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カンフー映画

 ここで誰か止めないのか?そんな事を思う俺。


 しかしこちらに見向きもしない者が大半で、注意を向けて来ているだけの者がその残りからの三割くらい?自分の鍛練を続けながらも注意を向けて来ているのは何とも器用である。


 最後に残るのはオロオロしているか、ソワソワしているか、ニヤニヤしているか、ほほう?と興味をそそられると言ったしぐさをしている者だったりする。


(誰も止めに入らんのかーい!)


 盛大に俺は心の中だけでツッコみをする。

 じゃあお前が止めれば良いだろうと言われたらそうなのであるが。


 ご本人たちが相当にヤル気を出しているし、俺はそもそもが只の見学者である。

 関係者で無いのでこうまでヒートアップしているともう止めに入る気は失せる。

 そう、勝手にやってろ、そんな気持ちになってしまうのだ。


 だがしかし、このお嬢さんが幾ら武道を習っているのだろうと言ってもだ。

 男に寄って集ってボコボコにされるのを只見ているだけなどと言うのはしないつもりである。

 危なそうだと思えば助けに入る気でいた。

 そんな只の暴力を見ているだけの胸糞悪い状況などにはしない。


「さあ!何処からでも掛かって来なさいよ!あんたたちみたいな弱い奴らが幾ら数揃えて一斉に掛かって来ようが私は負けないけどね!」


「お前等!手加減すんなよ!今日こそこいつを分からせてやれ!」


 さて、始まってしまった。しかも「一対六」で。だけどもここで先制攻撃が入ったのは。


「ぐえしッ!?」


 お嬢さんの方の拳だった。背後から迫る男の一人へと振り向きざまに一発。

 それだけで男は気絶して沈んだ。顎に綺麗にヒットしていたので恐らくは脳震盪を起したのだと思われる。


「テメエ!」


 などとの掛け声で、ここでお嬢さんの両サイドから掴み掛かろうとする男二名が。


「へぶしッ!」

「ぶぽべぇ!?」


 まるで武術映画のワンシーンの如くに砕け散る。

 お嬢さんの上段蹴りと回し蹴りの連続攻撃で男たちが撃沈されている。


「コナクソがあ!・・・えぶべッ!?」


 これに激高した一名が右中段突きをお嬢さんの腹へと向けて打ち込んだのだが。しかしこれも返り討ちにされている。

 お嬢さんがその腕を掴んで捻ると同時に外側へと押しやり、そこで出来た隙で肘をその男の顎にヒットさせる。

 見事にコレを食らった男はひっくり返って起き上がる気配が無い。これも一撃KOである。


 残り二名になってしまっているが、しかし男たちの方のヤル気は落ちてはいなかった。

 その手には何時の間にか140か、150くらいの長さの棍が握られている。

 一人の女性相手に男二人、しかも武器を持っての対峙である。情けないにも程があると言ってやりたいが。


 しかしもう見ての通りだ。力量差は明白。お嬢さんの方が圧倒的に強いのだ。

 男の方はこうして武器を持ってハンデを入れて丁度良いくらいかもしれない。


 とは言え、ソレで男側が「良い勝負」にまで持っていけれる保証が有る訳では無いのだが。


 そこで片方の男がその棍で突きを狙って来た。これには武器の間合いがかなりあるのでお嬢さんが一方的に防戦になるかと思われたが。


 お嬢さんはくるりとその場で小さく回転するとその突きを躱した。だけじゃ無い。

 その足は高く振り上げられていてソレを落とす。何処にか?ソレは。


「あがッ!」


 突きをして来た棍にである。男はこの衝撃と重さで棍を支える手を離してしまい、地面に落とす。ソレは一瞬の出来事。

 これに手のしびれと驚きで硬直する男にお嬢さんが間髪入れずに一歩踏み込みショートアッパーでそいつをまたも一撃KOした。


 しかしそのお嬢さんの動きの隙に最後の一人、リーダーらしい男が横薙ぎで棍を振るってくる。

 その高さは丁度腰の位置辺りで後ろに下がって避ける事も、横に飛んで躱す事もでき無いジャストなタイミングであった。


 しかしお嬢さん、コレを躱した。いかにしてか?


