器の小ささと深さ
エルーは魔法が使える。いや、この国で言う所の「仙術」?だったか。
この国ではそう言った者たちは機関に集められて研究だったか、何だったか?をさせられるのでは無かったのだろうか?
とは言え「モグリ」と言った者たちも存在はすると思われる。エルーもそう言った一人なのかもしれない。
もしくは、ここは国が公的な運営場であると言う事なので、能力や身分を隠しての派遣された者である可能性もある。
何を目的にそうした派遣をしているのかは分からないが。
そこは深くは探らないでも良い事だ。今はここで俺は勝負事を楽しめば良い。
とは言え、俺はもうお腹いっぱいには楽しんだと言っても良い。賭け事は程々に。
ならばお次は観光名所にでも行ってこの目を楽しませたい。ソレをダグに告げて。
「と言う訳で、ダグ、もう俺はこの場を退散しようと思う。清算をお願いしても良いかな?」
俺はエルーに向かってそう告げる。するとエルーは小さく息を吐いてから「直ぐに終わらせるわ」と言って部屋を後にしてしまった。
この卓で一緒に遊んだ名も知らぬ男はここで「じゃあ俺は別のに行ってきます」と言ってダグに頭を下げてから部屋を出て行った。
ここでダグが俺に向けて「まだまだ遊べよ」と行ってくる。
「おいおい、今日はずっとここで遊んで行っても良いだろうよ。他にも面白い遊びはたんまりと残ってるんだぜ?」
「いや、そんなのはまた今度で良い。こっちの事なんて何も考えないでここに連れて来てるダグには、俺は文句を付けても良いくらいなのに。此処まで付き合ったんだからもう充分だろ?で、何か俺の事をもっと理解できる要素は見つけたか?」
「バレてんのかよ。まあ、しょうがねえな。詰まらん手筋ばかり打ちやがって。全くお前は真面目な奴だな。」
「へぇ~。俺が真面目ね。賭け事の打ち筋で人の性格を見抜くのか?それって正確性、あると言えるのか?真面目だなんて評価は俺には似合わないよ。」
ダグはどうやら俺への「人間観察」の為にもここに連れて来ていた様だ。
そしてどうやら真面目と言う評価を貰ってしまったが、俺はコレを否定しておいた。
ここでエルーが戻って来た。そこでテーブルに大銀を八つ置いた。
「コレが貴方の取り分よ。受け取って。」
「どう言う内訳なのか全く分からん。勝った、って事で受け止めて良いのかね?」
「倍率がもっと高い卓についていれば、コレの十倍、二十倍は稼げていたはずよ。」
「ソレは凄いな。まあ俺は未だにこの国の金銭感覚がイマイチ掴めてないんだけどね。コレは小遣いとしてエルーに全部あげるよ。」
「あら、良いのかしら?そんな事を言うと遠慮無く私は貰ってしまうわよ?」
「良いよ。」
「おおおい!エンドウ!お前なぁ!せっかく勝った額をエルーにやっちまうってどう言う魂胆だ!?」
ダグはどうやら俺のやる事に理解が出来ないとばかりに言うが。
「そうだな。楽しませてくれたお礼、かな?取り合えず今は金に困ってる訳でも無いし。稼ごうと思えばこの程度なら直ぐに稼げるだろうし?面白い事を教えて貰ったからその代金、って感じかな?」
「なんだそりゃ?面白い事?そんなの喋ってたりしたか?」
ダグは首を傾けて腕組をしている。俺とエルーがその様な「面白い事を語り合っていたか」と言う部分を思い出そうとしているのかもしれない。
けれどもそのダグの労力は無駄だ。俺が「面白い」と感じたのはエルーが魔力を操れると言うのを知った、と言った事であるから。
エルーも俺のこの言葉には何を言っているのかと一瞬眉根を顰めたのだが、ソレを直ぐに引っ込めて申し出て来る。
「何ならダグなんかよりも私を引き連れて通りを行く方が良いのでは無くて?色々と見どころを案内しますよ?大男の後ろを付いて歩くよりもよっぽど良いと思いますけど。どうかしら?美味しいお食事を出す店も多く知ってますわ。もちろん良いお酒を出す店も。」
「そんなの俺だって知ってるっつーの!エルー、お前は出しゃばって来るんじゃねーよ!」
ダグがこのいきなりのエルーの言葉に余計な事をするなと言った目線を飛ばしている。
