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大丈夫と思える時までは保護者の気分で

 ムランドの首が晒し物にされる。王宮を囲っていた軍部へとこの首を持って解散せよと命令しているのはドロエアーズだ。


 全ての元凶はムランドだと、そう言って今回の騒動の説明をして回っていた。

 これにアラビアーヌも同行して一緒に説明に加わるモノだから軍の者たちはこれに即座に納得。素直に武装を解いて帰還を始めている。


(この中にはムランドの部下で真相を知って関係していた奴も紛れていたりするんじゃ無いのか?そう言う奴を虱潰しに探し出して処分とかは・・・まあ、しない、かな?)


 その労力は膨大になる事だろう。そして今ソレをする時でも無い。

 速やかに軍の統制を取り戻して命令系統の掌握をする場面である。


 ソレに余りにも処分対象が多過ぎればコレもまた面倒である。

 無くなった部分に詰め込む補充要員の確保や優秀な人材なども不足する事だろうそうなれば。


 こう言った事は禍根を断つ為にも一気に全て片付けたい所ではある。

 しかし国家運営と言う点ではソレは難しい事になるんだろう。なるべくならゆっくりと影響が出ない様に入れ替え移行したいと考えるハズ。


 そこら辺は俺の考える事では無かったので思考をそれ以上に広げるのを止めておく。

 余計なストレスになるので妙な所に首を突っ込む気は起こさない様にする。


 俺はドロエアーズとアラビアーヌの安全の為にまだ二人の行く先へと付いて行っていた。

 別に命を守るだけなら俺が二人へと魔力を与えてバリアーを張っておけば良いだけであるが。


 取り合えずしっかりと「もう大丈夫」と思える時までは同行しようと考えている。

 油断と言うのはこういう時に発生するものだと思うから。


 で、やはりと言って良いのか、悪いのか。まだ暗殺者が残っていたらしい。


 矢が飛んできたのだ。ソレもアラビアーヌの方に。


 でもソレは弾かれた。俺が纏わせた魔力にじゃ無い。

 ドロエアーズの剣に切り払われてである。


「・・・我らの任務の為、そのお命、頂く。」


 十名の刺客。誰もがその目に覚悟を秘めていた。刺し違えてでもアラビアーヌを殺す心算の目である。


(おいおい、ムランドの首が見えていない?いや、こいつらの主はムランドじゃ無いのか。じゃあ誰が差し向けた?)


 ソレも少し考えれば何と無くではあるが、予想は付く。

 ムランドの側近の中に野心を隠して従っていた者でも居たのでは無いだろうか?


 これ幸いと思ってムランドの死を確認した事でチャンスだと思ってこのドタバタに仕掛けて来たというのが一番高い可能性に思えた。


 まあその他にも色々と可能性と言う意味ではバラハムから放たれていた刺客かもしれないというのもあるけれど。

 先ずアラビアーヌを狙ったという時点でその可能性も考えられた。

 こいつらは以前にアラビアーヌを討つ為に仕向けられていた暗殺者だったりするかもしれない。


 王宮の異変に気付いて駆けつけて来てみたら目標のアラビアーヌを発見した、とかだったり?


 そうなると、自らの仕事を完遂する為にアラビアーヌの事を狙った、と言った流れか。それならば納得がいく。

 こいつらがバラハムの部下だと言うのであれば、今こいつらは恐らくそのバラハムが既に捕縛されて牢に入れられている事を知らずにいるかもしれない。


 全て終わった後だというのに自分たちの受けた命令を何処までも完遂しようとする気概は本来なら褒めて良い部分なのだろうが。

 コチラにとってはいい迷惑と言った所だ。


 さて、そうやって俺が想像を働かせてはいても、相手から真実が語られる事も無い。

 十名の刺客はドロエアーズとその護衛を警戒しつつもアラビアーヌを常に狙っている。

 自らの仕事を熟す事に集中していてペラペラとおしゃべりに興じると言った事は絶対に無いみたいだ。


 しかしアラビアーヌは問わずにはいられない。


「お前たちは誰からの命令で動いている?バラハムは既に牢へと入れた。逆賊ムランドもこの通りだ。既に事は全て終わっている。お前たちが私の命を今奪おうとも、もう何もかもが遅いのだぞ?」


