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この怒り、晴らさずにいられない

 この「暴龍」の頭目はどうやら昨日の件は「必ず成功する」とでも思っていたのだろう。

 こうして出て来たタイミングが妙に遅かったのもソレで腑に落ちる。


 そして今もこの現場に「暴龍」の構成員が集まって来ないのは朝の鍛練と言う習慣が無いからだと思われる。

 そうで無ければこれ程に破壊行為が行われているのに誰も来ないのはおかしいのだ。


 そしてこの頭目、一人でこの場にノコノコと姿を現していた。


「決闘だ。コレをお前が受けないと言うのであればこの件に関しての「正式」な報告が国の上層部へと上がる事になっている。」


 キョウがそう言うとその胸に何やら金ぴかに輝くバッジを付けた文官らしき男が一礼した。

 ここで続けてキョウは告げる。


「決着はどちらかの命が無くなるまでだ。それ以外での決着は無い。勝者には「全て」を与える。」


「何を勝手な事をぬかしやがるスカシ野郎が!決闘なんぞを突き付けて来るなら何でこんな真似しやがったクソがぁ!」


 こんな真似と言うのは多分家屋をぶっ壊している事だろう。頭目は唾を撒き散らかしながらキョウを睨み言う。


 確かにこの「暴龍」を潰すと言うのであればこの頭目を殺すだけで「解散」に追い込めるのでは無いだろうか?


 だけども少し考えれば分かる事だ。キョウはこの「暴龍」の関係者をなるべく一人残さずに潰す気なのである。

 いや、関係者だけじゃ無く、その痕跡の一つすらも残す気は無いのかもしれない。


 だからいきなりこうして敵陣に突っ込んでド派手に破壊行為を行っているのかもしれない。

 他のこうした暴力組織に警告する示威行為と言った面もそこには含まれていたりするかも。


 キョウの心の全てが分かる訳も無い。コレがどの様な目的を込めた破壊なのかは本人のみぞ知ると言うやつだ。


(とは言え、最近は使って無かったけど。魔力ソナーで当人を覆ってその頭の中を精査して感情やら考え方を読み取るとかできるけどさ)


 そんなのは緊急事態に陥ったり、早急に情報が必要になった際に使うべきで、今では無い。


 でも俺には分かる。今、冷静そうに見えてキョウの感情は真っ赤っかの怒りに燃えている事だろう。

 いや、もしかして冷静に怒りを燃やしていると言うイメージだと青い炎とかだったりするか?


