市場を見てまわる
砂漠の狩りはその後、順調だった。陽炎蜥蜴は三匹狩った。しかしあのミミズは一匹も発見できなかった。
「広大な砂漠だからなぁ。見つからなかったのはしょうがない。と言うか、インベントリに超が付く巨大なのが入ってるから正直要らなかったな。」
ミミズは要らないが、蜥蜴は後二匹くらいは見つけたかった。いや、俺が本気を出せば発見できるだろうが、ソレはやらなかった。
既にもうインベントリには獲物が大量に、と言うか、数は少ないが巨大な奴が幾つも入っているのでお金の事に関して言えば充分過ぎるのだ。
これが幾らに換算されるのかを俺は知らないが、一応は物を売るのにバリエーションがあった方が良い。
何が売れて、何が買い取って貰えて、何が駄目なのか?俺にはこのサハールと言う国での売れ行きとか、売れ筋を知らないから手数は欲し所だった。
一種類しか手元に無いと、ソレが何処に持って行っても売れなかったらしょうも無い。
色んな種類があって、そして色んな所に持ち込んで、何かが一つでも売れればバンバンザイである。
「と言う事で、アラビアーヌ、帰ろうか。もう充分に砂狩りは堪能したから。」
「踊る陽炎が一度の狩りで三体・・・金貨が数百枚・・・」
何だかアラビアーヌの目が死んだ魚の様な感じになっているが、ソレに構わずに俺はワープゲートを出す。
そこに入る様にと俺は彼女に言って移動させようとするが、ソレに若干の躊躇いを出すアラビアーヌ。
「コレは一体何ですか?通れ?あの、何を言っているのか全く分からないのですが?」
俺はそのまま歩いて通り抜ければ良い事を伝える。やる事は簡単だ。別に小さな子供にも出来る事である。
アラビアーヌがソレを理解できないとは言わせない。俺は彼女の背に回ってソレを押して半ば無理やりワープゲートを通らせる。
少々の抵抗はあったのだが、通った先がサハールの人気の無い路地裏に出た事でアラビアーヌはまた固まって動かなくなる。
もうそろそろ覚悟を決めて欲しい所なのだが。もう俺のやる事、為す事に驚かないで欲しい。いや、驚いても良いのだが、もうちょっと心を強く保って欲しい所である。その場に一々硬直して動けなくなるのは面倒だ。
そのまま背中を押して無理やりに足を動かさせて俺はアラビアーヌを建物の陰へと移動させる。
「それで、狩った獲物を捌きたいんだけど。何処か買い取ってくれそうな商会は無い?どうせだから表じゃ無く裏でも良いぞ?・・・あ、王族だしそう言った裏と繋がってたりは無しか?」
俺は別に犯罪を自覚的、かつ、積極的にしたい訳では無い。なので裏の商売している輩とはそこまで関りを持ちたくは無かった。
だけどもこれら砂狩りで狩った獲物を売って金にするのに表では無理だと言うのであればしょうがない。一時的にでも良いからそう言った裏商売と繋がると言うのも吝かでは無いのだ。
その売買の一度だけしか利用しないのであればその後にどうなろうと俺は関知しないでいれば良い。
買い取られた素材がどの様な流通に乗るのかは俺の感知する所では無い。それ以上に踏み込むつもりも無い。
その裏商売の者たちがその後に俺に何度も接触して来ようとしたのなら排除すれば良い事だ。その活動に加担する気など俺には全く無いから。
「一つだけ対応してくれる可能性のある商会があります。いえ、私が行けば話くらいは聞いてくれるはずです。以前から王宮御用達で、私の担当だった商会です。」
「じゃあそこに行ってみるか。場所の案内は出来る?とは言え、その商会が王宮にアラビアーヌを通報する可能性は?」
「・・・申し訳ありません。この場所が何処なのか全く分からないので道までは・・・ソレに、そうして私を売る動きをされたとしても、エンドウ様のお力であればどうとでも出来ますね。」
「ああ、しょうがないか。ソレで行こう。アラビアーヌは王族だから街中へ出て遊び回る何て事はしてこなかっただろうし土地勘は無いわな。じゃあ散歩しながら行こうか。確かに向こうがどんな対応をしてこようが何とでも出来るなぁ。」
