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一向に解決に進まない

 諦めたらそこで終了、などと言うつもりなのだろうか?

 斧を一生懸命に壊れない壁に叩きつけ続けて虚しくならないのだろうか?

 かれこれ結構な時間をこうしていたんだろうと分かる程に汗を掻いているその男たち。


「こっちはもう金を貰っちまってるんだ!いい加減に壊れろっての!」


 男はそう叫んでまた斧を叩きつけているのだが、俺の魔力でコーティングしてある壁は壊れない。


「まだやってたのか。しかも休憩もしないでずっとここに留まり続けてぶっ通しで?目撃者もそれなりに出たかね?うーん?だけど、そうなると逆にこれだけぶっ叩かれてるのに「壊れない壁」の方に注目と話題が行っちゃってるかも?」


 こんな展開になると考えておかなかった俺が悪いコレは。

 どうせだったら多少こいつらに壁を壊させておいて「おまわりさーん、こいつでーす」と言える状況を作っておくべきだった。

 これでは不自然極まりない。この男たちを「器物損壊」で訴える事もこのままではできやしない。

 だって今もラーナの店は幾ら攻撃されても何処も壊されていないのだから。


「こいつらとっ捕まえてこんな事を依頼して来た奴は誰かを聞き出すか?いや、多分犯人に繋がる証拠は残しちゃいないか。」


 こんな三下のチンピラどもを雇っての嫌がらせではあるのだが。しかしだからこそ、そう言った部分から辿って正体がバレる様な迂闊な方法は取ってはいないだろう。


「とは言え、たとえそうでもやってみても良いだろうけどな。どうせこっちの知りたい情報を得られ無くても損はしないし。得られたらソレはソレで相手はドンダケ間抜けなんだ?って基準になりそうだし。」


