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朝の鍛練風景とニワトリ

 俺がここの食客となっている間、ダグが迎えに来る。その事をミャンレンに伝えた。


「その際にダグは門下生たちに稽古を付けてやる約束になってるんだよ。だから、今のあれって訳だ。遠慮しないでミャンレンも一手教わってくれば?」


「なにそれ・・・何でそんな条件付けたのかしら?別に知らない仲な訳でも無いのに。まあ理由は分かったわ。けど、貴方の事はまだ全然分からない。うちに門下生として引き入れたりするんじゃ無くて食客だなんて。どうしたらそう言った事になるの?」


「勘、とか言ってたよ。多分説明してもミャンレンには分からない事なんじゃないかな。で、良いの?せっかくなんだからダグに一撃入れて来る?」


「私は別にダグおじさんから学ぶ事なんて無いわ。それよりも、貴方、私と勝負しなさい。」


「えー?俺なの?気が進まないなぁ。やめようよ?な?キョウもきっと知ったら怒るんじゃない?」


「良いのよ!さっさとやるわよ!貴方の力がどれ程の物なのか、私が見極めてあげるわ!」


「見極めるって・・・上から目線とか、何なの?」


 ミャンレンは構えてしまう。俺とやり合う気マンマン。きっとキョウに構って欲しい為にこうして俺に喧嘩を売って来ているんだろう。


「絡まれるのは覚悟していたけどね。でも、こうなるともう面倒にしか思えなくなってくるのがなぁ。」


 本日二度目とか。流石にこれ以上は無いと思いたいが。二度ある事は三度あるかもしれない。


 ここでダグの方をチラリと見ればまだまだ暴れていてこちらの事に気付いていない。

 ダグにミャンレンを止めて欲しいと思ったのだが、しかし俺は考え直した。

 どうせダグがこちらに気付いたら「面白そうじゃねーか!」と言って囃し立てるに違いないと思って。


「こう言うのはさっさと黙らせるに限る。けど、どれ位の力を見せれば分かってくれるのかねぇ?」


「何をゴチャゴチャ言ってるの?ヤル気はあるのかしら?無くても・・・行くわよ!」


 ミャンレンが踏み込んでくる。その速度はそこまで目で追えない程ではない。

 しかしそこで俺の顔面前に突き出されるミャンレンの拳に意識を集中したら、見失った。


 目の前からミャンレンが消える。


「え?フェイント?」


「隙あり!」


 俺は後頭部を蹴られていた。その威力に遠慮も手加減も無い。


「・・・おいおい、俺の事を殺す気だったのか?」


「な!?何で何とも無いのよ!?」


 驚いているミャンレンとは逆にちょっと俺はキレていた。

 いきなり人の頭、しかも後ろを思い切り蹴って来るミャンレンに対しては流石にちょっと思う所がある。


 相手の顔前に拳を突き出しギリギリまで視界と意識を奪い、ソレをいきなり外して消えた様に見せかけて一瞬で背後に回り込む技術は凄いと正直に思うが。

 そこから何の躊躇いも無く衝撃を与えると危険な部位に蹴りを当てにくるなんてちょっとどうかしてる。


 キョウとの対戦では俺は最初からしっかりと色々覚悟を決めて対応したから人体急所を的確に狙った攻撃を繰り出されても別に怒ったりはしなかったのだが。


 しかし相手はミャンレン、昨日会ったばかりの人物。ついでに言うとその人となりなども全く知らん。

 いきなり勝負しろと言ってきて、しかもこちらのヤル気が完全に無いのを解っていて、よくもそこまでサイコパスな行動が出来ると言うモノである。


「ちょっと俺、怒ったよ?だから、反撃する。俺の事が分からない、って言ってたな?なら、俺はこう言う者だ。」


 魔力固めでミャンレンの足を止める。そしてそっとその目の前まで俺は近づく。


「な!?何で足が動かなくなったの突然!?ちょ!?貴方!何する気!?」


 俺はミャンレンのおでこを狙う。そう、皆大好きデコピンだ。


 バチン!と物凄く重い音が地味に響いた。


「いッッッッつったあああああああい!?」


「キョウ、娘の教育、失敗してるぞ?」


 俺はこの場に居ないキョウへと一言文句を溢した。


「おおぅ?なんだ何だ?面白そうな事になってんじゃねーか!」