 しゃがんだのだ。一瞬にしての早業だった。物凄く体勢を低くしたのである。

 恐らくは何らかの「型」なのだろう。その構えは然りと「芯」が入っていて只咄嗟に避ける為にしゃがんだ訳では無いのが一目で分った。


 思っても見なかった空振りだったんだろう。男の身体がこの空振りの勢いでバランスを大きく崩す。

 それはもはや立ち直る事など出来ない程に。


 ここで出来た致命的な隙をこれ程に強いお嬢さんが見逃すはずが無かった。


 跳び上がる、回転する、遠心力が付いた後ろ回し蹴り。その踵が男の顔面をキッチリと捉えた。

 吹き飛んでいく男は白目を剥いていてもう続きは無理だろう。しっかりと気絶していた。


「さあ!私はまだまだやり足りないわよ!ピンピンしてるんだから!どうしたの?立ちなさい!私を寄って集って痛めつけるんじゃなかったの?ハッ!情けない男どもが!さっきまでの威勢は何処に消えたの?この程度で根を上げるとか言わないでしょうね?もしそうなら今後一切あんたらは道場の名を口にするな!」


 お嬢さんはまだ殴り足らない様だった。怒りの炎もまだ鎮火していない様子。

 でもコレを受け止めるハズの男たちは全員気絶させられているのでこの言葉は聞こえちゃいないだろう。


「・・・ちッ!何で父上はこんな奴らをまだ道場に在籍させているの?本当に分からない。分からないわ!」


 憤りが今度は噴出。どうやら父親の方針に反発している模様。


 確かに俺も思う。こいつらが俺に対して絡んで来た態度は道場の品格を落とす様なものだった。

 俺を入門希望の者だと言って腕前を確かめる心算ならもうちょっと言葉を選んで上品に纏めていればこんな事にまでは至らなかったのではないだろうか?まあこうなっては今更だが。


「えーっと?道場の見学は、まだ続けていて良いのかな?」


「・・・え?あ、ああ、そうだったわね。良いわよ。ここで存分に見て行って。・・・変な奴らが絡んで来たら私が後で仕置きするし、遠慮無く言ってね。それじゃあちょっと私他に用事が出来たから行くわね。」


 そう言ってお嬢さんは俺から離れて何処かに行ってしまった。


 一人残された俺と気絶している六名は放置である。


 さて、今の一連の出来事を見ていた野次馬たちはこうして終わりを見届けて自分たちの鍛練に戻って行った。

 誰一人として気絶している男たちを心配する者が居ない。


 取り合えず俺もこいつらの面倒を見る気は無いので見学する立ち位置を変える為に移動する。


 奥の壁際まで行ってそこでインベントリから一瞬で椅子を出して座り、そのままボケッと修行風景を眺める。


「いやー、こんなのアクション映画でしか見た事無いよ。生は迫力が違うねぇ。」


 そんな事を漏らしつつ暫くすれば何やら次第に鍛錬中の者たちがソワソワしだした。

 何かと思って気にしてみれば気絶六名組の所に一人の男が立ってそいつらを見下ろしていた。


 長い腰まである髪、ソレを後ろで軽くヒモで結んで一纏めにしている。

 服はちょっとヒラヒラが多めな男性用の中華服と言った様相で。


「誰か、この状況を説明してくれないか?」


 そんな事を口にする。その声はそこまで張ってはいなかったのだが良く響いて耳に入って来る。


 その男は美形、と言って良い顔つきであり、服のヒラヒラと相まって優雅さが際立っている。


 そんな男に三人程が側に行き、説明を始めた。ソレをジッと聞く美形男子。やがて。


「ああ、分かった。ありがとう。鍛錬を続けたまえ。・・・全く、何をしているんだあの子は。」


 優しい声音で礼を言った男は、その後に離れていく三人に聞こえない程の小さな溜息を吐いていた。


(何かと思って聴力と視覚に魔力を集中して見てみたけど。まさかこの男性、この道場の?)