 とは言え、今はソレは後である。男どもに俺は魔力を纏わせて操ってその場から退散させる。

 向かわせる先は決めていない。取り合えず目についた通りをそのまま真っすぐに何処までも進ませる。


 この後は用事があるのだ。こいつらに構っている時間は無い。

 あのメーラの店から出る時のダッシュ具合だとそこそこの速さでこの店の前に到着してくる予測である。

 さっさと目障りな奴らは排除だ。しかし丁寧にはやってやらない。この場から居なくさせるだけで良いのなら雑にやってしまえば良い。


「あいつら手に斧持ったままで集団で大通りを歩くから目立つだろうねぇ。衛兵に捕まらないとイイね?・・・通報されて御縄頂戴になる光景が目に浮かぶなぁ。」


「・・・私も、もしかしてこれまでに勝手に体を動かされていたりするんですね?これからはそう言った事は止めて頂けませんか?」


 怪訝な表情でラーナは俺にそう言ってきた。どうやら気づいてしまった模様。


「いやー、躊躇って動かないとか、動けないとか言った場面になったらやるよ。それ以外ではむやみやたらとこんな事しないから安心してくれ。」


 俺のこの返答に納得したくないと言った苦い表情を浮かべるラーナ。

 だけどもソレは長くは続かなかった。思っていたよりも相当早くにメーラが来たから。


「ふぅ、はぁ、ふぅ、はぁ・・・すうううう。はあぁぁぁー。ラーナ!メキルラーナ!私よ!来たわ!色々と聞きたい事だらけよ!居るなら中に入れて!」


 ここでラーナは俺にアイコンタクトで魔法の解除を求めて来た。

 俺はこれに頷いて掛けていた魔法光学迷彩を解く。


「・・・あ!ラーナ!いつの間にそこに居たの!?一言くらい声掛けてくれても良いじゃない。取り合えず、中に入れてくれるのよね?と、その前に、その見た事無い人、誰?」


 メーラの視線がラーナに行っていた時にはその目はそこまで厳しいモノでは無かったのに、俺に向けて来た時には物凄く敵意のこもったモノに変わっている。

 メーラの中ではどうやら相当に俺への警戒心が高い様子。しかしラーナがここで「後で説明する」と言った事でどうやら落ち着いた様だった。


 俺たちはそのまま店の中に。そしてラーナがお茶を用意しようとしてメーラに止められる。


「いいから、説明を先にして貰えない?取り合えず、この人は安全、って事で良いのよね?」


 俺に人差し指を向けてそうメーラは言う。これに俺は「不躾だなぁ」などと心の中だけで思っておく。

 ここでそんな事を突っ込みしても余計に話が先に進まなくなるから。


 ここでラーナはメーラの言葉を無視してお茶を入れる。ゆっくりと。


 この行動にメーラが少しイラついた様子に一瞬なってから、大きく溜息を吐いて肩の力を抜いた。


「私の負けよ。大人しく話を聞くわ。その代わり、疑問は全部解消できるのよね?」


「一部は無理かもしれないけれど。」


 そんな短く回答をしてラーナが戻って来る。テーブルにお茶を並べてソレをゆっくりと一口飲んでからラーナはこれまでの事情を説明し始めた。


 少々の時間を掛けて話終えても、しかし肝心の「誰が狙って来てるのか?」と言った部分だけをはっきりと口に出さないラーナ。

 多分ラーナには分かっているのだろう。それでもあえて相手の名を口にしないのだ。


 でもここでメーラの方が踏み込んだ。しかもどうやらラーナの反応からして当たりであるらしい。


「メドンでしょ?ラーナの親戚の。メドン商会。見たわよ?ウチに来て脅しを掛けて来た男はその店の副店長だったもの。」


 ここでやっと確定した。敵はメドン、どうやらラーナの親戚のようだ。


「・・・恥になるからあえて言わなかったのに。」


 ラーナはちょっとだけ苦い顔。まあ分かる。ラーナからしたら相手は親戚である。そいつが犯罪を当然の如くに行っている様ならば関わり合いなどしたくはないし、他に知られたくもないはずだ。


 だけども今はそんな事を言っていられる様な時でも無いのにラーナは「恥」と言う一点だけでここまで俺に何も犯人の事を言ってこなかったと。どれだけなのか?


(まあ人が何処に重点を置くかなんてそれぞれなのだし?しょうがないっちゃ、しょうがないけどもさ?)


 命が狙われた、店を襲撃されている、そんな重大な状況を甘くは見ていないハズであろうが、それでもこれまでその事をずっとラーナが黙り続けたのは一つずつ懸念を解消して時間経過とともにほとぼりが冷めるまで待つつもりだったからかもしれない。


 こうして俺が用心棒を申し出た事でラーナは少しでも穏便に事が解決する様な流れを作りたかったのかも。


「で、用心棒って説明されたけどさ。どれ位強いの?はっきり言って、見た事も聞いた事も無い服装よ?信用できるの?顔もこの国じゃ見かけない様な造りの顔だし?胡散臭いわ何処までも。」


 ここでメーラにツッコミ&ダメ出しを食らう。何処までもメーラは俺の事が気に入らないと言った御様子である。

 御機嫌取りをしないと駄目だろうか?そんな事が一瞬脳内に走るが、ソレを却下した。

 別に俺は誰かに好かれたくてこの用心棒なるモノをしている訳じゃ無い。


「ソレで、まだ幾つか疑問に思う所があるんだけど、答えてはくれるの?いきなり姿も見えないのにラーナの声がハッキリと耳に聞こえて来た時にはびっくりしたわよ?アレは何だったの?」


 メーラは「どんな手品だ?」「ネタばらしは?」「種は何?」などとラーナへと立て続けに質問を飛ばすが、それにラーナが答えられるはずも無い。俺がやった事なのだから。


 代わりにラーナが返した言葉がこれである。


「メーラ、これからどうするつもりなのか聞かせて。間違っても、メドン商会には逆らう様な事はしないで。アナタの家族が心配だわ。勝手な行動に出て迷惑どころか店を潰されるくらいなら、まだ立て直しも可能かもしれない。けれど、殺されては元も子も無いの。」


「解ってるわよ。そんなバカげた事なんてしないわ。こっちだって命が惜しいもの。」


 メーラがそんな事を言う。じゃああの店の前での喧嘩で言っていた内容は何だったのか?

