この先
あれから三日経つ。俺とアラビアーヌはゆったりノンビリと過ごせていた。
巨大サソリをこの間にもう一体追加で店主に引き渡してある。一応は冷凍保存もオマケで付けてやった。
この巨大サソリの肉は食用にも出来るが、しかしその傷みが早い訳では無く、寧ろ殻付きで温度管理をしておけば肉の旨味を強く出来るそうで。いわゆる熟成と言うモノだ。
これに凍らせた事は別に悪い事では無いらしく、店主曰く「フレッシュさ」も押せる、との事である。
熟成にも段階と言うモノがあって、どうやら冷凍して鮮度を保つ所もまた付加価値として売りに出せるとの事。
しかも俺がサービスで凍らせているので元手はタダ。その分の費用が丸っと浮いているのである。店主はこれに喜びでニヤニヤ顔。結構イヤらしい性格してるのかもしれない。
「とはいえ、暇だな?別に散歩に出たって良いんだろうけど。この三日間で食べ物に関してもアレコレ食べれたし、特産品やら何やらもこの店で大抵の物は見れちゃったからなぁ。」
出歩く必要が無くなってしまった。この店で俺が何かを求めればすぐにソレが用意されたのだ。
店主が俺とアラビアーヌの事を「特級」の客として扱うと口にしているので、そうやってこの店で世話になっている間はこの様な贅沢が出来ているのである。
しかしアラビアーヌはソファーに座って浮かない顔のままだ。この三日間で知る事が出来た情報に気持ちが沈んでいるのである。
先ずは税金が全体的に上がったと言った事が一番のショックだった様だ。
水の件だけでは無く、もっと色々な物に関して「金を毟り取る」と言った印象を受ける程に税金が掛かるのだと言う。
コレは上げざるを得ないから上げる、と言った事では無く、どうやら国王が贅沢をする為に金を搔き集めていると言った事であるらしい。
これは店主がアラビアーヌから話を聞いて自前の情報収集を行った事で判明した事である。
そしてまだもう一つある。近日、バラハムが王位に就くと言う発表と、アラビアーヌの指名手配が行われると言うのだ。
これに俺は「お?結構早い決断だな?」とちょっと関心した。
いや、アラビアーヌがどれ程の期間を逃走し続ける事が出来ていたかを俺は聞いていなかったし、知らないので、そんな感想はおかしな事ではあるのだが。
話は変わって、店主は今回の王宮からの求めを断る事に関して違約金を支払わねばならず、これに結構な損害を出していた。
しかし俺が出した巨大サソリで充分以上に賄えると言う事で別段落ち込んではい無さそうである。
しかも一体目の代金を受ける前に俺が二体目まで先に提供した事で店主は未だにハイテンションのままに仕事を続けているそうな。
準備は着々と進めているそうでその日が楽しみだと毎日店主はウヒウヒと笑い続けている。
毎晩毎晩と金が、金が、と、寝言を口にしつつ、うなされているらしい。いや、その表情は喜びに満ちていると言う事であるらしいので良い夢を見ているのだろうとは思う。
「店主の調子を従業員にちょっと聞いてみただけだったのになぁ?何だろうか?店主の業の深さの話に何でなったんだったか?」
「昔からテンソウは大金が絡む話になればあの様に豹変する所がありました。その金額が大きく成ればなる程に、その変貌は凄まじさを増していましたね。それこそ、今回は私の見た事も無い程の、働きぶりです。」
商売人と言うのは多かれ、少なかれ、そう言った面を持つ者なのだろう。
ここの店主がそう言った部分に関して表に出て来やすいと言うだけで。
と言うか、出過ぎだろうとツッコミを入れる程だと思うがコレは。
「さて、アラビアーヌはどうしたい?」
俺の突然のこの質問の意味をアラビアーヌは理解したんだろう。即座に返答をして来た。
「バラハムを・・・止めたいです。」
「止めるって?どうやって?どんな風に?」
俺が追及をしたら黙ってしまったアラビアーヌ。まだ覚悟が決まっていないんだろう。
バラハムを止めると言う事は、王位が空になると言う事だ。じゃあそこに誰が座るのか?