 俺はあの場から結構離れた位置に居たのだが、その男が溜息の後はこちらに歩いて来るではないか。


 これには俺は「あーあ」とガックリしてしまう。

 この流れのまま行くと俺は多分この道場のアレコレに巻き込まれそうだなと感じてしまったからだ。

 そして案の定。


「やあ、君はどうやら本日ウチの道場に見学に来た者らしいね。しかも、あの六人の件にも関わっているとか?ちょっとゆっくりと落ち着いて詳しい話を聞きたいから別室に来て欲しいのだが。如何だろうか?いや、強制じゃ無い。嫌であれば断ってくれて構わないよ。その場合はここで話をして貰いたいんだが。どうだろうか?」


「・・・お茶と菓子は出ます?」


「ああ、もちろん出そう。それじゃあついて来てくれ。」


 こうして俺は断るのもアレだしな、と思ってそのままその男の案内に付いて行く事にした。


 通された部屋は簡素なモノだ。とは言えそこは全て映画のセットかと言いたくなる程に全部が中華風。

 朱に塗られた美しい色をしている丸テーブルが物凄く目立つ。


 その上に茶と菓子が並べられたが、茶菓子が何と月餅である。ここは横浜中華街?とかちょっとだけ思ってしまった。


「で、最初から、そうだな。君が道場に見学に入る切っ掛けから聞かせて貰え無いか?」


 凄く優しそうにそう尋ねて来る美形お兄さん。しかしそこには俺に対しての何らかの疑いを持っている事が俺には分かった。


 しかして俺にはそもそもにその様な他人に疑われる様な企みなんてそれこそ持っていない訳で。

 ここは普通に何があったのかの流れをお嬢さんとの出会いのちょっと前くらいの所から話始める。


 知らぬ間にこの道場の周辺に辿り着いて掛け声が聞こえて来たから興味が湧いた事。

 入り口の所に辿り着いたらそこに偶然に門の中からお嬢さんがひょっこり出て来て中へと案内された事。

 そこで絡んで来た男たちとお嬢さんが言い合いになって「一対六」でやりあってあの状態になった事。


「とまあそう言う訳で。それで、一体貴方は?」


「ああ、すまない。自己紹介をしていなかったな。どうやら娘が迷惑を掛けた様ですまなかった。私はここの道場主だ。名はキョウと言う。君は?」


「ああ、遠藤と言います。謝罪はいりませんよ。お嬢さんが俺に何かと直接迷惑を掛けて来た訳では無いので。見事に倒された奴らからの謝罪もいらないです。寧ろお礼が言いたいくらいですねこちらから。面白い見世物でした。」


 俺が見世物などと言った事にどうにも機嫌を損ねてしまったらしく、キョウは一瞬だけ眉根を顰めた。

 しかしソレも直ぐに元の表情に戻って話を続けて来る。


「・・・君はどうやらここいらでは見ない服装だね?この国の者では無いのかな?」


「ああ、そうです。観光にやって来ました。つい昨日の事です。」


 穏やかそうでいてこのキョウと言う人物からは警戒心は消えていない。

 俺を未だに探る様にして話を進めて来ている。


「観光、かい?・・・あれ程の数の監視が付いていて?」


 いきなりキョウの視線が剣呑なモノに変わる。その纏う空気も。

 ソレはそうか。どうやら俺に付いている監視とやらの気配に気づいたらしいから。


 そんなモノを知ったら俺への警戒を上げるに決まっている。ケンフュは俺に嫌がらせでもして早々にこの国から追い出そうと言う魂胆なのだろうか?

 どうせその監視とやらはケンフュが差し向けている者たちに違い無いのだから。


「そこまで気づいてるなら言っちゃった方が良さそうですねぇ。ケンフュに監視を付けられてるんですよ。どうやら向こうは俺の事がどうしても気に入らないらしいです。」


 此処でキョウが眉を一瞬だけ顰めてから思案し始める。そもそもケンフュの事を知らなければキョウがその人物に対しての質問をしてくるはずだ。そいつは誰だ?と。


 しかしこうして思案し始めたと言う事はケンフュの事をキョウも知っていると言う事。

 しかもあの組織の最高責任者だと知っているんだろうこの分であれば。


「・・・突然の事ではあるが、どうだろうか?君を内の食客として受け入れたい。色々と世話をしよう。いい話だと思うんだが、如何だろうか?観光に来たと言うのであればその案内も付けよう。どうかな?」


 ここでキョウはぶっ飛んだ話をいきなり振って来た。これには「頭どうした?」と突っ込みを入れる所なのだろうか?

 何をどう考えたらどこぞの馬の骨とも分からぬ者を道場の食客として突然に受け入れようとすると言うのか?


