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新鮮

 ギルドに帰って来れば受付嬢は変わっておらず、そしてやはり居眠りをしていた。

 これを起こす様に俺は「依頼を達成してきました」と言って依頼主のサインが入った紙をカウンターに出す。


「ひゃい、ご確認れすね・・・ちょうちょうおまひを・・・」


 寝ボケ眼を擦りつつも仕事をしっかりと熟そうとするその態度は良いのだが、そもそも寝てるんじゃないよ、と言いたかったがソレは抑える。

 ここまで閑古鳥が鳴いて暇であれば仕方が無いと言うモノだ。

 どうやら受付に入っている職員は彼女しか見えず、その他にも居るはずである役員がここにはいない。


「・・・え?本当にコレ達成してきたんですか?虚偽申請されても直ぐに分かっちゃいますよ?だってこれ朝を過ぎた辺りに受けましたよね?今は昼過ぎですけど、そんなに即座に依頼達成なんて・・・しかも二件も?」


 どうやら書かれたサインを確かめる手段があるようだ。何も言わずに紙をそのまま裏手に持って行って受付嬢は小部屋へと入って行く。


「なあラディ?これもうちょっと時間かかりそうじゃないか?もしそうであるなら先に飯が食いたい。」


「ん?大丈夫だ。すぐに終わる。疑惑のあるのはこうやって直ぐに判別が出るように先に調べるんだ。信用のある冒険者が申請した依頼達成票も後で虚偽でないかどうかの真贋はするんだ。その内戻って来る。」


 ラディの言った通りに受付嬢は戻って来た。しかも口端を引くつかせて。


「し、信じられ無い事ではありますが、どうやら本物の様ですので、こちら、依頼成功の報酬です。どうぞお受け取りください。」


 金貨の入った袋がカウンターに置かれる。それをラディが手に取る。

 そして持っていたカバンに入れてその場を去った。


(ふーん、そうか。あっさりしたものなんだな、普通の依頼って言うのは)


 俺の初仕事はダンジョンやら、オーガ討伐やらでいきなりギルド長の執務室に行ったりしたものだからこのやり取りのあっさりした感じは初めてだ。

 素材を一人で売りに行った時もその後にドタバタが有ったので、こういった静かに、それでいてしっかりと手続きが終わりサッと立ち去ると言う一連の行動が凄く新鮮だ。

 俺もラディの後に着いて行くが、その後ろで未だに「信じられない・・・」と呆然と俺たちを見送る受付嬢の声がしていた。


「じゃあ美味い店に行くか。で、どうする?飯が美味い所か?それとも酒が美味い所か?」


 ラディはその両方を知っていると言いたいようだ。でも俺はどちらかなんてのを取らない。


「両方で。もう今日は酒飲んでもいいだろ。観光にきたんだ。その観光するための金もこうして得た事だしな。この街を見て回るのは明日でもいいや。あ、ビグバドを持ち込み素材として調理してくれる店とかあったりしない?」


