喧嘩する程、仲が良いと言うけれども
「だー!クソ!やっぱ駄目かよ!ちッ!」
ダグの振り下ろした棍はキョウを捉えられなかった。
だからと言って空ぶった棍の先端が地面を叩くと言った事も無い。ピタッとギリギリで止められていた。
キョウは鼻先10cmくらいでダグの攻撃を躱していたのだ。
そこから即座に反撃、キョウの突きがダグの喉を狙う。
「ぐおッ!昔からやる事がエゲツねえんだよ!」
ソレをダグもギリギリで躱したのだが、そこからキョウが続けて何度も突きを連発で放つ。
1・2・3・4・5・6・7・・・
コレを避けたり手で払ったり棍で打ち返したりと、ダグは突きが直撃しない様に必死である。
「技術じゃ勝てねーからなぁ!力押しでと思ったんだが!やっぱり無理があるかお前を倒すには!」
「見通しが昔から甘いのは直らんのか・・・ソレがお前の命を何時か奪うだろうと忠告しておいたはずだが?」
「うっせぇ!俺は俺の死にたい時に!自分の納得の行く死に方をするって決めてんだよ!」
「意思の力ではどうにもならん不条理が、理不尽があるとお前は知っているだろう?」
「俺はそんなモノに振り回されねーようにする為に!その力はもう充分に得てるっての!」
キョウの突きは止まらない。ダグは防戦一方。
そんなギリギリなやり取りの間に交わされる二人の会話。
だがダグがここで賭けに出た様で大きく息を吸い込んだ。
そして次には一瞬でキョウの突きを大きく打ち払った。
木同士が強くぶつかり合う「こーん」と言う音が響く。
ダグの体格で繰り出されたその一撃は力も呼吸もタイミングの合ったさぞ重い一撃だったはずだ。
しかしコレを受けているキョウの体幹は全くブレていない。
吹っ飛ばされたはずのキョウの棍は既に引き戻されてその手元に戻っていた。
ダグは打ち払った一撃の後は大きくキョウへと一歩踏み込んでいる。
そして棍を腰だめにして横薙ぎを狙い大きく既に振っていた。
しっかりとその間合いにダグはキョウを捉えていた。
後ろに下がる事も、ギリギリに避ける事も不可能な状態だ。
しゃがんで避ける、跳び上がって避ける、そんな事も出来そうには無い。
ソモソモがこのダグの攻撃をキョウが避ける気は無いらしく。
キョウは迫る攻撃に対して自分の棍を自ら添える様にして当てに行く。
ソレがぶつかり合った瞬間にはダグの方の棍が大きく受け流されていた。
この交錯で体勢を崩されて致命的な隙をここで晒したダグ。キョウがそこに打ち込まないはずが無い。
「はっ!」
振るわれたキョウのその一撃はダグの胴体を叩き派手な音をさせる。
そこで終了だった。ダグもキョウも互いに一歩引いて会釈の一礼をする。
「あークソ!お前、もうちょっと加減しろよな!俺はここ最近対人戦してねーんだぞ?」
「同じ魔獣ばかり狩っているらしいじゃ無いか。それでは勘も感も観も鈍るに決まっている。まあ稽古は続けていた様子で最低限は、と言った所か。」
「・・・おう、何を上から目線で俺を評してやがる?テメーこそ娘に愛想つかされ掛けてるそうじゃねーか。父親と道場主は両立できませんってか?」
「そんな事を何処で・・・そちらこそ私の何が解かる?何時までもフラフラとしてばかりで娼館通いの酔っ払いが。」
「・・・おい、もう一戦やった方が良いらしいな、あぁ?」
「やってやろう。また私が勝つだろうがな。負けた言い訳を考えておけ。」
この後で再びダグとキョウはやりあった。二戦。これにダグが一勝を捥ぎ取っている。
「だら!くっそ!・・・はぁ~、マジでつえぇよなぁお前はよ。クソ真面目に今でも鍛錬を積んでるんだろうさ。けどよぉ?詰まらねえか?そんな生活?息が苦しくなっちまいそうだ俺だったら。」
