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こんなふうになるとは考えて無かったんだけども?

 今更になって顔を青くして背筋を伸ばし座っているラーナである。俺の隣に座っている。緊張の余りに顔がずっと硬直したまま。


「と言う訳で、彼女の店に対して嫌がらせやら、そもそもラーナの命すらも直接狙っていたんだよ。俺が助けたから良いけど。メドン商会は潰しても良いよな?」


 俺のそんな要求にアラビアーヌはニコニコ。しかし逆にドロエアーズは苦い顔。


「メドン商会は大きく、そして手広くやっている。ソレがいきなり終わるとなると少々問題がな。こちらで調整を入れて徐々にと言う訳にはいかないか?」


「今直ぐに、と言いたい所だけど。まあソレはしょうがないとして。証拠は揃ってる?ソレを集めて潰すにしても余りにも時間が掛かるのはちょっとな。メドン商会の扱っているモノの内でテンソウの店で吸収できそうな分はどれくらいだ?」


「無茶を言いますなぁエンドウ様は。多くて、三分の一でしょうなぁ。それ以外になると少々無理が出ます。」


 そんな事を言いつつテンソウ、ニッコニコ。金の話になるとどうしたってその顔に喜びが出るテンソウである。


「じゃあさ、テンソウの所だけじゃ無く他の信頼できる店にもこの話を振って分散して負担して貰う事にしたらどうだ?それなら近い内にメドン商会を解体、扱う分類は分散負担で消化できるだろ。どうだ?」


「エンドウ様の頼みです。この程度なら恩を返したと言える程でも御座いませぬ。何せこの国に潜む悪党を退治する為の申し出。寧ろこちらが感謝しなければならないモノです。また恩を受けてしまいました。」


 アラビアーヌは大げさに今回の事をそんな風に言う。

 しかしこれにはドロエアーズは苦笑い。少々思う所がある模様。


「解かった、分かった。私が難しく考え過ぎた。メドン商会内に内通者を作らせてくれ。その時間を貰えるか?この件は全て内密に、かつ迅速に行わせて貰う。この話を知るのはこの場に居る者たちだけ。細かい指示は私とテンソウで詰めよう。英雄殿とラーナは何もせんでも良い。準備にも実行時期にも時間を取る事になるだろうが、ソレは許容して貰いたい。さて、これから少々忙しくなりますぞ女王陛下。」


 メドン商会を潰す為の悪だくみはこうして決定した。こうなったら後は待つだけになったのだが。


「あれ?またそうなったらこれまでと全く変わらないじゃん?・・・ちょっと良いか?」


 俺はここでちょっとした許可を貰う為にアラビアーヌとドロエアーズに話をした。


 ====   ===   ====


 あれから二週間が経過した。そんな今、この王宮内では「しょうぎ」が大、大、大ブームを起こしている。

 ソレは俺が仕掛けた事であり、もうそろそろ王宮内だけに留まらず国民の間にも一気に広がる事になるだろう。


 テンソウの店では「しょうぎセット」の大量生産に踏み切っている。

 もちろんこれは国が後ろに入っての事であるので保証は完璧。

 王宮内でのこの一大ブームにテンソウは上機嫌である。一般市民の間にコレが広まれば上々な売り上げが見込めるから。

 正式版と簡易版と二つ生産しており、先に正式版の「御高め」なモノを販売し、その後に売り上げが落ち着いた後にちょっと「御安め」な簡易版を売りに出すと言う二段構えの計画にしていると言う。テンソウおそるべし。


 国が主催の正式、公式大会まで計画が進んでいて細かいルールなども決められ、そのルールブックもテンソウの店が扱う事になっている。

 なのでテンソウの店はフル稼働。職人たち、そしてルールブックの為に複製を作っている従業員もせっせと働き続けている。


 そして俺は解放されていた。ラーナとの対戦を。

 まだメドン商会の件は終わっていないのだが、そこはもうどうでも良かった俺には。

 今はラーナを王宮に送り届けた所である。


 そう、今ラーナはこの王宮勤めの職員たちと対戦、対戦、対戦の嵐である。

 しかしラーナはそれにウンザリした様子も無く、疲れも無く、寧ろ逆に嬉々とした顔でその勝負を受けて立っている。

 勝っても負けても楽しそうに、そして精力的に一日に何局も対戦を熟すラーナは店の事などすっかりと忘れている。


 ラーナの身体は一つだけだ。なので一気に同時に数人との対戦も行っていると言う狂気ぶりである。ラーナは何処を目指しているのか?


