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勘が働いたらから、それに従う

 夜景を楽しんだ後は道場に戻る。その夜道ではダグが一緒だった。

 エルーは店を出た後に直ぐに別れた。多分報告を上げに戻ったのだと思われる。


「おう、それじゃあな!明日もまた道場に顔を出しに行くからよ。勝手にどっかに一人で出かけんじゃねーぞ?」


「ハイハイ、分かったよ。それじゃあお休み。」


「おうよ!明日は山に行こうぜ!」


「いや、いいよ、山は。」


「何でだよ!?」


 そんなやり取りをダグとしてから俺は道場の門を潜った。

 ここで俺は食客と言う立場になっているので宿泊する部屋も用意して貰えているはずである。


「戻りましたか。部屋はこちらに。」


 どうやら俺が戻って来るのを待っていた様子。道場主であるキョウが俺を出迎えてくれた。

 この様な時間までずっとここで待機してくれていたのか、はたまた俺が戻って来た事を何処かで察知できる何かが備え付けてあるのかは分からなかった。


 早速その案内に従って入った部屋のベッドに俺は腰を下ろす。


 そこで俺はふと思いついた事を口に出す。どうしてキョウが俺なんかをいきなり食客としてこの道場に受け入れたのかを聞いた。


「なあ?どうしていきなり何も知らない俺なんかを客として受け入れる何て事をしたんだ?」


「・・・そうですね。色々と理由はあると言えるし、無いとも言えます。最初は、私の只の勘でした。ですが貴方と関わっている者たちを知れば知る程にこの判断は正したかったと思います。」


 どうにもキョウは「奇貨居くべし」と言った勘が働いたと言う。ついでに俺がダグと道場を出た後にでも部下にでも調査させたようだ。


「ああ、調べさせた?ここに来て何日も経って無いし、碌な情報なんて得られ無かったでしょ?」


「いえ、寧ろ濃度が濃過ぎると言うか、何と言うか。まあ勘の中身をここで今更無理に言葉にして形にするなら、貴方を逃すのは道場にとっても私にとっても大きく損をする、そんな所です。」


「俺ってこの道場に何かしら寄与出来そう?俺にはそんなの想像も出来ないんだけどなぁ?」


「いえ、そう言った事では無いですね。漠然と、貴方との関係を良好にする事が大事なのだと、そんな感じです。」


「それでいきなり?大胆に過ぎると思うけど?」


「縁とは思い切って掴み掛からないと二度と手繰り寄せられないと言ったモノもありますからね。」


「そんな事が以前にもあったの?」


「ええ、まあ、そうですね。個人的で、大分昔の話ですよ。」


「なるほど、経験してる人って言うのは大胆になるモノなんだろうな。」


「では、おやすみなさい。明日の朝、また鍛練にお付き合いいただいても?」


「ん?別に構わないけど?俺なんか武術の心得なんてこれっぽっちも持って無いけど、それでも良いのか?」


「はい。それでは、コレで。」


 そう言ってキョウは戸を閉めて行ってしまった。もう就寝の時間なのだろう。道場は静かで誰かがまだ活動していると言った空気は無い。


 俺も酒を楽しんで、美しい景色も堪能したので気持ちの良いままにこのまま眠る事にした。


 そうして翌朝。俺はスッキリとした気分で部屋を出ると気合の入った声が僅かに耳に入ってくる。

 どうやら早朝にも関わらず門下生が朝の鍛練をしているらしかった。


 俺は昨日の約束を思い出してその鍛錬場へと足を運ぶ。道場は広く、俺が宿泊した建物もデカい。相当に儲かっている道場である。鍛錬場までちょっと遠い。


 するとそこではキョウが門下生たちに指導をしている最中だった。


「踏み込みが半歩遠い。腕の力だけで打ち込むな。虚実を混ぜる時は体運びを悟られない様にしなければ意味が無いぞ。そんな動きでは格上には通じん。型稽古からやり直せ。三日間は繰り返せ。それまでは対人戦は禁止だ。以前にも言っておいただろう。妙な癖は付けるなと。・・・ああ、エンドウ殿。おはようございます。」