 どちらにしろキョウは怒りを前面には出してはいないが、腹の中ではこの「暴龍」頭目を早くもぶっ殺したくて仕方が無いのだろう。


 そうじゃ無ければこの様に決闘の決着に「どちらかの死亡」などと言う条件は付けないだろうから。


 そしてこの頭目がこの決闘に乗って来易い様にする為だろう。勝者に「全てを与える」などと言った報酬の事まで伝えている。


「許さねえぞ・・・やってやるぞオラァ!」


 そしてまんまとこれに乗った頭目はキョウへといきなり踏み込みつつその手にしていた剣を振りかぶった。


 奇襲。開始の合図も、ましてや互いに決闘する事を認めるやり取りもしっかりとし終えていないのに斬り掛かるとは何処まで卑怯なのかと思えたが。


 キョウはそんな所まで計算に入れていた様で。


「この一撃で決闘は成立だ。これより容赦はしない。私を怒らせた事を後悔しろ。卑劣な真似をした己を呪え。」


 キョウはその頭目の一撃を簡単に弾き返しながらそう言った。


 こうして決闘は開始となったのだが、キョウの連れて来たカチコミ要員はキレイに横一列に並んでこの決闘の観客と化していた。


 しかし大斧を持つ五名は別行動。今もソレを振って家屋の破壊を続けていた。


「何このカオス・・・」


 俺の出る幕など無いと言わんばかりである。一応は俺がそもそも命を狙われていたはずだと思うのだが。


「もしかしてミャンレンの方がメインで、俺はオマケだった?」


 今更そこに思考が行っても遅いだろう。しかし今その事を確認できそうな空気じゃ無い。


 取り合えずこうして俺の出番が無いと言うのであれば大人しくこの決闘を見学する事に決めた。


 そうしている間にも剣が幾度も幾度も振るわれ、そして躱される。そう、躱されるのだ。


 頭目の振るう剣がキョウに躱される。しかしキョウの振るう剣も頭目は躱す。


 しかしこの二つには決定的な違いがあった。


 ソレは「傷」である。


 キョウは完全に攻撃を躱すのだが、頭目の方は本当にギリギリにしか躱せずに剣先を体に掠めてしまっていて僅かな傷が付いてしまっている。


 時間が経てば経つ程、剣が振るわれる回数が増えれば増える程にその格差がじわじわと開いて行く。


 頭目の着ている服がその内に血が付いていない所など無いと言わんばかりに真っ赤に染まっている。


「糞がぁ・・・てめえ、テメエ・・・」


 頭目は既に解かっている様子だった。キョウにわざと痛めつけられている事を。

 そしてキョウの方もハッキリとその事を言及する。


「貴様は直ぐには殺さん。せいぜい藻掻き、足掻いてこれまでの罪を数えながら死ね。」


 頭目は今この場から逃げる事すら困難な状況である。


 この場にはこの決闘の「見届け人」と思われる金バッジを付けた文官が居る。

 そしてこの人物にどうにも頭目は逆らうと言った事はできないらしい。

 先程からこの人物に対しての文句などは一切口にしていなかったのだ。


 そしてここにはカチコミで入って来たキョウの所の道場の門下生が居る。

 この決闘の行く末をジッと見つめており、頭目がこれに逃げようとすればソレを阻止する事だろう。


 コレがいわゆる万事休すという状況なのか。

 けれどもここにドタドタと足音を立てて近づいて来る集団が居た。


「なんじゃいてめえら!ここで一体何してやがる!?」


 それはおそらくこの「暴龍」の構成員たちなのだろう。十名がこの今の状況に対して声を荒げて文句を付けて来る。


 しかしここで決闘を見ていた門下生たちの中から十名が列を離れてこの者たちと対峙した。そして言う。


「お前たちを潰しにやって来た。義侠を知らぬケダモノどもめ。恥を知らぬなら死んで詫びろ屑どもが。」


「何だとキサマぁ!舐めた口ききやがって!返り討ちだゴラァ!」


 ここで「十対十」での乱闘が始まった。決闘の事など御構い無し。


 これに頭目はこのドタバタに対してそっちに意識が一瞬持って行かれたらしく、そこへとキョウに「よそ見をする余裕があるのか?」と少々深めの傷を左の二の腕に付けられてしまっている。