 この意見にラディは「よし、じゃああそこだ」と言って狭い路地を歩いてどんどんと奥に行ってしまう。

 その後ろを付いて行くと一軒の家に辿り着いた。


「もしかしなくとも隠れ家的なお店だったり?いやーこういうの憧れるよね。良く知ってたなラディは。」


「ははは。まあな。ここは俺の知り合いの家でよ。料理も美味いし、酒も上等なのを揃えてあるんだ。もっとも、それらに見合うだけの金は要求されるぜ?」


「そこは知り合い価格で一つお願いします。」


 どうやらコレはラディのツボに入ったようで大笑いしながら「ああ、そこら辺は要相談だな」と言ってドアを開けた。

 で、開けたは開けたでいいのだが、そこには六人掛けのテーブル、それと椅子。なんの飾りも無い平坦な部屋だけだった。


「おいおい、本当にここ、大丈夫なのか?」


 不安になってラディにそう聞いてしまうが、大丈夫だ、と言われる。

 その言葉の次には奥のドアから顔中が傷跡だらけのスキンヘッドの強面オジサンが現れる。


「ラディか。ドアの外で大笑いしてやがったのは。うるせえんだよテメエ。静かに入って来れねえのか?そんでなんだ、そのみょうちくりんな野郎は?」


 顔とセットで超コワイ、ドスの効いた声だ。しかも俺を見るなりみょうちくりんと言ってきた。

 確かにこの世界でおそらくは誰も着ていないだろうスーツを着ている俺はみょうちくりんと表現されても言い返せない。


「うちの新人だよ。こうして面通しと、ついでに飯と酒を、な。」


「初めまして。遠藤と言います。宜しくお願いします。本日は美味しい料理とお酒を頂けると言う事で。」


「ふーん、礼儀はできるみてぇだな。カジウルとはエライ違いだ。俺はゴズ。で、予算はいくらだ?」


 自己紹介もあっさりと、ゴズと名乗ったこの店の主は予算を聞いてきた。

 ソレにラディは俺に目配せしてくる。どうやらビグバトを出せと言っているようだった。


 そこでインベントリからビグバトをとりあえず五羽取り出す。

 インベントリを見たであろうゴズはそれに驚きはしたがそれ以上のリアクションは無い。

 多分口が堅いのだろう。人の事情をむやみやたらに興味本位で掘り返そうとしない人柄のようだ。

 そうだからこそラディは俺に何もインベントリの事を注意しなかったのかもしれない。

 ビグバドを取り出す際にラディの表情は別に変化は無かった。

 ゴズの人柄を知っていたからに違いない。そうでなければ取り出すのを止めていたはずだ。


「こいつを提供するから調理してくれ。後、こいつにいろんな酒を飲ませてやりたい。いいか?」


 そう言ってラディはギルドで受け取った報酬の袋から金貨を五枚取り出す。


「太っ腹だな?随分と大物のビグバドじゃねーか。しかも五羽、ね。どうやって手に入れたのかは聞かねえ。良し、腕によりをかけて作ってやるさ。」


 そう言ってゴズはまとめてそのゴツイ腕でビグバドを五羽を掴み、まとめて脇に抱えて奥のドアへと去って行った。


「じゃあ俺たちは座って待っていようぜ。ちょっとすれば食前酒が来る。それを飲んでいよう。」


 俺はラディの言う通りに席に座る。するとすぐに奥のドアから女性が現れてお酒の瓶とグラスをカートに乗せて持ってきた。


「あら、ラディじゃない。珍しいわね。久しぶり過ぎて貴方の顔なんて忘れかけてたわよ?」


 クスクスと笑ってそう口にする女性もどうやら知り合いの様子だ。

 髪は肩の部分で切りそろえられていて前髪は上げられおでこが見える髪型だ。

 目はぱっちりでまつげが長い。しかも目力?が強い女性だった。


「ああ、お前にも紹介しとくか。こいつはエンドウ。俺たちの新しい仲間だ。でこっちはルーネ。」


「どうも、遠藤と言います。本日はお世話になります。」


「あらあら、ウチの旦那がやけに機嫌がいいと思ったら。もしかして、なにかやったの?」


 どうやらルーネはゴズの奥さんらしい。で、どうやらそのゴズが機嫌が良いらしい。


「なに、ビグバドを五羽程渡しただけさ。大層な事じゃない。」


「あらやだ、それは確かに機嫌がよくなるわけだわ。ふふふ、じゃあ、今日はゆっくりして行って。」


 そう言ってルーネは酒とグラスをテーブルに置いてまた奥のドアへと戻って行った。

 そしてラディに酒を注いで貰って乾杯をする。飲んだ透明なソレは白ワインに似たものだった。


「常温だな。これを冷たくしたらもっと飲みやすくなるだろうな。で、教ええくれよ。どうすりゃいい?」


「ああ、ならその酒に魔力を溶け込ませるような感じで。んでそうだな。極寒の地を思い浮かべてソレをそのまま魔力に、酒全体に伝える。」


 俺はなるべくラディに分かりやすくなるようにと思って言葉を選ぶ。

 ソレを聞いてラディもその通りに実行しようと集中し始めた。

 俺のイメージは休息冷凍、マイナス三十℃の冷凍倉庫を脳内に思い浮かべる。

 こういったイメージはテレビを見ていた時の映像だったりするのだから何が役に立つか分かったモノでは無い。


 そしてどうやら成功した手応えを得たようでラディは持っているグラスをグイッと飲む。


「凄いな。かなり冷たくなった。魔力、魔法ってのは・・・世の中に広まっている理は間違っているのか?」


 俺はこの世界の魔法、魔力の知識を知らない。師匠からある程度は教わってはいたが、本格的に勉強した訳では無いのでこれが俺のスタンダードである。

 イメージ一つで「ほぼ」なんでもアリアリである。プロパンガスまで再現できたのだから本当に魔力とは、魔法とは訳が分からない。


(アイ・ピー・エス細胞って言うのかね?この場合はあらゆる事に変化する基になるのが魔力で、そこへイメージと言った起爆剤で変化を起こさせる?)