「はいはい、おはようございます。で、早速やります?」


「もう少しこの者たちに指導をしてからでも宜しいでしょうか?」


 キョウは八名程の若者たちに指導をしていたらしい。朝練と言うヤツなんだろう。


 しかしここで何を思ったのかその門下生の一人が俺を睨んでこう言ってきた。


「おい!先生がお前の事を客人として迎え入れたそうだが、俺はお前の事なんて認め無いぞ!」


 血気盛んな事は良い事であるのかもしれないが、今のこのシチュエーションでは良い事とは言え無い。

 俺はこの青年に「空気読め」と言ってやりたい。


 キョウがこの発言に対して我慢できずに溜息を吐いているからだ。


 しかしその溜息をその青年は気づけていない。俺に向けてその手に持つ棍の先を突き付けて来た。


 きっとこの青年は昨日あの場に居なかった者の一人なのだろう。

 と言うか、ここに居る八名の門下生全員がそうであるらしい。

 一番こちらを強めに睨んでいるのはその青年なのだが、他の七名も俺へと向けて小馬鹿にした様な笑い顔をしていたから。


 どんな話を誰に吹き込まれたのかは知らないが、ちょっとオツムの弱い系の他人の話を信じ込みやすいタイプである様子。


「お前、俺とやり合え。話によると武術に関しちゃド素人らしいじゃねーか。どうやって先生に取り入ったかは知らねーが、詐欺師め、化けの皮を剥いでやるよ!」


 面白くもへったくれも無いな、そんな事しか思えない発言だった。


 ここで俺はキョウへと視線を送る。どうしたら良いのか?キョウが対処するか?と言った事を込めたモノであったのだが。


「さあ!武器は何だ?構えろよ。ぶちのめしてやる!ボロボロにしてここから追い出してやるから覚悟しろ!」


 その青年が戦闘態勢に入る方が早かった。

 ここで俺は我慢していた溜息が出てしまった。ここまで我慢していた分だけ大きい溜息が出てしまっていた。


「はぁ~・・・。分かった。朝飯前だこんなの。さあ、掛かって来い。そっちから先手で動いて良いぞ。俺は武器を持たないでこのままでいい。」


「こ・・・このッ!舐めやがって!」


 俺の安い挑発に乗ってその青年はその棍を振るった。込めた力も気合も充分。


「おりゃあああああ!」


 その分だけ大振りになってしまっているが、流石に武術を習っている者である。

 動きにはブレは無いし、体幹もしっかりと真っすぐ。俺の脳天目掛けて振り下ろされるその棍は綺麗な軌道を描いている。


「まあ此処まで分かり易過ぎると掴むのも簡単なんだけどねぇ?真剣白刃取り?なーんてな。」


 その青年の派手なアクションとは裏腹に、パシリ、と軽い音だけを発生させるだけで俺はその一撃を掴み取った。

 片手で、左手だけで。


「・・・は?」


 驚いているのはその本人だけでは無い。横で見ていた他の七名も驚いている。

 しかし逆にキョウは別段これと言って驚いてもいない。寧ろ「こうなりましたか」と小声で溢している。


「は!離しやがれ!て、テメエクソこの!離せ!離せって言ってるだろうが!」


 掴まれた棍を必死に引っ張って俺の手から外そうとしている青年は顔真っ赤。それだけ力を入れているのだろう事は明白。


 だけども俺はその場からピクリとも動かない事で一目瞭然だ。どちらの力が上なんて。


 そしてソレを一番分かっているのは当人だ。だから青年は叫ぶ。


「おい!お前ら!見てないで手伝え!こいつをぶっ飛ばせよ!」


 どうやらなりふり構わずに俺を数で制圧しようと言った事らしい。

 その言葉に従って残り七名が動き出す。


 今の状況で一方的に俺が動けないモノと判断したのか、七名が全員その手にそれぞれに武器を持って俺に向かって攻撃を仕掛けようとしてきた。


 でも悲しいかな、ソレは俺に届かなかった。何故か?


