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心配する様な事は無かった

 王宮が軍部の兵に囲まれている、そんな報告が入って来たのはその笛のピーという甲高い音が聞こえてから五分程経った後くらいだ。


「つまらん罠に嵌まったのはこちらの方だったか。ムランドめ、何を考えておる?・・・いや、この様な事態になっているのは私が弱いからだな。知らぬ間に焦っていたのか、私は。」


 ドロエアーズはどうやら自己分析をした様だ。これまでに色々とあり過ぎてこう言ったパターンに思考が行かなかったんだろう。

 王の暗殺、アラビアーヌの行方不明、バラハムへの警戒などなど。


 アラビアーヌが無事だった事での安堵によって気が緩んだと言った所もあるかもしれない。


 今回の王宮への突撃に対して余りにも慎重さが足りなかったと言いたいらしい。


 そこにまた報告しに来た味方の兵が居たのだが、どうにもその者は困惑した顔つきで報告をする。


「・・・その、ドロエアーズ様、あの、コレは何と説明したらよいのか分からないのですが。見たままを申し上げます。えー、その、軍部の兵士たちが、王宮へと、侵入、してきません。と、言うか、できていない様子です。目に見えぬ壁に防がれており、ソレを今破壊しようと武器を叩きつけている様な有様でして・・・」


「んん?」


 ドロエアーズもアラビアーヌもこの報告内容ではどんな状況になっているのかを想像できないみたいでキョトンとした顔になっている。


(ああ、すっかり忘れてた。心配はしないでも良かったか)


 この王宮をすっぽりと俺の魔力で覆っているのを忘れていた。

 ドロエアーズのしている事に邪魔が入らない様にと魔力で壁を作ってあったのだ。

 この王宮からバラハムが逃げ出さない様にと張ってあった魔力でもあるが、この場面でも役に立っている。


(と言うか、何だか似てるなぁ。あの絶海の孤島で神選民教国の軍に囲まれた時と)


 そんな事を思っていた俺を呼ぶ声が。


「・・・エンドウ、お前か?」


 ドロエアーズはそう気づいて俺の名を口にする。

 その視線は俺には向かっておらず虚空を見つめている。


(姿を消して正解だったか?多分俺が見えてたら絶賛されて変なあだ名でも付けられてそうだな)


 しかしこの王宮が軍部に囲まれている事実は覆らないので何も問題は解決してはいない。今後の動きを決めねばならない。

 幾ら俺の魔力バリアーは破られ無いだろうとは言え、このまま放っておいて相手が諦めるのを待つと言う選択肢は無い。


「先ずはヤツの腹の内を探る所から始めるとしよう。とは言え、薄々は予想が付くのだがなぁ。合っていて欲しくは、無いな。」


 ドロエアーズがその言葉と共に溜息を吐き出す。


「叔父様、ムランドは、もしや?」


 アラビアーヌも何やら気づいた事がある様子。俺だけがここで「何のこっちゃ?」である。まあ俺はこの国の関係者では無い。部外者であるぶっちゃけ。


 しかし少々考えてみればこの軍部が現れたタイミングはおかしいモノであるのだ。

 笛の音が聞こえる前に俺が考えていた内容をもう一度思い出せば答えは出る。


(あー、そのムランドってのがバラハムの後ろに居たのね。それで、今はこうして一網打尽に?欲深いなぁ)


 俺もざっくりとそのムランドとやらがやりたい事が分かって来た。

 だけどもその「程度」がどこら辺までやるつもりなのかが分からない。


 だからドロエアーズはその「腹の内を探る」と言ったのだろう。


「アラビアーヌ、一緒に私と来てくれるか?何、危険は無いだろう。私にはこの鎧があるし、お前にはエンドウが施した不思議な力でその身を守られているだろう?奴は恐らく私たち二人を見て油断するはずだ。ペラペラと本音を溢すかもしれん。」