「どうしてこうなった!?何がいけなかった!?失敗するはずが無かっただろうがぁ!」


「まだ叫べるだけの余裕があるのか。ならもう少々回転を速めてやる。短い間だが、精々痛みを良く味わうがいい。」


 キョウが剣を振る速度を上げた。回転率を上げた。

 そうすると頭目の身体に付く傷の数が次々に増加していく。


 切れていない場所は無いと言った感じにまで本当に徹底的に満遍無く全身が斬り刻まれていく。

 しかし徹底的にソレは掠り傷である。


「ぐがああぁぁぁぁ!?」


 頭目はこれに叫んで抵抗しようと剣を振るってキョウへと反撃しようとしてみせるが。

 その根性虚しくキョウにはその攻撃を躱される、どころか、カウンターを入れられて傷が倍速掛けた様に増えている。


 ハッキリ言って「見るに堪えない」とはこの事なのでは無いだろうか。

 この決闘、既に此処まで来ると頭目の「負け」は確定と言えるモノだ。


 けれどもその「負け」は所謂「死」であり、生き残るには頭目はキョウを殺さねばならず。

 しかし頭目はこれまで一撃もキョウへと入れる事が出来ていない時点でもう無理だ。


 この決闘の終わりは「どちらかの命が尽きるまで」と言う事なので、このまま頭目の傷が増え続けて出血多量で死ぬ未来しか見えない。


 そんな状況でそこにまた増援が現れた。「暴龍」の構成員がまたワラワラとやって来たのである。

 今度は多い。三十名だ。


 それに対応するのはこちらの残りのカチコミ要員である。


 最初に乗り込んで来ていた敵側十名は既にその命を取られていて死体は壁際に寄せられている。


 数で言えば五十対三十、有利である。しかし向こうの数に合わせてカチコミ要員も三十がそいつらの前を塞いだ。


「本日で「暴龍」は消滅する。ソレが受け入れられ無いと言うのであれば、足掻け。俺たちを返り討ちにして見せろ。」


「・・・ふざけやがって!調子に乗るんじゃねぇ!」


 また乱闘が始まる。今度の数は三十対三十。騒がしさ倍増だ。


 けれども今度は頭目はそちらに対してチラリとも意識を向けない。

 向けてしまえばその隙をキョウが逃さずに斬り付けて来るから。しかも少し深めの傷を付け様と狙って来る始末だ。


 俺の役目がこの場には無い。只の観客と化している様なモノだ。


「何で俺ってここに居るんだろうな?」


 居なくてもこのまま全てが終わりそうである。そもそも昨日の事で命を狙われたのは俺のはずであり、俺が報復する流れだと、そう思っていたが。

 蓋を開けてみれば全てをキョウが持って行っている状態である。


 そんな中で、今ここで一番苦しい思いをしているのがこの「暴龍」の頭目である。

 憐れその姿はどう考えてもやり過ぎと言える状態。

 キョウは覚悟が決まっているんだろう。徹底的に「生殺し」を貫くつもりらしい。


「どうした?反撃して来ないのか?こちらは遠慮も配慮も手心も加えんぞ?」


 そう言ってキョウは頭目へ向けて剣を振るう。何度も何度も何度も何度も、それこそ容赦などと言った生温い事は一切しない。


 見せしめ、後でこの頭目の死体を晒し物にでもするつもりなのか、どうなのか?

