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狙ってやってるの?止めといた方が良いよ?

「エンドウ、やりやがったな?」


「ダグもソレを見越してアレを買ったんじゃ無いの?」


「・・・へッ!バレたか。俺もお前も相当儲けが出せた。会場は盛り上がって元締めは嬉しい。良い事尽くめだろ?」


「負けた人たちは大損こいて泣いてると思うけど?」


「ここの主人はそうやって負けた奴の悔しがったり恨めしがったりする奴らの面を拝むのが好きな変態なんだよ。今頃会場を見渡せる所で大笑いして腹を抱えてる所だろ。だからコレで合ってるのさ。」


 ダグは直ぐに俺がやった事だと看破した。俺があのレースで何らかのアクションを取る事を見越していたと。

 ソレは大きな大きな「賭け」でもあったと思うが、俺はそれにまんまと乗っている事になる。

 ダグがある程度は俺をそうする様にと誘導していただろう事は何となく分かる。

 所々でダグの買ったニワトリを勝たせる為に俺へと聞かせる言葉を色々と選んで喋っていたに違いない。


 そんなダグの言葉に誘われて俺はレースで「十枠」を勝たせる気持ちになって不正とも言え無い不正をしてしまっている。


 まあその件で俺は悔しくも思っていないし、反省もしていない。寧ろちょっと楽しかったくらいである。


 あの「十枠」は既にもうさっきのレースでの姿は無く、大人しくなってしまっている。

 もうあの勇姿は今後二度と見る事は無いだろう。

 今日のこのレースは語り継がれる様になる程と言える内容であった。観客たちはこの日を忘れると言った事無く何時までも酒の肴にして話をするのだろう。


 ダグとそんな会話をしているとレース開始前に司会?をしていた男がやって来て俺に大袋を渡して来た。


「アンタ、すげえよ!これまでに無い金額が動いてるぜ!大穴も大穴だ。これまでの払い戻し金額で堂々の第一位だぜ!ダグの旦那も、ほら、こいつを受け取ってください。」


 どうやら連れて来た「十枠」の勝った賞金なのだろう金をダグは受け取る。


「はっはッは!勝った勝ったぜ!さてと!こいつでパーッと飲み食いしようやエンドウよ!」


 ダグは会場を出る。その横には鶏。あの「十枠」を連れている。


 大金の入った袋を手に持って、鶏の繋がっている紐を開いている手で引く。


 そうしてやって来たのはその鶏を買った店。


「ダグの旦那、どうしちまったんだ?そいつで勝ったんで?」


 現れたダグに爺さんは不思議そうな顔を向けてそう言ったのだが。


「おうよ!ほらよ!これはおこぼれってヤツだ。コイツに上手い豆をたらふく今回は食べさせてやってくれ。」


 ダグは店の爺さんに袋からごそっと金を掴み取って手渡す。

 これに驚く爺さんはしかし直ぐに顔をほころばせる。


「おうおう、こいつは何とも嬉しいこった!こいつには感謝しないとな!」


 そう言って返却された鶏を爺さんはニッコリ笑顔で何度も優しく撫でる。


「それじゃあまたな!」


 ダグはそう言って店を出た。これに俺はどう言う事なのかちょっと尋ねる。


「あれ、返すものなの?」


「ああ?何時までも俺が面倒見て飼えってか?そんな面倒な事できるわきゃねーよ。ここは貸出だけだ。さてと!そっちの裏の方に行くぞ。」


 どうやらレンタル屋だったらしい。とは言え、しっかりと購入できる店とかもあるんだろうこの言い方だと。

 購入した者は「オーナー」にでもなって鶏を鍛え、レースに参加させて賞金を得たりとかを目指すのかもしれない。

 そしてそう言った店があるなら、鶏をトレーニングさせると言った商売なども有ったりするのかもしれない。


 とは言え、今回はここまでだ。そう言った店の色々があるのかどうかを確かめるのはいつか気が向いたら確かめに行けばいい。


 今はダグが人の通りの少ない暗い道に入って行く。その後ろを俺は付いて行く。


「はいはい、御出でなすった。大儲けした奴らから金を脅し巻き上げてる馬鹿共がよ。」


 ダグはそう言って笑う。その目の前には五人の黒づくめの者たちが道を塞いでいた。


「金をこちらに渡しな。そうすれば命だけは取らないでおいてやる。」


 そう脅して来たのは五人の内の中心に立っていた男。その言葉の直ぐ後に此処まで来た道を塞ぐ様にして俺の背後に四人の黒づくめが現れる。


「俺を誰だか知ってて言ってんのか?あぁん?」


 ダグは凄んで見せたが、黒づくめはここでサラッとソレを受け流す。


「知っている。アンタが一人だったら俺たち九人がかりでも勝てやしないだろうな。だが、アンタは守らなきゃいけないお荷物を抱えている。違うか?そいつの命が惜しくば金を置いて行って貰おうか。」