俺が最後に軽く「何とでもなる」と言っただけなのに、何を想像したのか?アラビアーヌはブルリと一つ震えて見せた。
こうしてその商会の場所の件に関しては一時的に忘れて俺は彼女を連れて再びの散歩を楽しむ事にした。
塔に入ってそこからの景色を堪能するのは後の楽しみに取っておく事とする。先ずは貨幣ゲットせねば、である。
取り合えず賑わいを見せる通りに足を向けてそちらへと進む。
俺が狩った魔物たちが通常でどれ位の金額を設定されて売られているのかをちょっとだけ覗いて見る為に。
しかしもうその市場で既に売買が終わっていて、そんな目的とも呼べ無い目的を達せない事も考えたが、もしかしたらアラビアーヌの言った王宮御用達の商会の者がワンチャン居たりしないかな?と言った期待もあった。
そうしてそのフリーマーケット?みたいな状態になっていた通りの入り口に到着。
「おおぅ・・・まるで映画の世界に入り込んだ様だ・・・とか今更言うのは無しだな。」
俺のこれまでに歩んできた国たちだってまるで中世ヨーロッパ?未だ昔の当時の姿をそのままに残す海外の観光地、世界遺産的な光景だったのだ。
しかし何と言うか、異国情緒と言ったモノがこちらは段違いと感じるのは俺がちゃんと最初に「ここに行ってみよう!」としっかりと決めてやって来たからなのだろうか?
さて、雨が大量に降った、と言うか、俺が水を降らせた後の状況だったはずなのに、この国の気温や乾いた空気がそうさせるのか?湿った様な感じが既にもう無い。
アレだけの水量であったが、どうにもソレは所々に存在している水はけの良い大地に吸収されて消えている模様。
「うん、あっちは例のミミズ?うん、あっちはちっちゃい蜥蜴・・・お?サソリもカニもあるけど、うん、まあ、小物だな。」
値段やら物価などを調べる、と言った気持ちがそう言ったウインドウショッピング?で霧散していく。
市場に並んでいる品々が俺が狩った獲物とは比べ物にならなかったから。そもそも大きさが全く違う。小さ過ぎる。
サソリの事に関しては狩った内の一体が真っ赤であったので、ソレも何処かに無いかと探したのだが。
「アレはもしかすると売れない可能性も否定でき無いな。あ、ソレを確認するの忘れてた。アラビアーヌ、あの赤いヤツ、売れる?」
「・・・あの、何故私たちは周囲の者たちから視線を向けられないのですか?・・・あ、いえ、ソウデスネ・・・二倍はシマス・・・」
アラビアーヌは忘れたかった事をまるで思い出してしまったと言う感じで真っ赤なサソリの値段に関してを一言ぽつりと溢す。
「あー、二倍かぁ。大きさが大きさだけにソレで値段が一気に上がって、そこから二倍だろ?あれ?商売人からしたら買取金額を準備できないよな?いきなりそんなの持ち込まれても。そう言った事は直ぐに予想できても良い経験が俺にはあったはずなのになぁ。そんなのすっかりと忘れてた。」
俺は以前にマルマルの都市でやり手の商人であるサンネルとこう言ったやり取りを何度もして来ていた。
なのでその経験からこのサハールでも同じ事が起きる事を俺は分っていても良いハズだったのに。
砂狩りと言う初体験と、初めてこの目にする魔物たちにちょっとそこら辺を忘れてしまっていた。
さて、この市場には人が沢山いた。道に並べられている商品の交渉をしてそちらに夢中になっているそんな者たちであっても、俺たちの様にマント、フードで全身を覆っている怪しい人物が居たらそちらに少しくらいは意識を向けるものだろう。
しかしここで俺の魔法で姿が見えない様になっていれば、そんな事は当然無い訳だ。安心して人の目を気にせずこの市場を楽しめる。
アラビアーヌの姿だって誰にも発見できないのだから、何だったか?現王様の地位に居るバラハムと言った名だったか?そいつの送って来る刺客も俺たちを見つける事は不可能だろう。
と言うか、多分そう言った刺客は今頃砂漠をアラビアーヌを探して彷徨い歩いているのでは無かろうか?