 これ程に異様な死に様を目にすれば悪行などに手を染めようとは思えないだろう。


 見届け人だろう文官はずっとこの「決闘」を注視していて視線を逸らさない。


 キョウの放つ斬撃は止まらない。


「いッ!・・・ぐッ!?・・・イギッ!?・・・ぐはッ!・・・くそッ・・・!?」


 その背中にも無数に傷を増やし続ける頭目。どう考えても勝ち目は無い。

 キョウの動きに全く最初から付いていけれていなかった。翻弄され過ぎて可哀そうに思える位である。

 頭目はもう碌に動ける様な状態では無く、後ろに回られてその背中まで斬られているのだ。

 コレに俺は「もう楽にしてやったらどうだ?」とキョウに言いたくなった程である。


 さっきの時間差でやって来ていた「暴龍」の構成員たちも既にもうあと一人を残して全滅させられている。物凄く処理が早い。

 それだけ今回やって来ているカチコミ要員は鍛錬を積んで来た強者と言う事なのだろう。

 同数で対峙して、こうも短時間で相手を制圧、殲滅する力量は恐ろしいと言えるレベルだ。

 その強さには「特殊軍隊か?」とか俺は思ってしまった。


 俺は一体何を見させられているのかな?とすら思い始めた頃には決闘に決着が付きそうだった。

 頭目が膝を付いて今にもぶっ倒れそうになっているのだ。


 でもここまで来てもキョウの動きは変わらなかった。

 冷酷、徹底、残酷、徹頭徹尾、この頭目を痛めつける事を止めない。

 絶対に致命傷など与えない。


 頭目がこれに耐え切れずに「自害」をしようと剣を自らの首に持って行っても、それすら許さないとばかりにキョウはその動きに先んじてソレを阻止している。

 こうなるともう「狂気」すら見え隠れしてきているなと思ってしまう。

 キョウの怒りの深さは如何ほどだと言うのだろうか?俺にはどうにも理解できなかった。


 とは言え、終わりは訪れる。このまま放っておいてもじわじわと頭目は血を失い続けて失血死するだけだ。


 だけどもこのまま放っておかないのがキョウの「怒り」であるらしい。


「立つ気力も無いか?しかし私は許さない。」


 ここでキョウは頭目の腕を刺した。両腕。

 次にはふくらはぎ、コレも両方。


「ぐあぁぁッ!?・・・ぐッぅぅぅぅう!?」


 これまでの様な傷では無く、かなりガッツリとした深さにまでその剣刃は刺し込まれていた。


「ここで私が勝った時の「全て」を教えてやろう。「暴龍」の存在した痕跡を文字通りに「全て」消す。」


 手足を動かすにままならない「暴龍」の頭目はこれに痛みで声を上げる事も難しく、只キョウの説明を聞いて呻くだけだった。

 しかしその顔は物凄く怒りと悔しさで滲んでいて今にもキョウを「呪い殺してやる」と言いたげであった。


「そのまま無残に、無為に死ね。介錯などしてやらん。惨めさを抱えながらその大事な大事な命を落とすのだな。」


 キョウの冷たい言葉が響く。その頭目を見下ろす視線も冷ややかだ。


 そんな時にまた追加が現れた。今度は二十と言った数だ。


「うちが攻め込まれてるって聞いて急いで仲間を集めて来て見りゃ・・・一体どう言う事だ?」


 どうやら情報操作でもされてこいつらはここに誘き出されたと言った感じである様だ。

 この数を集めたのだろうリーダーと思わしき者が疑問を口にするが。


 ここでキョウがやって来たそいつらに警告する。


「ここでお前たちが大人しく捕縛される事を選ぶと言うのなら、命だけは助かるだろう。しかし、抵抗するというのなら、その先には死しか無いと思え。」


 この異常事態とキョウの言葉にその二十人の中から逃げ様と動く者が数名出た。

 かなり決断が早く、危険を即座に察知するとは中々の嗅覚だと思えたが。

 もう遅い。


「逃げ出そうとする者にも即座に死を与える。選べ。」


 逃げ様としたその者たちは即座に囲まれて斬り捨てられた。


 事前にキョウは連れて来たカチコミ要員たちに指示を出していたのだろう。

 逃げる者は即座に斬り捨て。この「暴龍」に関わっていた者たちを全員問答無用で許さない方向なのだろう。


 それでも自ら捕縛される事を選ぶ者にだけは慈悲を与えると言う事か。

 だけども誰もその手にする武器を捨てようとする者が出ない。


「・・・捕まってたまるかよおおお!」


 一人がそう叫んで近くに居た者に斬り掛かった。

 だけどもこの動きは予想通りと言った感じなのだろう。


 これを分かっていたと言わんばかりに攻撃は軽く躱されてカウンター。

 肩口から腹にかけて非常に深い斬撃によって斬り裂かれて致命傷。

 男はこれに即座に倒れ伏し、地面には血の海が出来る。


「どちらも選べない、などと言う臆病者にはせめて痛みを与えずに殺してやる。感謝するのだな。」


 このキョウのセリフに俺は「どっちが悪党か分かったもんじゃ無いな?」と言う感想を持つ。


 キョウは先程言った通り、「暴龍」を文字通り全て「消す」つもりなのだ。

 誰一人として残す気は無い、そう言った気持ちがその言葉から滲み出ている。


 恐らくはこの分だとキョウは伝手を使って国、政府の方にも働きかけているのでは無いだろうか?


 この「暴龍」の構成員の細かいメンバーリストなどはキョウの手元には無いだろう。

 そうすると全てを消すと言ってもだ。そう言った下の下、末端も末端の構成員たちへの対処がキョウの力だけではでき無いだろう。


 そうすると政府と言う権力を使わねば「完全消滅」などと言った事は目指せやしない。


 徹底的にやる、そうキョウが覚悟をしていると言うのであれば、この推測は大幅にはズレてはいないだろう。


 そうで無ければたかが一つの道場で出来る範囲を超えてしまっている、全て消すなどと言った思いは。


 そんな事を暫く考えていたら事は全て終わっていた。

 頭目は既に息絶え、捕縛されて堪るかと暴れた者たちは全員始末され。


「・・・俺の出番は?え?マジで無かった?」


 俺は只の見学者みたいになってしまった。「正規」の立会人はどうにも胸にバッジを付けた政府の役人らしき者である様だし。


「何の為に付いて来たのか分からなくなっちゃったよ。何かしら俺の方にも絡んでくる奴が居ると思ってたんだけどなぁ。」


 俺は別に魔法で姿を隠したり消したりしていた訳じゃ無い。

 だけどもこちらに近づいて来る者は誰一人としていなかった。


「何でだ?・・・腑に落ちねぇ・・・」


 俺の事が放置されたのは何者なのかをイマイチ判断し難かったからなのだろうか?