「有難い話です。その申し出を受けたいと思います。これからどうぞ暫くの間宜しくお願いします。」


「・・・ああ、宜しく。」


 キョウは俺の速答にちょっと予想外と言った反応を示したのだが、ソレも直ぐに引っ込めた。

 その代わりに俺に握手を求めたのか、手を差し出して来たので俺はその手を握る。


 向こうもこれに握り返して来たので交渉は成立と言う事だろう。こうして俺はこの道場の食客となった。


 その後はまた鍛錬場に戻って見学の続きをさせて貰った。横にはキョウが付き添う形にはなったが。


 そのまま時間は過ぎて昼頃、お天道様が真上に差し掛かった所で昼食を頂く事に。

 出された食事は八宝菜?の様な料理に肉まんを二つ。

 味も満足だ。俺の知っている味と遜色無いものだった。ここは俺の知る世界とは違うと言う事を忘れかける位には。


 そうして午後の食後休憩を取った後に門下生たちも鍛錬を再開。

 とは言ってもどうやら通いの者たちも中には居るそうで。午前はこうして道場で鍛え、午後は自分の生活の稼ぎを得る為に働く者たちも居るとキョウに教えて貰った。


 そんな風にして鍛錬風景を眺めていたら突然に大声を上げて近寄って来る人物が。

 しかもその声は聞き覚えのある声で。


「おぅい!エンドウ!何でお前はこんな所に居やがるんだよ!?俺が起きるのを何で待ちやがらねえ!?」


 それはダグだった。

 ドッスンドッスンと、余り機嫌が宜しくない事がその歩みから察せられる。


「えー?だってあそこでずっとダグが起きるまで待っているのは時間の無駄だと思って。」


 俺はここで素直にその時のお気持ちを表明。これにはダグが顔を顰めて。


「俺が案内してやるって言っておいたじゃねーか。先に出て行ったって聞いてどれだけ探したと思ってやがる。しかも何で寄りにも因って見つけたと思えばキョウの道場なんだよ?」


「昔からお前は礼儀も作法も・・・いや、もう今更何も言わずとも良いか。何の用だ、ダグ。」


 これにキョウが溜息を一つ吐いてからダグへと要件を問う。どうにも二人は昔からの知人同士である様だが。


「おう!エンドウを迎えに来たんだよ。コイツを色んなトコに案内してやるのさ。この道場にもお前にも用事はねぇさ。さっさと退散するって。そんなおっかねぇ目でコッチ見んなって。」


 そう言ってダグは掌をキョウへと向けてヒラヒラと振る。互いに気安い仲に見える。しかし。


 これにキョウは言い返した。


「ならばお前の役目はもう無い。彼は我が道場の食客となった。観光案内もウチの者から出すからお前の出番は無いぞ?」


「・・・おう、そうもいかなくてな。こっちにも事情ってモンがあるんだよ。別にエンドウがここの食客になるのは構わねーが。俺は俺の事情でエンドウに張り付いて無けりゃいけなくてなぁ?」


「お前の様なデカブツが道場に居続けられたら暑苦しい。纏わり付かれるのも御免だ。関係者で無い者は出て行って貰おうか。」


「俺を追い出そうってか?・・・おう、やるつもりかよ?容赦しねーぞ?」


「お前の都合などこちらは知らん。事情を察する気も、譲る気も無い。当然の事を言ったまでだが?」


「ならこっちもテメーの事も道場の事も知らん。俺は俺の仕事をするまでだ。」


 二人の間に重苦しい空気が出来上がっているのだが、俺がここで空気を読まない発言をする。


「ダグはケンフュからの依頼で俺の監視を受けてるんですよ。なのでここは大目に見てくれませんか?などとは言わないので、互いに条件を出し合って譲歩をしてみてはどうです?」


 ケンフュの名が俺の口から出た事でダグを睨みつけていたキョウの目が元に戻る。


「良いでしょう。ならばこちらが出す条件は、ダグ、貴方はこの道場に居る間は門下生たちに稽古を付けてやってください。もちろん怪我などさせたら貴方の財布から治療費を出してもらいますが。」