アラビアーヌが国からの逃避行で進んで来た距離は相当である。自身の部下が命を懸けてでも助け稼いだ距離である。
ソレを一足飛びで国へと戻って来ている状態だ今は。この世界の誰がその様な事を想像できようか?いや、ドラゴンなら予想はしてくるかもしれないが。ソレは例外だ。
しかし用心に越した事は無い。これからもなるべくなら魔法で姿を隠して行動するべきである。
「居ました。彼は何度か見た事があります。店主の補佐をしていた男です。」
「偶然にしたって都合良過ぎだな?まあ、いっか。とか言って、これ、罠だったりしないよな?」
俺のこの疑惑に「え?」とアラビアーヌがこちらを睨む。しかしここで「気にし過ぎか」と言って俺はその男の後を追って歩いた。
そうして到着したのは大きな構えのお店だった。周囲を見て比べてもここの店舗の規模は相当だ。確かにこれなら王宮御用達と言うのも頷ける。
ここで俺はアラビアーヌに一応の確認を取る。その返答は「一度だけ以前に訪問をした事がある」との事で店は間違い無いとの事だった。
そこで俺はアラビアーヌの姿だけを魔法光学迷彩で隠したままで店に入ってみた。俺はいかにも「怪しいです」と言った感じで店内へとゆっくりと入る。
するとそこは人があっち行ったり、こっち行ったりと忙しない。勘定をしているのかソロバンらしき計算機を使って帳簿に何やら記入をしている人物の存在も目についた。
ここで誰かしらが声を掛けて「いらっしゃいませ」と言ってくれれば良かったのだが、余りにも誰もが忙しく動き回っているので店員の誰しもが俺には一瞥もしない。
「え?マジか?いや、俺の方がまだ日本人な中身を残したままの感覚で居るのが悪いのか。」
コレは一仕事終えた者が出なければ誰もこちらの事など気にしてこないな、そう思った俺は待つ事にした。
コチラに誰も意識を向けて来ていないのが丸わかりなので店の端に寄って勝手にインベントリから椅子を取り出してアラビアーヌに座らせる。
俺は別に待つ事は苦じゃ無かったのだが、彼女をいつまでも立ちっぱなしにさせておくのはどうかと思ってやった事である。
俺の方からはアラビアーヌの姿はばっちり分かっているが、これが見え無い者には俺がどこからか椅子を出してソレに「座らない」と言う光景になるのだろうなと思うとちょっとソレが面白かった。
これにアラビアーヌは俺の勧めで椅子に素直に座ってくれたのだが、その際にどうにも諦めた顔をしていたのが解せないが。
さてここでの交渉は俺がする心算である。アラビアーヌにはさせる気は無い。
だって王族が頼んだらそれこそ王宮御用達とは言え一商会でしか無いこの店の店主が断れるはずが無いだろうから。
(いや、既に王命でアラビアーヌが指名手配されてるか?そうなったら犯罪者の求めに何て応じ無いと言って断る流れもあるか。そうなればアラビアーヌを捕まえ様として店主が自らの手勢で捕縛して来ようとする事も考慮しておかないとダメか?)
別に店主がこの店で雇っている用心棒で捕縛を狙ってくる、などと言った展開にならずともだ。
もし強気な性格をした店主であったならば「だが断る」とキッパリと言って来る可能性だってあった。
駄目なモノはダメ、無理なモノは無理と、ちゃんとそこら辺の切り捨てる判断が出来る様な器で無ければこれ程の大きな店にはできなかったはずだ。損切りは大事である。
出来ない事を無理して請け負う事もしばしばあったとしても、ソレは成功すればリターンが大きい案件くらいだろう。
それらをきっと成功させてきた判断力やら行動力やら決断力を有していたからこそ、王宮御用達にまでなったのだと思っておいた方が良いか。
だけれども今はどうかは分からない。無理した商売をせずとも、俺の様な怪しい人物から物の交渉を持ちかけられても、そんな事に応じずとも今の商売を維持できない訳じゃ無い。断って問題無い規模の商会になっているはずだ。
ならば断わられる可能性が高いと見ておくべきだろう。期待しないでいるべきか。
そんな事をずっとボンヤリと思考しながら待っていれば帳簿を付けていた人物がふと俺たちの方に視線を向けて来た。
それはまるで「いつの間に!?」と仰天した様な目の開き具合である。