 俺のそんな疑問が顔に出ていたのか、これをメーラが見て鼻で笑った。


「店の前で父さんと大声で喧嘩をすれば「脅されて仕方なく」「家族の命を質に取られて」って理由で噂が立つでしょ?ウチの近所は噂好きが多いからね。店の評判を少しでも落とさない様にこっちで情報を先に与えちゃうのよ、同情される様なやつをね・・・って、そうよね、ラーナの声があの時に聞こえたんだから店の傍に居たのよね?まさか聞いてた?え?でも私が店を出て全力で走ってここまで来たのに、ラーナはあの時一切汗も掻いて無かったし、息も乱れて無かったわよね?どうやって追い付いて来てたの?私がこの店に到着したのと同時くらいにラーナが・・・」


 もちろんワープゲートだ。俺の魔法で先回りである。

 けれどもメーラからすれば奇妙、不思議、不気味に感じる事であろう。

 しかしコレも説明などしない。詳しい事を教えたって理解が出来るとは限らないから。と言うか、きっと理解などできやしない。

 俺だってコレを、魔法を理解していて使っている訳じゃ無い。便利だから使う、使えるから使う、そう言った理由なのだ。


 そもそもの俺がこんななのに、魔法と言うのがこの国では「物語の中」にだけしか存在しないと思われているのだから、説明した所でメーラに詳しい深い部分の理論とか、根拠とか、原理などが分かるはずも無いだろう。


「さて、じゃあこれからラーナ、どうする?そのメドン商会ってのをぶっ潰すだけで問題が解決できそうだけども。」


 俺のこの短絡的なセリフにラーナは首を横に振った。


「ソレは止めてください。こうして店も壊されず、私の身の安全の確保も出来ていますから。こちらから動く事はこれ以上したくはありません。向こうが諦めるか、或いは自滅してくれるのが一番良い結末だと思っています。」


「悠長な事を言うなぁ。・・・あれ?それって俺の事を頼りにしてるって言ってるのと同じだな?何時まで俺はこの用心棒をしてなきゃならない?時間が解決する様な案件じゃ無いと思うんだけど。さっさとメドン商会を潰しちゃった方が良く無いか?俺はそうした方が良いと思うけど?」


 俺の意見にメーラは頷いている。俺はまだメーラに警戒されてはいるが、こうして同意が得られている様で何よりだ。


 しかしやはりラーナは何処までもこの件を穏便に済ませたいらしい。

 周囲への影響を最小限にしたいと考えているのかもしれない。


「状況が激しく動き過ぎです。メドン商会を潰してソレで元通り、とは直ぐには行かないと思います。今回の問題で起きた損害などを少量ずつ長い期間を掛けて吸収し終えるのが理想ですね。」


「早い所解決してドバっと一気に、の方が良いと思うんだけどなぁ。何時までも引きずる様な事はかえって問題が余計に長引いて無駄に損失出さないか?」


 理想は理想、それだけに過ぎない。先の事がどうなるかが確定していないのであればそう言った可能性も残る。


「短期か長期か。どっちもどっちって事でしょ?それなら直ぐに潰す方に一票入れるわ、私は。」


 メーラがそう言って俺の意見を支持してくれる。とは言え、この件は別に多数決で決める様な問題でも無い。

 ラーナが納得いかなければ俺もメドン商会に手を出す気は無い。

 このままでもメーラの方もメドン商会に目を付けられる様な行動はしないだろうから、この先の動きはラーナの意思次第である。


「この件は私のやり方に従って貰えませんか?エンドウさんの意見も最もなのですけれど。」


「何か考えでもあるのか?ラーナにだけは分かる様な確信がある?」


 ここで俺のそんな疑問にラーナは首を横に振る。


「いえ、そんな物はありません。エンドウさんに商品を買って貰えていなかったらきっと早期解決を求めていたかもしれないです。心の余裕もお金の余裕もあるから言える事ですね。」