 それはキョウがそれらに全て対応したからだ。


「お前たちは私を舐めているのだな。この様な事を私が許すと思うのか?馬鹿な弟子が一人、勘違いの上での一対一を申し込んで戦うまでは、良い。自分の実力も、相手の力量も見誤って負ければソレを元にして貴重な何かを得られる経験にもなろうと思って見逃がしはしたが。」


 一瞬にしてキョウが俺に襲い掛かろうとしていた者たちを吹っ飛ばす。一人残らず。早業、神業だ。


「この様な卑怯で汚い真似を誰が教えた?私が自ら迎え入れた客人に対してこの様な暴挙に出る事を何故お前たちは恥と思わん?一体何をこれまでここで学んできた?・・・もうこれからはお前たちへと私が指導する事は無い。自らの醜さを恨まずに逆恨みをすると言うのであれば勝手にするがいい。それだけ他人に責任を擦り付けて自らの行動も思考も顧みない者はこの道場に身の置き場は無いと思え。」


 このキョウの言葉に吹っ飛ばされた全員が「そんな」と言った顔をしているのだが。


「ま!待ってください!俺がこいつを今ぶっ倒して先生が認める価値が無いヤツだと証明して見せます!」


 未だに俺から武器を取り返せていない者が何を言うのか?

 これにはキョウも呆れてしまって冷めた目で青年を見る。


「その状態で何ができる?未熟だからこそ、教え導くのが私の仕事だ。しかしお前は今その線を越えた。未熟どころか、その精神が子供に過ぎる。それ以前の問題だ。赤子の様ではないか。私の言った言葉の意味を理解できていない。そんなお前をどうやって今後教え導けと言うのだ?言っても通じない者に対して何を言っても無駄であろう?」


 キョウは青年の事を餓鬼以下、言葉の通じない赤ちゃんだと言い切った。

 そしてまだまだ言葉を続ける。


「今のお前のその状態は意地を張る事の出来る様な状況ではない。それすらも理解できず、明らかに力及ばずの今の自らの弱さも認められないのであれば、ソレは成長などする気が無いと言っているのと同じだ。そんな者に幾ら指導した所で無駄だ。水を与えても芽の出ない植物など見限るしかあるまい。自身の負けすら認められないのか?」


 冷酷に突き放す言葉を連ねたキョウはまだまだ追撃を入れるらしく。


「武器を取り戻さねば戦えんか?必死に取り戻そうとしているが、ソレは無理なのだろう?なら何故発想を変えない?そこでお前は武器を手放す判断が付けれていない。無手で立ち向かう、踏み込むと言った考えが浮かんで来てすらいない。これまでに学んできた事が生かされていない。私はキッチリと指導終わりに毎度の事に言っておいたな?どの様な場面であれ、戦う事が出来る様に様々な基礎を学べと。武器をその手に持っていなければ戦う事が出来ない臆病者などと謗られ無い様に無手での戦闘も鍛えておけと言っておいたはずだ。」


 容赦無しにキョウは青年を否定し続ける。


「破門などと言う事まではしない。しかし、今後お前たちに私からは一切の接触をする事は無いと思え。」


 そこまで言ってキョウは黙ってしまう。まだ棍を取り戻そうとしている青年から視線を逸らし、合わせる事は無い。


「さて、エンドウ殿。すみませんでした。もう片付けて頂いても結構です。手間と時間を取らせてしまい、申し訳ありません。手合わせは明日にして頂いても宜しいですか?では朝食を摂りに参りましょう。」