俺はそこまで驚かれる程に気配を消して店に入った覚えは無い。当人が仕事に集中していて全く俺に気付けなかっただけなのである。
「・・・お客様でございますかな?私はこの店の店主のテンソウと申します。以後お見知りおきを。ですが、今はこの有様で御座いまして。御用が何かはお聞きせねば判ら無い事では御座いますが、また後日にして頂きたく。」
「何がどうしてこんなにも忙しいのか聞いても?」
「はい、まあ隠し立てする事では御座いませんので。王宮から物資の大量注文が来まして。急な要り様と言う事で代金は後払いではありますが、それの用意の準備にこの様にして走り回っている次第でして。先程の私もソレの試算に頭を一杯にしておりました。ですので気づいたのが遅れてしまい、申し訳なく。」
「ああ、それちょっと止めた方が良いかもしれません。」
「え?」
俺がいきなり「止しておけ」などと口にしたものだから店主は意味が分らないとばかりにその顔を呆けさせた。
「ああ、勝手な事を言ってしまって申し訳無かったですね。今の言葉はお気になさらずに。・・・でも、覚悟はしておいた方が良いと思います。」
俺のこんな思わせぶりな発言は相手にとっては聞き逃せないセリフだろう。
王宮御用達の店が王宮からの用事を受けて商売をしようと言うのだ。そこに何処の誰か分からぬ男に「止めといた方が良い」といきなり言われるなんてあり得ない話である。
店の事を馬鹿にしているか、或いは詐欺か何かかと思われてもおかしくない。寧ろ侮辱されたと店主が怒りを覚えても仕方が無いレベルである。
「・・・その理由をお聞きしても?」
しかし店主は深く考え込んだ後に静かに、そして重く、小さい声で俺にその真意を質問して来た。
どうやらこの店主の懐も人間性も大きいらしい。こう言った場面なら「ふざけている」と口に出しても出さなくても、俺と言う客を店から追い出しても良いハズな所である。
それなのに真剣に俺の言葉の意味を探ろうとしてくるこの店主は中々に慎重でいて、大胆だ。
「じゃあちょっと人払いできる部屋に案内して貰えます?物凄く重要な事をお教えしましょう。その代わりと言っては何ですけどね。俺の持ち込んだ品を出来るだけ買い取ってくれると助かります。ああ、損はさせないと約束しますよ。それこそ、アラビアーヌ第一王女様の名に懸けて、ね?」
俺は最後に小声で店主に耳打ちでアラビアーヌの名を聞かせる。これに店主は目を見開いた。
黙ってそのまま俺は店主に店の奥に案内される。もちろんこれに俺の魔法で周囲の者たちに姿を見えない様にしてあるアラビアーヌも一緒に付いて来ている。
そうして店主が小間使いに対して人払いを指示した後に入った部屋で俺と店主は備え付けの椅子に座る。
「さて、話して頂けますかな?これでも私はアラビアーヌ様に敬意を持っておりますのでね。王女様の名が出て来たのであれば、話をしっかりと聞かねばなりますまい。それこそ、王女様の名を出したにも関わらず、下らぬ話を聞かせられたならば、覚悟は宜しいか?」
険しい表情で俺を見つめる店主はそこから一言も発しない。俺に「早く説明しろ」と圧力を掛けて来ているのだ。
だからここの時点で俺はアラビアーヌに掛けていた魔法を解除した。
交渉をするのはもう終わりで良いだろうここまで来たら。後はアラビアーヌが説明をして貰った方が説得力がある。
こうして部屋に突然現れた第一王女である。店主がこれに顎が外れんばかりの驚き顔に変わる。
「テンソウ、久しいな。商売繁盛ぶりは変わらぬ様だ。さて、時間も惜しい。先ずは私の知る全てをお前に話そう。そこからはお前が何をどう判断し、行動に移すかは自由だ。ソレに私は手を出さ無い。彼の、エンドウ様の言った言葉をその話の後にどう解釈するかもお前の責任で決めるが良い。」
「ま、まさか幻では御座いますまいな?」
「・・・ふふっ、本人だ。お前の目には私は透けて見えているか?陽炎の様だと言いたいか?」
アラビアーヌは店主の側に近づいてその肩をポンと叩いた。これで店主がしっかりとこの場に現れたのが本物だと確信した様だ。
「事情を聞かせて頂きたく。」
