凄いですね、正直舐めてました
観光と言えどもまだ俺はこの一面砂だらけの世界をもう少し堪能したいと考えていた。
なので今直ぐにサハールに向かう訳じゃ無い。俺はサクサクと地を覆う砂の上を歩き続けた。と言うか、砂のみだな。地を覆っている訳じゃ無く、この地面の相当地下深くまで砂しか無いのだ。
そんな世界を空を飛んで行くなどと言う事はしなかった。
その俺の後ろをアラビアーヌは黙って付いて来ている。もちろんフォローは入れて歩かせている。
俺の魔法で直射日光を遮って、周囲の気温の管理もし、熱中症にならない様にと水分も与えている。
そんな至れり尽くせりの砂上歩きだと言うのにアラビアーヌの目は険しい。
何かを焦っているのか、はたまた俺のこのノンビリとした態度に怒りを覚えているのか。
彼女にしたら一刻も早く国に戻って自身の目的を果たしたいと思う事だろう。俺という味方を見つけたのだから。
(俺は味方になった覚えは無いんだけどな。勝手にそう思い込んでいるのだとしたら、冷静さが余りにも欠け過ぎだ)
アラビアーヌは俺の事など一切何も知ら無いハズである。なのに俺の力の一端を見て、感じて「神」だなどと言ってきているのだ。
既にその点を考えれば冷静さなど何処にも残っていないといった結論に至ってしまうが。
それでも俺がちゃんと「神様じゃ無いよ」と否定をした事を呑み込んで、それでも俺に助けを求めて来るくらいには覚悟がキマリに決まっている。
今の時点で俺に何が出来るのかすら解っていないはずのアラビアーヌは、それでも俺に縋る事でしか「国を救う」などと言う目的は果たせないと判断したのだろうけれど。いや、利用しようと考えているのか、どうなのか?
だがここは俺が満足するまでこの砂漠を一緒に歩いて貰う。ちゃんと俺は彼女に告げているから。観光に来た、と。
サハール出身の者には何が楽しいのか理解が不能ではあるだろう。だが俺は結構楽しんでいる。こんな一面何も無い砂だけの世界を歩く事を。
そうして丘になっている場所の天辺に到着。そこから見える景色に俺は溜息を漏らす。
何処までも何処までも砂。美しく白く、太陽光に照らされて黄色く輝く見渡す限りのその光景は絶景だ。
俺からしてみればこれこそ「ザ・砂漠」と言った感慨深いモノがあるのだが。アラビアーヌからしたらこの景色はずっと向こうにあるサハールに思いを馳せる場面だったらしい。ジッと彼女は地平の果てのその先に視線を向けていた。
「さて、ここで砂滑りとか、砂サーフィンとかして楽しみたかったんだけど。もうそっちが限界みたいだからしょうがないね。サハールの方角はどっち?夜になって星を見て方角を調べてからの方が正確に方位が分るかな?」
俺からしてみれば魔力ソナーを使えばそんな事は判別出来てしまうのだが。ここは敢えてアラビアーヌにさせる。
何せ彼女が観光案内を了承してくれたのだから向かう先の方角もしっかりと彼女に教えて貰う。
(こんな真昼間に方位磁石も無しに方角は分らんだろうが)
だがアラビアーヌは何やらペンダントを取り出してソレを手の平に乗せた。
すると直ぐに彼女が人差し指で進むべき方角を指示する。あちらです、と。
(何今の?え?ラ◯ュタ?もしくはビブ◯カード?)