 そこら辺は専門家でも無い俺が思考実験をしたところで有用な事は解りそうにも無いと思って酒の味を堪能する方に集中した。


 そこに料理が運ばれてきた。先ずそれの入ってくるインパクトはパリッとさせるまでジックリ火を通したであろう香ばしさが漂う鳥皮である。

 コレはきっとビグバドのだろう。肉厚でジューシーな肉がその次に存在を主張してくる。

 俺はそれに目を奪われて難しい事を考える事を止めた。


「美味しそうだな・・・やばい、唾が止まらないんだが。もうコレ齧り付いてもいいか?」


「はいよ!その人が食べたいように食っていいさ。うちはお上品な店じゃないからね!ソレに他の客もいないんだ。ガブッとやっちゃってくれていいよ!」


 ルーネのこの言葉に許可は下りたと、俺は思い切り口を大きく開ける。皮と身を合わせて一緒に味わうために。


「うめぇ~。肉汁が口内に拡がるぅ~。皮がパリパリ、香りが鼻を・・・はぁ~美味い。」


 夢中で口をいつまでもモグモグと動かす俺をラディが「お前、面白い顔になってるぞ?」とからかってくるが、そんな事はお構いなしにずっと肉を咀嚼し続けた。

 そんな調子で食べていればあっと言う間に肉は消えてしまう。その事に俺は凄く残念な気持ちになった。


「ああ、もっと食べていたかった。もうちょっと食いたいな?」


「まだ楽しみは有るぞ?何せゴズは料理の腕はかなりのものだ。次が来るぞほら。」


 そこに出てきたのはおそらくは臓物系だろう。小さな鉄板の上にいくつもじゅうじゅうと音を立てたそれらが良い香りの美味そうな油の匂いを立てている。


「さあ、この酒をグイっと煽りながら食うこいつは最高さ!熱々の内に召し上がれ!」


 ルーネが次に持ってきた酒はビールである。だが、やはり温い。

 しかし魔法が有ればこれもチョチョイのチョイなのだから有難い。


「何だいそりゃ?あら驚いた!うわ、ナニコレ?冷えに冷えてるじゃない!?ねえ?ちょっと飲ませて貰って・・・いい?」


 ルーネが見ている状態で冷やしてしまったので目ざとくソレを追及されてしまう。

 だけども俺はコレに別に断ったりしない。俺はその大ジョッキをルーネにどうぞと渡す。すると。


「グッ、グッ、グッ・・・ッぷはー!凄いね!凄いわ!ナニコレ!?マジで何なの!?」


 ちょっと口を付けた、と思ったらそこから一気にグイグイとキンキンに冷えた酒を喉へと流し込んであっと言う間にこれを飲み干してしまったルーネ。

 その姿に彼女から酒豪の気配がしてならない。


「教えて教えて!私が持ってきた時には温かったじゃない!?どうやったの!?あ!ゴメン!今すぐにもう一杯持ってくる!貴方の分、私が勢いで飲んじゃったわよ!」


 ドタバタしながらルーネがまたドアの奥へと行ってしまう。だがすぐに戻って来る。


「とりあえずこの事はまた後で!教えるのにお金を要求されても払うわ!あんまり吹っ掛けられると困るけど、でも、どうやったのか知りたい!じゃ、また後でね!」


 こうしてルーネはバタバタしつつ足早にまたドアの奥へと去っていく。


「じゃあ、食うか。熱いうちに口に放り込むのが美味いんだコレは。」


 ラディはそう冷静に言うと、一つの塊をフォークで刺しでソレをフーフーと冷まそうと息を吹きかけつつパクっと口に入れた。

 俺もソレをマネして一つ口の中に入れてよく噛んで味わってみる。すると。


(あー、コレ砂肝まんまだ。噛み心地良いなぁ。しかも噛めば噛むほどジュワジュワと唾液と肉汁が混ざって得も言われぬ美味さに・・・)