 こうして王宮に正式にラーナは招かれる様になっていた。職員、臣下たちが休憩時間に気晴らしに、気分転換に遊ぶための「しょうぎ」相手として。

 アラビアーヌとドロエアーズの両方の、しかも賓客としての立場で。


(ここまでの事になるとは思ってなかったなぁ。何が賢者なのだろうかコレで。俺のコレで何処が「賢い者」と言えるのか?)


 久々に自分が賢者呼ばわりされていた事を此処で思い出した。

 確かにこの国にこの盤上遊戯を広める事をし始めたのは俺だ。


 けれどもこの火の付き方と広まり方は予想外である。と言うか、寧ろ俺の行動は思い付きの行き当たりばったりなのだ。

 計算したり考えたりしてこの状況が生まれた訳じゃ無い。こんななのだから早々に「賢者」の呼び名は返上したい。寧ろさせて欲しい。

 と言うか、勝手に俺の知り合いがそう言い出した事であり、俺は賢者などと呼ばれる事を認めた事は無いのだが。


「今は対戦漬けの日々を解消できた事にホッとしておくだけで良いか。」


 一応は用心棒の立場をまだ継続している俺はラーナの側からはそこまで遠くに離れない。

 今もこの王宮の休憩所で四人同時に対戦しているラーナの近くの椅子に座ってこの光景を眺めている。


 対戦している周囲にはコレを見物している者たちも沢山この場に居る。

 頭脳明晰な者たちがラーナとの対戦に夢中になる事が逆に多い。


 対戦が終わった盤では解説や感想戦なども同時にやっているラーナはもはや異常と呼べるレベルである。此処が逆に心配な部分だ。

 正しくラーナのこの「狂い」と言える今の状況に俺は戦慄しか覚えない。


 こうして王宮で大活躍で、引っ張りダコで、アイドルなラーナは一日に一回、アラビアーヌに呼ばれる。


「ラーナ様、女王陛下がお呼びで御座います。」


 そうメイドさんが言ってラーナを連行していく。決まった時間にこうして誰かしらがラーナを呼びに来るのだ。


「では皆さん、続きはまた後で。」


 こうして呼ばれた部屋でラーナはアラビアーヌとお茶の時間である。

 もうすっかりと二人は打ち解けて友人と言える関係になっていた。


 そんなお茶会に俺は参加していない。しかし別の場所で待機している訳でも無い。

 お茶をしている二人から少々離れた位置でのんびりと、ボケーッと椅子に座ってだらけている。


(だって仕事が無いからなぁ。メドン商会の件は国が何とかしてくれるだろ?用心棒なんて言っても、本当はここに居なくてもいんだけどな)


 形だけ保っている様なものだ。店にもラーナにも俺の魔力を纏わせているので危険など一切無い。

 周囲へのポーズだけと言っても過言では無いのだ今の状況は。


 そんな本日も店の方には毎日ご苦労様と言ってやりたい雇われ者がせっせと各種の武器を叩きつけて諦めずに壁を壊そうと頑張っている。無駄だろうに。


 そんな根性があるならもっと真っ当な仕事でもすればマシだったのにと思わなくも無い。

 けれどもそう言った輩はマトモな根性でそうやって諦めずに居る訳では無いのだ、そもそもが。


(金を貰って悪さをするにあたってだ。結果が出せなかった場合に雇い主がキレて自分たちを殺すかもしれない、とか怯えて必死になるんだよなぁ)