 ダグがミャンレンの叫びに気付いてこちらを向いてそう言って来た。

 そしてまだまだ門下生たちがダグへと根性で張り付きながら攻撃を続けている中でコチラに少しづつ近づいて来る。

 どうやら避ける方向や反撃、受け流しする向きなどを計算しながら攻撃を捌いてこちらに寄って来ている様で。


「ミャン、お前まさか腕が鈍ったんじゃねーだろうな?おん?エンドウに一発食らって目が覚めたかぁ?あぁん?」


 ダグがミャンレンを挑発した。これに反論するミャンレン。


「ちょっと!失礼ね!ダグおじさんにそんな事言われる筋合いは無いわよ!そっちこそ鍛錬しなくなってそのお腹が弛んで来てるんじゃないの!?」


「ガハハハハハ!なら試すか?お前の蹴りを無条件で一発腹に受けてやっても良いぞ?衰えたかどうか確かめさせてやるぜ!そのへなちょこな蹴りを俺の腹にめり込ませてみるんだなぁ?」


「な、なんですってぇ!?」


 俺が与えたデコピンの痛みでどうにもミャンレンは冷静さを欠いた様で。


「今直ぐにその顔を苦痛に歪ませてやるんだから!」


 既に魔力固めを解いていたので自由になっていたミャンレンが動き出す。

 先程までの言葉は何処へやら。俺の事など放って一気にダグとの距離を詰めるミャンレン。


「はあああああッ!」


 ミャンレンが勢いを付けたサイドキックを放とうとした時にはダグはもう門下生たちを吹き飛ばして受け止める構えになっていた。


「ふんぬ!」


 ダグはミャンレンの蹴りのインパクトに合わせて力んだ。結末は。


「はっはッはッ!どうしたミャン?俺の顔はどうなってる?」


「くぅううううううう!?ちっともめり込まないってどう言う事!?ダグおじさんのクセに!」


 ミャンレンの中にどういった理屈があるのかは知らないが、どうにもダグの事を下に見ている様な感じだ。

 しかしダグはその事を別段何とも気にしていない様子などころか、どうにもその事を面白がっているみたいである。

 ニッカニカに笑ってミャンレンを何時までも煽っている。


「へいへいへーい!どうしたどうしたぁ?ご自慢の蹴りが通用しなくてカナシイでちゅか~?」


 と言いつつ拳を握ったダグがミャンレンに反撃を一つ繰り出す。


「そーらよっと!」


 そのまま拳を当てるのではなく、添えて、そして力で押し出すと言った感じでミャンレンを吹っ飛ばしたダグ。


「おおッと!怪我をさせちまうと後でキョウがうるせえからなぁ。手心は加えてやったんだ。有難く思えよ?それじゃあ今日の稽古は終わりだ。お前ら、精進しろよ?がッはッはッは!それじゃあ行くぞエンドウ!」


 吹き飛ばされたとはいえしっかりと着地には成功しているミャンレン。


「もおおおおおお!くやしいいいいいい!ちょっと待ちなさいよ!もう一回よ!もう一回!あ!ちょっと!あーもう!」


 どうやらミャンレンは先程の蹴りに自信があった様なのだが、ソレが簡単に受け止められて、そして反撃まで見事に食らった事が納得いかないらしい。


「あれ放っておいても良いのか?」


 さっさとダグが俺を誘って道場を出てしまった事でミャンレンはコレを止めるタイミングを失って余計に悔しがっている声が響いている。


「アレくらいで切り上げねーとしつこいからな。無視だ、無視。わッはッは!」


「でも、明日の朝も来るって言うんだったら多分絡まれるよ?」


「おおっと、そうだったそうだった。そん時はキョウにミャンを止める様にお前が頼んでくれよ、良いだろ?」


「え?そんな都合良く行く事なんてあるはず無いんじゃない?」


「よろしく頼むぜ?」


 そんな会話をしながらダグの案内に付いて行って大通りに出た。


「で、今日は何処に行こうって言うんだ?」


「おん?何だ、昨日エンドウが言ってたじゃねーか。例の機関のある場所に連れて行ってやるよ。」


「・・・それって許可が必要なんじゃ無いの?その話はエルーからの連絡待ちだろ?」


「別に殴り込みで敷地内に勝手に入ろうって訳じゃねーんだ。外から眺めるだけだ。」


 そんな事を言いつつもダグが物凄く悪い顔になっているのを俺は見逃してはいない。


(エルーへの嫌がらせ、かな?ダグってそう言ったみみっちい仕返しする性格、持ってるって言えば、持ってるんだよなぁ)


