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誘惑されていたらしいんだが?

 見た目からは人の本質は見抜け無いものなのですね、そんな一言を話が終わった後に感想として女将さんから貰って部屋へと案内された。

 そこは狭いビジネスホテル的な部屋。寝るだけなら何らの問題も無い。


 ベッドがあって、小さな机と椅子。明かりを灯す為の提灯。それだけ。


「ありがとうございます。」


「本当に要らないので?」


「結構です。」


 女将さんとそんな短いやり取りをして俺はさっさとベッドに横になる。

 俺の返事に小さく苦笑いをしてから女将さんは「良い夢を」と言って部屋から出て行った。


「はー疲れた。さて、明日はどうするかなぁ?未だに一泊幾らとか、食事代がとか、全く解かっておらんのだが?」


 ダグがアレだけ大盤振る舞いでの贅沢?多分贅沢をしたのだから、その俺の監視と言う役で受け取る報酬は相当な大金なのだと思うのだが。


 それだけでは何も分からないのと一緒だ。未だに俺は何らの金銭的基準になる情報が得られていない。


「お金をもっともっと稼いでいれば何にも悩まなくても良いんだけどな。うーん?どうしよう?明日も稼ぎに出るか?」


 だけどもあの黒カエルを狩る仕事でどうにもダグは結構裕福にやっていけているらしいので、今日の俺の懐に入った金額は相当に高額なのだと思うのだが。


 コレは今悩まなくても明日以降にでも判明する事だろうと思って考えるのを止める。


 こうして俺は眠りに入ると一切の夢など見る事無く翌朝を迎えた。


「うん、何だか今日はスッキリしない目覚めだなぁ。ダグはどうなってるのかね?」


 ここは娼館、ダグと顔を合わせたらどんな挨拶をすれば良いのだろうか?普通におはよう、で良いだろうか?

 昨晩は御楽しみでしたか?などと聞くのは余りにもデリカシーが無さ過ぎると言うモノ。


 俺は部屋を出て昨夜に女将さんと話をした部屋を目指した。このまま店から出て行くのは無礼過ぎるから一言声を掛けて礼の一言でもと。

 そこに女将さんがいるかどうかも分からないが、しかし行って見れば誰かしらが居るかと思って。


 しかしそこには予想外の人物が居る。ソレも女将さんと何やら話をしていた様で。


「あら、エンドウ様。お目覚め早かったですねぇ。朝食はどうなさいますか?」


「・・・あー、いえ、食事は遠慮しておきます。無理を言って一泊させて貰った立場なので、そこまでの図々しい事はできないです。で、何でここにケンフュが?」


 そう、何でこんな所に居るんだよとツッコまざるを得ない存在がこの場に居るのだ。


「案外貴方は鈍いのですね。ダグが報酬金額の高さに調子に乗るのは判っていた事ですからね。ここに足を運ぶのは分かり切った事でした。」


 何を言っているのか、言いたいのかサッパリな俺は起きたてでまだエンジンの掛かっていない頭を必死に回転させようとするが。


「何の警戒心も無しによくもまあこれだけペラペラと話しますね。私に対しては頑なに口を閉じたクセに。怪しいとすら思っていなかった様子ですねその分だと。何処までが計算で、何処までが天然ですか?」