「王宮に入る事が出来ていないとの報告ですから、もしかするとソレで警戒心が上がって口を閉じ続けると言う事はありませんか?」


 懸念をアラビアーヌは口にした。攻め込んで来たムランドって奴からしたら想定外の事だろう。

 向こうからしたら王宮内に攻め込めないでいるこの状況は。


 なのでそこで慎重さを発揮してこちらの誘導やら質疑に応じて来ないかもしれない可能性もある。


「それでも行かねばなるまいよ。このまま放っておいても良い方向には転がらんと私の勘が働いている。行くぞ。」


 こうして玉座の間から出てムランドの居る王宮正面広場まで行く事に。


 そう、ムランドとやらは最初にドロエアーズたちの集まった場所に居るとの報告が上がっていた。

 そしてそこには多くの軍兵が居て陣形を取っている。その先頭に立っていてムランドは偉そうにふんぞり返っていた。


「何故前に進めん!?これは一体なんだ!?この様なモノがあるとは聞いていないぞ!早くコレを何とかせんか!愚図どもが!」


 俺が張っているバリアに蹴りを入れて悪態を吐いていたその人物がムランドらしかった。


 口髭、顎髭がモッシャモシャの頭にターバン?らしき物を巻いているオッサンだった。


「ムランド、貴様何を思ってこの様な状況を作っているのだ?」


 そこに響くのはドロエアーズの言葉だ。しかし響きが非難している様には感じられない。淡々としていて感情が籠もっていない感じだ。


 そしてドロエアーズもアラビアーヌもちゃんと俺の魔法バリアの内側にしっかりと居る。


「第一王女として命じます。軍を引かせなさいムランド。貴方は今自らが何をしているのか分かっているのですか?」


 問い詰める感じでそう言うのはアラビアーヌの方である。王族としてムランドに兵を引く様にと命じているが。


「フハハハハハハ!のこのこと出て来おったか!弓兵隊!・・・やれ!」


 もう言い逃れや言い訳を吐く気はムランドには無い様で、いきなり連れて来ている弓兵にこちらに矢を放たせた。


(いや、お前今さっきまで何に悩まされてたと思ってんだよ?)


 矢は当然透明な壁に阻まれる訳で。空中に一瞬留まってからぽとりと地面に落ちる矢は当然アラビアーヌにも、ドロエアーズにも届かない。


 これに一瞬呆気に取られた表情をしてから次第に顔全体が少しづつ赤くなっていくムランド。


「・・・このおおおおおお!何なのだコレは!?邪魔だ!邪魔だ!邪魔だあああああ!ここまで来て何故!何が!俺の邪魔をおおおおおおお!」


「確定か。ここ近年はずっと大人しいと思っていたが、私たちがこうして姿を見せれば・・・」


「ムランド、貴方と言う人は・・・」


 ドロエアーズもアラビアーヌも呆れつつも怒りを滲ませた言葉を吐く。


 ムランドは二人を視界に入れたら即座に殺そうと動いた。もうこれは国家反逆罪と言えるモノだろう。


(と言うか、バラハムに暗殺者を貸し出して王暗殺を唆したのもコイツなんだろうな)


 ついでにバラハムに贅沢三昧とかを覚えさせたのもこのムランドかもしれない。唆したのは暗殺だけでは無いのだろう。


 こうして王宮内部にそう言った手駒を浸透させて軍事革命を成功させようと以前から企んでいたのかと思うと気が長い話だなと感じるが。


 もしくはバラハムを操り人形、或いはお飾りとして飼い殺して実権はムランドが握る、と言った形にしようと考えていたのか、どうなのか?


「今更何を問おうと無駄だな。先程の矢は私とアラビアーヌを狙ったモノであるのは明白だ。」


 大きな溜息を吐いたドロエアーズは恐らくムランドがずっと前から「こんなやつ」と知っていたからだろう。


「軍部の兵に告ぐ。王宮に対して逆らう気の無い者は今すぐに武器を捨て、投降せよ。ムランドの馬鹿な行動にこのまま従う者は反逆者として扱う。その場合は命を諦めろ。その首はこの場で一切を斬り捨てる!」


「馬鹿め!ここは既に俺の手の内だ!貴様らに逃げ場所など無いわぁ!この妙な目に見えぬ壁など直ぐに破壊して王族は皆殺しよぉ!当然キサマは俺の手で斬り捨てて民衆の前にその首を晒してやる!新しい王は俺だと、俺の時代だと知らしめるためにな!おおッと、アラビアーヌ、貴様は助けてやっても良いぞ?俺の后になるならな?」


 ムランドがそう宣言する。もう勝った気でいるのだろうか?先程からずっと俺の視界の端で工兵だろう者たちがガンガンと魔法バリアを剣で叩いているが一向に変化も無いのに?