 悪事を依頼する者もまた悪人なのだ。失敗をした荒くれ者など容赦無く殺害して「使え無いヤツ」と吐き捨てるかもしれず。


 失敗した事で「始末される」と考え逃げ出すにしろ、しかし相手は大手のメドン商会。逃げ切れる可能性を低いと考えるかもしれない。


 そうなれば引くも地獄、進むも地獄だ。そして店を襲撃し続けている者たちは進む道を選んで今日も頑張って壊れない壁に向かって努力していると言う訳だ。


「それにしても毎日お茶会してるのに、何で話のネタが尽きないのかね?女性の会話には入り込めないなぁ。」


 アラビアーヌもラーナも「アハハ」「ウフフ」と、どうにも会話が途切れないのだ。

 確かに二人は友人になりはしたが、ラーナがアラビアーヌに対して緊張をしなくなったのはここつい最近。

 ソレを考えればまあ確かに会話のネタはまだまだ存在していると考えるのが妥当なのかもしれないが。


「まあその内にいつか俺に話を振って来る時が来るのかもね。ソレまでには用心棒の仕事から解放されたいなぁ。」


 俺のボヤキは小声であり、会話に夢中な二人には聞こえていない。

 いつかこの二人のキャピキャピとした会話に巻き込まれ無ければならないのかと思うと不安が立つ。


 そうしている間にも女王陛下の休憩時間は終了だ。

 このお茶会はアラビアーヌの仕事の合間に行われている。


 王様家業をずっとしていても疲れが溜まる一方。だからこそこうした時間を挟み込んでいるのである。

 効率を考えて、疲れから来る失敗やポカをやらかさない様にする為の配慮である。


 気分をリフレッシュしたアラビアーヌはラーナへと「またね」と気軽に声を上げて執務室に戻る。

 ラーナも「また明日」と言ってソレを見送った後にまた職員や臣下たちと「しょうぎ」をしていた部屋に戻るのである。


 俺はラーナのその後に付いて行く。用心棒とは名乗ってはいるが、別に四六時中付いて回らねばならない訳でも無いのだが。

 それでもやはり形には拘ってしまう訳で、こうしてラーナの行く所に俺は金魚の糞の様に付いて行く。


 この時には既にもうラーナの頭の中は「しょうぎ」に切り替わっている。

 以前に「店はどうする?」と聞いた事があったのだが。その際にはラーナは「一体何を聞かれたのか?」と言った感じのポカンとした顔になっていた。

 その際のラーナに俺はドン引きしていたのをまだ覚えている。おい、親から引き継いだ店はどうでも良いのか?と。


(開店休業状態が続いているとはいえ、それで良いのか?ラーナよ?)


 問題が完全に解決するまではその件を一切考え無い、と言う事もあるかもしれないが。

 そう言ったリアクションではなかった。ラーナのこの時リアクションの間は。

 たっぷりと五秒、六秒程かけてからやっと「・・・あぁ」と吐息を漏らしたのだ。本当にこの時はラーナのこの反応にビビらされた。


 本当にその吐息?には「どうでもいい」と言う雰囲気がマンマンに込められていたから。


 その時のラーナの次の言葉は「その事は後で」の一言だけ。その後はまたブツブツと「次の一手は・・・」と思考の深みに潜ってしまったのだ。


(俺はラーナの人生を狂わせてしまったのだろうか?)


 この時はそんな不安に駆られたりもした。けれどもラーナと最初に出会ったあの場面は流石にラーナの人生が「最悪」に落ちる直前である。

 あそこで俺が助けに入らなかった場合のラーナのその後はもっと悲惨なモノになっていたと考えれば今のこの状況は幸運としか言えないものだろう。


 それでも思ってしまう。その後の俺の対応は何処かで間違っていたか?と。

 俺は暇つぶしの為であったはずのこの「しょうぎ」にここまでラーナが嵌まって、と言うか、沈んでしまうとは思っても見なかったのだ。


 先行きなど誰にも読めやしない。そもそもが「未来を予測せよ」などと言われても俺にはそんなの無理だ。


 そう思っている俺の事など全く知らないラーナは職員たちが休憩している部屋に入る。

 そこではラーナを待ち構えていた者たちが目をランランと輝かせている。

 この者たちもまた「しょうぎ」狂いになってしまっている者たちだ。


 ラーナとの一局を充実させる為だけに自分の仕事を完璧に、そして素早く熟して今この場にこの者たちは居るのである。


 それに付き合っているラーナもそれ以上の「狂い」であろう。

 コレに付き合い続けると俺の精神の方がおかしくなりそうなので部屋の壁、大分距離を置いた隅っこに俺は椅子に座ってこの光景を静かに眺めるだけである。


 そんな毎日から解放されたのはその日から三日後だった。


 ===  ===  ===


 俺とラーナはその日の王宮に到着後、ドロエアーズに呼び出された。アラビアーヌはこの場には居ない。


「呼び出したのは他でも無い。準備も証拠も整えた。昨日の夜に既に女王陛下の許可も得ている。本日、一時間後にメドン商会への強制捜査と逮捕が始まる。何か伝えたい事や聞いておきたい事など、今ここであるかね?」