 とここですかさず冷えたビールをぐびっと一口呷る。そのタイミングはラディと一緒だった。

 コレに俺たちはぷふっと噴き出して笑う。

 先程と違うタイプの肉を口に入れればそれは今度はレバーであるようだった。


「うわー。滑らかだなぁ。溶けていくぞコレ。美味すぎだろ・・・」


 と自然と口から漏らしてまた俺はグイっとビールを呷る。肉の美味さが酒の冷たさに流されて口内がスッキリする。

 するとまた一つ、また一つと次々に鉄板の上の肉は消えていき、ようやくソレが無くなって至福の時はまた終わる。


「コレはもうちょっとで腹一杯になるな。で、まだもう一つあるの?」


 俺はラディに期待を込めてそう聞いてみる。しかしコレでお終いだと言う。しかし続きがあった。


「この後はゆっくりと酒を楽しむための、ツマミが出てくる。もちろんそれも抜群に美味い。酒も上等な奴が出てくる。」


 ルーネが鉄板を片付けた後にゴズが現れた。その手に持っている酒瓶は透明で、入っていたのは琥珀色をした美しい酒だった。

 ソレを注ぐための器は切子細工の様な美しいグラスでゴズがソレを持っていると違和感が。


「おい、お前何か失礼な事を考えてねえか?」


 ゴズが俺へとそう問いかけてくる。それにちょっと俺はどきりとしたが、ラディがフォローを入れてくれる。


「お前さんがそいつを持っているのはどうにもな?ははは。怒るなよ。」


 ちょっとだけムスッとしたゴズの顔。しかし直ぐに表情を戻してゴズも椅子に座る。

 そこに現れたルーネもゴズの隣に座った。


「さっきはルーネが失礼な事をしたんでな。謝る。それと、こいつはいつも出している奴より一つ上等な奴だ。詫びと言っちゃあなんだが、飲んで行ってくれ。」


 そう言ってゴズが酒をグラス半分まで注ぎソレを俺の前へと差し出す。

 同じようにラディの前にも、ルーネの前にも、自分の前にも。


「コレ、滅多に出さない奴なの。だからどうせなら私たちも楽しもうって。」


 ルーネがそう口にする。どうやらラディは顔なじみだからだろう。普通の客とは違うと言いたいのだ。

 コレに俺は別段、嫌な思いはしないのでグラスを手に持ちそのまま少しだけ酒を舐めてみる。


「あぁ、これ、ウイスキーなのか。ならストレートでじゃ無くロックが良いかな?」


 味も香りもウイスキーだったソレに俺は魔法で氷を生み出す。しかも洒落た丸い奴だ。

 コレにゴズもルーネも驚く。ラディは「おっ?」といった表情で俺のやる事の目新しさにまたかと言った期待の視線を向けてくる。

 その期待に応えて俺はまずラディのグラスに氷を生み出し、次にルーネ、ゴズと次々にグラスへと氷を生み出していく。


「凄ーい!凄い!貴方、魔法使いだったの!?これ・・・ああ、こうして少しづつ溶ける氷で酒の変化が楽しめるのね!本当に発想が面白いわ!」


 真っ先に気が付いたのはルーネだった。ラディもコレに納得している。ゴズと言えば。


「むむむ?確かに高い酒だからな。一杯を長時間楽しむのにはうってつけか。ぐびぐびと飲むような酒じゃないからなコイツは。面白いものだ。口当たりもキリッと冷えていい感じだ。」