バラハムに玉座を座らせないなら他の王位継承権のある者が座らねばならないだろう。
ソレは今アラビアーヌしかいない状態だ。いや、他の親族、兄弟が居るかもしれないからそいつらに座らせると言う手もあるが。
だがどう考えてもこのアラビアーヌの深刻さではそう言った他に玉座に座れる者の当ては無いと察する事が出来る。
しかも王宮にはアラビアーヌの味方が居るのかすら判明していない。
そんな場所に入って自らが王位を継ぐなどと宣言しても誰もついて来る臣下が居なかったら?
政治がその場合は全く回せない事になる。王様一人だけで国と言うモノは成立しないから。
アラビアーヌの今の状況はほぼ「詰み」なのだ。それこそ強大な暴力を背景にした恐怖政治でも出来る様な力が無ければ今のこの状況を打破できないのである。
まあそんな恐怖を中心に据えた政治をしたって恐らくその政権は短い期間で終わる事になるだろう。
ソレに不満や拒絶を持つ貴族や部下や大臣や役人が革命でも起こして政権奪還などと軍を起てて国王排除の動きをする流れになるのでは無いだろうか?
俺の知っている狭い地球の歴史知識の中にだってそう言った話は幾らでも転がっている。
この世界の人類もそれと同類に愚かである事を俺はこの目で充分以上に見て、聞いて来ていた。
だから言える。このままバラハムと言うヤツに王などをやらせてしまえばこの国、サハールに多くの人の血が大地に流れると。
「うん、じゃあ取り合えずそのバラハムってのを誘拐しちまうか。そんでもってどっかに監禁して放置してみよう。そうしたら国の政治を担う臣下たちがどんな風に判断して動き出すか様子見でもしてみれば良いか。まあどうせロクな事にはならなさそうだけどな。」
「・・・え?」
俺の思い付きを聞いたアラビアーヌがその美しい顔を顰めて理解不能と言った表情に変わった。
「どうしようも無い事であるならば、どう動いたってどう転ぶかの予想は出来ないだろ?何も分からない、どうしていいか分からないってんなら、そこを「有り得ない」事をして敵の本性を暴いちゃえば良いんだよ。」
増々意味が分らないと言った感じで俺の言葉を聞いているアラビアーヌ。
俺もちょっと自分で何を言ってるのか纏まっていないと自覚はある。
「担ぐ御輿が突然無くなった場合、向こうはどんな決断をすると思う?探すのは当然するよな?けど、発見が出来ずに何時までも時間だけが過ぎていけば?そいつらはバラハムを切り捨てるだろうか?他の候補を立てて王を擁立するか?もしかしてアラビアーヌを求めて探し出す者たちも出て来るかもしれないな?うん、選別がこれで出来るんじゃ無いか?味方になってくれそうな奴を見つけ易くなりそうだよな?店主に色々とそう言った貴族?臣下?たちとの接触をして貰って情報を得るのはどうだ?」
今のアラビアーヌに足り無いのは味方だ。しかしソレを見極めて接触できる状況に無い。
だからそこではっきりと色分けが起きる様にこの度の件の中心人物であるバラハムを取っ払ってしまおうと言う訳だ。
「まあコレは別に俺が無い知恵で考えた一つの案でしか無いし、こうも俺の考えた通りに事が運ぶ保証も無いから参考までにな。あくまでもアラビアーヌの意見や案を俺は尊重しよう。何か思いついた事があったら言ってくれ。ソレを俺が観光案内の代金として実行してやってもいい。」
俺の考えを聞いてアラビアーヌは口に手を当てて深く考え込んでしまった。
もしかしたらバラハム誘拐のパターンを脳内でシミュレートしているのかもしれない。
そんなアラビアーヌを俺は放置する。考え込んでいるみたいなのでコレを邪魔せず、どんな結論を出すのかを見守る事にして静かに時間を過ごした。
その日より四日後、とうとう店主の主催でする競売が開かれた。
何処から湧いて来た?と言いたくなるほどの人数が準備された会場にやって来ている。
いわゆるアレである。劇場型?の会場であり、その観客席にはこの国の商売人がミッチミチに詰まっている。
この競売会場はレンタルであり、大型のイベントを熟す際にどうやら使われる場所だそうだ。
しかもコレ、商売人たちが共同で使う為に建設費用をカンパで集めて建てられたものなのだと言う。