「テメエ、滅茶苦茶面倒な事を言ってきやがってからに。それに従う義理が俺にあると思うか?」


「無いのならば巡視隊に連絡を取ってあなたを不法侵入罪で訴えるだけですがね?」


「ちッ!わーった、わーった。おい、エンドウ!いつでもこんな所の食客なんて辞めても良いんだぞ?それこそ今直ぐにでもだ。そうしたら良い宿を教えてやっから、そっちに移れ。それと、出かける時は俺に言え。いいか?約束だぞ?」


 ダグはそう言って壁に立て掛けてあった棍を手に取って打ち合い稽古をしている者たちの方にのっしのっしと近づいて行った。


 その後は数名の者とダグが乱戦を想定したのか、大立ち回りをし始めた。


 そこで気づいた。ダグへと集中する視線に。

 ソレはどうにも有名人が「サプライズ」で現れた事で驚く感じ。


 どうやらダグは何処に行っても顔も名も広く知られている様子。人気者である。


「おらおらぁ!どいつでも遠慮無く掛かって来やがれ!やってやんぞゴラァ!」


 その叫びはどう聞いてもチンピラかゴロツキのセリフである。


 しかしそんな荒い気性と見せかけてダグの棍捌きは凄く繊細で。

 打ちかかる門下生たちをその棍で絡め取っては薙ぎ倒し、投げ飛ばし、打ち払う。


 前方から突撃する者に対して突きを出して足止めをしたかと思えば、背後から迫る攻撃に反応してソレを躱す。


 得物の握りの甘い者が居れば、それを器用に自身の持つ棍で巻き上げて吹っ飛ばすと言ったテクニックで攻撃を寄せ付けない。


「おー、ダグ凄いな。本当に強かったのかぁ。」


 次々に門下生がダグへと立ち向かうのだが、その者たちは全員がダグにやられてリタイアと言った形になっていた。

 どうやら暗黙の了解か、決まったルールでもあるのか、一撃を貰うか、武器を手から飛ばされたりするとそこで「アウト」である様だった。


 しかもダグが放つ一撃は鋭くキレがあるのに、どうにもその威力は相当に抑えられているのか、ソレを食らっても門下生の中に怪我をしている者が居ない様子に見える。


「腕前は落ちてはいない様だな。もし錆び付いていたら私がこの手で磨き直してやろうと思ったんだが。」


 キョウはそんな事を言いつつもダグの動きに注目し続けている。


 俺はここで気になった事を質問してみた。


「あのー、ダグと貴方はどう言った御関係で?」


「・・・只の同期ですよ。同門であったのですが、奴は道場を去り、私は残った。何処にでも有り触れた、珍しくも何とも無い話です。」


「ダグが出て行った理由って、ああ、まあ、自由が優先、とかですか?」


「良く分かりましたね。アイツはそもそもがこの道場で学ぶ理由が「自由の為に」だったんですよ。まあ、アイツが出て行った暫く後でソレを知りましたが。・・・その時は「惜しい」とも「アイツらしい」とも思っていて複雑な気持ちにさせられたものです。」


「腕を競い合う仲だったと言う訳で?」


「その様な良いモノだったとは言いません。・・・コレは恥ずかしい話ではありますが、私が一方的に奴を敵視していたと言った感じですかね。勝手振舞うアイツを疎ましく思いながらもその腕がメキメキと上がっていくのを目の当たりにさせられていて。奮起の材料にしていましたね。今は昔の話です。」


 ライバルでは無く、一方的なコンプレックスと言う感じみたいである。

 キョウはソレをバネにしてどうやら今のこの地位に立っていると。


「で、ダグは自身の腕に満足のいく強さを得られたと判断して道場を出て行ったと言う訳ですか。」


「道場をやめる理由が「この腕前で金を稼ぐ事」そう言った訳でしたね。コレを聞いた当時の私は純粋で、その言い分に随分と呆れと怒りを感じたのを今でも良く覚えていますよ。」


 ダグは自分のやりたい事の為にここを利用したと言える。

 必要なモノを必要なだけ得られたから後は道場に居続ける意味も無いと判断したのは大胆だと思うが。


「で、今はどちらが強いんですか?見た感じ体格も腕力もダグの方がデカいですよね。どうやらあの大雑把な性格してるのに技術は繊細で高いっぽいですけど。」


「・・・ふむ、確かに。以前にアイツとやったのは二年も前ですね。しかもアイツが「腕が鈍って無いか確かめる為」と言う一方的な理由でツラを貸せと言われた時でしたか。その時は五戦して私が三勝しましたね。一引き分け、一敗と言う形でした。・・・さて、今はどうでしょうか。」