しかしエルーはそんな視線など何処吹く風だ。
「あら、だって御小遣いを頂いてしまったんですもの。だったらじゃあ貰った分のお仕事は熟さなくてはねぇ?」
「だぁ!お前の出る幕は無いって言ってんだよ!引っ込んでろって!」
引き下がらないエルー。ダグが吠えてコレを牽制するのだが。
「じゃあ一緒にお散歩と洒落込もうかエルー。やっぱ側に居るのが大男なんかよりも美女の方が映えるよな。」
「うおい!エンドウてめえ!?」
ダグにあっちにこっちにと連れまわされるのも、まあ別に悪いとは言わないが。
ダグのその勝手過ぎる部分は宜しくない。俺の心情など顧みないダグのその強引な所はもう昨日今日で充分だ。
ここでダグの分の清算も済ませて賭博場から退出する。もちろんエルーも一緒にである。
「ちッ!何でお前と一緒に巡らにゃならんのだ?」
「あらダグ、器が小さいわよ?何時までもグチグチと。私にあしらわれてたのをまだ根に持っているのかしら?」
「賭け場の事はもういいってーの!ったく。どう言うつもりなんだ?エルー、本心を言え、本心を。下手に誤魔化そうとするなら、俺の拳がテメーの顔面を潰すぞ?」
「あらやだ怖いわね。別にそこまで心配する必要は無いじゃない貴方が。彼、エンドウって言うのよね?・・・私なんかじゃ足元にも及ばない程の「仙術」の使い手なんでしょ?私の仕事の範疇なんですけど?」
「・・・ちッ!そうかよ!気づいたのかよ。分かった分かった。もう凄んだりしねーよ。」
俺に聞こえない様にとそんな会話が二人の間で小声でやり取りされていたのだが。
駄目です。バッチリ聞こえてます。俺は魔力で身体機能を強化しているのでその程度の小声だと相当に遠く離れている状態でして貰わないとヒソヒソ話にもなりません。
と言う事で。
(ふーん、エルーは気づいたのね。なるほど。ソレで俺を「監視」の為にも同行をってか?)
どうやら国から派遣されているエージェントらしいエルーは。
だからこうしてここで俺への見張りとして「案内」を申し出て来たと。
(そんでもってダグもエルーの持つ「裏」を知っていたって事なんだろうけど)
そうするとダグはずっと賭博場でのエルーに対するあのリアクションは全部演技だったとでも言うのだろうか?
そうなればダグは単純な脳筋に見えてかなりの演技派「食わせ者」であると言う事なのだが。
「なあ、今度は何処に連れて行く気なんだ?俺の希望は良い景色の高台とかなんだが?」
俺は勝手に空を飛び回れるのでそう言った景色など何処でも見放題なのだが。
しかし観光をする上で「ここぞ絶景!」と言う地元民が絶賛する場所と言う所も回って見てみたい。
なのでリクエストをしてみたのだが。
「なら良い店を知っているのでそこでゆっくりとお酒を楽しみながらお喋りでもどうです?」
「何でエルーが仕切ってやがるんだよ。良い景色と言えばマルトウ山だろうが。」
「ダグは無粋ね。何で私の様な可憐な女に山登りをさせようと?」
「あぁ?何が可憐だよ。容赦無く賭けで金を毟り取って来る悪女が何を言ってやがる。別に付いて来なくても良いんだぞ?」
どうやら二つは確実にそんな景色がある様だ。とは言え、ダグの方は山を登ると言う事らしいのでちょっと遠出になりそうだが。
「じゃあエルーの方でお願い。お酒を飲みながら良い景色を眺めて気分良く美女との会話ね。うん、まあ良いんじゃない?」
俺がそう言うとダグが「金足りんのか?」と言って来た。
確かに俺は自分の懐がどれだけ暖かいのかと言った事が全く分からない。
その店はおそらくは高いのだろう。ダグが心配してくると言う事ならそれなりのお値段だとみられる。
「あの時に稼いだ金はまだほぼ丸まる残ってるんだけど、それで足りる?」
「ああ、それなら充分だ。しょうがねえ。行くか。」
「あら?ダグは山に登るのでは無くて?」
「俺だけ登ってもしゃーねーだろうが。」
嫌味を口にするエルーをダグが睨む。けれどもそんなやり取りも直ぐに終わる。エルーが案内の為に道を先行して進んでいくから。
店までは少々歩くと言うので俺はダグに聞いてみた。
「二人の付き合いはどれ位なんだ?」