 自分を狙っているとなれば、ソレは恐らく以前にアラビアーヌの命を狙って追いかけていた者たちである。そこら辺の所にアラビアーヌは思い至ったんだろう。


 自身の部下をこいつらに殺されているはずで、だからこんな場面でも聞かずにはいられ無いんだろう。

 もう全て終わっているのにまだ付け狙ってくるのか?と。


 しかし刺客の方は黙ったまま。誰も返答をしない。じりじりと摺り足で間合いを詰めつつ攻めるタイミングを伺い続けていた。


 そんな沈黙の時間は短かった。この場に本来なら響いちゃいけない声が聞こえて来たから。


「お前たち!早くアラビアーヌを殺せ!ドロエアーズもだ!私に逆らった者は全員処刑だ!」


 バラハムだった。どうやって抜け出して来たのかは分からないが、王宮の方からそんな言葉が届いて来たのだ。


 アラビアーヌの先程の言葉がひっくり返ってしまった。心底面倒そうな表情でドロエアーズがその声のした方に振り向いた。


 多分、使用人の為の物だと思われる扉が一か所開いていてそこにバラハムが立っていたのだ。怒りの表情で。


 この一瞬の隙を見逃さない刺客たち。十名が同時にアラビアーヌへと殺到、飛び込んでいく。


 でもソレも無駄だった。ドロエアーズはコレも見越していたんだろう。

 それと、アラビアーヌを守っていた護衛たちも予想はしていたみたいだった。

 対応に躊躇いも迷いも慌てた様子も無い。あっという間に飛び込んで来た刺客十名を斬り捨てた。


(いやー、強いよね?俺が居なくても良かったんじゃね?)


 被害は多少出たとしても、きっと俺なんかが居なくても今回の事は始末が付けられたのでは無いだろうか?そう思える程に護衛たちが強い。


「バラハム、どうやってここまでやって来れた?牢に入っていた訳では無いのか?」


「この我をあの様な場所に閉じ込めようとするとは!許さんぞ!」


 バラハムがドロエアーズからの質問に答える事も無く怒りつつもニヤリと笑う。

 そんな余裕などないハズなのにバラハムは「してやったぞ!」と言いたげな顔になっている。


 そこに「カキン」と硬い金属が弾かれる音が響く。


 そう、油断だ。斬り捨てて地面に転がっている刺客たち。全員が致命傷で立ち上がれないと言った様相だったのにも関わらず、その内の一人が必死に立ち上がる様子をフェイクにして懐からナイフを取り出して投げつけたのだ。


 護衛たちは既に無力化したと思って刺客たちから意識を離していた。

 そこで護衛たちがバラハムに改めて視線を向けたタイミングで刺客が動いたのである。


 狙われたのはアラビアーヌ。


(まあだけど刺さったりしないんだなぁ、コレが。残念だね、うん)


 未だにアラビアーヌに纏わせている魔力は解除していない。

 その程度の威力の投げナイフが刺さったりする訳が無かった。


 静寂が一瞬訪れた後にバラハムが叫ぶ。


「い、い、い・・・今のは絶対に刺さったはずだろうがああああ!?何故だ!?死ね死ね死ね!今のでお前は死んでいるはずだろうが!どうして死なない!?何故刺さらず弾かれるというんだぁ!?」


 驚いているのは別にバラハムだけじゃ無い。アラビアーヌを護衛していた者たちも驚いているのだ。

 何せ完璧に隙を突かれた形での投げナイフでの奇襲である。アラビアーヌが死ななかった事が彼らにとっては奇跡と言える場面だ。


 しかしドロエアーズもアラビアーヌも驚いちゃいなかった。


「私が今こうして生きていられるのはエンドウ様のお力によるモノだ。今回の件に弱者な私を慮って守護を与えてくださっている。バラハム、お前の悪意など容易く跳ね除けて当然だ。エンドウ様は「大賢者」である。貴様程度の小物が敵う相手では無いと知れ。」


(ここに来てアラビアーヌの口からも俺を「大賢者」って・・・)