 ケンフュが俺に対して不機嫌そうな視線を送って来るが、俺はソレを「はて?」と受け流す。本当に何の事なのか分からないのだ。


「彼女の罠にも全て引っ掛からない。しかも女にも興味が無い?男色の気も無さそうですが。ソレもソレ、増々訳が分からない。」


「自信を無くしそうでしたよ昨夜は。これだけ私の術が通用しなかった男性は初めてです。驚きですよ。」


 ここで俺はようやっと「んん?」と声を捻り出した。二人はどうにも知り合いらしく。


「・・・えぇ~、アレだ、何だ、俺をたらしこもうとした?」


 女将さんは昨日、俺をずっと誘惑していたと言う事か?と。


「あらやだ人聞きの悪い、なんて今更ですかね。」


 ふふふと笑う女将さんのまあ妖艶な事。朝っぱらから濃い物を見せられてちょっと疲れる。

 俺がここで溜息を吐いたタイミングでケンフュは。


「やはり効いていない。報告を聞いただけでは信じられ無い事ばかり。しかし、腑に落ちる点もある。」


「・・・あれ?女将さんから俺の昨日の話を聞いたって事か?」


 やっと回って来た頭で俺はケンフュがここに居る理由にポン、と辿り着く。


「ケンフュと女将さんは通じてる?ああ、俺の事を探ろうとして。なるほど、やっと解ってきた。」


 そう、ケンフュは最初からダグを信頼などしていなかったと言う事だ。

 そして俺はまんまとここにダグを使って誘導されて、しかも女将さんに自分の話を漏らして、ソレがケンフュにサラッと容易く流れたのであると。


 個人情報の保護もへったくれも無い。


「ダグはまんまと使われたって事ね。俺も俺でそこに何の疑いも無くって感じか。ケンフュにしてみれば俺の事が底抜けの間抜けにでも思えたか?ソレで、俺の事は分かった?」


「この先も貴方の観察は当然続けます。何をしでかすか分からないのであれば治安を守る為にも見逃せるはずもありませんからね。」


「だから言ってるのに。俺は別に自分から騒ぎを起こそうなんて思って無いって。いい加減そこは信用して貰いたい所だ。」


 俺のこの言葉にケンフュは何の反応も返事もしない。代わりに女将さんに「この後も頼む」と言うだけ言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。


「随分と嫌われてしまっているのですね。彼女があそこまで敵意を見せる相手は中々これまでに居ませんでしたがね?」


「あー、俺がちょっと口を滑らせて機嫌を悪くさせちゃったのが原因でね。」


「あら?貴方は私に対して怒ったりはしないので?」


「いえ、別に?何でそんな事をする必要が?」


 別に女将さんがケンフュと繋がっていようが、昨日に俺が話した内容をケンフュに漏らしていようが、別にそれを怒る理由など俺には無い。


「あ、それで、ダグはどうしてます?案内して貰う約束してるので今どうしてるか聞きたいんですけど。」


「あらあら?旦那は多分昼過ぎまで起きて来やしませんよ?毎回それくらいの時間に目を覚まして朝食と言う名の昼飯を召し上がって店を出て行きますねぇ。」


 俺はコレに諦めた。直ぐに宿を出る為に女将さんに対して頭を下げる。


「お世話になりました。俺は先に出ますので、ダグには宜しく言っておいてください。」


 別にダグをここで切り離そうと思っての事じゃ無い。このままここで待ち続けるのは時間が無駄だと思っただけだ。観光優先である。


「あらやだ、もう行かれるので?もう少しゆっくりしていかれては?」


 俺はコレに「色々見て回りたいので」と言って時間が惜しいとばかりにさっさと店を出る為に部屋を去る。

 何時までもこうして女将さんとの会話をしているとこの娼館に何時までも拘束されてしまいそうに思えたから。


 そのままスタスタ通路を歩けば後ろから女将さんが「お見送りしますよ」と付いて来る。その程度ならば俺は別段拒否はしない。

 暖簾を潜り店の外へと出れば早い時間にアルアルな閑散とした冷たい空気を感じる。背後では女将さんが「またのお越しを」と言ってお決まりのだろう言葉を掛けて来る。


 まだ活気が出始めるには相当に早い時間に店を出てしまったが、恐らくは朝市などならばもうそろそろ出店の準備などが始まっていると判断して適当に道を選んで歩みを進める。


 その内に歩いていればそうした商売する者たちの熱を感じる通りに出くわすだろうと思って。


 まだ入った事の無い路地を行く。狭かったり、広かったり。

 ダグと昨日に通った道は歩かない。俺は観光に来たので一度通った道よりも、まだ通って無い道の方が優先される。


 どうせ迷子になったとしてもワープゲートがあるので何処にでも戻る事は可能だ。

 だから安心して初めて来た場所でも雑に、気分のままに歩き回れる。


「朝だからかな?やっぱまだこの時間じゃゴロツキ共も寝ていて絡まれる心配も無いのかな?」


 俺は今、魔法で姿を隠していなかった。なのでもし人の迷惑顧みずに自分の興味を悪意と共に満たそうとする輩が居たら、絶対に今ここで絡んできているはずだ。

 何せ俺はこの国の一般的な見た目をしていない。顔も服も。


 この国での一般的な男性の服装としては、まあズボンとシャツ、そんなシンプルな感じ。

 女性はアオザイ?良く分からんみたいな服装で居る。もしくはチャイナ服?