「・・・え?俺って人質扱い?いやー、ソレは新鮮だなぁ。」


 どうにもこの黒づくめは俺の事を全く以って勘違いしている。この事に俺はこの場に相応しくない呑気な声でそんな言葉を漏らしてしまった。


 さっきまでの緊張感が「ぽかーん」と言った空気に変わっている。


 とここでダグが大笑い。


「ガハハハハハ!エンドウがお荷物?人質?だから、金を置いてけって?ぶはッ!ブハハハハハハ!こりゃ傑作だ!うは!うは!ウハハハハハハハ!」


「いや、笑い過ぎだろダグ。声がデカ過ぎてうるさいぞ?」


 ダグの笑い声が暗い通りに何処までも響いて行く。

 これに黒づくめたちは何とも言え無い空気になっていて。


「・・・ならば少々の痛い目を見て貰って気を変えて貰おうか。」


 黒づくめの中から四人。前と後ろで二人づつがナイフをその手に俺へと近づいて来る。


「ダグ、どうしたら良いと思う?」


「あぁ?こいつらいつもこんな下らん事ばっかりやってやがる腐った連中だ。人の命だって何とも思っちゃいない。これまでにこいつらが奪って来た金額と命の数を考えてみろよ。」


「ああ、だったら全員逃がさずにやっちゃうべきだな。」


 黒づくめで顔を隠しているというのは、顔バレしたらヤバいと理解できているから。

 何がヤバいって?ソレは犯罪者として身バレが怖いからである。

 自分たちが捕まったら罰として執行される刑がどの様なモノとなるのかを解っているのだろう。


 それでもこいつらは金に目が眩んだ。ダグと言う強力な存在を相手に、俺と言う「お荷物」があれば下手な事にはならないと甘い見込みで。


 幾ら犯罪者で、命を軽く見る者であろうと自分の身はさぞ可愛いだろうに。


 相手が死ぬ事しか頭の中にない。自分が死ぬ事を一切考えたりしない楽観さは救い様が無い。


「馬鹿に効く薬ってのはコッチの世界にも無いんだろうな。もしあれば俺が欲しいくらいだ。」


 ダグは動かない。その事を相手は都合良く考えているのだろうか?

 別に動かないのはダグが俺の事を何も心配していないからなだけなのだが。


 ダグのその様子からそんな事を連想できる様な黒づくめたちでは無かった。


 俺に少しづつ近づいて焦らし、ちょっとでも恐怖を植え付けようとその手のナイフをチラチラとこちらの視線に入る様に掲げる四名の黒づくめ。


 そして、俺に雑に斬り掛かって来た。四人同時に。


 その攻撃は俺を殺そうとするものでは無く、只傷付けるのを目的とした殺意の無い、しかし悪意の籠もったもの。


 腕、脚、肩、背中。それぞれが別々の所を狙って切り付けてきたが。


 ソレを無抵抗、無防備で食らった俺は当然の事ながら一切の怪我など無い。


 代わりに、ここまで俺たちと話をしていた黒づくめのリーダーらしい男が呻き声を上げる。


「ぐえッ!?な、なんだ一体コレは!?何で俺が!?」


 そんな事はもちろん俺がやった。切り付けられた部分と寸分違わぬ位置へと俺が魔法で傷付けてやった。


 魔力をソイツに流して、そして同じ個所をザックリと。魔力を操作して相手に傷を付ける何て俺にとっては朝飯前だ。


 相手を相当にびっくりさせられた事は大成功である。


 相手側は何が起きているのかすら予想も出来ないでいる事だろう。まるで奇術としてその目に映る事だろう。


「さて、楽しんでもらうとしよう。おや?どうしたのかな?俺の事を脅すんじゃ無かったのか?その為に致命傷にならない部分を切り付けて来たんだろ?だったら、さあ、もっと切り付けて来いよ。俺は一切の怪我何てしてないんだぜ?」