 キョウがそう言うので俺はパッと棍から手を離す。するとまるでコントの様にソレを引っ張り続けていた青年の方が「うおッ!?」と後ろに倒れそうになって体勢を崩していた。


「ふざけるな!」


 青年は踏みとどまってそう叫んだ。ふざけるなとは俺に向かって言った言葉だ。

 ここで止めておけば良いのに青年はもう一度俺に攻撃して来ようと動いた。


「コレがお前に私がしてやれる最後の指導だ。この一撃から何を学び取るかはお前次第だ。」


 この青年の動きの初動にアッと言う間も無く割り込むキョウ。素早い。その拳が既に青年の腹にめり込んでいる。


 これに青年は行動を停止した。キョウにしてみれば恐らくは手加減、手心を加えた一撃だったのだろうが。

 その青年には相当な威力であったらしく、その手から棍を落として腹を抑えて蹲った。


 余りの痛みだったのか、蹲ったまま呻くだけしか出来ない様子である。


 俺とキョウはここで鍛錬場を去る。朝食を摂りに屋敷の方に戻った。


 その途中で俺は聞く。


「良いのかアレ?絶対に何かしら問題を起しそうな性格してそうだったけど?」


 あんな対処で大丈夫か?と言いたい。さっきの青年の俺への態度を考えるとあんな方法で叱った所で大人しくはならないのではないかと考えてしまう。


 とは言っても他の「良い方法」と言ったモノは俺の脳内には浮かばないのだが。


「しょうがありません。彼らが今後にどの様に育つかは私でも分からないのですから。これで彼らが真っすぐに育ってくれれば儲けものと言った所です。以前には私が真面目に付きっきりで指導をした者は何名も居ましたが。私の思い描く様には成長はしませんでしたからね誰も。とは言っても、悪党になったとか、無茶をして死んだとか言った事は無いのですがね。育成とは当然の様に難しい。正解と言うモノは未だに把握できないモノです。子育てと同じですね。娘もヤンチャに育ったもので。」


 結構ドライなキョウはそんな事を言いつつ苦笑い。


 そこにその娘さん登場。絶妙なタイミング。


「あれ!?貴方昨日の?どうしてここにまだ居るの?・・・え?食客?ウッソでしょ?」


 俺がどうしてと言われたので即座に食客だと返答をしたら物凄く驚かれた。


「どうしてそうなるのよ?お父さん?これ、どういう事?」


 可愛らしく、とは言え無い顔でキョウを睨んでいる娘っ子。俺はまだ彼女の名を知らない。


「ミャンレン、私の判断に文句があるのなら先ず言いなさい。どう言う事だ、などと聞いても、エンドウ殿の言った通りだ。彼を昨日から客人としてウチに受け入れて世話をする。この決定に言いたい事があれば聞く。」


 かなり冷たい言い方ではあるが、この道場の主はキョウなのだ。

 しかもこのミャンレンと呼ばれた子はキョウの娘と言う立場だ。


 こうして意見を聞くだけ聞いてくれる態度はまだ優しい方なのかもしれない。


 何せキョウは親として個人的にも、武術を教えている師としての道場主立場的にも、そのどちらからの態度ででもミャンレンを否定できるのである。

 ソレをこうして対面して少々冷たいながらも意見を聞いてくれるのだ。


 さっきの八名の門下生たちへの扱いとは大きく差がある。

 これでもキョウはミャンレンを甘やかしていると言えるのだろう。


 本来だったらもっと厳しく言付ける様にしてこの場は黙らせる事も可能だったはずだ。


「どう言った経緯なのか教えて欲しいわ。何をどう思って食客何て?」


「ソレをお前が知る必要は無いよ。ミャンレン、お前が反対か、賛成か、或いは無関心か、ソレを述べなさい。」


 決定は覆らない。そうキョウはハッキリと口に出した。娘の意見は余程の理由が無い限りは考慮に値しないし、これまでの経緯を知った所で意味は無いと突き放している。


「なら言うわ。他の門下生に何て説明するつもりなの?」


「もうその問題は考えなくても良い段階に入った。今先程も考え無しの感情を優先する未熟者たちが八名彼に絡んでいる。ソレを他の者たちも見ていた。」


「そう言う事じゃないでしょ!この件で不満を抱えた門下生がウチを見限って他所に移籍しちゃうかもしれないって事を言っているの!」


「その場合は去る者は追わない。門下生たちが今回の事でどの様な事を思い、どの様な事を判断するかは彼らの自由であり、そこから何かを新たに学ぶきっかけになったのであればソレは本望だ。その結果に他所の道場へと移ったとしてもだ。」


「何でそこまで言うの!?誰も居なくなっちゃったらどうするよの!しかもそれで他所で悪い噂とかが流されたらうちは追い詰められるかもしれないのよ!?」


「お前は何を心配しているのだ?・・・私が破門していない者たちにお前は食って掛かって痛めつけてこの道場を出て行かせようとしていただろうに。今口にしている言葉とその行動がちぐはぐだ。矛盾する。一致していないぞ?一体どうしたんだ?私の方がお前の情緒不安定を心配してしまう。」