方位磁石的な不思議アイテムでも持っていたのだろう。即座に返答して来たアラビアーヌはジッとその指示した方角を見つめる。
この世界には魔法が存在するのだから方角が分る道具があってもおかしくない、と言うかあるべきだとここは無理やり納得しておく。
取り合えず俺は砂漠歩きの観光をここで一度中断として魔法で空を飛ぶ。もちろんアラビアーヌも一緒だ。
「ラクダの背中に乗ってゆったりと旅をする、てのは異世界じゃ夢のまた夢かな?それじゃあ一気に行くか。」
「!?!?!?」
アラビアーヌがビックリするのも仕方が無い。空を飛行する事など体験するとは思っていなかっただろうから。しかも生身で。
こうして俺は有無を言わせずにビューンと指示された方角へと飛ぶ。しかし何処まで飛んでも砂砂砂な景色は流石に砂漠。代り映えせぬ光景である。
それでもずっと飛行し続けていれば見えてきたモノがある。ソレは都市だ。砂漠の中にアラビアンシティ。
どうやらソレがサハールであるらしかった。その威容は俺がこの世界で見て来たどの国にも負けない。
「大がかりな映画のセット・・・とは言えない規模だな。舐めてたなぁ。」
こんな巨大な国だとはちょっと想像していなかった。オアシスを中心にした小国家だと勝手に思っていた。
しかしこうして実物を目の前にしてみれば、中心には王宮だろう巨大な建築物。その周囲に蜘蛛の巣状?と言えば良いか。家が規則正しく建て並んでいるのだ。美しい町並み、機能美を感じさせる。
俺はそんな国を前にして大分離れた場所に着陸した。そのまま国の内部に入り込む事はしなかった。
「観光を楽しむなら先ずその国に入る門もちゃんと見ておきたいよな。ここから俺はこの国を見て回るんだぞって感じでさ。」
俺はあくまでもここに観光に来た。それを隣のぐったりしているアラビアーヌに聞かせる様に俺は言葉にした。
だがここでしっかりと否定の言葉を貰う。
「私の事はきっと門衛に通達されている事でしょう。何故このまま空を飛んで内部に入り込まなかったのですか?」
「いや、だから観光だし?そのこれから見て回る国の外側もそこに含まれてるし?」
言ったじゃん、と言った感じで俺はアラビアーヌの言葉に言い返す。
きっと彼女はこのままでは自らが問題となり国の内部には入れないと言いたかったんだろう。
だけどもその程度は何とも思わない俺は軽い感じで言い返したのだが。しかしアラビアーヌは機嫌悪そうな顔で深刻に悩んでしまった。
(俺の事を頼って、しかも神様扱いまでしたのに、何で俺がその程度で問題をクリアできないとか思っちゃう訳?)
俺がこの先どうやったら国内に入り込めるかをアラビアーヌは考えているのだろう。
ぶつぶつと何かと「賄賂を掴ませるか?」とか「どうにかして内部の仲間と連絡を」などと言ってはウーンと唸っている。
これに俺は「じゃあ行こうか」と無造作に歩き始める。考え込んでいた彼女はこれに驚きつつも、しかしちゃんとこれに付いて来る。文句も言わず。
そうしてこの国の入り口。大きな門の前に到着だ。砂漠のど真ん中にある国だからやはり外から入って来る入国者の数はどうにも少ない。
そんな中で中に入ろうとする者が居れば目立つはずだ。相当に。
けれども門番は俺たちには目もくれない。だって俺が魔法で姿を消している状態だから気づけもしないのは当たり前だ。
そうしてゆっくりとした足取りで俺は周囲を見回しながら門を通る。観光に来たのだからゆっくりと異国の景色、まあ俺からしたらこの世界自体が信じられ無い世界ではあるので異国呼ばわりは何だか可笑しいが。
そうしてサハール内部へと入って人気の無い路地裏にて立ち止まるとアラビアーヌがドッと疲れたと言った感じでへたり込んだ。
「・・・し、心臓が爆発して死ぬかと・・・」
「え?何その表現?おかしいなぁ。そんなのあるはず無いじゃ無いか。まあ言いたい事は分かったけどね。これ位できないと思われていたのが、何だか心外?いや、そっちが神様呼ばわりしていた位なのに何でこの程度の事が想像できなかったの?自分の心配で一杯でそれどころじゃ無かった?」
未だに息を整えられていないアラビアーヌが唖然とした顔で俺を見上げる。膝と手を床に付いている状態でいる彼女はどうやら門を通る事だけで相当に重圧を感じていた様だ。
確かにさっきの場面だと何事も無く歩いて門の中へと向かう俺に対してアラビアーヌはソレに付いて行くしか選択肢が無い状態だった。
俺とその様なタイミングで中と外に別れてしまう何て事は避けたい事だったろうし、だからと言ってそのまま付いて行って門衛に捕縛されてしまうのも避けたい状態だっただろう。
けれどもそこは俺を信じて付いて行くしか無く、その結果どの様な事になるか読めない展開に生きた心地がしなかったはず。
舐めていた、そんな感情がうっすらと俺の顔を見上げるアラビアーヌの表情から読み取れた。
きっと俺が「人間だよ」と言って説得したのを呑み込んだ辺りから多少は俺への評価を修正していたんだろうが。
それでも舐め過ぎだ。下方修正し過ぎと言える。俺の力を目の前で、そして実際に体験していて何故、門を素通りできる、と言ったくらいの事を想像できなかったのか?