「国の影響はその分受けにくいのな。今この会場に居る関係者の中に王宮からの使者みたいなのは入り込んでいないんだろ?」
この客の入り様に俺はそんな事を店主に確認してみた。舞台袖に居る俺は今回のこの競売の光景をここで楽しませて貰う事になっている。
出品者は店主であり、俺の情報は一切出さ無いと言った約束を交わしてある。
「ええ、そうですエンドウ様。この度は・・・ぐふふ、荒れますぞぉ~!」
気合十分な店主はそのまま時間となったので舞台へと出て行く。
そして堂々とした態度でこの競売の開催を宣言した。
「この度はわたくしめの呼びかけに応じてくださった方々に感謝を申し上げたい。これからお出ししていく品々はドレもコレもお集まりの皆さまに驚きと興奮を齎すと言う事を保証させて頂きます。この度は充分な資金を皆さま御用意して来ているとは思いますが、ソレを早々に枯渇させてしまう事を先にこの場で謝罪させて頂きます。では、御託はここいらでお仕舞いにしておきましょう。一品目を、では。」
この競売に招待した商人たちには出品する物が何なのかをざっくりと紹介したチラシを配っているらしい。
事前にあらかじめ何が競売に掛けられるのかをざっと知っておかないと購入計画なども立て難いはずだ。
だから店主はこれらの出品順が掛かれたチラシを多く製作して同業、或いは別種の業者にも大量にばら撒いておいたのだと言う。
そして出て来た一品目はその大きさで集まった者たちの驚きを引き出した。巨大サソリのハサミの部分の甲殻が出品されていた。
これに客たちが口々に「これまで見た事が無い程に大きい」と漏らしている。
「うーん、一応店主とは相談して出す品を調整したけど。大丈夫かなぁ?」
王宮からの物資の求めを断っている店主が、今ここでこの様に大規模で客の大入りな競売を開催しているのである。
この情報を得たバラハムの手勢がもしかしたらこの会場に乱入して来たりはしないだろうか?
あらゆる物に税金を掛けてソレを徴収していると言った話だったはず。
そうなるとこの競売の事にもイチャモンを付けて何かと金を巻き上げようとしてくるのでは?
そんな心配をしてしまったのだが、俺はこの会場に魔法でバリアを張る気にはならなかった。
税金だ何だとあらゆる物から金を吸い上げようとするのならば、ソレは商売人を敵に回す事に繋がる。
金だけ奪って行ってソレを還元しない王権、政治をする国に誰が報いたいと思えるのか?
余りにも徴収される税が多く成り過ぎれば商売だって成り立たなくなってしまう。
そうなったら様々な業種が手を取り合い、結びつき、抵抗勢力などと言った反政府連合を作り出しかねない。自分たちの生活を守るために。
そうなったらもう泥沼突入だろう。内戦、内紛、ゲリラ戦。
きっとこの国は「イタチごっこ」をする土壌を作り上げていく事となる。
それが長引けば長引く程に大地に無用な血が流れてしまうはずだ。
「そんな事になる前に、まあ、多分見ていられ無くて俺が止めると思うけどね。」
そんな事を思いながら俺は一品目からヒートアップし過ぎている客たちの盛り上がりを眺めて競売の雰囲気を楽しんだ。
そんな俺の横にはアラビアーヌが居る。一緒に居た方が安全は確保できるし、彼女の気晴らしにもなるのでこうして同行させている。
会場は一品目から波乱を巻き起こっているのだが、二品、三品と続けて競売が為されていくにつれて会場のボルテージは上がる一方。
俺の砂狩りでゲットした素材は店主に全てお任せで今日の朝に渡してあった。
獲れたて新鮮、食用にできる肉の部分などは俺がサービスで冷凍保存しておいてあるのでそれらが競売に掛けられると大声でソレを落札する者も居たりと、客の熱量が下がる気配が無い。
出品物を解体管理している職人は朝早くからこの仕事で大忙しだ。
だけども店主からの大幅ボーナスを出すと言う言葉で心を一つにしたのか、その後の連携が三割は効率が上がっていた様に見えた。
サソリだけで無く蜥蜴もカニも、恐らくは高額で落札されている。次々に。
そもそも俺はまだこの国の物価も経済も分かっちゃいないので金額を示されてもイマイチだった。
けれどもその金額を上げ続ける客たちのその意地も一緒にこもった気合に圧倒されるばかりだ。