 俺の着ているスーツはそんな中では盛大に目立つのだ。


 この様な恰好で道を行けば他の通行人も、屋台を出している者たちも注目をこちらに向けてくる訳で。

 しかしそこには誰も俺に声は掛けて来ない。何だあいつ?と言った視線を向けて来るだけ。


 その間に俺はさっさとそんな視線など気にせずに道を通り過ぎる。先ずはこの目でこの国の雰囲気を楽しみ続ける。


 金は一応はある。コレで屋台飯でも買う際に金銭価値は計れる。急いだり慌てる事は何処にも無い。

 もしくは何処か美味しそうな匂いを店入り口で漂わせる飯屋にでも入って朝食を摂れば良いだろう。


 そのまま歩き続ければどうにも串肉を売っている屋台がある。焼き上がったばかりのソレが皿の上に並べられている。


「コレ、二本でいくら?」


 その串にはしっかりと大振りに切り分けられた肉が五枚刺されていた。

 お祭りの屋台で良く見る一本五百円程度の値段で売られている、いわゆる「B級グルメ」的な串肉だ。

 基準にするにはちょっとと思ったが、そこはお手軽にと思って購入の意を伝えたが。


「おうよあんちゃん!二本で大銀「一」だぜ!・・・見た事ねぇ奴だな?誰だいあんた一体?」


 ここでいきなり警戒心莫大で屋台のオッサンに睨まれるとは思っても見なかった。

 最初は俺の事など見ないで返答した様で気楽な感じでの言葉だったのだが、顔を上げてこちらの様子を見たとたんに態度の変貌が凄い。


「この国のモンじゃねぇな?あんた、何処から来なすった?」


 屋台のオヤジがする雑談として、その言葉の中に込められている剣呑さが半端無い。

 表情は変わらないが、その俺を見る、観察してくる視線にはかなりの圧力を込めているのが分かる。


「確かに俺はこの国に観光に来た者だから珍しく映るのは分かるけど、そこまで脅しに掛かられてもねぇ?売ってくれるのか?売ってくれないのか?」


 商売なのだからどんな客だろうと商品を求められたら提供するのが商売人なのでは無いのだろうか?


 まあだけれども気に入らない相手にはどれだけ金を積まれても売らないと、そんな感情論な面で対応されたら俺には返せる言葉も無いが。


 明らかに余所者と分かる俺相手には商品はそうそう売れないと言うのだろうか?