(自分の信じる道を行く奴ってのは望んだ結果だけしか認めないモノなのかね?)


 このムランドには現実が見えていないのだろうか?正面だけを見据えていると言う事はドロエアーズとアラビアーヌに意識が囚われているのか。


 と言うか、ここまでやって来ておいて最後の最後、と言った所で思い通りにいかずに計画を阻まれているので後には引けないと言った感じなのだろうか?


 まあこの現状を全く受け入れていない言動であるからして、只の馬鹿にしか見えないのだが。


「王族を皆殺し、ですか。弟・・・バラハムも?」


 アラビアーヌはどうやら自分たちだけじゃ無くバラハムまで殺すと言う宣言に眉を顰めた。


「あの自尊心だけが肥大した何の役にも立たん屑を生かしておいて何となる?全く以って度し難い!俺の作戦が台無しでは無いか!ソレもコレも!アレもコレも!俺が授けた策をことごとくに失敗している時点で無能が過ぎる!捨て駒の役も全うできぬ者を生かしておく必要などないでは無いか!」


 怒りを込めてそう吐き捨てるムランド。やはりこいつが裏で糸を引いていたらしい。

 まあ俺のせいでソレが見事に失敗しているのだが。


 しかし俺がもしアラビアーヌと出会う事が無かったらこのムランドの武力革命は成功していたんだろう。

 ドロエアーズもかなり優秀であるが、今この件だけで言えばムランドの策は通っていたはずだ。俺が現れていなければ。


 そうするとムランドはかなり辛抱強い策士だったと言える。ずっと以前から警戒を怠っていなかったドロエアーズの目を逃れて計画を進める事が出来ていたのだから。


 そうして此処までやって来て最後の詰めの段階で「在り得無い事象」に阻まれて作戦が全く進まない状態となっていると。

 王宮にこのまま突撃して王族を全て皆殺して自らがこの国の支配者として君臨する計画が台無し、と。


「ええい!何をやっておるか!誰か!誰かコレを突破できる者はおらんのかぁ!」


 締まらない。先程からムランドは偉そうな態度でずっと自身の主張を声高々に述べていたが。

 その隣では一向に俺の張った魔力のバリアを崩せずに剣をガンガン叩きつけ続けている兵士たちである。


「くそがぁ!ドロエアーズ!貴様どんな奇術を使いおったかぁ!ここまで来て見っともなく足掻くか!おい!何処かに仕掛けがあるはずだ!お前ら!さっさとソレを見つけて壊してこい!」


 この国にはどうにも「魔法」と言うモノが妄想や物語の中だけの代物だと信じられている。

 なのでコレが一人の魔法を使える人物がやっている事だとは頭に一切過ぎったりする事は有り得無いんだろう。


 ムランドは奇術などと言って自分たちの行く手を阻むこの透明な壁が何かの仕掛けだと思った様だが。


(うん、そんな物は無いんだけどな。さて、コレが魔法だって事をこの場で想像できた人は何人居たかな?)


 俺は只々にこの状況を見守るばかりだ。ドロエアーズもアラビアーヌもこの「透明な壁」の事は俺がやっている事だと気づいていると思うが。

 ムランドはそんな事すらも知り得る事は無い訳で。


 ここでドロエアーズがゆっくりとした感じで、まるでムランドに言い聞かせる様に喋り始めた。


「ふむ、王宮は確かにお前の掌握する軍隊が囲っていて私たちに逃げ場は無いな。ムランドよ、お前は私たちの命をその手の内と言っていたが、どうにもその手を閉じられないみたいでは無いか。どうしたというのだ?私たちを殺すのでは無かったか?このままであれば無駄に時間だけが過ぎていくな?」


 ドロエアーズがニヤニヤした顔でムランドを煽る。

 続けてアラビアーヌが。


「貴様の様な器の小さい者が王だと?何の冗談なのだ?つまらなさ過ぎて笑いも起きん。そんな薄ら汚いお前の后に?馬鹿を言うな。そんなものは御免被る、願い下げだ。貴様はこの先の国の歴史の中に燦然と輝く下種、下郎、逆賊として名を遺すのだ。夢を見るのなら寝ている間だけにして欲しいものだ。」