「え?ソレを知らせる為だけに呼ばれたのか?」


「そうだが?君らがそもそも被害者であろう?関係者として今の状態で何かあるかどうかを聞いておくのは大事な事だろう?もしくは新たに気づいた事などが有れば、ソレが大事な事であったなら、あればある程に早急にこの場で報告、相談して貰いたい。」


「あー、まあ確かに。どうするラーナ?何かあるか?メドン商会の最後を見届けたいとか?文句の一つも言ってやりたいとか?」


 ここでラーナは何も言う事無く静かに目を瞑る。そしてたっぷり十秒かけてからソレを開いて。


「何も。」


「うん、ドライだなぁ。」


 ラーナはもう既にメドン商会の事になど眼中に無い様子だった。

 多分頭の中は今日指す「しょうぎ」の事で一杯なのだと思う。


 だから代わりに俺が少々気になった事を聞いてみた。


「国としての物流の影響や商業においての障害などは大丈夫?」


 この場にはテンソウも居ないのでそこら辺の事が気になった。

 別にこんな事を俺が心配する必要も無いとは思うのだが。あの話し合いの時に俺がそう言った商売に関する損益に対しての対応案とも呼べ無いモノを口にしているので一応は聞いてみた。


「ああ、問題無い。大丈夫だ。」


 これだけをドロエアーズの口から聞ければ充分だろう。俺はそう思って他に質問は無い事を告げる。


「よし、ならば英雄殿、協力を要請したい。受けて貰えるか?」


「ん?俺、それに必要?」


 ここでドロエアーズが俺に手伝ってくれと言って来た。俺はコレに「何でそうなる?」と聞いてみたら。


「奴は逃げ足が早くてな。此度の件で逃げられでもしたら厄介だ。英雄殿が居さえすればその点に心配がなくなる。此処まで時間が掛かったのもそこら辺の事を考慮しての事でな。」


「一応今の俺はラーナの用心棒なんだけどな?それと、英雄呼ばわりを止めてくれないと返事もしたく無い。」


 英雄殿と言った呼ばれ方をされ続けるのはどうにも尻がむず痒くなる。やめて欲しい。

 しっかりとその点を主張して俺はドロエアーズにそんな返答をしたのだが。


「ではエンドウさんには今この時点でその役を解きましょう。私はこうして今日一日、王宮に居ますから危険は無いでしょうし。その捕り物に協力してください。」


 ラーナはそう言って俺に向けて頭を下げて「今までありがとうございました」と丁寧なお辞儀をして来た。


「そう言われちゃうとなぁ~。参った。コレじゃあもう・・・」


「ならばエンドウ殿と呼ばせて頂こうか。コレで良いかな?」


 ドロエアーズが早速そんな風に俺への呼び方を変えて来る。俺はコレに小さく溜息を吐くしか無い。


「分かったよ。それで、俺は逃げ道を塞ぐのと、そうだな、それじゃあ隠し部屋なんかが有ったら教える位で良いか?んで、報酬は?」


 俺はここでしっかりと協力した際の見返りを要求する。

 コレにドロエアーズは太っ腹な事を言ってきた。


「はははは!エンドウ殿が望むモノなら国に影響が出ない範囲でなら何でも叶えよう。」


「おーい、それだと「しょうぎ」はこの国に影響を出すんじゃ無いかな?」


「ソレは「良い」影響だろう?悪いモノでは無いから構わないさ。寧ろ私は「しょうぎ」が広まってくれたら国民らの人生に新しい豊かさを与える事が出来ると思っているよ。」


 俺が広めて欲しいとお願いした「しょうぎ」である。ソレをドロエアーズは国を豊かにする物になるだろうからオッケーと言って来た。


 まあ確かに俺もそこまでの悪影響など出ないと思いはするが。それでも何が起きるか分から無いのが人生と言うヤツである。


 ラーナに対しては良いか、悪いかは判断が付きかねるが、人生を少々狂わせている代物と化している「しょうぎ」である。

 国民全員が全員に良い影響だけが広まると言った保障は無い。


「まあいっか。その内にまた頼みたい事が出来たらお願いしにお邪魔するよ。」


 こうして出発時間まで待機、するのではなく、俺だけが案内を付けられてメドン商会の近くまで先行しての出発となった。

 今俺は正面口からでは無く、裏口へと向かっている。


 その理由は王宮から出る兵隊たちの動きをいち早く察知されてメドン商会が逃げ出すと言った事が万が一にも無い様にとの対応である。


(そこまでの警戒が必要な相手?いやいや、ちょっと過剰に過ぎるだろ?)