 この後はラディとゴズが昔に冒険者として組んでいたと言った昔話に。

 そしてゴズが飲み比べでルーネとやり合って負けた話が。

 ゴズがラディと出会った時にはもう既に料理の腕前は高かったとか。


 その様に昔話に花が咲いた後にルーネが俺へとビールの冷やし方を教えて欲しいと迫ってくる。


「ねえ!教えて!ホントにあれどうやったのか知りたいの!あんな美味しいキンキンに冷えたやつなんて何処の国に行っても飲んだ事無いもの!」


 ルーネ酒豪説が本格的に確定する。ここまで熱心に迫られたら断る事はできない。

 ラディの知り合いでもあるし、こうして冷やしたビールを喜んでもらえるのであれば教えないわけにもいかないだろう。

 でも、ここで待ったがかかる。ゴズだ。これにルーネを失礼にも程があると言って諫める。


「ああ、良いんだ。教えるよ。別にどうと言う事も無いから。でも、ルーネさんの魔力量、どれくらいある?そこが問題なんだ。」


 冷やすのにそこまで多くの魔力は必要無い。しかし魔力操作が肝心だとここで話す。

 だが魔力量は多くないとその操作もしにくいもの。無い物を操作しようとしても根本的な魔力が少ないとそれもやりにくい。


「あー、そんなに多くは無いかな?でも、やり方は知っておきたいの。アレを自由に飲めるのなら魔力量を増やす修行もするわ!」


 もう決意は固いようである。これにはゴズも大分呆れ顔になっていた。

 これに俺はラディへと視線を送る。そう、ルーネに「アレ」を施していいかどうかだ。


「良いんじゃないか?ここには俺たちしかいない。むしろ、面白そうだ。」


 ラディは多分酔っているのだろう。そして仲の良い知り合いが相手であるから少しブレーキを踏むのを甘くしている。


「ゴズさん、ちょっとルーネさんにする施術が有るのですが、許可は?」


 この俺の言葉に「んん?」と妙な顔になりつつも一つこくりと頷いた。

 コレに座っているルーネの背後に立つ俺。そしてその背中に手を当てる。

「え?何?何が?」と言って戸惑うルーネに俺は説明をする。


「今からルーネさんの魔力を上げるための方法を実行しますので、驚かないでください。その後は魔力操作も上手くなるように指導をしますので、その後に実践しましょう。」


 この説明に「え?そんな直ぐに?ホントに?」と戸惑いが終わらないルーネに魔力を少しづつ流す。


「ふひょおおおおおおお!?ひゃあああああ!?ひゃひゃひゃひゃひゃ!?おほおおおおおお!?」


 という嬌声とも悲鳴ともとれる声を上げてルーネは身悶える。目は見開き、顔を赤らめ、口は開けっ放し。

 コレにゴズが椅子から立ち上がって俺に突っかかろうとしたのだが、ラディがソレを止めてくれた。


「はい、では落ち着きましたか?コレで魔力量は上げられたと思います。それじゃあ身体の中を動くその未知の感覚を良く感じてソレを自在に操れるようにと集中してください。それは自分の一部で意思一つで自在に動かせるものだと言う事を自覚してください。」


 俺はそう説明してルーネの中の魔力を右、左と口にしつつゆっくりと動かす。それを一緒に意識してくれと。

 右の手、指先から腕をゆっくりと通って右肩、、鎖骨、左肩、左腕、左手、そして指先。

 それらを本当にスーパスローの映像を流すかのような感覚でゆっくりと動かしていく。


「左指先からまた動かしていきます。鎖骨までまた行きますよ。そしたらそのまま下に。鳩尾までゆっくりと。徐々におへそに。脇腹へ、背中に広がる感覚に変えてまた収束します。首後ろ、後頭部そのまま頭頂、鼻筋を通ってまた鎖骨に。早さを上げます。そのまままたおへそに。今度は二手に分かれて太腿、膝、ふくらはぎに足の裏へと。」