 確かにこの国では着られていない服を身に纏う俺の存在は「君子危うきに近寄らず」と言った事にもなるかもしれないが。


 今頃になってそんな事を思ってももう遅い。


「では、今回の件は全て報告を上げさせて頂きます。貴方の望みは叶います。どうか安心して頂いて結構です。」


 ここでキョウへと話しかけたのは最後の最後、ここまで一言も喋って来なかったその胸にバッジを付けた文官らしい男。

 どうやらキョウとは既に話は済んでいる様で最終確認と言った感じで口を開いた様だ。


 これにキョウは溜息一つ吐いて気持ちを切り替えた様で冷たい雰囲気が霧散した。


「恩に着ます。私の我儘を受け入れてくださり、どう今後この恩を返して行けばよいやら。」


 苦笑いになるキョウではあったが、しかしこの言葉の中身とは逆で文官の男の方は。


「いやいや、こちらこそ、今回の件はうちが恩と感じておりますよ。貴方が協力してくれたおかげでこの様に早期解決となりましたからね。お互いさまと言う事にしておいてください。まあ、それでもと仰られるのであれば、今後とも良い関係を築いて行って下されば幸いですね。」


 どうにもこの「暴龍」と言う組織は政府?としても頭の痛くなる集団としての認識であった模様。


(対処の妙案が思いつかなかった所にキョウの申し出?要請?請願?が入って急遽こんな展開になったのかね?)


 詳しい所なんて俺には分からない。けれどもしっかりと、ハッキリと分かっている事はある。


 俺が全く絡まないで事が終わったと言う事だ。

 昨日俺が命を狙われた事ですら、ミャンレンを狙った犯行のそもそもオマケでしか無く。


「まあ、たまにはこんな事もあるよね。俺が来なくても完璧に報復は完遂されていたって事だ。うん、俺は要らない子だったな。」


 ハハハとカラ笑いするしか俺にできる事は無い。


 キョウの道場の門下生たちは非常に強かったから俺の出しゃばる場面は無かったし。


 キョウと頭目の決闘に俺の入り込む余地はそもそも存在しなかった。


「それで、そちらの方は一体どなたですか?」


 ここでどうにも俺の事が気になった様でそんな質問が。

 キョウはどうやら俺の事は説明をしていなかったらしい。


「彼はうちの食客です。昨夜に「暴龍」に殺されそうになりまして。その怒りで今回の殴り込みを共にと、同行してくれたのです。」


 殺されそうになった、と言った言い方は正確では無いが。

 しかし俺の事を何も知らない相手に説明をするならそう言った風に言うしかないのだろう。


「まあ俺には出番は無かったけどね。キョウが全部解決しちゃったしな。」


「いえいえ、アナタがここに居てくれるだけで安心できます。心強い味方ですよ。」


「いやいや、俺居なくても全部何の問題も起きずに終わってるじゃん。居る意味無かったってば。」


 持ち上げられても何も出ない。現実問題、俺が居なくても事は全て順調に何のトラブルも無く終わっていただろうこの分であれば。


 こうしてこの後の後始末は国がやってくれるらしく、俺たちは道場に戻る事に。

 ここに来るまでの道をまたそっくりそのまま戻る。凱旋だ。


 カチコミを終えての門下生たちは「やり切った感」がパンパンの顔である。

 きっと今回の事の真相は流れずとも、噂は方々に飛び散る事となるのだろう。


 この度の一件で「暴龍」は消滅した。コレはきっと良い事なのだと思う。

 何かとこの「暴龍」関連で苦しめられていた人々は今回の事で解放され、きっとキョウの事を讃えでもして恩人などと思って密かに恩返しなどと言った事も考えるのかもしれない。


 こうして戻って来た道場にて。第一声が。


「お~、ま~、え~、らぁ~・・・そんな面白そうな事に俺を除け者にしやがって!どうして一声掛けて来なかったんだよチクショウ!」


 大声で悔しそうにそう言うダグだった。


「いや、ダグは今回の事に全くもって関係無いじゃん。面白い事でも何でも無いし、除け者とか言うのも違うよな。と言うか、失礼過ぎるだろ。こっちは被害者で、ダグはソレを揶揄うつもりでそんな事を言ってるのか?なら、もう俺はダグの事を信用しないぞ?」