 さて、ここで残酷、奇術ショーの始まりだ。


 俺は切り付けて来た黒づくめ四名を魔力固めからの操作で自由を奪う。

 そしてその四名を操ってドンドンと俺を切り付けさせた。


 もちろんこれに怪我をしない。俺は。そう、俺は。


 そんな俺の代わりに悲鳴を上げるのは黒づくめリーダーの男。

 その体には次々に俺が負うはずだったナイフによる傷が瞬く間に増えていく。


「や!ヤメロ!お前たち何で!クソ!どうなって・・・ぐぁ!?ぎぃぃぃい!?どうしてソイツが受けるハズの!?うがッ!の、呪い使いなのか!?・・・うぎゃ!?」


 切り刻むというのはこう言う事なんだろう。もう黒づくめリーダーの身体には傷が付いていない部分の方が少ない位になっている。

 それとどうやらこの国では「呪い使い」なる者が存在しているというのもこのリーダーの言葉から知れた。


 さて、敢えて致命傷になる部分を避けて切り付けているので中々に死ぬ事も無く、苦痛が続いている事だろう。

 しかし失血はしていてその内に意識が無くなってそのまま死ぬ事となるのは明白だ。


「エンドウ、お前ってものスゲーえぐい事するんだな・・・」


 ダグがドン引きしている。この一連の現象は俺が起こしていると見抜いている様だ。


 そしてその内に悲鳴が聞こえなくなった。恐らくリーダー死亡。


「じゃあ次な。」


 俺は容赦はしなかった。リーダーが死んだなら残っている者たちの番である。

 魔力固めを既に展開してあって誰も逃げる事は叶わない。


 こうして俺は「一人も残す事無く」黒づくめたちを片づけた。


「エンドウ、お前、性格悪いな。」


「何でだよ?こんな事楽しくも何とも無かったぞ?性格悪いだなんて人聞きの悪い事を言うなよ。」


 黒づくめたちは充分以上の恐怖を抱えて死んでいったに違いない。

 何せそのナイフが俺に振るわれる度に仲間が傷つき、死んでいくのだから。

 そしてその内にその標的は自らに移るのだと分かればソレはどれだけの恐怖だろうか?

 これまで自らが犯して来た罪の集大成に釣り合う罰だとして受け入れて反省くらいはしただろうか?


 黒づくめたちは最後まで何処までも憐れだった。何せ自分を殺す攻撃を、仲間を殺す攻撃を、自分の意思では止められずに次々と繰り出す事になり続けたのだから。

 そんな体験なんてする機会など一生有り得ないハズの物である。ソレはどんな気持ちだったのだろうか?