 アラビアーヌが物凄い冷たい視線でムランドへとそう言い放つ。


 これに激怒してムランドが口を開く前にまたドロエアーズが軍兵へと告げる。


「お前たちは何故軍に入った?何故今王族に対して武器を向ける?お前たちが守るべきものは何だ?守ろうとしたものは何だ?そこの喚き散らしている権力を欲する醜く意地汚い者に従う為か?今どちらに正義が有るのか分からぬ者はそのまま底無しの流砂に沈む運命となろう。お前たちが平和を望む者であるならば今直ぐに剣を仕舞い、下がるが良い。さすれば此度の件を罪には問わん。ソレをここで私は約束しよう。」


 ドロエアーズとムランドを比べれば一目瞭然だ。カリスマが。


 堂々とした態度のドロエアーズのこの言動は流石王族と言った風格である。

 少数の護衛とアラビアーヌが居るだけであるのにその威厳が多くの軍兵を圧倒している。


 ソレに比べてムランドの方はと言うと、顔真っ赤。歪んだ顔には怒りがありありと浮かんでいる。

 しかもその背後ではひっそりと静かに武器をしまって広場から撤退している兵たちが。


 ムランドの作戦はあと一歩と言う所で座礁しているのだ。これに怖気づいている兵もいたはずである。

 そこにドロエアーズの、王族からの罪に問わ無い宣言がその背中を押した様である。


 ゾロゾロと王宮前広場から離れていく軍兵たち。

 その動きは最初は僅かずつだったはずなのに時間経過と共にその波は大きくなっていった。


(多くの兵士たちはここに何も知らされずに出陣させられていたのかな?)


 そうして僅かな時間しか経っていないのにこの王宮前の広場に居た軍兵の九割以上が居なくなってしまった。


「ムランドよ。お前の計画は破綻したようだぞ?周りを良く見るといい。」


 ドロエアーズのこの言葉でやっとムランドが首を後ろに向けた。そして硬直している。


(よっぽど人望が無かったんだろうな。この場に残ってるのって今回の件の裏を知っていた奴らばっかりって事になるのかね?)


 既にもうムランド側の人数は三十名しか残っていない。その者たちはどうにも様々な感情に襲われているみたいでオロオロとしているばかり。何を今更と言ってやりたい所である。