 俺が内心でそんな事を思ったのを察知したのかダグが「何か言ったか?」と振り向いて来たのでここで「何にも言って無いけど?」とスルーしておいた。


 そうやって通りを進めばダグは目立っている。どうにも「有名人」と言った騒ぎで。

 とは言え、道端からいきなり「サインください!」とファンが駆け寄って来ると言った事では無いのだが。


 視線が妙にダグに注がれていると言った所。何でこの通りに?と言った、どうやら普段は全く通っていない道を歩いていると言った感じだ。


「なあダグ?その建物を外から眺めるだけって言うけど、絶対に他の事考えてるよな?何企んでるんだ?」


「企んでるとは人聞きの悪い事を言うぜ。俺は別に悪事を働こうって思ってる訳じゃねーぜ?エルーの手間を省いてやるつもりなだけさ。」


「ソレを企んでるって言うんじゃ無いの?何事も無いならソレで良いんだけどさ。面倒だけは止めてくれ?」


 そんなやり取りの後に到着したのは巨大な壁。


「まあ重要そうな研究機関らしいし?こうした防壁とかあるのは予想していたけどね。それにしても高いな?」


 4mは超える高さの壁はその機関の広大な敷地を囲っている。


「さて、ここの回りを一周、散歩しようぜ。」


 何かしらの意図があるのか、ダグは俺にこの壁の回りを歩かせ一周させる気である。

 それくらいなら別に構わない。ここで暴れて問題を起こすと言った事をさせる気ではないのならば。


 そうして時間を掛けてぐるりと一周する事になったのだが。結果は。


「なあダグ?ここ、入り口は、何処だ?」


 門が無いのだ。この壁、何処にも門が付けられていない。これでは外からは中へと入る事が出来ない。中からも外に出られ無い。可笑しな作りだ。

 壁の高さも相当な物なのでコレを無理やり登って中へと侵入、などもちょっと、出来ない事も無いが、難しい。

 難しいだけでは無く、そもそもその様な方法で入る事が正規の方法だとは思えない。直ぐにでも不法侵入として捕縛されてしまうのではないかと思う。


「な?おもしれーだろ?大抵の奴はここを初めて見るとお前と同じ反応するんだぜ?で、幾つかの種類に分かれる。」


「何その分かれるって。何か響きが宜しく無いぞ?」


「ここで普通の奴はな、疑問に思いつつも忘れようとするんだ。何でだと思う?」


「・・・普通じゃ無い場所は自分の近寄るべき所じゃ無いって判断するからじゃ無いか?」


「おう、そうだ。普通の奴ってのは疑問に思ってもそれ以上を無理に踏み込まねーから「普通」って言うんだ。理解の及ばねー場所は自分のいる場所じゃねーってな。そうして記憶を残さない様に忘れようとする。もし万が一にも関わって身の危険に晒されたら堪ったもんじゃねーからな。じゃあヤベー奴ってのは、どうだ?」