と、ここで客たちの熱気が冷めないタイミングで「サメ」が出された。
いや、俺が舞台袖からインベントリを開いて舞台の方に放り出したと言うのが正しいか。
コレは店主とあらかじめ相談しておいた事である。既に俺はインベントリの事を口止めした上で店主にコレの存在を見せたのだ。
こうして舞台の上はサメだけとなる。店主の声だけが会場に響く。
客たちは絶句したのだ。一言も、誰も発しない。目の前にある「サメ」の有り得ない大きさに。
そんな中で喋る者が居れば、その者の声だけが耳に入って来るだろう。
店主は司会進行を続けている。
「こちら、丸一匹の出品です。ここに運びこんだ方法は秘密ではありますが、落札者の求める場所にしっかりとお届けする事をお約束致します。こうしてこの巨体がこの場に現れた事で信じて頂けると思いますその点は。さて、こちらを競り落とす方はいらっしゃいませんかな?こちら、最低価格を五千万から始めたいと思っておりましたが、皆さま、資金は既に天井に入ってしまわれましたでしょうか?」
煽った。店主。そして俺には五千万がどれ位の価値になるのかがサッパリ。
ここまででどれ程の金額が動いたかの計算も俺はしてなかったし、このサメの競りがどの様に動くのかなど予想なんてできない。
この店主の煽りにハッとした一人が小さく指を一本上げたのが見える。
「おお!五千百が出ました!その上を行く方はいらっしゃいませんかな?このままでは競りは成立してしまいますぞ?」
この店主の言葉にまた別の商人だろう男が指を二本上げた。
「おっとここで五千二百がでましたなぁ!さて!その他の方は宜しいのですか?これ程の機会はこの先の人生に一度として訪れる事は無いでしょう!さあさ!これ以上は!これ以上は無いですかな!?」
この後は徐々に百ずつ上がって行った。誰もが誰も互いを牽制し合いながら金額がじわじわと上がっていくこの緊張感は何とも言え無い雰囲気だった。
そんな中に乱入してくる者が居た。そいつらは御揃いの鎧と槍で武装している。
「この競売は違法薬物を扱っているのと報告が届いた!この場に居るものは全員動くな!全ての関係者を逮捕する!競売に掛けられている出品物は全て没収だ!」
恐らくはこの部隊の隊長と思われる男がそんな言葉を大声で会場に響かせた。
一瞬の沈黙、その後は盛大なブーイング。この競りの客たちが一斉に批判、非難、罵詈雑言をその兵たちに向けて発したのだ。
この勢いには流石にその兵たちも隊長もタジタジだったのか一歩引いた。
けれどもそこは武器と権力で押し切ろうとして体勢を整えて叫ぶ。
「抵抗する者は殺害しても良いと許可が出されている!死にたくなければ一切口も開くな!王家、政府への批判はそれだけで反逆罪と見做してその場で処刑する!我々への罵倒の言葉も同じと見做す!」
ピタリと止む商売人たちの言葉。相手は刃物持ちだ。下手を打てば自身が死んでしまうとあっては我慢もしてしまう。
「いやー、本当にこんな展開になるんだなぁ。本当に横暴、無法で運営していくつもりなのかこの国を。バラハムってのは考え無しなのか?それともソレを裏で操ってる奴が居るのか?まあどっちにしろお前らのこれからやろうとする事は実行でき無いんだがな。」
俺は既にこの会場に入り込んだ武装勢力に魔力を纏わせている。既に俺の魔力で操り人形状態である。
「はい、それじゃあお行儀良く、邪魔者は帰って貰いましょうね。それ、一、二、一、二!はいはい!綺麗に並んで足取りも揃えて~。」
俺は舞台袖から顔を出さずに兵たちを操ってまるで軍事パレードみたいにジャッ、ジャッと揃った足音を立てさせながら会場を出て行かせる。
これを唖然とした顔で見送る競売の客たち。
いきなり処刑とまで叫んだそいつらが無言で突然会場を去ろうとしているのだから、そんなのいきなり理解は出来まい。
どうして?なんで?そんな疑問がありありと読み取れる表情を晒しているので誰も喋らない。沈黙する会場。
しかしその沈黙は先程までの緊張感や危機感、焦燥感などが含まれていないモノである。
そこに響くのは店主の呑気な声だった。
事前に俺がそこら辺の対応を相談してあったのだ。「そう言う事もあるかもよ?」と、想定しておいた方が良いと。