 このままだとこの国での俺の存在が何やら不穏な方向に飛んで行きそうで嫌な予感がする。

 それでもここで姿を現す事は出来ない。余計にその嫌な予感が急上昇するだけだろうソレは。


 ここでバラハムが喚く。


「そいつが我の計画を台無しにしてきた奴かあああ!死刑だ!この世のあらゆる苦痛を与えてから殺してやる!くそおおお!」


 そんな捨て台詞を吐き出して王宮内に逃げ出したバラハム。

 この場に居ればまた拘束されるだろうとの判断だろう。

 逃げ足だけは早いのか、ドンドンとその姿は小さくなって王宮の奥へと消えていく。


 ドロエアーズもアラビアーヌも護衛たちも、追いかける様な事をせずにコレを見送ってしまったのだが。


(良いのか?まあバラハムは王宮の外には一歩も出られないだろうけど)


 俺が魔力で王宮全てをすっぽりと囲っているので外に逃げ出す事は不可能だろう。

 何処かに俺の力を超える何かを隠して無ければ。


 そう、俺の力だって崩されたり、破られたりする可能性は残っている。

 俺の知らない「何か」の力によってバラハムが逃げ出すかもしれないのだ。


(そこまで心配する程の事でも無いだろうけど。今の所ドラゴンぐらいしか知らんしな)


 俺の魔力を超えるのならばドラゴンぐらいの力が無くてはならないと思う。

 そしてそんな強大な力を持っているのならば俺の感知に引っ掛からない訳が無いので。


(今の所はそんな物は無いみたいだけど。でもその逆だよな)


 魔力を中和、或いは消去する様な道具?などが有ったらどうだろうか?

 そうするとソレを発動させた場合に俺の張った魔力を突破できる可能性が出る。


 今更にそんな事を考え付いた俺は警戒度を上げる。

 魔力ソナーでバラハムの行方をしっかりと把握しておいた。


 最初からバラハムの動向も一緒に警戒していればこんな事にはならなかったと思うのだが。

 捕縛もして、さあ牢屋に入れます、と言った流れになって警戒も何も無い。

 俺の中ではそこまで来たら「もう終わったな」と感じて注意はせずにいたのだ。


「追いかけっこだな。奴を次に捕縛したならば今日中に公開処刑だ。王宮内にヤツの手勢がまだ残っていたようだからな。全てを今日で終わらせるぞ。」


 ドロエアーズがそんな宣言をして護衛たちを連れて王宮内へと入っていく。

 刺客たちの死体をまだこの場に少数残っていた軍部の兵たちに片づけておく様に指示を出して。


(牢には見張りもいたはずだろうけど。そこから抜け出せたって?うーん?牢に入れられる前に逃げ出したとかは?)


 可能性としてはある。バラハムが俺たちのイメージするよりも狡猾な性格であったならばこの王宮の何処かに伏兵を隠していたかもしれない。


 軍部の兵たちの対応はアラビアーヌとその護衛たちに任せて、ドロエアーズと俺は王宮内へ。

 取り合えずまだ危険は全て取り除けてはいないのだが、アラビアーヌには俺が魔力を纏わせて保護してあるので向こうは問題無い。

 またアラビアーヌが襲われても無傷で終わるだろう。


(魔力ソナーで調べた結果の振り分けは結構意識をしていないとスルーしちゃうんだよなぁ。そこが問題だった)


 敵か味方か、中立か。そこら辺をしっかりと俺が意識を持って毎度やらないと抜けてしまうのだ。自動では出来ない。

 なので今回も余りそこら辺の所を意識しておらずにこの王宮内をソナーで調べていた。

 なのでバラハムがもしこの王宮の中の何処かに兵を隠していた場合、俺は間抜けにもソレを感知できずにいたと言う事である。


 で、ここで発見したのはバラハムと一緒に牢に入れるはずだったあの三名の太鼓持ち?いや、文官?武官では無い事は確かな者たち。

 そいつらが壁際に蹲ってブルブル震えている光景。


 そして床にはこの者たちを牢へと連行していたはずの兵たちが倒れていた。


「床に血は流れていない。殺されている訳では無い?・・・気絶させられている。おい、お前たち、どういう事か説明をしろ。おい、聞いているのか?」


 蹲る三名に事の次第を問い詰めるドロエアーズだったのだが。


「ひッ!わ、私は何も見ていない!見ていないんだ!分からない!分からない!」


「い、いきなり私たちは殴られて壁際でこうして蹲っていろと言われて!」


「この兵たちの中で一番若かった者がいきなり暴れ始めて、それで!」


 三名の証言はどれも要領を得なかったが、どうにも纏めると裏切者でも混じっていた様だ。


(いや、バラハムが以前から自分の手駒をドロエアーズの護衛たちの中に紛れ込ませていたって事?いざという時に動かして混乱を起こす為に?)