ソレは一重に俺の事などよりも自身の身の安全の方が優先されていたからだろう。
ここに来てアラビアーヌは自分が今死ぬ事を恐れたのだ。まあそれはしょうがない。誰だって自分の身は可愛い。
俺がこの国を救う、などと言った約束を交わしていないのでそこで余計にアラビアーヌは不安を抱えていたのだろう。
そこで自分の身が今敵に拘束されたら、と思ってしまえば頼った相手の力量を信じ切ると言った流れにはなりにくい。それこそ俺の人間性やどう言った人物なのかを全くまだ分かっていないアラビアーヌには難しい事である。
勢いで縋ってしまった相手の力は凄まじい。けれどもそれが何処まで自らの望む光景に届くかは未知数。そう言った部分をアラビアーヌは心の中に作ってしまったんだろう。だから心臓が爆発する、などと言った状況になっている。
俺を神だなどと言って狂信してしまっていたらこの様な状況にはなっていなかったんだろうなと思う。
「さて、それじゃあ観光案内を頼もうか。この国でのおすすめの景色は?土産物は?特産品とか、或いは絶品料理とかあれば教えて欲しいな。行こうか。先ずはどっちの道?」
ここまで来て俺がまだ観光観光と言っている事にアラビアーヌは物凄く眉根、と言うか、顔面全体を顰める。心底不満なのだろう。
そんな美人がしちゃいけないレベルの変顔になっていてもその美しさが損なわれない。コレの俺の感想はと言うと「美人はスゲエなぁ」である。
そんな一幕も過ぎてアラビアーヌは立ち上がり歩き始めた。ちゃんと俺を案内する気はあった様だ。
まあ最初の約束で観光案内をして欲しいとの俺の求めにちゃんと彼女は返事をしてくれている。
なのでここで俺の機嫌を損ねれば自分の望みも絶たれるとでも判断したのだろう。素直に今はこの国の絶景スポットに先ずは案内してくれると言うので素直にソレに付いて行く。
サハールと言う国はいつか見た映画の中の様だ。確かインディージョーンズの冒険?
砂漠の中の国を舞台に大立ち回りをしている映像を思い出しつつも周囲の景色を楽しんだ俺。
まるでそんな映画の中に入ったかの様な気分にさせて貰った。
そうしてアラビアーヌの案内で到着したソレは物見櫓?と言えば良いのだろうか?石造りの塔であった。
ここでアラビアーヌが付け加えた言葉と言えば「空が飛べるのに」であった。
絶景などこの塔に上らずとも俺が空を魔法で飛んでしまえば幾らでも見られると言いたいのだろう。
だけど違うのだ。その国で限定した方法でしか見られない景色と言うモノもあるだろうし、何処で、どう言った景色を見たかと言うのも重要なファクターだ、感動といったものには。
そこら辺を解って貰おうと思っても俺の魔法で空を飛んだあとのアラビアーヌは理解して貰え無いだろう。
俺はここにしっかりと「観光で来た」と言った事に浸りたかったのでこうして一々観光案内を彼女に頼んでいるのだから。
「で、ここの塔はお金を払えば一般人でもその天辺に上れるのか。そこで景色を眺めて綺麗だな、と。でも、お金持って無いね?この国の。俺も、アラビアーヌも。」
彼女の説明によると、どうやら一般開放していると言う話である。
ここに上ってプロポーズするのがこの国では昔からアルアルの光景であるらしい。
しかし気づけば俺と彼女はそもそもがこの国の通貨を持っていなかった。
彼女は逃走の件で余計な物を持ち出す余裕など無かった訳で。その中にはお金と言うモノも含まれている。
王女と言う立場から御付きの者や部下がそう言った所持をしていたはずで、その部下だった者とは今はアラビアーヌは離れ離れ。いや、その部下はもう彼女を生かす為に死んでいる可能性も存在している。
アラビアーヌの持ち合わせはそう言った事情で無銭である。
「しょうがないなぁ。だったら先ずはお金稼ぎから始めよう。最初っからこの事は考えてあったし?」
「・・・何をなさろうとお考えなのでしょうか?目立つ行動は国から目を付けられてしまいます。何をお考えなのかは察する事は出来ないのですが、控えては頂けませんか?」
ここまで来る間の中でこの国の通貨は「硬貨」である事は既に判っている。商売人が露店を出す通りを歩いて来ていたから。