店主は椅子から立ち上がって地に膝を付いてそうアラビアーヌに言うのだが。
「だから最初からそう言っている。座ってくれテンソウ。これでは話しづらい。」
ここでようやっとこの場の空気が落ち着いた。店主も椅子に座り直して背筋を伸ばしてアラビアーヌの言葉を待つ。
そうしてアラビアーヌが話をし始め、その内容を聞いた店主は「まさか」といった表情に次第になっていった。
そうして話が終わった所で店主が一言溢す。
「だから止しておいた方が良いとおっしゃったのですな。国王陛下は既にお亡くなりに、殺されてしまっていたのですか・・・そしてバラハム様が今は玉座に・・・」
この様子だと情報規制、バラハムが王を殺してその地位を簒奪した事は広がっていない模様。
王殺しなんて事を発表するのは確かにリターンよりもリスクの方が大きいだろう。恐怖政治をこの先やっていくつもりならば明らかにしてしまうのは一つの手だが。ソレをしていない事でその線は無い。
だから王殺しのその犯人に仕立て上げたはずのアラビアーヌの首が手元に無いバラハムは全てを隠し続けているんだろう。
王宮御用達であるこの店の店主もこの事実を知らなかった様子だ。ならば一般人はもっと分からないはずである。
「だけどこの先でアラビアーヌが指名手配される事も考えられるだろ?と言うか、もうちょっとしたらその手を使ってくるんじゃないか?死した王の意思を継いでウンタラカンタラ、御託を並べて有耶無耶にしつつそこは「王様になりました」って大々的に発表するんじゃない?そこでコジ付けでアラビアーヌに罪を被せて捕まえた奴には大金やるぞ的な?」
ここで深刻な顔して店主が言う。
「・・・私の口を封じますか?」
「店主さんよ、アンタ気が早いよ。ソレにアラビアーヌが手出しはしないって言ってただろ?俺も別にあんたがどんな判断しようが別に構わないさ。そもそも、あんたが居なくちゃ俺が持ち込んだ品を誰が買い取ってくれるんだ?話は終わった事だし、値付けをして貰っても良いか?あ、いや、ここじゃ狭いから広い場所でお願いしたいんだがな?それと、出来るだけってお願いしたけど、無理だったら無理とちゃんと言ってくれよ?アラビアーヌが居る手前断りづらいとかならちゃんとこっちも引くからさ。」
「王女様、この方は一体・・・?ソレに何を買い取って欲しいのかは分かりませんが、この場が狭いと言うのであるならばもっと広い場所はご用意できますが・・・何処にソレが?」
店主は俺が何を持ち込んだのかを探る目を向けて来るが、しかし俺は手ぶらである。
そんな俺が狭いと言うこの部屋だ。一体何を?と不思議に思うのはしょうがない。疑われて当然だ。
「テンソウ、済まぬがエンドウ様の言う通りにしてやってくれぬか?私の命の恩人だ。そして、凄まじい力をお持ちの尊い方なのだ。」
「おい、アラビアーヌ、俺は別に尊くなんて無いぞ?只の行き当たりばったりな性格した只の旅行好きだ。・・・何か自分で言ってて虚しいな?」
自分で自分を微妙な否定の仕方をするのはちょっとだけ虚しい。けれどもそんな事を気にしていても話は先に進まない。
こうして部屋を出て店主の案内でこの店の中庭に出て来た。アラビアーヌの姿は再び俺の魔法で見えない様にしてある。騒がれると面倒だから。
その点はしっかりと店主に説明しておいたのだが、部屋から出た後にアラビアーヌの姿が見えなくなった事に顔をきょろきょろさせていたのはちょっと笑えた。
「えー、じゃあコレもあんまり人に見られたくないから、そうだな店主さんの信用が置ける部下だけをこの場に。デカ過ぎて解体とかするのが大変だろうから。あらかじめ先に言っておくけど、腰を抜かさないでくれよ?」
俺はここで先ず巨大サソリを一体取り出した。黒い方だ。赤いのは出さないでおく今は。
で、ものの見事に店主は腰を抜かして尻もちをついた。まあ気絶したり漏らしてしまっていたりしないだけマシだ。
インベントリから一気にニョキッと出て来た巨大サソリに驚いて震えていた店主だったが、しかしこれが既に息の根が止まっていると分るとソレがピタッと止んでいた。