「あ!ちょっと!ラーナ!今店の在庫状況はどうなってるの?この分だと大量に仕入れてたハズでしょ?少しでも私が買い取るから、どれくらい在庫残ってるか教えて。」


 メーラもどうやら個人で豆を購入してラーナの支えになろうとしている。でもそんな心配もいらないのだが。

 メーラは俺が店の在庫を一切一粒残らずに購入した事を知らないのだから、この申し出もしょうがない訳だ。


「大丈夫よメーラ。心配してくれてありがとう。でも、在庫は全て捌けたから安心して。」


「へ?」


 意気込みをスカされたメーラはちょっと間抜けな声を出してしまっている。

 けれども直ぐに「何で?」と端的にラーナに質問していた。

 これにラーナは俺をちらっと見てから。


「エンドウさんが全て購入してくれたわ。次の時にその金額はテンソウ商会から入る予定になってるのよ。だから大丈夫。」


「・・・この人、もしかしてかなりのお金持ち?しかもテンソウ商会とそんなに太い関わり合いが?一体ほんとに何者なのこの人・・・」


 心底不思議、そんな表情を隠さずに思い切り出して俺の顔を見て来るメーラ。

 俺はこれに何も言う気は無い。今の俺はラーナの用心棒と言った立場であり、メーラの疑問を逐一解消してやる義理も無いから。


 こうしてメーラとの話は終了だ。最低限伝えなくてはならない内容は伝え終わったとラーナは口にしてから続けて言う。


「メーラ、事が落ち着くまではもうこの店に近づいて来ないでね。用が出来れば私からそっちに行くから、これまで通りの商売を続けていて。」


「この店の商品の仕入れが無くなったらかなりの仕事が減るわ。余りこの件、長引いて欲しくは無いのだけど?」


 少々眉根を顰めてメーラはそう言うが。しかしこれにはラーナが。


「でもメドン商会に国からの捜査の手が入れば今回の件で絡んだ関係各所にも捜査が入るわ。メドン商会に脅されて今回だけしか関わっていない店ばかりだろうけど。それでも疑惑を持たれて「深い関係」を疑われて目を付けられるかもしれない。そうなるとソレが潔白だと解消されるまで結構な長い期間商売に制限が掛かる事になるはずよ。ソレは最悪、店を畳む程になるくらいの損失に繋がりかねない。ソレは駄目だわ絶対に。そこの所を戻ったら計算してみてメーラ。」


 このラーナの懸念に表情を曇らせるメーラ。どうやら実際に起こり得る事である様だ。深刻な顔に変わったメーラは腕組をして「うーん」と小さく唸っていた。


 そんなメーラはその後に「わかったわ」と言って一つ溜息を吐いてから椅子から立ち上がる。


「それじゃあ帰るわ。気を付けるのよラーナ。気が変わったら直ぐに私の所に来てよね?メドン商会を訴えるならウチも協力するから。」


「あ、俺が送って行った方が良いか?取り合えずこの店を出た所をメドン商会関係者に見られたら目を付けられるかもしれないし?」


 思い付いた危険を俺は口にしてみたが、コレはメーラに断られた。


「別に要らないわ。そんな大げさな事になるとか早々無いでしょ。」


 そんな大げさな事に何度も早々に巻き込まれている経験をしている俺としてはこの言葉は看過できない。

 なので俺はこっそりとメーラに魔法を掛けておく。姿を見られない様にする為の魔法光学迷彩である。


 多分これには気づかれていないだろう。メーラはそのまま「じゃあね」と短い別れの挨拶を口にして戸を開けて外にさっさと出て行ってしまった。


「まあ魔力ソナーで警戒している範囲の中には怪しい奴は居ないみたいだけど。念には念を入れてね。人質、なんてベッタベタな展開とか要らないしな。」


 メーラが店に戻る直前くらいになったら魔法を解除してやれば良い。その程度の遠隔操作などは朝飯前である。


「ラーナ、コレからの予定は?引き籠ってこのまま家の中にずっと居る心算か?」


 選択したのは長期戦。周囲の事を慮ってラーナは非常に気長な戦いを選んでいる。


「今日はもう何も。大人しく店の掃除をしようと思っています。時間が有り余ってますし。これまでほったらかしにしてやって来なかった隅々までやろうかと。」


「俺に手伝える事は?」


「特に何も。だって用心棒なのですからそれ以外の事をやらせる訳にもいきません。」


「いや、寧ろ手持ち無沙汰だから何かと申し付けてくれたらこっちの暇も潰せるってモノなんだけどさ?」


 こう言ってもラーナは俺に何も返してこない。本気で用心棒だけで良いと言う事であるのだろう。

 と言うか、多分それ以外はやってくれるな、と言った意思表示なのかもしれない。


 俺も俺で何かとここまで忙しなく動き続けている事を思う。

 観光だ何だと言っておきながら何かしら事を起してそれにワイワイと身を置いていた。


 なのでここでしっかりと「何もしない時間」と言うのを確保してバランスをとる事も考える。


(まあ何もするなって言うんだから、それに従っておくか今は)