「立場が逆転したようだぞ?ムランド、観念して此処で抵抗無く私に首を差し出せ。」


 ドロエアーズ側の兵士たちがこのタイミングでこの場に集まって来ていた。人数差が逆転している。

 ここで両陣営がぶつかり合えば勝つのはドロエアーズだろう。


「う・・・うるさぁぁぁい!諦めて堪るか!この場でお前さえ殺せれば後は何とでもなるわぁ!やってやるぞ!」


 分かってはいた。こう言った悪人の諦めの悪さは。意地でもドロエアーズを殺す気なんだろうムランドは。


 だけども吠えるのは俺の魔力バリアーを破ってからにして欲しいモノである。

 先程からガンガンと効かぬ蹴りをバリアーに叩きつけているムランド。

 もうそろそろ、その姿が滑稽に見えてきた所でドロエアーズが俺に向けてだろう言葉を口にする。

 俺が見えていないだろうに確実にこの場に居ると確信がある様な声音だった。


「ここの部分だけ解除して我らだけを通せるように出来るか?やれるならやってくれ。決着をつける。」


 どうやらドロエアーズはこの場で取り合えず元凶であろうムランドの処分をする心算である様だ。


 この求めに応えて俺は一部分のバリアを解除してドロエアーズとその兵たちを通れるようにした。

 青く色を付けて通れる部分を解り易くもして気を遣う。


 コレを見てドロエアーズがハンドサインを出す。そして歩き出した。

 その背後に続くのは十五名だけ。恐らくはその数でムランドを制圧できるとの判断なのだろう。


 そうして俺が開けた場所を抜けてドロエアーズがムランドと対峙する。


「来てやったぞムランド。私の首を獲るのだったな?・・・やれるものなら、やってみろ!」


「こ、殺せ!向こうはこっちの半分の数しか居ないんだ!やれる・・・やれるぞ!行け!行くんだぁ!行けと言っているだろうが!」


 ムランド側の者たちはドロエアーズの覇気に怖気づいてしまっていたのだが。

 しかしこれにムランドの「半分」と言う言葉で勝利の光でも見たのか次々に剣を抜いて構えだした。


 いや、コレはもう後には引けないという怯えの表れかもしれない。

 もし今負けを認めて投降したとしても処刑は免れないだろう。死ぬまでの時間が長引くだけ。その生き長らえる分の間に抱えるだろう死への恐怖と後悔も長引く訳で。


 引いても押しても地獄なら、ならば可能性のある方に賭けるしかないとの判断かもしれない。


 だけども構えたままに誰もドロエアーズへと踏み込んで行く者が出ない。


 ドロエアーズはその剣を抜いてはいないし、柄の部分に手を掛けてもいない状態だ。


 それでも隙を見つけられないと言いたいのか、ムランドも斬り掛かろうとしない。動かない。

 その表情はジッとドロエアーズを睨みつけているのだが、呼吸は不規則で荒いモノになっていた。

 緊張感で平常心を失っているのか、それともドロエアーズの剣の腕前を知っていて斬り掛かれ無いのか。

 どうにも構えた剣先はブレブレでその表情には怯えが見え隠れしている。


 そんな長い様な短い様な時間が過ぎた時、ドロエアーズが「もう良いだろう」と言って一歩ムランドへと踏み出した。


 つか、つか、つか、そんなゆっくりとした足取りで着実に距離を縮めるドロエアーズ。

 しかしこれにムランドがその踏み込まれた距離と同じだけ後ろに下がっていく。

 完全に気圧されているのだ。既にこの時点でムランドはドロエアーズよりも剣の強さで敵わないと言っている様なモノである。


 そしてそうやって下がれば下がる程にムランドの側近?部下たち?だろう兵たちも同じく後退してしまっている状態になっていた。


(一対三十?ドロエアーズ一人が突出してるけど、大丈夫なんだろうなぁ)


 ここで動いているのは只一人、ドロエアーズだけ。

 その護衛は動かずにその場に待機していてこの状況を見守っている。

 ドロエアーズの強さを知っているから安心して動かないのか、それとも手出しするなと言われているからなのかは分からない。


 そうして双方の距離も縮まらず、しかし離れもしない様な微妙な時間は一人の踏み込みによって破られた。


「うっ・・・うわあああああああ!」


 ムランド側の一人が一気に踏み込んだ。その剣はしっかりとドロエアーズへと振りかぶられている。

 威圧に負けて錯乱しての行動である様に見えたが。


「・・・あ?・・・げ、げふっ・・・」


 しかしソレは届かない。動く気配の無かったドロエアーズの護衛の一人がその斬り掛かろうとした男にいつの間にか突きを繰り出していたのだ。

 しかも首へ。それは狙い外さずしっかりと剣先が深く刺さっていて致命傷だ。


 かなり離れた距離であったのにその踏み込みは一瞬にしてソレを詰めた。

 そして首などと言う狭い範囲に見事に突きをお見舞いした技術力、正確性。


 それが示すのは、ここに居るドロエアーズの護衛のその技術も力量も相当に高いという事。


 この一撃で均衡は崩れた。一瞬にしてムランド側へと踏み込んで行く護衛たちの動きは素早い。

 交錯したかと思えば次々に地に倒れ行くムランド側の兵たち。

 既にこの時点で数の有利が消滅している。一人一刀、それだけで三十居たはずのムランド側はその半分に減ったのだから。


「なぁッ!?なんだとおおおお!?」


(驚いてる場合かよ。その実力を解かっていて挑んだんじゃ無かったのか?)


 今の俺は只の傍観者の様なモノだ。この状況を間近で観覧している状態である。


 ムランドの滑稽さが次第に不憫に思えて来ている。ソレもコレも俺が原因だというのはこの際抜きにして。


(だってドロエアーズの個人の実力が高い事を以前から知っていたはずだろ?それとその護衛たちも強いっていうのも知っていて当然だろうに)


 先手必勝とは良く聞くが、実力差があり過ぎる相手には通用しないという事なんだろう。


(いや、間が悪過ぎ。ドロエアーズがバリアから出て来たその瞬間を狙うべきだっただろ。ソレを見逃してるんだよなぁ)