 今度は問題形式みたいにダグがそんな問いを俺に向けて来た。幾つか種類があると言っておいてこれではその結果が二択だと言っている様なモノに聞こえてしまう。


 しかし俺はこれにちょっと真面目に答える。好奇心猫を殺す。


「この壁を何とか超えて中を覗いて見たい、って言った感じになるんじゃないのか?」


「おう、ソレだとちょっとだけ正解だ。そう、ちょっとだ。まだまだ発想が足りねえ。」


 発想が足りないと言われてもこれ以上は何があるのかと思ってしまう。


「何処かに隠し扉とか、仕掛け扉が無いかどうかを探し始める、とかか?」


「ソレは只単に普通から多少はみ出て好奇心のままに動いてる、って感じだな。まだまだ許容範囲内って所か。ヤベーってのからは遠ざかったな。」


 ふふん、と笑うダグが妙にイラっと来る。なのでここでその「ヤベー」の定義は何かと俺はダグへとぶつけた。


「ヤバいって何だよ、ヤバいって。何がどんな風な方向にヤバいのかとか、もうちょっとこう、何か無いの?」


「単純なんだよな。もっと原始的な事をやりやがる。そんでもって・・・機関の奴らに見つかって、後は聞かねー方が身の為、ってな目に遭わされるのさ。」


 単純、原始的、そんな事を言われれば思いつく方法など大幅に絞られる。

 壁を越えようとするのは「ちょっと」なのであるならば。


「自分の知りたいと思っている事を邪魔している壁自体を壊そうとするのか?」


「おう、それで正解だ。ぶっ飛んでるヤバい馬鹿ってのは常識も法も全く考えないで自分の立場ってのが危なくなる事すら厭わねえ。そんでもって、大抵はそんな馬鹿をする奴は自分の事を強いと思っている勘違い野郎ってのが相場だな。」


 極端、そうとしか言えない。そしてそんな事を俺に教えるダグはどうなんだと思って視線を向けると。


「俺はそんなヤベー事はしなかったぜ?正規の入り方をしっかりと探って、かつ、国に許可まで取ってから入ったさ。本当だぞ?」


 不敵な笑みでそうダグが答えるのでコレはおそらくは本当の事を言っているんだろう。

 この場で嘘を言う意味がダグには無い。見栄を張る為に言ったと言った感じも無いのだ。


 俺はここで話の流れ的に興味本位でダグにその「入り方」を聞いたが。


「変な施設だと思ったけど、ちゃんと入り方があるんだな。それで、それってどう言った方法なんだ?・・・いや、別に今すぐに入る訳じゃ無いし、教えなくて良いや。」


 しかし俺は思い止まった。エルーには見学したいと言った旨を伝えている。なのでその内に許可などが出ればエルーの方から接触してくると思ったので入り方をこの場で聞かないでも良いと判断した。

 許可が出ずに見学が無理だと言うのであれば、ソレはソレでしょうがないと諦めるだろう。

 その時の気分で諦めきれないとなったらその際にダグに一応聞けば良い。そこまでここに入る事に執着してはいない。


「なんだ、つまらねえ事を言うなってよ。一緒に中に入ろうぜ?」


「壁があって眺められない。だから、中に入ろうって?どう言う理屈だよ。確かにダグは最初に建物を眺めるだけ言っていたけど。俺はこの奇妙な事になっている壁を知っただけで結構満足してるよ?」


「俺はエルーの手間を省いてやるつもり、ってのも言ったぜ?なら、ここへの入り方を教えてやるさ。興味が無い訳じゃ無いんだろ?」


 ニヤ付いた顔をこちらへと向けて来るダグは俺が断らないと心から思っているのだろう。


「いや、いいよ、遠慮する。後で絶対にエルーが溜息吐く事になるだろうからな。迷惑は余りかけるのは止そうぜ。ダグ、笑い方が何か企んでる悪党みたいに見えるぞ?だから、俺はそれに加担はしない。」


「おおい、本当に面白くねー事を言うなエンドウは。じゃあこの後はどうするってんだ?」


「ダグは今日はここの案内だけしか考えて無かったのか?それこそ、俺を舐めてるんだろ?断るなんて思ってもいなかったって?」


「なんだよ、せっかくお前の驚く顔が見れると思ったんだがなぁ。俺が案内できるのは美味い酒と、美味い飯、それと女と博打くらいだぞ?しかも博打は健全。コレじゃあお前を遊ばせるって言ったって飽きるじゃねーか。他に何処か無いかと言われちまえば、ちょっとアブネー所ばかりだぜ?そっちに行くか?」


「俺の驚く顔って言ってるけど、寧ろ俺を出汁に使ってエルーに仕返ししたいだけじゃ無いのかダグが?驚かせるってのはついでだろ?それに、危ない場所って一体なんだって言うんだよ?そんな所に連れて行こうとかするなって。ケンフュが後で文句を付けるんじゃないか?その時に怒られるのはダグだから俺には関係無いけどな。」


「おおぅ、見捨ててくれるなよエンドウ・・・一緒に怒られようぜ?な?アブネー以上に楽しめる所だからよ?な?行かねーか?」


 ダグがどうやらケンフュに自分が怒られている場面でも想像したのかちょっと声の勢いが落ちた。


 このタイミングで俺は踵を返して壁から離れる方向に歩いて行く。元来た道へと戻る方へ。


「おうおうおう、分かった、分かったから勝手に行くなって。うーん、それじゃあ楽しめると言えば・・・そうだなぁ。あそこに行くか。」


 ダグはまだ俺を連れて行きたい場所があると言う。

 ゆっくりと歩き始めた俺の前に出たダグがまた先導し始める。


「また賭け事かな?ダグ、何でそんなのばっかりなんだ?」


「うん?良いだろ別に。熱くなれる遊びっつったらよ?そんなもんじゃねーのか?」


 この世界にはスマフォも無いし、課金も無い。身に余る大金を費やして遊ぶ物が「賭け事」くらいしか無いと考えたら妥当なのだろうか?