「あーもう!武術馬鹿!もう知らないわ!」


 すれ違いと言うか、上手くかみ合わないと言うか。

 ミャンレンは何が不満なのか、不安なのかが分からない。


 どんな物事もその行いの「未来の結末」と言うモノは結局今その場で知る事などできはしないのだ。

 だから「後悔先に立たず」と言った言葉が出来たりするのである。まあ予測は建てられるかもしれないが。


 小さい、取るに足ら無い事象との判断で、ソレを知ったその場で今は放っておくと言う判断をしたとしてもだ。

 本当ならそれが何も、何処にも影響を及ぼさないはずなのに、後々で問題が大きくなってしまったと言った事は良くある話だ。


 人の知れる事象の中に「完全なる未来」と言ったモノは存在しない。

 不確定要素と言うのがそこにはいつも内包されており、本当だったら、何時もだったら、そんな事は有り得ないと思っていても油断は出来ない。

 そこには誰しもが予測不可能な「偶然」と言う事象が起きて後々で「こうしておけばよかった」などと言った事など世の中にはごまんとある。

 そんな事に対しての対処は人の身では不可能であり、そう言った「有り得ない事」と言った内容にどれだけ対処を想定して備えておいたとしても、完全などには程遠いのだ。


 無限にある小さな目にも留まらぬ些事に対してあらゆる対処を、備えをしておこうと行動していたら、ソレは本筋を「実行」に移せない、と言うのと一緒だ。


 ミャンレンの心配はそう言ったモノとよく似ている様に思う。

 道場を出て行かれる、その先で悪い噂を流されるかもしれない。そんな事は心配してもどうしようも無い事である。


 しかし有り得ない未来では無い。俺と言う要素がこの道場でどの様な効果を出しているのかは測りかねるからだ。


「経営もこの道場に愛着を持ってくれている者たちの数も把握している。別に何も知らず、考えずの鍛練だけを大事に思っている訳では無いのだがな。」


 キョウはそうぼやきながらミャンレンの去っていく背中を見送る。

 これにはミャンレンが父親の事を勘違いしている様な感じだ、このキョウの言葉を聞くと。


 もしかしたらミャンレンは只父親に構って欲しいと思っているだけなのかもしれない。

 とは言え、そう言った部分をさらけ出せずに歪み捻じれた結果にあの態度なのであるとなれば、早々にソレを解消してやらないと後々で面倒事を起しそうでちょっと心配である。


 俺たちはこうして朝の食事を摂る。本日のメニューはエビチリ?っぽい何かとデザートにフカフカのあんまんだった。


 その後は食休みを俺は取る。大体30分くらいか。朝食を食べ終わったキョウは直ぐに席を立って仕事があると言って部屋を出て行っている。

 俺は一応は自由にしていて良いと言われているのでそのまま休憩を取った後はまた鍛錬場に行ってみた。


 そこでは一人黙々と型の稽古に励むミャンレンの姿があった。


 俺はソレを遠くで眺める。別にそれを邪魔する気は一切無い。

 しかし向こうが俺の事を気に入らなくて噛み付いて来る可能性はあるかもしれない。


 この場には朝稽古を終えた者が帰ってしまったのか、残っている門下生の数はそこまで多くない。


 そんな中でミャンレンの気合の籠もった掛け声が良く響いていた。


 そこに現れるダグ。俺を迎えに来たのだろう。

 しかし俺を見つける前に別の相手に声を掛けていた。


「おーう、ミャン、久しぶりだな?頑張ってんじゃねーか。もっと俺の好みはお淑やかな方が良いんだがなぁ?」


「・・・え?ダグおじさん!?・・・何で?と言うか、ダグおじさんの好みなんて知らないわよ!」


 ミャンレンはダグのセリフに乗りツッコミである。仲はどうやらそこまで悪いモノでは無い様子。


「おいおい、小っちゃい頃にお前は「モテないだろうダグおじさんのお嫁になってあげるわね」なんて言ってくれていただろうに。俺、カナシイ・・・」


 物凄く揶揄っている事が判るウソ泣きに俺は思わず「ぶふっ」と笑いが出てしまう。

 そんな吹き出した笑いはミャンレンの耳に入ってはおらず、俺の事にまだ気づいていない。


 ミャンレンはそんなダグに冷たい眼差しで。


「そんな昔の時の子供の心なんて直ぐにコロコロ変わる物でしょ。」


 とドライな発言で返した。コレに負けじとダグはセクハラ発言。


「おうおう、それじゃあ今はミャンには好いた男の一人や二人は居るってか?そいつらも苦労するだろうなぁ?何せこんなお転婆、じゃじゃ馬だからなぁ。嫁の貰い手は居るのか今?んん~?」