金銀銅と言ったこれまでの国でも使われてたので見間違いでは無い。
もちろん俺たちの姿は魔法で消したままでこの塔にまでやって来てるのでそのまま塔の中へと無断で入り込む事も可能だ。
しかし観光の一つにその国で使われている通貨を扱うと言った部分もあるだろう。郷に入っては郷に従えである。俺は楽しみたいのだ。
だから荒稼ぎする。この国を楽しむ為の資金を得る為に商売である。
アラビアーヌにこの国での一番の売れ行き商品は何かと問えば、ソレに返って来た答えは難しい顔をされながらも「水」であった。
まあ普通に言ってこんな「ド砂漠」の中で水の確保が一番の問題だろう。だけどもソレの商売は国が管理しているそうな。
オアシスの所有権は王家にあり、水の管理が権力、権威に繋がっているのだそうで。
「まあ順当に考えてみればそう言うのは当然か。で、水を勝手に商売にすると許可を取っていなければ即座にしょっ引かれる、と。まあそこはやり様かな?」
「・・・何を一体お考えで?私には想像が出来ません。」
「捕まらない様に、かつ、素早く、ある程度までなら売り方があるって事。それで少しだけお金を稼がせて貰うくらいは良いよな?」
この国の法を犯す、しかしちょっとした悪戯、悪巧みをすると言った後ろめたさが暴走した俺はこの商売を楽しむ事にした。
水売り、この国の中を歩き回って適正な値段で水を売り歩く。
どうにも魔法と言った存在が浸透していないみたいであるこの国で俺は無敵だろう。
観光しつつお金を稼いでソレをまたこの国に還元する。悪い部分は一切無い。法の目を搔い潜っている所以外は。
移動し続けていればこの件の噂が王家の耳に入るまでには時間が必要になるだろう。そうして一か所に留まり続けなければ取り締まりからは暫く逃げ続ける事も可能だろう。
俺は早速マントで自分の姿を覆う。そうして早速動き出す事にした。先ずは手応えを感じる為に、そして目立たない場所から始める。
路地裏、そこで少々の貧しさを見てとれる住民に話を聞く所からしてみる事にした。
「なあ、水は要らないか?どうやら全身乾いていて水分を摂れていない様に見受けるが?」
ソレは家の中に荷物を運ぶ労働者であった。その姿は喉がカラカラだったのか喉を何度も何度も動かしている。
溜まった唾を飲み込んで喉の渇きをずっと誤魔化そうとしいる風にしか見えない。俺はそんな彼に声を掛けて話を聞いてみる事にしたのだが。
「おいおい、疑った目で見ないでくれ。あんたを心配しての事だぞ?いつまでもそんな状態でいれば倒れるどころか死んじまうぜ?本当に大丈夫なのか?」
俺も本気で心配するレベルである。目の前の若者は。この言葉でどうやら事情を話す気になってくれたその若者は荷物を置き終えてから喋り出した。
しかしその声もかなり苦しそうである。
「水の値段が上がったんだ。御上が税を上げたせいで。その分を少しでも我慢せにゃ生活が苦しくなる位にギリギリの値上げなんだ。どうしようも無くてな。あんた、知らなかったのか?」
荷を運んでいた彼は家の中に入り椅子に座ってぐったりとしている。どうやら話を聞けばちょっとヤバそうな流れだ。
そこでゆっくりと事情を聞かせて貰え無いかと言ったら、どうやらこの家はこの若者の家だったらしく中へと入れてくれた。
これに俺は「おいおい、不用心じゃ無いのか?」と問えば「盗まれる物など何も無い」とまでその若者は言ってくる始末。
「もうこの家の中には売り物になる物も金目の物も無い。そもそもの金だって無いんだ。切り詰めて生きて行く準備をしていた所さ。正直言って明日も見えない位にはな。」
相当に切羽詰まった生活であったらしい。そこでもう自棄になって俺の事を家に入れる気になった様だこの若者は。
そこで俺の隣にいたアラビアーヌが奥歯を強く噛み締めた音が聞こえた。相当に強く力を入れているのがそれで伝わった。
「・・・俺が思っていたよりもかなり、つか、よっぽど深刻じゃねーかよ。」
死人が出る、ソレも大量に。そして暴動も起きる。この若者の状態、状況で直ぐにそんな想像は容易だった。
今この国の水事情、オアシスがどの様な事になっているのかは調べてみないと分からない。