「これは素晴らしいですなぁ!ここまでの大物はこれまでに一度もお目に掛かった事はありません!幾らで売り捌けるか・・・楽しみですなあ!楽しみですなあ!」
一気にテンション爆上がり。店主、ちょっと性格が変わっている。俺はこれに少々引いた。
「コレは専門の解体業者を呼ばねばなりませんぞ!こうしてはいられない!試算!試算をせねば!幾らだぁ~・・・幾らだぁ~・・・経費と売却額は・・・買い取り金はどこまで出す・・・?うぐぐぐぐ!店に置いてある金で足りないか!預け所には・・・幾らあった?金庫を空にする勢いか?いや、コレを捌けばそれすら超える金額が動くぞ、動くぞ・・・ふんむふぅ~!!」
鼻息めっちゃ荒い。寧ろ人が変わっているレベルである店主。俺の事など置き去り、アラビアーヌの事すらも忘れているかの様な興奮ぶりだ。
「前代未聞な事でありますれば、準備に時間が掛かりそうでございまして、ええ、お待ち頂ける時間は如何程に頂けますでしょうか?コレはウチが買います!確実にご満足いただけるだけの買取金額を提示致しましょう!お約束しますよ!」
「あの、コレが後三体あって、それともう一つこれと同じ大きさの赤い奴もあるんだけど・・・」
俺の追撃に店主が「宇宙猫」みたいな顔になる。
「なあ?コレはまあ、しょうがないとして、王宮からの物資の件についてはどうするつもりなんだ?もしかすると代金を踏み倒して来る事も視野に入れなきゃいけないぞ?」
そうなのだ。アラビアーヌの話す内容からの推測でしか無いが、バラハムと言うヤツは結構な悪人っぽい。
代金未払いが長く続くだけならまだマシ。いや、支払いの約束を何かとイチャモン付けて反故にされたとしても終わりだ。
暴力、権力で脅して「タダ」にさせられたらこの店はやっていけなくなる程の赤字を抱える事になるだろう。
この俺の言葉で我に返った店主は腕組をして目を瞑ってしまった。その間にこの中庭に店で働く従業員がわらわらと集まって来てしまった。
俺が言った事を店主が実行してくれる前に興奮して勝手にあーじゃ無い、こうじゃ無いとやり始めてしまったが為に人払いもしないでいたからこうして大勢が何だ何だと来てしまったのだ。
信用できる者だけをこの場に集めてその他は人払い、ソレを先にやっておかなかったのでこの結果である。
「うーん、別に見られちゃったらしょうがないけど。しかし言いふらされるのは困るぞ?おい、店主さんよ、ちゃんとそこら辺の教育は出来てんのか?」
「御安心ください。この情報がもし他所に漏れたとしても良い宣伝にしかなりませんから。寧ろコレを買おうとして即座に資金を集めに集めて購入しようとしてくるでしょうからな。これは寧ろ積極的に広めるべきですな。そうなれば・・・競売が良い、そうです、競売に掛けるべきですな!」
店主は自らの店による大規模な競売をやるべきだと勝手に盛り上がり始めた。
俺は只この国を観光で見て回るだけで充分な金が欲しかっただけなのに何だか話がおかしな方向に膨らみ始めている。
「あー、その、ここで世話になっても良いか?宿泊費やら食事代やらはコレの売買金額からしょっ引いて良いからさ?俺とアラビアーヌの二人分。あ、別に贅沢させろとかは言って無いから、良い感じの宿代わりにこの店で寝泊まりさせてくれる感じで。」
「はいはいはいはい!その様な簡単な事!お安い御用で御座いますよ!お前たち!コレを先ずは解体していくぞ!処理を確実にする為に職人を呼んで来い!良いから早く!契約している工房があっただろうが!工長とその弟子を五人だ!それと!王宮から受けている依頼は破棄だ!何?違反金を支払わねばならなくなるだと?そんなはした金はどうでも良いんだ!さっさと手続きをして来い!こいつを見てもまだ分らんのか!こちらが優先だろう!動け動け動けお前たち!コレは勝負なのだぞ!コレを金に変えるのだ!ソレがどれ程になるのか想像も出来ない者はこの店を辞めてしまえ!さあやるぞ!」
店主のヤル気が天元突破している。俺もアラビアーヌもこれにはドン引き。
いや、コレが商売人の本気なのだろう。そっとしておくべき事であり、俺たちには口出しできる所など無いのだ。
俺たちはこうしてこの商会を宿代わり、この国での拠点とする事になった。