 何とも気が長い話である。そしてソレを実行したのは何時の年齢の時だと言うのか?

 ドロエアーズにバレずにそんな事をやってのけたと言うのであれば、バラハムの事をもっと警戒するべき相手と見做さねばならない。上方修正である。


 そしてその若い兵と言うのも相当な力量、腕前であると見ても良いんだろう。

 ついでに、これまでずっとバラハム側であるというのがバレずに居たのだ。相当な演技派、或いは隠蔽能力が高いはず。


(分らんよ、そんなの俺には。勘弁してくれ)


 この国に来たばかりの俺にそこまでの事が分かろうはずも無い。

 いや、本気を出せば判明させられたかもしれないというのはあるが。

 俺にそこまでのヤル気が出るはずも無い、と言うのが答えである。


 今もこんな状況であろうとまだ「大賢者」呼ばわりされるのかと、嫌だなと、そう思っているのだ。

 最初から俺が全面に出て問題を全部丸ッと魔法で解決していれば、その時には何と呼ばれていたか想像もできない。


 この伏兵問題の当事者にしてみれば勘弁して欲しいと言う所だろう。しかし俺はここでは只の傍観者に近い状態だ。

 協力すると言った口約束はしたかもしれないが、どれくらいまで?と言った部分までは話し合っていない。この「見逃し」を俺のせいにされるのは勘弁して欲しい所である。


 まあそれは苦しい言い訳かもしれないが。


 さて、これ以上にズルズルとバラハムを放置しておくわけにもいかないと思って俺はドロエアーズに告げる。


(そこの正面通路を真っすぐ進んで階段を上った右手側の一番目の部屋)


 バラハムが逃げ込んだ場所を教えた。さっさと終わりにするべきである。

 何時までも逃げ回られるのはこちらとしては鬱陶しい。

 ドロエアーズが言っていたが、今日中にバラハムを処刑して全てを終わらせる、それが面倒を抱えない様にする一番の方法だろう。


 俺の教えた通りの部屋へとドロエアーズは迷わず向かう。疑いもしていない様子だ。

 信頼してくれていると言うのがそのしっかりとした歩みに出ているが、ちょっと俺としては複雑だ。


(そこまで信用される積み重ねをしてきてないと思うんだけどなぁ)


 何処の誰かも知らぬ詳細の判らない怪しい相手の言葉を信じるのは如何なモノか?とか思ってしまう。

 だけどもソレは俺の勝手な言い分だ。ドロエアーズから見れば俺は「救国の英雄」なんだろう。


 アラビアーヌを助け、水を降らせて国民を救い、オークションで経済を回し、そしてこうして軍事行動に助太刀して被害ゼロに抑える。


(うん、完全にやらかしてる。俺に何か言える資格は無いね・・・)


 改めて思い出せば観光と言っていたクセにやっている事が無茶苦茶だった。

 しかし毎度の事に色々と最初は観光と言って各地へ行っては好き勝手やって、結果、無茶苦茶に毎回している自覚が。


(俺は何も悪い事していないんだし?良い事だよな?うん、忘れよう)


 そんな俺が悶々としている間にバラハムの逃げ込んだ部屋へとドロエアーズが入り込む。


「手間を掛けさせる。お前は王族としての気概も潔さも持ち合わせてはおらんのか?見苦しいぞ、バラハム。」


「何故仕掛けが動かんのだぁ!お前か!何かしやがったんだな!クソが!」


 この部屋、隠し通路があるのだ。王宮の外に繋がる秘密の通路である。

 バラハムはソレを必死に起動させようとしているのだけれども、一向に動く気配は無い。

 もちろん俺が動かない様にしてあるからなのだけれども。


 壁のレバーをガッコンガッコンと何度も上げ下げしているバラハムの動きが妙に面白くて俺は吹き出しそうになった。まあシリアスな場面で余り笑うのも何だと思って我慢はしたが。