 まあそんな事に一々思いを馳せるのは無駄な事だ。相手はクソな何処までも凶悪な犯罪者である。同情の余地無しだ。


「ダグ、美味い店に行くんだろ?案内よろしく。あ、コレ、死体はどうするべきだ?通報?」


「あん?よくもまあ、あんな事をしておいてそんな呑気な事を口に出せるなエンドウはよ。流石に今回の事は俺でもちょっとどうかと思うぞ?」


 ダグはどうやら俺のやった事が納得いかない様子。

 それならそれでダグがひと段落付いたと思える事後処理をしてくれれば良い。

 その事をダグに言えば「仕方がねーな」と言って俺を置いて何処かに行ってしまった。


 それから二分だか三分後にダグは統一した武装の兵士を八名連れて戻って来る。


「おう、後は頼んだ。ほれ、行くぞエンドウ。飲まなきゃやってられねーぜ。」


 小さく溜息を吐いたダグはそう言ってさっさと歩き出してしまうので俺はその後に付いて行く。

 どうやら死体処理は連れて来ていた八名の兵士に任せるらしい。


 こうしてダグに連れられて入った店はこれまでに入った事の無い店。

 店内の雰囲気はまるで高級中華のレストラン。


 料理と酒がテーブルに所狭しと並べられて、ソレをダグは上機嫌で食べる、飲む。


「がはははは!今日は面白かったぜ!エンドウが居れば儲け放題だな!」


「利用されてんな、とは薄々と感じてたけどね。」


 ダグは俺が魔法を使える事を知っている。ソレを利用してこうして「賭博」で儲ける事を何処かしらのタイミングで思いついたんだろう。


「もう好い加減にダグを俺に付けるのは無しで良いんじゃないか?ケンフュ。どうなんだ?」


 俺は部屋へと入って来た人物に対してそう言ってみた。

 そう、ここは個室であり、そこに俺を毛嫌いしている節のある、ダグを雇ったケンフュが入って来たのだ。


「貴方は良く分からない。確かにもうダグの監視は要らないかもしれませんけど。だからと言って依頼の解除をしてもダグは勝手に貴方に付いて回ると思いますが?」


「おおおい!そりゃねーだろ。もうちょっと稼がせてくれよ。」


「いえ、ダメですね。これ以上ダグを付けていても何も分からなさそうです。本日をもって私からの指名依頼は完了。ダグ、ご苦労様。支払いはちゃんとするわ。」


 ダグがこれに「マジかよぉ~」と情けない声を上げていた。

 確かダグは「楽して儲けられる」とこの仕事を喜んでいたのでもっと日数を稼ぎたかったんだろう。


 だけども依頼主がこう言ってしまえば、そこはもうダグが何処まで縋ろうがケンフュのこの性格だ。多分引き延ばしは無理だと考えて良いだろう。


「で、ケンフュは俺への評価ってどうなったんだ?」


 ケンフュは開いてる席に座って勝手に杯に酒を注いで飲む。そして出ている料理も摘まむ。

 これらはダグが金を出しているのだが、ケンフュはダグへと「貰う」の一言すら言わずに俺へと苦い顔して言う。


「さっきも言いました。分からない。ソレが貴方への素直な評価だわ。本当にこの国に観光?まだちょっと信じられ無い。けれど、貴方の素の反応を見ても何処かしらの間者などとは到底思えなかったし、只の悪人とも思えなかった。まあ、あの九名を切り刻んだ事へは少々、と言うか、残酷過ぎるとは思いましたけど。」


 澄ました顔でそんな言葉を口にするケンフュは黙々と酒と料理を堪能している。


「で、そんな俺をどうする気だ今後?」


「・・・何も。これまでの報告とこの目で見た結論を言えば放っておいても大丈夫そうだ、って事くらいね。取り合えずは監視を外して放置、とまでは言わないけれども、動向を探る様な真似は止めるわ。大きい問題を起さないでいてくれればソレで良いわね。」


「そうしてくれると俺もこの国を純粋に楽しめる様になれるから助かるね。」


 他人にずっと見られながらは流石にと思わざるを得ない。なのでケンフュが引いてくれるというのは有り難い。


「とは言え、何か起こせば即座に対処するわ。くれぐれも心に刻んでおいて。」


 そう言ってケンフュは酒と料理を満足いくまで食べ飲みしてサッと席を立ち出て行った。


「あのやろ・・・好きなだけ食って飲んで、挙句に言いたい事を言うだけ言って帰るとか。俺に礼の一つも無しかよ・・・」


 ダグはダグでそんな文句をケンフュに対して口にするが、そんなのは本人がこの場を出て行く前に口にするべき言葉である。

 突っ込みを入れるなら本人が居るその目の前で言うべきであるからして。もうこの場に居なくなった相手に対してダグのこのボヤキは届かない。


 この後は俺とダグで食事と酒を堪能してから分かれた。

 ダグは報酬を受け取りに。俺は世話になっている道場に戻る。


 そうして帰って来た道場はどうにも剣呑な空気に包まれている様に感じた。


「戻って来やがったぞ。囲め。」


 俺がその雰囲気に引かれて鍛錬場の方へと様子を見に行ってみれば俺は即座に周りを囲まれる。

 それは俺へと逃げ場など与えないとばかりの素早い動きだった。


 そいつらはどうにもこの道場の門下生であると見受けられたのだが。

 その中に俺へと喧嘩を売って来た男たちがいたのだ。


 総勢で十八名の、その手に武器を持った者たち。その武器は刃引きされた鍛練用の物では無い様だった。

 真剣。こいつらは俺を殺すつもりか、そうで無くても「死んでも構わない」くらいの事を考えているとこれには一目で分った。


「一応聞くけど、何が望みなんだ?」


 俺はこの集団のリーダーが分からないので顔を上に向けて言う。手っ取り早く目的を単刀直入に聞く。

 今朝に俺に喧嘩を売って来た男がこいつらのリーダーだとは何故か思えなかった。


「お前がこの道場から出て行く事だ。コレを断ればどうなるか分かるだろ?」


 俺の勘は当たった。俺の背後からその答えが返って来たからだ。その声は今朝に喧嘩を売って来た門下生のモノでは無い。

 しかし俺はそちらを振り向かないで言う。空へと向けて。


「俺を殺すのか?」


「この人数に勝てると思ってるのかよ?馬鹿なのか?」


「もうさ、人数が多いから有利とか、武器をチラつかせて脅すとか、そんなのこれまでにウンザリなくらいにそう言う目に何度も遭ってるんだよ。うん、飽きた。お前たちみたいな考えを持ってる奴らに絡まれるの。何処行っても遭遇するんだもん。嫌になるよ。毎度同じ事を繰り返されるんだぞ?実に、実に、その中身も似たり寄ったりだ。何なんだよ、全く。」