その様に敵が来たらその時は俺が全て対処する事を店主に告げてあった。
店主も客たちと近いリアクションで居たのだが、そう言った事前説明をしてあったおかげでいち早く正気に戻っている。
「お客様方、トンだ邪魔が入りましたが、余興だったと思って気持ちを切り替えて参りましょう。さて、では、続きを。八千万!その上は御座いませんか!?」
この店主の叫びにハッとなった者たちから再び熱気が巻き起こる。
武装した兵士をあれほどに簡単にこの会場から追い出したと言う事実は強い。
競り落とした、或いはこれからまだ残っている出品物に対しての安心感を得たからだ。
国に没収されない、今ここで契約を成立させてあればすぐにでは無くとも必ず商品は得られる、そう感じたのだろう。
直ぐに会場の雰囲気は素早く元通りになった。現金な物である。
競りの大本締めのテンソウが出品物の売却相手との契約を破る様な詐欺を働く真似は無いとの判断だろう。
客たちはこの競売をしている店主、テンソウが兵士たちを追い出した方法は分っていないはずだ。俺の存在なども予想している者は居ないだろう。
しかし目の前での現象がどう言ったモノか解からずとも、その結果に起きた事の方が重要なのだ。
今もこの会場に先程の兵士たちは乱入してくる様子は無い。ならば商売根性を発揮して競売の続きをするだけなのだ、商人たちは。
そうしてまだ値段の上がって行った「サメ」は最終的には九千五百万と言う値が付いて落札が決まった。
その「サメ」の落札が終わった後に店主が言う。
「えー、皆さま、これでお判りになられたかと思います。今の王宮は今先程の様に我々商人から全てを、それこそ命まで奪う心算でこの競売を潰して来ようとしました。信用できますか?信頼できますか?詳しくは御教えできませんが、先程に兵が出て行ったのはソレが出来る力を持つ客人を私が抱えているからです。その方が居なければ皆さま方が競り落とした品々は全て王宮に没収されて二度と我々の手には戻っては来なかったでしょう。この様な横暴が許せますか?もしあの場で見せしめとして誰か一人でも斬り殺されていたとしたら?その様な事は断じて許せる事では無かったはずです。皆さま、お気を付けください。今の王宮には異変が起きております。その詳細を私の口からは申し上げられませんが、国王陛下が今までこの様な無法を働く様な真似をした事があったでしょうか?もちろん、今この場で私は誓わせて頂きます。神に誓って、私は違法薬物などを扱ってはいないと!そして皆さまも、ソレは御理解して頂いている事と思います。本日の出品物を見て来た皆さまにはその様な法に触れる物を扱わずとも大金を得られるとお判りになるはずです。この素晴らしい品々で。」
店主の演説に会場がシンと静まる。その後は何も無かったと言わんばかりに店主が次の、最後の品を出す様に俺に合図を送って来た。
「はい!ではお次はこちらで御座います!皆さま!資金の方はどれほど残っておいでですか?こちらが最後の品で御座いますので、どうかその目を疑わずにお願い申し上げます。」
チラシで客たちは最後の品が何かは大体の事は分っているはずだ。
しかし最後に店主が願った「疑うな」と言うのは何なのか?俺は疑問だったが言う通りにインベントリからヌルッと赤い巨大サソリを取り出して舞台上に放り投げる。もう既に「サメ」はシレッと仕舞っている後だ。
遠慮無く舞台の中心に赤サソリが来る様に調整した。
「こちら!皆さまも御存じ!「赤い死神」!この鮮やかさは一目でお判りでしょう!」
呼び方が黒から赤に変わっただけだった。でもどうやらその大きさは客たちの言葉を殺す。絶句だったらしい。
店主の声だけが会場に響き渡る。
「これ程の巨大さ、希少さは皆さま存じ上げている通りです!」
俺はそんな希少さは知らない。アラビアーヌから三倍?とは聞いていた様な気がする。しかしソレは値段の事だったはず。
(考えてみれば黒いのが巨大なのも珍しいんだったな?じゃあ黒より赤いのが珍しくて希少で、それが追加で大きい訳だから?んん・・・そりゃこの場の誰もがそんなの存在するはず無いとか思っちゃたりもするモノなのかね?)