 用心棒の仕事など何も無ければ只の極潰しの様な事になるのは目に見えていた。

 荒事が起きない限りは用心棒などと言う存在は動く機会は無いのだ。

 万が一の備え、そんな立場になるのだからソレはしょうがない事ではある。


 しかし店にも、ラーナにも魔力を纏わせて保護してある以上は用心棒の役割を四六時中やっていると言っても過言では無いが。

 それは「普通」では無いのだ。コレを「仕事の真っ最中」などと理解してくれる者はこの国には居なさそうだ。


 なのでのんびりと茶を飲みながら俺は待つ。


「いや、待つって言ったってなぁ?何をどうすれば解決なんだ今回のコレは?」


 多分大元のメドン商会は直接には動いて来ないだろう。

 そうなるとその商会の御取り潰し、何て結末に繋がる証拠などは出ないと思っても良い。

 こちらから無理やり乗り込んで不正の証拠でも奪取しない限りはメドン商会は存続し続けるだろう。


 そうなるとこの店をそのままずっとメドン商会は付け狙ってくる事になるはずだ。


 ラーナの意図としてはこの店にずっとメドン商会を釘付けにさせて他の店に時間稼ぎをさせている状態である。

 ほとぼりが冷める、ソレを待つつもりでいるのは明らかだ。

 この一件での事で起きた各店の損失の最少を求め狙っての事ではあろうが。


「ゴールを設定しないでずっと俺は用心棒のままってのもソレはなぁ?」


 余りにもラーナは他の店に気を遣い過ぎなのでは無いかと思えてしまう。

 けれどもそこは俺がおせっかいを焼く所では無い。多少のモヤモヤはあってもコレは俺の只の考えであり、ソレが最善と言うはずも無い。


 どんな世界に在ろうが、そう言ったしがらみと言うのは無くならないのだなとしみじみ思う。


 ===  ====  ===


 そんなこんなで早くも日と言うのはあっさりと過ぎ去り、もう一週間が。


 ここまで一切何事も無くのんびりとした日々。

 時折店の入り口を壊そうとしてくる輩が来ては一時間程ガンガンと斧を打ち付けて来ていた位だ。


「いえ、ソレはソレで大問題ですよね?と言うか、アレだけ破壊しようと斧を打ち付けられているのに壊れない壁も扉も見て驚いている通行人が連日増しているのですけども?」


「ソレはもう必要経費だと思って貰わないとダメだね。別に壊れても修復は瞬時に可能だけど?壊されておく?」


「いえ、ソレは止めて頂きたいです・・・」


「ここで壊されておけば実績ができるから今度からそう言った奴らが来たら衛兵さんに直ぐにしょっ引いて貰う事も可能になるけど?」


「いえ、ソレも止めておきたい所です・・・」


「いやー、それにしても「しょうぎ」強くなったよねラーナは。こう言うのもしかして、得意だったりする?」


「ああ、ええ、まあ。計算するのは嫌いでは無いので。こうして盤面に規則正しく並べられているに過ぎませんから。駒の動きの方を覚えれば後は互いに先を読み合って何手先まで読み合えるかが勝負でしょうし。そこまで難しい事では無いと思いますけど。」


「いや、そのセリフが軽い感じで出て来るのが普通じゃねーわ。相手の攻め筋と自分の攻め筋を擦り合わせるのって結構思考を酷使する事だと思うけど?それにそもそも相手のやろうとしている事を予想したり、それに対応して駒を動かしてさ、ソレが外れていたら修正してまた考え直すってかなり過酷な事では?」


「え?ソレがこの遊戯盤の面白い部分なのでは無いのですか?」


「あー、うん、そうなんだけどもさー?これ程に苦悩しないでスラスラとそのセリフを言えるのがスゲーって言うか、化物って言うか?」


「・・・褒められているのでしょうか?」


 そこでパチリ、と子気味良い音が室内に響く。日々の時間を過ごすのに俺はラーナに「しょうぎ」を与えていた。

 もちろん「将棋」である。駒に書くのは漢字では無く「絵」にしておいた。


 俺が駒の説明をし、それにこの国で当てはまる「兵」の事を聞く。

 ソレが「歩」であるなら普通に「歩兵」で。「飛車」であるならば「馬車」を駒に描くなどをしたものだ。


 馬車と言ってもこの国でも「戦車」があり、別段そう当て嵌める物には苦労は無かったが。


(駒を裏返してパワーアップ、って言う説明はちょっと難しかったな)