大の字になって寝転がってるダグがそんな事をキョウに聞いている。これにはキョウが。
「互いが互いに為したい事を為せば良いだろうさ。私からしたらダグ、お前の生き方の方が理解し難い。」
背筋を伸ばして荒くなっている呼吸を整えつつそう口にしていた。
「あー、もう満足した?俺の事ほったらかしで二人とも随分と盛り上がってたねぇ?」
俺は食客で、監視対象だ。これ程に放っておいて良いのかよ?とツッコミを入れる。
二人がここで同時に「あ」と言った顔をしたのは随分と面白かった。
「まあ面白い物を見せて貰ってるし、あんまりゴチャゴチャと言える権利は俺に無いんだけどね。」
面白い物、俺がそう言った事にどうにもキョウは気に入らなかったのかちょっとだけ眉を顰める。
しかし何も言っては来ない。
逆にダグは「がッはッは!」と笑って立ち上がって来る。
「お前からしたら俺たちの今のやり合いも「面白い」にしかならんのか!コレは参るぜ!」
門下生たちは遠巻きで二人の対決を見守っていたのだが。その誰もの顔には関心やら憧憬が浮かんでいた。
俺だけだ。この場で「ふーん、それで?」みたいな顔をしていたのは。
「おっし!それじゃあエンドウ!お前キョウとやれ。こいつは納得いって無いみたいからな!そうだろ?」
「私から食客にならないかと誘って受けて貰えてるんだ。そんな事をできるはずが無いだろうが。」
キョウがダグの言葉を否定する。ソレはそうだろう。客に対して何て事を、となる展開であるそんなモノは。
「いや、別にやっても良いけど。多分キョウが求めてくる様な事は俺にはできんよ?」
そう、俺は武術など習った事は無い。それでキョウの納得いく立ち合いが出来るとは思えない。
「良いじゃねーか別によ。俺が見てーんだよ。エンドウ、お前どれだけ強いんだ?魔獣相手にだけじゃねえ。いっちょコイツ相手にその実力ってのの一端をもうちょっと見せて見ろよ?」
ダグの我儘だった只の。これにキョウが眉間に皺を寄せてダグを睨みつけている。
「じゃあ、ちょっとだけ。」
俺はこれに乗る事にした。だって回りの門下生たちの視線がこちらに突き刺さって来るから。
ここである程度の事はして見せないとやっかみやら妬みなどが後でぶつけて来る者が出ないとも限らない。
何せ今先程にキョウがまさに彼らの前で俺の事を食客扱いしたのだ。羨ましがられる高確率で。
ソレは門下生たちに対して非常に俺への大きな興味を惹かせるに充分なセリフであった。
ならばコレをある程度は満足させないと門下生たちが裏で俺に対して何をしてこようとするか分かったモノでは無い。
俺が全然体術、武術と言うモノで全然強く無いとしてもだ。
「道場主が客人として受け入れる程の達人」と勘違いされている事だろうきっと。
だからちょっとでもそこら辺の勘違い部分を今に解消しておかないと、この先での道場で世話になっている間に俺へと向けられる視線の数を鬱陶しく感じてしまう日々になりそうである。
毎度毎度に勘違いしたそう言った者たちから逐一絡まれたりしようものなら面倒極まりない。
ここで一気にそう言った事は片づけてしまう方が良いだろう。
さて、そうは言ってもこの場でキョウに対してどの様な試合内容にするのが良いのかはサッパリ分からない。
しかしここで迷わず俺はダグから棍を受け取って見様見真似で構えを取った。
これにキョウが少々の驚いたのかちょっとだけ目を見開く。
次には小さく溜息を吐いてから俺に対峙して来た。
「お手柔らかに頼みます。」
コレを口にしたのはキョウの方だ。俺もこれに「こちらこそ」とだけ返す。