「・・・お前が裏切り者か。覚悟はしているな?」


 バラハムを守る様に立つのは二十台後半と言った感じの男だった。

 その男をドロエアーズは鋭く睨みつけながら問う。死ぬ覚悟を。

 これにその男の返答はと言うと。


「こんなでも一応は恩義がありましてね。ソレを返さねーと俺は俺じゃ無くなっちまうんです。」


 どうにも向こうの男にも事情がありそうではあるが、しかしドロエアーズは敢えてだろうかソレを聞き出そうといった言葉を続けない。


「・・・何故殺さなかった?」


 代わりに聞いたのは気絶させられていた兵の事だった。これに返って来た男からの答えは人情だった。


「殺せるはず無いんですよ。同じ飯を食った仲ですし。修行も訓練も共に積んで重ねて、そうやって一緒に頑張って来たんだから。俺にはあれが精いっぱいだった、ただそれだけです。」


「バラハムを今ここでお前の手で葬れ。さすれば此度の事、罪にはせん。」


 ここに至ってドロエアーズがこの男のやった事を罪には問わないと言い出した。


「オイお前!我を殺す気か!?この恩知らずめがぁ!」


 バラハムはこれに醜く叫ぶ。まだこの男がドロエアーズの要請を受けるとも言っていないのに自分を殺す気だと断じて。


(姿を見せない様にしているとはいえ、俺、今お邪魔ですか?)


 この寸劇が何時まで続くのかと、この場でただ一人緊張感が無い俺。

 話の着地点がどうなるのかと思って見守っていると。


「スイマセンね。そんな事したら俺がこの屑と同じって事じゃ無いですか。出来ないんですよ、そんな事、俺には。だから、全力で抵抗します。本当に、スイマセン。」


 心底申し訳無さそうにして男がそう宣言してから剣を抜いて構えた。しかもバラハムを屑呼ばわり。

 だけどもその屑と言われた張本人はそこの部分だけが聞こえていなかったと言った感じで叫んだ。


「そ、そうだ!ヤレ!刺し違えてでもドロエアーズを殺すんだ!」


 この場にはドロエアーズだけが居る訳じゃ無い。その護衛も付いて来ている。

 対して向こうはバラハムとそれを守るその男一人のみ。どう考えてもこの場でバラハム有利な展開には覆りそうも無いのだが。


 バラハムは何故かずっと強気。まだ隠した手札でもあるのかと思ってしまう。

 しつこくドロエアーズの殺害をその口に出していて本気で「殺せたならば後はどうとでもなる」とか思っていそうなのだ。


(いや、そうはならんやろ。アラビアーヌ居るじゃん?)


 バラハムの中ではもしかしたらアラビアーヌの事は本気で眼中に無いのかもしれない。

 既にもうバラハムは自分が「王」だと心底に信じ込んでいるのだろう。

 自分自身に対抗できる存在はドロエアーズだけだと、それ以外は有象無象、アラビアーヌの事も本当にコレだと何とも思っていないかもしれない。


 最後の最後、その死の直前になったとしても、自らの過ちも失態も、何もかもを認めないんだろう。こういう輩は。


 さて、こんなやり取りをしていた間もドロエアーズの護衛たちは三名がバラハムの方に。

 二名が目の前の男への警戒と分かれてジリジリと動いていた。

 もうバラハムを二度と逃がさない為にである。


 コチラの人数的な有利は覆らない。相当な実力差が無い限りは。

 相手は手練れとみられる男一人。けれどもこちらはそれと近い実力を持つ者が六人である。

 そこに俺は含めて数えていない。コレは護衛五人にドロエアーズで六名だ。


 バラハムに関しては戦闘能力は皆無と判断していいだろう。逃げ足だけは早いけれども。ただそれだけだ。俺の張った魔力の壁は突破できそうでは無い。

 もしまた逃げられても俺には居場所が直ぐに判るし、この王宮からも出られないだろう。問題にはならない。


 だからこっちだ。この男の腕前の方が重要である。

 ここまで来て何やら事情がありそうなこの男を本当に殺してしまって「ハイスッキリ」と言えるのか?