「あん?てめえ、俺たちを舐めてやがるな?自殺志願者か?えぇ?おい?」


 コチラを小馬鹿にする感じで笑うその背後の男。俺の口にした言葉なんて話半分以下に聞いて、そして俺の事を何処までも下に見ている。


 しかし俺が一向にそちらを向かない事で怒りを滲ませてこう言って来た。


「ならコレでどうだよ?」


 そこに連れて来られたのはミャンレン。男二人に刃を首筋に突きつけられて迂闊に動けない様にされている。


「お前はこの道場の食客だ。なら、大事な大事なこの道場の娘の肌に傷が付くのは避けたいだろ?」


 男の声は下品な響きを含んでいる。俺がどう転ぼうがミャンレンを後々で傷付ける気がマンマンなのがそこから簡単に読み取れた。


 一瞬ミャンレンもこいつらの仲間で、茶番を演じているのかと思ったのだが、本気で顔を青くしているミャンレンを見てそうでは無いのだと確信は持てた。


「お前らは、一部、この道場の門下生じゃ無い、な?見た顔はチラホラ居るけど、その他の奴らを俺は見かけた事が無い。」


「・・・はッ!中々勘が鋭いじゃないか。正解、と言ってやっても良いが。それ以上を俺たちが口にする事は無い。」


「誰に頼まれた、とかは一切俺は聞く気は無いんだ。どうせそこに居る奴が騒いだのを利用して付け込んだんだろ?」


「ああ、なんだ、そこまで分かってるのかよ。ソレで合ってるぜ。だが、俺たちが何処の者かは教えられんな。」


「かなり余裕があるんだな?俺とこうして無駄に問答なんてしてくれて。随分と優しいな?」


「ここの道場主、今夜は会合で遅くなるんだよ。だから、お前らを充分痛めつけて始末を付けるのに幾らでも時間を掛けられるのさ。」


 喋りたくても容易に喋れないミャンレンはずっと俺たちの会話を聞く事しかできない。

 しかしここで一人空気を読まない奴が居る。


「さっさとこいつを袋叩きにしちまいましょうよ!どうせ詐欺師がこの世から一人消えるだけなんだ。さっさと思い知らせてしまえば良い!こんな奴死んで当然だ!俺たちを馬鹿にしやがって!」


 今朝に俺に喧嘩を売って来て、キョウに拒絶されてしまった例の門下生である。しかも逆恨み。

 俺は彼らを馬鹿にした覚えは無いのだが。まあ、相手がそう思ってしまっているのなら、どのみち訂正もできやしない。コチラから謝罪する様な話でも無い。


 だから、代わりにこう告げる。


「一度だけしか言わないから、ちゃんと聞いてくれ。まだ、引き下がるなら今の内だ。俺の気が変わらない内に、返り討ちにされたくない者はさっさと出て行け。ここを去れ。」


 俺はここでしっかりと警告を発してやった。これには俺の願いも込められている。

 こんな面倒臭い展開をどれだけ俺が経験して来ていると思っているのか?こいつらはそんな事は知らない。


(今日だって黒づくめをやって来てるんだぞ?何で日に二回も三回もこんな事せにゃならんのだ)