 ドンドンと俺はルーネの中の魔力を様々な部位へと移動させていく。

 ソレに合わせて真剣な顔つきに変わるルーネを見てゴズもまた椅子座り直してその様子を見守った。


「凄いわ・・・本当に、貴方何者なの・・・こんなの初めてよ・・・」


 俺が手を放した時にはもう既にルーネは自分の中の魔力を自在に動かす事ができるようになっていた。

 その事に驚きが隠せないルーネ。これをゴズは心配そうに見ている。


「ゴズもやってもらいましょうよ!これ!凄いわよ!あ!そうだ!お酒持ってこなくっちゃ!」


 まずは酒、ルーネは本当にぶれない。それほどに冷やしたビールが衝撃的だったのだろう。

 すぐさまビールを四杯ジョッキに入れて持ってきたルーネ。


「さあ!どうすればいいの!私が冷やした初めてのお酒を旦那に飲ませたいの!」


 この言葉にラディがゴズに「愛されてるな」と笑う。コレにゴズが苦虫でも噛み潰したような顔になったのは面白かった。

 俺はラディに教えた時の説明をルーネにもする。するとどうやら一発で成功したらしく、それを飲んだゴズも大いに驚いていた。

 大成功と言った感じの満面の笑みに変わるルーネを見てゴズも満面のニヤリ笑いをするのだった。

 その顔はどう見ても悪人面で俺もラディも何故だかその時のゴズにゾッとしたのは秘密だ。


 こうして賑やか、和やかに終わる食事。もちろんゴズにもその後にルーネにやった同じ施術をやった。

 この時のゴズの様子にルーネは大笑いをしっぱなしで「お腹痛い・・・」と腹筋崩壊をしていた。


 そして店を出る頃にはもうすっかりと夜になっていた。


「美味かった。またそのうち顔を出す。じゃあな。」


「おう、今日は俺たちが貰い過ぎた位だ。今度来た時には奢りだ。ガンガン食ってジャンジャン飲め。またな。」


 ラディとゴズはお互いにそう言って振り向かずに別れる。


「今度来た時は冷えた酒を最初から提供するわ。いやホント、今日は人生の転換点だったわ!」


 ルーネは俺へとそう言葉を伝えてくる。それに俺は会釈を一つするだけに止めて店を出てラディの後ろに付いて行った。

 宿へと到着すればもう大分暗い。とは言ってもまだまだ早い時間だ。

 しかし楽しい食事、酒、会話で満足していた俺もラディも部屋に戻って早めにベッドに飛び込むことにした。

 こうしてバッツ国での楽しい一日は終わりになった。


 翌日、俺は朝早めに目が覚める。今日も何か面白い事が無いかこの街を回るつもりだ。

 それとこの宿が気に入ったので受付で宿泊延長を申請し、支払いを済ませる。


 そのまま朝の市場を見て回ってそこで朝食を食おうと思って外に出た。


「あら?エンドウ、早いのね?昨日はラディと飲んでたみたいね?で、今日は何する気なの?これと言って時機じゃないこの国の観光はそこまで面白い物無いわよ?」


「ん?俺にとっては何処に行っても面白いモノだらけだけどな?」


 当たり前だ。この世界の人間では無い俺。そしてまだまだ見聞も狭いのだ。

 そんな俺には何を見ても面白いモノだらけだ。いや、面白くない物もあるにはあるのだろうが。


「ふーん?じゃあ今日は私の買い物に付き合ってよ。荷物持ちなんてどう?エンドウの「アレ」ならどうって事無いでしょ?」


 この提案に乗って俺は今日はマーミに付いて行く事にした。

 で、向かう先と言えば華やかなショッピングモールの様な場所かと思いきや、薄汚い、とまでは言わないが大分寂れた区画だった。


「どう言う事だ?女性と言えば買い物、買い物と言えば服、靴、装飾じゃ無いのか?」


「なに偏見を口にしてんのよ?私は冒険者よ?武器の調達しに来たに決まてるでしょう?」


 マーミは真面目だ。ここにきてマルマルの都市では手に入らない物を探そうとここまで来たのだろう。

 だが行く店はどうやら決まっていたらしくこの寂しい通りの中の一つの店に入ってく。


「居るんでしょ?出てきて!いつか見たアレ!買いに来たわよ!」


 カウンターまで行くとその奥にある部屋だろうか?ソコへと大声で呼びかけ始めた。


「うるせえなぁ・・・ちったあ女らしくなったのかぁ?何処をどう見ても以前のまんまじゃねえか。・・・んん?男連れかよ?はっ!外は変わらないでも中身はってか?しかもこんな若造とっ捕まえたとか詐欺だ詐欺!」


 口の悪い男が出てきたが、どうも様子がおかしい。その背は百五十だろうか?どうにも樽体型。

 コレはもしやと思いよく観察すればどうにも幻想物語に出てきそうなあの種族にそっくりに見える。

 腕は太く、髭は口も顎もモジャモジャでいくつもの描写で描かれている存在にしか見えない。

 ついでに眉毛もかなり濃くて毛深く、目に被っていて視線が隠されている。


「こんな所であんたみたいなドワーフに嫁なんか来るはず無いでしょ!さっさとこの店畳ませて故郷に帰らせてあげるために例のアレ買いに来てあげたのよ!帰郷資金にでも充てなさいな。」


 張り合うようにマーミもこの出て来た男に口汚い会話を繋げた。


「お前まだそんな事言ってるのか?アレは俺の最高傑作だぞ?あの弓を引けるのは伝説でも賢者と呼ばれた存在だけだと自負がある!その細腕で引けるもんならタダでくれてやっても良い位だ。その骨しか無いような腕をもっと俺の様な太腕にしてから出直してこい!俺の店を冷やかしに来るのは今日までにしておくんだな。」


 どうやらマーミには得ようとしている武器があったようだ。しかも弓だ。

 そしてこのずんぐりむっくりな男はドワーフであると言う。

 その彼が作った弓がマーミの目的なようだったが、どうやら話がおかしな流れになっている。


「俺が作った弓は誰にも使いこなせねえ。それこそ伝説の賢者を連れてくるんだな。」


 このドワーフは自分の作り出した弓を譲る気が無いようだった。

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