「俺がまだ若い頃だな。やっと安定して稼ぎが出せる様になってあの賭場に足を運べるだろうと判断して、初めて行ったその日に毟り取られた。」
「うわぁ・・・」
「あの時の恨みは忘れたくても忘れられんぜ。その後はエルーに何度も挑んでは負けてばかりだった。勝てる時はあっても大抵はその後にやり返されてたな。諦めが付くまでは悔しくて突っかかっていた。今でもエルーにはムカついてるんだがな。あの頃からずっとアイツは何も変わっちゃいねえ。本当に嫌な女だ。エンドウも気を付けろよ?隙を見せればどんな事にだろうと食い込んで来てコッチの金を吐き出させようとしてきやがるからな?」
「随分と言ってくれるわね?ダグのせいで賭場での私の印象が悪くなって固定されちゃったわ。誰もが私に向かって姐さんだなんて呼んで。頭をぺこぺこ下げて来て「勘弁してください」だもの。困っちゃうわ。人によっては私の事を冷酷とか、残虐、なんて酷い事を陰口している男も居るのよ?嫌になっちゃう。」
俺たちの話を聞いていたエルーはそう言って振り向きつつダグへと言い返している。
仲が良いのか、悪いのか。判断が付かない。
「さて、着いたわ。入りましょ。」
そこは五重塔?かなり大きく、かなりの高さだった。
俺がこの国の上空に初めて到着して全景を眺めた際にも結構目立っていた建物である。
どうやらここはお酒の店だったらしい。エルーは入口へと何らの躊躇いも無く向かっていく。
俺は塔の高さに上を向いてちょっとぽけーッとしていたのだが。
「おいエンドウ、何をボサッとしてやがるんだよ。行くぜ。」
ダグもどうやらこの店に入り慣れているのか、さっさとエルーの後に付いて行ってしまう。
これに俺もいそいそとその後ろに付いて行く。どんな景色が見れるのかとちょっと楽しみにしながら。
とは言え、最上階まで階段を上るのは面倒だ。良い景色を見たいならやはり最上階だろうと言う事で階段を上がっているのだが。
エルーは疲れなどは見せていない。俺も別にこの程度の事で根を上げたりはしないのだが。
ダグは結構しんどそうだ。ずっと登りなのだから休まず脚を動かし続けていればソレは疲れるだろう。
とは言っても別に老人でも無いダグはその速度を落としたりはしないけれども。
「やっと着いたぜ。ここに来る時はコレを覚悟しねーとならねえから躊躇しちまうんだよなぁ入るの。最上級の酒は揃えてる店なんだが。」
「一階や二階では飲めないのか?」
ダグのボヤキに俺は自然と疑問が浮かんでそう聞いてみたが。
「階級ってのがあってな。ここの店のやり方なんだよコレは。最高級の酒は最高の景色と一緒に、ってのがここの店主のこだわりでな。本当に何考えてやがるんだって言ってやりてーよ。」
「いや、その様子だと言ったんでしょ、その事。」
俺はダグにツッコミを入れた。そうしたらその答えが。
「ああ、そうだ。言った事があるぜ。でもよ、店主がこれに「じゃあ来なくていい」と一言バッサリだぞ?他では滅多に扱って無い酒もここは置いてるんだ。入らねー何て選択肢は選べねーよ。」
そう言いながら席に座るダグは少々のお疲れモード。とは言え、別にソレは本気で疲れている訳じゃ無いんだろう。
エルーも席に着いたので俺も空いている席に座る。
この最上階は俺たち以外には誰も客は居なくて静かである。
席もテーブルもそこまで多い数がある訳でも無いのだが、真昼間から酒を飲みにここまでやって来る他の客はいないと言う事で良いんだろう。
もしくはこの店の独自のルールである「階級」などと言ったモノが高い者でないとここでの飲酒が出来ない仕様であるのか。
そうすると最上階と言うのはビップ席と言う事になるのかもしれない。
そうすると客がいない事もすんなりと理解が出来る。とは言え、俺はここの店に初めて入ったのだからそこら辺を深く気にする様な事をする必要も無い。
そんな事を暫し考えていたら店のスタッフだろう同じデザインの色違いなチャイナ服?を着た女性たちが四名程やって来て何やら作業し始めた。するとこの階の壁を取り外し始めたのだ。