 この場は引いて俺の手を煩わせないでくれるならそれに越した事は無い。

 全員でなくて良い、たった数名、俺のこの忠告に「危険」を察して今このタイミングでここから去って出て行ってくれるだけで、俺の心は多少は救われるのだ。


 だけども全員がこの場に残る。誰一人として去ろうとする者は現れなかった。がっかりだ。


 だから先ずは人質の解放から始めた。


「さて、ミャンレン、コレで動けるだろ?さっさとそこを退いて壁際にでも寄ってこの後の事を見物でもしていてくれ。」


「・・・え?」


 既にミャンレンに剣を突き付けていた二名を「魔力固め」から操っている。

 もう解放されていると言うのにミャンレンは呆けて自分の今の状態を理解できずにいる。


「あ・・・わ、私も戦うわ!こんな奴らに好き勝手はさせな・・・え!?あ?え!?あ?」


 俺はここで参戦しようとしたミャンレンも魔力固めから操って壁際に避難させる。

 ミャンレンのその気持ちは分からないでもないのだが、ウロチョロされたら邪魔なだけだ。


 そう、俺はもう今、面倒臭くなったのだ。悪い傾向である。


「はぁ~。ダメだダメだ。イラついて仕方が無い。けど、我慢だ。」


 思わずこの場の全員を捻り潰そうと考えてしまったが、コレを抑える。


「取り合えず、門下生たちは後回しにして、先に問題の「裏家業」の方達からお相手しますかね。」


 俺はここでこの道場で見た顔の者たちだけに魔力固めを施す。

 呼吸はできる様にさせてはやるが、指一本動かせない様にする。


 その場で固めたので「裏家業」の者たちはまだ門下生たちが完全に動けなくなっている事が分かっていないらしい。


「おい!てめえ何で人質を放してやがる!・・・ちッ!おい、もうこうなればヤるぞ。一斉に掛かれ。」


 ミャンレンを拘束していた二名が何らの反応をしてこない事でリーダーを張っていた男らしき人物が短慮を起した。


 もう俺との会話を楽しむつもりは無くなったらしい。まあ人質が勝手に解放されてしまってはそうなるか。

 周囲の様子がおかしくなっている事はどうやらその男の目には映っていない様子。


 まあ既に周囲はかなり暗い状態にまでなっている。ダグとの飲み会?でそこそこに時間を使ったので既に夕方を過ぎている。

 多少の違和感を目にしても錯覚だと思ってしまっている部分もあるのかもしれないが。


 俺に向かって斬り掛かって来るのは三名だけ。そう、総勢十八名の内、四名は「裏家業」の者たちなのである。

 指示を出している男は動かない。だけども「一斉にヤレ」と言ったにも関わらずに動いたのはたったの三名、しかも自らの所の兵だけな事をどうやら変だと思った様で。

 その眉間には皺が寄ったのだが、ソレも一瞬だけ。その三名で俺を斬り殺せる、或いは無力化が出来ると思ったんだろう。直ぐに顔を元に戻していた。


「まあ、無駄な足掻きだよなぁ。いや、向こうは別に追い詰められていると思ってる訳じゃ無いんだから、この言葉は使い所が違うか。まあ、直ぐにでもそう言う状況に陥るんだろうけども。」


 構わず俺はその三つ同時攻撃を無防備に受ける。


「・・・ぎゃああああ!?」


 斬り掛かって来た三名の内の一人、そいつの振り抜いた武器を持つ方の手首を俺は掴んでやった。


 多分そいつは俺が斬られた事で立っていられなくなって思わず手首を掴んで来たのだと思ったんだろう。

 ニヤ付いた顔でコレを見ていたが、ソレは直ぐに驚愕と悲鳴で塗り替えられている。


 そう、俺はそいつの手首をベッキベキに複雑骨折?粉砕骨折?してやった。


 只ちょっと本気を入れた身体強化で握ってやったに過ぎないのだが。

 まあ、その効果は言わずもがなである。直ぐに医者にでも見せて対処をしなければ恐らくその握り潰された腕は今後使い物にならなくなる事だろう。


 この悲鳴に直ぐに動き出して俺へと斬り掛かって来たのは指示を出していたリーダーの男。

 その行動力と即断できる所は流石だと言いたい所ではあったが、向こうからしてみればそんな事をターゲットの相手に褒められた所で嬉しくも何とも無いだろう。


「俺程に一日でこんなにも斬られた回数が多い奴は世界広しと言えども存在しないだろうな。ギネス記録になるわ、マジで。」


「クソが!死ね!」


 何をしやがった、と問う事もしない。様子見など一切無し。

 そのリーダーの純粋に殺す事を求めたその一撃は無駄に終わる。


 だって俺はその斬撃を食らった所で被害の「ひ」の字も受けないのだから。


「ちッ!何か仕掛けがあるはずだ!お前ら!また同時に掛かるぞ!」


「諦めるとか言った選択肢は無いのかよ・・・」


 このまだまだヤル気な様子に俺は何処までもウンザリさせられた。

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