「アンタ、後ろ盾は?誰かしら後援者は居るのかい?」


「後ろ盾?後援者?うーん?コレは言っても良いのか?ダグロン、かな?」


「!?」


 オッサンはいきなり驚いた表情で一瞬固まる。しかし焼いている肉の串は器用にくるくると回したまま。

 流石長年この屋台をやって来たのだろうその頭と手がしっかりと切り離されている妙技は立派なモノだ。


「ダグロンさんが後ろに居るなら信用できるな。なら、ホレ、二本だったな。」


「あ、大銀って、コレで良いのか?」


 俺はあの黒カエルの報酬である銀の棒を懐から取り出す。ソレを手を出して来たオッサンに渡すと。


「よし!毎度!これからも内を御贔屓に!」


 そう言われながら俺は焼き立てを二本を良い笑顔のオッサンから受け取った。

 さっきとオッサンの態度が真逆で何だか奇妙な気分にさせられたが、ソレはもうどうでも良いだろう。

 早速ソレを齧りながら俺はその屋台から離れる。


「あー、塩コショウがしっかりきいてる。良い店だな。それにしてもダグの名を出しただけで変わり過ぎじゃないのか?」


 俺の渡した銀の棒はどうやら合っていた様だ。コレが「大銀」だと言うのであれば大体千円くらいの価値なのかもしれない。

 値段の基準が俺の脳内で日本設定なのでざっくりとした感想だし詳細は不明だが。


 しかし俺は特にこの国の金銭感覚をしっかりと身に付けたい訳じゃ無い。

 なので今の手持ちでざっくりと観光をある程度して行くつもりである。


 手持ちの金額で充分にこの国を見て回り楽しめると何となくこれで分かった。ならば後は観光名所でも見て回れば丁度良いだろう。


 とは言っても案内をしてくれるはずだったダグは宿に置いて行っている。

 しからば俺は自分の足でそう言った名所を回らねばならない。そのうち道行く人たちにでも場所を尋ねてみれば良いだろう。


 串肉を食いながら俺は道を堂々と歩き続ける。姿はもう今更隠したりはしない。

 既に俺は大勢の者たちに姿を見られているのだからもう良いだろうと思ったのだが。


 コレがいけなかった。ちょっと考えれば当たり前だった。


「そこのお前!止まれ!見ない服装、見ない顔。通報された内容通りだな。署まで来て貰おうか。」


 お揃いの皮鎧、槍を持った五名に呼び止められてしまった。


 そう、俺は「不審者」として通報されてしまっていたと言う事である。

 当然まだ俺はこの国へと来て二日目なのだから、俺を一度でも見かけていない人の方が圧倒的に多い状況である。

 こんな展開になるのは当然だったのだ。迂闊過ぎるのにも程がある。


(あー、ダグを置いて行ったのは失敗だったなぁ)