もしかしたらオアシスの水量が減っている事でそうした処置をしている可能性も無くはないからだ。そんな裏があったりしたら俺がこの税の上昇に何も言える事が無い。
しかしそんな話を知ら無い、理解もしようとしない暴徒が生まれたら?王家管理のオアシスに踏み入って勝手な事をしでかしかねない。
それこそオアシスを復活不能なまでに破壊すると言った最悪の結末すら想像の範囲内だろう。オアシスこそが王家の象徴、ソレを破壊する、などと言った過激派組織が出来てもおかしくない。
しかし国王が金を国民から巻き上げる為だけにそうして増税をしているのであれば、これをとっちめてやらねばならないだろう。
ソレをするのは本来であればこの国の住民のやらねばならない事であろうが。しかしその力すらこの若者の様子を見ていると「無い」と察する事が出来た。
「聞くけど、水源の枯渇とかは聞いた事はあるか?」
俺はアラビアーヌに問う。王家であるならばそこら辺の事情を知っていたりするだろう。
命を狙われていたのを察知して逃げ出せたくらいには情報網を敷いていたアラビアーヌだ。このオアシスの辺りの事情も知っていて良いハズ。
「枯渇の件など聞いた事はありません。寧ろ今年は水位が少量ではありますが上がったと報告があったほどです。」
そのオアシスの水は何処から流れて来てるのかは分からない。地下水が湧き出ているのだから深い地盤からであろうが。地下深くの水路を通って遠くの水の豊富な地域から偶然にもこの地に流れて来ているのだろう。奇跡であるそれは。
で、その水位が今年は多少は上がったと彼女は語る。ソレが何かの予兆か何かだったりは?と聞けば、水位は毎年上がり下がりはあってもそこまで住民への増税はする必要も無い程の微々たる違いでしか無かったと言う。
「はぁ~。裏にどんな事情があるかは知らんけど。ここまで国民を苦しめる様な増税なら、俺がこんな事しちゃっても民意は許してくれるよな?」
「・・・あんたは何をしようって言うんだ?まさか、御上に逆らうのか?」
若者にそんな事を聞かれたが、俺は首を横に振った。
「なーに、俺は弱者の味方だよ。ほら、これでどうだ?」
俺は若者に水の入れておく器がどれかと聞いた。そこで家の奥にあった人の背丈近くもある水瓶を教えてもらう。
そこに俺は魔法で水を生み出して満タンに。並々と入ったその透き通る水に若者は唖然として声も出せない様子になる。
「ほら、先ずは御近づきの印に一杯。ついでに氷も入れてやろう。キンキンで美味いぞ?さあ、これにちょっとだけだが、代金を貰おうかな?いやいや、生活を圧迫しちゃうような高額は必要ないさ。値段はあんたの気持ちを入れてそちらで決めてくれて構わないぞ?」
俺はここで若者に悪い笑顔を向けて一杯の水を差しだした。大ジョッキで。
「ああ、そう言えば金も無いって言ってたか。なら、コレはツケにしておいてあげるよ。なーに、借金とか利息とかは言わないさ。またこの先俺と会った時に金を持ってたらソレで払ってくれりゃ良い。代金を無理やり徴収しに来たりもしない。ああ、そうだな。支払いがこの場で出来ない事を心ぐるしいとか言うんであれば、アンタの知り合いに水で困ってる仲間や知り合いを紹介してくれ。同じく水を提供しよう。金は今払えなくても良い。そんなのは後回しだ。人命最優先と行こうじゃないか。人助けと洒落込もう。その代わり、俺の事はなるべく秘密にしておいてくれると助かるね。」
ニヤリと俺が笑うと若者はドン引き。俺がやろうとしている事がこの国で罪に問われると理解している顔だ。
ここで若者にアンタら何者なんだと問われたが、俺はコレをはぐらかす。
「俺は只のお人好しだよ。ああ、もう一人?俺の付き添い、観光案内人かな?さて、どうする?」
この若者は自身の明日も分からないとまで言い切った程に生活困難だと口にした。
ならばもっと生活苦に陥っている国民が大勢居る事だろう。だとするとこうして一人一人の紹介から家を回っていると手遅れの家が出る可能性もある。
こういった時にはどうしたら良いだろうか?そして俺はソレを解決できる力をそもそも持っている。
それこそこの世界の天気すら操る事が出来る膨大な魔力の保有者だ。いや、保有と言って良いのだろうか?