 そう思ったのだがその後に「そうでも無いのか?」と思い直す。


 もしメドン商会が「探られている」と言う事を既に察知していた場合。

 王宮を見張らせておいて何か大きな動きがあった場合に直ぐに知らせる様にしておいたらどうだろうか?


 王宮から店にまでの到着には時間もそこそこに掛かるだろう。

 店に来た時も抵抗の言い訳を用意して強制捜査が始まるまでの時間稼ぎなどもしてくるかもしれない。

 その間に悪事に関する証拠品の隠滅に動き出す可能性も無くは無い。


(最悪、そう言った事が起きた後も本命の「メドン」に店からこっそりと逃げ出されない様にする為の保険、って所だな俺の役目は)


 俺だけが王宮から出て行く事に関しては別段見張りなどが居たとして、バレても構わないと言った所なのだろう。


 魔法と言う力を俺が持っている事はドロエアーズも知っている。恐らくドロエアーズはその点を頼みに俺をこうして引っ張り込んだ。


 しかしそこは見られない方が確実なのだ。ならばと思って俺は魔法で光学迷彩を施して姿を隠して王宮を出た。

 メドン商会が何処にあるのか知らない俺は案内役の兵に付いて行くしかない。

 その兵にもこっそり何も言わずに魔法を掛けてその姿が周囲に見られない様にしておいた。


 そうして無駄な会話もせずに歩き続けて到着したのはかなり大きい、と言うか、何処の城?と言いたくなる位に超デカい屋敷。

 そんな広大で巨大な屋敷、その敷地への入り口の門前に立つ俺。


「こんなデカい店を持ってるハズのメドンって奴が、何であんなにラーナに固執するかね?よっぽどラーナの父親に恨みでもあったんか?この屋敷に比べたら豆みたいに小さいあの店を狙う理由って何だろうか?」


 どんなに小さい事にでも、ずっと忘れずに恨みを抱える者と言うのは存在するのだろう。

 そしてソレは年月が経てば経つ程に憎悪を積もらせてしまったのか?

 これ程までの犯罪を犯してでも晴らしたいと願う程の恨みへと変わってしまったと言うのなら、ソレは当人の生まれ持った性質と言うモノとしか言えない。


 その「メドン」とやらがどの様な動機を持っているのか何て知る必要は無いんだろう。

 どうせロクなモノでは無いといった予想である。ならもう気にしないのが一番だ。


 俺はこうして早速魔力ソナーを発動して先に下準備をしておく。

 もうこうなればこの屋敷に居る者たちに逃げ場は無い。


 後は強制捜査班がやって来るまで待つだけである。


 この店の前まで案内してくれた人は何もせずに立ったままである俺に対して訝し気な目を向けて来ている。

 恐らくはこの案内人は何も知らされていない雑用係と言った所なのだろう。

 案内と言うその役目が終わっても俺から離れない所を見ると「監視」の方も受けているのだと思われる。


 そして少々の時間を待てば相当な数の兵士たちがここへとやって来る。

 その中には文官らしい者たちも一緒に居るので恐らくはこの捜査での現場監督と言った事なのだろう。


 もしくは収集した書類などを精査したりしてその場での犯罪の立証やら証拠の確認などもするのだろう。


「始まったなぁ。それじゃあ俺もやりますかね。」


 俺に付いていた案内人の男はこの兵士たちの数にギョッと目を見開いていた。この驚き様だと予想通りに本当に何も聞かされていなかったらしい。


「エンドウ殿!何か動きは?」


「何も無いね。誰も逃げられない様にはしてあるけど、一向に屋敷の中に派手な動きは見られない感じだなぁ。余裕、って感じがするね。もう既に証拠をこの分だと隠し終えてるかもな。もしくは処分が終わってるかね?」