 ダグは相当に稼いでいる。その中から中毒にならない程度に賭け事で遊ぶのは別段悪い事でも無い、健全でない事でも無い。


 と言う訳で連れられて来たのはそこら中で「コケコッコー」が響く狭い裏通り。


「・・・なあ?どう言う事?」


「まあまあ、ちょっと見てろって。そうだなぁ・・・オヤジ、次の場は何時だ?」


「あともうちょっとだよ。今から参加するかい?なら直ぐに選びな。ダグの旦那と言えどもこればっかりは守ってくんな。待ったは無しだぜ?」


 一軒の家に入ればそこには三羽・・・?と言えば良いのだろうと思うが、大きさが60cmはあろうかと言った「ニワトリ」が。

 首を縄で括られて太い柱に繋がれている。その姿は本当にそのまま鶏を巨大化させたものである。


「やっぱ売れ残りは気合が足りてねーのばっかだな。しゃーねえ。餌やってくれ。三匹にそれぞれな。その様子で決めるわ。」


 このダグの求めに「あいよ」と言って対応していた男が棚からどうにもカラフルな色をした豆の入った皿を取り出した。


 ソレを三羽の前に一皿ずつ置く。その間にダグがその餌と言われたその豆の代金の支払いをしていた。


「・・・じゃあこいつで。食いっぷりが良いな。よし、対戦相手は?」


「三連勝中だよ。運がねえなダグの旦那。賭け損だぞ?」


「負けって分かっていてもやんなきゃいけねー時もあるってこった。」


「そっちの見かけねーアンチャンに見せる為か?剛毅なこったなぁ。安くねーのに。」


 ここで俺も賭けの内容が分かった。闘鶏であると思われる。


「動物の命を賭けたりするのはあんまりなぁ。」


「おいおい、何言ってんだエンドウ?まあ見れば分かるって。それじゃあ行くぞ。」


 ダグに何故か変な目で見られた。と思ったら見れば分かると言ってその鶏の紐を受け取ったダグが家から出てそのまま通りの奥に向かって言ってしまう。

 これに黙って付いて行く俺は何がこれから起こるのかサッパリだ。


 ダグの反応からして買った鶏同士を戦わせるものでは無いらしいと読み取れたのだが。


 その後に到着した建物の中に入って行って何やらそこに居た職員らしき者にダグは連れて来た鶏を預けてしまった。


 そしてまた移動。そうすると広場に連れて来られた。そこには体育館程の広さ。人が観客席に満タン。


「まるでレース場みたいなんだけど?あれ、走らせるの?マジで?」


 そこは小っちゃい競馬場みたいになっていた。そう、コレはおそらく鶏レース。


 どうにもこの場の司会者らしき男がその中央にやって来て言い放つ。


「さあ!今回は三連勝中の新進気鋭が参加だ!掛けるならおススメだ。手堅く勝てるぞ!」


 観客はどの鶏が勝つかを賭けられるらしい。どうやら司会者は客を煽るのが仕事の様だ。


「大穴狙うなら最後の最後にギリギリで参加のコイツでどうだ!?」


 どうやらダグの買った?鶏は他と比べて非常に人気が無い様でどうにも倍率が高いらしい。


「さあさあもう賭けは済んだか?開始時間はもうそろそろだ。締め切るぞー?」


 司会者はそう言って客たちの反応を見る。そこで俺とバッチリ目が合った。


「おおう!アンタ、見ない服着てんな?・・・おおう!?ダグの旦那じゃ御座いませんか!?この人と知り合いで?」


「おう、こいつは俺のダチだぜ。観光に面白い所に連れて行ってやってんのよ。」


 どうやらこの司会者ともダグは顔見知りの様で。


「アンタ、ダグの旦那に気に入られてんだな随分と。そうだ。アンタは賭けたかい?ここは初めてなんだろ?だったらホラ!手堅い「一枠」に賭けて儲けて行きなよ!」


 一枠とは三連勝中の鶏の事である。ダグの鶏は「十枠」の最後の最後。


「・・・えぇ!?あ、アンタ、十枠に入れちまうのかい?しかも、三金も入れちまうなんてどうかしてるぜ!?しかし、ぶっ飛んでる奴は嫌いじゃないがな!」