 そもそもケンフュにダグは利用されていたと、踊らされていたと言う事もあるので娼館に置いて行ったと言った面もあるのだが。

 それにしても昼頃まで起きて来ないと言われたら「じゃあ良いや」と思ってしまうのは仕方が無い訳で。


 それこそ俺を連行しようとしてきているこの兵隊さんたちもケンフュの差し向けたモノでは無いかと疑ってしまう部分もある。


 あんまり露骨に俺の事を監視したり、試そうとして来たりされては鬱陶しい。

 純粋に観光が楽しめなくなってしまうそれでは。


「受けるか、躱すか、ソレが問題かぁ・・・」


「何をしている!従う気が無いのであれば力づくで連れて行くぞ!」


 溜息と共にボヤキが出てしまったが、それに兵隊さんは怒鳴って脅しを掛けて来る。


 ここは一先ず穏便に行くかと思って俺は登録証を呈示してみた。

 ダグと一緒に手続きをして登録した際に受け渡された物だ。


 コレを何事かと言った感じで警戒しながらその兵士のリーダーだろう男がソレを掴み奪う。

 そして眉根を顰めて「何だ?昨日登録したばかりの新人?」などとその口から漏らしている。


 どうやらその登録証にはその日付も明記されているらしい。ソレを確認して兵士は俺を「新人」などと言ったのだろう。


 しかし次にその登録証の裏を目にして兵士が固まった。次には登録証と俺とで視線を行ったり来たり。


「し!失礼!コレは御返しする!それでは我々は戻らせていただく。良い今日を。」


 どうやらビビる何かをその兵士は登録証裏面に見た様だ。素早く挨拶を口にして直ぐにこの場を去って行ってしまった。


「何が書かれてるのかはまだ文字の方は完全じゃ無いから俺には分からん・・・」


 俺もその文字を見てみたのだが、イマイチまだ分からない。

 なのでまあ良いかと思って登録証をインベントリにポイとしまう。

 この場をやり過ごせただけで今は満足だ。余り気にし過ぎても楽しくは無さそうな事は忘れるに限る。


 後でその内に分かれば良いだけだ。その時になったら「ああ、そう言う事だったのか」と分かるだけで良い。


 こうして解放されたので俺は再び歩みを再開する。


 だがしかし今度は妙な視線に晒されている事に俺は気付いた。

 通りを行く人々の俺を見る視線の中に妙に「粘り付く」と言った感じのモノがある。


 魔力ソナーは使っていない。けれども俺の身体に纏っている魔力の方から「良くない物」を感じ取っているのだ。


「俺の魔力に対して侵食して来ようとしている?・・・でも、俺の方の力が圧倒的過ぎてどうやらこれ以上は無理らしいけど。」


 ここで思い出す。どうやらこの国は「術者」を徴集していると言う話である。


「ダグとの会話が何処かで漏れた?うーん?それにしては対処?行動?が早いよな?」


 この国が抱えている術者とやらが接触して来たのかと思ったのだが。

 しかしそれにしては遠回りで生温い事をして来るなと。


 どの様にして国がその術者とやらを発見し、徴集しているのかは分からない。

 もしかしたら今俺が受けている「コレ」がその方法かもしれない。


 とは言えこの様にちょっかいを出されても今の所はちょっと不快なだけで俺にとって無害なのでコレを放置する事にして無視して歩く。


 そうしてそのまま歩いていれば通りには人が増え始めて活気が出始める。

 呼び込みをしている者は通行人を自分の店の客にするべく声を上げて宣伝をしている。

 買い出しに出て来たのであろう恰幅の良い主婦たちは新鮮な物をゲットする為に厳しい眼で出店の棚に並ん食材を睨んでいる。


 俺が歩いていた通りはあっという間に人が溢れかえって騒々しさが一気に上がった。


 そうなってくると俺に集中してくる視線は一気に増える事になる。

 余りにもそう言った視線の数が鬱陶しい事になるとロクな事にならないと分かっている。

 俺は道を一つ変えて人気の無い方に流れ歩いて行った。


 その内に先程の不快な感覚は何時の間にか無くなっていた。


 そのまま歩き続けていればどうにもそこは何かしらの屋敷である様でかなり長く高い壁が。


 そしてその敷地内からだろうか。気迫の籠もった大勢の掛け声が。


「何かしらの武術の道場?入り口は何処だ?相当に規模の大きな流派なのかね?」


 俺は壁に沿って歩いていく。修行しているのだろうその光景をちょこっとだけ見させて貰え無いだろうかと思って出入り口を探す。

 そうしていると掛け声が段々と大きくなってきた。どうやらその場所に近づいている様で少しワクワクしてくる。


「あー、けど、いきなり何の用も無くただ見てるだけとか。不審者どころか技を盗みに来た不届き者とか言われるだろうなぁ。観光です、とか言っても信用され無いか。ただちょっと見学させて貰いたかっただけ、って言ってもきっと俺の事を袋叩きにしようと襲ってくるんだろうなぁ。」


 勝手にそんな妄想をしつつ俺はそのまま声のする方に近づく。

 すると大きな大きな門の前まで来た。そして「やっぱそうだよね」とぼやく。


「当然閉まってるよなぁ。開いていたりして、そこから中を覗ける様になっていたりは、しないよな。」


 俺は空を飛べる、姿を見られない様にも出来る。だから見学したければ幾らでも出来てしまうのだが。


「ソレはソレで何だかつまらないし?やっぱ諦めるかね?」


「何を諦めるんですか?」


 いきなり門が開いてその内側から娘さんが一人出て来た。歳は十五、か六かと言った所か。長い髪を後ろに三つ編みにしている活発そうな印象だ。


 俺は魔力ソナーを使っていなかったのでコレにちょっとびっくり。

 自分の事しか考えていなかったし、周囲に気を配っていなかったのでこうして門に近づく人がいた事に気付けなかった。


「あー、いや、何だかここから凄い声が聞こえたモノで。何があるのかなと気になっただけなんですよ。お気になさらず。」


「ああ、そうなんですか。ウチの道場結構大きいし、名も売れてるんですけどね。知らない人もまだ居たのかぁ。なら今からあなたにも知って貰おうかな?見て行って。ホラホラ!」


 中々に強引で怖いモノ知らずな娘さんだった。

 いきなり俺の腕を掴んで中へと引っ張って来たのだ。

 俺がもし只の不審者だったらどうする気だったのだろうか?


 この突然の娘さんの大胆行動に俺は驚かされて硬直し、あれよあれよと敷地内に引き込まれてしまった。


「あなた見ない服に見ない顔だね?この国の人じゃないのかな?あれ?そうならウチの事も知らないのも当たり前だよね。」


「え?ここでソレを言うの?分かってて引き込んだんじゃ無く?腕を掴んで来たのは反射でって事?え、何それコワ・・・」


 余りにも突発的過ぎる。俺とのあの短いやり取りで「ウチの道場を知って貰う」と言うだけの事で見ず知らずの顔を合わせて三十秒も経っていない不審者の腕を即座に掴んで引き込むとか「どう言う神経してるんだ?」と言いたい。


「まあまあ良いじゃない!門下生大歓迎!見学して行って!それでもって習いたくなったら月謝で大銀五だよ!実戦派な人も、型稽古での演舞派の人でもどっちもイケるよウチの道場!」


「え?ここで勧誘?滅茶苦茶だな君・・・」


 俺はここでちゃんと関係者からの許可を得ての見学が出来そうで「運が良い」と思えば良いのだろうか?