(絶対にモヤモヤな気分が晴れないだろうなぁ。そう言うの、嫌なんだけど)


 俺はここにきて悩んだ。抵抗してくるこの男のその事情とやらが気になったから手出ししようかと。

 でもちょっと考えれば想像は付いてしまう。バラハムはこの男を利用する為に金で買った、そんな所だろう。

 そこに付随するのは男にとって何かしらの大事なモノ、と言った感じか。

 ソレで恩だなどと言ってバラハムの盾になる事を貫こうとしていると。


(まあ確かに、自らの苦境を助けてくれた人物が幾ら悪人だからって言っても、ここで裏切ってまで自分が救われるとか言うのは只の屑にしかならんか)


 この男は悪人じゃ無いんだろう。だけれどもだからと言って引け無い矜持ってモノを持っていると。

 恩を仇で返すなんて真似は出来ないと、幾らバラハムが逆賊であろうが。


(手を出すか。しゃーない)


 このままではスッキリしない結末を以ってこの件が終わってしまいそうだ。

 俺は俺の身勝手と我儘、赤の他人としての何も知らない、関係無い立場の者としてこの場を無理やり収めてしまう為に動く。


(すまんな、その覚悟は無駄にさせて貰うから。ゴメンな)


 このままでは男は殺される。しかしソレは俺がさせない。


「な!?何だと言うんだ今度は!?我の身体が勝手に動く!?動くぅぅぅうう!?」


 急にバラハムが直立したらまるでゼンマイ玩具の様に不自然な動きで歩き始める。

 それはもちろん俺が歩かせているのだが。


 この事態にこの場に居るドロエアーズ以外の全員が唖然とした顔で固まる。


 バラハムの行進は止まらない。ドロエアーズの前まで進む。

 しかしソレも通り越して部屋を出て真っすぐに通路を行き、そのまま外へ向かう。


「なんだこれはあああ!?止まれ!我の身体ぞ!?何がどうなっておるかぁ!?誰ぞ!誰ぞ我を止めよ!ええい!誰かおらぬかぁ!」


 バラハムの悲鳴が響くが誰もコレを止めようと動く者は居ない。

 バラハムを守ろうと死ぬ覚悟までしていた男もこれにはどうしていいやら分からないと言った顔になっていた。


「はぁ~、コレは、英雄殿がやっているのだな?全く、イタズラ好きにも程があろう。」


 ドロエアーズだけがコレをやっているのが俺だと察している。そしてイタズラは程々にとまで言ってきた。しかも俺の事を英雄呼ばわりである。


(俺はそんなつもりでは無いんだけども?まあ、勘違いさせておけば良いか)


 否定も肯定もしない。一々ツッコミを入れない。このまま王宮前の広場までバラハムを連行だ。


 ここで構えていた剣をその手から落とした男は床に両膝を付いた。どうやら諦めたらしい。

 まあ確かに護る為の対象がこの様な事になってしまえば「おしまい」と悟るのに時間はそこまで要らないだろう。

 どうやら潔くお縄になる事を決めたらしかった。


(まあ後はドロエアーズが情けを掛けるか、しないのかは任せるか。さっきの言動だと情状酌量は出すと思うんだけど)


 この後の事までは俺がとやかく口を出す事をしないつもりである。

 俺としてはここでこの男が殺されるのがモヤモヤしたのであって、こうなったら、この後でドロエアーズの判断でこの男が許されるのか、或いは処刑になるのかは、そこには関与しない事とする。


(中途半端って言われる行動だよなコレは確実に)


 ここまで来たら最後までキッチリと命を助けてやれば良いだろう、などと言われてもしょうがない。

 俺がドロエアーズに一言「助けてやれよ」と言えば多分それで済む事である。


 けれどもそれはどうなのか?俺がそこまで介入してしまうのはこの国にとって良い事なのか?

 たかが一人の罪人の命まで細かく俺が口を出してしまうのは違うと思うのだ。


(いや、これまで色んな場所と場面で似た様な事して来ていたかもしれないけどさー?)


 今回の事はこの国の者たちがメインで解決して貰いたい。

 俺はそこにちょっと力を貸しただけ、ソレで良いのだ。そうした形に持って行きたいのである俺は。


 何でもカンでも全部が全部、俺の手で今回の事を解決などしていれば、その時に俺がこの国で何と呼ばれる様になるのか想像も出来ない。

 ソレはこれまでの俺の行いを思い返せば必ず御大層で御大層な「お名前」を付けられてしまうに違いないのだ。


 いや、アラビアーヌ辺りはまた俺を「神」呼ばわりしてくる可能性が非常に高くなっていた事だろう。


 今の時点でもドロエアーズは俺を英雄などと言ってきているのである。


 もしかしたら全てが終わった時に俺を王座に据えようとしてくる、なんてことも有り得るかもしれない。そんなの真っ平御免である。


 そんな事を考えながらバラハムを操って王宮前広場に到着だ。


(さて、いい加減に終わりで良いだろ)

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