 司会者は俺が「十枠」の箱に対して投入した金額にびっくりしながらも良い笑顔を見せて来た。


「それじゃあ全員コレで良いな?後で吠え面掻くのも!拳を打ち上げて喜びの余り叫ぶのも!覚悟は良いか!?」


 レースはその言葉の後に開始された。

 繋がれていた鶏たちが一斉に飛び出して。


「うわー、互いに闘争心剥き出しで体当たりし合ってる・・・」


 中々迫力がある。ドッスンドッスンと音がこちらまで響いて来る。

 この鶏、見た目の大きさにも驚かされたのだが、そんな見た目よりも相当に重いらしい。


 勢い良く互いに体当たりし合って潰し合いつつも走ってゴールを目指している。

 時に嘴を相手の身体へと思い切り突き刺している鶏も居てソレもソレ、結構痛そうだ。


 しかしその足の鋭い爪での蹴り飛ばしなどは一切無かった。

 体重が相当ありそうなのでもしかしたら跳び上がったりは苦手だったりするのかもしれない。


 その羽を広げて進路妨害なども見せる鶏も居て非常に個性があるのが良く分かる。


 このレースは基本は体当たりが中心で互いの体力を削り合いつつ走る物らしい。

 そこに嫌がらせの様に嘴での突っつき、羽での邪魔、頭突きも繰り出すと言った感じになっている。


 そして三連勝中の例の「一枠」はやはり強豪なのだろう。

 それに体当たりされた他の鶏は中々その一枠の前に出られずにいる。


 レースの距離としては非常に短い物であるのだが、鶏同士のぶつかり合いが激しくゴールに到着するまではそこそこに時間を要する様だ。

 こういった妨害行動でしのぎを削る戦いとなっている所を観客は見るのが楽しいらしい。応援やら罵声やらが飛び交って熱気が激しい。


 俺の賭けている「十枠」はひっそりと一番後ろの後方に構えて静かであった。

 デッドヒートを繰り広げる中間から最前線と言った所に食い込まず、ソレはヒッソリと後方で体力の温存を図っている様にすら見えた。


 俺の目にそう見えるだけであって本当はそのぶつかり合いの中に入れないでいるだけなのかもしれない。


 ダグがこの鶏を買った時には「気合が足りてねー」と評価していた。なのできっとその見方が正しいのだと思う。

 他の客たちは「十枠」に対して罵声を浴びせていたからだ。


 その罵声を浴びせていた者たちはその情けない「十枠」の姿に憤って声を荒げたのだろう。

 誰もが「情けねーぞ!」「入って行けやコラ!」「ビビってんじゃねーぞ!」などの言葉ばかりで応援する者など一人も居ない。


 俺はここでイタズラを思いついた。この「十枠」の気合の足りていなさが俺の魔力で補われたら、さあどう出るか?


 そう、バレなきゃ良いのである。それと、俺はこのレースのルールを知らない。だから、介入してやった。


 俺のやったことは別にこれまでやって来た事と変わらない。

 その「十枠」へと魔力を与えただけ。俺が勝手にその鶏を操ったりはしなかった。


 するとちょっと間を空けてその「十枠」の様子が変わって行った。

 走り方も揉み合い集団の中へと入ろうとしては入れないフラフラとした動きだったのが。


 いきなりど真ん中へとモリモリと割り込んで行く様な動きになったのだ。


 これに会場が気づいた時には大盛り上がり。

 そしてついに先頭の「三連勝」の鶏に並んでしまう。


 そして並んだだけでは無かった。体当たり一発で大きく相手を弾き飛ばしてトップへと「十枠」が躍り出たのだ。

 これには会場が一瞬静まり返ってからドン!と沸き上がった。


 その後にまた「十枠」へと再び突進して来た「三連勝」。しかしそれは返り討ちに遭う。

 そのままトップをその後も保ち続けて「十枠」は独走状態となり最下位からの大逆転で一等を捥ぎ取るのだった。

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