 それともちょっと性格がアレっぽい娘さんに捕まって「運が悪い」と感じた方が良いのか。


「じゃじゃーん!どう?凄いでしょ!」


 そうやって案内されたのは野球場くらいの広さの鍛練場だろう場所。

 そこにはかなりの人数が詰めていてそれぞれが空いた場所で各々で訓練、修行をしていた。


 剣を振る者、槍を突く者、盾を構えて振り回す者、無手で型稽古をしている者など。

 色んな武器、或いは拳法?で体を激しく動かしている。


「おお・・・コレは凄い熱気。って言うか物凄く広いな?そんなに名門の道場なの?って、広大過ぎない?と言うか、俺まだここに来て二日目なんだからこんな所があったなんて知る訳も無いんだよねぇ。」


「ええ?本当に来たばかりの人なの?じゃあ内に門下生として入るって言うのは有り得ないかぁ。」


 ちょっとがっかりした響きでそんな事を言った娘さん。

 そこに俺たちに気付いた六名の男たちが近づいて来た。そして。


「お嬢、そいつは一体なに者だ?客か?それともお上品な道場破りか?」


 そいつらはどうにも俺を見てニヤニヤしている。そしてお嬢などと言われた娘さんはこれに眉根を顰めた。


「あんた等、この人は只の見学人だからね。手を出そうものなら父上に言いつけるから。覚悟しておきなさいよ?」


 この娘さんの言い方だと、こいつらはどうやら普段から素行の悪い者たちである様子。


「おいおい、見学だぁ?ウチの道場に入門希望って事だろそれなら?なら俺たちがソイツの腕前ってのを見てやるよ。」


「アンタ、何時からそんな偉そうな事を言える立場になったの?それにウチ?ここは父上の道場であって、末端の末端、下の下から数えた方が早いアンタみたいな弱っちい奴のモノじゃ無いわ。それこそ弱い癖にそうやって集まっていなくちゃ一般人の一人も脅せない様な臆病者が何を頭の悪い事を口にしてるのかしら?正直言って父上がアンタらを此処に残してる事に理解を出来かねるわ、私は。」


「・・・そこまで言われる程に俺たちは弱くねーぞ?撤回しろよ、お嬢。」


 どうにもこのお嬢さん、ここの道場主の娘であるらしい。


「あー、すまないけど、喧嘩は止して貰え無いかな?俺が原因で始まる喧嘩なんてこっちにしたら面白くも何とも無いんでね?」


 俺はこの何とも嫌な流れを切ろうと思ってそんな事を言ったのだが。


「・・・口を挟まないで貰え無いかしら?もう私はこれ以上我慢できないんだよねぇ。こんな奴が道場の名を外でその口に出してると思うと反吐が出そうなの。道場の名が穢れる、格が落ちたと思われる、ソレが堪らなく嫌だわ。武を語る資格の無いこいつらは私が徹底的に痛めつけてここに在籍していられない程に情けない顔にしてやるんだから。」


 火に油だった。お嬢さん、過激派である。これに返す男ども。


「・・・おい、いい加減にしろよ?道場主の娘って立場だからって調子こいてんじゃねーぞ?あぁ?やれるもんならやってみろよ。こっちは六人、そっちは一人、さあ、勝ち抜き戦で弄ばれるか?それとも纏めて俺たちにボコられるか?どっちか選べよ。晒し物にしてやる。」



「って言うか、おい、こんな女の子一人相手に男六人で寄って集ってソレってどうなんだ?」


 どうにもこうにも、このままでは本当に「一対六」が始まりそうな空気に俺は思わずツッコミを入れざるを得なかったのだが。


「鬱陶しいなテメエ。雑魚の出る幕じゃねぇんだよ!すっこんでやがれ!関係ない奴が知った顔して出しゃばんな!」


「えー・・・そもそも今こうなってる原因ってお前らの言動からだろうが・・・いきなり絡んで来たのはそっちで、無関係じゃ無いだろ。だったら最初から俺を巻き込む様な発言すんなよ・・・」


 この男どもが今の状況に持って行く為に俺を利用したのだと言うのならば、まあ策士だと言ってやっても良いのだが。

 どう考えてもこいつらのリアクションがそんな感じじゃ無い。なのでそこを突っ込みしてみるが、これにお嬢さんが。


「止めないで。もうこうなったら引き下がる気は無いわよ私。きっかけはどうであれ、限界だわ。こいつらを完膚なきまでに叩き潰して道場から追い出してやる。」


 このお嬢さんが短気過ぎるのか?それともそれ程までに我慢をして来て今このタイミングで偶々に俺が切っ掛けで堪忍袋の緒が切れただけなのか?ソレは俺には知る由も無い。


 一触即発、そんな空気に俺は「どないすんねん?」と困惑するしかなかった。

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