ここに辿り着いた時には密室になっていて景色も何も無く、そこに違和感しか無かったのだが。
どうやらこうして客が来た時にだけ戸を取り外しているらしい。
その開かれた所からは壮観な景色が広がる。かなりの遠くまで見渡せる。
その景色に意識を持って行かれている間にいつの間にかテーブルにはお酒の入れられたガラスのピッチャーらしき物が。それとオツマミの皿が三種並んでいた。
そのオツマミがどの様な味でどの様な素材が使われてるのかは見た目では俺にはサッパリ分からなかった。
「おーし!それじゃあ飲もうぜ!」
「あら?ダグは山登り・・・」
「エルーしつけぇ!」
しれッとダグを揶揄うエルーはサッとピッチャーを持って既に俺の横に立っていた。
お酌をしてくれると言う事なのだろう。目の前にあった陶器製の白い湯呑の様な器を俺は手に持つ。
これに美しい所作でエルーが注いでくれる。
御返しにと俺はエルーからピッチャーを取り上げてお酌を返す。
コレをニッコリ笑顔で受けたエルー。
「おおい!俺には無しかよ!?」
するとダグがそう叫ぶ。もしかしたらここで俺には全く分からない、知らないルールでもあったのかもしれない。
お酌一つとってもここは俺の知る世界では無いのだ。ダグに対して失礼な事をしたかもしれない可能性はある。
けれども俺がこの国に初めて来たと言う事はダグはもう知っているはずだし、そう言ったこの国独自のルールや習慣などを俺が知る由も無い事は分かっていたはずだ。
そういう経緯があるのにも関わらず今ダグがお酌をされていないソレは「もう遅い」と言うヤツである。
「お前ら俺を除け者にしようとすんなよな!」
俺がテーブルに置いたピッチャーをダグが乱暴に掴んで自分の分の器にザバッと荒く酒を注ぐ。
「優雅じゃ無いわ。ダグ、だから貴方はこの店で余り良い顔され無いのよ?」
「うっせぇな!?それを今言うか?」
エルーがダグの行動一つ一つに注意をするが、ダグはソレを全く以って聞き入れようとしていない。
こうして少々騒がしくなりつつも酒の席は始まった。
お酒を一口飲んだのだが、濃ゆい紹興酒と言った感じだ。グッとアルコールの強さが喉を焼く感覚。
そこに鼻から抜けていく香りを楽しみつつオツマミの一つ、きんぴらごぼう?みたいなモノをパクリと一箸食べてみれば旨味が強くお酒の香りと混じって何とも言え無い美味しさだった。
そこにこの国が、街並みが一望できる景色である。贅沢な事である。
視界一杯に広がったその光景はおそらく夕日、夜景、朝日と言った感じでそれぞれでその印象が強く変わるのだろう。
今はまだ昼が過ぎて少々の時間だ。まだまだ一日が終わる時間まではかなり残っているので赤く染まった景色が見れる頃までここで飲んでいればベロンベロンになってしまうだろう。
(まあ俺は酔っぱらわないと思うけども。ダグは駄目だろうなぁ)
オツマミが美味くてお酒がすすむ。お酒がすすんでオツマミの減りも早くなる。
ペースがどんどんとこれでは早くなって行ってしまう。自制が必要になるだろう。
ゆっくりと食べ、ゆっくりと飲むにしても、口の動きが、飲むのが止められ無ければ早々に酒もオツマミも無くなってお代わり、などと言った事になってしまう。
だからこう言う場合は会話を多めにして行くのが賢いのだ。
会話に集中して飲むペースも食べるペースも落として喋る方に口を動かす様にするのである。
「で、エルーは俺の事は少しは解ったのか?国の機関の調査員と言った所なんだろ?いや、それともちょっと違う感じ?」
「あら?バレていました?」
悪びれもしないで綺麗な笑顔をこちらに向けて来るエルーはどうやら俺にはバレていると覚悟はしていた模様。
「ダグもどうやら国の機関の関係者?とまではいかないまでも相当にそっちの事情を知っている風だよね?」
「はっ!お前には隠し事は出来んらしいな。そこまで分かっちまったか。まあ色々とやって来たからな昔は。まあ今も時々協力要請が来る時もあらーな。」
ダグの方も不敵な笑みでそう返してくる。
だけども俺はここでこの店に関する確信を口にする。