 そうは言えどもラーナは直ぐに受け入れた。そうして説明を終えた後にした対戦ではラーナがいきなり「穴熊」をして来た事に驚かされている。


 こうしてこの一週間が過ぎるのを待つ間にも俺はちょっとした加工品をラーナに食べさせていたりする。それは「トウフ」である。


 以前に海水から塩分を取り出していたし、じゃあソレの残りを使えばニガリ代わりになるのか?とか言った安易な考えだ。

 そして当然ソレは、最初は失敗した。


 しかし失敗は成功の基。俺はその後に様々に苦労を重ねて海水からニガリを抽出に成功。

 いや、どうやったか?と言われてしまえば、ソレは「超・御都合主義」の魔法の力を使ってである。


 この世界の海水、どうやら意味不明な成分などが含まれているらしかったのだ。

 ソレがどうやら作用して最初は豆乳にそのまま海水から塩分を抜いた物を混ぜて凝固を狙ってみたのだが。

 結果ソレは固まらずに失敗と言う形になった。


 ソモソモがこの国で食べられている主食と言えるこの「豆」がトウフに加工できるのか?と言った点も最初に考えてみれば怪しいと疑うべき所ではあったのだが。


 俺の脳内では軽く「まあできるんじゃない?」とか言った楽観的な思考が支配していた。

 どうせ魔法で一発でしょ?くらいに。


 でも蓋を開けてみれば失敗。次も失敗。次も、次もと。

 既に俺は意地になっている所がその時には出来ていた。成功させて見せる、と。


 失敗した豆乳もどき?も一応は俺が処理をした。もちろん捨てたりせずにそのまま牛乳代わり的な感じでそのまま飲んでいたりする。


 当然おからも出来上がる訳で。ソレをあーじゃない、こうじゃ無いとアレンジを加えた味付けで食卓に出していたりもする。


 ラーナにはこれに最初目を細められたりもしたが、一口食べて納得を頂いている。

 この国の者からすればこの豆をこうして加工して食べると言ったアイデアなどは発生したりはこれまで無かったんだろう。

 感想として「初めてです」と言った言葉をラーナから貰っている。


(この国では水の価値がそもそもなぁ。そう言う理由でやっぱりこういった事は馬鹿げているとみられる行為だろうしな)


 トウフ作りに大量の水は欠かせない。でも俺は魔法で水を生み出せるので結構ジャバジャバと使ってしまっている。

 コレが後々に何かしらの反動が出たりしないかとちょっと内心はヒヤッとした物を抱えていたりするが。


(超・御都合主義って言ってもなぁ。後でその代価を支払う事になった、何てのは避けたいしなぁ)


 水が貴重な国でこんな大量の水を、である。こんなの誰にも知られちゃいけない。


「王手。」


「は?ちょっとま!」


 いつの間にかラーナに王手を掛けられてしまった。

 いや、別に何も考えずにぼさっとしたまま「しょうぎ」を打っていた訳じゃ無いのだが。


「えー・・・ラーナ強くなるのが早過ぎだろ・・・」


 俺は今本当に「天才」と言うのが存在するんだなと、そう実感している。

 ソレがこんな異世界で「将棋」にて、しかも女性で、こんなにも短時間に超が付く程に過剰に強くなった相手に対して。


「・・・あれ?ヤバいな?参りました・・・」


 俺はここで脳味噌にフルで魔力を纏わせて思考を強化した。

 しかしどんな展開にしても俺が負けるルートしか出て来ない。

 いわゆる「もう遅い」である。思考強化をする場面がそもそも遅すぎた。


「え?どの時点でこの展開を考えてたの?やばくねーか?」


「三十手程前ですかね。それでももう少し早く追い詰められたらとも思わなくは無いのですが。」


「いや、マジでコワッ!?何・・・何なの・・・恐ろしい子!」


 プロ棋士と言うのが相手の手をどれほど迄に先を読んでいるのかと言った事を俺は詳しくは知らない。

 けれどもちょっと前まで「将棋」の「し」の字すら知らなかった娘がこれだけの短い期間でそれ程の手先を読むとか化物過ぎる。


(総当たり戦とかやったらラーナって全戦全勝しそう・・・)


 将来が恐ろしいと思いつつも俺とラーナは次の一戦の為に駒を並べ直し始めた。感想戦はしない。

 何せラーナがニッコリと「さあ、次も行きましょう」と満面の笑みで言ってきたから。どうやら心の底からコレを気に入ったらしいのだ。


 俺はこれに「ハイハイ・・・」と少々の恐怖を覚えつつも拒否はしなかった。

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