詰めだと、そう考えてこの国でゆっくりと楽しむ方向でここに滞在しているはずなのだ。


 しかしこういった光景を見てしまうとどうしても何だか疼く。偽善の心が。


「いやー、ここを使って何か面白い事、起こせないかな?例えば・・・自由市、とかかな?」


 土地も建物も余っていると言うのなら、ここで何かしらのイベントなどに使っても良いだろう。


「あー、土地の権利とか、家屋の財産権みたいなのが複雑だったりしたら面倒そうだ。一体何でここはこんなになっちゃってるんだろうな?うーん、気にしたらアレコレしたくなっちゃうのは俺の悪い所だな。」


 我慢だ。せっかくケンフュの監視から解放されたばかりである。

 余り大きな動きはしない方が良い。そう、できない訳じゃ無い。しないのだ。


 金の問題は別段俺には何らの障害にはならない。この国で稼ぐ方法は見つかっている。


 この場所の土地の利権問題は金で全て解決できそうではあるし。

 家屋などの件も俺にしたら何らの邪魔にすらならない。魔法を使えば余裕でこの程度の家ならば建て直しなど一瞬だ。寧ろもっと良いモノを建てられる。


 しかしここに活気を取り戻させる、或いは新たな生活をゼロから作り上げる為にはそれこそ「人」が居なくちゃダメなのだ。


「ケンフュから目を付けられてるから派手な事をすると、また付き纏われそうだしなぁ。やるなら穏便に?静かにバレずに?・・・絶対に無理だ。なら、そうだなぁ。最初っから寧ろ巻き込むべきか?」


 もう既にここの利用価値は無いかどうかを脳内で探っている俺がいた。

 そしてこの件に最初っからケンフュを巻き込んでしまえば何ら問題は無いのでは?とすら考えてしまっている。


「おおッと!?俺は何を考えていたんだ・・・反省反省っと。」


 此処をどうにかする、そんな思考の流れに陥りそうだった頭を振って俺は散歩を続ける事に。


 しかし寂れて人の気配がしないこの様な場所を歩いていても何らの面白みも無いと言うもので。


「・・・で、こんな場所にはやっぱり危ない奴らか、犯罪者か、飢えてガリガリの子供たちが、何てのがお約束みたいな物なんだよなぁ。」


 細い路地裏などに視線を向けると思った通りの人影がそこにも、そこにも、あそこにも、と言った感じでそこら中の陰に居る。


 そんな所で俺の様な者が歩いていればどうなるか?そりゃ目立つし、狙われると言うモノで。


「・・・なあ兄ちゃん。上等な服を着てるじゃないか。それだけの物が着れるんだったら、金なんて余ってるだろ?恵まれない俺たちに少し融通してくれないか?良いだろ?」


 五名の男たち、いや、少年たちがその手に刃物を持って俺を脅しに出て来たのだ。


「なんだ?金が欲しいのか?なら俺が支払うその金でお前たちは俺に何をしてくれるんだ?」


「おいおい、恵んでくれねえってのか?なら、身ぐるみ剥いで俺たちの物にしてやるよ。命だけは許してやるから大人しくするんだぜ?」


 コチラを脅す様にあからさまにその手の刃物を顔の前に掲げる少年たち。


「何の関係も義理も無いお前らに何で俺が恵んでやんなきゃいけないんだ?そこを先ず説明して来い。それこそ、そんな刃物を目の前にチラつかせてきて脅してくるような真似を初っ端からして来る輩じゃねーか。お前ら只の犯罪者じゃん。それを自覚してる癖に自分たちのやってる事を稚拙な言い回しで正当化しようと下手な言葉を使ってんじゃねーよ。頭悪い癖に。やる心算だったら最初っから肝座らせて強盗して来いこの薄らボケどもが。一々つまらん対応させるな屑。時間の無駄だ。」


 俺はあの三人の道士の時に抑え込んでいた気分がここで思わず爆発して煽ってしまった。

 これには思わず心の中で「しまったなぁ」などと考えてしまう。


 見た感じ、相手の少年たちはその服の上等さから金に困っている様子は見受けられ無いのだ。

 ここら辺を縄張りにでもしているイキった「ギャング」気取りの少年なのでは無いかと推察する。


「てめぇ!舐めた口叩くんじゃねえ!痛い目見たいのか?あぁ!?」


 凄んで来た一人が俺の方に向けたナイフをより一層に近づけて来るのだが。


「お前らそんなに金が欲しいのか?乞食かよ?なら、受け取んな。ほら、どうした?拾えよ。何で拾わないんだ?その様子を見て楽しませて貰おうと思たんだがなぁ、せめて。」


 俺は懐から取り出した様に見せ掛けて金をばら撒いた、そう、地面に。

 バッと広がる様にして投げ捨てたので結構広範囲に散らばっている。


 俺にしてみれば簡単に稼げる額だ。気にもしない。しかし向こうはどうやら違っていて地に散らばる金の方に視線が釘付け。


 だけども誰も拾おうとしない。多分なのだが、この少年五名の内のリーダーが動きを見せずに俺を睨んでいるからなのだろう。


「舐めやがってぇ・・・死にてーのか?」


 どうやら俺のこの言動は本気でそのリーダーを怒らせたようだった。

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