「で、ここのお店も恐らくは国の監視が入っているか、そもそもが国が裏で経営しているっぽいよね?」
「おいおい、そこまでお見通しかよ。こりゃ参るぜ。」
「で、俺をそもそもどうしたいの?この国で悪さをする気なんてこれっぽっちも無いってのは、伝わったのかね?」
ダグが俺の言葉を肯定する事を口にしたので続けて俺はそう聞いたのだが。
「ダメだな。口先だけじゃ何の信用にもならないんだよ。このまま監視は続けるさ。まあ俺の立場的にはケンフュが納得するまでの間って事になるんだがな。とは言え、これまでの俺の見立てじゃあ、エンドウはそんな真似をする様な奴じゃないってのは感じるがな。」
ダグは俺に対しての評価としてどうやら「良いヤツ」と言った判断は下してくれている様子。
だけどもエルーの方の表情は厳しい。
「私の方は・・・貴方がどれだけの術を扱えるのか、どれ程の威力を出せるのか、操れるのか、そう言った所を見極めさせて貰いたい所なのだけれど・・・」
「それで、最終的には勧誘するのか?いや、無理やりにでも所属させる?」
「そこまでするか、しないかは上の判断ね。それに貴方はこの国の出身者では無いでしょう?この国に来た目的も「観光」だなんて、そんな貴方が機関に入る何て事を考えるとは思えないわ。それと、私が貴方と会ったのは本当に偶然と言った所よ?ダグに呼ばれたって聞いたからあの時は対応したけれど。こんな事になると分かっていたら絶対にそんな呼び出し無視している所よ?」
「え~?それって出来れば俺とは会いたくなかった、って事を言ってるよね?」
「だって、私の力量では到底貴方を見極めるのは無理だもの。上げる報告書もどう書けば良いか、今も頭の中がぐちゃぐちゃよ?こうなったのは全てダグのせいよ。」
「おうい!お前なに責任転嫁してきてやがるんだよ。いきなり俺のせいとかぬかすんじゃねーや。」
ダグはエルーを睨むが、コレはスルーされて話が続く。
「私はあそこで客の中に「術」を使って不正をしている者が居ないかどうかの監視の役目と、その様な者が居たら機関に勧誘する為に派遣されていたの。まあ滅多にそう言った者は現れたりは無かったけれど。極稀に居るのよ、そう言う奴が。けれど、貴方はそんなちゃちな奴らとは比べ物にならない位に違う。」
真剣な顔になったエルーがぶちまけた事実は俺の予想していた内容に近からず遠からずと言った感じ。
この国では希少なのだろうその「仙術を使える者」を少しでも見つけ出す為にあそこに派遣されているらしい。
「貴方が突然理由無く暴れる様な事をするはずが無い、短い時間だけれどもその位は分かった。けれど、ちょっと怖いのを我慢してる位よ?」
ここでエルーは正直な気持ちを吐露した。俺の事をどうやら怖がっているらしい。
だから俺はそれに対して言ってやった。
「俺は悪い魔法使いじゃ無いよ?」
「ふふッ。何よそれ?まあ、確かに貴方は悪人には見えないけれど。その正体なんて土壇場になって見ない事には分からないものよね。」
「うーん、これでもまだ疑われるのかぁ。ってか、こんなセリフじゃ寧ろより疑われて当然か。冗談で言った訳でも、嘘でも無いんだけどね。信じて貰え無いってあんまり気分が良くならないよねぇ。でも別に信用されて無いって事で俺に対して不利益を与えようとして来てる訳じゃ無いしなぁ。何ともモヤモヤさせられる。」
ダグもエルーもまだ俺の事を信じ切ってはいないのだが。
だからと言って俺に対して意地の悪い事をしてきている訳でも無く、害意を持って接してきている訳でも無い。
寧ろ良くしてくれている。俺の求めに応じてこの国の案内もしてくれているくらいだ。妙な感じである。
ダグは俺の事を既に悪いヤツじゃ無いと判断してくれている様ではあるが。
そもそもファロン、俺の事をダグへと押し付けた本人が今何処に居るのかが分からない。
俺が全力を出して探せばきっと見つかると思うのだが、その必要性を今は感じていないのでソレをする気も無い。
何処かで俺の行動をファロンも監視しているのだろうかと思うが、何時になったらそれで俺の事を「人畜無害」だと判断するのだろうか?