だから言葉が出て来ないのか?店主が「疑うな」と客に事前に伝えたのはそう言う事も含んでの事なのか。
「客たちはチラシで最後には赤サソリが出て来るのは分っていたはずだろうけど。出品物のソレが最初に出て来た黒と同等の大きさだとは思っていなかった事からのギャップの衝撃で言葉を発しないのかね?」
先程の「サメ」のインパクトよりもこの巨大赤サソリの方が商人たちにとっては衝撃的だったらしい。
そこら辺の商売品の事情は俺にはサッパリなので少々納得いかない部分はある。
俺からしてみると大きさの方に意識が行っている所があって「サメ」と比べたらサイズダウンしたこの赤サソリに対し「大丈夫か?」と思っていたのだが。
「さて、七千万からの始まりとさせて頂きます。この値段が妥当だと思ったのですが、皆さま、納得がいきましたら、どうぞお手を上げてくださいませ。」
スタートが先程の「サメ」よりも二千万高い。俺には全くそこら辺の値付けの基準が分からない。
希少性が出品物の中で一番高いからこそのこの値段なのだろう。それくらいの要因しか俺には思いつかない。
たっぷりと10秒以上は沈黙がこの場を支配していた。しかしソレを破る値段を付けた客が現れる。
「おおっと!八千万をいきなりお出しになられたお客様がでましたぞぉ!他に!他にはいらっしゃいませんか!
店主の驚きと興奮が込められたそんな声が響く。
俺はこれに「良く見つけられるな?」と思わずにはいられない。
肉眼でこの広い会場の、ソレも満員の中から一人の競りの動きを即座に捉えるとかどう言った特殊技能だろうか?
しかもその競りの手の動きがしっかりと見えているのだ。恐ろしい事である。
俺には魔法と言う強力な力があるからやれと言われれば簡単にできると思うが。店主にはそんなのは無いだろう。
その後には不思議と緊張感が漂った。この一気に上がった値段に対抗できる商人が他に居るのか?と言った雰囲気だ。
けれどもコレを斬り裂く声が上がる。
「うおおおお!?八千九百万!でましたぞおおおおおお!これ以上は!これ以上は御座いますか!?」
比べてみれば「サメ」の最終落札価格よりも低いハズなのに店主は大騒ぎして興奮。
いや、ここから九百万を積んで来た商人が存在した事に驚いたのだろうか?
一応はこの会場の誰が競っているのかはこの場で発表したりはしない。
けれども誰一人として身じろぎしない状況となったこんな場で僅かであろうと動いた者は目立つのだ。
次第に八千九百と言う数字を示した人物に注目が行く。
しかしここで対抗して値を上げる商人が現れた。最初に八千万を示した人物とは別だ。
これでこの赤サソリを落としたい者が三名確実に居ると言う事となる。
「ぬおおおお!?九千五百!出ました!さあ!これ以上は御座いますか!?御座いませんかぁぁぁ!?
店主、興奮し過ぎ。まあアラビアーヌの言っていた通り、どうやら大金が関わると人が変わってしまうと言っていたのでこの状態もおかしい事では無いのだろう。
寧ろこの店のスタッフからしてみれば日常茶飯?なのかもしれない。
とは言え、この競売で動いた金は想像を絶すると言って良い物なはずだ。興奮するなと言うのもおかしな話か。
「一億二千万。」
30日、31日。1月1日は投稿はお休みです。
次の投稿は特別に1月2日になっております。
その後は通常通りの投稿ペースに戻ります。