 丁度その時にダグの方で一区切りついた所だった。そこへキョウが近づいて行く。


 門下生の持っていた棍を借りてキョウがダグと対峙した。


「暖気は充分でしょう?さて、やりましょうか。今度は私が相手です。」


「コノヤロ・・・普段は大人しい顔してやがる癖によ。」


 ちょっと嫌そうな顔になりながらもダグも構えた。どうやらいきなり一対一を始めるらしい。

 俺がキョウへとどちらが強いのかと問いかけたから今の状況になっている。


 ここでキョウがダグに負け越してしまえば面子と威厳に関わるのだが。


 どうにも負けると言った事は一切考えていない様子のキョウ。

 まあ負けを考える者が積極的に相手に挑むと言った事をするはずは無い。


 しかしこんな何の変哲も無い模擬戦であったとしても片方は道場の主である。

 ダグの様な魔獣を狩って生計を立てている「荒くれ自由業」とは「負けの重さ」と言う点で訳が違う。


 ソレを分かっていないキョウでは無いだろう。勝算があるからこそ、こうしてダグに挑んでいるのだ。


 そしてダグの方はと言うと、本気でやる気らしかった。

 先程の門下生と大立ち回りしていた顔つきと違う。纏う空気も既に変わっていた。


 どちらも構えたままで動こうとしない。誰かが合図をすると言った事も無く、二人の空気にこの場の雰囲気が次第に硬いモノになっていく。


「睨めっこは趣味じゃねえ。」


 そんな中でダグが小さいその一言の後に動いた。多分牽制の為に放ったのだろうソレは無駄な動きの無い最少最低限。「突き」を狙ったモノだった。


 しかしその鋭い突きはキョウには当たらなかった。キョウの方もコレを顔を軽く傾けるだけで躱していたのだ。

 ダグは完全にキョウの顔面を狙っていた。本気で、しかも手心の方も一切無しのガチンコをやるつもりらしい。


 ここでダグの突きは既に引き戻されている。隙などありはしない。一瞬の攻防だった。


「鈍っている所か少し腕前を上げましたか。うかうかしていると私の方が地べたを這いずり回る事になってしまいそうだな、これは。」


 そう言ってキョウもお返しと言わんばかりに動く。ソレはダグと同じく「突き」だった。


 しかしコレはダグの胴体、そのど真ん中を狙ったモノだ。躱すのにも中々にやり辛い所を狙っている。


「クソッ!相変わらずイヤらしいじゃねーかよ!」


 ダグは少々体勢を崩しつつも胴を捻ってコレを躱す。キョウの持つ棍はこちらも既にその時には引き戻されていて隙は無い。


 互いにコレで一手ずつ様子見をした事になったと言えるのだろうか?

 そう考えるとダグの方が若干の不利と言える様に思えたが。


「まだまだぁぁぁ!」


 ダグはここで物凄く大きい横薙ぎで棍を振るった。

 しかしその動きは余りにも見え見えであり、ソレを即座に察知しているキョウは既にその間合いから離れていた。


 ダグの攻撃はキョウの目の前を通り過ぎる。ここでキョウが余裕を持って一歩踏み込んだ。

 ダグへの反撃を試みようとしたのだと思うが。


 しかしそれ以上は動かなかった。武器も振るわない。


 絶好の機会だと思っていた俺はそこでキョウが何で踏み込まないのかが分からずにちょっとだけ不思議に思った。


 しかし直ぐにその答えは出た。そもそもが空振りした所でダグの膂力ならソレを無理やり引き戻す事など簡単なのだ。


 空振りした勢いをコントロールしたのだろう。棍はダグの頭上でピタッと止まっていた。そしてソレは大上段の構えにいつの間にかなっていたのだ。


 ソレが踏み込もうとしていたキョウへと振り下ろされる。


 これは力でゴリ押しするかの様な戦法である。おかしい。違和感を感じた。


 ダグはその武器捌きを今力任せに行っている。門下生との乱戦稽古の時の様な繊細さがそこには感じられなかった。

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