その様に判断した後は俺の前に再び姿を現して来たりはするのか?
何とも言え無いモヤモヤがそう言った所にもある。
とは言え、今の所で一番重要なのはケンフュの俺に対しての評価である。
多分今もケンフュの放った監視が幾人か付いていて俺の言動を報告している事だろう。
ケンフュに何時までも睨まれていると気分がスッキリしない。
だってそうなればここに居る間はずっと監視を付けられっぱなしで過ごさねばならなくなるからだ。
「うん、じゃあ直接その機関を見学させて貰え無い?あ、別に今日じゃなくて良いよ。明日でも、明後日でも、見学しても良い日があればそれで。今日はここで夕日に染まる景色と夜の景色を堪能したいから。・・・あ、それまでの飲食って、代金俺の持ってる分で足りる?ダグ?どう?」
監視を付けられているとは言え、別に俺に対して害を与えようとしてきている訳では無いし、何かを企んでいそうと言う事も無い。
なので俺はこの件をグッと吞み込んで観光を楽しむ事に集中しようと思考を切り替えた。
そこで出て来た俺のこの「見学したい発言」にエルーが固まった。そんな事を言い出すなどとは想定外だとでも言いたげだ。
しかしダグはここで大笑い。
「ぶふぁはハハハハハ!だ、大胆過ぎるぞおめーはよぉ!いきなり見学させてくれってか?お前今の自分の置かれている状況が全く解ってねーのかよ!何を考えてるか分からねえ、んじゃねえなこりゃあよ!エンドウ、お前は最初っから何も考えてねーんだな!そりゃお前の事を読み取ろうとしても訳が判らなくなるのも無理ねーや!わははは!ワハハハハハハ!」
腹がよじれる、などと言いながらダグは床を転げ回って笑い続けている。
悪酔いしている、といった風ではない。本気で面白がって笑い転げているのだ。
「まあ確かに。俺は自分の力の大きさに甘えてその場その場の行き当たりばったりな言動をしてる自覚はあるなぁ。けど、ダグにそこまで馬鹿笑いされる程の事じゃ無いと思うけど?」
俺はここでダグに魔力固めをお見舞いしてやった。そしてそこから体を操って椅子に座らせる。
「おげッ!?何だこりゃぁ!?おいおいおいおいおい!何が起きてやがんだよ!?勝手に動くぞオイ!?エンドウ!お前がやってんのかコリャ!?き、気持ちワリィぞ!?」
突然の事で驚いているダグ。しかし俺にとっては慣れたモノだ。
パパッとササッとダグを動かして着座させたら即座に魔力固めを解除する。
「・・・酔いが一瞬で覚めちまったぜ・・・恐ろしい事してきやがってエンドウめ。酒の肴にするにはちょいとこの体験は肝が冷え過ぎるぞこの野郎。」
「散々人の事を笑っておいてその言い方はどうなの?ちょっと反撃しただけじゃん?寧ろ得難い経験が出来ただろ?感謝して欲しいな?」
「うげぇ。こんな事もう二度と御免だぜ。こんな気持ち悪ぃ事なんてそう何度も何度もやられて堪るかよ・・・」
ダグはそう言って「酔い直しだクソが」と酒を自分の器にザバッと注いでグッとそれを一気に飲み干した。
そんな俺たちの一連のやり取りを見ていたエルーの頬は引き攣っていた。
どうやら俺がやった事が一体何なのかを理解している様だ。
「出鱈目過ぎるわ・・・一体こんなの相手を誰が止められるって言うのよ・・・」
そんな青褪めた顔でエルーはチビチビと酒を口に含んでその度に溜息を溢していた。