 俺はマジトーンでそんなセリフをダグへとぶつけた。

 これにはダグが「え?」と言った感じでそんな対応をされるとは思っていなかったと言った感じで顔を驚きに染める。

 そして言い訳を口にし始めた。


「・・・いや、その、まぁ、なんだ、俺を戦力として数えて連れて行ってくれりゃ大暴れして助けてやれたんじゃねーかなと・・・」


「俺が付いて行ってもこれっぽっちも活躍の場が無かったんだが?全部門下生たちとキョウが綺麗サッパリと片づけて俺の出番なんて皆無だったんだが?」


 俺はそう、被害者だ。命を狙われた者として今回のカチコミに、報復に付いて行った。

 しかし蓋を開けてみれば俺の出番など無かった訳で。出しゃばる場面も起きず。


 そんな所に何の関係も無いダグが付いて来ていてもその「戦力」とやらを出す場面すら有り得無かった訳で。

 今回の事に何らの関係も無かったダグが付いて来ていたとしても、その助っ人としての役割すら達成できずに終わっていた事だろう。


 ここでキョウが今回のカチコミに付いて来てくれた門下生たちに声を掛ける。


「本日の稽古は無しだ。その代わりに、今回の件での感謝として私から酒を出す。思う存分に飲んでくれ。」


 そう言うと屋敷の方からドンドンと酒の入っているのだろう樽が十も二十も鍛錬場に運び込まれた。


 コレを見てダグが「やったぜ!」みたいな声を上げたがこれに冷たくキョウが。


「お前には一滴も飲まさん。無関係の者はさっさと出て行って貰おうか。」


 そう突き放した。これにはダグが「おい、そりゃねーだろ!」と言い返すのだが。

 それは流石に無いと思って俺もダグへとツッコミを入れる。


「いや、ダグって今回の事に何にも絡んで無いよな?関係者でも無いのに図々しく酒だけ頂くって、意地汚いとか恥知らずとか言った範疇を超えてるだろ。」


 俺の言葉が相当に効いたのかダグはその顔を愕然とさせて固まった。

 その後はトボトボと無言で首をうなだらせて道場を出て行った。


 きつく言い過ぎたかと思ったけれども、ダグのあの性格では一時的な物でしか無いと考えなおして心配を止める。

 既にもう門下生たちは酒盛りを始めていて鍛錬場の床には大皿に盛られた料理が次々と並べられている最中だった。


「さて、エンドウ殿も一緒に。」


 キョウがそう言って俺を誘うが。


「いや、俺何もしてねーしな。参加する資格無くない?」


 ダグに言えた義理では無いのだ。俺はあの場に居ただけで本当に何もしていない。

 キョウには「居てくれるだけで心強い」とか言った事を言われたけれども。

 それとこれとは話がちょっと違う様に俺は感じている。


 俺が居ても居なくても同じ結果が出ていたであろう事は明白だ。ならば遠慮もすると言うモノである。


「そう言わず。貴方は私の娘を助けてくれた。それだけで私は救われた。客人として迎え入れた勘は間違っていなかった。正しかったと言う事だ。」


「でも逆にだぞ?俺がそうやってここの世話になったからこそ、ミャンレンが危ない目に遭ったとか言った事に繋がるんじゃないのか?」


「そう言った事は全て私の責任の下にあるし、結果はこうして最上を得られたと言っても過言では無いのだから。エンドウ殿が何かを遠慮などする必要は無いのですよ。」


 キョウは俺に向かって超絶爽やか笑顔を向けて来た。

 確かにあの「暴龍」が以前からこの道場を目の敵?みたいな対応でいたのであれば、ミャンレンは俺が居ても居なくてもいずれは狙われていた可能性はある。しかもかなりソレは高い確率だっただろう。


 その危険が俺が居た事に因って回避、対策出来たと言うのならば、ソレはキョウの勘のおかげであると言えるか。


 そう言った事であるならば、別に俺は何ら自分を卑下する所も無いと言う事に繋がるのだろうか?

 ミャンレンを人質に取られたのを助けたのは確かに事実だし、その事に俺は何らの苦労も感じてはいないのでコレを「どうと言う事も無い」と言ってしまうとそれまでなのだが。


 それでキョウは「救われた」と思っているのだからソレを俺が否定する事もできやしない。


 こうして俺は微妙に納得したり、しなかったりと、ちょっとモヤッとしたモノを覚えつつも勧められるままにその酒盛りに参加するのだった。

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