 でも俺はここで考える。そんな大胆な決断と行動をそんな一瞬でできるか?と。

 少し考えれば結論が出る。多分それは無理だっただろう、と。


 俺のバリアーが何をしてもビクともしなかった事に加え、そんな安全な所からいきなり危険な場へと出て来る。

 ドロエアーズのそんな行動をムランドは理解できなかったはずだ。


 理解しようとすれば当然そこに思考が挟まって間が開く。

 コイツは何を考えているんだ?と自身の思考の埒外となればそこに躊躇いや恐れが入り込んでさらに間が開く。

 そんな間が開けば開く程に先手を取るタイミングを逃す。


 先手必勝と言うのは、相手の準備がまだ整わない状態へと攻める、或いは相手の意表を突いた先制攻撃であるはず。


 ムランドはソレらをドロエアーズに気圧されてチャンスを逃している、その尽くを。


「成敗!」


 ドロエアーズが叫ぶ。威厳を込めて。その一言でムランド以外の者たちが全て斬り倒される。


「ひェああああ!?」


 この状況にとうとうムランドが悲鳴を上げた。甲高い声が広場に響く。

 これにドロエアーズが小さく溜息を吐いてから言う。


「ムランドよ、お前に情けを与えてやる。武の者として今から私と一対一をさせてやる。どうだ?悪くないだろう?」


 尻もちをつきそうな程の体勢であるムランドへとドロエアーズがそう勝負を持ちかける。


「長年お前はこの国の軍部を良く運営していた。ソレがお前の野望の為であったとしてもな。来い!ムランド!最後に意地を見せて見ろ!」


 ドロエアーズのこの一喝にムランドは恐怖と諦めからなのか、呼吸が整わない。

 しかしへっぴり腰でもその手に持つ剣だけはドロエアーズに向けていた。


「ひッ・・・ひッ・・・ひいあああああああああ!」


 とうとうプレッシャーに負けて限界を超えたのか、ムランドがその剣を前に押し出してドロエアーズを刺し殺そうと踏み込んだ。


 しかしその突きは届かない。ドロエアーズが持つ剣で弾かれて明後日の方向に飛んで行ってしまったから。


「さらばだ。」


 短いその別れの一言と共にムランドの首は胴と切り離される。

 ドロエアーズの返す剣の一撃がその首を断ち切ったから。


(さてと、これで一件落着って感じなのかな?うん、俺の出番はそこまで無かったな。良い事だ)


「勝鬨を上げよ!国を脅かした悪は討たれた!」


 ドロエアーズのこの言葉に一斉に「おー!」と言う掛け声が大きくこの広場に響く。


「今回の件でこれ程までに被害が無かったのは我らに「偉大なる魔法使い」が味方してくれたからだ。物語の中で語られていた内容は嘘でも誇張でも無い!真実であった!私はその者と直接交渉した事で友好を深めている!その大いなる賢き者、「大賢者」たる人物がアラビアーヌを助け、雨を降らせこの国を救い給うた!称えよ!讃えよ!その者の名はエンドウ!今よりこの国はその彼を救国の英雄として語り継ごうぞ!」


(余計なお世話じゃこらあああああああ!?)


 いきなりドロエアーズが要らない事をぶち込んで来た。

 俺はここで姿を現して「何言ってんの!?」とツッコミを入れたかったのだが。


(俺の顔がバレバレになっちゃうし!姿を見せたらドロエアーズの言ってる事を本当ですって言っている様な物だし!)


 姿をなるべく隠していたのが幸いして俺の存在をハッキリと認識している者の数は少ないだろう。


 だが少ないからこそ、ソレに尾びれ背びれ胸びれも付いて話が予想外の斜め上にと急上昇する事も無きにしも非ずで。


(おいいいい!?俺はどうすりゃいいのよ?有名人になる気は無いんだぞ?)


 俺の顔が知れ渡れば気軽にこの国の観光をできなくなってしまうこのままでは。まだ言っていない場所が沢山あるのに。


 しかもまだあのオークションの品々を各所に配達する仕事もあるのだ。


 何処からこの話が漏れて落札者の耳に入るか分からない。

 その時に俺の正体が万が一にもバレたりしたら面倒この上ないだろう。


(・・・有り得ないとは思うんだけどさー?でも楽観も出来ないよなぁ)


 俺はここで一番厄介な相手がドロエアーズだったのだと理解してボヤキが止まらなかった。

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