 女性に対して酷い言い方である。デリカシーもへったくれも無い。揶揄うにしても言葉を選べと言いたいくなる。


「あら、余計なお世話よ。ダグおじさんにはそんなの関係無い話でしょ?それこそ関係者じゃ無いんだからこの道場の。」


「何だ何だ。本当に可愛げが無く育っちまってよ?俺は悲しいぜ。昔はもっと笑った顔を多く見せてくれていたって言うのになぁ。」


「それ、何時の話してるの?って言うか、何用なの?私は何時でも笑顔よ!はぁ~、お父さんに見つかったら即座に「出て行け」って言われるわよ?」


「許可はもう取ってあるって。俺はそこのに用があってな。おーい!エンドウ!こっち来いやー。」


 呼ばれた事で俺はダグの側に向かい歩いて行く。

 そこでミャンレンは「え?」とこちらに振り向いて言う。


「何で貴方が?どう言うつもり?何で居るの?」


 どうやら俺と絡むのは嫌であるらしいミャンレンは鋭く俺を睨んでくる。

 しかし俺はソレを無視してダグへと話しかける。


「ダグ、約束通りに門下生たちに稽古を付けるのか?んで、俺をまた連れ出す気だよな?今度は何処にひぱって行こうってんだ?」


 俺が無視してダグに話かけたのでどうやらミャンレンの機嫌がより悪くなった様で。

 ダグもミャンレンのムッとした顔を無視して俺に返答するので余計にミャンレンが眉根を顰めて機嫌を悪化させている。


「おう、今残ってる奴らで良いよな?ちゃんと後でキョウにエンドウが説明しておいてくれよ?」


 そう言ってダグは残っていた門下生たちの方へと近づいて行った。俺を何処へと連れて行くかは話しちゃくれない。サプライズとでも思っているんだろう。


「おう!お前らに稽古を付けてやるから、どっからでも!何人でも良いぞ!掛かって来いや!」


 ダグは大きな声でそう宣言する。今回は素手での戦闘で行くつもりであるらしい。拳を作り、腕を曲げて腰溜めに構えた。


「え!?ダグおじさんってばいきなり何言ってんのよ!?」


 未だに何も解っていないミャンレンは驚いてそう言葉を漏らす。

 しかし稽古は始まってしまった。ダグのこの件の事を知っていた者が混じっていたらしく、早速構えを取ってダグへと一撃入れようと動いたのだ。


 ソレは突きだった。その門下生の手には棍が握られていてダグとのリーチの差は一目瞭然。

 一方的にその門下生の突きを受けるダグ、と言った形なると思われたのだが。


「甘いぞおらぁ!こうも簡単に掴まれる速度じゃあ俺には一撃も入らんぞぉ!おらよっとぉ!」


 直ぐにダグはその掴んだ棍を力任せにぶん回す。

 この力に負けたその門下生は踏ん張りが間に合わなくて大きく体勢を崩されている。


「自分がやろうとした事が失敗した時の立て直しも考慮しておけ今度からな!」


 ダグは既にもう動き出している。体勢を立て直せていないその門下生の腹を目掛けて前蹴りが入る。


「おう!手加減はしておいたぞ。それでも威力は充分だったろ?痛くて苦しくても、ソレが引くまでの間に自分の動きの何がいけなくて、何が足りなかったのか考えとけ。そうじゃねーと覚えねーだろうからな。」


 そんなアドバイス?をした後には再びダグが声を上げて言う。


「よっしゃ!次だ!複数人で同時に掛かって来ても良いぞ!寧ろそうしろ!お前らのまだ未熟な腕前で俺とのサシの勝負で敵うはずがねーだろが!俺を凶悪犯を相手取ると思って全員で全力で来いや!」


 そこからは乱闘と言っても差し支えない位の騒ぎだった。

 気合の入ったダグの声、吹っ飛ばされて悲鳴を上げている門下生たちの声。

 それぞれが交じり合って何とも言え無い。


「うわー、ダグはやる事がえげつないなぁ。」


「どう言う事か説明して!」


 ミャンレンはこの事態がどういった事で起こっているのか分からずに俺に向けて説明しろと突っかかって来た。


「ミャンレンだっけ?君もダグに飛び蹴りの一つや二つぶっ放して来たら?」


「ちょっと!説明する気は無い訳!?」


 ダグとの模擬戦よりも説明を求めてミャンレンが俺に迫って来るのだった。

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