未だに自分のここら辺の点の理解がイマイチできていない俺である。取り合えず使える物は全部使っていくと言った感じでここまで来ているので理解とは程遠い位置に居るのは自覚している。
「ああ、そう言えば今日は良い天気だね?ほら、雨が降って来た。」
大粒の、土砂降りの雨。水を確保しようとして家の外に器を持ち出してこれに溜めようとする者が大勢、道を埋め尽くす。
突然に、そして一気に降り注いできた天の恵みに驚きつつも即座に水の確保に動いたこの国の人々は結構逞しい。自身の身が濡れるのも構わずに少しでも水を得ようとして大慌てで動いていた。
何時止むかも分からない、天気は気まぐれだ。だから人々は短い時間であったとしても、少しでも確保できる量を増やそうとして器をバンバンと道に広げ水を溜めようとしている。
俺がこの国全域に魔法で水を振らせているとも知らないで。
「なあ?この国で雨が降ってきた場合に国民が得た水には金は、税金は掛けられたりするのか?」
「その様な理不尽も不条理もこの国ではしません。と言うか、雨なんて滅多に降らない・・・」
アラビアーヌが家の外を唖然と眺めている。いや、この家の主、その若者も反応が同じだった。
「いやー、これじゃあ商売上がったりだなぁ。さてさて、この雨は何時まで降るのかねぇ?」
俺は椅子に座って外を眺めながら惚けた言葉を漏らす。この国の家は簡単に言ってしまうと「四角」である。それらが綺麗に規則正しく並んで上空から見るとタイル模様に見える感じだ。
壁はレンガを積んだソレであり、屋根は粘土で固められたそんな家の窓はくり抜き構造。そこを木の板で塞いでいる質素過ぎるものである。防犯レベル最低と言った感じだ。
水泥棒、そんな輩が出ていてもおかしくはない。と言うか、多分もう何処かしらでそんな小悪党が出現していたりする事だろう。
けれどもこの雨でソレも減少するに違いない。水を欲する争いで人の命が消える何て事が減ればソレは良い事だ。
水はかなりの長時間降らせている。しかしこれに上空には一切雨雲なんて無い。当然それは俺がはるか上空に魔法で水を生成しているからなのだが。
この事を不審がる者はこの国で何人出るだろうか?そんな疑問よりも目の前の水問題の方が大き過ぎて誰も気づかないだろうか?
喜び狂う国民のその姿をアラビアーヌは厳しい目で見つめている。何せコレは一時的な対処にしかなっていないから。
この先もこの国で生きて行く上で水税が重くのしかかっている事は解決できていないのだ。根本的な解決には遠いのである。
そして俺はこの先もこの国で水を降らせ続ける気なんて無い。
(だけどこんなの知っちゃったら何もしないでいるのはなぁ?)
見て見ぬふりは出来ない。その程度は善性を持っている俺はここで「面倒だなぁ」とぼやく。
それでもこれでまだ暫くは俺がこの国を観光できる時間は確保できたと思っておいた。
「お金稼ぎ、どうしようかなぁ?」
考えていた金稼ぎの方法はこれで通用しなくなっただろう。誰もが誰もこの長時間の降水で大量の水を確保できただろうから。
通りには盛大な水溜まりが出来ているばかりか、ザバザバとそれらが何処かへと流れていく程の水量である。
これに若者が呟いた「奇跡の雨だ」と。しかしこれに俺は苦笑いするしか無かった。
「奇跡、ねぇ?これが奇跡なら、俺は神様だってか?笑えねえよ。」
雨音で俺のボヤキは搔き消されているのでコレをアラビアーヌにも若者にも聞かれる事は無かった。