「うーん、舐めて掛かったつもりは無いし、確実に、静かに、慎重に事を運んだつもりだったのだが。相手の方が一枚上手だったか?」


 俺とドロエアーズがそんな風に気さくに話をするモノだから俺に付いていた案内人はコレに再びギョッとした顔になっている。

 ついでにドロエアーズを前にしてカチンコチンに直立不動になっていた。


「でもまあ、やっぱ例に漏れ無いのかね?隠し部屋、あるんだよなぁ。」


「そうだろうな。無い方がおかしいと思った方が良い。こういう輩は思いもよらない場所に隠し場所を作る。それの発見にたびたび苦労させられる。しかし・・・」


 ドロエアーズは俺の方を見る。その目には「もう見付けてあるんだろう?」と言った言葉が含まれている。


「じゃあ案内するかね。・・・とは言っても、先に「メドン」ってのに「お知らせ」してからなんだろ?」


「ああ、形式に則って、順番ってのがあるからな。しっかりとそこは筋を通してからでないとな。」


 そう言ってドロエアーズは門番の方に向かった。そしてそこで色々と捜査令状?みたいなものを次々に取り出して見せている。そして宣言した。


「開門せよ。これから行われる捜査に対して妨害をしてきた場合、その命は保証せん。その場で斬り捨てる。」


 この言葉で震え上がった守衛は直ぐ様に門のカギを開けて中へと兵隊たちを入れてしまう。


「まあ邪魔するならぶっ殺すって初っ端で脅されたらなぁ。しょうがねーよ。」


 荒々し過ぎる強制捜査である。しかしこの国でのコレは常識なのだろうから何も俺が言う事は無い。

 以前に俺がニュースで見ていた暴力団事務所の強制捜査の映像などとは比較するのがおかしいのだ。


 敷地の門から屋敷までの道は遠い。その先頭をドロエアーズが堂々と歩く。その後ろには綺麗に整列した兵隊たちが一糸乱れぬ動きで付いて来ている。圧巻だ。三百は居る。


 こうした見た目の圧力なども使って相手に重圧を掛ける狙いとかもあったりするんだろうか?

 そうやって少しでも相手の冷静さを失わせてミスを誘発させる狙い?なども含まれているんだろうこの行動は。


 ドロエアーズの今の見た目はあの「真っ赤な鎧」である。剣もしっかりとその腰に装着している。

 今から戦争にでも行くんですか?と言いたくなる。


(ある意味戦争、って言えなくも無いのか?さてと、俺はいつのタイミングで隠し部屋の位置を教えれば良いかね?)


 俺はドロエアーズの横に並んで歩いている。しかし姿は見せていない。いつもの魔法で姿を消している。

 しかし声だけはドロエアーズに届く。ドコソコ、と俺が隠し部屋の場所を告げれば聞こえる様にしてあった。


「扉を開けよ。出なければ破壊してでも押し通る。」


 ドロエアーズは怒鳴ったりしない。けれどもその声は良く響いた。

 その後にゆっくりと入り口の扉が開いて行く。


 かなり大きな入り口扉だ。両開きで相当に金の掛かっているだろう装飾が入っていた。


 開いたその先でコチラを出迎えているのがどうやら「メドン」であるらしい。


「ようこそいらっしゃいましたドロエアーズ様。この度はどの様なモノを我が商会にお求めで御座いましょう?我が店を今回選んで頂けた事は非常に光栄で御座います。」


 余裕の態度を崩していないメドンはドロエアーズを「客」として受け入れるとすら言ってくる。


「強制捜査だ。コレを見よ。」


 ドロエアーズはここで女王の認可印の入った書類を取り出して開いて提示する。


「・・・フハハハハハ!これまた面白い御冗談で御座いますな!ならば思う存分、我が屋敷を捜索なさってくださりませ。しかし、何も出て来なかった時には、どうして頂けるので?我が店の信用が、これではこれでは。このメドン、これまでやって来た商売に後ろめたい事など一切無いとこの場で言い切らせて頂きます。」


 国から強制捜査を受けたなどと言った事実は店にとって大きなマイナスになる。信用問題と言うヤツだ。

 だからソレを補填する何かを国で出せと、そうメドンは言うのだ。相当な自信である。

 犯罪の証拠など出て来るはずが無い、そんな事を態度で示して来ている。


(絶対に見つかりっこない、って思ってるんだろ?だけどなぁ。俺には隠し金庫も、どうやら裏帳簿の隠してある場所も、既にバレテーラなんだよねぇ)


 悲しい事にメドンは俺の存在を知らない。どれだけ自信があろうとも「魔法」と言う代物の前にはこの抵抗は無力である。


「捜査開始。」


 ドロエアーズのその一言を発すると一斉に屋敷の中へと兵士たちが入って行った。

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