さて、ここで俺は固まった。何をどうしたら良いのか全くこの先の展開を考えちゃいない。
突き、薙ぎ払い、叩きつけ、振り回し、どんな動きをすれば良いかが全く分からない。
俺から攻撃を仕掛けた所で所詮は付け焼刃だ。武術の心得など無い俺がどの様に打ち込んだ所でソレは滑稽な動きにしかならないだろう。
ソレはソレで笑いものになるのは御免だった。
「いつでもどうぞ。」
だから俺は無条件で全て受け止める事にした。俺にできる事などそれくらいだろう。
キョウの方から先手をどうぞ、そんなつもりで俺はそんな事を言ったのだが。
「・・・」
動いちゃくれない。キョウがずっと警戒をしっぱなしでピクリとも動かないのだ。
別に間合いが遠い訳じゃ無い。先程のダグとの打ち合いを見ていてもう俺には分かっている。
今の距離ならキョウの「突き」は完全に俺を捉える事の出来る距離だ。
しかし静かなのである。
だけどもこれでは埒が明かないので俺は見様見真似な構えを楽にして崩し、一歩二歩とキョウへと近づいた。
ここで俺が三歩目を踏み出す前にキョウが大きく後ろに跳び退いた。
これには門下生たちからどよめきが走る。一体そこにどんな攻防が有ったのかと言った具合だ。
だけども俺は何も考えちゃいない。プレッシャーを与えたつもりも無い。
寧ろこっちがちょっとドキドキで踏み込んでいるくらいなのだが。
「・・・俺、隙だらけじゃ無い?何で打ち込んできちゃくれないかね?」
「何をしても無駄になりそうな恐怖を感じましてね。しかし、コレでは私の立場がありません。・・・行きます!」
キョウがその掛け声と共に半歩踏み込んで来た。
その時既にキョウの手は、腕は、最小限の動きだけで必殺の「突き」を放って来ている。
ソレは俺の鳩尾を狙って放たれていたが。
「おおう、まるで初動が捉えられ無いな。対峙しているとこんなにも違うのか。遠目で見ているのと、これだけ近づいて対面している状況とでは全然見え方が違うな。と言うか、見え無いな。良くダグはコレを避け続けられたもんだな?」
食らった。見事にクリーンヒット。しかし既にキョウは棍を引き戻している。一瞬の神業だ。
当たった瞬間にはもう引き戻しているんだろう。一連の動作が瞬時に終わるので、まるで何も動いていないかの様にこちらの目には錯覚しそうになるほどの素早さだ。
一応は俺は魔力を脳味噌の方にも、目の方にも流して反射神経を上げていたし、視覚の強化もしていた。
しかし今のキョウの一撃をそれでも俺は避ける事が出来なかった程である。
コレを神ワザと言わず何と呼べば良いのだろうか?本当に凄い。
だけども俺には何らのダメージは無い。ソレはそうだ。ズルをしている。
俺はこの体に魔力を纏って外的要因からのあらゆる「害」から身を守っている。
只の物理攻撃でソレを超えて来る様な攻撃などできるはずが無い。
なのでキョウのその突きも何らの痛痒も感じないばかりか、衝撃すらも受け付けない。
キョウは既にこの時に顔が驚愕に変わっていた。しかし直ぐにソレも引っ込めている。
だけどもその顔色は少々青い。多分ほぼ全力を出した一撃だったからなのだろう。
明らかにダグへと繰り出していた攻撃と今のとではその一撃にかなりの違いを俺でも感じ取れている。
外野から見ていてもそこら辺の違いは分かったのか、門下生たちも驚きの顔を全員が晒していた。
何故今のを食らって何らのリアクションも無いのか?多分そんな事を考えているに違いない。
いや、キョウが手加減、手心を加えたからだと、そう考える者も居るのではないだろうか?
「じゃあ次は俺の番?とは言っても、俺は素人だから雑な動きしかできんのだけどね。」